魔王城。人間にとって世界一危険な場所と呼ばれる魔王の居城。
しかし、魔物にとって世界一安全な場所かと言えば、そうとは限らない。
「はぁ……はぁ……っ!」
魔王城の廊下で息を乱し、焦った様子で走る魔物隊長がいる。
彼はこの魔王城の警備を行っている部隊に所属する兵士であり、魔軍に入ってまだ数ヶ月という新兵でもあった。
だが世界を支配している魔軍の一員になれた上、元々力があったことから直ぐに隊長に昇進出来たという喜びも束の間、魔物隊長は、この魔王城という勤務場所の危険さを思い知っていた。
ある意味で、その危険地帯から逃走しつつ職務内容に従い、謁見の間へ、もしくはその道中でそれを止めることが出来る誰かしらに会えないかと探して回る。
しかし結局は誰にも会えず、そのまま謁見の間へと辿り着いた魔物隊長は、切らしかけた息を整えつつ、その場にいた大柄の魔人に報告の声を上げた。
「──し、失礼します、ノス様!」
「……ふん。騒々しい……何があった?」
主のいない謁見の間にいたのは、魔人ノス。
魔人四天王にも名を連ねる、言わずと知れた強大な魔人の一人で、魔王ジルの側近を務める大柄で茶色い岩のような肉体を持った老人である。
強大な力を示すような、その物理的な圧力を持った存在感を感じて畏怖を覚えつつも、魔物隊長はノスの問いかけに答えた。震える声を抑えながら、
「い、一階の西側の廊下で、魔人レイ様と魔人レキシントン様が喧嘩を始めました!」
「……またか。懲りぬ奴らよ」
ノスは魔物兵のその報告を聞いて、半ば呆れるような響きで声を漏らす。
魔人レイに、魔人レキシントン。どちらも血を好む魔人の中でも特に血気盛んな魔人達だ。いざこざが絶えない二人でもあり、他の魔人に喧嘩を吹っ掛けることも多々ある困った連中。
ノス自身も、魔人同士での喧嘩を行うことはあるが、主の事が最優先であるため、時と場合、場所は弁えるし、無闇矢鱈に喧嘩をすることなどしない。血湧き肉躍る闘争は、何の憂いもない状態で行うのが望ましいものだ。
だが、レキシントンやレイは違う。レキシントンは馬鹿で後先考えないので、好き勝手思うがままに行動するし、レイに至っては気に入らないことがあれば暴れる、そこらのチンピラでしかない。
どうせやるのであれば、魔王城とは別の場所でやればいいものを、と思うも、レキシントンはともかく、レイはジルを慕っているため、割と頻繁に魔王城を訪れる。
つまり今日は運が悪く、彼ら二体が偶然鉢合わせしてしまったのだろう。
「……あのレイのことだ。レキシントンの挑発にでも引っかかったのであろうな」
「け、喧嘩の原因は分かりかねますが、とにかく、このままでは周囲の損傷が……!」
「全く……あの馬鹿共めが……」
確かに、下から振動が響いてきているし、魔人の闘気とも言うべき戦いの気配が感じられる。
この魔王城は魔王の居城として設計されていることもあり、魔人が多少暴れても平気なくらいには頑丈ではあるが、それでも絶対に破壊出来ないというほどではない。
魔人が本気を出して攻撃すれば、城の一角とはいえ、それなりの被害が出る可能性がある。
多少であればともかく、あまりにも騒ぎすぎるようであれば止めるのが側近であるノスの役目でもある。
「一階、西側の廊下であったな……」
「はっ! 現在は、イヴァン大将軍閣下が被害を抑えようと部隊を率いております!」
「奴か……とはいえ、魔物大将軍には荷が重い」
魔人や使徒を除いた魔軍の最高位である魔物大将軍の内の一体とはいえ、魔人の喧嘩を止めることは難しい。
若い魔人であれば魔物大将軍でもそれなりにやれる可能性はあるが、そもそも無敵結界を突破出来ないので戦闘にならないのだ。イヴァンであれば相性は悪くないだろうが、無敵結界だけはどうにもならない。放って置くとイヴァンが突っ込んでいき、喧嘩の被害が拡大する可能性もある。
