※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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タイトルだけ見ると勘違いしそうなやつ。でも、かなり純粋な話です。本編どうぞ


真夜中の指導

 真夜中のペンシルカウ。

 夜番のカラーを除き、誰もが寝静まった村は静寂そのものである。

 それは防衛隊隊長を務めるミストラル・カラーの家も例外ではない。

 彼女の家はペンシルカウの中でも外周部に近い外れにあるため、里の中心部に比べて更に静かだ。

 家の中で騒いでいた白兎一行も、イヴの説得が功を奏したのか、眠る必要のない者達も一応は横になったり、壁にもたれかかって静かにしている。

 白兎やイヴ、藤吉郎などはお町の尻尾をベッドと布団、枕代わりにして埋もれるように寝ていた。

 故にこの家で起きている者はいない──筈だった。

 

「…………」

 

 すくっと音も無く起き上がったのは居間ではなく、別室の寝床で寝ていた少年、ガイだ。

 彼は先程までは一応寝ていたのだろう。少し眠そうにしながらも目元を擦り意識をきちんと覚醒させると、ランプを点けて家の中の音に聞き耳を立てる。

 どうやら皆寝静まっているようであった。

 これなら日課をこなすことに支障はないと、ガイは部屋の窓を音を立てないようにそっと開けると、部屋の中に置いているとある物を手に、そのまま外に出た。

 家の裏手。敷地内ではあるが、人の目がないその場所はちょっとした原っぱとなっており、木箱などが置かれているのみだ。

 十分なスペースが確保でき、誰にも見つからないその場所で、ガイはランプを屋根に引っ掛けると、そのまま日課を始めた。

 

「──えいっ……!」

 

 それは、素振りだった。

 ガイが手に持っているのは、年季が入っている古びた剣。それを手に、ガイは素振りをし始めたのだ。

 

「やっ……!」

 

 縦と横に素振り。声は、大声じゃなければ気づかれないだろうが、一応は注意しつつ行う。

 傍から見れば、子供の遊びに見えるだろう。実際、ガイの素振りはお世辞にも上手いとは言えないものだ。

 腰は入っていないし、振り下ろす際の剣の軌跡が安定せずにぶれまくっている。余分な力が入っているし、剣の重さに振り回されているのか、時折たたらを踏んでしまうこともある。

 だがガイはこれ以上ないほどに真剣に取り組んでいた。

 ふざけているわけではない。全力でやっていた。

 ガイの顔は真面目そのもの。額に汗を流しながら、腕が痛むのも無視して剣を振っている。一月前程から始めた日課だが、未だに慣れない。ぎこちなさは拭えていない状態だ。

 しかしガイはそれを止めることはない。少なくとも一時間以上はこれを続けるつもりだった。

 

「──こんな時間に素振りですか」

 

「っ……!?」

 

 だが、不意に掛けられた声によって止めざるを得なかった。

 背後から聞こえたそれに反射的にビクッと身体を跳ねさせ、後ろに振り向くと、そこには既に寝ているはずの白兎という少女がいた。

 

「な、なんでここに……」

 

「素振りの音がしたので起きてしまいました」

 

「そんな──」

 

「いえ、そちらが悪いわけではないのでお気になさらず。私、とても耳が良いので。普通の人なら気づきませんよ」

 

「…………」

 

 そんなことを淡々と告げる白兎は、相変わらず瞳を閉じたまま、こちらに顔を向けている。見ているのかどうかすら不明だったが、ひょっとしたら見ていないのかもしれないと何となく思った。

 聞こえるはずのない音を聞いていたというのも意味がわからなかったが、実際にこうして気づかれてしまってる以上、彼女の言を信じるしかない。ガイは半ば諦めたように息を入れると、

 

「……起こしてしまってすみません」

 

「いえ、ですからお気になさらず。それよりも──」

 

 と、謝罪を軽く流しつつも白兎はこちらに近寄ってくる。そして間を置きながらもガイが疑問を感じるより先に、

 

「素振りは再開しなくていいんですか?」

 

「……それは」

 

 ガイは言い淀む。出来ることなら続けたいとは思っていた。

 しかしこうやって気づかれてしまった以上、そして音で気づかれてしまった以上、今日はここで止めた方がいいかな、とも思っていたのだ。

 しかし続けるように促されると迷いもする。しかも更に続けて、

 

