──大陸で最も危険な場所とは、一体何処だろうか。
それは人によって色んな答えが考えられる。
ある人はこう答えるだろう。大陸西側にある魔物の森だと。
狂暴な魔物が跋扈する前人未到の地は、力無き者の侵入を許さない。即座に魔物の餌となる危険な場所だ。
ある人はこう答えた。大陸中央部にある世界一の標高を誇る山、翔竜山だと。
魔物だけではなく、狂暴なドラゴン種の住処となっているその山を踏破した人間はいない。
またある人はこう答えた。東の島国、JAPAN。その中でも鬼が大量に湧くという死国だと。
そもそもJAPANが危険な土地として知られている。妖怪や鬼、地震など、人を殺すものは数多く存在する。
また別の人はこう答えた。大陸北部の極寒地帯こそが、最も危険な場所だと。
吹雪が吹き止まない極寒の大地は、普通の人間では直ぐに遭難し、命を落としてしまう危険地帯だ。
他にも危険だと呼ばれる場所は多々ある。奈落、蝦夷、魔人の街、地下迷宮など、この大陸では危険な場所には困らないほどに沢山の危険地帯が存在する。
だが、そんな中で誰もが納得して、最も危険な場所だと推す場所がある。
少なくとも、“人間”であれば近づきたくもない。出来る限り離れていたいと思うその場所。
その場所の名は────魔王城。
大陸東部に存在する魔王の城。世界を支配する魔軍の本拠地にして、最恐と称される魔王が住まう場所。
人間にとってその場所は、正しく地獄を体感出来る場所である。
魔王城二階。
そこには、魔王が配下と謁見するための場、玉座の間が存在する。
居館とも呼ばれるそこはかなり広く、フロアに足を踏み入れても、その先にある玉座はまだ遠い。大柄な魔物や魔人にも配慮して作られたと思われるその場所は、侵入者からすれば一種の迷宮のようなものに映るだろう。
しかし、視界では玉座が遠くとも、音では確かに玉座が近くにあることを教えてくれる。
定期的に聞こえてくる人間の悲鳴や呻き声。それらは警備についている魔物ですら戦々恐々としてしまうほどだ。そもそも通常の魔物兵では、その先にいる魔王や魔人が発する常軌を逸した圧迫感で先には進めない。彼らが意識的にその重圧を抑えてくれればいいが、生憎とそれを抑えてくれるような優しい人物は殆ど存在しない。
故にこのフロアに足を踏み入れられるのは、魔軍でいえば最低でも魔物隊長や魔物将軍などの高位の魔物でなければ物理的に不可能である。
仮に人間がこの場所に侵入するのであれば、それなりの強さと胆力を持った人物でなければならないだろう。耐えられたとしても、そこから感じる異様な気配を感じて、直ぐに引き返すのが普通だ。
そもそもこんな場所まで入り込んでくる時点で普通ではないのだが、人間とは過去の歴史から学習出来ない愚かな種である。何か高尚な使命──それこそ、人間を解放する。魔王を倒すといった、勇者のような高い目標と信念を持って魔王城に挑むのだろう。
何らかの勝算、伝説と呼ばれるような武器や防具。魔法などの技術も含めて、何かがあったからこそやってきたのだと推測は出来る。
だが、思う。真に魔王や魔人の恐ろしさを、強さを理解出来ている者がいるならば、そもそもここには来ないと。
本当に魔王並の実力があったのならともかくだ。あくまで仮定のあり得ない話だが、それくらいでなければ、この魔王城に真正面から乗り込んでくる奴など、自殺行為が過ぎる。百回自殺してお釣りが来るレベルだ。
「──つまらん。無謀な人間は嫌いではないが……馬鹿も過ぎると不愉快だな……それ」
「ひぎっ、いあああああああっ! ああああああああああ!」
「やべでぇ……だずげて……ッ」
「ぁ……ぁぁ……」
「…………」
そんなことを、玉座の間の惨状を見て、偶然その場に居合わせた魔人ケイブリスは思った。
魔王城の謁見の間。大陸の支配者にして全ての魔族の王である魔王ジルが御わすその場所。
つい今しがたから、その場所は魔王ジルが日課の人間虐めを行う拷問場となっていた。
玉座に腰掛け、肘掛けに肘を立てて頬杖をつく魔王ジルは、つまらなそうに磔にされた人間達を見ている。
異常に長い水色の髪に、手足が黒く、不思議な紋様が浮かんでいる全裸の美女。見た目だけなら男が幾らでも寄ってきそうな彼女が、魔王ジルだ。
だが、その存在感はこの場にいる魔人全てのものを足したとしても、なお上回る。
