「──それで、逃げられたと?」
「うん、まあ……そういうことになるね」
紅魔城の執務室で、ハンティはバツが悪そうにそう答えた。
傍らには、彼女の親友でレオンハルトの使い魔であるインデックスもおり、澄ました表情で、
「でも、何かしら目的があるみたいだったわね。少なくとも、ただの家出じゃないみたい」
「……目的?」
「それが何かまでは分からないけどね」
と、レオンハルトの問いに肩をすくめて答えるインデックス。その余裕綽々といった態度にハンティは半目を向け、
「……いつも思うけど、その自信はどこから来るのやら……普通に、冒険がしたいとかじゃないの?」
「──女の勘よ」
「あ、さいですか……」
「あら、良い女の勘は結構当たるものよ」
「あんた限定よ、それ」
「……随分とお気楽だなぁ。私が言うのもなんだけど、本当に大丈夫なのか?」
と、微妙な表情で告げたのは、ハンティの隣に腰掛け、手元の球体を弄りながらお菓子を食べているガウガウだ。手元の黒い球体──彼女が作り出した生きた魔道具、ブラックアイは調整中であるためか言葉を発しない。
そんな彼女に向かって、反対側、レオンハルトにもたれかかるように隣に座るインデックスは笑みを浮かべ、
「子供なのだし、それなりのやんちゃはするものでしょう? だから動向さえ掴んでいつも通り監視でもしていれば大丈夫だと思うわ」
「いや、反抗期の子供を甘く見ると大変なことになりかねないぞ……親の言うことは聞かないなんて序の口なんだ……そもそも口を利いてくれなくなるし、何か言えば暴言も吐かれる……子供だと思って言い争いをしてみれば、思ったよりも口が達者で苦労するし、中々納得してくれない……そして、最終的には家を出ていってしまうんだ……!」
「……なるほど。さすがに母となった経験のある人が言うことは違うわね。いい女でも敵わないわ」
「というか、なんかトラウマが蘇ってない……?」
ガウガウが頭を抱えて情けなく表情を歪ませている様子を見て、ハンティが困惑した様子で呟く。何気にガウガウは忘れられがちではあるが、子供を産んで育てた経験もあれば、別の物を生み出して育てたこともある。
しかもそのどちらも、様々な事情から子育てを失敗し、自分の元から離れていったこともあってか、ガウガウにとっては微妙にトラウマになっていた。
「う……とにかく、対応を間違えては駄目だ。だが、かといって上から言い聞かせても駄目。そもそも反抗期は大人になるために必要な時期だとも言われているし、この歳まで反抗らしい反抗が無かったことが寧ろ奇跡だとも言える」
「……そういえば、喧嘩の一つもしたことないよね」
「…………」
ガウガウの言葉とハンティの問いかけを聞いて、レオンハルトが無言となって考え込む。だがその横、インデックスとは反対側となるレオンハルトの隣から、
「……言われてみれば、今回が初めてになりますね」
と告げたのは白兎の母親である紅月だ。彼女は彼女で、ある程度真相を知りつつも、今回は過保護を抑え、出来る限りは娘の成長を見守る腹積もりでいる。
とはいえ心配なのは変わらないので、いつもよりは表情に影を帯びていた。
そんな母親の表情で内心を察したのか、ガウガウは息を入れつつ、
「……まぁ、白兎は賢い子だからな。昔から聞き分けも良かったし、我儘も殆ど言ってこなかったのもあって、その反動が出たんだろう。解決しようとするなら……私に言えたことじゃあないが、子供の言い分も、ちゃんと聞いてやってくれ。頭ごなしに……正論で、一方的に殴りつけるんじゃなくてな」
「ガウガウさん……」
「…………」
ガウガウが普段は見せない憂いを帯びた表情で告げる。彼女は気にしていないように振る舞うが、やはり過去に子供との決別を招いてしまったことを悔いているのだろう。それはまるで自嘲にも似た響きを孕んでいた。
彼女が生きた魔道具を製作してしまうほど、研究に傾倒していったのも、もしかしたら……と、紅月などはそう思い浮かべたが、そのことを詮索することは無粋だと思考を打ち切る。
