※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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謎の女性

 平和な村にその報が届いたのは間もなく夕刻に差し掛かろうという時間帯。

 村の入口に一人の男が現れた。その血に濡れた姿を見て村人がギョッとする。

 

「う……ぐ……」

 

「なっ!? お、おいアンタ! 大丈夫か!?」

 

「兵士、か? 酷い怪我だが……とにかく治療を!」

 

 血相を変えて兵士を助けようと動く村人。日常では見ないレベルの怪我人にその場は少しあたふたと浮き足立つ。共通するのはとにかく治療をしようという動き。

 しかしそれに待ったをかけたのは当人であるはずの兵士だった。彼は震える声を必死に絞り出してそれを伝える。そのために彼は瀕死の身体に鞭を打ち、ここまで辿り着いたのだ。

 

「に、げろ……」

 

「え?」

 

「逃げ、ろ……! 魔、物が……魔軍が来る――」

 

「え……お、おい!」

 

 その言葉を最後に兵士の身体から力が抜けた。村に一人だけいる神魔法の使い手がやって来て診療するも彼は既に息絶えていた。人が死ぬところをまじまじと見た村人は一時騒然とするが、それに拍車をかけたのは彼の最後の言葉だった。

 

「魔軍が、来る……?」

 

「魔軍って、大勢の魔物だよな……色んな所で暴れまわってるっていう……」

 

 村人もその言葉の意味は知っていた。だが、あまりにも普段の日常とかけ離れた単語であった所為か、事実を認識するのが少し遅れた。

 空気が一瞬凍りつき、その次の瞬間に一気に沸騰した。

 

「ななな、何だって……!?」

 

「本当にここに魔軍が来るの!?」

 

「ど、どうすればいいんだ……このままここにいたらこの兵士みたいに殺されちまうんじゃ……」

 

「とりあえず逃げないと……!」

 

「皆、落ち着いて! 一体どうしたの!?」

 

 騒ぎ立つ皆を見てやって来たのか黒髪の女性が一喝する。村人はその女性に青ざめた表情で叫ぶように告げた。

 

「は、ハンティさん! 魔軍が! 魔物がここに来るって……! 国の兵士が教えに来たんだ!!」

 

「っ! 魔軍が!? まさかっ……!」

 

「あっ!?」

 

 黒髪の女性――ハンティと呼ばれた女性が慌てたように表情を変えると、突然その場から消えてしまった。村人は急に消えたハンティを探して周囲を見渡すがどこにもいない。一瞬でこの場からいなくなってしまった。

 

「ハンティさんが消えた……」

 

 頼れる人がいなくなってしまい、パニックになるかと思った次の瞬間、ハンティは再び村人が集まる中心に現れた。

 それに気づいた村人がまたすぐに駆け寄る。

 

「あっ! ハンティさん! 今のは一体――」

 

「皆早く逃げて! 今すぐ!!」

 

「えっ?」

 

 ハンティは血気迫る様子でそれをその場にいる全員に周知した。

 

「もうすぐ近くまで来てる! 三十分もしない内に魔軍が来るよ!」

 

「え、あ……」

 

 その言葉に今度こそ村人の顔から血の気が引いた。

 切迫した身の危険が直ぐそこまで来ている。どこか危機感を捉えきれていなかった村人たちも兵の死体と女性の必死の形相に恐怖と危険を感じ取った。

 

「ま、魔軍が……! 魔軍が来るぞ!!」

 

「逃げろ! 殺されちまうぞ!」

 

「で、でもどこに逃げれば……!」

 

「とにかく街へ向かって! 全員で集まってる時間はないから急いで!」

 

「は、はい! ハンティさんは……」

 

 男は必死に指示を出すハンティに問おうとしてそれを止められた。先に答えを言われたからだ。

 

「後は村長の指示に従って動いて! あたしはちょっと時間稼ぎしてくるから頼んだよ!」

 

「はい! ……あれ?」

 