そう、今ここにいるのは魔王ジルと魔人ケイブリスだけではない。魔王ジルが腰掛ける玉座の横には、
「全くもって愚か極まりないですな……ジル様の言う通り、不愉快極まりない……ふんっ!」
「あぁああああああああッ!? がひゅっ、く、うぶ……っ!」
一人は、ケイブリスと同じ魔人四天王。
岩のような肌を持つ巨漢の男。老人のような白い髪を持ったその魔人は、魔王ジルの側近でもある地竜の魔人──ノス。
その実力は魔人の中でも上から数えた方が早く、魔人四天王の中でも一番に名前が挙げられる存在で、魔王ジルに強い忠誠を誓っている男でもある。
そんなノスは、愚かにもジルに挑みかかった人間達をもう片方の側近と共に軽く一蹴すると、そのままジルの命令に従い人間達を磔にし、そのままジルと共に人間ダーツに付き合っていた。
そしてもう一方、
「…………」
「ああああうっ! うぐっ、かはっ……!」
無言のまま、淡々とジルの命令に従って人間を痛めつけるのは、誰もが知る魔人筆頭にして魔軍参謀だ。
金髪灼眼の美丈夫。魔物界の英雄と名高い最強の魔人にして、魔王ジルの腹心である魔人──レオンハルト。
人間を一蹴し、命令のままに動いているレオンハルトの表情は微動だにしないし、口すら動いていない。ただじっと、人間達をその鋭い威圧的な視線で見ているだけだ。
まあ、ここまで見れば理解出来るだろうが、この人間達は最高に運が悪かった。
……よりによって、この面子がいる場に乗り込んでくるとか……幾ら何でもアホすぎる……人間の中ではあまりにも絶望的過ぎて自殺でも流行ってんのか?
ケイブリスは玉座からちょっと離れた場所で、磔の調整をしたり、一緒になってちょっと虐めたり、死んだ人間を横に捨てたりと、完全に雑用をしていた。
これはケイブリスとしても運が悪い。自分がいつも定期的にやっている謁見に、偶然この人間達がやって来ていたのだ。
玉座の間にやって来ると、ちょうど何名かが逃げようとしていたので軽くはたいてそれを阻止し、そのまま虐めに参加しているのだが、状況を見て、あまりにも人間が馬鹿過ぎることと、運が悪すぎること、それに加え、この状況の恐ろしさに戦慄し、色んな意味でげんなりとしてしまっていた。
やられている相手が自分じゃない上に人間なのでどうでもいいが、仮に自分だったとしたらやはりあり得ないことだ。
魔王ジルだけでも勝てないどころか逆らえないというのに、魔人四天王では最強と言われる魔人ノスと、魔人最強の魔人レオンハルト。
この三人に勝負を仕掛けるとか、幾ら何でも頭が悪すぎる。それとも狂人か何かだろうか。
確かに、地面に転がっているそれなりに強力そうな武器やらアイテムやらはあるが、それが例えどんな効果だろうとこの三人に通じるかは甚だ疑問でしかない。それらが全て砕かれ、断ち切られていることからも明らかだ。
状況的に何となく推察出来るが、おそらく、対面した時点で一撃離脱でも考えたか、もしくは使ってみて全く通じなかったから逃げようとしたかのどちらかだろう。
そしてノスとレオンハルト、たまたまジルに貢物を渡そうと来ていたケイブリスに止められたということだ。
はっきり言って、どれだけ強力な人間が徒党を組もうとも、これだけの面子がいる魔王城を落とすことは不可能と言っていいだろう。仮に闇討ちや襲撃を仕掛けるにしても、誰かが一人になった時を選べばいいというのに、複数まとめて相手にしようというところが現実の見えていない人間らしい愚かさだ。
「ふん……せっかくだ。壊れるまでは遊んでやろう」
「いぎぃっ!? やべ、で……!」
「かといって簡単に壊しもしない。なに、物理的に死にそうになれば回復してやろう。──ほら、次はレオンハルトの番だ」
「……はっ」
「あ゛あ゛あ゛ッ!! いだいぃ……っ! じぬ……死ぬぅ、ぐぅっ!」
「ふふ、ジル様の慈悲に感謝するのだな……出来る限り、長く生かしてやろうというのだ。嬉しいであろう?」
人間ダーツに興じているジルやレオンハルト、それとノスを見て、ケイブリスは若干引き気味にそれを眺める。
ジルの作った魔法の棘で、磔にした人間を殺さないように串刺しにしていくという悪魔のゲームだが、それ以上にジルの気配の方がケイブリスには恐ろしかった。
……早く帰りてぇ……! ジルだけでも怖くてしょうがないのに、うざってぇノスはいるし、それにレオンハルトも今日はなんかピリピリしてるしよぉ……!
