というわけで本編どうぞ
カラーの里、ペンシルカウ。
その女王の側近であるミストラルの家では、この場にいてはならない筈の者がいた。
「──ガイ。もう少し魔力の扱いには気をつけなさい」
「はい、先生」
ガイと呼ばれる右の前髪が長い少年の傍らに立ち、ミストラルは丁寧に魔法の事を教えていた。
というより、教えざるを得なかった。
「貴方、運が良いわよ。僅かだけど、人間にしては魔法の才能がある。将来は魔法使いになれる可能性があるわね」
「! ……それは本当ですか?」
「ええ」
ただ、とミストラルはガイの期待に満ちた質問に対し、それを戒めるように顔を強張らせて言った。
「魔法を放つ時は、敵に使うでもない限り、もう少し注意して撃ちなさい。でないと、自分や周囲を傷つけることになるわ」
「うっ……ごめんなさい」
ついこの間、ミストラルに向かって魔法を放ってしまったことを思い出してバツが悪そうな表情で謝罪するガイ。
だがミストラルは怒らずに続けた。その言葉に何かを思うように目を細めながら、
「……とにかく、魔法を試す時は魔力を抑えて使いなさい。それを身につけるために、先に魔力のコントロールを重視して鍛えてあげるわ」
「はい……!」
ガイが良い返事を返す。魔法を教えてくれることに喜んでいるのだろう。
しかしミストラルとしては、
……こうでもしないと、こっちが危険だわ。
ついこの間のこと、魔法を教えて初日のガイが魔法を発動した。
それが初歩魔法とはいえ、魔法を教えて初日で魔法を発動させるなど、普通はあり得ないことだ。
ガイに魔法の才能があることは不思議ではないが、まさかここまで規格外の才能だとは思いもよらなかった。
故にミストラルは方針を変えた。
最初は適当に魔法を教えたら、後は自分で学べ、とほっぽり出すつもりだった。
しかしここまでの才能となると、放置するほうが危険だ。独自に学んだとしても高レベルの魔法使いになることは確定しているが、このままだと自分でも敵わない魔法使いになる可能性がかなり高い。
魔法の腕が高まれば高まるほどに、自分が人間の子供を飼っていることがバレかねないし、何よりも、将来を考えるとちゃんと教育しておかなければ危険だ。
ミストラルは人間を自然に下に見ているし、信用もしていないが、軽くは見ていない。人間の力はカラーを超えうるのだ。それは歴史が証明している。
別に恨んでいる訳でも嫌っている訳でもないが、油断すれば危険な事は理解している。
さながら人間で言うところの猛獣。檻や柵の中で飼っている内は良いが、野良に出て、人の味を覚えたら手がつけられなくなる。カラーにとっての猛獣は人間だ。
そしてガイは、正に猛獣の子供。躾を誤れば、その鋭い牙は容易にこちらを切り裂く。
故に子供の内からきちんと飼いならし、自分やカラーへ危害を加えないようにしなければならない。大人になって立派な魔法使いなったからと、このペンシルカウを襲われては洒落にもならないのだ。
「ガイ。魔力が乱れてるわ」
「っ、ごめんなさい……」
「別にいいわ。それより、集中出来ないなら一度休憩にしましょう。おやつの用意を頼めるかしら?」
「あ、はい!」
こちらが休憩しようと言い、おやつの準備をするように言うと喜んで従順に命令通りに動くガイ。
……大人になってもこのままなら可愛いし、安心出来るのだけど……油断は出来ないわね……。
ミストラルからして救いだったのは、ガイが己を飼い主だと認めていることだ。
牧場生まれの牧場育ち。その後は多少、野良の人間にも育てられたようだが、まだまだ奴隷根性は染み付いている。
それに加えて、己がガイを普通に可愛がっていたことも相まって、この環境を嫌がってはいないようだし、魔法の教育もしていることから、こちらに感謝していることも目に取れる。
だが何度も言うように、ガイは猛獣の子供だ。子供の内に上下関係を染み付かせておかなければ、大人になってこちらの手に負えなくなった時に怪我をする。
逆に言えば、大人になってもガイがこのまま変わらず、こちらと良い関係を築けるのなら、それはミストラル──いや、カラーの里にとって有益となる。
