大陸北部。そこは万年雪の極寒地帯であり、生ある者の侵入を拒む天然の要害だ。
極度の低温により吐息は白くなり、身体から徐々に熱を奪い、体温を低下させていく。視界は一面の白。酷い時は一寸先も見えないほどの吹雪によって、自分が今何処にいるか、方向の識別すら不可能である。足元どころか、場合によっては体ごと埋まってしまうほど雪が積もっていることもあり、単純に進むだけでも困難でもあった。
その極地ともいえる気候の中故、そこには人どころか殆どの生物が住み着かない。居るのは寒さに強い抵抗を持つ一部の魔物くらいであり、冒険者や魔物討伐隊でもよっぽどの物好きでなければ近づかないし、魔軍もこの辺りは支配を半ば放棄している。
だがそんな中、その場所を歩きながら会話をしている二人組がいた。それは黒いレオタード風の衣装を着た長い黒髪に長い耳の女性と、赤い軍服と眼帯を身に着けたガタイの良い男の二人で、
「……これ、道合ってる?」
「ええ、おそらくは地図通りかと」
微妙な表情で、黒髪カラーと呼ばれる使徒──ハンティは、地図を確認している使徒仲間であるリーに道を確認する。
順調と言われたことで、ハンティは再び前を向いて先へ進む。リーの方も表情は変えない。それでもハンティの方は多少の呆れを含んだ様子で肩を竦めると、
「……それにしても、このような場所に出向くことになるなんてねぇ……」
「……ハンティ様は不服ですか?」
「少なくともピクニックには不向きだよね。修行にはもってこいだけどさ。レオンハルトも、あたしらに任せないで自分で行けばいいのに。普段から行き慣れてるっぽいしさ」
多少の不満。それを言葉に乗せて愚痴とし、同僚の使徒に放つ。しかし、
「……まあ、レオンハルト様はよくサイゼル様やケイブリス様をここに連れて来ると聞き及んでいます。どちらも、“涼しくていい“、“強くなるにはもってこいですね! ありがとうございます! ”と声を震わせながらお礼を言っていたりするそうですから、出かけ先としては好評かと」
「……前者はともかく、後者は完全にご愁傷様だよね。震え声が実際に聞こえてくるようだよ」
でもまあ、とハンティはそこで不敵な笑みを浮かべ、
「実際に強くなれるのは良いことだよね。ここは厳しい環境なだけに、丸一日留まっているだけでも強くなったのが実感出来るし、いい修行場だよほんと」
時折レオンハルトとの模擬戦を、ここで行うことすらあるハンティは、面倒だと言いながらもここに来たことを喜んでいる節がある。それを見抜いたリーは、少し間を置きながらも、
「……左様ですか。私も──いや、今度軍の訓練の一環として、氷雪地帯の踏破、遊撃訓練を具申しますか。レオンハルト様がやっていたのであれば、私や、配下の者共も喜んで参加することでしょう」
「……魔物兵が耐えられるかどうかは微妙だけどね。ここに丸一日留まったところで、普通の人間ならレベルアップじゃなくて死ぬだけだろうしさ」
「しかし寒さ程度で死んでいては、レオンハルト軍の名折れのような気が……」
「いやまあ、寒さだけじゃなくてここには厄介な魔物も多く生息するしね」
ほら、とハンティは寒さにそこまで堪えた様子もなく平然と前方を指差す。するとそこには、
「……あの白いモコモコした物体は……魔物ですか?」
「あれは雪うさぎだね。さすがのリーも知らないか」
「申し訳ありません。この辺りの事については資料も少なく……とはいえ、名前くらいであれば頭に入っておりますが、あれが凶暴さで知られる雪うさぎだと?」
「ああ。見た目はアレだけど結構唆る相手だよ?」
と、口元に笑みを浮かべるハンティ。それに対し、リーは少し苦笑いをしていた。
「……まさか、あんなナメクジのようなモンスターが雪うさぎとは。あれを唆ると言う感性は私には理解しかねますが……レオンハルト様であれば唆ると言うのでしょうな。であれば、私も感性を磨かねば……」
「見た目よりも面白いのは奴らの獰猛さ。あの赤い目から発射される光線は相手を麻痺させ、行動を封じている間に触覚から強酸性の液体を分泌し、獲物を溶かしてズルズルと吸い込んでいく──とまあ、人間は良くあれの餌食になってるそうだね」
「なんともグロテスクな……」
「好物は女の子モンスターのフローズンらしいよ。ユキが前に文句言ってたね。レオンハルトから聞いた話だと、サイゼルと一緒に付いてきて遭遇した時に、同胞の恨みとか何とか言って、逆に食い返してたみたいでさ。頭おかしいよね」
