※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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長め。マイルドにはしましたが、結構アレな話なので、耐性がない人にはご注意を。
まあここまで付き合ってくれてる読者の皆様方なら、これくらい笑って見れるよね?(無茶振り)
というわけで本編どうぞ


混沌の産声

 夜の暗闇はこの時代の人類が暗黒時代に生きていることを嫌でも分からされる時間帯だ。

 夜行性で生きる一部の魔物達が活動を始めるというだけではない。昼間は目立たなかった灯りが、夜になると非常に目立ってしまうのだ。

 それ故、野良で生きる人間達の多くは、夜になると明かりを消す。活動する場合はほんの僅かな蝋燭の火に頼り、明かりが外に漏れないように、窓がない家などが流行っている。

 夜は恐怖の時間帯。その時間帯に、外で構わず馬鹿騒ぎなどをする者達がいれば、それは頭がイカれているか、騒いでも問題ないほどの力の持ち主だ。それか、

 

「はははは! 酒が美味ぇなぁ!!」

 

「ゲヘヘヘ! 酒、美味シイ! 楽シイ!」

 

 ──魔に属する者達であるかだ。

 

 夜の帳が下りた大地の上、堂々と宴会を開いているのは、赤や青といった肌の色をした筋肉質な異形の者達。

 頭に角を生やして泥酔する彼らの名は、鬼。

 本来であればJAPAN──もっと言うなら、地獄で働き、暮らしているはずの者達である。

 しかし彼らはそうではない。何故、鬼達が大陸のど真ん中で宴会を行っているのか。その原因は集団の中心にあった。

 

「──グビグビ……んぐ、ウィ~……ヒック、ハーッハッハッハッ! おいこら馬鹿ども! もっと酒を持ってこーい!」

 

「へい親父! お注ぎしやす!」

 

 鬼達の宴会。その中心で酒を文字通り、浴びるようにして飲んでいるのは、周りの鬼よりも一回り大きい黒い鬼だった。

 髭や濃い顔が特徴的なその黒鬼は、鬼であって鬼ではない。

 その色濃い気配は周囲の鬼達の比にならない。鬼達も、その黒鬼に子分のように付き従っている。

 それもそのはず──彼は魔人レキシントン。

 世界の支配者層である魔人の一体であり、力自慢の鬼達を従える強大な鬼でもある。

 そんな彼は人間牧場の運営を完全に部下の魔物将軍に任せて放ったらかしにし、毎日を好き放題に生きていた。

 故に彼の機嫌は良さそうに見える。今の所は。

 

「ぷはぁ! あー……」

 

 レキシントン用の巨大な盃に並々と注がれた酒を飲み干し、しかしレキシントンは虚空を見て、何かを考えるように声を上げる。

 

「どうかした? レキシントン」

 

「あ、これってもしかして……」

 

 そしてそのレキシントンを傍らで見るのは、レキシントンの使徒である二人。ジュノーとアトランタ。

 全裸の美男子と美女。浅黒い肌を惜しげも無く晒している鬼と悪魔の使徒達は、レキシントンを見て何かを察する。

 その直後。

 

「あーーーーー!! つまらんつまらんつまらんっ!!!」

 

 不意に、レキシントンが大声を上げた。

 天まで届くほどの声量で、癇癪を起こしたように地面を殴りつけたレキシントン。

 彼の怪力振りを示すように地面が僅かに揺れたところで、レキシントンを最もよく知る使徒二人は察したように表情を変える。

 

「あっ……やっぱそういう……」

 

「お、落ち着いて下さい、レキシントン様!」

 

 ジュノーが軽く息をつき、アトランタはレキシントンを宥めようとする。

 だが、

 

「ジュノー! アトランタ! お前らは分かるか!?」

 

「主語がないからわからないよ、レキシントン。……いやまあ分かるけどね」

 

「やはり、戦いたいと?」

 

 レキシントンの憤りが混じった問いに答えるアトランタ。

 それを聞いたレキシントンは再び大声を上げた。

 

「そうだ!! 酒に女! そりゃあいいが……戦いが足りん!! どこかに活きのいい奴はおらんのか!?」

 

「まーた始まった……」

 

 ジュノーが呆れたように呟く。それほどに、この光景は見慣れたものだったからだ。

 魔物の黄金時代。世界は魔王の、ひいては魔人の物となり、彼らの邪魔をする者はいなくなった。

 多くの魔物は喜んだし、魔王の治世は安泰。彼らの支配は揺るぎないものとなっている。

 だがそれを喜ばない者もいる。それがこのレキシントンだ。

 

「あーあー! 昔は良かったのう! 適当に戦場に出れば人間の兵がうじゃうじゃと……取るに足らん雑魚ばっかだったが、それなりに愉しめたというのにだ!」

 