「せっかくですから、私が少し指導してあげましょう」

 

「えっ……し、指導ですか……?」

 

 指導。つまりは、剣を教えてくれるのだと言う。しかし、

 

「で……出来るんですか?」

 

「心配は無用です。こう見えて私──貴方の百倍は強いので」

 

 自分よりも小柄な少女故にそう思ったが、改めて対峙してみると、その自信に満ち溢れた言動と振る舞いに底知れない何かを感じてしまう。

 ガイが喉をゴクリと鳴らすのと同時に、白兎は一度微笑を浮かべ、しかしそれを直ぐに引っ込めて真面目な顔に戻ると、

 

「とはいえ、一晩ではそれほど多くの事を教えることは出来ませんし、とりあえずは素振りの矯正から入りましょうか」

 

「矯正?」

 

「ええ。先程、少し拝見させて頂きましたが……貴方の素振りはとても酷くて見ていられません」

 

「酷いって……そんなには──」

 

「酷いですよ。我流にしても、もう少し整っていて欲しいところです」

 

 己の素振りが酷いと、ここまで言われてしまうと何も言うことが出来ない。自分では、それなりの鍛錬になると思っていただけに、ガイはショックを受けて下を見る。

 だが、

 

「しかし──強くなりたいのなら、基本を反復することは良いことです」

 

「……!」

 

「貴方は運が良い。剣の道を志して間もない頃に、私という優れた指導者に会うことが出来たのですから。下手な指導を受けるくらいなら、我流で通した方がマシというものですが、やはり師が達人であることに越したことはありません」

 

 自分の事を優れた指導者とまで言い切る白兎。よっぽど自信があるのだろう。凄みを感じて呆然とする。

 そうして白兎はこちらを真っ直ぐに見据えて、腰元の刀に左手を沿えながら、

 

「理由はどうあれ、強くなりたいのであれば基本は欠かせない。そもそもあらゆる物事において、基礎は最重視されるもの。武術……剣理に於いてもそれは同様」

 

「それは……何となく分かる」

 

 何か物事を覚える時に、まず初めに覚えさせられるのが”基礎”。今必死になって学んでいる魔法にしても同じだし、料理にしても基礎を知らなければどうにもならない。

 武術に於いても、それは同じだと白兎は言う。それが意味するところは、

 

「基本の動きを身体と脳に完全に染み付かせなければ、高みに到達することは難しい。素振りはあらゆる動きの基礎であり、基礎がしっかりしているからこそ、応用を利かせることが出来ます。一々頭の中で全てを考えて動いていては遅い」

 

「……考えながら動いては駄目?」

 

「達人はあらゆる動きを考えるより先に、感じて無意識に動いています。無論、強くなればなるほどに判断速度、脳の処理能力も増しますが、それでもその速さは一瞬のもの。戦闘は高速の判断の連続で、それらを正しく選んでいくには、やはり日頃の反復練習は欠かせません」

 

「考えるより先に感じる……」

 

 それが無意識の動き。身体に染み付いた基礎の集大成となるのだと白兎は言う。

 

「長年の修練を重ねた達人は、年老いて身体能力が劣っていたとしても、蓄積された経験から正しい判断を無意識に選び取り、速さで勝る相手を打ち負かすことが可能だと言います。……まあ当然ですね。想定外のことより、想定内のこと。慣れているものの方が無意識かつ速く動けるのは自明の理でしょう」

 

「それは……うん。分かるような気がする……」

 

 慣れている人の動きには迷いがない。

 一々考えて動いているようには見えず、それでいて正確かつ迅速に、当然のようにその物事をこなすのだ。

 だが、

 

「しかし──間違った動きを身体に染み付かせてしまってはいけません。一度覚えてしまうと、矯正するのも難しくなります」

 

「!」

 

 自分の先程までの動きは正にそれだと、白兎は遠回しに告げる。

 それでは意味がない。むしろマイナスになってしまうのだと、

 

「剣を構えて下さい」

 

「……はい」

 

 素直にその指示に従う。いつもの素振りをするように剣を正面に構えてみた。

 白兎は瞳を開いて、その赤い瞳でガイを観察しつつ、彼女自身も剣を抜いてみせた。

 刀。ガイもあまり見たこともない細身の剣であり、ガイの持つ幅広で古びた剣に比べるとその刀身の細さや美しさが目立つ。それを彼女はゆっくりと軽く振り上げながら、

 

