というわけで本編どうぞ
魔王城。その謁見の間にて、魔人レオンハルトは信じられない言葉を聞いた。
「──もう、戻ってもよいと?」
「くく……ああ、好きにしろ」
玉座に腰掛ける魔王ジルは、何やら機嫌が良さそうな様子でこちらを見下ろして再度肯定する。
開口一番、もう戻っても構わないと言われたレオンハルトは、信じられないという気持ちでいっぱいになった。
……ジル……何を考えている……? もしや、何かよからぬ事を企んでいるのか……?
レオンハルトは表情には出さずに思考する。もう少し掛かるという見立てだったのだが、こんなに早くに城に戻れるとは思ってもいなかった。
それだけに、何か裏があるのかと勘ぐってしまう。そろそろ、中々堕ちない自分に業を煮やして何かしら強引な手段を使ってこないかと警戒していたくらいなのだ。ここ最近は特に進展も無かったので、そろそろジルの方が我慢の限界を迎えるかと思っていたのだが……そんな時にもう戻っても良いと許しを得てしまった。
しかも機嫌が良いときている。こういう時は、大抵よからぬ事を考えているものだ。あのジルなのだし。
故にレオンハルトは少し迷いつつも探りを入れるために、
「……本当に、もう戻っても構わないのですか?」
と、敢えてこちらから再度の確認を入れてみた。理由を問いかけるように。
するとジルが口端を吊り上げ、
「ああ。あまり拘束し過ぎるのも良くない。少しは自由をくれてやらないとな……くっくっく」
……なんなんだその意味深な笑みは。
そして言ってることは微妙に嫌な感じなのに、どうにも良からぬ事の気配がしない。
なんというか、本当に機嫌が良いというか、善意で言っているようにすら感じてしまうのだ。
だからこそ、レオンハルトは分からなくなる。しかし、この機を逃すことはあり得ないと、
「……ありがとうございます。では、戻らせていただきます」
「好きにしろ」
と、頭を下げて魔王城から立ち去ることにした。
だがその前にジルが、
「また呼ぶからな……レオンハルト……」
「……? はい。その時はまた、よろしくお願いします」
後ろから何やら微妙に甘ったるい感じでそう告げられ、レオンハルトは頭に疑問符を浮かべながら謁見の間を後にする。
その道中で眉間に皺を寄せ、
……気の所為か……? いつもより視線が熱っぽいような……。
こちらに対する妙な優しさや、今までと違う呼び方は、どうにも女特有の好意の進展を感じさせる。レオンハルトもよく感じるものだ。主に、城に入ってくる新人のメイドがこちらに惚れる時などに。それを思うと、
……もしや、俺が何かしてしまったのか……?
こういう時は、自分のした何気ない行動が発端であることも多い。
故にその可能性を考えたのだが、思い当たらない。ジルとの行為、もとい生活、仕事に於いて普段と変わったことは行っていない。
いつも通り、淡々としたものであったはずだ。
一つ、普段と違うことをしたといえば、例の一件の衝撃で、ジルのベッドで思わず寝てしまったことだが、まさかそんなことでこうなるはずもないだろう。幾ら何でもチョロすぎる。ジルがそんなにチョロい筈はない。あいつは、恐ろしい女だ。
「くくく……愛い奴め……」
自分の上で寝るだけではなく、まだ城に居ることを望むようなあの口ぶり。
間違いなく、もう殆ど堕ちているな、とジルは暫くの間、顔のニヤケが止まらなかった。
……まあ、そんな訳ないか。
レオンハルトは自分の考えを、振り払う。幾ら何でも、ジルがそんなことで機嫌が良くなるはずもない。
故に何かの気まぐれだろうと、レオンハルトは深く気に留めることはしなかった。
それよりもやるべきことがあったからだ。レオンハルトは近くで控えていた使徒に問う。
「──キャロル。例の場所は?」
「はい。定期報告では、大陸北部のとある森だと言っていましたわ」
魔王城の廊下を歩きながらの使徒のキャロルとの会話。
その内容は勿論──家出した白兎とその一行の居場所の件だ。
誰が聞いているかも分からないため声を抑えつつ、名詞なども出すことはないが、極めて重要であるため、このまま向かうつもりであった。
だが、白兎の事は優先するにしても、他にもやることはある。
「……北部か。北部だと、例の塔にも行かなければならないし、ケッセルリンクの城にも牧場の視察も兼ねて行かないとな」
「でしたら、わたくしは先にケッセルリンク様の元へ行ってその事を伝えてきますわ! 準備もあるでしょうし!」
「ああ、そうしてくれ。……だが、少し声がデカいぞ」
「っと、申し訳御座いませんわ……」
「いや、構わない。声を抑えているところも、見ようによっては怪しいからな。大したことないことを口にする分には声が大きくても構わん」
「畏まりましたわ!」
と、再び大きな声で頷くキャロル。これも普段通り過ごしているという演出みたいなものだ。
自分という存在は思ったよりも目立つ上、注目されている。少し普段と違った行動を取るだけでも、自分が何かをしようとしていると噂になることは多いのだ。
今告げたことも、本命に比べれば大した情報ではないので、聞かれたところで大したことないか、そもそもどうにもならないこと。
こちらとしては、白兎の事と、例の奴の事さえ隠せればいい。それ以外は聞かれたとしてもどうにでもなることだ。
「キャロル。お前は城の転移魔法陣を使い、ケッセルリンクの城に行け。俺も問題を片付けた後で向かう」
「畏まりましたわ。その……」
「ん、どうした?」
キャロルが珍しく言葉を迷わせたので、どうかしたのかと訝しむ。
だが少しして得心する。その答えは、
「……わたくしは何も出来ませんが……その、不敬かもしれませんが、解決出来るよう、応援しておりますわ」
「! ……ああ、ありがとう」
理解し、レオンハルトは微笑を浮かべて礼を言う。
