草原の中、とある一団が一つの目的を持って駆けていく。
老若男女様々なその集団は焦りを滲ませたような表情で必死に近くの町まで向かっていた。
最初は絶体絶命かと思われた村人、直ぐそこまで迫っている魔軍に蹂躙されると思われたがそれはぎりぎりのところで回避された。
村に居候中のとある女性によって。
そしてもう少しで町に辿り着こうというところでその女性は突如村人の前に現れた。
「皆、大丈夫?」
「あ、ハンティさん!」
その黒髪の女性、ハンティ・カラーは村人の姿を見て不安を幾分か解消された。
その手に持った剣や衣服にはところどころ赤い斑点が付着していることから先程まで戦っていたことが容易に想像がつく。
荒事に縁がない村人でもそれは同様だろう。村人はその姿を見て心配そうに駆け寄っていく。
「ハンティさん、ありがとう。怪我はない?」
「ハンティのおかげで助かった!」
そういった声が村人から掛けられ、ハンティはほっとしたように息を吐いて笑う。
「あたしは全然平気だよ。それよりもこの分なら全員無事そうだしよかったよかった」
先程まで魔軍相手に大立ち回りを演じたハンティはその苦労を微塵も感じさせないように歯を見せて笑う。
実際、魔物兵など歯牙にも掛けない強さを持つハンティだが、それでも二万の軍勢を相手にするのはそれなりに大変な事であった。それにただ倒すだけでなく時間もかけなくてはならない。村人が逃げる距離を稼ぐには出来る限りその場に釘付けにする必要があったのだ。
結果、それを達成出来た。村人は助かったはずなのだが――様子がおかしいのに気づいたのはその時だった。
「……ハンティさん、その……」
「? どうしたの?」
「…………」
ハンティの言葉に村人たちは顔を俯かせ、目を伏せるなど様々な反応を見せる。ハンティが首をひねる。彼らの表情に助かったという歓喜の色や先程ハンティが姿を見せた時の安堵の色は鳴りを潜めた。それどころか悔やむような表情を見せる。
「ハンティ」
「村長……?」
ハンティが怪訝に眉をひそめるのと同時に村人の中から一人の老人が進み出てきた。ハンティも当然知っている。村の村長だ。疲労が強く顔に現れいつもより老け込んでいるように見える。このような事態になったのなら無理もないことではあるが。
村長はハンティの前まで来ると最初に頭を下げた。
「先にお礼を言わせてほしい。――ありがとう、ハンティ。お主がいなければ村の皆は魔物に殺されておったじゃろう」
「……お礼なんていいよ。あたしを受け入れてくれた恩を返しただけさ」
「それでもじゃ。助けられたことには変わりない……感謝する」
「……うん、わかった」
ハンティからすればこの村は故郷を除けば最も思い出深く大切な場所だ。それを守ることはハンティにおって当然のこと。だが、その思いを受け取らないことも出来ない。ハンティは感謝の言葉を受け取る。
そして村長は頭を上げて、ハンティと視線を合わせる。何故かその表情は暗いままだ。
「……その上で、気に病まないで聞いてほしい」
「……? 気に病まないでって――もしかして」
村長の言葉にハンティが目を瞠目させる。嫌な予感がして訳の分からない焦燥感が胸を満たす。
そしてそれは的中してしまう。
「二人……儂の孫娘二人は――まだ村に残っておる。おそらくじゃが魔軍に捕まってしまったじゃろう……」
「――っ!? どうして――」
「……村の者の話だと裏手の森に行っていた妹を呼びに向かったらしい」
「くっ――今すぐ助けに――」
「! 待ってくれハンティ!!」
それを聞いた瞬間、ハンティは踵を返そうとして――村長の叫ぶような声に止められる。村長は深い悲しみを必死に抑え込んでいるような辛い表情を浮かべていた。
