大陸東部。
そこにあるのは千年以上の歴史を持ち、100万を越える魔物が住む世界最大の都市──レオンハルトシティ。
治める魔人の名がつけられたその魔都は、かつての人類圏から離れた位置に存在することも手伝って、今まで外の人間が自力で訪れたことは一度として存在しない。
だが現在、その街を訪れる者達がいた。
それは、魔物兵の格好をしている者達で、
「……本当に大丈夫なの? バレない?」
緑色の魔物兵から、高い女性の声が出てくる。
魔物兵の中には女の子モンスターもいるため、それ自体はおかしいことではないのだが、その魔物兵は明らかに挙動不審であった。
「……おい、あんまりきょろきょろすんなよ。不自然なことすると怪しまれる」
「わ、分かってるけど……」
それを見かねて、別の魔物兵がそれを注意する。こちらは特に不自然な様子は見受けられないが、それでも通常の魔物兵よりも毛色が違うのは確かだった。
「それにしても……まさかこのような方法で忍び込むことになるとは思いも寄りませんでした」
「合理的な方法ではある。気分的に良くないのは我慢してくれとしか言いようがないな」
「すっごく歩き辛い……」
今度は青の魔物兵二体が、冷静な声をその場に響かせる。緑の魔物兵の内の一体は、あまりサイズが合ってないのか、動くことにすら苦心していた。
だがそれを見て赤色の魔物兵が、
「でも、確かにこれなら行けそうだね。警戒を怠らない方がいいのは確かだけど」
五人の先頭に立ち、堂々と遠くに見える街に向かって歩いていく。自然にしようと努力しているのが見て取れた。
何しろ、彼ら五人は魔物兵ではなく──人間なのだから。
「はぁ、まさか最後の黄金像が魔物の街にあるなんて……」
「……気持ちは分かるが、言ってもしょうがないだろ。儂らはやるしかないんだからな」
「とはいえ魔人の所有物。その魔人の住処に普通に置いてあれば良いのだが……加えて、留守であることを願いたいね」
「……そう、ですね」
彼らの口々から出るのは、最後の黄金像という言葉。
それは彼らの目的なのだ。魔人を倒すために集まった五人の。
未来視の魔女から場所を告げられた彼らは、周囲を偵察に出ていた魔物兵達を殺し、その服を剥ぎ取って着ている。
魔物兵スーツと呼ばれるそれを着て堂々と歩いている彼らだが、実際には街に近づくに連れて強張った緊張感が漂っている。
それは魔物の街に忍び込むということもそうだが、魔人の所有物である黄金像を手に入れるという今までの旅の中でも最難関ともいえる壁の高さに内心、慄いているということが大きい。
無論、覚悟は決まっているし、怯えまではいかない。だが予感として、ただでは済みそうにないというのを誰もが感じ取っていた。
というのも彼らの中には、伝え聞いた魔人の名が何度も浮かび上がっているのである。
最強の魔人とも名高い魔人であり、人間の間でもそれなりに有名な魔人だ。
故に最大限の警戒は行っている。いざとなったら戦うか逃げるか。どちらに転んでも構わないという覚悟を持ちつつも、彼らは今はまだ、魔人に勝てる可能性は薄いと、接触はしないで盗み取ることを目標としていた。
だからこその、魔物兵に変装しての潜入行動である。
しかし彼らは街に近づくに連れて、別の驚きを得ることになる。
「! おい、あの街……」
「これは……!」
「嘘……」
魔物兵の姿のまま彼らは驚く。遠目に街を見て驚き、やや早足で街に近づけば、更に瞠目する。
その理由は街に他ならないが、何も粗末なものであったり、街に異変が見て取れた訳ではない。
寧ろその逆──立派過ぎた。
「──おおい、今日はどの店に行くよ?」
「表通りの店は今日も混んでるからなぁ。お前はどう思うよ?」
「あ、悪ぃ。俺は今日夜番なんだ。飯食ったら直ぐ行かねぇとならねぇ。今日はお前らだけで楽しんで来いよ」
「あー、夜番か。それならしょうがねぇな」
「ご愁傷様だな。今日は合コンだってのによ」
「なっ!? 初耳だぞ!?」
「驚かせようと思ってな。だが夜番ならしょうがねぇ。俺達は可愛い娘と飲み明かしてくるから、お前は夜番頑張れよ、ははは!」
「くそっ、憶えてろよ!」
街の入り口。会話をしている魔物兵らは脇道に逸れたと思えば、香ばしい匂いが漂ってくる建物に入っていく。
それを見た五人は、ゆっくりと街に足を踏み入れると、その石造りの歩道を踏み締める感触にも驚きながら呆然とそこに広がる光景を眺めた。
魔物の街。それは彼らが想像していたものとは全く違っていたのだ。
