大陸北部。魔軍が世界を支配する上で、魔王ジルから全権を任されている魔人レオンハルトは、世界各地にある人間牧場と、そこを管轄する魔人達に、その一帯の土地を支配、領地として管理させている。
特に魔人四天王に名を連ねる魔人ともなれば、管理する牧場の大きさも領地も広い。魔軍を動かす上でも、大陸を四つに分割し、その方面の責任者としてもいるのだ。魔王ジルは統治や部下の管理に全く興味がないため、滞りなく人間の家畜化と支配さえ行っていれば特に問題はないのである。
その中で大陸北部と言えば魔人四天王の一角、魔人ケッセルリンクが統治し、彼女の居城がある土地だ。
大陸北部の氷雪地帯を除いたとしても、北部は全体的に冷帯であり、他の地域よりも寒さによる凍死が常に付き纏うため、人間の管理にも注意が必要であったりする。
そのためか、北部は全体的に、魔人としては良識を持つ冷静な者達が治めているところが殆どである。ケッセルリンク以外でも、魔人メガラスや魔人ジークが大陸北部地域の牧場を担当している。魔物大将軍イヴァンが治める牧場もあり、それについては評価が分かれるが、比較的、他の地域よりは人間の扱いは優しいように思えた。
魔物の方も寒い地域では人間程ではないが、あまりやる気が出ず、室内で暖を取りたい。一々外に出てまで人間を虐めに行こうとは、全くならないこともないが、他の地域よりは頻度が低いのである。
そんな大陸北部にあるケッセルリンクの城は──ざわついていた。
「ど、どどどどうすれば……! とりあえず人払いは済ませたけど……何をすれば……!?」
城の玄関ホールにて、魔人ケッセルリンクの使徒であり、メイド長を務める少女、エルシールは明らかにテンパっていた。
最近は使徒としてもメイド長としても貫禄がついてきた彼女であるが、ケッセルリンクのメイドとして過ごしてきた史上──いや、魔物界史上で前代未聞の事態が起こったことに対して、彼女は動じずにはいられなかったのだ。
だが、その後ろから呆れるような反応が来た。同じくケッセルリンクに仕える同様のメイド服を身に着けた赤い髪の少女と、それとは別の魔人──今回の一件に深く関わる魔人の使徒だ。彼女は玄関ホールにある支柱の柱に腕を組んだまま寄りかかり、
「少しは落ち着きなって、エルシール。気持ちは分かるけど、何も危機って訳じゃないんだから」
「そうだよ。城に詰めていた魔物連中も追い出したしさ。後はまあ……レオンハルト様が着くのを待つだけだね、とりあえずは」
と、言ったのは、魔人レオンハルトの使徒であり、話を聞いて瞬間移動で駆けつけたハンティと、ケッセルリンクの使徒メイドの一人であるバーバラだ。彼女たちはエルシールとは違って落ち着いた様子でおり、特にハンティなどは、さもありなん、と言った風に普段と変わらない様子だ。
そんな様子を見て、エルシールは多少は落ち着きながらも疑問を向け、
「ど、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか……?」
「んー、まあ、レオンハルトだしねぇ……一人目の白兎が生まれた時点で、遅かれ早かれそうなることもあるかもって、予想はしてたよ」
レオンハルトのやることだから、と使徒である彼女でなければ分からない様なことを言い、肩を竦めるハンティ。それを苦笑で見たバーバラは、それとは別に、
「……私は、よく分かんないけども……魔人の子って言っても、ケッセルリンク様の子供には変わりないかなって……だったら、普通の子供だと思って、ちゃんと接してあげることを考えた方がいいんじゃないかってさ。勿論、立場が立場だし、ケッセルリンク様のサポートもちゃんと考えないといけないとは思うけど……」
「ば、バーバラ……貴方……」
後輩の言葉に、エルシールもハッとする。確かに、魔人の子と言えども、自分達の敬愛する大切な主の子供だ。