大人になってからであれば、一芝居打って正式に迎えてやってもいいだろう。そうなれば、ガイは更にこちらに感謝する。
……ただの暇潰しの為に飼ってみようと思っただけなのだけど……まさかの収穫ね。
元々、ガイは人間しては容姿も整っているし、特別変な思いもなく普通に飼おうと思っていたところだ。なので飼い続けることに対しての心構えのようなものは必要ない。
強いて言うなら、猛獣の子供を飼っているという認識を強めることだ。大人になってからもこちらに悪意のようなものを持たないよう、これまで通り普通に接してやればそれでいい。
後は里の者達にバレないようにすることだが──
「──ミストラル様!」
「!」
「っ……!」
不意に、玄関がノックされ、外からはきはきとした女性の声がミストラルを呼ぶ。
おやつを準備していたガイが肩をびくんとさせて驚くが、ミストラルはガイに近づいて小声で、
「……どうやら仕事みたいね」
「あ、えっと……それじゃあおやつは……」
「私は後で頂くから先に食べていいわよ。休憩したら、本でも読んで引き続き勉強でもしてなさい。魔法の発動は?」
「……ミストラルさんがいない時は、使っては駄目」
「よろしい」
「ミストラル様ー! 女王様がお呼びです! 至急──」
「聞こえてるわ! 今出るから大声を出さないでくれる!?」
「! 畏まりました」
と、外の声が収まる。ミストラルは静かになった周囲に合わせるように更に声を落として、
「それじゃあ、行ってくるわ」
「……いってらっしゃいませ」
ガイの挨拶を聞いて、僅かに微笑を浮かべると、ミストラルは玄関から家の外に出た。
するとやはり里の警備兵──伝令としてやってきたカラーの少女がそこにおり、
「先程は失礼しました! ミストラル様!」
「別に構わないわ。それより、今日は何の用? 特に女王様からは用事は聞いていないのだけど」
それはミストラルにとっての小さな疑問の一つだ。
この里で、休日の自分をいきなり呼びつけることなど、早々あるものではない。村は基本平和なので、側近を務めている自分を呼びつける、急を要するような事と言えば精々、人間が攻めてきたか、あるいは──
……まさか。
と、ミストラルは内心でその事例を察しつつも、伝令の答えとなる言葉を待つ。そう言えば、いつもより張り切っているように見える。浮ついているとも。
そしてやはり、彼女は嬉しそうに答えを告げた。それは、
「はい! ──
「っ! それは……!」
お客様。その単語を使うべき相手は、このペンシルカウにおいて非常に少ない。
故に何よりも大事な用事なのだ。ミストラルは、事の重要性を理解して頷く。
「なら、このまま村の入口かしら……」
「はい、仰る通りで! 女王様は先に行っていると」
「そう。なら、早く私も向かわないとね……」
ミストラルは足早に村の入口へ向かう。その足取りは軽く、浮ついてしまっていた。
カラーの森の奥深く。カラーの里、ペンシルカウに続く入口では、巨大な荷車と共にそれを警備する兵達がいた。
彼らは本来、この森には似つかわしくないはずの魔物であり、魔軍の兵──魔物兵でもある。
大部隊ではなく、森に入ってきたのは少数の部隊であるものの、その警備の質という点で言えば、申し分ない。それどころか、過剰ですらあった。
荷車を守る魔物兵は魔物兵の中でも最も強い、赤の魔物兵。そしてそれを指揮するのは、ベテランの魔物隊長と魔物将軍だ。
だが、更に大きい魔物将軍もいる。それを見た、村の門を守るカラーの警備兵達は、ひそひそを声を交わしあった。
「ねぇ、見てあれ……」
「うわ、大きい……あんなのいたっけ?」
「何、あんた達知らないの? あれは──“魔物大将軍”よ」
カラーの警備兵の中でも勤続年数の長い少女が門の上の櫓から下を見て告げる。
その先には、荷車を止めて部下を怒鳴りつける大柄な個体がいた。
「──何度言ったら分かるのだ、お前達はッ!!」
「も、申し訳ありません、大将軍閣下!」
人間の死体を前に怒りつけるのは、魔物兵の何倍もあろう、丸い球体を身体の中心に据えた巨大な魔物だ。
腹の中にある人の顔と、上部にある顔が同時に怒りに染まっている。
