突如、つんざくような轟音が村の中に響き渡った。
家の中で姉妹が作った食事を取っていたレオンハルトはその音を耳にして眉をひそめる。
音を聞いたのは当然、村に居た誰も彼もであった。レオンハルトの後ろに控えていたキャロルも、料理を作り終えて洗い物をしている姉妹もその音に飛び跳ねるように驚く。
「な、何っ!? 何の音!?」
「レオンハルト様! 今の音は――」
「ああ、分かってる」
レオンハルトは極めて落ち着いた様子でキャロルに答える。そして外から聞こえる喧騒と空気を五感で感じ取って自分の考えを口にした。
「資材が倒れた――とか日常で出る音じゃねぇな。空気もピリッとしてるし……何か異常が起きたか」
「異常?」
「ま、十中八九襲撃……戦闘が始まったな。村の中にまで及ぶってことは例の奴か?」
姉の声に素直に答えながらレオンハルトはテーブルに並んだ料理を口にする。うはぁんという桃りんごを使った高級デザート。これが最後の一口であった。その味と食感を口の中で楽しみつつ、レオンハルトは思考する。
そして直ぐに結論が出る。レオンハルトはうはぁんをよく噛んでから呑み込むと未だ浮ついた様子の姉妹に声を掛け、キャロルに視線を配った。
「今がチャンスだな――キャロル」
「……はい! わかりましたわ! さあ、こちらにどうぞ!」
「えっ、何!?」
レオンハルトの意を少しの間で汲み取ったキャロルはその通りに行動する。居間の隅に置いていた麻袋を手に取ると、その中を開いて姉妹を誘導した。
しかし姉妹は先程説明したにも関わらず急な展開に付いていけてない様子だ。仕方ない、とレオンハルトは椅子から立ち上がり、準備をしながらもしまいにお別れを告げるために口を開く。
「騒ぎが起こったならちょうどいいってことだ。これなら外もてんやわんやだろ。この隙に逃げるといい――つっても自分の足じゃなくキャロルに運ばれる訳だが」
「えっ――」
その説明を聞いて女性の口から出たのは純粋な驚きとややあっての心配の色。レオンハルトはその様子を訝しげに見やるが、その後に更におかしな発言が飛び出した。
「……えっと、大丈夫なの?」
「……何がだ」
「あ、いや、その……戦いって危なくない? 怪我とかしちゃうかもだし、部下がいるならそっちに任せとけば――」
「――――いい加減にしろ」
「っ!」
その言葉にレオンハルトは頭がほんの一瞬沸騰するのを感じた。すぐにそれは収まるものの湧いて出た言葉は止められない。その感情に任せて頭にある考えを宙に乗せる。
「そろそろその馴れ馴れしい口を閉じろ。魔人相手に人間如きが友達にでもなれたつもりか?」
「…………」
「良い機会だからはっきりと言っとくがな――」
レオンハルトは内心の苛立ちを叩きつけるようにそれを口にする。いい大人でもう妊婦の癖に未だ夢見がちな子供のような事をのたまう女に突きつけるように語る。
「――人間と魔物は相容れない。別の生き物なんだよ。例えそれが元人間だろうが、その現実は変わらない」
それが現実、この世界で変わることのない真実なのだとレオンハルトは言う。魔物は、魔人は人間を苦しめる為に存在する。いかなる理由があろうともそれがある限り、何千年経とうが真に人間と魔人は相容れることはない。それがこの世の理なのだ。
そしてそれが仕方のない事だったとしても、魔人となり人間を苦しめる限り、それは糾弾されるべき罪でしかない。魔人はどこまでいっても魔人なのだ。魔王の忠実なる配下であり強大な力を持つ暴虐の存在。それはレオンハルトも例外ではない。
どれだけ偉そうなことを言っても。
他の魔人や魔物を嗜め、人間の被害を減らすために動いていようと。
大切なモノの為に多くの人間を苦しめ、その手にかける死神であり、強い相手と戦うことを望む修羅――それがレオンハルトだ。
レオンハルトの生き方は断じて認められていいものではない。それは自分がよく分かっていた。理解った上でこの道を選び取ったのだ。
故に――逃げ道を作るわけにはいかない。
許すわけにはいかない。
他ならぬ自分への戒めの為に、レオンハルトは女の振る舞いを否定した。
その強い拒絶の意思は殆ど物理的な圧力となって現れていた。煮えくり返った感情はいつの間にか冷え切っており、底冷えするような視線がその紅い双眸から女に突き刺さる。心の弱い人間であれば死んでしまう程強烈な視線だ。上級魔人としての力を覗かせた圧倒的な格の差。