同じ親である紅月とレオンハルトもその話を真剣な様子で聞き入ると、それを見て何とも言えない表情になりながらも頭を掻いて、
「……結局どうするのさ。やっぱり、連れ戻す?」
今度はハンティが任務を継続するのか否かの意志をレオンハルトに向かって問う。
レオンハルトは暫しの間、考え込んでいたのか、閉じていた瞳を開いて息を入れると、
「……捜索は継続。だが、見つけても気づかれないよう、遠目に監視するだけに留めろ」
「……ってことは、事実上の放置?」
捕まえて連れ戻さないのかとハンティが続けて問うた。他の者達も同じ視線を向ける中、レオンハルトは首を横に振り、
「……いや、今は俺も動けない。俺が動けるようになったら──俺が直接行く」
その答えを聞いた瞬間、多少だがその場の空気が弛緩し、
「……ま、何か手伝えることがあったら聞いてやらなくもないからな。遠慮せずこの天才に相談しろ」
「…………」
「……って、この無言はなんだっ!?」
気づけば、皆がガウガウの方に視線を向けていた。
特に、関わりが深く、茶化すほどの余裕を持ったハンティとインデックスの二人が口々に、
「あんた、本当にあの自堕落で最近は研究以外、何をするにもメイドかブラックアイにやらせるあのガウガウ?」
「いいえ、私が知っているガウガウなら、ソファに寝そべってお菓子を食べながら、“面倒だからい~や~、明日やる~”と、駄目人間のお手本の様な反応を見せるはずよ」
「なら偽物だね」
「お、おいっ、なんだその言い草は!? 私を何だと思っている!? 幾ら何でもそこまでクズじゃないぞ! 私だってたまには人の相談を聞いてやるくらいの器はあるからなっ!?」
「あ、いつものガウガウだ」
「あら、本物ね」
お前らなぁ……! と拳を握ってぷるぷると震えるガウガウ。珍しくハンティにすらからかわれるというか、柄でもないことを言った羞恥に今更ながら襲われていたが、なんだかんだでその思いはしっかりと伝わっていた。
結局、肝心のレオンハルトは未だ魔王城でジルに囚われているために動けないため、それが解除されるか、どこかで機会を伺いつつ、それまではハンティが気づかれないように監視を続けるということでその日の話は纏まった。
──その頃、問題の白兎一行は、
「はぁ……やっと着きましたね……」
「きき!」
大陸のとある場所にある遺跡にたどり着き、イヴは疲れたと言わんばかりに前屈姿勢となる。
反面、藤吉郎や他の面々はまだまだ元気な様子で、特に白兎などは期待に満ちた表情で告げた。
「ここが噂の遺跡ですよ! お宝があるという!」
「へぇ、中々熱そうな遺跡だな。歯ごたえがありそうだ」
「……着いたのはいいのだが、その前に休憩はせんのか?」
「まあ、イヴちゃんが疲れて死にそうになってるしね」
遺跡の前に辿り着いたが、お町やベゼルアイがイヴの様子を見て休憩を提案してくれる。すると白兎も、
「……そうですね。ここまで歩きっぱなしでしたし、イヴさんの為にも休憩にしましょう」
「白兎さんに皆さんも……気遣ってくれてありがとうございます」
「ま、人間のお前さんにはキツいだろうしな」
と、皆が気遣ってくれたことに対して僅かに感謝の気持ちを覚えると共に、体力の関係で微妙に足手まといになってしまってないかと不安と申し訳ない気持ちが浮かぶ。
だが皆もそこは理解している。なにせ、ハンティの追跡から逃れるべく、数日ミストラルの家に宿泊した後は、直ぐに森を出て目的地へと向かったからだ。
というのも短時間でできるだけ遠くに移動した方が捜索から逃れられるだろうと考えたことと、そもそも逃げながら目的の物を入手するのも厳しいだろうという判断からだ。
なら、さっさと目的だけでも遂げてしまえば、最悪連れ戻されるにしても収穫は得たことになると、イヴがそう提案した。