何故か通常の魔物将軍や他の魔物大将軍と違い、赤いマントを身に着けたその魔物大将軍は、よく見ると他にも綺羅びやかな装飾品を身に着けている。
そのどれもが一目で値打ちものだと分かる美しい品々。大きな宝石の付いた指輪を嵌めた手を振り動かし、彼は大仰に部下の魔物兵を叱りつけていた。
「これで何度目だ! この森を汚さぬよう、殺す時は血を出さずに殺せと言っているだろう、この私は!」
「は、はい! 重ね重ね申し訳ありませんでした! カエサル閣下!」
「謝ってすむと思うのか! 見ろ!」
見ろ、と魔物大将軍カエサルは地面に付着した人間の血を指差し告げる。
「おお……! 何ということだ……! この美しい森が! 美しいカラー達の住まうこの森が! 人間の血で染まってしまうとは何たることか!!」
酷く悲しんだ、という風な身振り手振りを見せながらカエサルは言う。それを見て傍らにいた魔物隊長が、
「し、しかし大将軍閣下! お言葉ですが、血を出さずに殺すというのはあまりにも……!」
「あまりにも……何だ!? 出来ないとでも言うつもりか!? 精鋭たるレオンハルト軍の一員としての誇りはないのか!?」
「そ、そういう訳ではありません! しかし──」
「ええい! 言い訳ばかりか、貴様! ならば見ていろ! こうするのだ!!」
「っ! まさか……!?」
魔物隊長や周囲の魔物兵が怯える中、大将軍カエサルは先程即死した人間を右手で掴み上げると、
「──我が偉大なる力を見ろ! “エイジングハンド”!!」
「! うわ、何あれ……!?」
遠巻きにそれを見ていたカラー達が引きながら声を上げる。
魔物大将軍カエサル。彼が掴み上げた人間の死体が、徐々に年老いて、干からびていく。
反対に、カエサルの方は何故か身体が艶々と輝き始めた。
「やべぇ……何だあれ……!?」
「カエサル閣下の老化の手だ……! 初めて見た……!」
魔物兵すらもその力に怯える中、とうとう人間は骨になり、その骨すらも、最終的には粉になり、消えて無くなってしまった。
異様な力で周囲を畏怖させるカエサルは、それを行いながらも上機嫌になり、
「ハハハハハハ!! 見たか諸君! この私の偉大なる美しき力を! こうやって、芸術的に殺すのだ!!」
「っ……し、しかし、それは、カエサル閣下だけにしか──あぐっ!?」
魔物隊長が怯みながらも進言しようと進み出た瞬間、カエサルが魔物隊長の首を掴んだ。
「ん~~~? なんだ、まだ言い訳か? 言い訳は美しくないぞ?」
「ひっ!? そ、そういう訳では……お許しを!!」
カエサルの手は、魔物隊長の首を掴んでいるが、苦しいと感じるほどではないし、その大将軍としての特異な力も使ってはいない。
だが、その手に掴まれていること事態が何よりの恐怖だ。カエサルがその気になれば、魔物隊長は30秒もしない内にこの場所から消えて無くなるだろう。先程見せられたばかりだ。その光景はまだ目に焼き付いている。
「魔物隊長。私はな、醜いものが嫌いだ」
「ぞ、存じ上げております!! 美しいものを好み、醜いものを嫌うのだと!」
そんなことは誰もが知っていた。しかし、改めてカエサルは言う。
「そう! 私は美しいものが好きだ! 人だろうが物だろうが、美しければ何でも許せる! 女だろうが男だろうが、美しければ愛せる! 美しい者の命令しか聞きたくないし、醜い者は死んでも構わないと思っている! それが私だ!」
カエサルは大仰に、低く、しかし通る声で思想を歌う。芸術好きで演劇や歌劇を好むカエサルだ。こういった仰々しい演出的な説教は珍しいことではない。
「私がレオンハルト様を
「そ、それも存じ上げております!」
「そうとも!! 故に、私は恵まれている! 美しい魔王ジル様を旗印に戦い、美しき魔人の方々──レオンハルト様にケッセルリンク様! カミーラ様やアイゼル様などの多くの美しさを目にすることが叶っている! ……醜さの塊であるケイブリスやノス、レキシントンが魔人であることは業腹だが……」
最後にボソリと言いながらも、カエサルは強さと美しさを併せ持つ魔王と魔人達を称賛し、気を取り直して上を見上げながらまた別のものも称賛する。
