※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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布石

 ──その戦いは、鮮烈を極めた。

 いや、極めているように感じられた。

 最強の魔人の武威。全力とは程遠い、お遊びの様なレベルの手加減に対して、五人は全力を振り絞ってなお、食らいつくことしか出来ていない。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

「黒色破壊光線!」

 

「せいっ!」

 

 ブリティシュが盾を構えながら宝剣イングランドを魔人に向かって振り下ろす。

 同じタイミングでホ・ラガが魔人の横っ腹目掛けて攻撃魔法を放ち、日光も刀を背後から突き立てようとする。同じ様に音もなく、魔人の死角を狙ってカオスが短刀を振るって奇襲をしかける。カフェもサポートとして支援の魔法を詠唱していた。

 五人の連携は大陸屈指のものであり、その実力はまさに人類最強。

 個々人の強さも最高レベルであり、それぞれの動きは違えど、息の合った連携で多くの魔物、盗賊などを屠ってきた。ともすれば、彼らの強さは一般的な使徒に届きうるものかもしれない。

 しかし、それはこの男には通用しない。

 

「──悪くない連携だ」

 

「っ……!」

 

 魔人レオンハルトは、その口から彼らを褒める言葉を紡ぎ出す。人類最強との相対、その戦闘において平然とした口ぶり。通常であればそれは致命的な油断であり、彼ら相手ともなれば、それは自殺行為に他ならないものだ。攻撃は今にも彼に迫っており、物理的に避けることも叶わないはず。

 だがレオンハルトは、その同時攻撃を、その場から動かずに避けてみせた。

 

「……! この、化け物が……!」

 

 正確に言えば、動いていないように見えた。彼らの目には、レオンハルトはその場に立ったまま、攻撃を受け止めたように見えたのだ。

 しかし実際には攻撃はすり抜ける。ブリティシュ、日光、カオスの剣閃は宙を斬り、ホ・ラガの黒色破壊光線は背後の空に抜けていった。

 動いていないように見えて動いている。これだけでも化け物に違いないと、目を見開き、カオスなどは悪態をつく。

 だがそれどころではなかった。魔人が、その魔剣を持ち手とは逆側に振りかぶったのだ。

 

「っ、バリア!」

 

 瞬間、危ないとみて放ったカフェの魔法障壁が近くの三人を魔人の攻撃から防ごうとする。

 だがやはり──それは無意味だった。

 

「──!」

 

 魔人の剣が振るわれる。

 無造作に振るったであろう横一線の斬撃。距離を詰めていた三人を振り払うようなその動きに、三人はそれぞれ、背筋が凍る予感とともにバリアがあるにもかかわらず防御を行った。

 そしてその判断は正しい。直後──

 

「ぐ、おおおおおおおっっ!?」

 

「が、はっ……!」

 

「くっ……あ……!」

 

 魔人の斬撃が走った。

 長剣によるその一撃は、空を断ち切り、大気を分かち、衝撃の波をもって周囲に迫力と実害を齎す。

 それは人為的なものであっても変わらず、大型の魔物の攻撃をも防いだことのあるカフェのバリアをガラスの様に砕き、そのまま三人を防御の上から剣を当てて吹き飛ばす。

 しかしそれだけでは終わらず、剣の軌跡に沿って現れるのは、大気を斬って飛ばす斬撃の波。

 真空波ともいわれる魔人の通常の斬撃が、魔人を中心に周囲を襲う。

 

「きゃああああああっ!?」

 

「ぐっ……埒外な……!」

 

 前衛だけでなく、後衛の二人まで吹き飛ばしてしまうほどの一撃。斬撃を飛ばす、剣士の奥義ともいえる神業を放ちながらも、魔人の表情に変化はない。それを何とも思っていないという風に。

 事実、世界最強の剣士であるレオンハルトにとって、この程度の技はなんてことのない基本のものでしかない。猛烈な風の刃も、彼にとっては児戯の一つ。子供の遊び相手に使う程度のものだ。