故にノスは早速向かおうとした。喧嘩を止める。つまり、二体とも叩き潰してしまえばいい。そのことに対する、僅かな喜悦を覗かせながらも、魔王ジルに対する忠誠を示すために忠実に動こうとしたところで、
──魔王城に、激震が走った。
「──!」
「ひぃっ!?」
眼下から伝わる振動と轟音。魔物隊長がその場でよろけ、ノスもよろけることこそなかったが、その場で足を止める。
「この気配は……」
そして感じた気配。それを読み取り、何が起こったのかを大体察する。
「……ふん。どうやら、喧嘩は終わったようだな……」
「え、えっ?」
つまらぬ、と言わんばかりに鼻を鳴らすノスに魔物隊長は頭に疑問符を浮かべるが、一々説明する気も起きない。
魔人二体の喧嘩。それを止めることの出来る人物など限られている。
この城にいる者の中であれば、尚更少ない。自分と主ではないとすれば、残りは一人しかいないのだと、ノスは興味を失ってその場から退出した。
──それは、ほんの少し前のこと。
「おっらあああああああああああああッ!!」
「──潰れろ!!」
魔王城一階では、人外の戦いが巻き起こっていた。
その場に生じる現象はどれも苛烈。
轟音と共にその場に吹き荒れる雷や、怪力で地面や相手を穿った際に発生する衝撃波に振動。
髪を逆立て、怒りと共に放電し、喧嘩スタイルの肉弾戦を行う魔人レイと、その豪腕で二本の巨大な金棒を巧みに操り、雷に撃たれながらも鬼の打たれ強さで全てを受けきりながら修羅の笑みを浮かべる魔人レキシントンの戦闘は、並の生物では立ち入ることが出来ない魔境となっていた。
少しでもその場に近づけば、飛んできた流れ弾の雷や瓦礫に激突し、その命を落としてしまうこともある。
故に魔王城に勤務する警備の魔物兵達は、魔物隊長や魔物将軍も併せて、遠巻きに怯えながら眺めることしか出来ないでいた。
「ぎゃあああああっ──!?」
「ま、また雷が来たあ──!?」
「い、いかん! 下がれ! 後退だ!」
「く、くそ……こんなの止められるわけねぇだろ……!」
また一体の魔物兵が稲妻の打撃を受けて崩れ落ちる。それを見た魔物将軍の指示によって、兵達がまた後ろに下がった。
魔物兵達の誰も彼もが、魔人の戦闘に恐れを抱き、この場を放棄して逃げ出してしまいたい思いを抱える。
だが、それは出来ない。
兵としての使命感ではない。逃げれば、別の意味で危険であるからだ。
そんな魔物兵達が恐れるもう一体の存在は、最前線。黒焦げになった魔物兵の近くにいた。
「い、イヴァン様! お下がりください!」
「…………」
副官の魔物将軍が思わず声を掛ける。
その声の先にいたのは、巨大な魔物だ。
体長3メートル。重さは2トンを超える巨躯を持つ魔物は、中心にある胴体部分に人間の顔のようなものを浮かばせており、手には僧侶が持つような黄金の錫杖を手にしている。
そんな魔軍であれば誰もが知るその魔物こそが、世界で同時に7体までしか存在することが出来ないと言われる魔物大将軍の内の一体。魔物大将軍イヴァンである。
そんな彼は、黒焦げとなった魔物兵を見下ろすと、
「……お、おお……何ということだ……!」
錫杖を持ってない方の手で顔を覆い、悲しみに打ちひしがれたように片膝を床に突くと、
「我が兵士が、よもやこんなところで魔人の方々の喧嘩に巻き込まれて天に旅立ってしまうとは……っ!」
涙を一粒零し、魔物兵の死に心底悲しんでみせる。そこへ、
「い、イヴァン様! そこは危ないです! 早くこちらへ!」
「おお……天主よ……! 我が身を案じてくださるとは……しかしそれよりも、今しがたそちらへ旅立っていった我が子らをよろしくお頼み申す……!」
「天主じゃありませんから!? 正気に戻って下さい!」
副官の魔物将軍が10体ほどの兵を引き連れ、必死になってイヴァンの元に駆け寄り、その身体を皆で引いて下がらせる。体重差が物凄いのでかなり苦労していると、
「……む、曲者か!?」
「へぶんっ!?」