「私は種族で差別をしない! いつも暴走しがちなアッティラの馬鹿のように人間だからと、彼らが創り出した芸術や食文化までをも否定はしない! いつも部下を怒鳴り散らし粛清するイヴァンのような醜い真似はしない! 美しいものは美しい! 良いものは良いのだ!」
「お、仰る通りかと!」
魔物隊長も必死に同意を返す。反応が悪いと機嫌が悪くなることを知っているのもあって、魔物隊長もそのノリに合わせるように声を張り上げた。
その甲斐があってか、カエサルは再び魔物隊長に視線を向ける。
「おお、そうだ! 分かっているではないか! ならば私の夢は何か知っているな!?」
「勿論です! 美しいものを集めた、美しい場所で美しく過ごすことです!」
「フフ、美しい宮殿で、が抜けているぞ。──だが、そうとも! 私はあのレオンハルト様のように! 手柄を立てていずれは自分専用の美しい黄金宮殿を建ててそこに住むのだ! 絵画や彫刻に音楽! 宝石や数々の調度品を並べ立て、私が集めた選りすぐりの美しい者達を従者とし! この美しい魔物の黄金時代を守り抜くのが私の務めであり理想だ!」
「素晴らしい理想かと! カエサル閣下!」
「そうだろうそうだろう!! 願わくば、私もレオンハルト様の使徒になり、その寵愛を頂きたい……! もしくは魔人になってジル様の寵愛を頂きたい……! はたまた他の美しい魔人の方々の寵愛を……! 強欲にもそれを望んでしまうのだ……!」
何故ならば、とカエサルは溜めを入れて言う。皆の注目を受けていることに上機嫌になり、マントを翻し、
「何故ならこの私も──美しいから!!」
決めポーズを決めて満足そうにドヤ顔をするカエサル。その時間を、たっぷり余韻も含めて数十秒取ったカエサルは、やがて魔物隊長を掴んでいた手から力を緩め、
「……これで分かったか? 私は醜い言い訳は嫌いなのだ。言うのであれば、もっと美しい言い訳をするがいい。努力したが叶いませんでした、とか、カエサル様の美しさに目が眩んで──とか言うなら、私も寛大に美しく許してやれるというもの」
「は、はい! ご指導ありがとうございます! 美しいカエサル閣下!」
「フフ、よせ。そんなに褒めるな。美しい美しいと……そんなに私は美しかったか?」
美しい、と褒めると途端に機嫌が良くなるカエサル。実際にどう思うかはさておいて、更に問いかけられては、魔物隊長ももう一度言うしかない。
「はっ! 美しいです!」
「ハハハハハ! よせよせ! 誰がそんなに褒めろと言った! 世界一の美形だと、そこまで言えとは言ってないぞ!」
「えっ……!? あ、はい! 申し訳ありません!」
──誰もそんなこと言ってない。そう誰もが思ったが、それをツッコめる者はいなかった。
カエサルは無類の美しいもの好きであり、同時にナルシストでもある。芸術好きで男女種族問わずに多くの愛人を囲う変態でもあり、醜い者には容赦をしない暴君でもあった。
しかしそれでも、他の大将軍よりもマシではある。部下の教育も、一応は必要以上にやり過ぎることはないし、美しい者限定だが、命令も忠実に聞くし、美しい者であれば人間だろうと厚遇する。
故にカラーという美しい種族を、彼は気に入っていた。魔物大将軍になって直ぐに自ら、魔人レオンハルトに向かって、カラーを保護するようにお願いする程には。
故にある意味で、信頼を受けたカエサルはカラーの里への援助物資などを運び出す極秘部隊の指揮すら取っている。美しいものだけは裏切らない。何も言いつけなくてもカラーを守るために他の大将軍や魔人には伝わらないように動いてくれるくらいだ。
だが、当然彼だけでは色々と拗れる可能性がある。故に、ペンシルカウに向かう時は誰かしらがついているのが常だ。
「フフフ、そんなに私の美しいところが見たいか。ならば良いだろう! 次は私の美声を披露しようではないか! ゆくぞ──」
と、誰もそんなこと言ってないのに、急に歌いだそうと準備を始めるカエサル。その背後から、カエサルよりも小さい人間のような影が近づくと、
「──いい加減……!」
「むっ?」
声が聞こえ、カエサルが振り向く。しかしその瞬間、
「──長いですっ!!」