 その気になれば、この場に嵐を巻き起こすことが出来るのだ。比喩ではなく、剣によって周囲を破壊する竜巻を、嵐を起こすことが出来る。

 それはまさしく災害だ。人間にとって、魔人は災害の一種と例えられ、出逢ったのであれば一目散に逃げるか、諦める他ないと伝えられることもある。

 かつて魔人が一人の人間と決闘を行った際に、その土地は二人の人外の技の応酬によって地形が変わるほどの爪痕が残されたという伝説がある。今もその地は残っており、それを実際に見た者はお伽噺の類だと思い込み、信じる者は少ない。

 しかしこの結果を、実際にその魔人の絶技を見た者は、死の間際にそれが真実であったことを思い知ることになる。与太話でもお伽噺でも伝説でもない。全て純然たる事実であると。

 

「く、っ……はあああっ──!!」

 

 その一撃の結果に、もっとも早く体勢を立て直したのはブリティシュだった。

 他の面子はまだその衝撃から物理的に立ち直れていない有り様であり、守るためには立ち上がらざるを得ないというのもある。

 しかしその裂帛の気合いをもって放たれた斬撃も、魔人の肌に当てることは叶わない。

 

「……ほう? 俺の剣と打ち合っても折れないか。良い剣だ」

 

「……!」

 

 魔剣にあっさりと受け止められてしまい、ブリティシュは表情を歪ませる。必死に力を込めるが、ピクリとも動かない。そして他のところを見る余裕もないが……先程吹き飛ばされた瞬間に見た光景を思い出し、耳に届く声にそれが事実であることを理解する。

 

「っ、はぁ、はぁ、刀が……」

 

「はぁ、くっ……得物を、断ち切られて……!」

 

 日光とカオス。二者が持っていた刀と二振りの短刀。

 どちらも業物であったはずのそれらは──中ほどから真っ二つに折られていた。

 

「そこの二人は、あまり良い得物と巡り会えなかったようだな。俺の所持品から幾つかくれてやろうか?」

 

「抜か、せ……っ、新しい得物くらい……自分で、見つけるわい……!」

 

「く……魔人……の、所持品など……誰が……っ!」

 

「ふっ、そうか」

 

「がっ──!」

 

「ブリティシュっ……!?」

 

 レオンハルトの本気かどうかも分からない提案を突っぱねた直後、ブリティシュが一瞬にして吹き飛ばされる。

 直ぐにカフェがヒーリングを掛けようとするも、それでは追いつかない。

 戦闘が始まって、まだ一分と経っていない。だというのに既に全員が、顔を汗でびっしょりと濡らし、息を切らしてしまっていた。

 旅で鍛え上げた五人の技量、人類最強と言われる凄腕冒険者達の卓越した連携、その実力。それを以てして、全く届かない。まだ戦闘継続の意志を瞳に宿した者が殆どではあるが、その脳裏には、どうしようもないという絶望の予測が散らついていた。