 男が頷いた瞬間、ハンティはまたしても瞬時にその場からいなくなる。どういう事だ、と疑問が浮かぶがそれを考えている時間はない。男はその報を村人に伝える為に走り出した。

 

 

 

 

 

 二十万近くの大軍。その数は当初よりも減っているものの未だ大地を埋め尽くすほどの数が村に向かって進軍していた。

 その先頭集団を行く魔物兵達は余裕の表情で村へと急ぐ。仲間の魔物兵と共にこの後の行動についての会話で盛り上がっている様子だ。

 

「へへっ、久しぶりに人間の町を襲えるな」

 

「町じゃなくて村らしいぞ? 人もそこまで多くないんだとか」

 

「えぇ……それじゃあんまり楽しめそうにないな」

 

「俺は女がいればいいけどなぁ……でも、今回はこれだけの人数だし、いても順番待ちが長そうだ」

 

「俺達はまだマシだろ。後ろの方の奴らなんて順番が回ってくる頃には殆ど壊れちまってるだろうしな」

 

「ぎゃははは! 違いねぇ!」

 

「お前達、気持ちはわかるが少し気を引き締めろ。そういうのは村を占拠し終わってからだ」

 

「へーい!」

 

 魔物隊長が軽く諌めるもその声色からは喜色の感情が抜けていない。それも致し方ないことだろう。多くの魔物兵にとって人間の町を襲うことは魔軍にいて最も楽しい時間だからだ。殺戮、略奪、陵辱などのこれらは野良で過ごしていては味わえない。魔軍に所属しているからこそ楽しめる娯楽なのだ。その証拠に魔物隊長も部下に注意しながらも占拠し終えたら何をしようかと思案せざるを得ない。

 

 しかし仕事を忠実にこなさなければそれすらも取り上げられる可能性もある。レオンハルト様は魔人の中でも特に職務に厳しいお方だ。逸って失敗をしてしまえば目も当てられない。

 故に警戒は怠らない。先の戦闘で人間の軍は叩き潰したものの、残党や予備兵力を隠し持ってる可能性はゼロではないのだ。

 

 ――悲鳴が聞こえたのはそんな時だった。

 

「ぎゃあああああっ!?」

 

「な、何だこいつ――ぐぁあ!?」

 

 ふいに右方向からつんざくような雷鳴と同時に魔物兵の悲鳴が聞こえた。魔物隊長は急いで部下に確認を取る。

 

「何があった!」

 

 程なくして魔物兵が大慌てで魔物隊長に報告する。

 

「魔法が飛んできた模様です!」

 

「魔法……人間の兵がまだ残っていたか。相手の数は?」

 

「いえ、それが……どうやら一人のようです」

 

「……一人だと?」

 

 魔物隊長はその言葉を疑った。胡乱な視線で魔物兵を見る。

 

「一人ならさっさと押し潰せ。魔法使いは確かに厄介だが詠唱後に囲んでしまえば――」

 

「それじゃ試してみる?」

 

「ん……んん!? 貴様、どこから――ぐぅっ!?」

 

 魔物隊長は突然目の前に現れた黒髪の女性に目を丸くして驚くも、女性がその手に持った剣で胴を切り裂かれた。

 

「た、隊長!?」

 

「こ、こいつ急に現れたぞ!」

 

 魔物兵は自分達の隊長を殺されて狼狽える。それを行ったのは何の前触れもなく魔軍の中心に現れた一人の女性。魔物兵達がそれを見て口を開く。

 

「……でも、結構いい女だぞ」

 

「この数なら勝てるんじゃねぇか? 隊長が殺されたって言っても不意打ちだし、こっちは二万人も残ってる」

 

「誰か将軍か他の隊長に伝えた方がいいんじゃないか?」

 

「全員でやっちまおうぜ。そんで犯しちまおう」

 

 口々に魔物兵達が下卑た言葉を連発し始める。魔物隊長が殺されてその場の魔物兵達は足並みこそ揃っていないもののそれなりの威勢の良さを見せる。それを聞いていた女性は顔を顰めながら詠唱を終えると、

 