ならばその子供だって自分達の大切な身内に他ならない。それは正しい。エルシールもそうするべきだとは思っている。
とはいえ、色々な観点から見ると、やはり心配になってしまう。今も寝室にはシャロンやパレロア、加奈代がケッセルリンクの元にいて容態を伺っているので大丈夫だと思うが、居ても立ってもいられない気持ちが湧いてくるのだ。
だがそんなエルシールを見たハンティは、軽く冗談めかすように右手を上げつつ、
「それに、あのレオンハルトとケッセルリンクの子供ともなれば、それこそ物凄い才能を持った子が生まれそうだし……成長したら、ちょっと戦りあってみるのも──」
「「駄目です!!」」
「──即答だね……」
ハンティが半目を向けて苦笑する。声を合わせたエルシールとバーバラは揃ってハンティに詰め寄り、
「メイド長として、お嬢様、もとい坊ちゃまを危険な目に遭わせる訳にはいきません!!」
「幾らハンティさんでも、それだけは駄目ですからね!? ハンティさん、手加減抜きでボコボコにしちゃいそうですし!」
「あんたら……あたしを何だと思ってるのさ……これでも手加減は上手な方なんだけどねぇ……」
「「駄目なものは駄目ですっ!!」」
一応、普段は使徒として先輩であり、主が世話になった人物、使徒の最強の存在であるハンティを立てている二人も、いずれ生まれる子供が眼の前のウォーモンガーの犠牲になると知れば、黙っていられない。全力で止めようとしてくる二人に、ハンティが若干、不満そうにしていると不意に、
「──まあ、始祖様なら子供相手でも強ければぼこぼこ~ってしちゃいそうですし、その判断は間違ってませんね」
「! ──うっさい、ペール。教育に悪いで言ったら、あんたの方が上でしょうが」
と、その場に現れたのは同じくレオンハルトの使徒であり、ケッセルリンクとはカラーの女王の先輩後輩の関係であるペールだった。
彼女は悪戯っぽい表情を浮かべつつハンティを軽くからかうと、そのまま三人の輪に合流する。彼女を見たエルシールが、
「ペールさん……転移魔法陣でお着きになったんですね」
「まあ、さすがに様子を見たかったですからね」
と、ペールが手を振りながら軽く挨拶。レオンハルトの城とケッセルリンクの城は、いつでも行き来が出来るように、城の中に転移魔法陣を設置してあり、魔力さえ注ぎ込めばいつでも移動が可能である。先に別件でやって来ていたキャロルと同様、それを用いてやってきたペールは機嫌良さそうな様子で口を開く。今回の一件は彼女にとっては朗報でしかないようで、
「いや~、とうとうケッセルリンク様にも子供が出来るなんて……感慨深いものがありますよう。これはペールちゃんの出番も近いかもですねぇ!」
「……そういえば、リーさんは来てないけど、何か用事でも?」
「って、バーバラちゃん、いきなりスルーしようとするのは酷くないですか?」
まあいいですけどね、と相変わらずのノリでバーバラのスルーすら気に留めないペールはその質問に答えた。
「リーさんも来たがってましたけど、さすがにレオンハルト様も居ないのに、使徒全員が街を空けるのは駄目ですからね。私達の代わりにせっせと仕事してますよう?」
「よく言うよ。押し付けてきた癖に」
「あ、バレました? さすがは始祖様、ペールちゃんのこと理解ってますねぇ」
したり顔で言うペールに、ハンティは呆れる。今頃は仕事を押し付けられて、しかし責任感が強いため投げ出すことが出来ずにせっせと働くリーが目に浮かぶ。
しかし、ケッセルリンクと特に関わりが深いペールが来たがるのも分かるので、リーとしても納得してないこともないだろうが。
「それで、レオンハルト様はまだ来てないんですか?」
「……いや、もうすぐだと思うけど……キャロルが伝えにいったからね。あたしが行こうと思ったんだけど、それを言う前にキャロル、走って行っちゃったし」