「そんな昔は良かったってお爺ちゃんみたいなこと言わないでよ」

 

「なのに今はどこに行っても腰抜けしかおらん! 愉しめるのは魔人くらいだ!」

 

「では、またノスかレオンハルトにでも喧嘩を売りに行きます?」

 

 戦いを愉しめないと今の世の中を嘆くレキシントンに、アトランタがそんな提案を行う。しかし、

 

「あいつらとはここのところやり過ぎてちょっと飽きたわい!」

 

「とか言いながらどうせまたそのうちやりそうだけど……ならレイは? あっちもよっく喧嘩相手探してるって聞くけど」

 

「ああん、レイ? …………ああ! 最近魔人になったあの小僧か!」

 

「いやいや……幾らなんでも魔人くらいは憶えてようよ……ま、それでこそレキシントンって感じだけどさ」

 

「では、レイを探しに、牧場でも訪ねに行きますか?」

 

「……だが断る! あの小僧は……微妙に唆らん! たまになら悪くないかもしれんが、どうせそのうち、向こうから喧嘩売ってくるからな! その時で構わんわい!」

 

 何を思ったのか、それすらも断るレキシントン。

 酒、セックス、戦の三つを愉しみとしている彼にとって、一つでも愉しみが消えることは我慢ならないことだった。

 

「はぁー、参った。どうするかのう……もういっそのこと、地獄にでも戻って、閻魔の奴でも殴りにいくか……?」

 

「閻魔って……確か鬼の王様だっけ? その辺の事情、あんまり詳しく知らないんだけど、どうなのよジュノー」

 

「あー、閻魔ねぇ……まあ結構真面目な性格で、相当強かったはずだけど、喧嘩を買うかどうかは微妙かなぁ……」

 

「あー、つまらん! つまらん! 戦って略奪して酒飲んでレイプしてぇーーー!!」

 

「結局そうなるよねぇ」

 

 と、ジュノーが欲望を叫んだレキシントンを見て苦笑する。

 この後に起こす行動はもう決まっているのだ。

 故にジュノーとアトランタ。そして配下の鬼達も、宴会の終わりを悟って立ち上がる。

 最後にレキシントンも立ち上がり、二本の巨大な金棒を持ち上げながら言った。

 

「おいお前ら──人狩り行くぞ!!」

 

「へい、親父!!」

 

「グヘヘ、人狩ル! 略奪スル!」

 

 レキシントンの号令。それは彼を親父と慕う鬼達にとっては絶対のものだ。

 “人狩り”と呼ばれる、魔物達の間で流行りの愉しみは、レキシントンにとってもそれなりの暇潰しになる。

 運が良ければ、冒険者や魔物討伐隊といった、それなりに活きの良い人間達との戦いが愉しめるし、略奪やレイプも出来る。彼にとっては一石三鳥なのだ。

 

「ハーッハッハッハッ! さっさと準備をしろ馬鹿共!」

 

「やれやれ……それじゃあまあ、出来る限りは探してみようか。それなりに賑わってるところをさ」

 

「私達にお任せくださいレキシントン様! 必ずや、人里を見つけ出してみせますから!」

 

「おお! そういうのは任せた!!」

 

 ジュノーとアトランタが、レキシントンや鬼達の代わりに、人里がありそうな場所を捜索する。野良の人間が多く住まう人里は、今の時代だとそれなりに見つけにくい場所に建てられていることが多いので、闇雲に探しても徒労に終わることが多い。

 とはいえ、人里がそれなりに残っているのは、魔軍が本腰を入れていない。つまりは、ある程度は放置しているからというのが、理由としては大きいので、それなりに知恵があれば見つけ出せないこともない。

 ジュノー達や、そこらの魔物の部隊が捜索して見つけられるかは確率的には半々だが……これが魔軍、レオンハルトが指揮を行っていた場合、見つけ出せない訳がないのだ。

 魔王の命令などが出れば、人間はいつでも滅ぼされる。それをしないのは、魔王が人間を苦しめることを望んでいるから。

 そしてそのおかげで、レキシントンのような好戦的な者達の退屈を紛らわすことにも繋がっている。

 そしてレキシントンの使徒である彼らに、人間の事情を慮る必要などない。

 レキシントンも、人間の事を考えて、自らの欲望を我慢する必要などない。彼は魔人。あらゆる自由が与えられている大陸の支配者なのだ。

 故に彼らはあっさりと、近くの隠れ里を襲うことを決めたのだった。

 

 

 

 

 

 ──ガイの少年奴隷としての日常は、牧場で過ごしていた日々が嘘のように平穏そのものだった。

 