「剣を振る。その一連の動作は腕だけではなく、身体全体で行う動きです。身体の内側を意識してください」

 

「身体の内側……?」

 

 まだ意味が分からずも、見よう見まねで剣を軽く振り上げてみる。その間も白兎の説明は続き、

 

「足の先の踏み込みから腰の捻り、呼吸を意識しながら脇を締め、胸から肩、肘は伸ばし、手首のスナップも欠かさないようにしながらその力を順番に。かつ連動させて力を剣に集約します。振る時は常に仮想敵を用意し、その相手へ振り下ろすことをイメージする。──基本はこのような形が望ましいかと」

 

「あ……」

 

 白兎がお手本だと言うように、ごくごく自然な動きで、軽く剣を振ってみせる。

 すると空を切る短い音が聞こえた。その姿勢は一切の乱れがなく、只々美しい。

 一刀で見る者を黙らせ、息を呑ませるような素振りである。

 それを、なんでもないことのように行った白兎は、刀を鞘に戻しながらも息を入れ、

 

「記憶しましたか? 剣筋が乱れていると両断することが難しくなる上、手を痛めますし、得物にも負担が掛かります。貴方の先程までの素振りは無駄が多く、腕を痛めるようなものでした。どのような形の剣を目指すにしても、素振りの基礎だけは憶えておくと良いでしょう」

 

「……は、はい……やってみます……!」

 

 と、ガイは白兎に促されるように、剣を構え、先程の白兎の教えを思い出し、その動きをも思い返しながら剣を振る。

 ……確か……こんな感じで……! 

 腕を伸ばし、振り下ろす。すると、今までにない手応えを感じた。

 

「! あまり、痛くない……」

 

「はい。まだまだ無駄が多く、直すべきところは多いですが、先程よりはマシになりましたね。特に肘から手首の動きはそれなりに改善されてます」

 

「……はいっ」

 

 明確な手応えを感じて嬉しくなり、ガイはそのままもう一度剣を振ってみせる。しかし、

 

「あっ……」

 

「…………どうやら、疲労が溜まっている様子ですね」

 

 今度は自分でも分かるほどに素振りが乱れてしまい、白兎に吐息付きで呆れられる。彼女は頭を手で押さえながら、

 

「少し休憩すると良いでしょう」

 

「……はい……」

 

 ガイは白兎が言う通りに休憩をしようとそのまま地面に座り込む。

 すると白兎も、近くにあった木箱の上に飛び乗るように座り込み、

 

「せっかくですし、少し雑談でもしましょうか」

 

「雑談……」

 

「ちょうど聞きたいこともありますので」

 

 白兎はそう言って、少し間を開けた。何となく、思考をしている仕草のような気がしながらその言葉を待つ。

 するとややあって、

 

「先程、寝る前にも似たことを聞きましたが……貴方はどうして、剣や魔法を習得しようとしているのですか?」

 

「!」

 

 問いかけに身を硬くしたことを自覚する。

 それは確かに寝る前にも問いかけられたことであった。

 己が魔法や剣を覚えようとしている理由。それも剣に至っては、何となく後ろめたいこともあり、このように隠れて練習に励んでいる。

 ──言うべきかどうかを迷う。

 だが、この場を見られたことと、剣を振っているところを見られたことで、やはり言うべきだろうと思考が固まる。

 それにどの道、明日になれば彼女達はここを出ていくのだ。そういう意味でも、言ってもいいか、と思う要因となり、ガイはゆっくりと口を開いた。

 

「……弱いから」

 

「えっ?」

 

「弱いから……強くなりたいんです……一人でも、生きていけるように」

 

 最初の言葉は、小さすぎて聞こえなかったのか、意外で聞き返したのかは分からないが、再度、声を大きくして言う。

 それはガイの心の奥底に隠している願望のようなものだ。憧れにも近い。

 そして同時に、恐怖を抱えていることの証左でもある。

 ガイは震えそうになる手を自分で止めて、続きを口にする。

 

「以前は分からなかったけど、今は分かるんです。弱いと……生きていけない。強くないと、自分や周りの人がいなくなっていくんです」

 

「それは……」

 

 白兎がここに来て、初めて言葉を迷わせる。

 それは残酷かつ目を背けたくなるほどに、この世の真実だ。ガイは既に、その真実に薄々気づいていた。

 牧場で人間が虐められていた理由は? 自分が虐められていた理由は何だ? 母が死んだ理由は? 