 ──勝てない。

 それは改めて思い知らされた真実。

 ──この化け物には、勝てない。

 それは今まで、幾万もの戦士がぶち当たってきた壁。

 ──人の身では、今の自分達では、決して勝てない。

 誰もが魔人を倒すと謳いながら、この暴威に屈するしかなかった。

 文字通り桁が違う。格が違う。次元が違う。レベルが違う。

 勝負にはならない。勝負とは、ある程度対等の存在でなければ成り立たないのだ。

 100%勝ちが決まっている勝負は、勝負とは言わない。

 無敵結界の有無など関係がない。眼の前の魔人と自分達の間に横たわっているのは、絶望的なまでの純粋な力の差だ。

 人の形をしてはいても、中身は全く違う存在。正真正銘の化け物であり、世界の支配者達の力だ。

 彼らに挑んだ先にあるのは、救いのない敗北のみ。物語の様な勧善懲悪な結末など起りえない。

 人類最強──いい響きではある。自信に満ち溢れる称号だ。

 しかし、人類最強というだけでは、魔人には敵わない。

 彼らは皆、誰もが人を超えた存在。

 魔人に人外でない者など、一体たりともいないのだから。

 その魔人達を魔王に命じられ、実質的に統率しているのが、眼の前の魔人筆頭。魔軍参謀という二つの称号を敷く魔人。

 彼を倒せなければ、魔王を打倒するなど夢のまた夢。妄想の類でしかない。

 故に誰もがここで、心折れる。希望を見失う。膝を屈する。

 家族や友人、恋人に祖国、同胞の為にと信念を持って戦ってきた者達も現実を知る。

 どれだけ崇高な使命や目的があろうとも、それを叶えるには人では力不足だと。

 力無き正義に意味などない──誰もがそれを理解し、理解しているからこそ自らを血の滲むような鍛錬で鍛え上げ、力をつけてきた。

 そして自分にはそれを成すに足る、最低限の力があると無意識に己を認めていた。

 無意識に、その戦士には英雄に成れる力があると誰もが讃えてきた。

 だが英雄の卵達はそこで気づく。英雄を持て囃していた民衆もそこで気づく。まるで足りていないことに。

 その戦士は、魔人に挑む最低限の力すらないことに。己の自信は虚栄でしかなく、民もまた欺瞞に満ち溢れていたことに。

 だが人間は何度でも間違いを犯す。その方が──そう思っていた方が都合が良いからだ。

 己の利のために周りの人間を、自分すらも騙す。権力者達は、その英雄や民の自尊心や夢の成就を煽り、自分達が世界の支配者になるために、現実を知らないまま破滅への道を突き進んでいく。

 それが人の業。今の世を作り上げた原因。

 真に賢明である者達も例外ではない。破滅への道は、その破滅を望む者達によって舗装されており、何度でも苦しめるように適時修正されている。

 一個人の意志ではどうしようもないほどに大きな力によって、人類の苦難は決定づけられている。

 そして、その破滅を望む者達ですら計算外ともいえた今の人類の有り様。

 それは、人が彼らの想像を越えるほどの愚か者であることの証明でもあった。

 今の世を変えようと願う者達──彼らですら、その真実には気づいていない。

 ようやく理解出来たのは、破滅を願う者達によって作られた魔王と魔王の眷属達が、こちらの想像を越えて遥かに強大であるという事実だ。

 

「あ……あ……」

 

「っ、しっかりしたまえ……!」

 

 うわ言のように声を上げるカフェを、ホ・ラガが肩を掴んで揺らす。パーティの回復支援役である彼女は、既に膝を屈して眼の前の魔人相手に恐怖していた。

 彼女とて、数多くの冒険、死線を潜り抜けてきた女傑であることには違いない。

 しかし、その死線の中には、こういったことはない。

 今まで相手にしてきたのは、その多くが魔物や同業者である。一度だけ魔人と遭遇したことはあっても、これほどではなかった。

 故にそれは、初めての経験である。勝ち負けどころか、どう足掻いても勝負にすらならない相手を眼の前にしたのは。

 気づけば歯をカチカチと震えさせ、顔は涙目どころか顔面蒼白で引き攣っている。魔人に恐怖し、戦意を喪失している。

 他の者達はまだ戦意を喪失してはいないが、カオスと日光は得物を折られ、ホ・ラガはカフェをその場から退避させようとして手一杯だ。

 たった数十秒のお遊びだけで、既にパーティは機能を不全している。

 もっとも、この魔人が本気を出せば一秒と保たなかったことを考えれば、これでも善戦していると言えるのかもしれないが。

 

「……この程度か。最初の連携や動きは悪くなかったが、やはり腕の差は埋めがたいな」

 

 その状態を見て、魔人レオンハルトは眼を細めて落胆の息を吐く。

 勝負にならないことを嘆いているようにも見える彼の様子は、しかし人間にとっては未だ脅威であることには変わらず、威圧感を醸し出していた。

 

「言っておくが、並の魔人であればこの程度の攻防は難なく捌いてみせるぞ。四天王に名を連ねる魔人ともなれば、この程度では収まらない。ある程度、俺の本気を受け止めることも出来る。無論、お前達を一瞬で地面の染みにすることも容易だ」

 

「……!」

 

 分かってはいても絶句する。魔人の強さを思い知らせるように、レオンハルトはそれだけで凍えるような冷たい視線を彼らに向けると、

 

「カオス、日光。お前達の仇となる魔人も、この程度の攻防でやられるほど弱くはない。お前達は、仇を相手にしてもそんな無様を晒すつもりか?」

 

「っ!」

 

「……はぁ、はぁ……くっ……!」

 