ジルとノスはいつも通り怖すぎる&陰気でウザいのコンビだが、レオンハルトの方は普段よりも無口かつ、鋭い気配を感じる。
まあ、こういった人間虐めがあまり好きじゃないことは知っているので、口数が少ないことはいつもの事かもしれないが、どうにも何かを気にして上の空にも見えるのだ。
それが何かまでは分からないが、ひょっとするとレオンハルトの意識は、
もしくは単純に、嫌なことでもあったか、だ。だとすると機嫌が悪いということなので、ケイブリスとしてはますます帰りたくてしょうがない。
「む……一人死んだか。仕方ない──おい」
「は、ははははい、ジル様! 今直ぐ片付けさせて頂きます!」
ジルに名前すら呼ばれずに命令され、ケイブリスはきびきびと雑用に勤しむ。世界広しと言えど、魔人四天王の一席を敷く魔人ケイブリスを顎で扱き使えるのはこの場にいる面子くらいだ。
死んだ人間を磔から下ろして適当にその場に捨てようとしながら、横目でジル達を見る。すると、
「つまらんな……適当に遊んだら部屋にでも行くか。レオンハルト。お前はどうしたい?」
「はっ。私で良ければ、お供させて頂きたく思います」
「……くくく、お前も、昔と比べれば多少は素直になったな。全く、中々に唆らせてくれる……」
レオンハルトの従順な態度と発言で、ジルの機嫌が幾分か回復する。それを見て、
……相変わらず気に入られてんなぁ、おい。
魔王ジルのレオンハルト贔屓はいつものことであるため、最早魔人の間では周知の事実だし、見慣れた光景でもある。羨ましく思う者もいるだろうが、ケイブリスとしてはあのジルと一日の大半を共にするというのは、恐ろしすぎて羨ましくとも何ともなかった。何でも、ここ最近はジルの命令もあって仕事以外の時は
その部分だけはレオンハルトに同情するぜ、と内心でそう呟きながら、ケイブリスは視線を向けるのを止めて雑用に戻っていく。このジルやレオンハルトに敵うような人間は絶対に現れないだろうな、とも思いながら。
──気がつけば、そこは森の中だった。
「……っ」
化け物の襲撃から辛くも逃げ切った少年、ガイは己の身体に走る鈍い痛みを自覚しながら立ち上がる。
昨晩、少なくとも数時間は必死に走り抜いたせいだろう。おそらくは筋肉痛。痛みの原因はそれだ。
だがそんな身体的な痛みなど、今のガイにとってはどうでもいいことだ。
深い悲しみは未だ消えていない。胸がズキズキと痛む。
しかし現状をどうにかしなければならないのが現実。このままでは野垂れ死ぬだけだ。数年前、牧場から逃げ出した時とは違い、その程度の考える力は身に付いていた。
だからといって、何をどうすればいいのかは見当もつかないが、とにかく何かをすれば──
──やっと目覚めたか……。
「っ……! お前……!」
心の中の声。それは昨晩、気絶する前に聞いたそれだ。
しかも昨日よりもはっきりと声が聞こえる。そんな声の持ち主に、ガイは怒りを乗せた声を宙に乗せる。自分の中に向かって、
「消えろ……!」
自分の胸を、その右側を叩いて言う。触覚以外の感覚はない場所だ。だが、
──っ、止めろ馬鹿……! 俺の身体を傷つけるな……!