途中で引っ張られていることに気づいたイヴァンが、背後の魔物兵と魔物将軍を振り払う。
魔物大将軍の巨体。それほど力を込めていないとはいえ、軽い突き飛ばしを食らった彼らは軽傷を負ってしまう。
だが何とか正気に戻ってくれたのか、イヴァンは彼らを見て、
「ん、何だ。我が兵らではないか。どうした? 礼拝の時間か?」
「礼拝ではなく、任務中でありますイヴァン様!!」
「おお、そうであったな。任務中、それも魔王城の警備の最中であった。どれ、私が指揮を──ん?」
と、部下に言われて自分が何をしていたか思い出すイヴァン。だがそこで、魔物将軍や一部の魔物兵の傷を見て動きを止めると、
「その怪我は……! 誰にやられた!? くっ、我が兵を傷つけるとは、何と卑劣な……!」
「──アンタだよ!!」
「もとい、魔人の方々なのでその発言は色々とまずいかと!」
魔物将軍と魔物隊長が続けてツッコミと注意を行う。イヴァンの軍から連れてきた者達であるためか、そのやり取りは大半の兵達にとっても見慣れたものであった。しかしイヴァンはそれすら聞いていないのか、杖を怪我をした者達に向けると、
「ふむ、とりあえず、治療をしてやらねば……“回復の雨”!」
「おお……!」
イヴァンが神魔法で部隊の面々の治療を自ら行うと、怪我をしていた者達が感嘆の声を上げた。
魔軍の中では比較的珍しい神魔法の使い手であるイヴァンの治療は、イヴァン個人の能力の高さも相まってそれなりに効果が高いものだ。
再び満足に動けるようになった彼らを見て、イヴァンは錫杖で地面を突き、満足そうに頷く。
「さあ、我が敬虔なる兵達よ……これで傷は癒えたであろう。己が使命を思い出し、再び任務に励むがよい……!」
「あ、ありがとうございますイヴァン閣下!」
魔物兵達は治療してもらったことに礼を言う。だがその裏でひそひそと、
「……きょ、今日は大丈夫なのか……?」
「大丈夫な筈だ……世話係の話だと、今日は朝起きてからずっと良いことしか起こってないらしいし、まだまだ爆発はしない……と思う」
「と、とりあえず怒らせないように注意しろよ……! この状況でイヴァン様が怒ったら、それこそ目も当てられない大惨事になっちまう……!」
魔物兵達は優しいイヴァンを見ながらも、その動向に注意し、彼が何かをする度に身体をビクッと跳ねさせる。魔物隊長や魔物将軍もそれは同じで、周囲では甲斐甲斐しくイヴァンの世話、もとい護衛をするために付かず離れずの距離を保っていた。
それだけ、部下にとってイヴァンは怖ろしい上司なのである。
だがそれも、怒らせればの話。彼を怒らせるような何かを起こさなければ、イヴァンはずっと部下の怪我や死に嘆き悲しむ優しい存在だ。
だが、
「──む?」
「あっ、やば──!?」
不意に、宙を走って雷が飛んでくる。
魔人レイが放ったそれは、真っ直ぐにイヴァンに向かっていくと、
「──!!」
「い、イヴァン様!?」
「ま、まずい……!」
──雷撃が、イヴァンに直撃した。
魔人の放った雷の威力は、魔物兵をまとめて黒焦げにしてもあまりある威力。
それが直撃して、無事でいられるはずがない。そう思うのが普通だ。
だが、イヴァンをよく知る者達が心配しているのは、それとは全く別のことだった。
雷を受けたイヴァンが動きを止めて無言になっている。
彼の身体を跳ね回った電気が宙に消え、僅かな残滓として煙と帯電を起こしている。
そんな中で、
「──き……」
「い、イヴァン様!! そういえば今日は、イヴァン様が好きな──」
魔物将軍が咄嗟に機嫌を回復させようと言葉を尽くそうとするが、遅い。
イヴァンの周囲からは、消えて無くなった筈の雷が何故か復活していた。
「き、貴様アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──ッ!!!」
イヴァンが杖を地面に向かって思い切り叩きつける。