 カオスと日光が魔人の言葉を耳にして、瞳の中に憎悪を、そして殺気を漂わせる。

 だが、敵意を向けてはきても、立ち上がる余力はない。もしくは、怒ってはいても向かっても無駄だと諦めてしまっているのか。どちらにせよ、レオンハルトの基準を満たす行動ではない。

 だが、別の方向から来た声に、レオンハルトは僅かに口の片端を吊り上げた。

 

「っ、まだ、僕が残ってるぞ……ッ!」

 

「……ふっ」

 

 鋭い剣閃。しかしレオンハルトにとってはその場から動かずとも躱すことの容易な剣撃。

 しかしそれを、レオンハルトは敢えて魔剣を構えて受け止めてみせる。鋼の音と衝撃が響き、僅かに押してくるようなか細い力をレオンハルトは感じる。

 それはまさしく、ブリティシュが全力を込め続けていることの証明だった。

 

「仲間達は、やらせない……!」

 

「…………無駄だと分からないか?」

 

「ぐっ──」

 

 レオンハルトはブリティシュが込めた力を利用するようにして体勢を崩させると、そのまま流れるように身体を回して蹴りを放つ。

 短い苦鳴をあげて吹き飛ぶブリティシュだが、地面を何回かバウンドしながらも、数回で体勢を立て直して直ぐに向かってくる。今度は盾で全身を隠すように駆けてきた。一体何を、と思いながらもレオンハルトは再び受け止める姿勢を見せる。だが、盾を受け止めたところで、ブリティシュは盾を手放した。

 そして盾を持っていた左手を振り上げると、

 

「! ──目潰しか」

 

「っ!」

 

 ブリティシュが放ってきた赤い雫を見て、レオンハルトはその企みに気づく。

 既に鮮血が至るところから流れているブリティシュ。盾を握っていた掌も、レオンハルトの強すぎる斬撃を受けてなお、盾を手放さなかったせいか、血液が滴っていた。

 その血液を無理矢理拳を握って絞るようにして僅かに溜めたブリティシュは、それをレオンハルトの顔に向かって掛けようとしたのだ。

 だが、

 

「……考え自体は悪くない。だが、俺には通用しない」

 

「くそ……!」

 

 確かに血液は、目潰しには効果的であり、その昔、戦場では鍔迫り合いの最中に口の中で流れ出た血液を相手の顔に吹きかける事例もよくあったものだが、レオンハルトにとっては血液の雫など、見てから捌くことも難しくない。

 レオンハルトは魔剣でその血液を弾くと、そのままブリティシュの剣も一緒に受け止めた。

 

「……やはり諦めないか?」

 

「当然、だ……!」

 

「──! ほう……?」

 

 鍔迫り合いの最中の問い、しかし僅かに感嘆したのはその答えではなく、腕から感じる手応えだ。

 先ほどよりも、ほんの少しだが押し返そうとする力が強くなっている。

 さっきまでのも確実に全力だった力が、ここにきて、限界を越えて成長している。

 ただ力を、それこそ死力を尽くしているのかもしれない。

 だが、先ほどの泥臭いが強かな策や、この成長はレオンハルトにとって感嘆に足るものだ。

 無論、どれも受けたところで大したことない。

 そもそも無敵結界があるし、それがなくとも受けたところで支障はないのだ。他の魔人であれば、敢えて受けてみせることもあるだろう。

 だが、それを敢えて見抜いたり、防ぐのがレオンハルトの普段のやり方だ。

 そして同時に、ブリティシュがそうしてくるということは、彼が勝負を捨てていないことと同義である。

 彼は未だ、勝ち目がゼロの相手と勝負しようとしている。

 どうしようもない程に愚かな行為だ。どう足掻いても無駄死にが関の山。賢明な者達は止めろと叫ぶだろう。

 だが、その足掻き、執念こそが、レオンハルトにとっては心地良い。

 泥臭い策も、僅かな成長も、勝負として見れば次はどんなことをしてくるか、どんな策を立ててくるかと楽しみに出来るものだ。

 力の差は如何ともし難いので、ある程度手加減を抜いて戦うことは出来ないが──これはこれで、どこまで成長するかという愉しみがある。

 

「……ふ、ふふ」

 