「へぶっ!?」
「か、カエサル様!?」
魔物大将軍カエサル。体長3メートルをゆうに超える巨大な魔物が、背後に回っていた女性に蹴り上げられて吹き飛ぶ。
それをやったのは黒い外套に、白いレオタード風の衣装を着た、長いストレートの紫髪が特徴のスタイルの良い美少女だった。
「あはは、村の入口でいつまでその一人芝居してるんですかぁ? いい加減、お優しくて美しいペールちゃんも我慢の限界ですよう?」
「ぺ、ペール様……」
魔物大将軍を蹴り飛ばした魔人レオンハルトの使徒。元カラーのペールが、額に青筋を立てた笑みを浮かべていた。魔軍でも魔人に次ぐ上位の使徒。それも最強の魔人の使徒の怒りに怯えをみせる魔物隊長や魔物兵。
しかし村の入口でその登場を見たカラー達は、途端に色めき立った。
「あ、あれは……ペール様!?」
「きゃー! 今回はペール様が来たわ!」
「レオンハルト様はいないみたいだけど、ペール様が来てくれるなんて……!」
魔人の使徒とはいえ、元カラーであるペールはカラーの間では有名人である。
同じく使徒になったが、始祖であるハンティ。魔人になったが、遥か昔にカラーを守った伝説の夜の王であるケッセルリンク。
その後継者で、カラー繁栄の礎を築いたペールはカラーにとっての英霊のような存在。中興の祖といっても差し支えがなく、現在も彼女や彼女の主である魔人レオンハルトの支援を受けているのもあって絶大な人気があった。
故に、魔物に属する彼ら彼女らであっても、レオンハルトの縁によるものであれば村を挙げて歓迎するのが習わしである。
「──カラーの里、ペンシルカウへようこそ。ペール様にカエサル様」
「あ、どうもですよう」
「ぐ、ぐ……一体何が……?」
村の門の前に現れたのはペンシルカウの現女王と、その側近であるミストラル・カラーだった。
女王は穏やかな笑顔でペール達を迎え、側近であるミストラルは静かに控える。幾ら相手が元同族で友好的とはいえ、女王を差し置いて側近が出しゃばるような真似は控えるのが当然だ。
というより、ミストラルは内心で分析しつつ、静かに驚いていた。
……魔人レオンハルトの使徒であるペール様と魔物大将軍のカエサル……流石に尋常じゃない気配がするわね……。
何気に使徒や魔物大将軍カエサルを初めて見たミストラルは、その身に秘める力を感じ取り、畏怖する。一応、始祖であるハンティは何度か見たことあるし、魔人レオンハルトも一度だけ目にしたことはあるが、巡り合わせが悪く、その二人以外は見たことなかったのだ。
女王様や古い同僚の話だと、来る者はその時々によって違うとのことだが、最近は始祖様以外の使徒が来ることはかなり少なくなっていたらしい。
とはいえ、別に物資が届かなかったりするわけではないし、見捨てられた訳でもないのだから不安に思う必要はない。単純に、村のカラー達が残念がるくらいだ。
「そっちの子ははじめましてですよね?」
「私の側近で、ペンシルカウの防衛部隊隊長のミストラルですよ」
「……ミストラル・カラーと申します。ペール様、カエサル様、以後お見知りおきを」
ペールに目を向けられ、女王の紹介でミストラルが挨拶する。
しかしペールは近くに寄ってきて笑顔だが、カエサルはまだ遠くにいて、
「って、何してるんですか? 早くこっちに来て下さいよう。魔物大将軍なんだから、さっきの蹴りくらいで──」
「美しい私に傷はないだろうか、念のため確かめておこう……はっ!? 誰だ美しい貴様! そのような美しい奴、私以外にいるはずが──私だった!!」
「ほんとに何してるんですか!?」
懐から取り出した鏡を見て、一人で馬鹿なことを言っているカエサルにツッコむペール。女王はニコニコとしていたが、魔物兵やミストラルはげんなりするしかなかった。
「ふぅ……申し訳ない。あまりの美しさに頭が混乱してしまいまして……」
「いつも頭イカれてる癖に何を、“今おかしくなりました”みたいな雰囲気出してるんですか? 多分、皆そう思ってますよ」
「ペール様、辛辣すぎて同調し辛いです……」
「ふふふ、いつも賑やかでいいですね」
……いや、賑やかっていうか、心臓に悪いのだけど……?