キャロルも、その一件に対してそれなりに考えてくれているというか、心配してくれているのだと。
故にレオンハルトは親の責務を果たすために行くことにした。──家出娘の元へ。
大陸北部にあるその遺跡の中で、白兎達はおもむろに立ち止まった。
「……おい、あれは……」
「明らかにそれっぽいのがあるの……」
戯骸とお町が呟く。視線が示す先は、そこで立ち止まった理由そのものだ。
遺跡の最奥。祭壇の様な場所の奥にある壁に、鎖で壁に縫い付けられたようにあるのは、淡い光を纏った一本の刀。
明らかに目的の物と思わしき、聖なる力を感じる刀剣を見て、皆思わず立ち止まり、それを眺めてしまっていた。
だがベゼルアイが不意に、
「……見た目は刀だけど、中身はお菓子だったりしないかしら」
「そんな訳ないでしょう……? というか、ベゼルアイさんまでボケないで下さいよ……! 私をツッコミ殺すつもりですか!? この中ではそこまでボケないベゼルアイさんまでボケたら、私は……!」
「わ、分かったから落ち着いてちょうだい。ボケてしまって悪かったわ」
何となく冗談として適当な事を発言してみたが、イヴから凄まじい反応があったので怯んでしまう。迫真の反応だったので、思わず謝ってしまうほどだ。
しかし謝ると、イヴはすくっと立ち上がり、
「さて、しかし……明らかにあれが目的の物みたいですが、早速手にしますか? 白兎さん」
「復活早いわね……でもまあ、そうしたら?」
「きー!」
ストレス耐性が付いて回復が異常に早くなったイヴや、そのイヴに半目を向けるベゼルアイ、イヴの肩に乗って迷宮でのサポート訳になっていた藤吉郎が白兎を促す。
ついでに斥候役の藤吉郎からの、罠が無いという合図まで頂き、後はそれを手にするだけという状態だ。
しかし、
「……白兎さん?」
「…………」
「どうかしたのか?」
何故か、一行の先頭に立つ白兎はじっと固まったまま動かない。イヴが首を傾げ、お町も再度声を掛けるが、反応は返ってこなかった。
一番に喜び、刀に向かって突撃していきそうな白兎の無反応は、500年の付き合いがあるイヴから見ても無かった反応だ。
故に訝しむのだが、白兎から伝わってくる感情が、これ以上ないほどの喜びに満ちていたことで、イヴはその後の反応を予想し、軽く息をついた。
するとその瞬間、
「……遂に──」
「お?」
白兎が声を出した。
僅かに震える声。大声ではなく、ゆっくりと絞り出すように、
「遂に……冒険で、収穫を得ることが出来ました……っ!」
拳を握り、じーんと上を見上げて達成感に満ち溢れた微笑を浮かべる白兎。それを見て皆は、
「ああ……感動してたのね……」
「まぁ、何かしらを達成するのは初めてだろうからなぁ」
「その通りです!」
戯骸がそう言うと、白兎は上半身だけで戯骸を指差すように振り返った。我が意を得たりと言った風に、
「思えば、冒険の途中で強制的に連れ戻され続ける日々で、こうやってちゃんとした冒険を行い、父上に横取りされることもなかったのは初めてです……! お町さんを仲間にするのも、最初は私が考えていたのに……!」
「ま、まぁ……それは何とも言えんがの……」
「白兎さんに斬られた思い出が蘇って顔が青くなっているようですので、その辺でお願いします、白兎さん」
「心を読むでない!」
お町が涙目で声を上げる。イヴが読む限り、どうやら相当なトラウマになっているようだった。
だが白兎の方はそれすらも、父に横取りされた風に感じているのだろう。監視も無かったし、これほど長い間外出するのも初めてだ。
それだけに感動は一入。白兎は喉をゴクリと鳴らし、前へ足を踏み出していき、
「っ……では……」
と、白兎だけが刀の前に進む。罠は無いとのことだし、皆白兎にそれを手にさせてやろうと見守るつもりでいた。
一歩一歩。恐る恐ると近づき、白兎は遂に刀の目の前まで距離を詰める。
そして、鎖に絡まったその刀を、人外の力で無理矢理引き抜くと、
「……やりましたーーーーー!!」
その刀を上に掲げ、白兎は喜びの雄叫びを上げた。祭壇の上で跳びはねて喜びの舞を踊る白兎。
「ひゃっほうっ! やりましたっ! やりましたよ皆さん!」
「おめでとうございます、白兎さん」
「ききー!」
「おう、良かったな」
「ふぅ……これでやっと帰れるの」
「ふふ、無事に達成出来て良かったわね」
皆が口々に苦笑交じりにそれを祝う。
白兎も、喜びで箍が外れたのか、無邪気に感情を発露して喜び、
「はい! ありがとうございます皆さん! これで──」
と、白兎がその聖刀日光と呼ばれる伝説の刀剣を握り、それをまじまじと見つめると、
「──こんにちは」
「はい! こんにちは! …………えっ?」
突然、その場の誰でもない声が空間に響いた。
「今の声は……」
「もしかして……」
一番最初にそれに気づいたのは、白兎とイヴの両方。
白兎は異常聴覚を以て、その声の先を見破り、イヴはこの場の誰でもない感情が、その刀から流れてきていることに気づいて、察知した。
そう。その声を発したのは、
「……驚くのも無理はありません。ですが──」
と、その刀は女性の声でその場の皆に向かって告げた。
「私が──聖刀日光。魔人を倒す力を持った、唯一の刀です」
「やっぱり! その刀、いわゆるインテリジェンスソードですよ! 意志を持った刀剣です! 白兎さん!」
「おー……こりゃおもしれぇな。武器が喋んのか」
「なんと面妖な……」
「……貴方が言うの、それ?」
妖怪が面妖だと驚いていることに気になったベゼルアイだが、でも確かに、この場にいる世界でも珍しい存在達の中においても、意志を持ち喋る刀剣というのは珍しいものだった。
皆が日光を物珍しさからまじまじと眺める。
だが見られていた方の日光は、ようやくその場の面子の違和感を感じて、