 それを自覚すれば、レオンハルトも血が熱くなる。

 ボルテージが上がりかけ、このまま少し愉しんでみるのも悪くないかもしれないと思ってしまう。

 だが、すんでのところでレオンハルトはそれを取りやめた。

 顔を左手で押さえ、笑みを堪える。そして冷静であるように努めつつも、目的は達成したと言わんばかりに力を込めた。

 

「……良い闘志だ。お前達の言う人間の意地とやら、剣を通じて中々に伝わってくるぞ」

 

 故に、

 

「短いが、そろそろ終わりにしてやろう」

 

 なればこそ、この一撃を持って終わらせようと、レオンハルトは上段に剣を振り上げた。闘気の集中とともに、レオンハルトは、

 

「天を揺らせ──」

 

「っ……!?」

 

「っ、マズイ! 避け──」

 

 レオンハルトの赤黒い闘気が魔剣に集中し、増幅し、周囲が気の奔流によって揺れる。その高まりを尋常ではないものと予見したブリティシュやホ・ラガの反応や声が現れる。

 そして、その認識は正しい。それはレオンハルトが放つ技の予兆に他ならないからだ。

 あらゆるものを砕き、天地を揺らすその技は、

 

「──“震天”!」

 

「────」

 

 その場で放たれ、尋常ではない轟音と大地の揺れと共に、彼らの意識を奪ってしまった。

 

 

 

 

 

「──う、おおお!? 地震か!?」

 

 その揺れは、街の方まで届いていた。

 大地を揺らす地震には、魔物ですらも驚き、その場でぐらついて、場合によっては転げてしまう。

 だがその揺れは数秒後に収まり、

 

「な、なんなんだよ……」

 

「あー……くそ、溢れちまったぜ……でも、文句は言い辛いしなぁ……」

 

 魔物兵が手に持ったジョッキから半分ほど酒が溢れてしまったことに対して、仕方ないと言わんばかりに息をつくことに留める。

 他の者達も同じな様子で、地震が起こっても特に文句を言うこともなく、普段どおりの日常に戻ろうとしていた。

 そこに、その様子を不思議に思う魔物兵が、

 

「……文句を言い辛いってどういうことだ?」

 

「はぁ? お前知らねぇの? 今の地震、レオンハルト様が起こした可能性だってあるだろうが」

 

「……え、あ、そ、そうなのか?」

 

「そうそう。いや、滅多に起こんないけどよ、たまーにレオンハルト様が街の外れとかで起こしたのがこっちまで届いたりするらしいぜ。何でも、訓練してるとか、他の魔人の方と喧嘩してるとかそんな感じで」

 

「え、えぇ……なにそれこわっ……」

 

「つってもこんだけ揺れるのは初めてだけどよ……よっぽど街の近くか、レオンハルト様が力を出しまくってるか……もしくは本当に地震かもな!」

 

「いや、笑えねぇよ……」

 

 ははは、と笑う先輩魔物兵に対して、最近入隊したばかりの新兵は戦慄する。

 魔人の力ってやっぱおっかないんだなぁ、と改めて思い知った魔物兵であった。

 

 

 

 

 

 街の外れの丘。

 そこには、長い亀裂の入った地面と、その周辺に横たわる五人がいた。

 倒れた者達は人間。ここまでやってきた人間の冒険者達だ。

 それらを前にして、レオンハルトは魔剣を空間に収める。ほぼ同時に、二つの影がその場に現れた。

 

「お疲れ様ですの、レオンハルト様。お飲み物とタオルをご用意してますわ」

 

「お疲れ様です、レオンハルト様。また随分と被害を出しましたねぇ」

 

 キャロルとペール。二体の使徒の言葉を受けて、レオンハルトは息を入れる。五人を、特に赤い短髪の男を見下ろしながら、

 

「……キャロル、ペール。この五人を近くの人里の宿にでも運んでやれ。こいつと一緒にな」

 

「あ、はい、畏まりました。そんじゃあ、適当に商会のうし車にでも乗せましょうか」

 

「畏まりましたの。直ぐに手配しておきますわ」

 