「ハンティ、お主がどれほど強いかは儂らにはわからない……じゃが魔軍に捕まった二人を助けに行くことは無謀に過ぎる。もしかしたら既に……この世にはいないかもしれんのじゃぞ。その上儂らを救ってくれたお主をこれ以上死地に送るわけにはいかん……」
「…………」
震えるような声でそう絞り出した村長は断腸の思いでそれを告げたのだろう。今にも泣きそうな表情を浮かべている。自分の孫娘二人、それも一人は新しい命がお腹に宿っているのだ。それが既に失われているかもしれない。そう考えるだけで身が引き裂かれるような思いだろう。
「ハンティ……」
「あんたは……」
そしてもう一人。村人の中から進み出てきたのはハンティも良く知るその青年。
村長の孫娘でハンティの友人である彼女の夫であった。その足取りは重い。
彼も村長と同じく悔恨、そして絶望の表情を浮かべている。
「無事な訳ないんだ……そりゃ本音では助けてほしいし、生きていると信じたい。でも、そんな筈ないんだ。魔物に襲われたら……ひょっとしたら死ぬより酷い目にあってるのかもしれない」
「…………」
ハンティはそれをじっと聞いていた。青年は後悔しているのだろう。自分も一緒に残っていれば良かったのかもしれない。一刻一秒の猶予も無かったとはいえそれを言い訳には出来ない。どうしようもなく自分の無力さと不運を呪っているはずだ。
まだ割り切れてはいないのだろう、行かないでほしいとは言わないもののハンティに死地に行ってほしくないという思いもあるのか青年はただ悔やみ続ける。
だが、それを感じた上でハンティは答えを出した。
「――ごめん」
「!」
突然の謝罪に村人が瞠目する。そして続く言葉を聞いた。
「気持ちは受け取るよ。でも……あたしは助けに行く」
「……っ、それは……!」
ハンティの決意に満ちた表情に何も言えなくなる。それはそういう思いがゼロではないからこそだろう。助かるならその方が良いに決まってる。どれだけ可能性が低くとも。それでも村人は自分達の無力さを嘆き、ハンティは迷わずそれを選びとった。
「安心しな、必ず助けて戻ってくるから。それに――」
ハンティは立ち去る瞬間、敢えて表情を一変させた。村人を安心させるように自信に満ちた表情で、
「――あたし、これでも結構強いんだから」
そう言い残してハンティはその場から一瞬でいなくなった。
広場から少し離れた場所に建つ一軒家は中々の広さだった。
ここいらの家の中では一番大きい。おそらくは村長か、村の有力者の住む家なのだろうとレオンハルトは当たりをつける。
室内には大きめのテーブルに八脚の椅子。炊事場には山程の食材が積まれている。食事の準備でもしていたのだろうか、切られた野菜やお肉などその痕跡が見られる。
外から見て分かってはいたが二階もあるようで、玄関のすぐ近くには階段があった。
他にも幾つかの部屋があるがおそらくは寝室も兼ねた個人の部屋だろう。室内の様子から少なくとも四人以上がここに住んでいたようだった。
これなら滞在中不便することはないだろう、レオンハルトは適当な椅子を引き寄せてそこに座った。
そしてテーブルを背もたれにして床に座る二人の人間に視線を移す。
「さて……」
「くっ……!」
「お、お姉ちゃん……」
レオンハルトの視線を受けて怯えの色を見せる二人。少女は完全に怖がっているだけだが、女性の方は気丈にもこちらを睨みつけていた。
そしてこちらの声に反応したのはキャロルだった。二人の少女の傍らに立ち、レオンハルトに向かって指示を乞う。
「レオンハルト様、この二人どうしましょう?」
「……今、考えてる」
キャロルの質問に顎に手を当てながらそう答える。それを聞いていた女性はそこで何を思ったのか、どこか覚悟を決めたように深刻な表情になるとレオンハルトに向けて口を開いた。
「……ちょっと交渉しない?」
「…………あ?」
「っ……!」
思考の外から思いもよらない言葉を掛けられ言葉にならない声が漏れる。