それを受けた女の反応を、レオンハルトは見た。
女はゆっくりと口を開き、
「――そんなことないんじゃない?」
と、驚くほどあっさりと。
軽い様子で否定してみせた。
「――――っ!」
女性の目の前で金髪灼眼の魔人がその双眸を見開き驚愕する。それを見て女性は続ける。それほど驚くことか、と思いながらも口を開いて、自分の思ったことを話す。
「こうやって話が出来るんだし、十分相容れると思うけど。今はまだ考えてることとか分かんないし理解出来てないかもしれないけど……話したり、接していけば多分それも分かってくるでしょ?」
「っ! 何言ってやがんだテメェは……!」
目の前の魔人、レオンハルトがその言葉を圧力と共に乗せて私にぶつけてくる。
普通の人間であれば恐怖し、ともすれば倒れてしまいかねないその視線。
しかしそれを受けても私は何とも無かった。思うことと言えば、
――あー、またそれかー……。
とこれくらいだ。というのにも理由がある。
それは目の前の魔人と似た一人の友人の話だ。私はそれを思い出すように目の前の彼に聞かせようと口を開く。
「いやね? 昔、五年くらい前かな。私、暴漢に襲われちゃってさ」
何となく村を出て町に行こうと外を出歩いた時の事だ。
「すんごく怖くて助けてーってなるじゃん? でも人通りは全く無かったし、もう助からないかなーって思ったその時に……本当に助けが来たんだよね」
そう、それが何処からともなく現れて私を助けた初めての人間以外の友達。
「綺麗で長い黒髪と……ちょっと人と違う部分がある女性でね。よくわからない何かを使って私を助けてくれたんだ、それでお礼でもしようかと村に誘ったんだけどね」
あの時の彼女は今とはとても違っていた。
「何故かなに喋っても暗ーい返事しか返ってこなくてさ。一人で居る時も話しかけるなオーラというか近づいちゃいけないような雰囲気出してて村の人も不安……いや、違うか。あの時は怖がってたんだよね」
普通の人と違う容姿を持つ得体の知れない人物。それを不安に思うのも無理ないことだ。
「私にとっては恩人だったから無碍に出来なかったし、よく話しかけてたけど……正直言えば私もその時は怖がってたかな……」
それに話しててあんまり面白くなさそうだったし、迷惑なのかなとも思った。自分としても恩人に不快な思いをさせるのも忍びない。放っておいて欲しいならそうしてあげる方がいいのかもしれない。
だが、ある時からその関係は変化した。
それは、
「――でも、ある時ね。何だか彼女、一人で頭抱えて震えてる時があって。様子がおかしいって思ったから近づいて見たの。そしたら凄い形相で怒鳴られてさ」
あの時言ってた言葉は形容し難いものだった。逃げて、だったか。それとも助けて、だったか。はたまた別の言葉か。とにかく何かを抱えて怯えている事だけは分かった。
「直ぐに正気に戻ったんだけど……私こういう性格だから気になっちゃって。聞いてみたんだ。『どうしたの?』って。今考えると凄い曖昧な質問かなって思うけど」
そうしたら彼女は俯いた表情でこう答えた。
「そしたらまた暗ーーい表情で『あたしは人と違うから』って答えたんだけど」
正直、それがどういう意味だったのかは理解出来ていない。ただ一つわかったのは――
「それ聞いて私――『ああ、この人、だからあんなに他人の事拒絶してたのかな』って心の中で思って」
本当は違うかも知れない。ただ自分の心にすとん、とそれが落ちてきた。そして納得してしまった。
今までの雰囲気も全部、「自分はこんなに人と違う変で嫌な奴だから近づくな」ってそういう風に見えてしまった。
――そしてその時の彼女と目の前の魔人の態度に既視感を感じるのだ。
やはり思う。人間じゃなくても、親友も彼も――人間と同じ心を持ってるのだと。
故に語りかける。彼女とはわかりあえたから、あなたともわかりあえると。
「それからはもう遠慮せずにがんがん話しかけていって……まぁ、そのせいでたまに喧嘩することもあったけど……向こうも遠慮しなくなってきて、だんだん仲良くなってね――今では親友になっちゃった」
「………………」
魔人はそれをただ黙って聞いていた。その表情からは何を考えているかわからない。
ただ、先程までの怖い雰囲気は多少鳴りを潜めているように見えた。
……少し語りすぎたかな?