「……私を手に持つ貴方……白兎さんと言いましたか。貴方の仲間はどうにも……異形が多いように見えるのですが、気の所為ですか?」
「ふふん、自慢のお友達です。勿論、意志があるならあなたも私のお友達ですよ!」
「……それはありがとうございます。ですが貴方も何処と無く嫌な気配が……それに、何処かで会ったような……?」
日光が既視感と、妙な気配を感じることから白兎達を訝しむ。しかし白兎達はそれに構わず日光に声を掛けた。
「そういえば、魔人を倒す力を持つとか言ってましたけど、本当にそれだけの力を持っているんですか?」
「……ええ。勿論です」
イヴの疑問に日光が答える。それこそが己の存在意義だと、そう示すように、
「私は、魔人や魔王が持つ無敵結界──それを破壊し、魔人に直接攻撃を加えることの出来る武器です」
「…………え、ええっ!?」
「何気にとんでもない事を言ってるわね……」
「……色々な意味で、マズいのではないか?」
「へぇ、そんな便利なもんがあったのか。世の中、分かんねぇもんだなぁ……」
「き、ききぃ!」
「い、言ってる場合じゃないですよ!?」
イヴが驚きから抜け出せていないまま、皆の反応にツッコミを返す。さすがの衝撃であったためか、藤吉郎すら軽く焦ってツッコんでいるし、他の皆も驚いている様子だ。
魔人の無敵結界を突破する武器など、前代未聞というか、とんでもないにも程がある武器である。
はっきり言って、自分達の手には負えないとイヴは感じてしまう。それだけマズいものだ。
「驚くのも無理はありませんが……私は、人類に希望を齎す、その切っ掛けとなれる可能性を秘めています。貴方達に、魔人を倒す覚悟があれば、私は力を貸しましょう」
「い、いや、それは……」
イヴが言い淀む。魔人を倒すも何も、魔人側の存在だとは言い辛い雰囲気だ。
というか、明らかに人間じゃない奴らも混じっているのだから早く気づいてほしい。魔人を倒す力があるなら、使徒や魔人の血が混じった子供の気配くらい察してくれても良い筈なのだが、ボケているのだろうか。
だが、そうやってイヴが言葉を迷わせ、皆も何と言って良いものか無言を貫く中、
「……つまり、これで父上を倒すことが出来ますね」
「そういうことになりますね……まぁ、無敵結界が無いくらいで倒せたら苦労しないと思いますけども……」
「ハハッ、まあ俺の主も昔に挑んで全く敵わなかったからなぁ。使うにしても、化け物みたいな人間が持たねぇと無理だろ」
戯骸が昔を思い出し、煙管から火を吹かす。人類が挑み続け、殆どの者がその壁の前に断念した魔人と無敵結界。
その無敵結界を自力で突破した化け物を例外にするにしても、無敵結界が無くなったところで人間に負けるような魔人は少ないだろう。
それで負けるのであれば、伝え聞く、無敵結界が無かった時代にでも魔軍は負けていた筈だ。
しかしそうなっていないということは、結局のところ魔人の強さに屈してるということ。
もっとも、希望には違いないだろうが、それだけで勝てるというほど甘くはないという話だ。
そしてそれは、その力を持つ日光自身も理解しているのか、やや間があって頷き、
「……ええ、確かに使い手にも強さが無ければ厳しい」
「なら、私が使えば解決ですね」
「いやですから、使ったところで私達には有益になりませんよ……精々、親子喧嘩の時に使えるくらいですか……?」
「ハハハ! そりゃあいい! 気が抜けない親子喧嘩になるだろうな!」
「……うぅむ……持ち帰ってしまえば、逆に安心出来るような気もするのだが……」
「ま、これすら押さえられてしまえばもう完全に人間に勝ちの目は無くなるわね……運が悪いというか……」
白兎は使う気満々の様だが、皆はそれぞれ何とも言えない反応を返す。
それを訝しんだ日光は、またしてもやや間をとって、
「……というか、先程から父を倒すだとか主だとか、不穏な言葉が聞こえるのですが……貴方達は一体何者ですか?」
「………………………………」
「……何故、そこで無言に……?」
何やら猛烈に嫌な予感を感じる日光。その質問を聞いて、周りにいる面々がそれぞれ無言となり目を合わせる。
そして全員が意を決し、イヴなどは溜息を吐きながら、口を開き、その質問に答えることにした。
「私は白兎と言います。貴方の使い手になる予定の剣士で、魔人と人間のハーフです」
「そうですか……白兎、私の使い手に……魔人と人間の────えっ」
「俺は戯骸だ。使徒だが、主はもういないんでな。はぐれ使徒ってことになってる。どうなるか分からないがよろしくな」
「きき!」
「おう、こっちの藤吉郎も俺と同じはぐれ使徒だな。“よろしく”だってよ」
「は、はぐれ使徒って……え? え?」
「我はお町。二代目妖怪王を名乗らせて貰っている」
「妖怪王…………JAPANで人間を苦しめる妖怪の王…………えっ?」
「色々と察するけど、ご愁傷さまね……私はベゼルアイ。魔物を産み出す聖女の子モンスターよ」
「魔物を…………産み出す? そ、その……少し待っ──」
「ああ、えっと……私はイヴです。一応普通の人間ですが、魔人に仕えてます」
「……普通の人間……?」
「い、いや、そこは疑問に思うところじゃないですから! 気になるのは魔人に仕えてるって部分でしょう! 気持ちは分かりますが落ち着いて下さい!」
完全に混乱状態になった日光をイヴが気遣う。
だが、やっと現れた使い手が、魔人に与する一行であったことに衝撃を受けた日光の困惑は相当なもので、
「……ひょっとして私は、夢でも見ているのでしょうか?」
「いえ、現実ですよ、残念ながら」
「……しかし、魔人に子供が出来るなんて話は、聞いたことが……」
「私がそうです」
「……………………」
「あ、完全に放心したわね」
「……そのうち復活するんじゃねぇか?」