それに威圧感を感じたのだろうか、女性はぴくりと怯みを見せるもそれを何とか振り払い、レオンハルトと視線を合わせた。
「私があんたの奴隷になる。その代りに妹は解放してちょうだい」
「そんな……! 駄目だよお姉ちゃん!」
「あんたは黙ってなさい。それで……どう?」
そう問われるもレオンハルトは返事を出さない。正確にはまだそれを理解仕切ってない。こいつは何を言ってるんだ、自分の状況を分かってるのだろうかとレオンハルトは軽く混乱する。
そしてそんな中、キャロルが憤った様子で女性に敵意をぶつける。
「ちょっとあなた! さっきから黙ってればレオンハルト様に失礼ですわよ! 立場を弁えなさい!」
「下っ端には聞いてない」
「し、下っ端ですってっ!? こ、この魔物界一の完璧使徒であるわたくしに向かって下っ端! ……こ、この! 言わせておけば……!」
キャロルがその言葉に腰の銃を引き抜く。そこでようやくレオンハルトは一度息を入れてから口を開いた。
「キャロル、やめろ」
「っ! れ、レオンハルト様……でもこの人間――」
「俺の目的を忘れたか?」
「! いいえ、忘れておりませんわ!」
「ならわかるな? ……悪いがちょっと黙ってろ、俺が話す」
「はい! 畏まりましたわ!」
女性の無礼な態度に憤っていた様子のキャロルだったが、レオンハルトが言い聞かせてやるとすぐに銃を収めてピシッと不動を貫く。忠誠心は高いがそれ故に暴走しやすいのが玉にキズだ。良いところでもあるから直させようとも思わない。たまにレオンハルトが注意してやればすぐに覚える。それで済む話だ。
レオンハルトはキャロルへの注意を終えると、改めて女性に視線を移す。未だにその瞳に揺らぎは見えない。その様子に少し興味を抱く。
――少し試してやるか。
レオンハルトはそう考え言葉を発した。
「……交渉と言ったな。キャロルじゃないがお前、自分の立場が分かっているのか?」
「何でもするわ。これでも要領は悪くないと自負してる」
「そうじゃない。交渉に臨める状態じゃないと言ってる。俺は今、お前達二人の生殺与奪を握ってる。何をしようが自由だ」
「……子供を奴隷にしても役に立たないでしょ」
「……はっ」
その言葉にレオンハルトは思わず鼻で笑ってしまう。随分と純粋な考えだ。いっそ羨ましく思ってしまうほどに。
「とんだ世間知らずだな。言っておくが魔物にとって人間の楽しみ方は奴隷にするだけじゃない。意味もなく苦しめ、殺したりすることだって方法の一つだ」
「……っ、何それ……最っ低……!」
「…………ああ、同感だ。それで話を戻すがな」
女性はそれを想像したのか軽蔑するようにそう吐き捨てた。レオンハルトは感情を少し揺れ動かされながらも目の前の人間に対して続ける。
「交渉に臨める状態じゃないが、そこまで言うなら交渉だとしようか。お前が俺に提供できる材料は何だ?」
「それは……私が――」
「言っておくが謂わばお前達の所有権は今俺が保持してる状態だ。例えお前達二人が奴隷になると決めようがそれは交渉材料にはならない」
「そんなの無茶苦茶じゃない!」
「――無茶苦茶でもそれが現実だ」
「っ……」
レオンハルトが視線に圧を乗せて言い切る。魔人に臆せず話せるのは凄いが、これはキツいだろう。体験した身として理解出来るが、魔人を目の前にすると生物としての格の差をはっきりと突きつけられるのだ。本能が魔人に対して恐怖し、逃げろ、従え、命乞いをしろと頭に訴える。戦いを知らない人間はそれに屈するしかない。
レオンハルトは内心息を吐く。そろそろ限界か、と。
魔人相手にここまで対等に話せる胆力は見事だ。故にそろそろ重圧から解放してやろうと力を抜いた。そんな時だ。
「――っ! この……人間舐めんなっ!!」
「えっ――ぎゃんっ!?」
「!」
