その部屋の空気はいつもと比べて、とても静かであった。
主の性格を表すような実用性を重視した調度品は、その建物の厳かさに負けない程の最高級品ばかりでありながら、下品になりすぎないように配慮しているのか、派手さはそれほどでもない。成り上がり者が陥りがちな、自分の地位や名声、権威を見せつけるために用意させた、取って付けたような綺羅びやかなもので部屋を埋め尽くすような真似はしない。自分が単純に気に入ったものを置き、気に入らない物はどれだけ高級だろうが置かず、汚れれば取り替える、そんな普通の部屋の配置は、この建物の所有者にとって、このレベルの生活が特別でもなんでもない、“普通”であることを表している。
故に部屋の物が壊れようとも、決して怒ることもない。器の狭い者や、余裕のない者であれば壊した相手の責任を厳しく追求し、貴重な品を失ったことに憤るだろうが、本物の支配者であれば多少の財を失ったところで怒りはしない。真に世界の支配者であるのならば、財など幾らでも調達出来るはずだからだ。
だが、己が真に大切にしているモノ──替えの利かないような人や物が傷つけられるようなことがあれば、その支配者とて感情を持つ存在だ。怒ることもあるのが道理である。
故にその赤い城の主である魔人レオンハルト、その影はこれ以上ない程に不機嫌であった。
「…………」
部屋にあるどんな高級家具や調度品、万人を感嘆させるような芸術品であっても、二千年の時を生きる怪物の存在感には敵わない。例え本物には及ばない影であっても、その鋭い目つきとその中にある赤い瞳を向けられれば、並の人間は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなるだろう。
これはどの魔人にも言えることではあるが、そもそも魔人というだけで通常の生物とは生物としての“格”が違う。
彼らはこの世を支配するために生み出された、謂わば生まれながらの王だ。魔人としての生を受けた瞬間から、彼らは地上のあらゆる生物を凌駕する力を持つ。
弱き者が淘汰され、強き者だけが上に立つ暴力の世界に生きる彼らは、鍛えれば鍛えるほどにその身に纏う存在感を増していく。
カミーラ、ケッセルリンク、ノス、ケイブリス──長い時を生き、魔人の中でも強者と呼ばれる者達であれば、皆一様に通常の魔人のそれを増幅させたような、その場を支配するような気を纏わせるものだ。
若い魔人が血気盛んに暴れようとも意にも介さない。同格の化け物ではあっても、歩んできた歴史が、経験が、実力が違う。
もはや、彼ら自体が一種の芸術品といっても差し支えない。最強の魔人と謳われるレオンハルトであれば、幾度もの戦場を経験しながら研ぎ澄まされた刀剣の如く、鋭く見る者を畏怖させる修羅の気を纏うものだ。
加えて容姿も男性として極まっているともなれば、その気も相まって、男性は単純に憧れ平伏し、女性であれば魅了される。次元の違う存在に嫉妬など覚えない。一体誰が、空に浮かぶ太陽や月、星々に嫉妬などするだろうか?