「では、帰りましょう」
「良いんですかね……?」
白兎達は、放心状態の日光を抱えてもと来た道を引き返していった。
──だが、その十数分後。
「──帰してください!」
白兎に抱えられた日光が声を上げた。それを見て、
「おお、復活したぜ」
「帰してって言ってるけどどうするの?」
「まあ、そうなりますよねぇ……」
「当然であろうな……」
日光は魔人を斬り裂くための刀だ。
故に魔人ではないが、それに与する一行に力を貸すことは望まないだろう。当然の事である。
しかし白兎は、
「父上を一緒に倒しましょう! 昔からの仲じゃないですか!」
「まさかあの時の旅人が魔人の娘だなんて思いもしませんでした……! 早く帰してください!」
「まあ、それを言うなら、あの時の人間の子供が刀になってるなんて……どういう経緯でそうなったんですか?」
「いえ、それは……」
と、イヴが気になっていたことを聞く。道中、日光はお町と遭遇することになった冒険の途中で立ち寄った村にいた子供と同じ名前だということに白兎やイヴが気づき、日光も、子供の時に見た彼女たちを憶えていたため、その衝撃で日光も意識を復活させた。
だが、その子供がどうやったら無敵結界を斬り裂く刀とやらになるのか。そこが意味不明過ぎてイヴは疑問に思う。
しかし日光はそこで言いよどみ、
「……色々あったというだけですよ」
「……まあ、その辺りの事情は聞かない方が良さそうですね……しかし、大人しくなりましたね?」
一応、日光にも深い事情があるのだろうとそれを深く突っ込むことを止めるイヴ。表情は分からないが、人の心の機微は誰よりもよく分かるので、心を直接読まずとも、そこにはあまり人に話したくない何かがあるのだと察したのだ。
しかしそれはそれとして、帰してほしいと声を上げなくなった日光に抵抗しなくていいのかと問いかけると、
「……いえ、少し方法を変えようかと」
「方法を変える?」
「ええ────こんな風に」
「!」
「え、ええっ!?」
キィン、と日光が眩い光を発すると、日光の身体が変化した。
どう見ても刀でしかなかった日光が、刀になる前と同じ──人の姿に戻ったのだ。
「はっ!」
「! おおっと」
そしてそのまま、徒手で攻撃を仕掛け、その場から脱しようと試みるも、戯骸によって防がれ、僅かに下る。
遺跡を抜け出し、土の地面となったそこを踏み締めると、日光は素手のままで構えた。
「……驚きました……凄いです。人間に戻れるんですね?」
「ええ、ある事情から。ですので、この姿で抵抗させていただきます」
日光は気丈にも、六体の前で構えを見せて抵抗する素振りを見せる。
だがさすがに勝てる訳がないことはお互いに分かっていた。故に何故そこまで抵抗するのかと疑問に思いつつ、それとは別にイヴが、
「……人間に戻れるなら、どうして遺跡に囚われていたんですか? 元々最初からあそこにいたとか?」
「…………それは」
美人とも言える日光の顔が、僅かに眉をひそめて歪む。痛いところを突かれたという顔だ。
だが律儀にも、日光はその質問に答える。それは、
「……使い手を探して、各地を旅していたら……遺跡のトラップに引っかかってしまい……抜け出せなくなってしまったというだけです……」
「…………思ったよりポンコツ?」
「……………………」
「あ、はい。謝りますから睨まないでください」
「ドジなのね……」
何となく、クールで完璧な美人っぽい印象だと人間に戻った瞬間に思ったのだが、一瞬でそのイメージが崩れかける。思ったよりは残念な人なのかもしれない。
だが白兎はそれを聞いて、微笑を見せると、
「いいですね。そういう人間らしさは好きです。というわけで、私と一緒に父上を倒しましょう」
「何がというわけなのかは分かりませんが、お断りします。……それに、父上とは──」
と、白兎から何度も聞くその言葉が気になった日光が質問を告げようとした時だ。
その場に、凄まじい気配と共に声が現れた。
「────白兎……お前、何をしている……?」
「! 父上!」
「っ……この気配は……!?」
森の中から、物理的な圧力を持つ気と、鋭くも困惑したような声が飛ぶ。
皆がその正体に一瞬で当たりをつけていると、声の持ち主は実際にその場に現れてみせた。
「……何故、日光までいる……? どういうことだ……」
「……! やはり、魔人レオンハルトですか……!」
日光が警戒心を露わにするが、現れた魔人──レオンハルトは、白兎達と日光を見比べて困惑している。だが直ぐにハッとすると、
「……そういえばここの森にある遺跡は……くっ、気づけたな……気づくべきだった……!」
レオンハルトが珍しく、してやられたという風な、苦渋に満ちた表情を浮かべて右手で顔を押さえる。
何やら周りの者達が分からない失敗を思っているレオンハルトは、そこで衝撃から立ち直れないまま、日光に鋭い視線を向け、
「……契約はしたのか?」
「……! 何故その事を……!?」
「いいから、白兎としたのか? 答えろ」
「っ……!」
日光はその有無を言わせない質問に怯む。
以前見た時と変わらない──いや、それ以上の圧力はやはり魔人として最強の男に相応しいものだ。
敵ながら、その威圧には驚愕せざるを得ない。日光は、少し悩んだ末に、ゆっくりと、
「……いえ、していません」
「……そうか。それだけは、朗報だな……」
と、その言葉に僅かながらの安堵の息を漏らしたが、今度は白兎の方に視線を移す。
白兎は気丈にも視線を真っ直ぐに見返したが、
「……白兎」
「……っ、何ですか?」
それは、白兎が初めて見る父親の余裕のない表情だった。
本気、と言い換えても良い。それほどに、レオンハルトはこの事に対する想いを抱えているのだと。
「……白兎。何故、家出をした? そんなに旅に出たかったのか?」