「……何ともまあ、個性的と言いましょうか」
その雪うさぎの群れが近づいてくるに連れて、リーは何とも言えない微妙な表情になる。別にあのキチガイ使徒の行動に頭が痛くなった訳ではない。どうとでもなるのだろうが、それでもこの数のモンスターは面倒な事に違いなかったのだ。
しかも、
「……なにか数が多い上に、後ろの方から何か巨大な魔物までやって来ているのですが……」
「──あっ、今日は運が良いね。“冬将軍”まで来るなんてさ」
ハンティが若干声を浮かれさせて告げた先には、白髪で肌の白い老人の様な見た目をした巨人がおり、真っ直ぐこちらへ向かってきていた。
「冬将軍というと……大型の魔物でしたか」
「ここらじゃよく現れるよ。あれが現れると吹雪が強くなるのが特徴でさ。雪うさぎとセットで現れることは滅多にないけど、氷雪地帯の名物を二つ一緒に見れるなんて、今日は良い日だね」
「普通に考えたら最悪では?」
普通の人間的には即死コースの凶悪な魔物二種類に遭遇しながらも、ハンティは不敵な笑みを浮かべている。それに対し、リーは白い息をつき、
「どうしますか? 逃げることも難しくはないでしょうが……戦いますか?」
判断は任せるとそう言ったつもりなのだが、ハンティはそれに対して頷きながらも、
「まあ、戦った方が愉しいからね。それに冬将軍を放置してると吹雪が強くなってきてさすがに寒いし……」
「そうですな。……と、そういえばレオンハルト様が寒さ対策の方法を言っておりましたので、それを実践するのに良い機会でもありましょう」
「……なんかレオンハルトが言ってたってだけで微妙に嫌な予感がするけど、一応聞いとこうか。どんなやつ?」
はい、とリーが頷く。本を懐にしまい、拳を握りながら、
「──寒いと思うなら、
「……さすがに意味不明過ぎて言葉に困るんだけど。この軽くマイナス30度は下回っているこの場所で、どうやって体温を下げずにいればいいと?」
「はい。要は、魔法などで物理的に凍らされるならともかく、気候程度の弱い刺激くらいであれば自力で体温調節をしてしまえばいいだろうとのことで。自力で凍傷にならないように身体を温めることさえ出来れば、寒さ如きは敵ではない──そう仰っておられました」
「……あの馬鹿は常識ってものを忘れちゃったのかな?」
絶句もツッコミもしなかったハンティはまだ話についてこれただけ良かった方だろう。
しかしそう問い返されてもリーは全く動じなかった。更にそれを上回る論を口にする。
「理論や常識などに囚われて己の限界を狭めるな──とのことで」
「…………うわー、レオンハルトなら言いそー」
「実際、私もそう思います。その言葉に強く感銘を受けまして……並の人間や魔物であっても不可能な事はないと知りました」
今度こそハンティは半目で呆れ返る。雪うさぎの群れと冬将軍に囲まれてることも忘れて。
いや、何を言われても無理なものは無理だと思う──そんな言葉を飲み込み、代わりに捻り出した言葉は、
「……レオンハルトは魔人だし、私らは使徒だからともかく……並の人間や魔物だと難しい気もするけどね」
「確かに、魔人の方々の抵抗力であればそもそもこの程度の寒さで音を上げることはないでしょう。しかし、耐性をつけるという意味ではレオンハルト様と同じ事が出来るはず。レオンハルト様が言うように、出来ないと最初から諦めて掛かれば何も成せはしない」
「いやー……どうだろうねぇ……」
熱くなってきたリーの熱弁に、ハンティは冷ややかに答え始める。
しかしリーの口は止まらず、
「いや、人間であっても魔物であっても誰でも出来る可能性はある。レオンハルト様程の高みには届かずとも、レオンハルト様を目標に、レオンハルト様の様に目標に向かって邁進すれば必ず。それに、剣王伝にもこう書いてあります。レオンハルト様の幼少期は決して恵まれてはおらず、己の努力で王の座を勝ち取ったと」
つまり、とレオンハルトへの忠誠を一種の信仰レベルまで捧げているリーは唱える。
「レオンハルト様は、その足跡は……我々に夢を与えてくださっているのだ……! レオンハルト様ならば出来る。レオンハルト様ならば、諦めなければ何でも出来る。そして我々のような凡夫も、レオンハルト様には決して届かずとも、諦めなければ、その足元くらいには絶対に届くのだと……!」
「……アー、ソウダネー。レオンハルト様、スゴイネー」
ハンティが最早、ツッコミを放棄する。何でもかんでもレオンハルトを基準にするのはどうかと思うが、信仰の自由があるのでそこについては何も言わない。