「ねぇねぇ、最近新しいスイーツ店出来たの知ってる?」
「知ってる知ってる! 新区画の方でしょ? 看板にとりの絵が描かれてるところ」
「そうそう、今日はそっち行かない?」
「いいねー、行こ行こ」
街の通りには数多くの魔物がいる。数体の女の子モンスターがそのような会話をしながら表通りと思われる魔物で埋まった歩道を行く。
石や煉瓦といった材質で作られたと思われるのは、石で舗装された道沿いに建ち並ぶ数えきれないほどの建造物であり、そこからは数多くの音が鳴り響いていた。
「今日も異常無しだな」
「二番街の方でちょっと喧嘩があったみたいだけどな。直ぐに収まったらしい」
「ああ……あれか。あれはああなるだろう。よりによって一番街の直ぐ眼の前で喧嘩なんて……あそこには将軍方が住む高級住宅街だし、それ以上の方々の別荘なんかもあるだろう。馬鹿な奴らだ」
「そうだよなぁ。ま、もうすぐで定時だし、終わったらさっさと浴場行って汗でも流すか」
警備をしている魔物兵達や、屋台と思われる通りに並んだお店で働く魔物達。非番なのか、思い思いに表通りを歩いては数々のお店に入って、飯や酒、娯楽などを楽しむ魔物達の姿がそこにはあり、
「これが魔物の……街、なのか……?」
「随分と……文化が──いや、文明が発達している……これは一体……?」
魔物兵スーツを着たブリティシュが驚く。多くの知識を持つはずのホ・ラガも同様だ。他の皆も同じ様に街を見渡して驚愕から抜け出せないでいる。
街から聞こえる音は、様々な魔物の流れと同様に止めどなく流れているが、そこには暴力的で野蛮な魔物の姿は殆ど見受けられない。
そこで穏やかな暮らしを営んでいるという確かな生活感、文化的な暮らしを行う魔物達の姿がそこにはあった。
魔物の生態に詳しくない彼らにとって、その驚きは筆舌に尽くし難いものである。
彼らにとっての魔物とは、迷宮や野良で彷徨く凶暴な存在であり、統制の取れた魔軍の兵であっても、人を苦しめることだけを常に行っているというイメージがあった。
だが、
「──ちょっと、そこのおにーさん方!」
「っ!」
不意に女の子モンスターに声を掛けられ、ブリティシュらは瞬間的に鼓動が跳ね、身を硬くしてしまう。思わず立ち止まってしまったが、挙動不審過ぎただろうか。バレてしまったのではないかと冷や汗を流しながらそちらに向くと、
「……何か用……かな?」
「いや、用って言うか……その驚き様、もしかしなくても──」
と、驚きを指摘されて一行に緊張感が走る。やはりバレたか、と、得物を取り出しかけ、
「──新兵さんだよね?」
「…………えっ?」
すんでのところで、その動きを取り止めて、間の抜けた声を相手に返す。その中でもカオスが、
「……新兵……に見えるか?」
「うん。だって新兵さんって、皆最初は街並みを見て驚くんだもん。まぁ、気持ちは分かるけどね。私も最初来た時は驚いたなー」
女の子モンスターが腕を組んで、うんうんと頷く。過去の自分を振り返って懐かしんでいるようだった。
その対応を見て何名かが思うのは、情報を引き出すチャンスだということ。
故に自然に話は続いた。先頭に立つブリティシュが代表するように、
「……他の街は、こんなに栄えてはいないのかい?」
「いや、栄えてないって訳じゃないし、他の場所も良いところだけどね。それでもここまでの場所はないかな。食事も美味しくて、住むところも凄く綺麗だし、浴場や劇場なんかの楽しい場所もいっぱいあるしね」
「……そうなのか」
さすがに他の街はこうではないと聞いて、一同に僅かな安堵が漏れる。
とはいえ完全にショックから抜け出しているわけではなく、
「……分かった。ありがとう。なら、色々と回ってみるよ」
「あ、うん。それじゃあ──はい、これ!」
「? これは……」
お礼を言って立ち去ろうとした一行だが、その前に女の子モンスターが手に持った紙コップのようなものを差し出してくる。
そしてその中には、香ばしい匂いを放つ塊が幾つか入っており、
「今度、うちもお店開くんだー。ようやく営業許可が出たからね。だからその試食品を配ってるの。よかったら味見してみて!」
「……なんという食べ物なのですか?」
魔物兵スーツを着た日光が問う。女の子モンスターは特に疑問に思うこともなく、
「あ、おねーさんもいたんだね。これは唐揚げだよ!」
「唐揚げ……」
「まあ、この街だとポピュラーだけどね。良かったら食べに来てね。そこの裏道の定食屋さんだから!」