「……ったく、魔物ってのは下品で嫌になるね! 電磁結界!」

 

「ぎゃあああああああああっ!?」

 

 女性を中心に高電圧の結界が広がりその場にいた魔物兵達は一瞬の硬直の後、焼けたように黒ずんで倒れていく。電磁結界。雷属性魔法の中級呪文であり広範囲の射程が特徴の魔法だ。しかし中級とはいってもまだまだ珍しい魔法使いに範囲外にいた魔物兵らも戦慄した。

 

「ひぃっ!? こ、こいつ強いぞ――!」

 

「に、逃げて将軍に――」

 

 その場から離脱しようとする魔物兵。

 

「逃さないよ! 雷撃!」

 

「があああああ――っ!?」

 

 しかし続けざまに放たれた雷によって背面を貫かれる。その場は泡を食ったようにパニックになった。

 

「何事だ!」

 

 だが、その騒ぎを駆けつけてきたのだろう。大軍の奥から別の魔物隊長が現れる。魔物兵は女を指差して伝えたが――それは叶わない。

 

「あの女です! あの女が――ぎゃあっ!?」

 

「なっ――くっ、魔法使いか! お前ら、詠唱後を狙え!」

 

「おおおおおおっ! なら今だ!!」

 

 魔物隊長は報告しようとした魔物兵が雷に打たれて殺されたことで、瞬時に状況を理解する。魔法使いの魔法は強力かつ回避不能ではあるが、次弾を撃つまでに隙がある。それを周囲の魔物兵に向かって指示した。

 指揮を執る魔物隊長がやって来た事で魔物兵の動きに組織的なものが復活する。魔法を撃った直後の女性に魔物兵が殺到した。

 魔物兵が腕を振り上げて女を襲おうとする。

 だが――

 

「――――」

 

「なっ! 消えた!?」

 

「一体どこへ――ぐへっ!」

 

 その場から消え去った女性は魔物兵の背後に現れると剣を薙ぐように振るい魔物兵を絶命させる。そしてその場で釘付けにするかのように剣を突きつけて叫んだ。

 

「悪いけど、しばらく遊んでもらうよ!」

 

「ひぃっ、た、隊長……!」

 

「くっ、何だこいつは……ええい! お前は今すぐ将軍に知らせてこい! 残りは全員で掛かるぞ! 所詮は女一人だ!!」

 

「う、うおおおおおおぉぉおお――!!」

 

 得体の知れない強さと迫力を持つ女性に気圧されるも、数の優位は揺るぎない。故に報告を急がせながらもこの場で倒してしまおうと激励しつつ支持を出す。

 魔軍の先遣隊とたった一人の謎の女性。本来なら女性の勝ち目がない筈の戦いは、予想に反して魔軍の劣勢から始まった。

 

 

 

 

 

 

 ――その報告を聞いた時、レオンハルトは自分の耳を疑った。

 

「先遣隊がやられた……? どういうことだ。詳しく説明しろ」

 

 魔軍の本隊。その中心でゆっくりと行軍を指揮していたレオンハルトは怪訝そうな顔で報告してきた部下に尋ねる。

 

「は、はっ! どうやらとある女性に魔物将軍が殺されたそうです。魔物兵はその殆どが逃げ惑い、残った魔物隊長が何とか数百名程をまとめて戻ってきました、が……先鋒を任せていた軍は壊滅致しました」

 

 魔物将軍は出来る限り冷静にそれを述べたが、そう見えて動揺しているようであり信じられないという思いが声色から漏れ出てしまっている。

 レオンハルトはその事実らしい言葉に内心驚く。まさかまだ兵が残っていたのかと。だが続く質問でその想像は裏切られた。

 

「相手の規模は?」

 

「……おそらく、一人」

 

「一人か。だがおそらくっていうのは何だ?」

 

 レオンハルトはまたしても驚かされる。それだけの少ない人数で二万の魔軍の軍勢に攻め込みそれを崩壊せしめたというのは十分感嘆に値する。

 しかしおそらく一人とはどういうことなのだろう。それだけの少人数なら数がはっきりしないのはおかしい。

 それについても魔物将軍は説明した。

 