バツが悪くなり誤魔化すように笑ってしまう。
「あ、えーとね。それで何が言いたいかって言うと……人間でもそうじゃない人にも色々いるっていうかさ。人間に悪い人だっているし、逆にそうじゃなくても良い人もいるんだってこと。だから、あなたも魔人だからって――」
「――キャロル」
「……え? ……あ、はい!」
レオンハルトはふいにその言葉を遮るように自分の使徒を呼んだ。あまりにも急で空気を壊すようなタイミングの発言にキャロルでさえ反応が遅れる。
その表情も声も、何の感情も見いだせない。そんな様子でレオンハルトは義務的に命令する。
「そろそろ、俺は行く。二人を連れてけ」
「か、畏まりましたわ! えっと、じゃあ……」
麻袋を持ったまま戸惑ったように姉妹を見るキャロル。そして扉の方へ振り向き、こちらを見ようとしないレオンハルト。そんな様子を見て、言葉を遮られた女性は――苦笑した。
そしてそのまま苦笑交じりで口を再度開く。
「……そっか。それじゃ行こっか。ほら」
「あ……うん」
姉に促されて一緒に麻袋に入ると、そのまま姉が妹を抱えるように麻袋の中に座る。
そして、
「――ありがとね、レオンハルト。ほら、あんたも」
「っ、うん……ありがと、ね……」
「――――」
返事こそ、いや、反応こそ一切見せなかったものの、彼女はレオンハルトが聞いていることを感じ取っていた。
何故ならその反応を彼女は知っていたから。
「……連れてけ」
「あ、はい。それじゃ行きますわよ」
キャロルが主の命令を受けて麻袋の口を閉める。そしてそれを抱えるようにして持ち上げた。そして、裏口に向かったキャロルは、
「では……行ってきますわ」
「……ああ」
いつもと違う様子の主を置いていくことに不安を覚えながら、やがて後ろ髪を引かれつつも、その場を後にした。
「…………」
レオンハルトはそのまま玄関から外に出ようと扉を開けようとし――暫く、ほんの少しの間だけ、後ろを振り向くも――そこに誰もいない事を確認し、外に出た。
村の中は、既に戦場と化していた。
大勢の魔物兵が村の中を行き交い、たった一人の侵入者と応戦する。
「くそっ! 何処へ消えた!!」
「あっちです! 屋根の上――ぐあっ!?」
「ぐぅっ! 居たぞ! 魔物兵! 身を固めつつ包囲の輪を狭めろ! 魔物隊長以上は不用意に近づくな!! 隙を見せればやられるぞ!」
「向こうは一人だが、こっちは十八万だぞ! いずれは押し切れる!」
「お前達が待望の女だ! 仕留めた奴は最初にやらせてやるぞ!!」
「うおおおおおおおおおおぉぉぉおお――っっっ!」
魔物将軍の激励を受けて、魔物兵が指示通りに動き始める。
そしてその中心、自分を捕まえようとする魔物兵を魔法や剣で仕留め、時には瞬間移動で逃げながらもハンティ・カラーは孤軍奮闘を見せていた。
「ちっ……しつこい……!」
何体かの魔物隊長や魔物将軍を最初の混乱の内に仕留めたはいいが、態勢を立て直されると的確な指示で徐々に際どい攻撃が増えてくる。
そして何より数が問題だ。倒しても倒してもキリがない。幾らかは倒して包囲に穴を開けないと逃げることが出来ないため、ある程度は倒さなければならないのだが、それでもこれじゃジリ貧だ。
未だ二人を見つけることも出来ていない。何処かの屋内にいるとは思われるのだが、未だ正解を引き当てることが出来ずにいる。
「次はあの家……!」
焦りで額を汗が濡らす中、次の目標である家の屋根に飛び乗ろうと跳躍する。
そんな時だ。
「――!?」
身体は勝手に反応した。
しかしそれはハンティの知覚能力をもってしてもいきなりの一撃だった。
眼下から同じく飛び込んできた影が打撃を見舞い、それを何とか防御する。