 五人を文字通り叩きのめしたレオンハルトは、まだ息のある五人を確認して、懐から、光り輝くひょうたん型の黄金像をキャロルに手渡しつつそう命じる。代わりにキャロルから受け取った水筒で軽く喉を潤すと、再びそれを返しながら、

 

「それと、ハンティに命じておけ。監視任務は、奴らが例の場所に入ったところで一旦完了とすると」

 

「あ、それじゃあ私が言ってきますね。別の用事もありましたし」

 

「では、わたくしはこの人間達を運んでうし車に乗せてきますわ!」

 

 ペールがハンティへの伝言を承ると、キャロルも五人を縄で縛って一括りにしつつ、そのまま持ち上げて運んでいく。使徒の力からすれば、人間五人を運ぶくらい訳ないものだ。

 

「レオンハルト様は如何しますの?」

 

「……俺は休憩がてらまだしばらくここにいる。少ししたら街に戻るから心配するな」

 

「了解しましたよう。では、行ってきますね」

 

「では、わたくしも迅速かつ完璧に命令を遂行してきますわ」

 

 そう告げて、二人の使徒は礼をしつつ一度街の方に戻っていく。

 後に残されたレオンハルトは、その一連の物事が完遂される余韻に浸る──わけでもなく、周囲を目を細めながら見渡す。

 そしてある一点で止まり、そのままその方向を睨み続けると、周囲に誰もいなくなったタイミングで鋭い声を飛ばした。

 

「──そろそろ出てきたらどうだ。どこの覗き魔かは知らないが、そこにいることは分かっている」

 

「──おや、()()()()()()()()()

 

 レオンハルトが誰もいない筈の宙に声を虚しく響かせたかと思うと、しかし直ぐに返答が来た。

 女性の声が響きその場に魔力の輝きと共に現れたのは、異様に長い白髪と赤い目を持つ少女であった。

 如何にも魔女といった容姿の彼女に、レオンハルトは訝しむ。

 対する魔女は苦笑混じりに言葉を繋げた。

 

「さすがは最強の魔人。この程度だと気づかれてしまうか。そちらの使徒は撒けたのだがね」

 

「……そういうお前は報告にあった占い師か」

 

「如何にも。人呼んで、未来視の魔女という。拝謁の栄誉を賜われて嬉しく思いますよ、レオンハルト殿」

 

 そう言って、未来視の魔女は優雅にお辞儀をしてみせる。

 だがレオンハルトの返答は、先ほどの五人へ掛けていた以上の威圧であった。

 

「っ……と、さすがに、堪える……はは、気分を害してしまったかな? 出来れば、穏便に話をしたいと思っているのだがね……」

 

「黙れ。名も名乗らずに覗き見していた奴に俺が優しくするとでも思ったか?」

 

 信用していないと態度からありありと解る、解らせるような様子でレオンハルトは告げる。

 対する魔女はレオンハルトの重圧に汗を流し、苦笑しながらも魔人を見上げ、

 

「名前、か……申し訳ありませんが、()()()()、名前を貴方にお教えすることは出来なくてね。未来視の魔女、もしくは魔女と呼んで頂ければ幸いだ」

 

「……今はまだ、だと?」

 

 その言葉に違和感を感じてレオンハルトが問いかける。すると魔女は頷き、

 

「左様。いずれ、否応なしに名を教えることにはなるでしょう。その頃になれば、拒否することは叶いませんので」

 

「……ふん、未来視の魔女、か。どこまでが本当なのか胡散臭いことこの上ないが……一先ずそれは置いてやろう」

 

「感謝します。私には、まだまだ語れないことが多すぎますので」

 

「……何をしに俺の前に現れた? それと、覗き見していた理由を聞かせて貰おうか。答えによっては、ここで取り除かせて貰う」

 

 殺気をぶつけながら告げる。いつでも剣を抜くことは可能だ。その気になれば、0.1秒と掛からずに眼の前の命を摘み取ることが出来るだろう。

 だがその殺気を受けながらも、魔女は柔和な笑みを絶やすことはなかった。もっとも、余裕があるようにはみえないが、

 

「……貴方がやるといえばやるのでしょうな。実際、私では貴方には敵わない。摘み取られないような答えを考える必要はありますが──」

 