凡百の存在は、ただ見上げてその恩恵を享受するのみ。畏怖するか、憧憬を覚えるか、魅了されるか、恐怖するかは、見る者の心次第である。敵対する者には容赦なく降り注いで焼き尽くしてしまう灼熱の光であっても、内側にいる者にとっては何よりも安心出来る温かい光でしかない。敵にとっての英雄は憎むべき大量殺人者だが、味方にすれば何よりも頼もしい英雄でしかない。
つまるところ、彼は彼でしかない。
周りは彼の気に様々な反応を見せるが、レオンハルト個人は単純に不機嫌というだけなのだ。
そこには周りを威圧して怯えさせるような意図はない。問題を起こすような、仲が特別良くない同僚程度の相手であれば、機嫌が悪い分、多少キツい感じになってしまうだろうが、その程度でしかないのだ。
つまり──普段は修行がてらかなり抑えている自分の気を、不機嫌さから抑えることが出来ていないだけである。
仕事をしている大人の男性が、嫌なことがあってちょっと周りに気を使う余裕がない事例と大差ない。
先程も本体の方が、起きた問題に対していつもとは比べ物にならないほどにイライラしていたが、思わず怒気を抑えなかっただけのこと。
レオンハルトという強大な存在がやっているからこそ恐れられ、噂が広がるほどに大事になってしまっているのだ。
実はその不機嫌さを引き起こした事件は、別に魔人同士のいざこざでも何でもないというのに、魔物界では魔人レオンハルトがここ数百年で一番の怒りを見せていると戦々恐々とし、ありもしない怒りの原因を考察されていた。
だがその原因は、一般家庭でも起こりうるような、謂わば普通の事件である。
魔人レオンハルトの影はその事件を憂いて、執務室のソファーに腰掛けて前かがみに俯いていた。
もしここに、並の人間が現れようものなら、泡を吹いて倒れることも有り得る──そんな場所にノックの音が響き、程なくして入室してくる者がいた。それは、
「──失礼致します。ご主人様」
「……メイド長か」
その部屋に入ってくるなり、優雅に一礼をしたのはこの紅魔城のメイド長を務める女の子モンスター、メイド長さんだ。
彼女は普段と全く変わらない柔和な笑みを浮かべ、魔人レオンハルトもいつもより低い声でありながらも応対する。恐れているような様子は見られない。
そもそも恐れる必要など、彼の身内にとってはない。不機嫌だといっても、身内に当たるような彼ではないし、そもそもその理由が思わず苦笑いしてしまうようなものである。
故にメイド長さんも、他の者達の例に漏れず、レオンハルトに普段通りに接した。笑みのままで、
「そろそろ昼食のお時間ですが如何致しましょう。ここに運ばせますか?」
「……いや、いい。料理長には悪いが、今日は食欲が湧かないからな」
「左様で御座いましたか。ではその様に。それと先程、魔人ケイブリス様の使者の方から言伝が」
「……内容は?」
「はい。急用が出来たので、予定した訪問をキャンセルしたいと。代わりに貢物を献上致しますので、平にご容赦を──とのことで」
「……分かった。構わない。貢ぎ物はいつも通りの対応をしてくれ」
「畏まりました」
メイド長さんが了承。レオンハルトの方も、言葉の上では普段とそれほど変わりない。
分身であるため、そもそも食事は本体以上に摂る必要がないもので、配下の者達が分身であってもレオンハルトはレオンハルトだと言うので食事休憩も一応いれたりしているが、いらないといえばいらないものだ。
ケイブリスの用事にしても、別にキャンセルだと言うならそれで構わない。元々貢ぎ物を送るためにケイブリスが定期的にやってくるだけのものだ。
言伝の内容はメイド長さんや使者を介して送られてきたものだから普通に聞こえるが、本当のところは、噂を聞きつけたケイブリスがビビって急遽訪問を取りやめたというのが真実である。しかし、レオンハルトはそれとは気づかず──というか、あまり気に留めていないので理由を推測することすらしていない。
メイド長さんが報告を終えて、他に何かありますかといつもの様にメイドとしての職務を全うしていると、再び部屋を訪ねてくる者がいた。それは、
「あなた様──と、何をしているのですか?」
「……紅月か」
と、やってきたのは和服を着た黒髪の美女。
レオンハルトの下級使徒であり、副メイド長の一人。そしてレオンハルトの娘の母親でもある紅月であった。
彼女はレオンハルトが未だに落ち込んでいるであろうと彼を慰めようとやってきたところであったが、その姿を見るなり目を細くする。レオンハルトの手元にあったもの、それは何かと彼の口から、
「……白兎が前に作ってくれたお菓子だ。ふ、ふふ……やはり美味いな……」