だが、それでも衝撃は殺しきれず空中から地面に落とされる。咄嗟に体勢を立て直して立ち上がると、声が掛けられた。
「――随分と暴れてくれたみたいだな」
「! あんたは……」
ハンティがその容姿を見て内心、舌打ちを零したくなるような苛立ちと焦りを覚えた。
その造形は人間そのもの、金色の髪に整った顔立ち、その紅く鋭い双眸が印象深い男。身体を覆うような黒いコートのような服を着たその男の雰囲気は――明らかに人ならざるものであることがわかる。
そしてその正体を、周囲を固める魔物兵、魔物将軍が口にする。
「――レオンハルト様!」
魔物将軍が傅く存在、それは魔軍の中でも極一部。
ハンティ・カラーはそれを引き当ててしまった。
「魔人か……!」
レオンハルトは目の前の女性の姿を冷えきった感情で見詰めた。
浮かぶ思いは――既知感。何処かで見たという思いだ。それを思い出そうとして、しかしレオンハルトは現在の自分がそういう気持ちになれない事を自覚した。
目の前の女は魔軍相手に獅子奮迅の活躍を見せた強者。それを目の前にしてもどこか上の空であるレオンハルト。その原因は先程の女との問答にあった。
だが、それにどうにか頭を振って隅に追いやると、女に話しかける。
「……それで、魔人に会ってしまった訳だが……どうする? 大人しく投降するなら命は助けてやるが」
もっとも命以外は覚悟してもらわないといけないだろうが――とレオンハルトは続ける。
周囲の魔物兵はこの一週間戦い続け、今日も女一人に翻弄され随分と鬱憤が溜まっているだろう。ガス抜きも行っていない十八万の軍勢だ。輪姦せば本当に壊れてしまうかもしれない。
それを思ってか、それとも元々そういう気が無かったのか、目の前の女は気丈な表情で、
「……それは出来ないね」
「……そうか」
断った。
レオンハルトは、それを聞いて残念に思う。了承していれば助けてやったのに、と。
彼にしては珍しい事だが、ここまで魔軍と事を構えた相手ではあるものの、レオンハルトは今日に限っては助けてやろうと考えていた。魔物兵の相手も本当に程々に、もしくは先程のように自分が気にいったとでも言って強引に連れ去ってもいい。適当に相手をしたら無傷で帰してやろうとも思っていた。
そう考えるのはやはり気が乗らないからだろう。上の空であることもそうだが、今は殺しをする気分じゃないというのが大きい。
本当に珍しい事なのだ。幸いにも強者を目の前にした時の昂ぶりも、今は訪れていない。故に穏便に帰してやろうと、そう思っていたのだが――
「ということはやるしかないな」
「……そうみたいね」
こちらの言葉に女が反応を返す。その体勢は明らかに臨戦態勢のそれだ。
そしてそんな対応の彼女に声を上げたのは周囲を囲む魔物兵だった。
「おい、あの女やる気みたいだぜ」
「ははは! 馬鹿な女だな! 勝てると思ってんのかぁ?」
「レオンハルト様は魔人の中でも格が違う魔人四天王! そして魔軍参謀であるお方だ! 人間如きが勝てるかよ!」
「今なら五体満足で快楽の世界に連れてってやるぜ? ぎゃははは!」
「……魔人四天王、そんな大物が……」
女は魔物兵の下卑た声の一部に反応した。そうしてこちらへの警戒を更に上げたように感じる。
レオンハルトは周囲の部下の声に呆れた表情を取りながらも、それに同意するように自然体で話しかける。
「そんな大したもんでもないけどな……だがまぁ、降参してくれた方が楽なのは事実だ」
「冗談じゃない……まだ目的も……」
「ん……目的?」
レオンハルトがその言葉に眉をひそめた、そんな時だ。
周囲の魔物兵からこんな声が耳に届く。