腹の底から全力で放出する怒声と共に、イヴァンの巨体から発生したのは──稲光だった。
「ッ! 総員、退避!」
魔物将軍が部下に命令を下す。しかしその瞬間、雷はイヴァンの周囲を貫いていた。
「────っ!?」
「ぎゃあああっ!?」
「ぐべぇ──!?」
「じぬうううう──」
逃げ遅れた数十体の魔物兵が、雷に身体を貫かれて即座に黒焦げの肉の塊と成り果てる。
それは魔人レイが放ったものではなく、魔物大将軍イヴァンが放った雷であった。
だが、自分の雷で部下を殺しながらも、イヴァンはそれを見ていない。彼の視線は、二体の魔人しか見ていなかった。
目を真っ赤に血走らせながら、
「貴様らぁ……! この我に雷なぞ食らわせおってええええええええ!! それほどに天に行きたいのであれば行かせてやる……!! 我が怒りを受け止めろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
大音声で己の怒りを口に出し、それを見た魔物兵は恐怖した。
「い、イヴァン様が怒ったぞ──!?」
「ここにいると俺らまで巻き込まれちまう……!」
「今直ぐ逃げねぇと……!」
一瞬でパニックに陥る魔物兵達。
理不尽を受けて怒りが頂点に達し、我を忘れたイヴァンの周囲にいれば、ただですまないと彼を知る誰もが知っているのだ。
だが、その怒りはまだ魔人に向いている。兵達にとってそれは僅かな救いだが、魔物将軍や魔物隊長からすればそれは救いでも何でもなかった。
「お、お待ち下さいイヴァン様!!」
「!」
一体の魔物将軍が、覚悟を決めてイヴァンに制止の声を投げかける。
イヴァンの顔が魔物将軍の方を向くと、
「……何だ貴様ぁ……我の怒りを止めおって……! まず貴様から死にたいかああああああああああああああッ!?」
「お、恐れながら申し上げます!! 幾らイヴァン様とはいえ、相手は魔人であります!! さすがにそれは無茶であるかと愚考致します!!」
魔物将軍は言い切る。それはイヴァンの身を案じるがゆえの本心だった。
イヴァンは一度怒れば、その怒りをもたらした相手を殺害する。それはどんな相手であっても変わらない。さすがに魔王のような相手に怒ることこそないが、前に牧場の人間が些細な事でイヴァンを怒らせた際には、その場にいた数百の人間だけでは飽き足らず、近くにあった人里を探し出して単身で突撃し、滅ぼしてしまった逸話すらあるのだ。
そしてその殺戮は時に部下にも及ぶ。止める事の出来る相手は限られているため、怒りが収まるまでは逃げるしかない。
だが、魔人に向かっていくことを放置することも部下には看過できない。
故に具申したのだが、
「……貴様、今なんと言った?」
「……え、ですから──」
「──我を誰だと思っているッ!!」
と、再度言葉を告げようとした直後、それを差し止めるかのように、
「この我が……あの程度の攻撃に怯むとでも思うのかッ!? あの程度の雷なんぞにぃ……!」
「で、ですが相手は魔人でありまして──ぎゃああああっ!?」
瞬間、魔物将軍はイヴァンの雷をその身に受けた。
「貴様アアアアアアア!! まだ言うか!! このッ……貴様は粛清だ……!!」
「ァ……ぐぅ……ッ……」
黒焦げとなった魔物将軍が地面に沈む。
だが、それだけではイヴァンの怒りは収まらない。
「貴様らも……! 何を逃げようとしておる……! そんなに我の怒りを受け止めるのが怖いかアアアアアアアアアアアアッ!?」
「ひいいい!? 将軍がやられたああああ!?」
「こ、こっちにも来るぞ!! 逃げろ!!」
「お、おやめ下さいイヴァン様!? うああああああああっ!?」
蜘蛛の子を散らすように魔物兵がその場から逃げようとする。
しかし、イヴァンは黒焦げにした魔物将軍の胴体を手で掴むと、そのままそれを持ち上げ、