 毎日、朝早く起きての水汲みに勉強、酒場での労働は楽しいことばかりではなかったが、それでもガイにとっては全てが新鮮かつ平和なひとときだ。

 魔物に殴られることもなければ、飢えることも、凍えることもない。毎日、優しい女主人と一緒に、美味しいご飯を食べて常識を学び、温かいベッドで眠ることが出来る。同年代の子供、特に男子からの風当たりは強かったが、それも無視をされたり、悪口を言われたりする程度の可愛いものだ。牧場での虐待に比べればなんてことのないこと。

 

「──ほら、ガイ。こっちもお願いね」

 

「わかった」

 

 ガイは女主人の奴隷として数年の時を過ごした。

 当初、やって来た時よりかは性格も明るくなった。多少、内気な性格で表情が動きにくいのは変わらなかったが、それでも彼が普通の少年であることはもう疑いようがない。

 ガイは普通の人間の生活、常識、知識、考え方などを女主人や周囲の人間から学んでいった。

 生きていくためには食料が必要で、それを得るために何らかの行動を起こさなければならないということ。人間の場合は金か物々交換によって、欲しい物を手に入れることが出来る。

 

「良い? 悪いことをしちゃ駄目よ? 人から奪ったりとか、そういうのは……」

 

「……どうして?」

 

 その方が楽なのではないか、とガイは率直な疑問として思った。

 しかしその問いによって、女主人が僅かに苦笑、何かを憂うような表情になる。そして、

 

「……人間はね、一度悪いことの味を憶えちゃうと、真っ当な道に戻りにくくなるの」

 

「……そう、なんだ」

 

「そう。誰だって本当は分かってること。人から奪った方が楽だって。でも、それをやったらどんどん堕ちていく。都合の良い言い訳で自分を正当化しながら、その味から離れることが難しくなる」

 

 “ガイ。人間ってのは、欲深いのよ”──そんな言葉が印象的だった。

 女主人のそんな教えに、ガイは素直に頷いた。悪いことをしてはいけない。道徳を学んで来ていないガイではあったが、それがなんとなく、いけないことだというのは理解していた。

 また、酒場の常連である冒険者だという男からはこんなことも言われた。

 

「ガイ。世の中ってのはな、正しいことばっかじゃ生きていけねぇんだ」

 

「……どうして?」

 

「世界ってのは厳しいからさ。真面目にやった奴は馬鹿を見るように出来てんだ」

 

「悪いことをしろってこと?」

 

「そうじゃねぇ。そうじゃねぇが、賢い奴ってのは常に抜け道を探してるもんさ。何も真っ黒になる必要はない。真っ白じゃ生きていけねぇなら、灰色って選択肢もある」

 

 冒険者をやってると特にそうだ、と酔っ払った声で男は言う。

 

「同業の妨害や獲物の横取り……搦め手や罠、嘘をついたりすることも時には必要だ。戦闘も同じ。奇襲に騙し討ち、相手の弱いとこを突くってのが一番やり難いし、相手にも効く。何も正面からバカ正直にぶつかる必要はねぇ。こちらが劣ってようが戦いってのは相当な力の差でもない限り、それでひっくり返せる」

 

「……強い方が勝つとは限らない?」

 

「おお、そうだ。分かってるじゃねぇか。それで? 弱者が勝つにはどうすればいい? 真面目にやったところで結果は見えてる。だが、どうしても勝ちが欲しい。他に何をおいてもだ。そういった道理に合わない結果を求める場合、何をすればいい?」

 

「……ズルいことをする?」

 

「そういうことだ。お前、今ここで俺と戦うことになったとして、勝てるか?」

 

「……勝てない」

 

「正面からやればそうなる。だが、俺が酔っ払って寝てる時にでも襲いかかれば、お前が勝つことも全然ある。……とまあ、こんな風に、どうしても結果が欲しい場合にはこういうズルいことを──」

 

「──うちのガイに何を教えてるんですか?」

 

「……あ……」

 

 気がつけば男の後ろに女主人が立っていた。

 途端に男が顔面蒼白になる。冷や汗を垂らす男は、ガイに最後にこう言った。

 

「……ガイ。こういう、もう何をしても勝ちの目がない明らかに負けるっていう時はだな……命乞いや早々に謝ってしまうのも手だ」

 

「うふふ、そうねぇ……でも、命乞いをしたところで相手に許す気がない場合もあるから、そういう時は逃げた方がいいわよ。──もっとも、私の方は逃がす気はないけど」

 

「…………駄目?」

 

「──駄~目♪」

 

 ──次の瞬間、男の叫び声が酒場を埋め尽くす。

 屈強な大男が宙を飛んでいくのを、ガイは初めて見た。

 そんなこんなで、ガイの日常というのは賑やかに過ぎていった。

 そしてガイはこう思った。

 ──自分は、これからもここで生きていくんだろう。

 何となくそう思った。

 ガイは心身ともに成長し、歳もおそらくは10歳を越えた頃。

 彼は再び、世の厳しさを知ることとなる。

 