「レオンハルト様に逆らうと滅茶苦茶にされるぜぇ! さっきの生意気な女みてぇになぁ!」
「っ!」
多くの声に紛れて聞こえたその言葉に、レオンハルトは反応しなかった。だが目の前の女は別だった。
「まさか……!」
青ざめた顔色で目を見開き、唇がわなわなと震えている。明らかにショックを受けている様子だ。
そしてそれを見てレオンハルトも遅れてそれがどういう意味を持つのかを察する。
……まずいな。
レオンハルトは相手の目的を想像して、どうするべきか迷う。もしこれが想像通りであったとするのなら自分がやった事は相手の目的に沿っていても、同時に相手の行動を無駄にしてしまったのやもしれない。そしてそれを相手に伝えることも出来ない。周囲の目がこちらの邪魔になって――
「……一つ、聞きたいんだけど」
「っ! ……何だ?」
レオンハルトは思考の途中で相手から声を掛けられ、それを中断せざるを得なくなる。
そしてその想像通りの質問が相手の口から投げかけられた。
「二人……女性が二人残っていたはずだけど――どうしたの?」
「…………」
その質問にレオンハルトは一瞬固まり、そして息を吐く――やはりそういうことか、と。
そして同時に自分の不運を呪った。レオンハルトは周囲を目線を変えずに観察する。
当たり前だが、周囲には魔物兵が自分達二人を見守っている。女に攻撃を加えないのは自分がいるからだろう。信頼されているとも言っていい。自分ならこの女を殺し、もしくは無力化し自分達の前で地べたに這いつくばらせてくれるだろうと。
レオンハルトは目の前の黒髪の女性を視線を合わせ続ける。
そしてそのまま正直に、それを口にした。
「あの二人なら――もうここにはいない」
「――――!」
瞬間、目の前から女が消えたのをレオンハルトは見た。
ハンティ・カラーは頭が一瞬で沸きたつのを感じて、そしてその衝動に身を任せた。
瞬間移動――アドミラル空間へ身を躍らせ、魔人の眼前まで駆けると。
その剣を振り下ろしながら現実へと戻った。
「――!?」
魔人が驚愕に目を見開き、そしてその背の剣を引き抜いた。こちらの剣がぎりぎりの所で防御される。蒼く細長い剣だ。
速い、とハンティは思った。反応速度も純粋な速度も自分よりも当然速い。
相手は魔人。やはり純粋な身体能力では及ばない。膂力も当然向こうの方が上だろう。
だが、とハンティは剣を再び斬り結び、相手に防御されながらも強く睨む。そして思うのは自分の友人である人間の女性とその妹。
二人共、人と違う自分を受け入れてくれた大切な人だ。人間でない自分を――。
ハンティ・カラーは人間ではない。その正体はカラーと呼ばれる女性の一族――というだけでない。
現存するカラーは全て人間の一種。亜人種と呼ばれる種類に過ぎないが、ハンティ・カラーの生まれはその一つ前。
――第二世代メインプレイヤー、ドラゴン種の中の一種であるドラゴンカラー。それがハンティ・カラーの正体。
それが何故今は人の姿を取っているのか。それはハンティ自身にも分からない。
ハンティに分かるのは、ドラゴン種が天使に狩られたこと。それに伴いドラゴンカラーが処分されたこと。その中でハンティだけが生き残り、その姿を人に変えられたこと――それだけだ。
その時からハンティは他の者とは違う何かになった。寿命を超えても死なない、怪我を負っても通常よりも速い速度で再生する。青い髪のヒューマンカラーの中にあって唯一の黒髪のカラー。
後に伝説の黒髪カラーと呼ばれる存在。それがハンティ・カラーなのだ。
最初は、仲間が死んでいった悲しみと自分だけが生き残った絶望に苛まれていた。