女性が横に立っていたキャロルに立ち上がりざまに頭突きを見舞い、それが顎に当たって苦しそうな声を上げる。
縄が解けていたのか、だがどうやってとレオンハルトが疑問に思うが、それがキャロルの首元に突き付けられてすぐに正解を導き出す。
小型のナイフ。キャロルの首に当てられているのはそれだ。隠し持っていたのだろうと推測出来るがよくバレなかったものだ、魔物隊長も女性ということで油断したか、功に目が眩んだか、はたまた両方か。
レオンハルトはその一連の流れをじっと見詰めていると、女性がキャロルを人質にするようにしながら口を開く。
「油断したわね。こっちの、確か使徒だっけ? 魔人にとっては大切な部下なんでしょ」
「舌噛みまひたわ……」
「…………」
首に突き付けられたナイフではなく、噛んだ舌を気にするキャロルにレオンハルトは内心呆れる。緊張感が無さすぎる。
だが、女性にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際なのだろう。強い口調でこちらに語りかける。
「これで形勢逆転ね。傷つけられたくなかったら逃しなさい。そしたら解放してあげるわ」
脅迫の言葉も随分と優しい。それに正直だ。そこは嘘でも殺すと言わなければならない場面だろうに。
レオンハルトはそこで大きく息を吐いた。そして肩を竦める。
「……キャロル、戻ってこい」
「ひゃいっ(はい)! はひこはいひはひは(畏まりましたわ)!」
「きゃっ――あっ!?」
「お姉ちゃんっ!?」
レオンハルトが命令するとまだ舌が痛いのか言葉になってない了承を返してキャロルが動いた。
女性のナイフを持つ手を掴んで返すと、そのままくるりと背後に回って腕を決める。
当然のことだが、ただの人間である女性に使徒であるキャロルを抑え込める筈がない。魔人を除けば魔物の中でもトップクラスの実力を持つのが使徒。まだまだ使徒になって日が浅いキャロルでもその身体能力は魔物将軍を凌駕する。魔物隊長に抑え込まれていた彼女たちが敵うはずがない。見た目が人間に近いと勘違いする気持ちはわからないでもないが。
「形勢逆転、か?」
「ぐっ……この……! なんて力……!」
「ふふん! けいへいひゃくへんふぇふわ(形勢逆転ですわ)!」
「……キャロル、多分もう治ってるぞ。普通に喋れ」
「え? あっ! 本当ですわ!」
緊張感の欠片もない自分の使徒に溜息が出る。そろそろ話をまとめてやらないとキャロルがぽんこつになってしまいそうだ。レオンハルトは処遇を決定するため口を開く。
「……そろそろいいだろ。お前達二人の処遇を教えてやる」
「! い、妹には手を出さないで!」
「う、うぅ……!」
その言葉に姉妹の肩がびくりと震える。先程の言葉を思い出しているのだろう。一体どんなことをされるのか恐怖しているに違いない。そんな事はないのだが。
レオンハルトは鋭い視線を二人に浴びせながら……そういえば先に確認しなければならないことを思い出す。
「――と、その前に聞きたいんだが……お前ら料理は出来るか?」
「…………へ」
「…………?」
その言葉が予想外だったのか、唖然とする姉妹。レオンハルトは再度質問を重ねる。大事なことだ。
「料理は出来るか?」
「……え、えっと出来るけど……妹もお手伝いくらいなら……」
「…………うん」
姉にちらっと視線を向けられ妹もこくりと頷く。
それなら問題なさそうだ。レオンハルトはその返答に満足して処遇を口にした。
「なら料理でも作ってくれ」
「は、え、ええ……は……?」
どうやら理解が追いついていないのか、声を漏らし続ける女性にレオンハルトは首をかしげる。
「……どうした。出来ないのか?」
「え、あ、いや……出来るけど……それって一生?」