「あら、そうですか。……くふふ、レオンハルト様、聞いたらびっくりするでしょうねぇ。何せ、まさかの魔人同士の子ですし」
口元に手を当てて、魔人同士の子、という、劇薬となる可能性の高い存在を思い、しかし笑みを浮かべてみせる。
それだけレオンハルトを信頼しているとも言えるし、単に自分が慕う二人の子、というのが嬉しいだけだったりするペール。
そしてそれを聞いていたエルシールは、ふと、疑問に思っていたことを聞いた。そもそも、
「……魔人の子って……あの白兎さんが生まれた時に魔人でも子は作れるってのは分かりましたけど、互いに魔人でも可能なんですか……?」
「実際に出来てるだろう? それが真実さ」
「そ、そう言われてしまうと何とも言えませんけど……それでも可能性は限りなく低いんじゃ……?」
ハンティに端的に答えを告げられて怯みつつも、再度問いかけてみるエルシール。するとハンティも今度は真面目な表情で、
「……ま、可能性がかなり低いのは間違いないね。そもそも女性の魔人が妊娠するってこと自体、新しい発見になるし」
「加えて相手も魔人。通常でも魔人が子を成すのは、通常よりもかなり確率が低いですから、これが魔人同士ともなると……それこそ、あり得ないことであるのは間違いないですよう。さすがはレオンハルト様ですねぇ」
「実際に起きたんだからありえないことでも何でもなくなったけどね。ほんと……レオンハルトの奴、どんな星の下に生まれてきたんだか……」
ハンティは呆れるように、ペールは面白そうに魔人の子という存在を語る。
それを聞いたエルシールやバーバラは、改めて主の妊娠が、とんでもない確率を乗り越えた奇跡の産物であることと、これから生まれてくる子の希少さ、史上初であることを思って喉を自然に鳴らしてしまう。
そんな時だ。外から声が聞こえた。
「────城内に報告致します! 魔人レオンハルト様がお着きになりました!!」
「!」
「……来たみたいだね。さて、あたしらも一緒に行く準備をしようか」
「ですね」
城の外からの声は、警備の魔物兵、及び、魔物隊長、魔物将軍のものだ。
基本的にケッセルリンクの城はケッセルリンクとその使徒メイドが管理しているが、城外の警備などには魔軍の人員を用いているし、魔物将軍であれば入城して報告を行うこともあるため、行き来が無い訳ではない
だが今は、機密保持の為に城から魔物を締め出している。今城内にいるのは、ケッセルリンクとその使徒メイド。レオンハルトの使徒のみだ。
そしてこれからの事を考えると、この体制は続くかもしれないと思いつつ、エルシールはバーバラに告げた。
「……魔人レオンハルト様を迎えます。行きますよ、バーバラ」
「……はい。メイド長」
バーバラも一メイドとしてエルシールに付き従う。
以前から、主と親しい間柄として、レオンハルトやレオンハルトの使徒達とも付き合いがあるが、今回の一件を切っ掛けに、様々な意味で協力、連携する必要があるだろうと予感し、彼女達は城門を開けた。
ケッセルリンクの寝室では、ベッドに腰掛けるケッセルリンクの姿と、その周りに付いている使徒達の姿があった。
だが、その状況を見て、有り難いと思いつつも微妙に困惑しているのは、ケッセルリンク自身だった。というのも、
「……少し、大げさではないかね?」
「いえ、妊娠が発覚した以上、ケッセルリンク様のお身体をこれまで以上に大事にお守りし、そしてお世話をするのが私達メイドの仕事──いえ、使命ですから」
ニコリ、と相変わらず隙のない笑顔を浮かべてそう言ったのは、ケッセルリンクの使徒の中でも一番の古株であるシャロンだ。
彼女の有無を言わせない雰囲気は、ケッセルリンクに作用するようなものではなかった筈だが、さしものケッセルリンクでも、今回の事については、彼女達から譲らないという意志を感じ取れてしまい、若干怯んでしまっている。しかし、言うべきことは言うのがケッセルリンクで、