 自分を拾ってよくしてくれた女主人が、自分を残して死んだ理由は何だ? 

 未だに一人で生きていけず、飼い主に迷惑を掛けている理由は何だ? 

 ──全部、弱いからだ。

 どうしようもなく。自分でも情けなく思えてくるほどに、自分は弱い。

 誰かに守ってもらわないと生きていけないし、弱いから誰かを守ることも出来ない。

 いずれ、今は自分を飼っているミストラルも、以前のように何かに襲われて唐突にこの世からいなくなるかもしれない。

 そうなった時に、あるいはそうなった後に、自分には何が出来るのか。また誰かに飼われて、その人が死ぬまで守ってもらう生活を続けるのか。

 それは嫌だった。

 だから、

 

「僕は弱いから……これからも生きていけるように、強くならないといけないんです。大切な人を、もう失わせないためにも」

 

 悲劇を指を咥えて見ているだけじゃ、何も変わらない。誰かが助けてくれることを期待しても、それが叶うかどうかは未知数。完全な人任せであり、弱い自分では天に祈ることしか出来ない。

 だから、強くなろうとしている。だが、

 

「……僕はこんなだから……強くなろうとしても無駄だとは思うけど……」

 

「……やはり貴方……右半身が……」

 

「……うん。だから何をやっても弱いままなのは変わらない。普通の人よりも、僕は圧倒的に弱いから……」

 

 右の顔を、右目を隠している前髪を掻き上げながら触れると、どういう訳か白兎もそれに気づいている様子だった。

 だが不思議と驚きはない。何となくだが、眼の前の何でも知っている強い人ならば、知っているような感じがした。

 

「でもせめて……弱くても、何かが出来る強い自分になりたい。無駄かもしれないけど、やらないと……僕は──」

 

 ──自分の弱さに負けてしまう。

 そう言い切る。それこそが、己の真実だからだ。

 今でもはっきりと思い出せる。殴られる痛み。大切な人を失う悲しみ。強い化け物と対峙した時の恐怖。弱いことで苦しんだことは幾らでもあった。

 その時の体験が、感情が、己の内側を掻き乱すのだ。

 今も油断していると、何かが芽生えそうになる。内なる声に耳を傾けそうになる。

 心に刻まれた傷が未だに癒えない。それを塗り潰すかのように、何かが噴出しそうになる。

 心を強くもつためにも、強くなろうとする行為を止めることは出来なかった。

 例え無駄だとしても。自分は──

 

「──無駄かどうかは、分かりませんよ」

 

「…………ぇ…………?」

 

 不意の上からの声に、ガイは顔を上げる。

 気づけば自分は座ったまま頭を抱えていて、声を掛けてきた相手、白兎は木箱から降りて再び己の近くまで距離を詰めてきていた。

 彼女はこちらを観察するように視線を向けながら告げる。

 

「……最初に見た時から違和感がありました。身体の中の音や、貴方の動きには、どうも右側だけ普通の人とは違う動き、普通と違う音が聞こえていましたから。それはやはり──右半身の五感を失っていることに起因するものみたいですね」

 

「……触れた感覚だけはあるけど……」

 

「触覚以外が存在しない。先天性か後天性か……それはともかく、病によって普通の人よりも劣ること。それが貴方のコンプレックスの原因の一つですか」

 

 それだけが原因かと言われても、自分では理解が及ばない部分があるが、その通りである。故にガイは小さく頷き、

 

「……だから僕は弱いままで……何をやっても無駄──」

 

「──くだらないですね」

 

「…………えっ?」

 

 今なんて? と言うように白兎を見上げる。しかし驚きで言葉が出てこない。

 自分の悩みを一蹴してなお、白兎は続ける。再度繰り返し、

 

「病で右側の感覚が無いから、なんだと言うんですか? 私に言わせれば、それこそ弱者の甘え。言い訳に過ぎません。無駄かどうかは、やりきってから初めて分かることです。少なくとも、やり始めて二ヶ月か三ヶ月程度であろう貴方が言えることではありませんね」