「うるさい! これは、僕の身体だ……! お前は喋るな……!」
例え感覚を失っていようが、右側も自分の身体であることには違いない。
強い意志を以てその右側の何かを追い出そうとする。同時に、頭や胸が痛む。すると、
──くっ、ぐぬぬ……
そんなことを心の中で言う何か。続けて、
──だが、忘れるな……! お前は俺だ……! この身体も、半分は俺のものだ……! いずれは、俺、が──
「っ……声が、収まった……?」
そんな言葉を最後に、右側からの、心の中で発生する声は収まった。
同時に痛みも収まる。ガイは自分の両手を見ながら改めて確認する。
そうして内側の問題も含め、自分の身体を確認し終えると、周囲を見渡して、改めて自分が何処にいるのかを確認した。
「ここは……」
そこは──森。
一面の緑。新緑で満たされた場所。
生い茂る草木。木々の枝葉からは僅かに木漏れ日が差しているが、何処を見ても人の手が入った場所は見られない。
大自然そのままの光景。人里があった森とはまた別の、それも格段に広いであろう森林地帯だ。
「……とりあえず、歩かなきゃ」
人がいる場所を探さなければならない。そのために歩き出す。
前に聞いたことがあるのだ。人里は、魔物から隠れ潜むために、山奥や森の奥に存在することが多いと。
それにもしかしたら襲撃された里の生き残りがいる可能性がある。
何をするにしてもまずは現状の把握。そして目的を設定して、そこに向かうための道筋を順番に辿ることだ。
酒場に来ていた常連の冒険者からは確かそう教わった。それに、女主人からも──
「…………」
ガイはそこで思考を止める。
幼い頃と同じ、深い悲しみに襲われた時にそれを止める方法を自然に行う。
感情が消えたような感覚。牧場で生きるために自然と行っていたそれらは、今もガイの中に染み付いていた。
そうしてゆっくりと歩き出す。まずは真っ直ぐ。森の中の歩き方など分からないし、どれが正しいのかも理解してないが、とりあえず移動しなければならない、といった己の中の観念に従って歩き出す。
一歩一歩、木の枝や地面の土を踏みしめて歩く。だが直ぐに、
「……! あれは……」
大きい木の影に隠れる。
その理由はガイの視線の先。人間とは違う異形の生き物──魔物の存在にあった。
人間の足が生えたイカの様な魔物や、羽の生えた小さい虫のような魔物など、魔物がそれなりに生息している様で、
「……見つかったら、駄目……」
魔物は人間よりも強い。教えられた知識だけでなく、それを実際に目の当たりにした今は、よりその危険性を感じられる。
屈強な男、武器を持った冒険者や魔物討伐隊の隊員などであれば魔物を倒す術も心得ているというが、生憎とガイにはそれは分からない。
今はまだ小さい身体を駆使して、魔物に見つからないように隠れながら森の中を進んでいく。
何となく、途中で見つけた丈夫そうな木の棒を手に持ち、いざとなったらこれを使おうと心に決める。棒を手にした時、ちょっとした高揚感のようなものを感じてしまい、
「……えい、えい」
軽くぶんぶんと振り回してみる。
何となく、大人になったようでそれは楽しく感じてしまったが、直ぐにそんな場合ではなかったことを思い出して歩き出す。そして今度は、
「……お腹空いたな……」
腹が減った。
いつもであれば、朝食。もしくは昼食も食べ終わっている頃かもしれない。
だというのに今は何も口に出来ていないのだ。空腹には幼い頃に慣れていると思ったが、最近ではそれなりに腹を満たせることが多かったのもあって、久し振りに腹が減ってしょうがない感覚を思い出す。
「けほっ……喉も……」
加えて喉も渇いた。
水を飲みたい気分だが、当然、水はない。
雨でも降ってくれれば、昔のように雨水を飲むことも出来るのだが、そんな気配も感じない。
我慢してひたすらに歩き続ける。
目覚めてから一時間か二時間は経っただろうか。それでも周囲に変化はない。森の中だ。
だが自分には変化があった。それは、
「痛っ……」
足に痛みを感じる。昨晩も含めて長時間歩き続けてきたせいだろう。
少し靴を脱いで確認してみると、擦れて皮が剥けているし、赤く腫れてるところもある。
しかし、だからといって立ち止まっている訳にもいかない。再び靴を履いて歩き出す。森の中は小石や木の枝、苔なども多い。素足で歩くよりはマシだ。
再び一時間か、もしくは二時間。ずっと歩き続けていて変化もないので、時間の感覚も曖昧だ。日が傾いているということは時間がそれなりに経っている証拠だとは思うが、それがどれくらいなのか理解出来るほど知識はない。ガイはまだまだ勉強不足であることを自覚した。
そして何より、体力が尽きてきた。歩いているだけなのに息が乱れる。
せめて食べ物──いや、水でもあれば良いのだが、水は手元にない。井戸があり、いつでも水が飲める人里は恵まれていたのだと改めて理解する。
そして、もうすぐで日没であることも理解する。日の色が夕日の色に変わってきた。夜になるまでにどうにかしなければマズいことは何となく理解しているが、だからといってガイには歩き続ける以外に出来ることはない。今更ながら、夜の間に魔物に襲われなかったのは運が良かったと思う。