「なっ……! ま、まだ残っていたと……?」
「当然だろう。少し食べて、ずっと保存していた。食べ切るのが勿体ないからな」
紅月が目を見開いて驚く。白兎という天使が作ったお菓子。あまりにも貴重であるそれを、未だ隠し持っていたことに驚いたのだ。
レオンハルトの方もいつもより陰気に笑いつつも、その白兎が作ったクッキーをボリボリと、一つ一つ味を噛みしめるように食べている。
そうすることで、家出した上に嫌いとまで言われた寂しさや悲しさを慰めているのだ。
だが、
「……ぐ、うう……! 白兎……何故家出を……!」
不意に、クッキーを食べていたことで白兎への想いが再び湧き上がったのか、頭を抱えて悶絶するレオンハルト。最強の魔人が、今一番に苦しみ、悩み、不機嫌さを隠しきれないほどに憂いていることがそれだった。
「ああ心配だ……! 何かあったらどうすればいい……! くそっ、やはり今直ぐにでも全軍を挙げて捜索するか……? いや、でもそれをすると大事になりすぎてしまう……! やはり俺が探しに行くしかないのか……!? だが、それも問題がある……くそっ、ハンティはまだなのか……!?」
「ハンティ様からの報告は未だ上がってきておりません。他の使徒の方々も同様で……」
「くっ……こんなことなら、もっと一緒にお風呂に入っておくんだった……! 寂しくて死んでしまうぞ……!」
「……実はそれほど心配していないのですか?」
ああでもない、こうでもない、と悶えるレオンハルトに、紅月は控えめにツッコミを入れる。
とはいえ、彼女の方も心配には違いなかった。
ただレオンハルトの方が、嫌いと言われた分だけ紅月のそれを上回るほどの反応を見せるので、多少落ち着いてしまっているだけである。
それに紅月としては、いつかこうなるかもしれないという予感はあったのだ。
──やはり、血は争えない。
家出を聞いた時、紅月の驚きがそれほどではなかったのは彼女の血筋と、書き置きのおかげであった。
白兎が家出をした日。紅月の部屋の机には、こんな書き置きが残されていた。
──“ちょっと友達を連れて冒険してきますので、心配しないでください。父上には秘密でお願いします。 白兎”
それを見た紅月は、本気の家出ではないことに安堵を覚えながら、やはり冒険好きの血が騒ぐのだろうと腑に落ちた気分になってしまったのだ。
元々紅月と白兎の血筋──藤原家は、結構荒武者気質というか、恐れ知らずでアクティブなところがある。JAPANの武家にはありがちな体質ではあるが、一般的な武家だと、保守的な部分も併せ持つことが多く、その点で白兎の祖父に当たる藤原石丸などはそれに当て嵌まらない。
まるで父の無鉄砲さを見ているようで、紅月は懐かしく思ってしまった。
だからだろうか。それほど心配にもならず、寧ろ子供の成長を感じて嬉しさを感じてしまっていた。
実際、身体能力的には既に祖父を越えている。剣の腕だけはまだまだ及ばないだろうが、頼りになる友も連れて行っているようだし、一度見つかれば監視も付く。
故にこのような時代だが、紅月は大丈夫だという予感を感じていた。
しかし、父親のレオンハルトの方は、白兎よりも遥かに強く、世界の広さを知る故か、嫌いと言われたこと、家出という事態に衝撃を感じているためか、その成長の方に目が行っていない様である。
だからではないが、紅月は言った。秘密を守りつつも、最愛の男性を慰めるように、
「……貴方と私の子ですから、きっと大丈夫ですよ」
「っ……そんなの、分からないだろう……」
「白兎は強くなりました。あなた様も、一人前の剣士と一度は認めたではありませんか」
「……それは……だが……」
レオンハルトが紅月の言葉に言い淀む。
実際、白兎の怒りの部分はそれだろうと、紅月はほぼ当たりをつけていた。
白兎が嬉しそうに報告してきたのだ。──パパに、一人前だと認められた。これで自由に冒険も出来る、と。
しかし時代の所為か、レオンハルトは白兎が長期間冒険に出ることを認めず、冒険に出る際も常に監視を付け、しばらくすれば城に連れ戻される。それが白兎は嫌だったのだろう。嘘つき、と書かれていたのも、おそらくこれのことだという確信があった。
レオンハルトの、親として心配する気持ちも分かるので、紅月にとっては苦渋の選択ではある。
だが、こう思う。
──もし、父であったのなら、と。
きっと、幾ら親が止めようとも、
「……それに、目的を遂げるまでは止まらないですよ」
「……何……?」
言う。眉間に皺を寄せたレオンハルトに向かって、
「私達がなんと言おうとも……“夢”を追おうとするあの子の意志を止めることは出来ません」
「!」
──あなたも、そうでしょう?