その提案者が疲れてしまっていることが微妙に情けないが、彼女は人間でしかないので、他の面子のように人外の体力を持つ訳ではない。故に休憩を取ることにした訳だが、
「それじゃあ、一服しましょう」
「そうですね。遺跡の攻略前に軽食でも食べましょう」
と、ベゼルアイの言葉に頷いた白兎が準備をしようと皆に言う。
しかし、
「……誰がやるのだ?」
お町の言葉にその場の空気が固まり、皆が間をおく。そして皆が目を合わせ、
「……火起こしだけなら出来るぜ」
「我も火起こしなら……」
「パワーが必要な事なら出来るわ」
「ききぃ……」
「私、料理は不得手で……」
「──ああ、もう! やりゃあいいんでしょうやりゃあ! 何で揃いも揃って出来ないんですか!?」
「イヴさん……口調が……」
と、イヴがキレ気味に立ち上がって準備を行う。この面子、戦闘力はあるが、普通の冒険者のような細々とした雑務は不得手であった。イヴを除いて一番出来るのが、藤吉郎という有り様である。白兎は全く出来ないというほどでもないが、普段からやらない上、やる時は誰かに手伝って貰いながらやってるので、そこまで上手ではない。
逆にイヴは、普段から師匠のガウガウの為に料理を作ったりしているし、そもそも人間牧場時代は料理もそこそこ学んでいる。故にちゃんとした料理人には敵わずとも、主婦レベルには到達していた。
「藤吉郎さん、手伝って下さい。戯骸さんは火、適当に下さい」
「ききっ!」
「おうよ」
持っていた荷物から適当に調理器具や食料を取り出してテキパキと準備していく。もはや使徒を顎で使うことすら躊躇わない。
そして残った面子は、
「……我も、レオンハルトの為に料理でも覚えた方がよいであろうか?」
「……ええ、そうですね。レオンハルト様の為というか、私の為に料理だけじゃなく色々な事を覚えてもらうと助かります」
「味見なら任せてください。味覚も敏感ですので、私」
「……白兎さんの味見は有り難いんですが、舌が肥えすぎてどこどこが足りないとか味の批評を細かく言われて凹むんですよね……」
「私、甘いものが食べたいわ」
「ベゼルアイさんのはただの願望ですよねぇ!?」
相変わらず騒がしいというか、こちらの負担が大きすぎる面子だと溜息が漏れる。胃に悪い。
とはいえ今更だ。慣れているとも言えるので適度にツッコミを入れて発散していく。ツッコミがストレス発散とかもうなんか病気になってないだろうか、と不安になりつつも料理を始めていき、
「……そういや、聖刀日光だったか? それってどんな刀なんだ?」
と、火起こしを終えて残り火を適当に散らしている戯骸が何気なく質問した。
皆もそれなりに気にはなっていたのか、耳を傾けるとそれを知っている白兎は頷き、
「……そうですね。何でも、魔を払う刀だそうです」
「魔を払う、か。何か曰くがありそうだの」
お町が感想を言葉にして飛ばした。だが戯骸と藤吉郎の反応は、何やら得心した様子で、
「おー……だからなのか?」
「ききっ」
「……どういうこと?」
と、ベゼルアイ。いや、と戯骸が前置きし、
「……なーんか、遺跡から嫌な感じがするんだよなぁ……気の所為かもしれねぇけどよ」
「……嫌な感じですか?」
「ききぃ……」
イヴが気になって聞き返すと、藤吉郎も戯骸の言葉に同意するように頷いて鳴き声を上げた。
そして白兎も目を細め、
「……言われてみれば私も、妙な感じがしますね。そわそわすると言いますか……」
「我は何も感じぬが……」
「私もです……」
お町は何も感じていないと首を傾げたので、イヴもそれに同意する。
そしてベゼルアイは何やら考え込みながら、
「……私は……聖刀と言うだけあって、聖なる力みたいなのを感じなくもないような……」
「……何故か、印象がバラバラですね」
と、イヴはそれぞれの反応、感じ方が違うことが気にかかる。
推測出来ることといえば、
「……もしかしたら、魔を払う刀というのはそのままの意味なのかもしれませんね」