ただ半目を向けながらリーの熱弁を話半分に聞く。
「思い返してみれば、私もレオンハルト様を信じて前に進み続けたからこそ、魔物将軍から魔物大将軍になり、こうして使徒にまでなれたのだ……!」
「……じゃあ人間が、レオンハルトに届く可能性はあると思う?」
「む……」
ハンティはリーを正気に戻すために敢えてそういうことを言ってみる。だが、実際に気になっていたことでもあったのも確かだ。
「レオンハルト自身、そういう相手を待ち望んで──いや、まるでいつかそういう輩が現れるって確信してるみたいだけどさ。ぶっちゃけ、あたしとしては幾ら何でもそれはないって思うんだけど。そりゃあ、人間贔屓はあたしとしても良いんだけどさ。戦いの相手としては……」
「……私としても、それは難しいかと思います。レオンハルト様の考えを否定する気は全くありませんが……レオンハルト様に匹敵し、ましてや上回るような存在など……」
リーとしては、信仰を揺るがすほどのものなので、簡単には認められないのだろう。
しかしとはいえ、
「……ま、石丸やあの勇者みたいな怪物が生まれてくる可能性もあるから一概にあり得ないとも言い切れないけどね」
「む……であればやはり……かの者達も、剣王伝の影響は少なからず受けていたはず。つまり、レオンハルト様のように努力したからこそ、あそこまで至れた。レオンハルト様という英雄に惹かれたからこそであるなら、やはり彼らも同志ということに……?」
「なんでそうなるのさ……」
リーが再びぶつぶつと頭おかしいことを言い始めたので、ハンティが呆れる。
そうしている内に、雪うさぎを何十匹かまとめて吹き飛ばしたハンティは、ふと後ろを見て、
「──あ、リー。後ろ来てるよ」
「──む!」
冬将軍がリーに向かって襲いかかろうと腕を振り上げていた。
しかし直前でハンティに声を掛けられ、リーが即座に後ろに拳を放つ。
すると冬将軍の身体の中心が、拳によって穴を開けられ、
「ふむ、感謝します。同志ハンティ様」
「同志言うな。あたしは別にレオンハルト信者じゃないっての」
と、言いながらも、冬将軍を一撃で倒したリーを見て、ハンティは目を細める。
それは完全に、獲物を見つけた竜の眼差しで、
「……ねえ、リー。任務が終わって戻ったら、ちょっとあたしと模擬戦でも──」
「……申し訳ありませんが、私はレオンハルト様に忠誠を誓ってはいても、ハンティ様の戦闘に付き合えるほどにゴ……ではなく、腕に自信がありませんので……」
「今ゴリラって言いかけたよねぇ!? あんたまで遂にそういうことを……!」
「お、おおおっ!? お、落ち着いてくださいハンティ様!? 誤解です! 私はゴリラと言おうとしたのではなく、ご……ご……そう、豪腕と言おうとしたのです! 魔物将軍や配下の兵の間でもハンティ様の豪腕ぶりは有名でしてな!」
「……へぇ? 皆どんな風に言ってるの?」
「それはもう皆、口を開けばゴリラゴリラと──ハッ!?」
ハンティの誘導尋問に引っかかったというか、勝手に墓穴を掘ったリーが顔を青くする。使徒になって大将軍時代よりも落ち着いた振る舞いを見せるリーには珍しい動揺の仕方だった。
だが、動揺してもおかしくないほどに、ハンティが恐ろしかったのも事実で、
「ふ、ふふふ……その狼狽えっぷりだと、あんたらまで影でそんなことを言ってたってことだよねぇ……?」
「ち、違います! ご、ゴリラと言いましても、その強さだけを例えて言うのみで……むしろ、人気で言えばファンクラブが存在するほどにハンティ様は兵の間で大人気で──」
「へぇ……ちょっとそれも含めて、今度“教育”してあげないとねぇ……」
「…………わ、私も、その……教育されてしまうのですか?」
「あはは! 逃げてもいいよ──逃げられるものならねぇ……!」
「ひっ!?」
ハンティの口元に出来た綺麗な三日月のような笑みと、妖しく煌めく赤い瞳を見て戦慄する。主の様な、高揚した時のハンティだ。
バーサクモードというか、本気モードに近い。ハンティが真の姿を現す前兆とも言える。
つまり、この時点でリーとその部下達が絞られることが決定したということである。
いつの間にか、残った雪うさぎの群れすら逃げていってしまった雪原の上で、リーはレオンハルトに祈った。
……れ、レオンハルト様ならこの窮地を脱することも出来る! であれば、使徒である私も、被害を軽減することくらいは出来るはずだ……!