「嘘を言って誤魔化せると思うなよ? 納得がいかなければ、どちらにせよ斬るだけだ」

 

「それは困りますね。いえ、私もなんですが……貴方も困るので止めてほしいですね」

 

「──何?」

 

 レオンハルトが更に訝しみ、眉根を寄せる。どういう意味だ、と。それに魔女は頷き、補足するように、

 

「私を殺せば、私だけでなく、貴方様も困ることになります。言い訳がましく聞こえるのが恐縮ですが……より良い未来を考えるのであれば、()()私の存在を消すわけにはいかない」

 

「……狂人か、それとも──本物か?」

 

「少なくとも、私は私を狂っているとは思ってはいない。いや、狂いかねないものを視てはいるので、外から見れば狂っているように見えるかもしれないがね……だが、目的を考えるのであれば貴方は私を生かすべきだ」

 

「…………」

 

 レオンハルトが無言のまま眼の前の相手を注視する。

 一体何者なのか──レオンハルトの知識を持ってしても答えが導き出せない相手に、レオンハルトは最大級の警戒を行っていた。

 少しでもおかしな動きをすれば、もしくは都合が悪ければこの場で殺してしまおうと思っているくらいには。

 だが件の魔女は魔の気配を感じない、確かな人間で、こちらの威圧を受けて汗を流しながらも言葉を続ける。何かを思い出すように、

 

「開示出来る情報には限りがある。その上で、私を信用させるとすれば……ふむ、では予言をしよう」

 

 と、魔女は言った。レオンハルトの目を真っ直ぐ視ながら、

 

「貴方と私が待っている人物──それはこれより、約百年後に確実に現れる」

 

「!」

 

 魔女の予言が提示される。それは、

 

「善と悪の人格を持つ男──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「──っ!」

 

 瞬間、レオンハルトは動いた。

 魔女の首に手を伸ばし、そこを死なない程度の力を持って掴み上げる。

 

「っ……ぁ……!」

 

「貴様……一体何者だ? どこまで……いや、()()()()()()()?」

 

 先ほどの言葉、魔女が知る未来の人物のこと。

 それを知っていることは──さして重要ではない。

 レオンハルトにとっては何よりも看過出来ないのが──その未来を己が知り得ていることを、知っていることだ。

 一人を除いて誰も知らないはずのレオンハルトの秘密の一つ。そして何よりも注意しなければならない秘密に繋がるその事実。

 それを看破されている可能性が高いと知ったレオンハルトは、もはや冷静ではいられなかった。

 全身から赤黒い闘気が溢れ出し、瞳がこれ以上ないほどに輝く。

 もし本当に知っているのだとすれば、やはり生かしてはおけない。

 いや、それではすまない。この魔女が他の誰かに伝えた可能性もある。

 交友関係を全て洗い出し、その全てを魔女と共に消し去る必要もある。

 何しろ、その真実は己どころか、全てを台無しにする危険性があるのだ。

 人間と魔物の未来。そして──●●●のこと。

 ここまでやってきたことが、これからのことが何もかもが無に帰する可能性がある。

 露見してはならない。もはや魂ごと全て消し去ってしまうことも考えなくてはならない。

 だが、

 

「……聞かせろ。お前は何を、どこまで知っている?」

 

「っ、かっ、はぁっ、はぁ……ぐっ!」

 

 手加減したつもりだが、思ったより力が入っていたのだろう。首に青痣を作りながらも、解放された魔女が地面に尻餅をつきながら、必死に呼吸をする。

 そして息を正常なものへと戻そうとしながら、魔女は答えた。

 

「はぁ、はぁ……っ、何やら危惧している様子だが……私は、貴方のことをそこまで知るわけではないよ……知っているのは、未来で貴方が行ったこと……それに繋がることだけだ……」

 

「……俺が未来で行ったことだと?」

 

 ああ、と魔女は胸を上下させながら首を縦に振る。首元を擦りながら、

 

「私は、未来を憂いているのさ……貴方と同じで、()()()()()()()を知っているからね……故に、私は未来の為に小石を投げかけ、何とか波紋を呼びかけようと足掻く……その途中で、似たような相手と出会うのだよ……貴方という、真実を知る人物とね……」

 

「……未来では、俺とお前が協力していたとでも言うつもりか?」

 