「……まだ、妊娠が発覚しただけなのだが……」
「いいえ、ケッセルリンク様。失礼を承知で申し上げますが、それは甘い認識です。妊娠中は、極力、身体に負担を掛けるようなことは避けるべきです。ましてやケッセルリンク様は魔人。どんな症状が現れるとも限りませんし、細心の注意を払うべきだと具申します」
「これからは、最低でも二人はケッセルリンク様の側に付くことになりますからね。栄養管理などもこれまで以上に気をつけますし、何かあったら直ぐに申し付けてくださいね?」
同じ様に側に付いていたパレロアや加奈代も、ケッセルリンクに対して安静でいるようにと有無を言わせない雰囲気で告げる。
特に、パレロアなどは誰よりも真面目な表情だ。一度母として出産を経験し、子育ても経験していることもあり、ケッセルリンクに妊娠の疑いがあると最初に気づいたのも彼女であり、発覚してからも誰よりも落ち着いた対応で皆に指示を飛ばし始めたのだ。
少々過保護である気もしないでもないが、前代未聞であることも事実であり、皆が自分やお腹の子のことを思って動いてくれてることも理解しているため、嬉しく思い、感謝こそすれど、迷惑がるようなことはない。
「……ああ、分かった」
だが、喜びと不安が同時に沸き立つのは止められない。
愛しい人の子供を授かる。女として、これほど嬉しいことは他にない。
しかし、
「……魔人同士の子か……苦労を掛けてしまうのだろうな……」
「ケッセルリンク様……」
シャロンの心配するような声が耳に届く。これが普通の人間やカラーであったのなら、子供も普通に生まれ育つのだろう。
しかし魔人の子ともなれば、生まれてくる子にも、相応の責任と苦労が待ち受けている。
無論、今の世の中を考えると、魔人の子であったほうが安全なのは確かだが、
「……私は、本当に母となっても──」
「──その先は言うな」
「!」
言葉の途中でそれを止めたのは、ノック無しに扉を開いて現れた男。魔人レオンハルトだった。
同じく使徒のキャロルやハンティ、ペールなども後ろに続いてくる。それを見てシャロンが、
「おじ様に、皆様も……お早い到着で」
「全力で走ってきたからな」
「さ、さすがに疲れましたわ……」
「だからあたしが行こうとしたのに……」
「来ましたよう、ケッセルリンク様」
「ふふん、私もいますよ」
「あら、白兎様まで……」
と、息を整えるキャロルや、呆れるハンティ、笑みで挨拶を告げるペールの後ろから、レオンハルトの娘である白兎も姿を見せると、彼女を見てシャロンが近づいていき、
「……こんなに汚してしまって……駄目ですよ、白兎様。白兎様は女の子なんですから身だしなみには気をつけてください」
「わっ、しゃ、シャロンさん? いつも言ってますが、私はもう子供じゃないですから、そういうのはやめてくれると──」
「駄目です。ほら、汚れを落としますからじっとしていてください」
「う、うぐ……な、何故かシャロンさんには逆らえません……」
部屋に入ってくるなり、シャロンの可愛がりを受ける白兎を横目で見て、何とも言えない表情を浮かべるレオンハルト。何かを言おうとしたが、その前にシャロンの笑みがレオンハルトの方を一瞬向いて、それで黙らされてしまっていた。
諦めたレオンハルトは白兎とシャロンから視線を切り、息を整えると、再びケッセルリンクの方を見て口を開く。告げる言葉は、先程の続きだ。
「……ケッセルリンク。色々と思うこと、不安もあるだろうが……一先ず、先に言わせてほしい」
と、レオンハルトは咳払いをして、ベッドに腰掛けるケッセルリンクを真っ直ぐに見つめると、
「──ありがとう」
「っ……」
レオンハルトが軽く屈んで、ケッセルリンクの手を浅く握りながらそう口にする。その彼の真っ直ぐな、想いの乗った瞳と言葉に、ケッセルリンクは何も言えなくなってしまう。