「何か特殊な力とかがあれば面白そうですよねっ」
「いや……白兎さんも半分は“魔”なんですから、そこは恐れた方が良いのでは……?」
呑気な事を言う白兎に緩くツッコむ。
だが、気の所為かもしれない、と感じるほどに微細な気配なので、そこまで危険ではないのかもしれない。
それに、レオンハルトから得た情報だというなら、レオンハルトも手に入れるつもりがあったはずで、別に普通の名刀の類である可能性も高いのだ。
しかしイヴは、気の抜けるパーティの皆を横目に、首を捻ると、
……それにしても、聖刀“日光”ですか……うーん、何処かで聞いたような……何処でしたっけ……。
その名に妙に聞き覚えがあるのだが、喉まで出かかっていながらも、思い出せない。その名を、何処かで聞いた憶えがある。
しかしとうとうイヴは思い出せず、自分達の為の軽食作りと、彼らの会話に集中せざるを得なかった。
──そこは、遺跡の奥。
「…………」
その刀は、遺跡の最奥の祭壇に置かれ、鎖で動けないようにして囚われ続けていた。
薄い水色の光を発しているその刀の名、彼女の名は──日光。
百年ほど前、冒険の果てに生み出された魔を斬り裂くことの出来る聖なる力を持った刀であり、かつては名の知れた冒険者でもあった。
彼女は大切な仲間達との冒険の最後に、神と出会い、確かに念願だった力を得たはずだった。
いや、力は確かに得た。彼女は、人間にとっての希望となり得る力を確かに得たのだ。
だがその力は一人では扱えない。使い手が必須であった。
故に彼女は、この場所でただ一人、使い手を待ち続けていた。
かつて自分と消えた故郷、そして仲間達に誓った宿願を果たすために。
そのためならば、例えどんな苦汁を舐めようとも構わない。
自分が望んだ力の在り方とは違えど、力があるなら、とそれを甘んじて受け入れた。
他の仲間達がどうなったのか。それを考えなかった日はない。
だが今はただ、使い手を。自分が力を発揮する機会を、ただただ待ち望んでいた。
──それは大地の底。
「……これは……なるほど……面白い未来だ……」
未来に至る道筋。その過程を見た彼女は、深い深い地の底で動き出した──
「──オ、オォ……」
それは、並の生物ではない。
地の底に隠された場所。禁断の墓場で蠢くは、この世のどんなものよりも穢れた何かだ。
その声は、深淵から、地獄から湧き出る怨嗟に満ちた声であった。
「赦サナイ……」
漆黒の闇の中で枷に囚われているのは、その闇に溶けてしまうかのような漆黒の体躯を持つ何かだ。
彼は全てを恨んでいた。
「マギーホア……カミーラ……ライゼン──」
彼は己の末路を決定づけた者達の名を、覚えている限りの全てを列挙し、憎しみを込めて声に出していく。
彼はかつての地上の支配者。偉大なる種族の生き残りにして稀代の簒奪者。
彼はかつて、世界の命運を懸けた最後の戦いに負けた──罪人である。
「全テ……全テ……殺シテヤルゥゥ……!」
負の感情の全てを詰め込んだ肉塊。死ねなくなった生きる屍。
しかしその力は完全に失われず、未だ地上に災厄を齎すに十分な力を持っていた。
全身の黒の鱗。人を超える巨体に、あらゆるものを斬り裂く爪と牙。
血走ったように赤く輝く四つの目は、もはや映るもの全てを敵と見做している。
「アァ……痛イ……苦シイ……何故死ネナイ……」
巨大な魔の塊。穢れた暴君。
忘却された偉大なる種族、竜の魔王。大罪を犯したかの者の名を、今の人々は知らない。
地上に災厄を齎すことの出来る怪物。偉大なる種族が残してしまった最後の呪いだ。
「殺ス……! 手ニ入ラナイノナラ……何モカモ……!」
地の底で蠢く彼は、相手を求めて這いずり回る。
そして、その時は近い。
誰かが止めなければならない伝説の怪物。
それを止めるところを視た魔女は、愉快そうに口の端を歪めるのであった。
そろそろ色々と動きます。刀ゲットやら、人格覚醒やら色々と。最後の彼は一体誰だろなー(棒)