「……っ、そうです! 私は、自由に冒険がしたかったんですっ!」
と、白兎は父親からの問いに震えた声で言い返す。周囲の者達は親と娘の問題ということもあり、固唾をのんで見守っていた。
それを感じ取りながらも、白兎は唇を噛みしめ、それを直ぐに直しつつ、
「それに……! 一人前になったら自由にしていいと言ったのは父上じゃないですか! 約束を破ったんですから、悪いのは父上です!」
と、手紙に嘘つきと書いた意味を改めて言ってみせる。レオンハルトは眉をひそめ、
「……ああ。その点については悪かったな。確かに、自由にさせてやれることは出来なかった」
「っ……なら──」
「だが……お前はどういうつもりだ?」
「どういうつもり……? そんなの、最初から──」
「そういうことじゃない。お前が冒険をしたがっているのは分かっている。俺が聞きたいのは、何か目的や、計画でもあるのかということだ」
レオンハルトは白兎の言葉に先んじて告げる。どういうつもりなのかと。それに対し白兎は、意味を測りかねつつも、考えた末に、
「……旅をして、強くなって……ち、父上の様になりたかっただけです!」
「……俺の様になってどうする? いや、そもそも……どうやってなるつもりだ?」
「! それは……」
強くなって、という言葉はレオンハルトは求めていない。故に、その質問に咄嗟の言葉を返すことが出来なかった白兎。理由や方法が全く思い浮かばないというわけではなかったが、言い淀んだ時点でレオンハルトは息を入れ、白兎への言葉を続ける。
「白兎。お前は、この世界の厳しさを知らない」
「……し、知っています。この世界は──」
「いいや、知らない。知っているつもりになっているだけだ。知らないよりもよっぽど質が悪い」
言葉を先に制され続けてしまう。まるで戦闘の時の様だった。
「お前は確かに一人前になった。常人よりは遥かに強い。そこらの奴らが集まったところで、お前に勝つことは出来ないだろう」
「そ、それなら……」
「だが、一人前程度ではこの世界を渡り切ることは出来ない。この世界で完全に自由になりたいのであれば、最低でも魔人としての立場と、それらに襲われても全く問題ない程度の力がいる」
何を言おうとしても通じない。経験の上でも能力の上でも父は白兎の上を行くのだ。
「俺とて、完全な自由には程遠い……いや、むしろ俺は囚われている方だと言っても過言ではない」
「……で、でも、父上は、最強で──」
「確かに俺は誰が相手でも負けるつもりはないし、それ以上の強さを求め続けているが……結局俺も、魔王などにはいつの時代も従って生きている。その点では、俺も自由ではない」
いいか? とレオンハルトは白兎に言い聞かせるように、
「真に自由になりたいのであれば──それはもう、魔王になるしかない」
それ以外は全員、地上に生きる者達は残らず首輪を付けられているのと一緒だ。
レオンハルトは、それを脱する方法も持っているが、敢えてそれを告げずに言う。絶対命令権が無かろうとも、力の上で負けているのならそれは同じ事だからだ。
「白兎。お前は、魔人に複数人で襲いかかられても勝てるほどに強いのか? どんな卑怯な手を使われても生き延びていけるほどの抜け目無さや、時には泥をすすってでも生きるほどの生き汚さを持ち合わせているのか?」
「…………そ、そんなの──」
「厳しいようだが、これが現実だ。多くの人間は、お前とは比較にならない程の過酷な環境で生き延びようと足掻いている。たった一日を生きるにも必死だ。俺達の様に、温かい部屋で周りを気にすることなく睡眠を取り、毎日腹いっぱいになるまで食事が摂れ、自分より上位の存在に遊び半分で殺され、苦しめられるようなこともない存在など貴重だ」
自分達は、お前は、恵まれていると、そう指摘する。
白兎はそれを聞いて、先程よりも気勢を衰えさせつつも、
「……父上も、その気持ちは──」
「俺も、完全には分かるとは言い難いかもしれないな。だが俺とて、幼い頃は守ってくれる親などおらず、毎日の食事を自分で調達するしかなかった弱い時期があった。魔物に怯えるしかない時期があった。その分だけ、お前よりはほんの少しだけだが、気持ちが理解出来る」
それでも、今の人間には敵わないだろうが、とレオンハルトは自嘲気味に告げる。
それは白兎にとって、初めて知る父親の幼い頃の話だった。
それらを一部教えた上で、レオンハルトは言う。現実を思い知らせるように、
「白兎、世の中には、野草を煮ただけの味も栄養も無く、腹も殆ど膨れない粗末な食事を笑顔で分け合い、時には取り合うような生活を送る人間が数多くいる」
続ける。それは、レオンハルトが娘に初めて語る世界の汚い部分だった。
「魔物界で育ったお前に金の価値はあまり理解出来ないかもしれないが……たった10GOLD──いや、1GOLDのためなら、子供だって人殺しをする。その日の糧を得るためなら何だってする。女なら……どんな醜い相手だろうと、身体だって開く」
「……っ……」
その話を聞いた白兎の表情の僅かな歪みは、レオンハルトの心を締め付けるには十分なものだった。
本当なら、こんなことは教えたくもない。聞かせたくもないことだ。
だがそれは、本当の意味で白兎の為にならない。
だからレオンハルトは続ける。白兎の為に、
「俺は自分と自分の身内、周りの生活を守るために、あらゆる力を獲得している。理不尽な目を受けず、ある程度自由に動くためには、単純な強さだけではなく、人を使い、味方を作り、情報を集め、緻密な計画を立て、用意周到に動かなければならない。周りの者達が、つけ入ろうとする隙の一切合切を排除して初めて、今の安定が成り立っている」
言う。それはレオンハルトとしては最も言いたくないことの一つだ。