だが彼の方は苦笑を浮かべて、
「……勿論、これからの事の不安や、懸念は色々あるだろう。だが、それらについては任せてほしい。考えるなと言われても無理だろうし、そこまでは言わないが……出来れば、母になること、子供の事に集中してくれ」
他の事は全部自分が何とかする──そう覚悟を決めた表情で言われ、ケッセルリンクは胸の内が晴れやかになるのを感じて、
「……ふふっ、不思議なものだ。先程まではあれほど不安が渦巻いていたというのに……貴方にそう言われるだけで、とても安心する」
「……父親として、自分の……女や子供を守るのは当たり前の事だ。魔人だろうと、それは変わらない」
そうかもしれない。だが、
「……私からも言わせてくれ」
と、ケッセルリンクは温かい笑みを浮かべて先程と同じ言葉を告げた。それは、
「──ありがとう」
「……ああ」
「私が母になれる日が来るとは思わなかった……こんな気持ちになれるのも……貴方があの日、私の命を救ってくれたからだ……」
「……また古い話を……しかも皆が聞いてる前で言わなくてもいいだろうに……」
ケッセルリンクが告げると、レオンハルトが渋い表情となり視線を逸らす。昔は今よりもやんちゃしていたという自覚が彼にはあるようで、昔の話をするとこうやってバツが悪そうな表情を浮かべる。
それはまるで、昔の彼の様であり、愛しく、そして子供の様なその反応が何だか可愛らしいと思ったケッセルリンクは、ふと思い立ってからかうように、
「……“男が女を助けるのに、理由はない”……だったか?」
「っ……よく憶えてるな……そんなクサイ台詞……」
「ふふ、すまない。だが、愛しい男の言葉だ。何年経とうと忘れられるものか」
「……全く、お前は……」
レオンハルトが顔を手で押さえ、息を吐く。
すると、それを聞いていた他の面子が、
「そうそう。それでレオンハルト様は、ケッセルリンク様を拐かしたんですよね! このペールちゃんと一緒に!」
「人聞きの悪い事を言うな、ペール! 拐かしてはないだろうが!?」
「……パパにそんな過去が……」
「駄目ですよ、白兎様。おじ様の悪い影響を受けては。おじ様は無自覚で女性への殺し文句を言う悪癖がありますから。さあ、あっちに避難しましょう」
「ぐっ……シャロンまで……」
昔話に乗っかってきたペールのせいで、レオンハルトがぐぬぬと表情を歪ませる。あまり見ない表情なだけに新鮮だが、ペールなどは更に続けて、
「いやぁ、懐かしいですねぇ! あの頃はまだまだ右も左も分からない、初心でねんねなケッセルリンク様やペールちゃんを、レオンハルト様が優しく導いて……くんずほぐれつのあへあへな感じに……くふふ」
いやらしい笑みを浮かべて身体をくねくねさせるペール。それを半目でハンティが、
「いや……ほんと、何をどうしたらこうなるのか……最初見た時は内気な少女って感じだったのに……気づけばこんな頭がピンク色のアホな子に……」
「始祖様が気に病む必要はないかと。きっと、私の教育が悪かったのだろう……」
「辛辣ゥ!? ちょっと始祖様だけならまだしも、ケッセルリンク様までその言い草は酷くないですか!? というか、昔のペールちゃんの話は止めてくださいよう!」
「あんたが自分でしたんでしょうが……」
ハンティが肩を竦めて呆れ返る。周りを見て、
「どいつもこいつも、昔よりも変人になってさ……全く、常識を持ってるのはあたしだけだよね、ほんと」
「ぷ、ぷぷー! 女子力皆無で脳筋のカラーゴリラが何を言っちゃってるんです──うぎゃー!? ちょ、ちょっとぉ!? いきなり暴力は止めてくださいよう! 暴力反対! ゴリラ反対!」
ハンティをからかってボコられるペール。最近ではよく見られる光景なので最早誰も気に留めない。そんな中、キャロルが、