「報告によれば敵は単身で突撃してきたそうなのですが……それだと説明がつかないことがありまして」

 

「……続けろ」

 

「はい。何でもその女性は目の前に現れたと思って襲いかかっても、次の瞬間には別の場所で戦っているそうです」

 

「はぁ? それは何だ? 瞬間移動でもしてるって言いたいのか?」

 

「私もにわかには信じられないですが……報告に来た魔物隊長が揃って証言しているようでして」

 

「……なるほどな」

 

 思わず馬鹿馬鹿しいとぞんざいな声色で問い返してしまったが、魔物将軍が言うにはこの証言は共通したものらしい。レオンハルトは思考を巡らせる。

 とにかく軍を一つ減らされたのは確かで、どうやらそれを単身で成し遂げるくらいの強者がいることも確か。その事実にレオンハルトは興味を抱く。そうであるならもう一度部隊を分けるのは愚策でしかない。故にあっさりと方針を固めた。

 

「このまま向かうぞ」

 

「……良いのですか?」

 

 魔物将軍がその是非を問う。レオンハルトはそれを淡々と説明してやった。

 

「ただ強いだけってんなら俺が出ればいい。瞬間移動が本当なら対策の仕様がない。少なくとも今の所はな。……それに村ももう近いんだろ、キャロル?」

 

「あ、はい! もう目と鼻の先ですわ! 十分もすれば見えてくるかと!」

 

 後ろに控えていたキャロルに尋ねると元気よく返事がくる。それを聞いてレオンハルトは満足そうに頷いた。

 

「部隊を分ける方が危険だからな。このまま進め。ただ、警戒だけは怠るなよ? その女を発見したら戦わずに俺のところまで報告させるよう全軍に徹底させろ」

 

「……はっ、ではそのように」

 

「レオンハルト様の為にその女性を見つけ出せば……ふふ」

 

 疚しい事でも企んでいるのか頬に手を当てて陶酔したような表情になるキャロル。

 

「……キャロル、お前は大人しくしてろ」

 

「……はぁい、わかりましたわー……」

 

 様子がおかしい使徒に不安になってきたので名指しで釘を刺しておく。少し不満そうな表情を浮かべたキャロルだったが、自分のやや強い声色に渋々了承した。

 レオンハルトはそのまま魔物将軍にその後の指示もついでに伝えておく。

 

「村に着いたら普段どおり、村の中を探索して住民を一箇所に集めろ。俺の指示があるまで魔物兵には一切の手を出す事を禁じる。それだけは徹底させろ」

 

「はっ、わかっております」

 

 人間の町を制圧した時のやり方は既に多くの魔物将軍は把握している。これまでに何度も続けてきたからだ。一部の魔人が率いる魔軍などではやり過ぎるきらいがあるものの、ことレオンハルトが指揮する場合にはこれらの指示を無視する輩は殆どいない。これを破ればどうなるかを知っているからだ。

 

 だが、最終的に行うことは他の魔人と変わりない。レオンハルトがやるのはある程度の選別と、死者を減らすことだけだ。これらは魔軍を指揮するに当たって最低限必要な事である。最近ではレオンハルトと多く関わる個体を中心に、軍人志向で高潔な性格の者や、武人肌で戦いを好んでそれら以外には興味が薄い魔物将軍や魔物隊長も増えてきてはいるものの、まだまだそういった層は多数存在するのだ。

 

 そこまで考えるとレオンハルトは村を前にして気分を変える。次に考えるのは魔軍を単身で潰した女のこと。

 

 ――それにしても女か。今回の遠征は色々憂鬱だったが……最後に少し楽しめるかもな。

 

 まだ見ぬ強者に多少の期待感を抱くレオンハルト。

 そして彼が率いる魔軍は程なくして村に辿り着き、その光景を目にすることとなった。

 

 ――もぬけの殻となった村の光景を。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 レオンハルトは辺りをぐるりと見渡した。