一度、何処か隠れられる場所で休んだ方が良いかも知れないとも思う。
「はぁ……はぁ……」
しかしガイは歩き続けた。
理由はガイ自身も理解出来ない。あるいは、思考する力もあまり残っていなかったのかもしれない。
ただ歩く。緑の中を歩き続ける。
歩き続ければ、森を抜け出せるか、もしくは人里に辿り着くだろうと信じて。
ガイには遭難に関する知識はない。森の中を目印もなく、闇雲に歩き続けることが自殺行為だということは知らない。
もっとも、知っていたところでこの状況を脱せられるかどうかは微妙なところであったが、少なくとも知っていれば、ここがどういう場所かを理解することが出来ただろう。
知る人は知っている。そこは大陸中心部の大森林地帯。
「……あ……」
茂みを掻き分けて進んだ先。深い森の奥にあるその場所は、
「青い……人……?」
空気が変わる。澄んだ空気を感じる。人の気配もだ。
流れる水の音。人の話し声。視界で確認してみれば、そこに水色の髪に長い耳を持つ綺麗な女性達の姿。
それは子供も大人も、皆同じような髪色と耳をしており、額には青や赤といった綺麗な宝石のようなものが煌めいている。
そして誰もが整った容姿をしていて、男性が見当たらない。
ガイには知る由もないその場所。幻想的なその光景に目を奪われる。
だからだろう。近づいてくる足音に気づかなかったのは。
「────誰?」
「っ……!」
女性の声がすぐ近くで聞こえ、ガイは身を縮こまらせる。魔物やあの化け物ではないことは確かであるはずだが、この時のガイには、未だそのトラウマが残っており、知らない人に急に声を掛けられただけでもビクついてしまった。
──逃げなきゃ。咄嗟の判断で固まった身体を無理矢理動かそうとする。しかし、
「あうっ……!」
やはり体力に限界が来ていたのだろう。足がもつれて転んでしまう。
身体を地面に打ちつけ、膝を擦りむいてしまう。そんなガイに向かって、それを目撃した女性は怪訝そうに目を細め、
「……人間の子供……?」
「っ……」
「……随分とボロボロのようだけど」
近寄ってガイを見下ろしたその女性は、クールな印象を感じさせる長身の美女だった。
ストレートの長い髪。額には赤いクリスタル。全体的に引き締まった綺麗な身体のラインをしている。
ガイも思わず見惚れてしまうほどの美女。もっとも、ここで見た女性は皆見惚れてしまうほどの美貌ではあったのだが、
「それで、貴方はなんでここにいるのかしら?」
「……逃げて、きた……」
「逃げて……ね。それじゃあ親は?」
問われ、ガイは一瞬脳裏にちらついた光景をかき消しながらも答えた。声は細く、
「親、は…………」
「……そう。何となく分かったわ。身寄りのない子、ということね」
「…………」
呆気らかんと、その女性はガイの状況を理解して口に出した。
ガイは何も言えずに無言となる。だが女性の方は、顎に手を当てて何かを考えつつ、小声で、
「……人間か。まあ、見た目も良いし、暇潰しにはなるわね」
「……ぇ……?」
「何でもない。それより貴方──」
と、ガイが問い返すより前に、女性はガイの身体を持ち上げながら言った。脇に抱え込むように雑に扱いながら、
「行くところがないなら私の家に来なさい。──私が飼ってあげるわ」
彼女はガイにとって、新たな転機となるその言葉を発した。
ガイが思わず困惑しながらも、
「飼う……? そ、それより、ここは……?」
ここがどういう場所なのかを問う。明らかに普通の人間には見えなかったからだ。
すると女性は言った。ガイを抱えたまま歩き出して、
「ここはカラーの暮らす里、“ペンシルカウ”で、私はこの里の女王の側近、ミストラル・カラー。そして、貴方の飼い主になる人よ。──理解した?」
「……カラー……?」
「ああ、そこから説明しないといけないのね。とても面倒だけど……飼い主として最低限の事を教える必要はあるわね」
「あ、あの……?」
そもそも、飼われるというのはどうなのだろうと訊ねてみようとする。しかし、
「飼い主が考え事をしてるのだから黙りなさい」
「え、でも……」
「それと、私からの命令に対する返事は基本“はい”以外認めないわ」
「うっ……それは──」
「──返事」
「は、はいっ」
「よし、良い子ね。そうやって良い子にしていればそれなりに可愛がってあげるから努力しなさい」
有無を言わせないその態度に、ガイも思わず従ってしまう。
そもそも幼い頃は牧場、人里でも、良くしてくれたとはいえ、立場としては少年奴隷であったガイだ。牧場で化け物相手ならともかく、また飼われることに対して、そこまでの忌避感は覚えない。
それに一応は助かったということになるのだろう。ガイはその安心感から、疲労が一気に押し寄せ、眠るつもりでそのまま意識を手放すことにした。
というわけでカラーの森到着。ガイ君は次回から魔法習得です。レオンハルトは宿直です()