「皆さんの変わりようは凄いですが……特に、わたくしの完璧さは昔よりも格段に進化! してますわ……! ふぅ、時の流れとは怖いものですわね……!」
「いや、お前が一番変わってないけどな……」
「ですの!?」
レオンハルトのツッコミでキャロルが衝撃を受ける。
そんなこんなで昔の話に花を咲かせていると、今度は、
「──おーい。来てやったぜ──って、人が多いなぁ……」
「! ガルティアか」
「おう、レオンハルトにケッセルリンク。話聞いて様子を見に来たぜ。ガキが出来るんだってな?」
扉を開いてやってきたのは、二人の友人である魔人ガルティアだ。
彼は相変わらず、両手に肉などのいつでも食べれる食料を持っている。一日の殆どを食事に費やす彼らしく、急いで駆けつけてくれながらも、食事の手は休めていない。
「ガルティア……態々ありがとう。とはいえ、先程も言ったがまだ妊娠が発覚したばかりで、そこまで気にかける必要は──」
「ん? ああ、言われてみりゃあそうかもな。だがまあ、挨拶くらいはしねぇとよ。ましてやダチ同士のガキだしな」
と、軽い調子だが、気にかけてきてくれたのだろうとその気持ちを汲み取る。そのままガルティアは椅子にどかっと座り、再び食事をしながら器用に話に参加する。
昔話ともなればかなりの数の事を知っているガルティアに目を光らせつつも、再びケッセルリンクに向き直ったレオンハルトは溜息をつき、
「……ま、俺だけじゃない。色んな奴らが助けてくれる。だから今は大人しく看病されとけ。──なんなら昔とは逆で、俺が食事とか作って食べさせてやろうか?」
「! ふふ……ああ、それもいいな」
レオンハルトからも懐かしい話を出され、自然と笑みを零してしまうケッセルリンク。
そうやって賑やかさを楽しみつつも、ケッセルリンクはお腹にそっと手を這わせ、
……ああ、大丈夫だ。
生まれてくる子に伝えるように撫で付ける。生まれてきても、きっと愛されるし、誰かが助けてくれる。普通の子とは違うかもしれないが、きっと幸せになれる。
そう確信し、ケッセルリンクは母となる覚悟と、子を育てる覚悟を今改めて決めた。
──それから少し後。
「……待たせたな」
「……いいえ、構いませんが……むしろ、日を改めてもこちらは……」
「……ふっ、魔人同士の身内事情を気にするか……だが、そこまで気にする必要はない。俺達の事情と、お前の問題は全く別のものだ。俺もここからは切り替えていく」
と、言葉が交わされる場所は、ケッセルリンクの城の一室。
そこを借りた魔人レオンハルトと、聖刀日光はお互いに椅子に腰掛けることもなく、立ったままで話を始めた。
「まずは謝らせてほしい。俺の娘が迷惑を掛けた──すまない」
「……っ」
話が始まった途端、迷惑を掛けたことを謝罪してくる魔人の姿に、日光は予想していたとはいえ目を細ませて驚く。その上で表情を持ち直し、
「……いえ、それほど迷惑を掛けられた訳ではないので構いません」
「……そうか。そう言ってくれるなら助かる、が……申し訳ないが、お前を直ぐに解放することは出来ない」
と、謝罪をした後だというのに、一番気にしていた問題を否定されて日光は息を詰める。
だが、これも予想していたことであるため、動揺は少なく、むしろ相手からすれば当然だと言うように息を吐き、
「……私が、そちらの秘密を握ってしまったからですか?」
「ああ。重ね重ね申し訳ないが、こちらの不手際とはいえ、俺の娘や、新たに生まれてくる子供の事を知ったお前を、このまま外に出す訳にはいかない」
分かるだろう? と意味を問いかけてくるが、確かに理解出来る。
魔人の子という劇薬。人間はおろか、おそらくは他の魔人や、魔王ですら知らないかもしれないことを口外すれば、どのような事が起きるか予想出来ない。
最強の魔人の子ということもあり、きっとレオンハルトには恨みを持つ者も多いかもしれない。故に狙われて危険な目に遭うことは避けたいのだろう。自分とて、魔人には恨みがある。