「そんな訳あるか。心配しなくても頃合いを見て町まで無事に帰してやる。遅くても夜中までには帰れるだろう……キャロル、出来るな?」
「お任せ下さいレオンハルト様! 人間の町への潜入方法はマスターしましたのよ!」
「…………」
信じられないと言った面持ちで顔を見合わせる姉妹。そして胡乱な表情でレオンハルトを見た。
「……油断させるつもり?」
「そう思うのも無理はないがな。元よりお前らをどうこうするつもりはない」
「レオンハルト様の慈悲に感謝しなさい! 他の魔人ならこうはいきませんわよ!」
「そ、そうなんだ……」
どう反応していいか困っている女性を無視してレオンハルトはキャロルに視線を向ける。
「キャロル、もう一人の縄も解いてやれ」
「はい! さっさっさーっと」
その言葉通りさっと縄を解いてみせるキャロル。自由になった少女は戸惑いながらも姉の方に駆け寄り、レオンハルトとキャロルの間に視線を彷徨わせる。
「あ、ありがとう……?」
「ああ」
お礼を言ってくる少女にレオンハルトは応答すると、そのまま視線を姉の方に滑らせる。
「とりあえず今日の所は頼む。今は魔軍に周囲を固めさせてるからな。逃がしようがない」
「……え、ええ」
「本当ならわたくしが作って差し上げたいのに……」
「お前は知識はあっても腕は並じゃねぇか。ガルティアじゃねぇが最近は出来る限り美味いものが食いたいんだよ……アイツの所為でな……」
「むぅ……残念ですわ」
「…………」
レオンハルトとキャロルの会話を耳にして開いた口が塞がらない様子の女性。そんな姉とは対照的に妹の方はそんな魔人と使徒を見ると、
「……なんだか人間みたい……」
「……え、ええ……そうね」
レオンハルトはその言葉を魔人の聴覚で拾っていたが敢えて無視する。そんなことを態々言ってやる義理はない。だが、そんな主の意図も空気も見抜けなかった使徒、キャロルはそれを耳で拾い反応する。
「ふふん! 知りませんの? レオンハルト様は元々――」
「――キャロル、余計なことを言うな」
「えっ……あっ、申し訳ありません!!」
「ったく……」
レオンハルトの鋭い検のある声に注意され、キャロルが直ぐに頭を下げる。その様子にやれやれと言わんばかりに眉を揉むレオンハルト。
更にはその言葉でおおよそを察せたのか女性は少しバツが悪そうにしながらも、聞かずにはいられなかったのだろう。
「えっと……元人間なの?」
「…………チッ、さあな」
やはり分かってしまうか、とレオンハルトは舌打ちする。否定も肯定もしなかったが、その態度は言外にそうだったと認めているようなものだ。
急に居心地が悪くなったように感じたが、向こうは逆に親近感でも湧いたのだろうか更に話しかけてくる
「人間が嫌いになったから魔人になったの?」
「……そういうんじゃねぇよ」
「じゃあどうして?」
「…………色々あるんだよ」
「ふーん……じゃあどうやって魔人になるの?」
「しつけぇ! 何でそんなこと言わなきゃなんねぇんだ!」
根掘り葉掘り聞こうとしてくる女性に思わず声を荒げてしまう。なんだこの女は、図々しいにも程がある。
しかしレオンハルトがそう軽く怒鳴っても女性はなおも口を開くのをやめようとしなかった。
「あ、いやー……魔人と話せる機会って貴重かなーと。話も通じそうだし色々聞きたくて……」
「お、お姉ちゃん……やめなよ……怒ってるよ……?」
「あはは……あ、じゃあ一個だけ聞いていい、かな?」
「……何だ」
妹ですら姉の馴れ馴れしさに困っているのか、腕を引いて制止させようとするもそれを止める意思は見られない。それを見てると毒気が抜かれるような気がしてくる。魔人相手の口の利き方といい頭のネジが二、三本抜けてるんじゃないかこの女。
レオンハルトが心底呆れた視線を向けるも、それを無視して女はほんの少しだけ真面目な声色で、
「……どうして私達を見逃そうとしてくれるのかな?」