 

「っ……」

 

 言われ、ガイは心の中に不満の思いが生じる。

 それは軽々しく自分の悩みを否定されたことに対するもので、

 

「……あなたに何が分かる。僕の気持ちなんて──」

 

「ええ、少しは分からなくもないですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「────え」

 

 今度こそ、ガイは絶句した。

 生まれつき、目が見えない。視界が塞がったままだという白兎。

 それは、触覚以外の右側の感覚がないガイとはまた別の──いや、それ以上かもしれない生まれついての不幸であり、普通の人間と比べて、生まれつき重い枷を付けているに等しい。

 だがそんなことも感じさせない様子で、白兎は続ける。その赤い瞳を見開きながら、普通の人間と変わらない仕草で、

 

「ですが、見えないからといって不便を感じたことはあまりありません。色が分からないくらいですか。そちらは人から伝えられる想像力でカバーですね」

 

「……で、でも……見えないって……そんなの、どうやって……」

 

 ガイは言い難そうにしながらも、疑問を口にする。今日見ていた限りでも、白兎は普通に過ごしていた。

 人の顔を判別していたし、出来上がった料理を見て言い当てていた。音だけでは判別出来ないもののはずだ。

 しかしそのガイの考えを否定するかのように、白兎は答える。

 

「視覚以外の五感が優れているので問題ありません。私が見えている世界は、普通の人間と大差ない──いえ、それよりも多くの景色が見えていますよ」

 

 と、彼女はそれを証明するかのように、額に手を当てて、

 

「……今、居間にいる誰かが寝返りを打ちましたね。この体格、音から察するに、イヴさんでしょう。それと、ここから少し離れた道を通って、警備の兵が欠伸を噛み殺しながら歩いてきていますね。距離的に大丈夫そうですが、あまり大声を出すのは控えた方がいいかもしれません」

 

「────」

 

 言葉が出ない、とはこのことだ。無論、口から出まかせを言うことも出来るはずだが、白兎に嘘を言っているような様子は見受けられない。

 

「人や生き物の区別も、歩く際の歩幅や、空気を通る音。身体の内側から生じる音などで、体格から細かい顔つきまで普通に判別出来ます。ぶっちゃけ、貴方達のような視界に頼っている生き物よりも、見えていると自負しています」

 

「……す、凄いことを、平然と口にするんですね……」

 

「私にとっては当たり前の事です。それに、自分の長所は誇りに思うようにと、親には言われているので」

 

 ですが、と白兎はそこで言葉を区切って続けた。

 

「周りはそうは思わないので、幼い頃から、それはもう気を使われましたね。……ぶっちゃけ、今でも過保護なのは変わってませんが」

 

「か、過保護?」

 

 小さい声で最後に言ったことを聞き返すと、何でもありません、と声が返ってくる。どうやら色々と思うところがあるようだが、白兎はそれとは別に、自分の話を続けた。

 

「それでも、私に剣を教えてくれた父上は、目が見えないからと、娘だからと手加減はしませんでした。……何故だか分かりますか?」

 

「…………」

 

 ガイは少し考えた末に、首を振る。普通なら、そんなことは無理を通り越して虐待だと、客観的には言われるかもしれないことだ。

 だが白兎は言った。それは、

 

「──真剣勝負の世界に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ!」

 

 ガイは目を見開く。

 それは、目から鱗が落ちるような、己の胸に突き刺さるこの世の真実だった。

 白兎は続ける。ガイが衝撃を受けて怯んでいることも無視して、

 

「特に戦いの世界は厳しい。相手が能力のない一般人だから。足の弱い老人だから。まだ年端もいかない子供だから。才能もない凡人だから。目が見えないからといって、手加減してくれる世界ではないんです。相手はそこを突いてくるのが当然ですし、力の強弱なんてものは関係ない。強ければ生き残り、弱ければ死にます。戦いの場に出るのなら、どんな理不尽が襲ってこようともそれを是とする。その覚悟を以て望まなければならないと、父上は教えてくれました」

 

 弱い者が、戦いたくない者が戦う必要は何処にもないのだと言う。強い者に守られ続けることも、立派な生き方の一つ。強者に与することは、卑怯者の生き方と蔑まれる謂れはない。生物としては正しい姿であり、賢い生き方なのだ。