 村を魔軍の制圧下に置くことには成功した。キャロルが言っていた通り小さな村ではあるものの住居の数にしては敷地自体は予想よりもかなり広い。土地の多くを畑や裏手にある森で占めている所為だろう。

 だが流石に約二十万いる魔物兵を全て村の中に収容出来るほどではない。その大部分は村の周囲を囲むように固めさせ、哨戒に当たらせている。今だ残党や例の女性が襲ってこないとも限らないからだ。

 

 そして魔物兵の大部分がいないとはいえ、村の中では魔物兵達による捜索が始まっており、それを魔物隊長が指揮している。彼らにとっては後の楽しみを得る重要な行為。その作業に手抜きは見られないものの何処か焦りの色が見える。

 やがて捜索を一通り終えたのか一体の魔物隊長が近寄ってくる。現在レオンハルトは村の中心であろうそれなりの広さがある広場にキャロルと先の戦闘で失った一体を除く九体の魔物将軍と共に報告を待っていた。簡易的な司令部をここに設定したのである。

 そこに近づいてきた魔物隊長はやはり焦ったような声色で、

 

「だ、駄目です! 人っ子一人見つかりません!」

 

 と報告した。それを聞いた魔物将軍達は唸る。

 側近の魔物将軍はレオンハルトに向かって自分の考えを告げるため口を開いた。

 

「……やられましたな。おそらく襲ってきた女性というのは村人を逃がす為に時間を稼いだに違いありません」

 

「……ま、だろうな」

 

 周辺の報告も予め聞いていたレオンハルトらはそれに頷く。戦争が始まって直ぐに疎開したにしてはおかしな部分がある。それを口にしたのは背後に控えるキャロルだ。彼女は相も変わらず自信たっぷりに口を開く。

 

「生活感残りまくりですわね。農具や収穫物もそのまま放置されてますし、慌てて逃げていったようですわ!」

 

 そう言って無駄にドヤ顔を見せつけるキャロル。レオンハルトにだけかと思いきや何故か魔物将軍にも。彼女はどうやら魔物将軍にも自らの働きを自慢したいようである。おそらく自分がコマンダーの時からレオンハルトの側近を務める魔物将軍らを勝手にライバル視しているのだろう。そして説明を受けた魔物将軍は反応に困り「さ、さすがですキャロル様……」と若干狼狽えつつキャロルを称賛したが、そんなこと言われなくても魔物将軍達にも分かっていた。

 

「一応、裏手の森も捜索隊を回していますが……この分だと期待薄でしょうね」

 

 そして今度は別の魔物将軍が意見を述べる。やはり村人は全員逃げ去ってしまったようだ。

 レオンハルトはその事を考え、しかし魔物将軍らに方針を改めて伝える為に口を開く。

 

「……仕方ない。哨戒には引き続き当たらせるがこのまま拠点の設置に移行するぞ」

 

 魔物将軍らはそれに頷きを返す。どうやら意見は同じらしい。しかしそれを聞いていた魔物兵や魔物隊長らは落胆ぶりが垣間見える。広場に司令部を置いているので割と丸聞こえなのである。

 だが、今回に限ってはある意味知らしめるのも悪くはない。

 

 というのもレオンハルトとしては村人に逃げてもらうのは都合がいい。こうやって全員が逃げてくれたおかげで気の進まない行為を無理にやらなくても済むからだ。

 魔物兵としても人がいないならそういった暴行も行いようがない。こちらが許可するしない以前の問題だ。諦めざるを得ないだろう。

 

 ――戦えないのは少し残念だけどな……ま、こうなるならいいさ。

 

 魔軍を襲った見知らぬ女性に内心――複雑な心持ちであるが感謝する。個人的には楽しみを裏切られたような気持ちはあるものの背に腹は代えられない。結果犠牲を減らせたのならばそれは最善だったのだろう。

 レオンハルトは思わず息を吐いた。これで肩の荷が下りる。後は拠点を設置し終えて帰還するだけだ。難しいことや気を揉むようなことは何もない。

 