だが、
「……決して口外しないと誓っても?」
「それを信用したいのは山々だが、信用するにはまだ判断する時間が足りないな」
やはり、と思う。出会ったばかり。ましてや百年程前は敵として出会い、再び再会しただけの間柄ともなれば、信用が置ける筈もない。日光も、レオンハルトを信用出来るか、という点でまだ疑問符が付くのは避けられないからだ。
しかし、日光からすると、迷う程度には判断材料があるのも事実であり、
「……分かりました。拘束を受け入れましょう」
「……理解してくれて助かる。決して不自由はさせないと約束しよう」
レオンハルトがほっとしたような息をつき、日光の待遇を悪いものにしないと口約束を結ぼうとする。
だがその前に、日光は口を挟んだ。
「──ですが」
と、前置きするように間を置いて、
「私にも、そちらを判断するための時間とそのための場が欲しい。拘束する場所は、貴方が住む街──いえ、城でお願いします」
「……受け入れよう。元よりそうするつもりではあったがな」
レオンハルトが頷く。こうやって話をしている分には、人間と変わらない。こういう部分も日光としては、どうにも悪感情が抱きにくい原因であり、複雑な気持ちになる。
だがあくまでも冷静に日光は声を作る。目の前の不可解な魔人に対して、
「貴方には聞きたいことが山程あります。私達に黄金像を譲った件に始まり、あの街で人間を匿う理由……裏事情を聞いてしまった今では、どうしてそこまでするのかが分かりませんし……今思えば、黄金像を渡したことも、その使い道までもを知っていたのか……あの時の“真実”という言葉も、貴方は一体どこまで知って──」
「──少し落ち着け」
「っ……」
段々と熱を帯びてくるこちらの言葉に、冷水を浴びせるような効果を齎したその声。日光は我に返りつつも魔人の圧に若干怯んでしまう。
その様子に、レオンハルトは圧を解きながらもゆっくりと口を開き、
「……確かに俺は、お前が想像するように様々な事を知っている。黄金像の使い方……魔人や魔王の存在理由……世界の真実……」
しかしだ、と魔人は言葉を置いて続けた。
「それらを答えることも出来るが、その先に待つのは──
「っ! 彼が何処に居るか知っているのですか……!?」
ホ・ラガ。かつて日光と共に魔人を倒すためにパーティを組み、旅をした仲間の魔法使い。彼の名を出され、日光が再び声に熱を灯す。しかし、
「ああ……奴は今、この世の全ての知識を得たことで絶望し、既に世捨て人となっている」
「そんな……彼は、ブリティシュに惹かれて同行したとはいえ、その意志は本物だったはず──」
「真実が、それほどの事だったというだけだ。世界をどうにかするために集まった真の英雄であっても、その真実の前には容易く膝を折る。知らない方が幸せな事もある……ホ・ラガは気の毒だったな。真実を知る身として、素直にそう思う」
「……そこまでの……」
日光は戦慄する。気づけば額から嫌な汗が滲み出ていた。
レオンハルトが口にする“真実”。概要すら口にしてないその言葉には、とてつもない悪意が潜んでいるような気がしてならないのだ。
聞くことも憚られるような禁忌。それを聞くことが出来る分岐点の前に立っただけで、日光は嫌な予感を感じ取れてしまう。
だがそこで、ふと疑問に思ったことがある。それは、
「……貴方は、その真実とやらを知りながらも、普通であるように思えますが……」
圧倒的な存在感を放ちつつも、眼の前の魔人には世捨て人のような何かを諦めたような雰囲気も何もない。狂ってすらいない、極めて正常な精神状態に見えた。
だがそれを口にすると、レオンハルトは僅かに笑みを浮かべ、
「俺が普通か……まあそれについては、単純に
「……情報の差? しかし、ホ・ラガは全知を──」