 だがそれでも。どうしても。

 どんな理由であれ、戦いに出るというなら、この世の理不尽に諍い続ける覚悟が必要なのだと、

 

「戦いは、良い意味でも悪い意味でも平等です。敵は貴方が弱いからと待ってはくれません。才能が無いから、身体に疾患を持っているからと手加減はしてくれませんし、寧ろ一般的に”卑怯”と呼ばれるような事をやってきます。そんな中で生き残り、勝利するには、実力でも運でも策でも何でもいい。何か明確な勝ち筋というものが必要です」

 

 だから、と白兎は、

 

「実力をつけるために、父上は私に厳しい稽古を課してきました。身体の動きに無駄が一つでもあれば怒られましたし、以前教えたことが出来ていないと、止めても構わないと突き放されました。戦いの厳しさを教え、()()()()()()()()()()、何度も問われました」

 

 ですが、と、

 

「私は視覚が見えないことで発達した視覚以外の五感を長所に、父上の教えを胸に、己の才覚を鍛え上げ続け、それなりに強くなりました。そうなることで、さすがの父上も剣の修行を止めろとは言わなくなりましたが、未だに戦いの場に出ることは殆ど許してくれません」

 

「それは……心配してるんじゃ……」

 

 そう言うと、白兎は僅かに複雑そうな表情を見せた。視線を横に外し、

 

「……無論、それもあるでしょう。それと、やはり父上よりも弱いことが原因でしょうね。未だに私は、昔の弱いままだと、戦いの場に出ても無駄になると思われているのでしょう。世界にはとてつもなく強い人も沢山いますし、その厳しさも確かに理解出来ます」

 

「……なら、どうして……?」

 

 何故、そこまでして続けられるのかと疑問に思う。

 今は強くなったとしても、強くなるまでには不安に思ったはずだ。

 自分よりも才能のある人に諦めろとまで言外に言われて、何故続けたのか。

 その答えは、

 

「……ええ、まあ。どうしようもない相手もいると理解はしてますが……生憎と私、諦めが悪いので」

 

 と、白兎は微笑を浮かべ、

 

「目が見えないから、とか、勝てないとか……そんなことは、()()()()()()()()()()()()

 

「……!」

 

 今日何度目かになる衝撃。白兎の強い言葉を、聞きようによっては、間の抜けた発言を聞いて表情を崩す。

 だが白兎の方は至って真面目な様子で告げるのだ。

 

「何事も、実際にやってみて、結果が出るまではどう転ぶか分かりません。生まれついての弱点が、長所に変わることだってあります」

 

「そんな、ことが……」

 

「ありますよ。貴方にも、同じ事が言えます。無駄かどうかはやってみるまでは分かりませんし、少なくとも道半ばの今に、今の自分が弱いからといって、諦める必要はないでしょう」

 

「…………」

 

 ガイは白兎の言葉に、己を見つめ直す。

 無駄だと心の奥底で思っていたはずの事は、まだ無駄になるかどうかは分からないと言われる。

 それが例え、何の根拠もない口だけの言葉だったとしても、自信に満ち溢れ、実際に強くなった白兎の言葉はガイの心に酷く響いた。

 厳しい言葉もあった。才能の有り無しは関係ない厳しい世界だとも教えられた。強いからこそ言える言葉かもしれない。

 だが、

 

「……僕も……いつかは強くなれるのかな……?」

 

 改めて問う。

 自分は強くなって、一人で生きていけるように。

 誰かを守れるようになるのかと、問いかける。

 白兎は微笑のままで、こう答えた。

 

「──“己を疑わないこと。剣の理は、その先に在る”」

 

「……それは」

 

「父上から聞いた、私が好きな教えの一つです。己を信じ抜くことこそが、剣の理に到達するための道筋の一つだと聞きました」

 

「道筋の一つ? ってことは──」

 

 ええ、と白兎が頷く。それは、

 

「剣の理は一つではありません。つまるところ、強くなるための道筋は一つではないということ。貴方は、貴方だけの理を追い求めればいいんです」

 

「自分だけの……理……」

 

 言葉を反復する。

 言葉だけで言っても、完全に理解するには程遠い。

 しかしその言葉は、己が強くなるための動機付けには十分なものであった。

 だが、

 