「あ、おい!」
カオスが呼び止める暇もなく、先頭のブリティシュにカップを手渡した女の子モンスターは、直ぐにまた別の魔物に駆け寄ってセールストークを行い始めた。
断る間もなく手渡されたそれを、一同はなんとなく眺め、
「……食べて大丈夫なのかよ、それ」
「ふむ、どうやら何かのとり肉を揚げているようだね。おそらくは大丈夫だと思うが……」
「でも、確かに良い匂い……」
「周りは普通に口にしてはいますが……」
「……それじゃあ、ちょっと食べてみようか」
色々と話し合ったが、五人は結局好奇心に負けてそれを食べようと隠れてその唐揚げを口に運ぶ。冒険者としては成功している彼らだが、食糧事情に余裕があるわけではない。
故に口にしてみたのだが、
「っ!? なんだこれ、うっま!」
「めちゃくちゃ美味しい……! 口の中で肉汁が溢れて……!」
「……魔物は随分と良い食生活を送っているようだね」
「…………」
「こんなに美味しいとは……」
ちょうど五個入っていたので、一人一つずつそれを口にするが、食べた感想は皆同様に美味しいというもの。口々に魔物が食べているものだということを忘れて思わず褒めてしまう。日光だけは無言だったが、無言で咀嚼して味わっているようだったので、言葉に出さずとも同様の感想を抱いていることが見て取れた。
「……とりあえず、街を回ってみよう。いつまでもここに留まってると怪しまれる」
「……そうだな」
「…………」
ブリティシュの声掛けに皆が神妙に頷き、その後に続く。
目的は城とやらに忍び込み、黄金像を盗み出すこと。そのためには情報収集、街の下見などが必要不可欠だ。
表通り、多くの魔物で混み合っているそこを通り抜けていく。
そこにある多くは屋台や飲食店、酒場などのお店だが、そのどれもが賑わっており、特に人気らしい場所は行列が出来ていたりする。故に食欲をそそる匂いが前を通りかかる度に鼻孔をくすぐるのだが、それをぐっと堪えて先へ進んでいくと、広場に出た。
「ここは……」
「どうやら、街の中心部の様だね」
「あっ、あれ……!」
混み合っていた大通りを抜けると、そこは中心に噴水が敷かれた円形の広場だ。
大通りに比べればまだ空いているものの、それでもそれなりに魔物の数は多い。特に浴場と思われる施設や、劇場らしきそれには、多くの魔物が出入りしている。
だがそんな中で、カフェが示した先を皆が見上げる。
噴水広場を更に直進した先、城門と長い道路を抜けた奥にあるのは、
「真っ赤な城……」
「あれが魔人の住む城、ですね」
「……けっ、良いご身分してやがる」
端的に、日光がその場所の意味を口にし、カオスが悪態をつく。
一行が初めて見るそれは、今まで生きていた中でも一番大きいと感じる建物であった。
紅魔城と呼ばれるその城を、一行はある程度近づいたところからその全景を眺める。
圧巻の完成度ではあるが、あの城に忍び込まなくてはならないという目的を忘れることはなく、周囲を観察するも、
「分かっちゃいたが、警備の兵がいるな」
「ええ、それに周囲に多くの目があります」
城に続く道の途中に建てられた城門。その前には警備のものと思われる魔物兵達が立っていた。
「正面からは……入れないよね、多分」
「いや、警備の魔物兵として忍び込めればいけるかもしれない」
「……一応、聞いてみようか。ちょっと危険だけど……」
カフェやホ・ラガの声に促されるように、ブリティシュが前に進み出る。だが声を掛けるのはカオスだった。
「よう、お疲れさん」
「ん? なんだお前達?」
「分かっちゃいると思うが、ここは一般兵立ち入り禁止だぞ」
城門の正面に立つ二体の魔物兵からの返事が来る。どうやら怪しまれてはいないようだ。
「あー、分かってんだけどな。いつ見ても凄い城だなぁ、と思ってよ。やっぱ中は凄いのか?」
カオスがさり気なく、警備の兵が中に入ることはあるのか、または内装など情報を少しでも集められないかと問う。しかし、魔物兵は苦笑し、
「いやいや、んなもん俺らは知らねぇよ。中に入ることなんてないしな」
「……そうなのか? お前ら、警備の兵だろ?」
「警備、つっても中までは警備しないからな。中はキャロル様の親衛隊とか、下級使徒の方々が見て回ってるみたいだしよ。普通の魔物兵が城に入れることなんてねぇよ」
「将軍閣下やそのお付きの隊長くらいにならないと普通は中を見ることも出来ねぇ。……ま、噂によるとすげぇらしいぜ」
「……そんなに凄いのか」