――いや、正確には今も時たま思い出すのだ。そして思い出して恐怖する。後に立ち直り怯える。なぜ仲間たちは死んでいったのか、なぜ自分だけが生き残ったのか、生き残った自分は何者なのか、自分は生きていていいのか、人と関わっていいのか、自分といることでまた同じことが起こったら――。
考え始めると止まらない。客観的に見れば被害妄想なのだろうか。しかしそれがどうしても振り払えない。
ハンティは人と関わることを怖れた。一度は一人で生きていけばいいと思った。それなら少しは楽になる。怯えなくてすむのだ。
そして幸運なことに自分は強かった。一人で生きていけるだけの強さを自分は持っていたのだ。この瞬間移動魔法も強さを求めていた時に得ることが出来た高度な魔法。
しかし、一人で生きることは断念せざるを得なかった。その切っ掛けが親友となった人間の女性だ。
出会いは単純、暴漢に襲われていた彼女を自分が助け、そのお礼にと村に誘われたこと。
程々に歓待を受けて、何泊かすれば立ち去ろうと考えていた。しかしそれは彼女の人柄に阻止された。
馴れ馴れしいともいえるその遠慮もしない態度に、ハンティは苛立った。
最初は何度も喧嘩した。だが怒り疲れて言うことがなくなれば彼女は向こうから歩み寄り食事にでも誘ってきた。気がつけばその会話に明るいものが混じり始めた。それは自分に起こった変化であった。
だんだんと悩んでいるのが馬鹿らしくなり、ハンティは自ら行動するようになった。故郷に帰っても上手くいくようになったし、最初は怖がっていた村の人も自分を受け入れてくれた。
なんだ、こんなに簡単な事だったのか。ハンティは今までの自分の行動が馬鹿らしくなるのを感じ、前より前向きになった。過去を忘れることは出来ないけど、未来を見ることが出来るようになった。
その自分にとって大きな進歩を生み出してくれた恩人。その恩人が――。
目の前の魔人――魔人レオンハルトに殺された。
それは自分にとって許せない。故に――
「あんたには――報いを受けてもらうよ!!」
ハンティは叫びと共に、もう一度瞬間移動を発動させた。
同時に詠唱を開始する。
相手の後方に回り距離を取る。放つのは自分にとって最強の攻撃魔法。
その準備を終え、ハンティは現実に降り立った。
「――!」
前方の魔人が消えた自分を探して、周囲を索敵するが――遅い。
「――雷神雷光!!」
雷撃系の最上級魔法。
魔人を中心に広範囲に雷の雨が、轟音と共に降り注いだ。
「なっ!? 総員退避――!!」
「うわあああああああぁぁ――!?」
それは周囲の魔物兵までも巻き添えにして全てを焼き付くすべく稲光が疾走った。
地面に雷光が落ち、土煙が舞い、地面が黒ずむ。数多の魔物兵もその雷に貫かれて黒く変色してその身を地面に倒れ伏す。
何とか範囲から逃れた魔物兵達、その中にいる魔物将軍が中心に向かって叫ぶ。
「レオンハルト様――!?」
その相手は魔人。雷の雨、その中心にいるであろう魔人の姿は見えない。雷の光と宙に舞う土煙が魔人の姿を覆い尽くす。
そして、その雷が徐々に収束していく。
土煙が晴れていき、そこにいたのは、
「――――」
地面に倒れ伏した――魔人の姿。
「れ、レオンハルト様!!」
「…………」
魔物将軍が魔人を案じて叫ぶ。周囲の生き残った魔物兵も動揺しているようだった。なにせ魔人が倒れているなどありえない事態だ。それが魔人四天王に名を連ねるほどの魔人ならなおさら。
しかし、ハンティはそれを目で確認し、ほんの少し眉をひそめた。
何故ならハンティの視線の先、魔人の身体がピクリ、と動いたから。
そして次の瞬間。
「――っ!」
がばっと魔人の身体が起き上がった。腕を支えにして立ち上がる。