 

 

 

 

 その日、ガイは珍しく酒場ではなく家の方に籠もっていた。

 理由は酒場が休みだから。女主人は、今日は用事があると言って朝から出かけてしまっていた。

 実のところ、それほど珍しい話でもない。女主人は時折、店を閉めてどこかに行くことがある。

 頻度はあまり高くはないが、場合によっては3日は帰ってこないこともある。

 そういう時はガイが家の留守を任されるのだ。

 もっとも、これはガイが成長してきたごく最近からの事ではある。

 それ以前はずっと家にいた。だが最近は、

 

「……暇だ」

 

 机に座って、何となく本を読んでいたガイはぽつりと呟く。

 酒場を閉めている時、女主人がいない時、ガイは寂しさと暇を覚える。

 以前はそんなことを感じることもなかったが、今はそうではない。何かしていないと落ち着かないくらいである。

 とはいえ、ガイに友達はいないし、一緒に遊べる相手はいない。それに留守を任されている以上は用事もないのに外に出るのはよろしくないし、もっと言うなら今はもう夜で、外に出たところで何も出来ることはない。

 だからガイが出来るのは勉強か、本を読むことくらいだった。自分で簡単な夕食を作って食べた後は、片付けをして本を読む。知識をつけることも出来るし、ガイとしても本を読むことは嫌いではなかった。

 だが、一人の時間は落ち着かなかった。

 早く帰ってこないかなぁ、と何度目かの言葉を内心で呟くと、家の戸が開く音がした。

 

「──ただいま」

 

「! おかえり」

 

 女主人が帰ってきた。ガイは教えてもらった挨拶を返す。もう言い慣れた言葉だった。

 

「大丈夫だった?」

 

「うん。何もなかったよ」

 

「そう……」

 

「……? どうかしたの?」

 

 女主人の表情がいつもより優れない。そのことに気づいたガイは首を傾げてそれを問う。

 だが、

 

「……ううん。何でもないわ。それよりお腹空いちゃった。ガイ、何か簡単なもの作ってくれる?」

 

「あ、うん。わかった」

 

 何時も通りの優しい笑み。それが見えたところでガイも安心する。

 ガイは台所に立ち、女主人から教えてもらった料理を作る。酒場を手伝う上で覚えたことだ。

 

「はぁ……美味しそうな匂いね~。ガイ、また上手くなったんじゃない? もう私よりも上手いかも?」

 

「それほどでもないと思うけど」

 

 ガイとしては女主人の料理の方が、自分で作ったものよりも美味しいと感じていたので、本心からそんなことを言う。

 そしてガイは料理の手を進めながら、ふと後ろを向いて女主人が椅子に掛けた外套を左目の視界から確認した。

 そこにほんの僅かに、赤い染みがついていることに気づきつつも、ガイは何も言わずに料理を続ける。そして、

 

「……出来たよ」

 

「ん、ありがと」

 

 女主人が食事の挨拶を行い、ガイの作った料理に手を付ける。一口食べ終え、

 

「……うん、やっぱり美味しい! ガイ、腕を上げたじゃない!」

 

「……それほどでも……」

 

 褒められるのは悪い気はしないが、妙に照れるので止めてほしい。そんな内心を表すかのように素っ気ない態度を取るガイ。

 だが女主人はそうやって料理を褒め称えながらどんどん食べ進め、それを三分の二ほど食べ進めたところで言った。

 

「……ねえ、ガイ」

 

「ん、なに?」

 

「もし……もしね。私が……ここを離れて、別の場所に行きましょうって言ったら、あなたはどうする?」

 

 それはガイにとっては、よくわからない、理解出来ない問いかけだ。答えが決まっている質問でもある。

 だからガイは即答した。表情を乱すことなく、

 

「? ついて行くよ?」

 

「……いいの?」

 

「……何が?」

 

 意味が分からずに問い返す。続けて女主人が笑みで言った。

 

「……ふふ、そうよね……ガイ、ちょっとこっちに来て」

 

「……? うん」

 

 ガイが椅子から立ち上がり、女主人の元に近づく。

 何だろう、と疑問に思った次の瞬間、ガイは柔らかいものに受け止められた。

 

「ガイ……ありがとね」

 

「……ど、どうしたの?」

 

 ガイは不意の出来事に混乱した。女主人にこんな風に抱きしめられることなど、今までは無かったことだったから。

 その感触にガイは鼓動が強くなるのを感じたが、それとは別に疑問にも思う。女主人がここまで弱々しく感じられたことは今までに無かったから。

 

「こんな私のところに来てくれてありがとう」

 

「…………」

 

「ふふ……なんて急に言われても何のことか分からなくて困るわよね」

 