「……ですがまあ、それはそれとして、限界に突き当たることもあるでしょう。幾ら努力しても、才能に負けてしまうことも多々ありますし」

 

「え、ええっ!?」

 

 水を差すような言葉に、ガイは驚愕の表情を浮かべる。

 先程も言われていたが、それにしても冷たく厳しい言葉だ。

 冷水をぶっかけられたかのような感覚を得つつ、釈然としない表情で白兎を見る。

 すると白兎は不敵に笑みを浮かべ、

 

「ふふん。そういう時はどうすればいいか知ってますか?」

 

「……どうすればいいのさ」

 

 多少不満に思いながらも分からないので問いかける。白兎は自分の胸に手を当て、自慢気に胸を張ると、

 

「強い人や、周りの人に頼ればいいんですっ!」

 

「…………それだと、今と一緒じゃ……」

 

「言ったでしょう。現実は厳しいんです。強くなるまでは、結局のところそうやって生きるしかない場合もあります。ですので──」

 

 と、白兎はそこで手を差し伸べて言った。

 

「これも何かの縁ですし……せっかくですから、私が貴方のお友達になってあげます」

 

「え……えっ?」

 

 予想外の言葉を告げられ、思わずきょとんと頭に疑問符を浮かべてしまう。

 だがその反応が不満だったのか、白兎は浅く眉を立て、

 

「言っておきますが、私は超強いので、友達を守るくらいは朝飯前です。友達は大切にするものだと父上に教えられていますので、損はさせませんよ」

 

 後半はやはり胸を張りながら言う白兎。

 それに対し、ガイは困惑し、

 

「……で、でも僕……友達って初めてで……」

 

「……ふむ、なるほど……ぼっちですか……なら尚更、この友達の多い私が友達になってあげますよ!」

 

「……別にそこまでじゃ……」

 

 有り難いが、ちょっとイラッとしてしまう。

 だが嬉しい気持ちが湧いているのも事実だ。今まで、同年代の子供と友達と呼べるほどに仲良くなったことはない。

 だからというわけでもないが、

 

「……友達って、何をすれば……?」

 

「別に何をせずとも友達は友達です。まあ今日のところは直ぐに別れることになりますけど、たまに遊びに来てあげますし、ガイさんが成長したら家に招待しますので一緒に遊びましょう」

 

「! ……う、うん……」

 

 名前で呼ばれ、遊びにも来ると言われ、ガイは途端に嬉しく思ってしまう。

 初めての友人が出来たというだけだが、心が温かくなるのを感じて表情を綻ばせていると、

 

「そうですね……では、これをどうぞ」

 

 と、白兎が懐に手を伸ばし、何かを取り出すとそれをガイに手渡す。

 渡されたのは、何やら紋様が描かれたコインだ。

 

「これは……?」

 

「まあ、身分証明が出来るものです。それを持っていれば私の家に来ても捕まるようなことはありません」

 

「……どんな家なんですか……?」

 

 家に行くだけで捕まるとか、想像もつかないのでそう聞く。しかし白兎は口端を軽く上げると、

 

「今は秘密です。大人になったら教えてあげますので、楽しみにしといてください」

 

 ふふん、と意味深に笑みを浮かべて言う白兎。それを聞いたガイは半目で、

 

「……そっちもまだ子供じゃ……」

 

「──誰が子供ですかっ! こう見えても私は立派な大人です! 子供っていう奴はぶっ殺しますよ!?」

 

「え、ええっ!? そんなに小さいのに……! 嘘じゃ──」

 

「嘘じゃないです! 次小さいって言ったら斬りますからね!」

 

 真夜中に、騒ぎ合う声が響く。

 あまり大声を出すのはよろしくなかったが、ガイは初めての友人が出来た喜びでそれを忘れ、思わずはしゃいでしまっていた。

 そして思う。これからも、頑張ろうと。

 明朝、白兎達が家を出ていくところを見送りながら、ガイは僅かな希望と友人を得てそう思ったのだ。




レオンハルト「男友達なんてそんなもの、パパは許さないからな!!」

スラル「……戯骸はいいの?」

レオンハルト「ホモは(多分)無害だからノーカン!」

次回、荒ぶるレオンハルト。お楽しみに
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