今度はブリティシュが呟く。それに返答するように、魔物兵が首を縦に振り、
「ああ。中は豪華、なんて一言では済まないほどに凄いらしい」
「たまにちらっと見えるが、下級使徒の方々も美女だらけだからなぁ……さすがはレオンハルト様って感じだ」
「美女……って言うと人間か?」
「あ、知らないのか? レオンハルト様の下級使徒は全員人間らしいぜ。たまーに牧場か野良かは知らねぇけど、調達してくるらしい」
「いや、十中八九牧場だろ、多分。うちの牧場は選別もあるし、美少女なんかはレオンハルト様に召し上げられるって噂だぜ?」
「あれ、そうなのか? てっきり、牧場の奴らはどんなに優秀でも“人間街”が関の山だと思ってたが……」
「
警備の魔物兵のやり取りを聞いて、日光が思わず呟く。だがそれに反応した魔物兵が訝しげに、
「……人間街も知らないのか? 常識だろ?」
「新兵訓練を受けたこの街の兵なら誰もが知ってるはずだが……」
「ああ、いや、悪い! こいつはすっごい馬鹿なんだ! 物覚えが悪くてよ、俺らも相当苦労しててな! な、そうだろ!?」
「……え、ええ。忘れました」
カオスが咄嗟に日光の頭を魔物兵スーツの上からバシバシ叩いて馬鹿にしてフォローする。日光が恨めしげな視線をカオスに送るも、怪しまれたのは自分の呟きが原因なので何も言えない。
そうすると魔物兵達は、呆れるような困惑するような視線を向けて、
「えぇ……大丈夫かよ、そいつ……覚えることの多いうちの軍で忘れっぽいとか……」
「軍規違反とか洒落にならねぇからな……レオンハルト様は寛大だって言うけど、ルール破る奴には厳しいし……気をつけた方がいいぞ?」
「あ、ああ! 俺達からもよく言っておくぜ! それじゃあ、邪魔したな!」
これ以上ボロを出すのはマズいと判断したカオスが別れの挨拶を送ったことで、一行が城門前から離れていく。
そしてその場所から充分離れると、少し裏道に入った人気の少ない場所で、
「あっぶねー……ありゃあ怪しまれる一歩手前だったぞ」
「……すみません」
「ま、まぁまぁ、情報はそれなりに手に入ったんだし、結果的に良かったってことで、ね?」
日光を責めようとするカオスをカフェが宥めると、続けてホ・ラガが顎に手を当て、
「しかし、警備として城に入り込むことは難しそうだね」
「……ああ。どうしようか……」
ブリティシュもその発言に同意し、頭を悩ませる。街に忍び込むところまでは順調だったが、城に入る上手い手立ては見つからない。
「どうする? 何処からか適当に忍び込むか?」
「……怖いけど、それしか無さそうなのよね……あっ、そういえば気になることも言ってたわよね?」
「“人間街”のことですね」
うん、と日光の言葉にカフェが頷いた。
警備の兵に聞いた人間街という語句。その意味が不明ではあるが、ブリティシュは思考した後に口を開くと、
「……情報が足りないな。この格好だと街を回る分には平気みたいだし、もう少し調べてみようか」
「……人間街という場所や、ここにもあるという牧場も気になりますね」
「……おい、まさかとは思うが……」
日光の並べた言葉を聞いて、カオスが嫌な予感がすると言わんばかりに視線を向ける。だが案の定、
「……出来れば、助けてあげられればいいのですが……」
「……うん、そうだね。余裕があれば考えてみようか」
「うわ、やっぱり……このお人好し共の悪い癖が……余裕なんてねぇっつーの!」
「ま、まぁまぁ、落ち着いて、カオス」
この状況ですら人助けを考える日光のお人好し発言や、そこまではいかずとも、人を助けようとするブリティシュの頷きを見て、カオスが現実的な叫びを響かせる。
カフェがまたしてもそれを宥める中、ホ・ラガは未だに思考の海から抜け出さず、
「“選別”に“人間街”か……まさかとは思うが……」
小声でその言葉の意味を推察し、しかしまだ憶測に過ぎないとその思考をかき消して一行に続いた。
──だが彼らは、人間街と呼ばれる場所を目の当たりにし、この街を見た以上の瞠目が生じることになる。
同時に、ホ・ラガの推測も間違ってはいなかったと、
「…………え?」
「これ、は……」
「…………」
「……驚きだな」
一行はそれぞれ、その街を見て驚きの声を上げる。
街並みとしては、この街全体と変わったところは見受けられない。
しかし、そこを歩くのは誰も彼もが、自分達と同じ──
「──“人間”だ……」
──魔物の街の中で、平和に暮らす……
次回は人間街と人間牧場。そろそろ負けイベントですね……