 女主人は自嘲するようにそう言った。そして少しの間を置いて、

 

「──私、本当は悪い人なの」

 

「……えっ?」

 

 ガイは思わず間の抜けた声を出す。

 女主人が本当は悪い人。それは一体、どういう意味なのかと疑問が頭の中を回る。

 だがその答えは直ぐに女主人の口から伝えられた。

 

「今まで生きるためには何でもしてきたの。人の命を奪ったり、騙したり、時には身体を売ったり……魔物を倒したり真っ当な仕事をする時もあったけど、昔の私はあまり褒められた人間じゃないのは確か」

 

「……昔?」

 

「一応、足は洗ってね。昔の稼ぎで酒場を開くことにしたの。あなたを買ったのも、そういったことで稼いだ汚いお金」

 

 ガイは無言になる。理解は出来るが、よく解らないというのが本音だ。

 悪いことをしている。その内容は幾つか解らないものもあるが、それより、

 

「……今は何もしてないんだよね?」

 

「誘われることはあるけどね。ただ……今日みたいに魔物を倒しにいったりはしてるの」

 

 今まで隠していてごめんね、と女主人は言う。続けて、

 

「……最近ね、今更だけど感じるのよ。私が、こんなに幸せでいいのか、って」

 

「…………悪いことをしたから?」

 

「そう……あれだけ人に酷いことをしてきた私が、こんないい子を拾って、順風満帆で……毎日楽しく暮らしてていいのかって」

 

 それは罪の意識。

 過去にやってきた事を懺悔するかのように、女主人は打ち明ける。

 

「人の親にはなれない筈だったのに……こんな、まるで親子みたいに接して……ふふ、我ながら滑稽だわ」

 

「……よく、分かんないけど──」

 

 と、今度はガイが言う。自嘲し続ける女主人に対して、

 

「僕は……ここが良い」

 

「っ……ガイ……」

 

「悪い人でも何でも……僕はここで一緒に、暮らしていたい……です」

 

 そう、そんなことは関係ない。

 ガイは既に、ここを自分の居場所だと決めているのだ。

 昔に悪いことをしていた悪人だからって、その心は変わらないし、現に変わっていない。

 だからガイは腕に込める力を強くする。

 

「だから……いい。その、泣かなくても……」

 

「……ぁ……」

 

 女主人が声を漏らす。その子供の気遣い。抱きしめる腕の強さ。まだ子供の弱々しい力だが、確かに力を込めていると分かるその感触に、人の温かさを知る。

 そして、

 

「……ガイ、ありがとう……あなたは──」

 

 そうして、女主人はガイに言葉を告げようとする。

 今まで敢えて口にしてこなかった言葉を。偽物の関係を終わらせ、本物の関係を始めるために、その言葉を口にしようとした。

 そんな時だった。人里に、悲鳴が響き渡ったのは。

 

「──うぎゃああああああああああああああっ!?」

 

「っ!?」

 

「っ……! 今の悲鳴は……!」

 

 外から聞こえたのは、明らかに尋常ではない断末魔の叫びと、地を揺らすかのような轟音。

 同時に明かりと、続けて何名かの叫び声が響く。

 それを聞いて、ガイは身体を固まらせるのみだったが、女主人の方は違った。

 

「……ガイ。物置の中に隠れてなさい」

 

「っ……で、でも……」

 

「──いいから。私は大丈夫。直ぐに確認して戻ってくるわ」

 

「っ……う、うん……」

 

 その女主人の表情を見て、ガイは驚く。

 何せ、その表情はガイが今まで一度も見たことのない表情であったからだ。

 冷たい目。感情が伺えない表情。戦士ではなく、闇に生きる者としての雰囲気を漂わせた女主人に、ガイがその凄みを感じ取る。

 だが、そんな女主人は最後にガイと視線を合わせると、いつもと同じ優しい笑みを見せてこう言った。

 

「──良い子にして待ってるのよ、ガイ」

 

「!」

 

 普段と全く変わらない温かい笑顔。

 それはガイを安心させるためのものだった。

 

「……気をつけて帰ってきてね……!」

 

「……うん。じゃあ、行ってくるわね」

 

 と、女主人は物置部屋に入っていくガイを見つめ、守るべきものを確認しながら懐の得物を確認した。

 ──動ける。

 なら、動かない理由はない。

 

「……十中八九魔物か……それとも……」

 

 と、女主人はそう呟きながら、家の外に出ていこうとした。

 ──だがそれは出来なかった。

 

「っ……何、この気配……?」

 

 外から、尋常ではない者の気配がする。

 女主人は昔の職業柄か、気配というものに敏感だった。

 外で活動するには、魔物の気配、人の気配、罠の気配、そういったものに敏感でなければならない。

 そうでなければ生き残れない。特に彼女は人に恨まれやすい上、容姿の整った女だ。襲いかかってくる者達を撃退するのに、気配察知は何よりも役に立つ。

 その感覚が、女主人にこう言っている。──外に出るな、と。

 今直ぐここから立ち去るのが正解。外に出て、その何かに見つかってしまえば命はないと、本能が訴えている。

 ──どうする? 