ミストラルは呑気に笑う女王を横目に冷や汗をかく。
周りのカラー達も平気そうだが、どう考えても感覚が麻痺していると思う。
今目の前でおちゃらけている二人は、どちらか一体でもペンシルカウを壊滅させることの出来る化け物だ。友好的だからその心配はないとはいえ、それだけ強い存在が眼の前にいて、自由にしているというのは、防衛部隊を率いている立場上どうしても落ち着かない。
例えば、何かの間違いで振り回した手が誰かに当たれば、それだけでか弱い者は骨や内蔵を潰されるだろう。カラーの中で女王の呪いを除いた白兵戦で最強と自負する自分でも、本気で戦おうが全く敵う気がしない。
ただまあ魔人レオンハルトを一度見ていることもあって、こちらも感覚を麻痺させられているから耐えられているとも言える。
味方と考えれば心強いし、安心出来る。
しかしまあ、近くで暴れるのは勘弁してほしいものだ。
そうやって内心で防衛上の懸念を考えていると、女王がペールから物資のリストを受け取っていた。一緒になってそれを見ながら、
「今日は……あらまあ、人間もいるんですね?」
「そろそろ繁殖用の人間も切れたと聞きましたからね。牧場から健康で若く、見た目もそれなりに良い人間をいつも通り出荷しにきましたよう」
「醜い者はいりませんからな。労働力や家畜としてなら役に立ちますが、本来なら視界に入れたくもない。美しい一族、カラーの役に立てるというなら幾らでも納品致しますとも。ええ。我らが牧場は数も相当いますからな!」
「それはまあ……ありがとうございます。助かります」
自慢気に言うカエサルに、ニコニコと笑顔でお礼を言う女王。その横で、ミストラルは既に仕事を行っていた。
「それじゃあ積荷を確認の上、倉庫に運んでちょうだい。人間は牢屋よ。逃げ出さないとは思うけど、一応気をつけて」
「了解です、隊長」
部下に向かって命令を下すと、カラー達が積荷に向かい、それらの中身を確認の上、倉庫に運んでいく。微かに気配と、時折呻き声が聞こえる荷車が人間だろう。それらには別の指示を出す。
「こっちは食料で、こっちは石材だ。重いぞ。こっちはその他。娯楽品なんかも入ってる。雑に扱うと壊れるのもあるから注意してくれ。人間の手錠の鍵も渡しておく」
「はい。いつもありがとうございます」
向こうの魔物隊長と、こちらの部下が軽いやり取りを交わしながら積荷を運んでいく。
中身は様々な物資だが、何も魔軍と同盟していたり、彼らの統治下にあるわけでもない。
この物資、支援は、あくまでも魔人レオンハルトが、個人的にペンシルカウを援助しているという事になっている。魔軍ではなく、自分の所有物を渡しているだけという体だ。
しかし実際には、立場的に相手の方が上位ということには違いない。そもそも魔軍は世界の支配者。そのNo.2と言っていい魔人レオンハルトが、こちらと同格などあり得ないことだ。
認識的には、守ってもらっている。保護下にあるというのが立場的には近い。事実としてこうやって物資を貰ったり、ついでに掃除だってやってくれる。自分達にとってはそれなりに苦労する野良の人間──冒険者や、魔物討伐隊。それら崩れの盗賊なども、魔軍にとっては娯楽。少数の人間相手など戦闘にはならず、ただの狩りでしかない。
先程も人間の死体を、この魔物大将軍という化け物が灰にしていたが、どうやら相当暴れたらしい。痕跡は殆ど残っていないが、森の匂いに混じって、周囲から微かに血の匂いを感じる。
……全く、嫌になるわね……。
圧倒的な力の差。生まれながらの強者と弱者。いつの時代も変わらない不条理を感じる。
楽が出来ると考えればそれはそれでいいのだが、ぶっちゃけ日々の生活が退屈に感じる理由が、この目の前の化け物達だ、とミストラルは諦観した瞳でそう思う。
昔はこれでも、歴史に名を残すような魔法使いにでもなってやろうと努力したものだ。カラーという種では苦労するかもしれないが、外の世界を冒険してそれを叶えてやろうとも。
だが、そうやって力をつけて、ペンシルカウの防衛隊長への辞令が女王から下った矢先に見たのが、カラーの始祖であるハンティ・カラー。そして、魔人レオンハルトだ。
感じたのは、圧倒的な不条理。
天地がひっくり返っても、眼の前の怪物には傷一つ与えられない。
こちらが長い時間を掛けて費やした鍛錬を、一瞬にして無に帰す才能の差。
まるで自分が馬鹿に見えるほどの存在を目の当たりにしたミストラルは、それっきり修行を止めたし、馬鹿馬鹿しい夢を見るのも止めた。
そんなことをしなくても自分は、このカラーの森という狭い世界の中ではほぼ最強だ。だからこれ以上の修行は無意味。どれだけやったところで、眼の前の化け物たちが住む世界には辿り着けない。才能の差。生まれついての力の差は絶対だ。多少の個人差はあっても、その優劣が変わることはない。歴史が、今の世界が証明している。