その何かを追い求める、揺るぎない意志。諦めの悪さは、おそらくどちらにも似ている。
──親ならば、子の夢を応援するべきでしょうね……。
紅月は内心でその夢を応援する覚悟を決める。
だがそれは、
──まずは、今の状況を越えていく必要がありますよ……?
思う。父も、かつては冒険に出てその壁の高さに悩み、最終的には越えていった。
しかしその壁の高さは父の時の比ではない。越えることは至難だ。
だが、もし越えることが出来て、
──母として、あなたの夢を応援しますよ……白兎。
それまでは、まだ過保護な親としてやらせてもらうと、紅月は微笑を浮かべた。
森の中で、その痕跡に触れた黒髪のカラーは目を細めて独り言をつぶやいた。
「……やっと見つけた。随分と、手こずらせてくれたね……」
魔人レオンハルトの使徒であるハンティは、数日の捜索の末、その森の中で対象の痕跡を発見していた。
上司の一人娘の捜索。出来れば戦闘がしたいハンティとしては、微妙に気が乗らない任務ではある。
だが心配であるという気持ちもない訳ではないし、放っておくわけにもいかない。故に割と本気で探し回っていたのだが、
「まさかカラーの森にいるとはねぇ……灯台下暗しって訳だ」
随分と巧妙なルート選択に、痕跡隠し。おそらく、白兎一人で考えたものではない。
イヴや藤吉郎。戯骸にお町にベゼルアイと、仲間はそれなりにいて、皆優秀だ。
おそらくは自分がこうやって探しに来ることを予想して、色々と手を打ったのだろう。
こうなってくると、最初は面倒な気持ちも混じっていたが、別の楽しみが湧き上がってくる。
「抵抗してくるだろうし……結構愉しめるかもね」
口元に、抑え切れない笑みを浮かべてしまうハンティ。
先程も挙げた六人。誰もがそこそこの実力者であり、一対一では己に敵わずとも、複数ならどうなるかは分からない。
だからこそ、ハンティは期待し、喜びを感じてしまう。
何となく、白兎が冒険に出かけたくてしょうがないというのはよく監視したり、時には同行していたため理解していたが、悪く思うな、と。こちらも使徒として命令された身であるため、一応は従わなければならない。
だから逃げたければ、逃げてみせろ。不敵にそう思い、ハンティは一瞬にしてその場から消えてみせた。
「──む、森の中の気配が変わりましたね」
「ほ、ほんとですか? ということは──」
森の中を歩く白兎一行。ミストラルやガイと別れて森を行くその道中で、不意に白兎は何かを察知して表情を変えた。
その反応にイヴも若干慌ててみせる。予想されていたこととはいえ、かなり早いと。
「……我は何も感じないが」
「ききっ!」
「私はそういうのには疎いから頼りにしないでくれると助かるわ。パワー系だし。……同じ使徒の身からするとどうなの?」
「……ああ、注意しな。アイツに距離は関係ねぇ──来るぜ」
ベゼルアイの問いを受けた戯骸が、端的に答える。その次の瞬間、
「──っと、追いついた」
「! ハンティさん……」
「や、やっぱり追手は先生ですよねー……はぁ……」
一行の進行方向にあった木の上に、黒髪カラーという目立つ風貌の使徒──ハンティが現れる。
瞬間移動の魔法という反則級の魔法を使う彼女に、居場所を気取られた時点で見つかるのは一瞬だ。時間の問題ですらない。
これほど追撃に適した相手もいないだろうと、一行は改めてハンティの厄介さを認識し、イヴに至っては恐ろしさをよく知るため、溜息を吐いてしまっている。