 気配は徐々に近づいてくる。しかも、真っ直ぐとこちらに向かって。

 こうしている間にも、外の叫び声。下卑た声を上げる何か、建物が倒壊するような音が響いている。

 やはり魔物だろうとこの時点で確信する。

 人里には見張りの兵などがいる。冒険者を中心にそれなりの戦力だって抱えている。盗賊などが襲撃を掛けてくれば、これほど一方的にやられることはないはずだった。

 どうするか。予定を変更して、ガイを連れて逃げることを考える。

 それを頭の中で計算に入れ始めた時、その気配は急激に膨れ上がった。

 

「──ここかあーーー!!」

 

「っ……!!」

 

 瞬間、酒場の壁を無理矢理ぶち破ってくる大柄の存在を、女主人は目視した。

 

「ハーッハッハッハッ! 酒の匂いがするぞ!! ここは酒場か! っと、んん?」

 

「……!」

 

 女主人は眼の前に現れた化け物に、今までにない恐怖を感じた。

 黒い肌をした筋肉質の化け物。頭から角を生やした、尋常ではない存在感を放つ生き物。

 まさか、と思う。よもや、この場所に伝説級の化け物がやってくるとは、と。

 冷たい汗が背中を伝う。その化け物と目があってしまった。

 

「おう! 女までおるのか! こりゃーついてる! 今日の儂は運が良いな!」

 

「……お酒を、ご所望でしょうか?」

 

 震える身体を必死に抑え、女主人は意を決して化け物に話しかける。

 大丈夫だ。いつも通りにやればいいと、

 

「……おお、儂を見ても引かんとは、中々に良い女だ」

 

「ありがとうございます。……それで、ここに来たのはお酒を所望してのことですか?」

 

「くくく……ああ、そうだ! 酒と女を貰いに来た!」

 

 女主人が思った通り、やはり目的はそれらしい。

 だから女主人は言った。気づかれないように丁寧にお辞儀をしながら、

 

「分かりました。それでしたら、ここにあるお酒は全て差し上げます。どうぞご自由にお持ち帰り下さい」

 

「ハハハ! 随分と親切だのう! なら遠慮なく──」

 

 と、その化け物は店の中を見渡して酒を確認する。

 だが、

 

「んんー? ちょいと少ないのう……おい! 酒樽はないのか!?」

 

「……そこにあるので全てでございますが」

 

 言う。気づかれてはならないと。

 しかし、化け物は匂いを嗅ぐように鼻を鳴らすと、

 

「ハーッハッハッハッ! 嘘をつくな! 奥の方から酒の匂いがするぞ!!」

 

「っ……」

 

 女主人は言葉に詰まる。

 確かにある。酒だけなら幾らでもくれてやるし、隠す必要はない

 その場所に、守るべき者がいなければ。

 だから女主人は、血が冷めるような感覚を得つつも、表には出さずに化け物を呼び止めた。

 

「──お待ち下さい」

 

「ああん?」

 

 女主人は言う。自分の服をはだけさせながら、

 

「それより先に……やることがあるでしょう?」

 

「……ほう?」

 

 化け物の顔が好色に変化する。それを成功と見て、女主人は更に身体をさらけ出しながら続けた。

 

「女を、放っておくつもりですか?」

 

「……ハハハ! 確かにな! なら先に──」

 

 と、化け物が女主人との距離を詰めてくる。

 女主人は衣服を半分ほど、脱ぎ捨て、スカートをたくし上げて女の色香を振りまきながら思った。

 ──掛かった! 

 化け物が手を伸ばしてくる瞬間、女主人は動いた。

 

「────」

 

 相手の背後に瞬時に回り込むと、懐からナイフを取り出し、そのまま化け物の後ろ首目掛けて全力で振り下ろす。

 ──獲った! 