だからミストラルは、人間を下に見ていた。世界を支配する魔物が上位で、人間は下位。カラーはその中間。強いものが世界の在り方を、弱者の立ち位置を決める。いつの時代も変わらない世の摂理だ。そこに自分達の意志などは関係ないし、自由もない。入る檻を決められるだけだ。
その点を考えれば、同胞達が酷く賢く、自分だけが馬鹿に見えたものだ。昔は逆に感じたが、今では自分の方が間違っていたと思う。
魔人レオンハルトに群がろうとする英雄大好きな同胞達のその行動は、酷く合理的で正しく、だからこそ面白くなかった。当然過ぎて。
今更ながらそれに気づいたミストラルだが、だからといって他の同胞の様に媚を売ったり、本気で好意を持ち、ファンになることは出来なかった。それこそ今更だ。感謝もするし、見た目もいいとは思う。強さに憧れはするが、どうしても畏怖の感情の方が強い。
そして何より、今更そんなに熱くはなれない。冷めきってしまっている。
狭い世界で程々の自尊心を満たしながら、楽に生きるのに慣れてしまっている。その上で、退屈だと感じてしまっているのだから客観的に見れば救いようがない。
かといってやっても無駄なことをやり続けることは出来ないし、自殺するような趣味もない。
何もかも雁字搦めだ。この世界は。
そう心で思い、酷く空虚な気持ちになっていると、不意に相手側、ペールが女王やこちらに向かって声を掛けきた。笑顔で、
「……そういえば、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「あ、はい。何なりとどうぞ」
「…………」
女王に続いて、無言のまま首肯する。特に思うこともなく、条件反射で会話を試みようとしていたが、しかしミストラルは不意打ちを受けた。
「──最近、
「人間の、子供でしょうか?」
「……!」
ペールの問いに鼓動が跳ねる。表情まで動いてしまってはいないだろうか、と思うもおそらくは大丈夫の筈だ。ポーカーフェイスには自信がある。
しかしその問いがミストラルにとって厳しいものであることは変わらないが、
「どのような子でしょうか?」
「人間の少女で、見た目は小さくて可愛い子です。真っ白の綺麗な髪をツインテールにしてて、JAPAN風の衣装を身に着けてて、刀を携えた少女です」
「生憎と見てませんね……その子が何か?」
「…………」
……どうやら、ガイではないみたいね……。
一瞬、ヒヤッとした。使徒が探す子供を匿って飼っていたなど、どう転んでも厄介事にしかならない。退屈を紛らわすために危険を承知で飼っているとはいえ、魔人絡みの危険まで覚悟している訳ではないのだ。精々、女王や村の者にバレて怒られる程度。それくらいなら別に構わないし、キツい処罰を受けることはないと高を括っているだけだ。
だが、ガイではないとしても微妙に気になる話だった。ミストラルは話に参加して問いかけてみることにする。
「その子供が何か?」
「ええ、まぁ……なんと言いますかね。ちょっとその子供を探してましてね。もし見つけたら連絡をくれませんか? ああ、くれぐれも危害を加えないように。色々と危険です」
問いを掛けると、ペールが視線を彷徨わせながら困ったように苦笑してそう答えた。心なしか、焦っているようにも見える。隣の魔物大将軍の方は特にそんな様子もないが、
「あら……危険と言うと、その子供が強いとか?」
今度は女王が問う。するとまた、ペールは言葉を迷わせ、
「ええと……それも間違いではないんですがね……とにかく、見かけても報告だけでお願いします。危害を加えたり、捕まえようとはしないでください。万が一でも傷を負わせようものなら──」
「……傷を負わせるとどうなるんですか?」
再び問う。するとペールは腕を組んで迷った末に、
「……死ぬんじゃないですかね?」
「えっ?」
「死ぬんですか!?」
思わず間の抜けた声を出してしまう。女王も思わずツッコんだ。ペールは頭痛を感じている風に頭を押さえ、
「ああいや、さすがに保護下にあるカラーどうこうはないと思いますし、生半可な相手では傷つけることも出来ないとは思いますけど……嫌な思いをさせるくらいなら人間でも出来ますからね……ちょっとその場合は、その人間は死にますね、ええ。確実に……」
……え、なにそれ……怖いのだけど……。
ペールの言葉に軽く引きながら戦慄する。どういうことなのかはよく分からないが、ただの人間の少女にそんな力があるのかと驚く。それとも呪いでも受けてるのだろうか、とも。あるいはやはり、
……ガイ以上に、才能に溢れた人間とか……?