そう聞いてきた。レオンハルトはその質問と女性の視線から目を逸らす。そして少しの思案の後、ゆっくりと答えた。
「…………ただの、気まぐれだ」
「……そっか」
ただの気分というレオンハルトの答えに女性は何処か温かく頷いた。その反応にレオンハルトは言いようのない感情を感じた。正直言って居心地が悪い。レオンハルトは付き合ってられないと言わんばかりに立ち上がる。
「……ふん、そういや魔物将軍に言い忘れてたことがあったな。ちょっと出る」
「あっ! わたくしも!」
「いや、いい。そいつら見張ってろ」
「畏まりましたわ! いってらっしゃいませ!」
「…………」
レオンハルトは出迎えをするキャロルに混じって背後から浴びせられる視線に鬱陶しさを感じる。何を感謝しているのだろうか、助けるのは事実かもしれないが、こうやって人間を虐げているのもレオンハルトだということを忘れたのか。元人間だからと急に親しみでも覚えたつもりか。
そして何よりもそれを分かってもらえて嬉しがった自分に何よりも腹が立つ。
「チッ……」
レオンハルトは家の外に出ると再度舌打ちをした。顔も苦々しげに歪む。こんな顔を他のやつに見せる訳にはいかない。それで苛立ちを吐き出すと、レオンハルトは魔物将軍が集まる広場に近づいた。
先程とは変わって広場や村のあちこちでは魔物兵が資材を集めて作業を開始している。仕事が早い。それに大勢いるなら好都合だ。レオンハルトは魔物将軍に声を掛ける。
「順調か?」
「む、これはレオンハルト様」
「ああ、礼は不要だ。作業を続けろ。今後は作業中に礼を欠いても不問とする」
「……ご配慮感謝します」
礼を取ろうとする魔物将軍や周囲に向かってそれを止めさせる。レオンハルトが来る度に作業を止めていては仕事にならないし、こちらも迂闊に出歩けない。効率が悪くなってはこちらも困るのだ。
その気遣いに魔物将軍が軽く頭を下げる。
レオンハルトは周囲に顔を向けながら魔物将軍に再度話しかける。
「……ちゃんとやってるようだな」
「それは勿論。今は資材を運んでいるところです。……それよりもレオンハルト様は何か御用が?」
「……何故用があると分かった?」
「いえ、お休みに入ったばかりなので……直ぐに出てくるということは何か用事でもあるのかと愚考したまでです。違っていたならお恥ずかしい限りですが……」
「……なるほどな」
レオンハルトは内心、感嘆しながら納得する。そして魔物将軍の優秀さに舌を巻く。
確かに用はあるが……それは本音ではそうでも、建前はそうじゃない。単純に世間話をしに来たのだ――二人を逃がすための布石として。
故にレオンハルトは少し口端を上げながら魔物将軍の問いに答える。
「残念ながら外れだ。いや、ちょっと昂ぶっちまってな。悪いんだが麻袋を用意してくれ」
「麻袋ですか……? 失礼ですが一体何を――」
レオンハルトはその問いに被せるように答えてやる。
「さっきの女二人――もう壊しちまったからな。家の中臭くてかなわねぇしキャロルに外に捨てさせようと思ったんだが……」
「! そうでしたか……では、すぐに用意させます。――おい!」
それを聞いた魔物将軍がほんの僅かに驚いたように見えたが、冷静に対処した。頭の回転が速い為かこういう部分も極めて優秀なのが魔物将軍だ。近くの魔物兵を直ぐに呼びつける。
魔物兵は慌ててそれに答えた。
「は、はい!」
「聞いていたな? 今すぐ麻袋を持ってこい」
「了解です!」
魔物兵が麻袋を取りに走って広場から去っていく。そんな中、レオンハルトは周囲を観察していた。
作業を続けながらも今の言葉は聞こえていたのだろう、魔物兵を中心に多少のざわつきが伺えるが、少しでも反応を見せようとしたものは同僚か上司である魔物隊長に小突かれたり視線で、言外に黙らされる。