 そう確信する。それほどに、完璧な一撃だった。

 今まで生きてきた中でも最高の一突き。どんな魔物だろうと、これなら一撃で殺せる。

 そう思っていた。そのナイフが、実際に当たる直前までは。

 

「──おお……?」

 

「なっ……!?」

 

 ──ガキン、と。

 ナイフは化け物の後ろ首に当たる直前、結界のようなもので弾かれてしまった。

 完全な不意打ち。防げるはずのない一撃を防がれてしまった衝撃に絶句する。

 対する化け物は首の後を右手で掻くと、

 

「……ハーッハッハッハッ! 不意打ちとはやるな、女! ここまでで一番いい動きだったわい!!」

 

「一体何が──くあっ!?」

 

 化け物の手が、女主人の足を捕まえる。その握力に思わず悶絶しかける。

 

「こ、の……っ!」

 

 再びナイフを化け物の目を目掛けて投擲。どんな生き物も、眼球を鍛えることは出来ない。

 故に貫通するはずのそれは、しかしまたしても結界のようなものに防がれて床に落ちてしまった。

 

「……ハハハ! 悪くない! 悪くないが……相手が悪かったな!!」

 

「──か、はっ……」

 

 そのまま床に叩きつけられると、一気に肺の中の空気が押し出される。

 肋骨が折れた感触、口から血を吐く感覚。身体から力が抜けてくる。

 

「ハーッハッハッハッ! さて、愉しませてもらうぞ!!」

 

「ぅ……ぁ……」

 

 覆いかぶさってくる化け物を涙で滲む視界で捉えながら、女主人は内心で告げた。

 ……ごめん、ね……ガイ……。

 自分が買った少年奴隷。息子のように思っていた最愛の少年の事を想いながら、女主人は引き裂かれる痛みを味わった。

 

 

 

 

 

 ──悲鳴。

 耳から聞こえるのは最愛の人の悲鳴。

 馬鹿笑いをする怪物の笑い声。

 ──悲鳴。悲鳴。悲鳴。頭の中でそれらが反響する。

 かつて聞いた叫び。柵の内側では日常だったその苦しみの声。

 悪意の坩堝。止まらない痛み。終わらない苦しみ。

 ──悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴は止まらない。

 耳を塞いでも。左側だけしか聞こえないはずの聴覚を塞いでも。それらは止まらない。

 見るのが怖い。逃げなければいけない。助けなければならない。自分の大切な人を。

 震える手で物置の戸を開き、その先を覗き込む。

 悲鳴はその先から聞こえる。怖ろしい気配もその先から感じる。

 見たくない。

 だが、行かなければならない。

 もう失いたくない。どうにかしたい。自分が犠牲になったとしても。

 左目で覗き込む。唯一見える視界。その目で扉の先を覗き込む。

 だが、その先には──

 

「いやぁあああああああああああッ!?」

 

「っ!!!」

 

 悲鳴。そこから聞こえるのは悲鳴だ。

 

「あがっ、かひゅっ、が、やっ、やめ、てぇ……ッ……」

 

「ハーッハッハッハッ! 誰が止めるか! 死ぬまで犯してやる!」

 

 荒い息を漏らす怪物。馬鹿笑いをし、最愛の人に覆い被さり、血が流れる下半身に黒い何かを突き込むその姿。

 その身体に爪を突き立てている。赤と白の液体で濡れたその姿。体中に青痣を作り、虚ろな目で苦悶の声を漏らすその人物。

 それこそが、少年の新しい居場所だった、大切な──

 

「ぅ……ぁぁ……」

 

 化け物に犯される女性。それは、いつも優しげな表情で頭を撫でてくれていたあのひと。

 そう。彼女は──

 

「ぅ、あああぁぁぁぁ……!!」

 

 気がつけば、そこで声を漏らしていた。

 声を上げてはいけない。そう本能で防いでいたにも関わらず。

 

「──あん? 誰だ?」

 

「──!」

 

 その声に反応して、化け物の顔がこちらを向く。

 それだけで、恐怖が一気に押し寄せてきた。

 弾かれるようにして、少年はそこから走り出す。

 声を出していただろうか。どうやって、どこから逃げたのだろうか。

 似た化け物に追いかけられたような気もする。無視されたような気もする。分からない。

 分かるのは、ただそこから逃げ出したかったということだけ。

 この場所から。この地獄から。この苦しみから。この恐怖から。この悪意から。どうしようもなく逃げ出したかった。

 だから少年は走った。訳も分からず、自分の中の衝動に従い、本能のままにそこから逃げ出そうと走った。

 この苦しみから逃れたい。逃げれば、何もかもが助かると、そんなことはあり得ないのに何故かそう思った。

 逃げて、逃げ続ければ、助かると思った。また普段通りの日常に戻ると思った。

 そうやって逃げて、逃げ続け──気がつけば、周囲の音は聞こえなくなっていた。

 

「はぁー……っ、はぁー……っ」

 

 体力の限界。身体が少年の足を止めた。

 気がつけば木々が生い茂る森の中。

 周囲には誰もいない。何もない。ただ草木があるだけだ。

 そこでようやく、幾ばくかの冷静さを取り戻した。

 だが取り戻したことで、再びその出来事を思い出した。

 

 ──悲鳴。

 

「ぁ……」

 

 ──怪物に襲われる最愛の人の姿。

 