「オオオオオオオオオオオオオ!! 貴様らは粛清だァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「やめ──ぎゃあああああああッ!!」
魔物将軍を魔物兵の真ん中に雷撃を纏わせてから投げつけ、また数十体の魔物兵が雷に撃たれて焼け死ぬ。魔物大将軍の魔人級の身体能力で魔物兵を容赦なく殴り殺し、巨体で踏み潰し、逃げる魔物兵は雷撃で後ろから撃ち抜いていく。
だがそれをしてなお、イヴァンの怒りは収まらない。その大本を消さなければならない。
「──この若造がアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ッ……!」
「あん?」
喧嘩の最中であった魔人レイは突然、全力で突撃してきた巨大な魔物に目を向け、魔人レキシントンも割って入ってきた魔物大将軍に首を傾げた。
「誰だテメェは……!」
「我を知らんのかアアアアアアアアアッ!! なら死ねぇええええええええええ!!!」
「っ……こいつ……!」
戦闘中の魔人レイに横からタックルを仕掛けたイヴァンは、そのままレイを全力で掴んで壁に向かって突撃していく。
レイは不意に現れた魔物大将軍に眉を顰め、更には自分の雷が殆ど効いていない事実と、魔物大将軍だというのに魔人に逆らって攻撃してくるイカレっぷりに更に表情を険しくした。
だが、一番ムカついたのはそこではない。不意打ち気味であったせいもあるが、タックルを振り解けずにレイは思わず舌打ちをした。
魔物大将軍の3メートルの巨体。体重2トンの重量。魔人クラスの膂力。そして体勢の悪さと雷が効かないことによって、レイは初めて経験する体当たりからの組み付きを食らっていた。
「オオオオオオオオオッ!!」
「ッ……この、イカレ野郎が……そんなに死にてェなら、望み通り消し飛ばしてやる……!」
「ハハハ!! なんだか知らんが面白い! 儂もまだまだ暴れてやるぞ!!」
タックルで押して、そのまま壁に激突してレイを力の限り叩きつけると、無敵結界でダメージこそないが、魔物に投げ飛ばされ、壁に叩きつけられたという事態にレイも怒りのボルテージを上げる。
更にはレキシントンも喧嘩の相手が増えたことで楽しそうに金棒を振り回し始めた。
「く……ど、どうすれば……!」
逃げることなくその場にいた魔物将軍は、もはや収拾がつかなくなってきた現状に頭を抱える。
一応部下をやって、誰かしらに止めて貰えないかと他力本願な手は打ったが、それはまだ期待出来そうにない。
とはいえ、このまま三体の化け物の喧嘩を放置しておくと、城の破壊が拡大していく可能性が非常に高い。
そして何も手を打たずにここに居続けること自体も、魔物将軍の身を危うくしている。
逃げるか残るか。何か別の手を打つのか。
ああでもないこうでもないと頭を振りつつ、そうしている間に三体の喧嘩が始まろうとしている。いっそのこと、現実逃避して部屋にでも閉じこもってやろうかと駄目な考えが頭に過り始めた時だ。
「────どいてろ」
「へ……? あっ……!」
不意に響いた通る声に、魔物将軍は間の抜けた声をあげ、そして顔を青褪めさせる。
その相手の威圧感。言いようもない恐怖を感じて、思わず後ろへ後退る。
それはとても頼もしい援軍に違いなかった。
しかし、明らかに不機嫌な相手の様子に、魔物将軍は本能から腰を抜かし、直視することを恐れた。
魔物将軍がその赤い瞳から逃れるように顔を背けて頭を抱えているその間に、その人物はゆっくりと喧嘩をしている三体に近づき、
「──おい」
「あん? 誰──っ……!?」
魔人レキシントンが不意の声に振り向こうとした瞬間。その巨体が、轟音と共にふらりと揺れて倒れる。
「っ……今度は何だ……って──」
「アアアアアアアアッ!? 誰、だ──」
普通では起きないような音を耳にし、レイもイヴァンもレキシントンの方に顔を向け、そこで表情を変化させた。