レオンハルトに信仰に近い忠誠を捧げるリーはそう確信する。足を踏みしめて、
「……ハンティ様! とりあえず、任務を続行しましょう! 今回の任務は、ハンティ様が狙っていたあの人間に関わることですし、ともすれば戦うこともあるかもしれません!」
「……ふぅん? まあいいけど? 分かってたことだし、終わったところで忘れることはないからさ」
誤魔化せなかった……! とリーは内心で焦る。そして今度は策を考えるための時間稼ぎとして、
「……と、とりあえず任務を優先して頂けると……」
「……ま、それはそうだね。それじゃ、行こっか」
ハンティが表情を崩して歩き出す。何とか時間稼ぎは出来はしたが、
「いやぁ、“あの人間”も愉しみだけど、終わった後も愉しみだねぇ……」
「そ、そうですな……」
リーは再び祈った。
頼むから、
目が覚めた後、ガイは直ぐに働くように言われた。
一応はソファに寝かしてくれたらしい。緑の多い広い木造の家の中で、自分を見つけた女性、ミストラル・カラーは本を読んでいたが、自分が目覚めると直ぐに、
「──あ、起きたわね。なら、早速ご飯でも作ってもらおうかしら」
と、台所と食材の場所を教えられて食事を作るように言われた。
ガイとしては、まだ何が何だかよく分からないが、染み付いた癖からか頷いてしまっていたし、よくよく考えなくても自分に行く場所は無い上、飼われるのであっても居場所は出来るのでそれでもいいや、と素直に食事を作り始めた。
時刻としては日が沈む直前。気を失ってからそれほど経っていないみたいだった。
自分としても腹が減っていたので、さっと二人前の食事を作る。そうしてテーブルに差し出すと、
「……貴方、ちゃっかり自分の分まで用意して……」
「えっ……だ、駄目ですか?」
言われてからはっとする。
奴隷というものは、普通は主人と一緒に食事をすることなどないはずだと。
以前の生活の癖でやってしまったと、眉間に皺を寄せたミストラルに見られ、バツが悪くなってしまう。
だが彼女はこちらを見て軽く息をつくと、
「別にいいわ。どうせ食べさせないといけないのだし、分けると手間も掛かるし」
「あ……ありがとうございます!」
「ただし、私が何か取ってとか命令したらそっちが優先よ。分かったなら座りなさい」
「は、はいっ」
言われて椅子に座る。すると程なくして、料理を一瞥、香りも嗅いだミストラルが料理を一口食べると、
「……美味しいわね。手際も悪くなかったし、貴方、ここに来るまで別のところで料理でもしてたのかしら?」
「え、あ……えっと、酒場、で、働いてて……」
「ふぅん、道理で。これなら少なくとも料理は任せて良さそうね」
淡々と仕事についてのことを口にするミストラル。
その間にガイは、軽く以前の事について思い出してしまい、悲しくなってしまっていた。ちびちびと料理を口にする。
だが、そうしていると再びミストラルが口を開き、
「そういえば、貴方の名前を聞いてなかったわ。あるなら教えなさい」
「……ガイって言います」
「ガイね。分かったわ。それじゃあ改めて聞くけど、ガイ。貴方、ここで私のペットとして飼われる気はある?」
その平然と口にしてきたペットという言葉に、ガイは少し怯む。一旦悲しみが引っ込み驚きが勝った。戸惑いつつも、
「ぺ、ペットですか?」
「そ。私の暇潰しの為のペット。ついでに身の回りの雑用もこなしてもらう」
はっきりとそう言われてしまい、ガイは言葉を無くす。
だがそんな様子を見たミストラルが淡々と、
「その代わりに私は貴方を養うし、必要なら知識や物だって与える。ペットと言っても虐待する気もないから安心しなさい。躾くらいはするかもだけど」
「そ……そうですか……」
それってどうなんだろう、と思ったが、聞く限りでは悪い人でもなければ悪い契約でも無さそうだった。自分一人で生きていけないガイには、やはり誰か飼い主や雇い主といった人が必要である。それが得られるのであれば、
「……お願いします」