それほどレオンハルトが戦場以外で人間を直接殺すのは珍しいことなのだ。ましてや先程の言い方だとそういう意図で楽しんだようにも聞こえる。そんな事は一度も聞いたことがない筈だ。
故に側近の魔物将軍ですら驚いた。下に仕えて長い彼ですらそんなレオンハルトは見たことがない。
どうやら狙いは上手くいったようで良かったとレオンハルトは周囲の反応に満足する。
「麻袋を受け取ったらまた戻る。後、緊急の要件以外で家に近づくんじゃねぇぞ」
「はっ、畏まりました」
レオンハルトは最後にそう言いつける。内心、布石を打ち終わったと安堵する。
後は飯食って詰め込んで町まで送るだけ。これで二人を無事に帰してやることが出来る。
レオンハルトは麻袋を受け取るとそれを説明するためさっさと家に戻ることにした。
「分かっちゃいたけど魔物兵の数が多すぎる……!」
黒髪の女性、ハンティ・カラーは周囲の魔物兵の隙間を縫うように移動を続けていた。
しかしそれは明らかに普通の光景とは違っていた。赤く色を反転させたような空間は歪みを表しているのか中々に形容し難い。
そして何より、普段と違うのは――周囲全ての時が止まっていること。
太陽も空も雲も生き物、魔物兵でさえも止まっている。
その止まった時の世界で動けるのはハンティ・カラーただ一人のみ。
これこそが彼女の魔法、その最高峰である瞬間移動魔法の正体であった。
そしてこの場所はアドミラル空間と呼ばれる異空間。彼女は現実世界からこの位相が少しずれた空間に移動し、そこから行きたい場所まで直接自分の足で歩き、そこから現実空間に戻ることで瞬間移動を実現させているのである。
とてつもない能力の魔法であることには間違いないが、それでも万能ではない。幾つかのデメリットや条件が存在する。
その一つがハンティを悩ませている。魔物兵が村の周囲を固めているだけでなく、村の中にまで死角が存在しないほど魔物兵がいる為だ。彼らを直接どかしたりこの空間から攻撃して倒すことは出来ない。
これが条件の一つ。この空間からはあらゆる物体に干渉することが出来ない。
アドミラル空間は現実と位相がずれており、同時に時が止まった世界である。この空間から現実のものを動かすことは不可能であるため、ハンティが魔物兵に気付かれないように現実に着地するためには何とか死角を見つけてそこから出なければならない。
同時に屋内に入ることも出来ない。扉や窓が開いていれば別だが、残念ながらほぼ全ての家の扉が閉じられていた。
「捕まってる二人もここからじゃ見つからない……やっぱり一度何処かで出ないとね……」
そうして止まった村の中の死角を探すこと少し、ようやく死角を見つけることが出来た。民家の陰にある樽が開いてる。
「ここに入ってから出る、か……よし」
そこでハンティは空間から脱出して現実空間に戻る。世界の色が元に戻った。
「大丈夫……みたいだね」
ハンティは樽の中からこっそりと外を覗きながら呟く。だが、肝心なのはここからだ。
何せ、まだ二人の場所すら分からない。分かってさえいれば多少は強引に突破することも出来なくはない。とある理由から二人を連れて帰る際には瞬間移動は使えないので、魔物兵を撒くのは不可能に近い。それは村の周囲が魔物兵で固まってる時点で分かってはいたことだが……出来れば先に二人の姿を確認しておきたかった。
だが、こうなっては仕方ない。やはり騒ぎを起こしながらどさくさに紛れて二人を回収するしかないだろう。ある程度魔物兵の警備に穴を開けなければ外に出ることすら出来ないのだから。
「よし……!」
そうしてハンティは覚悟を決めた。詠唱を始める。狙うはここから一番近い一体の魔物将軍と、その周囲で何やら作業をしている魔物隊長や魔物兵。初撃で混乱を起こすのが狙いだ。
ハンティは意を決して樽の中から飛び出した。