そんな一行の反応を見下ろしながら、ハンティは白兎に視線を向けて呆れ気味に、
「……聞いたよ白兎。家出したんだって? まあ、あたしとしてはとやかく言いたくはないから手短に言うけど……早く戻ってきなよ」
「……嫌だと言ったら?」
白兎がそう言うと、ハンティが息を吐いた。木の枝の上で、幹に体を預けながら、
「……勘弁してよ。白兎が出てってからレオンハルトがすっごい不機嫌でさ。城の人達はともかく、魔王城だといつもより暴れてるみたいだし、色々と大変なんだよね」
「おいおいハンティよー。お前ならそこは喜ぶところだろ?」
「──ま、それはそうなんだけどね」
戯骸の軽い質問に、ハンティが口元をニヤリとさせて同意すると、戯骸は笑ったが、一部からは引き気味の声があがった。
「うわぁ……さすがは先生ですねぇ……」
「清々しいくらいのゴリラっぷりだの……」
「私が言うのもなんだけど、パワープレイは戦闘だけにしておいた方がいいと思うけど?」
「よ、余計なお世話だよ!!」
ハンティが声を荒げるが、一応はまだバツが悪いと思う感情が残っていたか、と完全なゴリラではないようで安心する。そんな気の抜けるやり取りをしていると、
「──まあ、ハンティはカラーの中でもカラーゴリラとして名高いからね。当然の反応よ」
「!」
「って、貴方までいるんですか……!?」
と、その場に声が響き渡る。
それはハンティの丁度反対側。一行が通ってきた道を塞ぐように現れた羽の生えた存在だ。
そんな彼女を見て、ハンティは更に声を荒げ、
「元はと言えばアンタのせいでしょうが、インデックス!!」
「あら、違うわ。ハンティの女子力が極端に低いからよ。貴方達もそう思うわよね?」
「口の減らない……!」
ハンティがぐぬぬと表情を崩す相手は──悪魔だった。
だがこの場にいる者達、城に住む者達にとっては馴染みのある悪魔である。
もっとも、戯骸などは知らないようで、煙管を口から離すと、
「っと、俺は初めて見るねぇ。どちらさんだ?」
「紅魔城の図書室の司書。そしてハンティの唯一の友達で、レオンハルト様の女で使い魔をしてる良い女のインデックスよ。よろしくね」
「唯一でもないっての!」
インデックスはハンティの憤りに近いツッコミの言葉を宙に浮きながら笑みで受け止める。
だがそんな中、イヴが恐る恐る口を開き、
「あ、あのー……インデックスさん?」
「どうしたのかしら、イヴ。そんなに顔を青褪めさせて。寝不足なら良くないわよ。寝ないとハンティみたいになるわ」
「あたしみたいにってどういう意味!?」
一々ハンティを弄るインデックスに、態々反応を返すハンティ。これでも付き合いの長い親友同士であるためか、妙に仲が良さそうに見える。
だがイヴとしてはそんなことよりも懸念することがあった。それは、
「別に寝不足でこうなっている訳ではなくて……もしかして、インデックスさんまで白兎さんを連れ戻そうと?」
問う。悪魔であるインデックスの戦闘力は、城の中でもかなり上位であるため、ハンティと同時に相手をして逃げ切るのは厳しいものがあった。
だがその懸念通り、インデックスは不敵に笑みを浮かべると、
「まあ、私としては、レオンハルト様の忙しさを少しでも緩和して、元の日常に戻ってくれればいいかなってくらいだけど……娘が家出してると、それどころではないのよ。だから今日はハンティのお手伝いね」
「う、うわー……やっぱりぃ……」
「きき……」