魔物兵がどよめく中、魔人は完全に直立すると、顔を俯かせたまま――
「ク、ククッ……」
口端を歪めて、
「ククク……クハッ、クハハハハハッ――!!」
高笑いがその場に響き渡る。
「…………」
顔を押さえて笑い続ける魔人に誰も動かない――否、動けない。
それほど彼から醸し出す雰囲気、そしてその存在感がだんだんと増しており、それに恐怖していたから。
やがて、魔人はその笑みを止めると髪を片手で一度掻き上げるように顔を上げて、こちらを見た。
その表情は先程と全く違うものであった。魔人の口から言葉が放たれる。
その笑みと共に、
「――効いたぜ。随分とな」
魔人レオンハルトはその本性を露わにした。
魔人レオンハルトは雷撃の雨を受けて、頭がすっきりしていくのを感じた。
先程までの悩みが嘘のように軽くなったのだ。
レオンハルトは先程の人間との会話を思い出していた。
――こうやって十分に話せるのだから分かりあえる。
――人間にも良い人と悪い人がいる。
――逆にそうじゃなくても良い人もいる。
その言葉が先程までのレオンハルトを悩ませていた。
正直に言えば、レオンハルトはその言葉を半ば肯定していたのだ。
……ああ、その通りだ。
それを聞いた時の別れ際、レオンハルトは自分が彼女達と共に笑いあい、魔物の脅威に立ち向かう自分を幻視した。
仮に――もし仮にレオンハルトがかつて住んでいた集落に彼女のような存在がいれば、自分は今も人間として魔物と戦っていたかもしれない。
だが、それはもしもの話。レオンハルトに大切なものを与えた存在は人間ではなかった。
そしてそれ故に彼は魔人になり、彼女に忠誠を誓った。
それ故に彼女の望みを叶える為に自ら率先して動いた。
――だが、その覚悟が少し足りなかったのかもしれない。
レオンハルトはここに至って彼女の言葉を認めて、二律背反な自分の在り方に苦悩した。
それは何故なのか、自分で分かっている。やはり自分は人間を意味もなく苦しめるような行為が好きになれないからだ。
もし主がそれを望んだならここまで悩むことはしなかったかもしれない。嫌ではあっても大切な主がそれを望むなら自分は修羅になれる。自分がそういった行為が好きであるならば悩まなかっただろう、実際に強い相手と戦うことは好きだからこそそこまで悩むことはない。どうやって発散しようか悩むことはあるが。
結局の所――覚悟、それとエゴが足りなかったのだ。
自分でそう決めたのなら貫き通すべきだ。それが出来ていたのならば彼女の問答に素直に頷いた上で否定することも出来た。あの様に醜態を晒すことはなかった。
目的の為なら人間を殺す。それ以外では殺さない。良い人間もいるし、良い魔物だっている。結局はそれだけの事に悩んでいる。
しかし、レオンハルトはその悩みを思い、それを悟った。
――ああ、だが……結局俺はこれからも悩むんだろうな……。
例え目的があったとしても自分は小さな罪悪感を完全に消し去ることは出来ないだろう。故に、この想いは一生ついて回るものであることを悟った。
そして自分にとってのもう一つの真実を理解した。それは今、高揚感に包まれてようやく分かったこと。
それは――戦うこと。
幼い頃から苦悩を続けていた自分にとって戦う時はそれを忘れられる時間であった。
戦っている間だけは、自分の欲望を満たしている時だけは、悩みも何もない純粋な自分を出せる。
冷静沈着で目的の為に絶対の意思を持つ氷の如き自分。
欲望に燃えてそれを満たした純粋で熱い炎の如き自分。
これこそが二律背反の魔人、レオンハルトの――魔人としての本質だ。