「全知とやらも、完全じゃないってことだ。奴が持つ情報と俺が持つ情報は違う。俺は全知じゃない。世界の細かい何もかもまでを知っている訳ではないが、決定的な、全知の奴らが知らない情報を持っている」
矛盾しているような話だがな、と彼は言う。日光はその引き込まれるような話を聞いて、その語り口からあることを思う。それは、
「……その言い方だと、まるで貴方も、世界をどうにかしようと目的を持っているように聞こえますが……?」
「……借り物の目的だがな」
「借り物?」
「……大した事じゃない。今の言葉は忘れてくれ」
小声で呟かれたその言葉が聞こえてしまい問い返すも、レオンハルトは直ぐにそれを忘れろと口にする。その上で話をまとめるようにレオンハルトは言った。
「お前が俺を信用するもしないも自由だ。だが、どちらにせよ拘束と監視は行わせてもらう。俺にも守るべき者があるんでな。だが──」
と、そこでレオンハルトは日光を真正面から見た。
それは今までとは違う雰囲気のもので、
「もしお前が俺を信用すれば、俺もお前を信用し、お前に様々な事を教え──その上で、ある計画への参加を要請したい」
「……計画、ですか。生憎と、私は人を苦しめるような企みには断じて──」
「──いいや、違う。むしろ救う方だ」
「……? それはどういう……」
日光が問うと、レオンハルトは近くの窓から外を見てから言った。
「お前は復讐を望んでいるが……それよりも人が救われることを望んでいる。ならばお前は、必ず俺に協力出来る」
何故なら、と、
「その計画は──
「……!」
魔人のその言葉は、日光の胸を激しく打つものだった。
「──そういえば、男の子ですの? それともやはり女の子が生まれますの?」
「カラー的には女性が生まれる筈ですよう」
「でも、魔人だからどうなるか……」
城に帰ったレオンハルトの使徒達が子供の性別について話をしている中、レオンハルトは謁見の間である人物を迎えていた。
「──それで、何の用だ? 進展でもあったか?」
「いいえ、かのお方については滞りなく進んでおりますれば……」
腰を折ったのは長い白髪に赤い目の魔女帽子を被った美少女。レオンハルトと協力している未来視の魔女、“C”だった。
だがレオンハルトはそれを聞くと、表情をしかめ、
「……なら失せろ。何の用事もないのに訪ねてこられても困る。今は忙しくて、お前の与太話に付き合ってる暇もない」
「おやおや、酷いですな……しかしそういうことならまあ、では一つお土産を置いていきましょう」
「……お土産だと?」
はい、と未来視の魔女は言う。ニヤニヤと笑みを浮かべつつ、
「次に生まれてくる閣下のお子は────
「────えっ」
「ではでは。私はこれにて」
と、それだけ言って未来視の魔女はその場から消えるように去っていく。
後に残されたレオンハルトはしばらく、子供の性別を教えられたことや、まさかの男の子であることに衝撃を受け、しばらく呆然としていた。
スラル&ジル「お か え り」
レオンハルト「――――」無言の逃走
というわけで次回はまたガイ君の年表が進みつつ、お子さんもぼちぼち出てきます。というか、GL期からGI期に掛けてはかなり増えます。何故かと言うと、これはちょっとした裏話ですが、最終的には魔王の子の相手をしてもらうので、本編で出てくるのは最低でも多分12人ほど。その中ではっきりと設定が固まってるのは10人で、母親の方がもう大体登場してるのもあって、魔王の子と比べてかなり早め早めの登場となります。というか、7人くらいはGL期中に登場しても全然おかしくないのよね……(震え声) この作品、年数の進み方が数年、場合によっては数十年一気に進む魔人基準の時の進み方なので、妊娠して子供が生まれて育つくらいの年数は直ぐに終わります。なので、次回か次次回当たりにはもう長男が登場するかなって