「魔物兵を工事に当たらせろ。まずは資材を――」

 

 レオンハルトが肩の力を抜いてそう口にした時――その声は聞こえた。

 

「――ちょっと! 離しなさいよ!!」

 

 裏手の森に続く農道。その方向から女性の声が響く。周囲のキャロルや魔物将軍達も気づいただろう。その方向に一斉に目を向けると魔物隊長に縄で縛られた二人の人間がいた。

 その内の一人である女性はもうひとりの少女を庇うように魔物隊長に勇ましく怒声を浴びせている。

 

「私だけ連れていけばいいでしょ! この娘は解放して!」

 

「う……お、お姉ちゃん、どうしよう……」

 

「ええい! 黙れ黙れ!! 先程からうるさいぞ貴様!」

 

「解放したら黙ってあげるわよ!」

 

「ちっ……だが、その減らず口も何処まで聞けるか見ものだな。――レオンハルト様!」

 

「……!」

 

 広場に近づいてくると女性はこちらに気がついたのだろう。居並ぶ面々を見て戦慄したのだろうか、その間に魔物隊長が膝を突いて礼をする。

 

「この様な場所であるのでもうお分かりでしょうが改めて失礼致します。逃げ遅れた村人を二人連れてきました」

 

「……キャロル」

 

「はい! 魔物隊長、その二人を近くまで連れてきなさいな」

 

「はっ!」

 

「あっ、ちょっと……!」

 

 レオンハルトの意を汲み取ったキャロルが許可を出し、魔物隊長が二人を連れて中心まで歩いてくる。女性は抵抗してじたばたするも魔物隊長の膂力には及ばない。

 そして魔物将軍の内一体が声を出した。

 

「人がまだ残っていたか……だが、二人ではな」

 

 落胆の色を覗かせる魔物将軍に魔物隊長は意見を述べる。

 

「それもそうなのですが、この二人に逃げた先を聞いてみてはどうでしょう? それさえ分かれば人間の足ですし、今から追いつくことも……」

 

「はぁ!? 言う訳ないでしょ! 馬鹿じゃないの!?」

 

「くっ、黙ってろ! ど、どうですレオンハルト様。もしこの二人の尋問を任せてもらえれば直ぐにでも吐かせてみせますが……へへ」

 

「……お、お姉ちゃん……!」

 

「な、なっ……この外道! 私だけならともかくこの娘は関係ないでしょ! 子供は解放しなさいよ!」

 

 ぬめりつく様な口調と視線がそこにはあった。少女の方の呼び方からしておそらく姉妹かそれに近い二人。少女の方は若干幼く女性の方は少しお腹が膨らんでいるものの彼女らの容姿はそれなりに整っていた。そして何をされるのか理解したであろう女性が抗議の声を上げるも誰もそれには反応しない。魔物隊長が下卑た視線を向けるだけだ。

 

 魔物将軍達はそれを見て多少呆れる。彼らの目から見ても何を期待しているのか丸わかりである。そして魔物隊長の声に落ち着いた声で反応したのはレオンハルトではなく使徒であるキャロル。

 

「……レオンハルト様、どうしましょう?」

 

 そう言ってレオンハルトに判断を仰ぐ。魔物将軍らも同様だ。何を狙っているのかは丸わかりだが、実際に発見してきたのは魔物隊長なので彼の手柄でもある。そうでなくてもその判断はレオンハルトが下すべきなのだ。

 レオンハルトはそこで初めて二人に向かって声を掛けることにした。

 

「……ふむ、二人か」

 

「お、お姉、ちゃん……」

 

 数を確認するだけの意味のない言葉。姉の名を涙目で呼ぶ妹だが、レオンハルトに視線向けられると恐怖したのかぶるぶると震えている。それも致し方ないことだろう。レオンハルトとという上級魔人、魔人四天王に臆せずにいられるのは魔物でも厳しい。戦う心得もないただの人間に耐えられる筈もない。