「そのためには、時として、人に言うことを憚られるような汚いことだってする必要がある」
それは、
「……白兎。俺が今の生活を守るために、魔王相手に男娼紛いのことをしているのを知っているか?」
「…………えっ?」
白兎が間の抜けた声を上げる。そんなことは露とも知らないといった表情だ。
実際、知るはずもない。使徒や一部の近しい相手を除き、誰にも言ったことはないからだ。
「他にもだ。俺は今の牧場の体制を維持するために、毎月牧場から一人、人間を差し出している。痛みに慣れていない人間が好きだからと、外から攫ってきたり、まだ汚れていない子供やA級の人間から差し出すこともある」
「っ……それは……確か、時折いなくなる……」
「まあ、そのことについては多少は分かっているか。察しの通り、それは毎月送る、魔王様への献上品だ。それが俺が人間街という少数の人間でも優遇するようなシステムを作った際に、魔王ジルから出された条件だ」
「そんな裏事情が……」
「っ…………」
それを聞いていた人間牧場出身のイヴが驚きをみせる。
確かに、脱走する子供などは時折いたし、牧場でも時折処分される子供がいる。そういった人間は使徒の誰かが連れて行く。どこかで処分しているのだろうかと思っていたのだが、そんな事情があったとは知らなかった。
そしてもう一人──それを聞いてしまっていた日光は、無言のままその話に思うところがあるのか、考え込む。彼女もまた、不可思議に思っていたあの人間牧場の裏事情を聞いて衝撃を受けている者の一人だった。
残酷な話だが、それは確かに、多数の人間を救っていることには違いなく、それ故にそのことを責めることが出来る者はいない。
ただ一人──当人を除いては、
「俺は皆が思うほどに完璧な魔人でも崇高な人格も持っていない。抵抗し、幸福でありたいと願う人間を容赦なく地獄へと突き落とす外道。女子供だろうが敵対すれば容赦なく切り捨てる修羅。血を好む魔人そのものだ」
「父……上……」
「幻滅したか? 俺はそもそもこの地獄を作り上げた張本人で、自分の益の為に他者を食い物にする魔人だ」
だが、とレオンハルトはそこで間を開けて言う。自分を擁護するつもりではないが、
「だが、世の中を知り、生きている者達というのは、皆そうやって生きている。時に強者に媚び諂い、策を企て、計算の上で生きている。殆どの者は、そうしなければ生きていけない。先程は俺も汚いとは言ったが、普通の人間よりは遥かにそういう手段を取らなくて生きることが出来る。そういう意味で恵まれていることも確かだ」
だから、と、
「白兎。お前が俺の保護から外れようとするということは、ただの自殺行為だ。親として、それを看過することは出来ん。ただでさえ、俺の娘という立場は目につく。それがバレるにしても隠し通せてたとしても、どっちにしろ茨の道だ」
と、レオンハルトは白兎へ、分かってくれと、そういう意味を込めて告げる。
「ましてやお前だけでなく……お前の友人──
「……ぁ……」
「……そ、それは……」
白兎が短い声を上げる。イヴも告げられた厳しい言葉に何かを言おうとしたが、レオンハルトの視線を受けて何も言うことが出来ない。白兎にそんなつもりはないと言っても、今はあまり効果がない。論点はそこではないのだ。
イヴが何も言ってこないことを確認しつつ、白兎の表情を見たレオンハルトはそこで溜息をつく。今度は、自嘲気味な様子で、
「だが……それらは全て、俺がお前にそういった現実を教えてこなかったことに責任がある」
「……!」
懺悔するかのようにレオンハルトが言う。それは、正しく謝罪しているかのようだった。
「無知は罪だと言う。しかし、他人が言うならそれで良いが、俺は親だ。親には、子供に教えてこなかったという責任がある」
「父上……」
「……俺はこれを機に、また色々と考えなくてはならない。だが、その前に……お前はどう思う、白兎。お前はこの話を聞いてどうしたい?」
「……私、は……」
レオンハルトに父として問いかけられ、白兎が俯く。父に初めて、剣の修業以外で厳しい言葉を掛けられ、どうしていいか分からない様子だ。
彼女にとって父、レオンハルトという人物は、誰よりも強く、完璧で、それでいて優しすぎるほどに優しい父親だった。
だからこそ、彼女にとって、レオンハルトという人物は、
「……私は……パパを……パパと同じくらい強くなりたかったんです……」
言う。それはずっと秘めていた白兎の気持ちだ。
それは、
「……パパと同じくらい強くなって……、パパに認めてもらって……パパの助けになりたかったんです……!」
「俺の助けに……?」
白兎が小さく頷く。その表情は、今にも泣きそうになっていた。
「パパは……いつも何かに悩んだり、お仕事で大変そうだから……私が立派になって自立すれば、少しでも負担が無くなるかもって……パパの悩みを解決出来るくらい強くなれば、もっと頼って貰えるかもしれないし、パパを心配してるママも喜んでくれるかもって、そう思って……」
「っ……白兎……」
父親を助けてあげたい。白兎の想いは、殆どが親のことだった。
「パパ以上に強くなれば、パパとママを困らせてる相手を……どうにか出来ないかと思って……!」
白兎の声が震える。それはもう、殆ど泣いていた。
「それに私は……生まれた時から目が見えないから……それでパパとママの足手まといになっちゃいけないと思って──」
「っ……ふざけるな!!」
それは、周囲の生き物がまとめて逃げ出すような、レオンハルトの怒声だった。
レオンハルトは我慢できずに、白兎に向かって距離を詰め、彼女の肩を掴む。
そして有無を言わせず彼女と視線を合わせ、
「お前の目が見えないから何だって言うんだ!?」
「っ……で、でも……私、幼い頃から迷惑を掛けてきて……だから──」