「あら、結構あっさり決めたわね。それはやはり、行くところがないからかしら?」
「……はい。僕は、一人ですから」
「ふぅん、人間って大変ねぇ」
食事を口にしながら、別段暗くもならずにガイの身の上話を咀嚼してしまうミストラル。その言葉を聞いて、ガイは気になることがあった。答えてくれるだろうか、と思いつつもそれを口に出す。
「あの……あなたや、ここにいる人達は一体……? そもそも、ここは……」
「ああ、私の事は、ミストラルさんかミストラル様、もしくは飼い主なのだからご主人様とでも呼びなさい。敬称無しじゃなければ何でもいいわ」
「……ミストラルさん。その、ここにいる人達は、人間じゃないんですか……?」
それでいいわ、とミストラルが機嫌良さそうに微笑を浮かべる。その上で彼女は質問を受け止め、
「質問に答えてあげるわ。私やここにいるのは、カラー。人間とは少し違う、亜人種ね。この森に集落を作って生きる女性だけの一族よ」
「女性だけ、ですか……」
「ええ、男性はいないわ。見た目も生まれてから大人になった後は死ぬまで変わらないし、魔法や弓に長けていて、人間よりも身軽で、基本的には上位と言っても差し支えはないわね」
亜人種、カラー。魔法や弓に長けていて、不老。全て初めて知ることを聞かされ、内心で驚きが膨らんでいくガイ。世界にはそんな生き物までいるんだな、と感心しながらも、懸念を口にする。それは、
「えっと……それじゃあ、魔物とは……」
「魔物? ──ああ、魔物に襲われることでも心配しているのなら、その心配はいらないわ」
「えっ?」
予想外の言葉を言われてガイは間の抜けた声を出す。
亜人種といえど、魔物でないのなら魔物の脅威から隠れるためにこういった場所に集落を作ったりするはずだと聞いていた。
ならばそうじゃないのかと、そう表情に出ているのだろう。ミストラルはそこで微笑を浮かべ、
「人間が不思議に思うのも無理ないかもしれないけど、このカラーの里、ペンシルカウは魔物──魔軍には、襲われないことになってるのよ」
ペンシルカウ。それが気を失う前にも聞いた、この場所の名前。
そのペンシルカウが魔軍に襲われない理由を、ミストラルは口にした。
「本当はあまり口外するのは駄目なんだけど、特別に教えてあげるわ」
と、内緒にしなさい、と命令されながらもガイはミストラルの話を聞く。それは、
「この場所は──いえ、カラーは、
「魔人……」
それは酒場に居た時も、何度か耳にした言葉だ。
詳しく教えて貰えることは決してなかったが、世界を支配する魔王の配下の特別な存在だと聞いている。
「……魔人って、魔王の配下……ですよね?」
「そうよ。地上最強の生命体である魔王より血を分け与えられた忠実な下僕。約二十体はいるとされ、魔王には劣るものの、人間や魔物では歯が立たない伝説級の力を持つ存在。謂わば、この世の支配者層で、何をしても許される、良くも悪くも自由な存在ね」
「自由……」
「そう、自由。今を生きる地上の生物……特に人間には縁のないものね。魔人は人間を苦しめようが殺めようが、魔王の命令に反することでない限りは何をするにも自由。咎められることはないし、またその圧倒的な力から、物理的に逆らえない存在でもあるわ」
「それ、は……」
そう言われて、ガイは頭の中に一つの存在が浮かんでくる。
それは予感の様な、確信めいたものだ。
自分の住んでいた人里を襲った怪物。身の毛がよだつほどの重圧を全身から発していた存在。
あれが、魔人なのかもしれないと。
喉が鳴り、汗が滲み出す。恐怖が呼び起こされそうになり、
「……魔人と聞いて、嫌な思い出でも思い出したのか知らないけど、ここにいる限りは魔人に襲われることもないから安心しなさい」
「……魔人に、襲われない……」
顔が露骨に青くなったガイを見て、ミストラルが目を細めながらも安心するように言う。その理由が分からないガイに対して、続けて彼女は言った。
「さっきも言ったけど、カラーはある魔人の庇護を受けてるのよ」