ふらりと前に倒れるレキシントンの後ろから出てきた人物。その顔と、尋常ではない存在感を察知した瞬間、最も露骨に変化したのはイヴァンの方だった。
レイの方は、軽く舌打ち。嫌な奴が割って入ってきたと相手を睨む。
だが、比較的慣れているレイから見ても、今の相手は──明らかに不機嫌な様子だった。
「…………」
「う……ぁ……ち、違うんです、レオンハルト様……これは……っっっ──!?」
次にやられたのは、イヴァンだった。
イヴァンは顔を青褪めさせ、必死に言い訳をしようとする。既に怒りは消え去り、そこには恐怖の色しかない。
だがその鋭い瞳から逃れようとした瞬間、イヴァンは顔を壁に叩きつけられ、城が揺れるほどの一発を受けて気を失ってしまっていた。
それを見ていたレイは、じり、と僅かに右足を後ろに下げてしまった自分に苛つきつつ、
「……随分と苛ついてんじゃねェか──レオンハルト」
「…………」
相手の魔人。相変わらず自然と見下されているようにすら感じるその鋭い威圧的な視線を向けてくる魔人レオンハルトに、レイは話しかけた。
だが、レオンハルトは言葉を返さない。いつもならムカつくくらいに説教じみた言葉を掛けてきたり、相手にされずとも馬鹿にするような発言を返してくるはずだ。
だが今はそんな気配すらない。鬱陶しいくらいに、重圧だけを感じる。
その対峙は猛獣を思わせた。いや、猛獣なんて生易しいものではない。怪物や化け物という言葉が相応しいだろう。
己の力ではどうしようもない強い生物が、眼の前で不機嫌になっている。
それは並の人間であれば、その場にいることすら耐えられない。
生物としての格が違う相手からの威嚇にも似た気の奔出は、その場にいる弱者の敵意や戦意を奪ってしまう。
事実、レイは今更ながらに気づく。先程まで外野で騒がしかった魔物兵の声が聞こえない。
皆、レオンハルトの背後──彼が通ってきた道の途中で気絶してしまっていた。
多少耐性のある一部の魔物隊長や魔物将軍の中には気絶していない者もいるが、それでも猛獣がこの場から立ち去ることを影でやり過ごそうとするように、膝を突いて震えている。
それは服従の誓いだ。
一種のカリスマであり威圧を受けた彼らの、防衛本能から来る全力を懸けた生き残る為の行動だ。
従うから助けてくれ──そう言わんばかりの行動であり、そうすることで心の均衡を何とか保っているのだ。
同格の生物である魔人のレイにも、問答無用で襲いかかるその気に、レイは眉を顰めつつ口を開いた。一撃で沈まされて床で呻くレキシントンや気絶したイヴァンを横目で見ながら、
「随分とまた化け物になりやがって……それとも、それがお前の本気か?」
「──お前程度に、本気など出すか」
「ッ……テメェ──ッ……!?」
とうとうレオンハルトが口を開いた。
だがそのレイにとってムカつく言葉を聞いた瞬間、レイは自分の腹に突き刺さる拳を受けて、悶絶して倒れ込む。
尋常ではない力。魔物将軍程度なら粉々になるレベルの力で殴られ、さすがのレイも声を発する事も出来ない。
気を失うことは無かったが、床から見上げるレオンハルトの眼は、いつもより格段に冷たく、見ているだけで、見られているだけで身体が冷えていくような感覚を得た。
だがレイには、その気に覚えがあることにも気づく。
魔王ジルが発する、恐怖を誘発させるような気にも似ているのだ。
最強の魔人が発するそれは、畏怖というのが近いが、化け物じみた存在感であることには変わりない。
速度はそれほどでもない拳を避けきれなかったのも、いつもよりも格段に重い圧力を感じていたからだ。
レイは、その場から去っていくレオンハルトの後ろ姿を見ながら、何故これだけ不機嫌なのか、その理由が気になりつつ、再戦を己に誓った。
そろそろストレスがヤバい。なんで怒ってるんだろうなー?(前回までの話を思い返しながら)
何気に、レオンハルトが恐瘴気じゃないけど、似た何かを初めて発しました。でもあんなに危険なものではないよ、多分()