時折、人間にも化け物が生まれるということは知っている。ガイはそこまではいかないだろうが、将来はかなり期待出来るくらいの人間だ。
しかし子供で強いとなると、大人になる頃にはそれこそ歴史の中に出てくる化け物みたいだ。
と内心で歴史上の偉人の事について考えていると、不意に思い出す。それは、
「あっ」
「ん? なんですか? 何か心当たりでも?」
「いえ、その……不躾なお願いではあるのですが……」
「え、ペールちゃんにお願いですか? もうしょうがないですねぇ……可愛い元同族の頼みならこの美少女使徒ペールちゃんが、大サービスしてあげますよう!」
「ハハハ、これは面白い! 誰もそんなこと言ってませんよペール様!」
「あなたにだけは言われたくないんですけど!?」
「美しきボディーブロー!?」
「ああっ!? またカエサル様が吹き飛んだぞ!?」
ちょっとうるさいから黙ってほしい──そう口に出さなかった自分を褒めたかった。
気を取り直して、ミストラルはペールに向かって真顔で本を差し出し、
「──サイン下さい」
「……ああっ、そういう……真顔で言われるから何かと……そういうことなら──」
と、ペールがその本を受け取り、何処から取り出したのは、ペンでさらさらとサインを書いてくれる。
それを見て、ミストラルは内心で満足した。
……サイン入り剣王伝……ペンシルカウだとそれなりに出回っているけど、私の持っているのには無かったから癪だったのよね……。
それに、一応は子供の頃から読んでいるし、ファンではある。
ミストラルはお礼を言いながらも、なんだかんだでその日は悪い日ではなかったと思い返すことになるのだった。
「──あ、お、お帰りなさいミストラルさん……!」
「ただ、い──」
──そうなるのだと信じていた。
「あ、お邪魔しています」
「……ごめんなさい。留守中に勝手にあがってしまい……」
「ききー!」
「おお、上がらせて貰ってるぜ、悪いな」
「……ふむ……しかし、カラーの里の家はJAPANの物に似ておるな……我は落ち着くぞ……」
「このホットケーキ、甘くて美味しいわ……でも、もう少しはちみつが欲しい」
「……え……えっ?」
夜。ペールやカエサルなどを女王と一緒に見送り、仕事を終えて家に帰ると、そこにはテーブルを仲良く囲む異形の者達の姿。
魔法使いらしき人間の女の子、小さい猿、なんか燃えてる半裸の男、九本の尾を持つ狐っぽい胸のデカい女、何やらデカい剣を持った赤い髪の少女。
そして何より、つい先程、手を出したら死ぬとまで言われた少女と、同じ特徴を持つ少女がお茶とおやつのホットケーキを食べていて──
「……………………」
「あ、あの、ミストラルさん? なんでも、この人達は、家を出てきたので僕のように匿ってほしいと……ミストラルさん?」
「どうも白兎です。家出して行くところがないので一晩匿ってください」
ミストラルは、事情を説明しようとするガイや、白兎と名乗った少女がぺこりと行儀よく礼をしたのを全て無視し、自分でテーブルにあった熱いお茶をカップに入れると、それを持って離れた窓際にある椅子に近づき、ゆっくりと腰掛ける。
そしてお茶を一口。熱くて香ばしい液体が喉を通り、己の身体を芯から温める。ほっとする気持ちだ。
そして窓の外にある星空を見上げると、深く深く息を吐き、
「……私、今日死ぬのかしら……」
「よ、よく分かりませんが死なないでください……!」
ガイの慌てたツッコミを耳にしながらも、ミストラルは現実逃避したい気持ちでいっぱいだった。
次回、【悲報】ミストラルさんの胃が死ぬ