「そんなこと、お前が負い目に思う必要はない!! いいか!? お前がどんな病気だろうが、才能が無かろうが、親にとってはそんなことは関係ないんだ!」
「……でも……」
「でもじゃねぇ! いい加減にしろ白兎! 俺はお前が俺に迷惑を掛けたことを怒ってるんじゃない! 周りの奴らに迷惑を掛けたことはともかく、俺や紅月に対しての迷惑をお前が苦に思う必要はないし、ましてや役に立つ必要なんてない! そんなつまらないことを気にするな!」
そんな思い違いをしているとは思わなかったと、レオンハルトは自分が情けなく感じる。まさか、そんなことを考えていたとは。
そして、そんなふざけた考えを許す訳にはいかない。正さなくてはならない。レオンハルトはそのために声を張り上げた。
「いいか!? 親は自分の子供を無条件で愛するものだ! 子供を愛さねぇ親なんて親じゃねぇ!! お前が何をしでかそうが、俺や紅月、他人に迷惑を掛けようが、強くなくても、目が見えなくても、そんなことはお前を愛する上では関係ない!」
「……パ、パ……」
白兎はそこでようやく、父親の真意を察する。
レオンハルトが言う言葉。それらは全て、白兎の事を思って言っているのだと、
「……俺がなんでさっき、あれだけ厳しい事を言ったか分かるか? 俺が、お前に監視を付けたり、自由にさせないでいるか分かるか……?」
「……っ……」
白兎は半ば理解していながらも、父親の初めて見る表情に言葉を返すことが出来なかった。
それは、あまりにも弱々しいものだったから。
魔人の浮かべる顔ではない。
それはただの、レオンハルトという一人の親の言葉だ。
「俺は……お前を愛していて……愛しているからこそ……只々心配なんだ……」
「っ……!」
それは縋るような言葉だった。頼むから分かってくれと、己の弱さを曝け出すような言葉だ。
「俺は……大陸の端で危険に遭うお前を守れるほど万能でも強くもない……お前の居場所が分からなくなったと言われた時は気が気じゃなかったんだ……だから俺は万が一、何かが起こった時に対処出来るように、本当は教えたくなかった剣もお前に教えたし、渋々だが経験だって積ませた」
もっとも、それは不十分であったのだが、とレオンハルトは謝罪する。
白兎がそういった行動に出た背景には、レオンハルトの教育不足があったのだと自覚しているから。
だが、言う。それらを認めてなお、レオンハルトは親として、
「頼むから……無謀な事だけはしないでくれ……冒険に出ても良いし、俺に出来ることなら何だってしてやる……お前が知らないことだって幾らでも教えてやるし、どんな時だって助けてやる……お前を守るためなら、俺はどんな強敵だろうと、無謀な相手だろうと立ち向かってやる……」
だが、
「俺は無敵じゃない……お前が無謀な行動を取り続け、お前を守ろうとする俺は……いつか必ず、先に死んでしまう……」
「──!」
表情を変えた白兎に、レオンハルトは、分かるか? と問いかける。
「俺の命は重いんだ……俺が死ねば、俺が守っていた多くの人が死んでしまう……お前だって、きっと例外じゃない……だから、ほんの少しでいい。ほんの僅か少しでいいから……もっと自分を大切にしてくれ……!」
と、
「俺はお前を愛していて……心配しているんだ……! 失うことなんて、
「っ、パ……パ……」
それは白兎も含めて、その場にいる誰もが知った、レオンハルトの内に秘めている弱さだ。
レオンハルトは身内を失うことを何よりも嫌う。そしてその縁を結んだ者を大切にする生き方そのものが、彼にとっての弱さであり、唯一の弱点なのだ。
仮にレオンハルトが一人であり、大切な者が一つもないのであれば、彼はきっと、無敵であっただろう。命懸けの戦いを計算無く続け、それでもなお生き残り、世界をどうにかしてしまっていたかもしれない。
だが、強くあり続けられるのも、その大切な者達のおかげなのだ。
それがなければ、王にも英雄にもなっていない。ただ強いだけのチンピラにでも成り下がっていただろう。
そしてレオンハルトのその言葉を、真正面から受けた白兎は、もはや様々な感情がないまぜになり、
「っ、ぐす、ひぐっ、ごめんなさい、パパぁ……っ!!」
父親に抱きつき、胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
それはいつもの、レオンハルトの娘であろうとした白兎の顔ではなく、秘めていたただの子供としての白兎だった。
それを受け止めたレオンハルトは、腕を回して抱き返してやり、
「ああ、いいんだ……別に間違えてもいい……俺だって間違える……だから、これから学んでいけばいい」
「ふ、ぇぇぇぇん! ぱぱぁ、ごめんなさぁぁぁいっ……!」
白兎が初めて、それこそ赤ん坊の時を除けば初めて泣いて、父親の胸に甘える。
それを見ていた周囲は、
「……ふふ、良かったですね、白兎さん……」
イヴなどは、白兎と付き合いも長く、その気持ちも半ば理解していたため、妙に感極まって笑みのまま潤んでしまう。
思えば、ずっと親に甘えたいという想いを秘めていた白兎だ。本音の部分では甘えたくても、父親の様になりたいからと、それを封印してきていた。
これからは、父親の様になる目標を例え抱き続けたとしても、甘えることだって出来るし、父親を倣って無謀な事をすることもないだろう。
そう思えば、今回の家出に付き合った甲斐はあるのかもしれないと、イヴは微笑ましく目でその光景を見守った。
その光景を見ていた日光は、自分の中に置き場のない感情が浮かんでくるのを感じた。
魔人と魔人の娘。人間を苦しめる諸悪の根源とも言うべき存在。
日光が殺すべき存在であり、絶対に相容れないと思っていた存在だ。
血も涙もない外道であり、人間を遊び半分で殺すような不逞の輩。
だが、眼の前の光景は一体なんだ?