今度こそ、イヴが頭を抱えてしまう。イヴの肩に乗っていた藤吉郎が、“元気出せよ”とイヴにしか聞こえない心の声で頭を叩いて慰める。
一般人のイヴにとっては、使徒最強のハンティと、悪魔のインデックスを相手にする事態は荷が重いものだった。
だが白兎や他の面子などは、
「まあ、良いですよ。私は誰が相手でも負けるつもりも、今はまだ帰るつもりもないので」
「とはいえ、結構キツめだぜ? どうする?」
「……我としては帰っても良いのだが……」
「このままだとお菓子券が貰えないから何とかしましょう」
「……もうちょっと恐れません? 私、戦ったら一番最初に死ねますよ?」
真顔になってイヴが言う。一周回って冷静になっていた。
すると白兎が咳払いをして、
「……ですがまあ、今はまだハンティさんと本気で戦うつもりはないので……」
「……ふぅん。じゃあどうするの?」
「ゴリラのお姉さんがお家に帰りましょうって言ってくれてる内に帰るのが身のためよ。力尽くだと結構怖いわ──って、痛い痛い痛い!?」
「あはは、そうだねぇ……! 力尽くだと、こんな風になるから……ねぇっ!」
「ちょ、ちょっと! 瞬間移動で背後に移動してからの羽交い締めは──あ、ああああギブ! ギブよ!」
「何やってるんですか……」
イヴが呆れた様子でツッコむ。弄りまくっていたインデックスをハンティが瞬間移動をして捕まえ、力を込めただけだが、メキメキと音が鳴っているので、中々に痛そうであった。
だがその間に白兎が、
「では皆さん。アレを使いましょう」
「まあ、そうなりますよね……」
と、白兎の声を受けて、皆が一斉にあるものを取り出す。
ハンティは何をしても自分から逃げられるはずがないと高をくくり、インデックスを締め上げながら見ていたが、そのアイテムを見て顔色が変わる。
それは、
「か、帰り木!? って、それは──」
「──ではまた」
と、慌ててハンティはそれを止めようとするが叶わず、白兎達は一斉に帰り木を折ってその場から消えてしまった。
残ったのはハンティとインデックスのみ。人外しかいないその場で、
「……普通に帰り木を使ったなら城に帰るはずだけど……拠点を別に設定していたとしたら、一体何処に……?」
「友人に暴力を振るうからバチが当たったのねぇ──痛い痛い痛い! 暴力反対!」
「ったく……また振り出しか……」
ハンティは口の減らない腐れ縁の親友を痛めつけながら、再び一から探さねばならないことに溜息をついた。
帰り木の特性上、一度行った場所の何処かでなければならないはずだが、
「それにしても本当に何処に……?」
──その後。
「…………」
「…………」
「え、え……? な、なんでまた……? しかもいきなり……」
白兎一行は、とある家の中で、家主の睨みを受けてお互いに無言になっていた。
少年だけが、急に現れた一行を見て混乱して声を上げている。
そんな中で、最初に白兎が、
「…………イヴさん」
「…………はい……」
くいくいっとイヴの服の裾を引っ張って呼びつけ、それを促す。
するとイヴは、何とも言えない気まずそうな表情で頷き、引き攣った笑みを浮かべながら家主の、ミストラルの前に進み出ると、
「…………あのう……」
「…………何?」
ミストラルが一応問いかける先で、イヴは意を決して口にした。にっこりと、冷や汗を垂らした笑顔で、
「…………も、もう一泊──」
「────絶対に嫌よっ!!!」
──この後、滅茶苦茶宿泊した。
【悲報】ミストラルさん、やっぱり苦労人だった