 しかしそれを受けてなお女はレオンハルトに向かって声を上げた。

 

「っ! くっ……あ、あんたが魔人ね! ねぇ、あんた! 親玉なら恥ずかしくないの!? こんな子供にまで手をかけようとするなんて最悪よ! この変態!」

 

「!」

 

「っ!?」

 

その言動に一同が凍りつく。声を発せたのも驚きだが、それよりもその態度の方が問題だ。魔人に無礼な態度を取るなど魔物でも殺されてもおかしくない所業である。正気を疑う所業だ。魔物将軍らも戦慄する。

 それに最初に声を発せたのは魔物隊長だ。

 

「な、ななっ、貴様! レオンハルト様になんて口を……!?」

 

「きゃっ!」

 

 魔物隊長が地面に女性を引き倒し、膝を突かせる。レオンハルトはそれをじっと見ていた。

 そして女性の代わりに謝るように魔物隊長は処遇を提案した。

 

「…………」

 

「申し訳ありませんレオンハルト様。この人間、どうやら躾が行き届いていないようで……尋問がてら礼儀を教育してやるはどうでしょう? もし、レオンハルト様のお望みならば――」

 

 と、そこまで続けた所でレオンハルトは短く判断を下した。

 

「――魔物隊長」

 

「っ! はっ!」

 

 レオンハルトという上位者の声に魔物隊長が口を閉じて平服する。下される命令に自分が期待する行為があると信じて。

 

「そいつらは俺が預かる。ご苦労だったな」

 

「はっ! …………え?」

 

 レオンハルトの言葉に耳を疑う魔物隊長。一瞬の沈黙がその場を支配する。それに驚いたのは魔物将軍らも同じだったが間の抜けた声を出してしまうような愚は犯さない。

 現に使徒であるキャロルはその言葉に耳ざとく反応した。

 

「魔物隊長? 何やら不満そうですけど……レオンハルト様の判断に何か異論でも?」

 

「! い、いえ、ありません!」

 

 その声には普段のキャロルとは違う剣呑な色が混じっている。主の判断に異を唱える輩は許せないと言外に語っているようだ――実際にはもうちょっと別の理由も混じっているのだが。

 レオンハルトは周囲をぐるりと見渡すと村の奥に一軒家があるのを見つけてそれを視線で指す。

 

「魔物将軍、俺はあの大きな家を使う。キャロルはそこの二人をあの家に連れて行け」

 

 そう言って魔物将軍、そしてキャロルに視線を向けたレオンハルト。滞在先に一番大きな家を使うと魔人が決めた。

 それに対して返す言葉は了承しか持ち得ていない。

 

「はっ! 畏まりました!」

 

「……畏まりましたわ」

 

 何故かキャロルだけ少し不貞腐れているような釈然としない表情を浮かべている。だが命令を聞かないという選択肢はないのだろう、魔物隊長が持っていた二人の縄をさっと手に取ると、さっさと終わらせようと言わんばかりに早足で歩き始めた。

 

「はいはい、じゃあ行きますわよー……」

 

「ちょ、ちょっと勝手に決めつけて――って痛い痛い! 引っ張らないでよ!」

 

「…………」

 

 少女の方は幾分さっきより大人しくなっている様だが、女性の方はキャロルに威勢良く文句を浴びせていた。先に行くキャロルを見やりながらレオンハルトは振り返り、魔物将軍にやや鋭い視線で命令を下す。

 

「……拠点の設置を始めろ。俺はしばらく休む」

 

「ははっ、直ぐに取り掛かります。今日はお疲れ様でした」

 

「ああ」

 

 魔物将軍らの挨拶を受けるとレオンハルトは一際大きい家に向かって歩を進める。少し前にはずかずかと歩くキャロルとそれについていく二人の人間。

 彼女らを見て、レオンハルトは小声でその内心を吐露した。

 

「……まだ肩の荷は下ろせそうにないか」

 

 後を思うと何となくそんな予感がする。レオンハルトは沈んだ気分を吐き出す為に、人知れず息を吐いた。

 

 

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