魔人と魔人の娘が言い合いの末に抱き合い、涙を流す娘を親が慰めている。
目の前の魔人は、多くの人間を苦しめている化け物であるはずなのに。
なら、この光景は何なのだ?
とても血も涙もない魔人とは思えない。
この光景が、親子の語らいが、人間のそれとどう違うのだろう。
その説明を、日光には出来ない。目の前の魔人を殺すべきだというのに、そういった憎い感情が湧き上がってこない。
むしろこの光景を、ここに至るまでのそれを見て、よく分からないが良かったと感じてしまっている。
かつて告げられた事。考えた事を再び思い出してしまう。
即ち──人間と魔物の、何が違うのか。
少なくとも眼の前の魔人とその娘は、人間と同じ様に他人を慈しむ心を持っているように感じる。
他の魔人や魔物がそうだとは限らないが、それでもこの光景は日光にとって、自分の在り方を迷わせるものだ。
……私は……。
その答えが、今はまだ出てこない。魔人を殺すべきという答えが霞に掛かったように見えづらくなる中、日光は立ち去ることも出来ずに、その場に居続けた。
雨降って地固まる。そうなると思われていた数分後。しばらくの間、泣いていた白兎が落ち着きはじめた時だ。
実際に親子間の禊は済み白兎やレオンハルトが他の面々に謝罪をしていると、
「──レ、レレレオンハルト様ーーーーー!! 大変ですわーーーーー!!!」
突然その場に、大声を上げながら全速力で走ってくる金髪ツインテールの姿。
それを見てレオンハルトは、ひょっとしたら緊急の要件なのではと、皆との会話を一時中断した。
「……どうしたキャロル。いつもより声が大きいが……何か遭ったのか?」
「そ、そそそそうなんですの! とっっっっっっても大変ですわ!! もうヤバいですの!! 前代未聞ですわ!! そして、内密にすべきお話ですわ!!」
「分かったから、少し落ち着け。そしてさっさと話せ。緊急なら時間が惜しい。気にせず話せ」
「私の事は気にしないでパパを優先してください」
と、白兎が言ったところで、キャロルが深呼吸をする。そしてレオンハルトの首に掴まったままの白兎を見つつ、
「……なんだか微妙にきになりますが、白兎様にも関係があることですので聞いてほしいですわ!」
「私にも関係があるお話ですか?」
「……? 何だそれは。それで緊急性の要件……?」
レオンハルトは考えてみるが、分からない。紅月関連の事だろうか、と適当に当たりを付けてみる。
しかし、緊急性と言う割には、キャロルの表情には余裕があるので、誰かに危険が迫っているといった要件では無さそうだとレオンハルトはリラックスしながらキャロルの報告を聞くことにする。
「では、言いますわよ────」
と、キャロルは迫真の表情で喉を鳴らし、勿体付けた。いいからさっさと言え、とレオンハルトがその言葉を待っていると、
「…………ケッセルリンク様が……………………
「そうか。ケッセルリンクが、妊……娠……………………」
ん? とレオンハルトはちょっとあり得ない言葉を聞いてしまい、真顔になる。
他の面子も似たようなリアクションだ。というか、絶句している。白兎以外は、
「! ということは……もしかして、私に妹が出来るんですか!?」
「弟かもしれませんわね! とにかく、めでたいことですわー!!」
やんややんやと喜ぶキャロルと白兎。そのコンビを見ながら、レオンハルトは引き攣った笑みを整えつつ、
「……い、いや、ちょっと待ってくれ……よく聞こえなかったんだが……何だって?」
再度、何かの間違いではないかと聞き返す。しかし。
「ケッセルリンク様が妊娠しましたわ! おめでとうございます、レオンハルト様!」
「ありがとうございますパパ! 私、ずっと妹か弟が欲しかったんですっ!」
「……………………………………………………………………………………」
「って、パパ?」
「どうかしましたの、レオンハルト様?」
二人が首を傾げる中、レオンハルトはここ数百年で一番の放心状態となる。
ケッセルリンク。言うまでもなく、魔人であり、レオンハルトの女でもある女性だ。
だがこの場合、女性という部分ではなく、魔人。魔人同士、という部分が何よりも重要であり、
……いやいやいや、そんなまさか……。
と、レオンハルトは内心で冗談ではないかと否定してみる。
だが、自分の体質は自分が誰よりも分かっているし、そもそも魔人同士でも出来ないということはない。確率はかなり低いだろうが、決して出来ないということはなく。
かといって、そんなことがあるとは、
「一体どんな確率だぁーーーー!?」
「レオンハルト様の珍しいツッコミが出ましたわ! やはり今日はめでたいですわね!」
「い、言ってる場合じゃねぇーー!? と、ととととにかく急いで向かうぞ……! お前ら急げ!!」
「ふふん、今お姉ちゃんが行きますからね……待ってて下さい、名もなき妹! もとい弟!」
「もう姉になった気でいる!?」
「きき!」
「ほう……レオンハルトの精ってすげぇなぁ……」
「羨ましい……我もどうにか……」
「やっぱり、一度くらい産んでみるべきかしら?」
「…………私は、どうすれば……」
「とりあえず連れていきますわー!」
「えっ? いや、待っ――」
皆が口々にその感想を言い合いながらも、衝撃報告を受けて全力で走っていくレオンハルトを、その場にいた皆で必死に追いかけることになったのであった。
スラル&ジル「「…………は?」」
というわけで次回から、ケッセルリンクのパートを経て、またガイ君のパートに戻ります。そろそろ才能覚醒かな……まあそれより衝撃の事件が起きましたけども。天文学的確率であろう確率で撃ち抜くとか、レオンハルトは凄いなぁ(白目)