「協力か……まあ一応そういうことになるだろう。私は貴方に従わなくてはならないしね。だが、私が出来ることは少ない……私が出来るのは、“最悪”を回避するための時間稼ぎくらいさ」

 

 ようやく呼吸を正常に戻したのか、魔女が立ち上がる。首はまだ痛むようだが、それを気にせずに魔女は語り続けた。

 

「彼らと貴方を覗き見していたのも、彼らの行く末が心配だったからだ……彼らは我々にとって、必要な人物だからね」

 

「……お前、まさか──」

 

 レオンハルトが何かに思い至ったように目を見開く。それを見て、魔女は言った。

 

「どうやら、察しはついたようだね。まあ、だとしても今は言うことは出来ない。だが、本当に察しがついたのだとしたら理解出来るはずだ。私は貴方の不利益になることはしないし、世界の未来を憂いている。故に、()()()()()()()()()()()()()()()()、このタイミングで布石を打たなくてはならないのだよ。何しろ、あの方にとって最大の障害の一つは……貴方だからね」

 

「! お前、やはり……」

 

 レオンハルトの表情が確信のついた表情となる。

 すると、レオンハルトも威圧感を抑え始めた。僅かに警戒も残ってはいるが、

 

「……だとすれば、お前はそのために、その未来の為に動いていると?」

 

「ああ、勿論だよ。信用出来ないかもしれないが……私は、常に滅びゆく運命にあるこの世界を、限界まで引き伸ばし、そして波紋を生むために動いている。そのためにも、貴方とここで接触しておくのは重要な事の一つだ」

 

「…………なるほどな。そうだとしたら……お前は俺に何を言うつもりだ? 未来でも教えてくれるのか?」

 

「いいや、言った通り、言えることは少なくてね。申し訳ないが、接点を持つのみで許してほしい。だから今日は、ここでお開きとさせてくれないかな?」

 

 魔女は真剣な表情でそれだけを伝える。まるで目上の者に対するように、慇懃に腰を折ってみせる。

 それは真に迫ったものであり、嘘でもない。そうすることが当然だと弁えている節すらあった。

 だからこそ、レオンハルトは最後にこう問いかける。確認の為に、

 

「……本当に、奴なのか?」

 

「……そうですな。では、これだけ伝えておきましょう」

 

 と、魔女は告げる。帽子を被り直しながら、

 

「私の名は──“C”と言います。時が来るまでは、そうお呼びください。知っているのであれば、これだけで理解が可能かと」

 

「……そう、か。また訪ねてくるつもりか?」

 

「いえ、まあ……次に邂逅するのは百年後、その時が来てからになるでしょう。それまでは、まだ暫し未来視の魔女を続けなくてはなりませんので」

 

 そう言って魔女は踵を返す。再び帽子を取って一礼し、

 

「では、また。もし用があれば、魔物討伐隊でもお尋ねください。これより私はそちらを回る予定ですので」

 

「……分かった。好きにするといい。だが──」

 

「理解しておりますよ。何があろうとも、それらを口にすることは御座いません。そもそも、貴方の内側の話は私には見通せず、殆ど知りえませんが……それを口にすることは、良い未来に繋がりませんので」

 

「……その言葉、今は信用しておく。ゆめ忘れるなよ」

 

「はい。刻みつけておきましょう。では──」

 

 と、魔女はレオンハルトの言葉を聞き届けたのを最後に、その場から消えていった。

 全く気配がしなくなったことを感じ取り、レオンハルトは暫しその場で立ち尽くす。そして、

 

「……ああいう奴だったとはな……」

 

 小声で呟く。それは素で放った一言だった。

 何にせよ、レオンハルトは重要な出来事を一つ終えたことに、一つの区切りをつけて街へと戻る。

 一年以内に目的を遂げて、そして魔女が言うのであれば、百年後には待ち望んでいた男が現れるというのだ。

 

「……精々、愉しみにさせてもらうぜ……?」

 

 誰に放ったでもないそんな言葉を歪んだ口元と共に宙に乗せ、レオンハルトは己の役目を遂げるために帰路についた。




分かる人には分かるあの人。割といつものことですが、この解釈は独自設定です
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