「……で、でも、それ以外の魔人は……」
ガイは頭を働かせて口にする。その魔人の庇護を受けていたとしても、別の魔人が襲ってきたりすることはないのかと。
だが、ミストラルは微笑みながら言った。不敵とも取れる表情で、余裕そうに、
「まあ、普通の魔人ならその懸念も出てくるわね。でも、魔人の世界にも上下関係ってのがあるのよ」
「……上下関係?」
「貴方も分かるでしょう。この世界では、“力”が全てだって」
「あ……」
それは、以前にも聞いたことのあるこの世の理にして、誰もが知っているルール。
力ある者が強く、偉い。弱き者は全てを奪われる、弱肉強食の掟。
誰もが言葉には出来ずとも、本能や経験として実感しているはずのその法則を、ミストラルは口にした。
「魔人といっても強さには幅があると言われてるわ。もっとも、その辺の序列は人間やカラーにも詳しく分かるものではないけど、例外として、明確な序列を示せるものがある」
序列。人間の間でも分かりやすく理解出来る魔人の強さを示す称号があると、ミストラルは言った。
それこそが、
「──“魔人四天王”。それと、“魔軍参謀”に“魔人筆頭”。これらがそれに当たるわね」
「……なんか、凄そう……ですね……」
率直な感想をガイは口にする。だが、
「なんか凄いんじゃなくて、実際に凄いのよ。魔人の中でも一握りの強者が選ばれる──らしいんだから」
「……らしい?」
何故そこで曖昧になるのか、とガイは首を傾げる。するとミストラルが視線を横に向け、
「……私も、聞いた話だからそこまで詳しくはないのだけど……魔人の中でも最も強い魔人達が選ばれるらしいわ」
そのうち4体が、魔人四天王だと、ミストラルは言う。指を4つ立て、直ぐに折り曲げつつも、
「そしてその上位にいるのが、魔軍の総指揮を行う魔軍参謀と、全魔人を統率する魔人筆頭。名実ともに魔人最強と言われ、他の魔人も彼に逆らうことは出来ないらしいわ」
「…………」
途方もなく大きな話を聞かされてるような実感の無さを感じつつも、ガイはその凄さの一端を理解する。
それほど強いのであれば、それこそ何でも出来るのだろうな、と。
そして疑問として、ミストラルの口ぶりが気になった。
「彼……ですか?」
「ふふ、まあそういうことね」
と、ミストラルが得意気に言う。笑みを浮かべ、
「このカラーの里を庇護している魔人。それこそが、魔軍参謀にして魔人筆頭である、あのお方なのよ」
だから他の魔人は、この場所にも手を出さないのだとミストラルは口にした。
ガイは納得する。急に聞かされたばかりで、全てを理解しきった訳ではないが、
「……じゃあ、ここは安全なんですね」
「そうよ。だから安心することね。びっくりするくらい平和で、やることが無くて退屈してるくらいなのだから、ここは」
そう言って、ミストラルは食事を再開した。ひとしきり語って満足したようにも見えるし、退屈というものを憂いているようにも感じる。
ガイは同じ様に食事を再開しようとして──しかし、忘れていたよ言うようにまた疑問を口にした。
「その魔人は、なんて言う魔人なんですか?」
魔人にも名前があるとは聞いているし、なんとなく聞いておこうと何気なく口にした質問だ。
しかし、
「知りたいのなら自分で調べることね。有名だから、知ろうと思えば簡単に知れることよ」
「……はい」
既に答える気分では無くなっていたのか、素っ気なく突っ撥ねられるガイ。
だが、色々と収穫はある。ここでもまた、沢山学べることがありそうだった。
特に、気になることといえば、
「……ミストラルさん」
「……何?」
再度の質問。食事に集中し始めているからか、若干不満そうにも見える。
だが構わず意を決してガイは言った。それは、
「──“魔法”についても、色々と教えてくれませんか?」
──ガイにとって、将来の切っ掛けとなる出来事の一つだった。
次のガイ君の目標:魔法を覚えよう!
RPGとかでたまにある幼少期時代の冒険って結構好き