「っ……うっ──」

 

 身体の内側がざわつく感覚。饐えた匂い。

 気がつけば、胃の中のものを吐き出していた。

 ビチャビチャと地面に撒き散る吐瀉物。

 だが全てを吐き出しても吐き気は止まらない。

 気持ち悪い。もう何もかもが。

 だが、いずれはその感覚も一旦は収まる。

 するとまた思い出す。

 

 ──苦痛に喘ぐ女主人の姿。

 

「ぅ、ぁ……」

 

 ──同じ様に殺されていく人里の人々。

 

「あぁ……!」

 

 ──誰も彼もが。死んだ。

 

「う、あぁ……!」

 

 ──自分の居場所は無くなった。

 

「あああぁぁ……ッ!!」

 

 ──その全てが夢ではないことに気づいた。

 逃げ出せていない。その苦しみ。絶望。地獄からは全く逃げ出せていない。

 全て現実。これほどに酷い事が現実で起きた。

 

 ──ガイは再び、全てを失った。

 

「うああああああぁぁっ……!!」

 

 母を失った時と同じ悲しみ。久しく感じていなかった悲しみをガイは思い出す。

 忘れていた。思い出したくなかった。この悲しみの味を。

 大切な人の顔、仕草、思い出が思い起こされ、その度に深い悲しみが、絶望してしまうほどの悲しみが心を襲う。

 痛みを伴う──死にたくなるほどの深い絶望の味を思い出す。

 その喪失感は、以前よりも大きい。

 幸福の味を一度でも憶えてしまったガイの心は、以前よりも格段に脆くなっていた。

 もう自分には何もない。

 全て、全て、あの怪物たちに奪われてしまった。

 あの悪意に。大切なものを何もかも。

 だから──

 

 ──()()()()

 

 どくん、と強く鼓動が脈打つ。

 それは初めて感じた──“怒り”。そして、“憎しみ”。

 

 ──アア、許セナイ……憎イ……。

 

 更に強く脈打つ。

 それは今まで一度も感じなかった右側の感覚。()()()()()()

 

 ──そうだ……許せない……! 

 

 また脈打つ。

 ガイの心の声に共鳴するように。

 

 ──ソウダ、怒レ……。

 

 強く脈打つ。

 それは何の声か。

 

 ──本能ヲ解放シロ……! 

 

 脈打つ。

 自分の声だ。他ならぬ、自分の心の声だ。

 

 ──コノママデ良イ筈ガナイダロウ……? 

 

 脈打つ。

 一体これは何だ? 本当に自分なのか? 

 

 ──アア……俺ハオ前ダ……。

 

 脈打つ。

 違う。これは自分ではない。

 

「ぁ……」

 

 そこで気づく。

 悲しみに濡れていた筈の自分の顔。

 その口元の右側が──綺麗な弧を描いていることに。

 

 ──アレガコノ世ノ正シイ生キ方ダ……。

 

「……あぁあああ!!」

 

 地面に頭を叩きつける。

 何だこれは。この声は。一体誰だ。

 

 ──女……本当ハ、()()()()()()()()()……。

 

「……違うッ!!」

 

 ──ナノニ、アノ化ケ物に奪ワレタ……オ前ガ、モタモタシテイルカラダ……! 

 

「うるさいっ!! 黙れッ!!」

 

 そんな筈はない。訳が分からないことだ。

 

 ──ジャア、何故オ前ハ興奮シテイル……? 

 

「……は……?」

 

 内なる声が、そう指摘する。

 自然に、右手が動く。己の股ぐらを差す。

 そこは、あの化け物と同じ様に、()()()()()()──

 

「う、あああああああああああああああああああああああッッ!!!」

 

 頭を押さえて掻き毟る。

 地面に頭を叩きつける。

 

「消えろッ! 消えろッ!! こんなのは、僕じゃないッ!! 僕はッ! 僕は……ッ!!」

 

 ──馬鹿ナ事ハ止メロ……気絶スルゾ……! 

 

「うるさいッ! お前の言うことなんか聞かないッ! お前の言うことなんか……!!」

 

 ──グッ、頭ガ……止メロ……オ前……ハ、俺、ダ……! 

 

「違う……僕は、僕……で……お前、は……!」

 

 頭から流れる血。痛みを無視して自分の頭を殴りつける。

 そして気がつけば、声は聞こえなくなっていた。

 だが代わりに、意識も朦朧とし始め、

 

 ──僕、は……。

 

 己の中に生まれた新たな意識。()()()()()()()

 その誕生を自覚しながら、ガイは森の中で気を失った。




最近、モブの設定を無駄に強くしてしまいがち。運が良ければ英雄クラスになれそうな奴があっさりとやられて名もなきモブで終わる世界だからしょうがないね。
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