それを理解し受け入れて、レオンハルトはそれを気づかせた切っ掛けとなり、そして辛うじて思い出せた相手を見た。
「人間に傷を付けられるのは何年――いや、何十年振りだ……?」
「…………」
女は答えない。ずっとこちらに警戒の色を見せたままいつでも動けるように臨戦態勢を取っている。それをどうにか動かしたくて、レオンハルトは口を開く。
「いや、人間じゃなかったか?」
「――っ! 何を……!」
その表情がようやく変化する。笑えてくる。それだと図星だと言ってるようなものだ。
「ククッ、悪い悪い。カラーは亜人種だったな」
「あんたは、一体……」
訝しげにこちらを見てくる女に答えながらも逆に問い返してやろうと口を開く。
「魔人レオンハルトだ。さっき聞いただろ? というか俺よりもそっちの名前が聞きたいんだがな。ほら、教えてくれよ」
「……ハンティ・カラー」
「はぁ、なるほど。いい名前じゃねぇか」
「…………」
「……おいおい、だんまりは傷つくな」
素直に答えた女――ハンティを褒めてやるも反応は返ってこない。
ならしょうがないか、とレオンハルトはハンティを見つめながら魔剣オル=フェイルを構える。
「まぁいい。さっきまではやる気なかったけどよ――こっからは遊んでやる」
「っ! こ、れは……!」
レオンハルトの魔人としてのオーラ、そして剣気が紅い奔流となって立ち昇る。上級魔人としてのその存在感と圧力はもはや暴力的であり、殆ど物理的な圧となって周囲に重く伸し掛かる。
それに当てられたハンティはそのプレッシャーがキツくてしょうがないのか、汗を流しながらそれに耐える。
「ああ、後一応言っとくがな――テメェが悪いんだぜ? 恨むんなら自分の間の悪さを恨むんだな」
「……どういう意味よ……!」
ハンティが気丈に質問を返してくるが、勿論レオンハルトに答える気はなかった。
先程まではどうしようか悩んでいたのに、目の前の相手があんまりにも唆るせいでその気も失せた。勘違いだなんだのは最早どうでもいい。
結果目的は達成してるんだから構わないだろう――自分が滅茶苦茶になってもな。
レオンハルトは邪魔者を消すために身体を横に向けて声を出す。
「何でもいいんだよ――おい、魔物将軍!」
「! は、はい!」
「巻き込まれたくなかったら村の外で遊んでろ! ちょっと今の俺は加減が利かねぇからな……!」
「か、畏まりました! 総員、レオンハルト様の邪魔にならぬように撤退!」
「は、はい!!」
いつもの魔物将軍に命令すると、瞬時にそれを実行に移す。魔物兵も同様でありそれはまるで逃げていくようだった。
それを笑いながら見送ると、今度こそレオンハルトはハンティに向き直る。
「待たせたな。もうお前も我慢出来ないだろ?」
「……別に。こっちはあんたにお灸を据えてやるだけさ……!」
そう言いながらもハンティはレオンハルトへの戦意を高めていく。現存する唯一のドラゴンカラーであるハンティの戦士としての圧は通常の人間の比ではない。数百年生きた伝説の黒髪カラーは伊達ではない。
「ククッ、そんなに怯えるなよ。可愛い奴だな。可愛すぎて――壊しちまいたいくらいだ」
「っ! この変態魔人が……!」
だが、その上を容易に上回るのが魔人レオンハルト。ドラゴンカラーなど比ではないその圧は比較することさえ馬鹿らしい。若くして魔人四天王の一角を与えられ魔軍参謀の席に座る上級魔人。その圧倒的な差を相手に叩きつける。
そしてレオンハルトは敢えて自然体で片手で魔剣を垂らすように持ちながら、片手で相手を挑発するように手を前に出した。
「――掛かってこいよ、ハンティ・カラー。仇討ちすんだろ? 魔人様の手を煩わせんじゃねぇ」
「――その余裕、後悔させてやるよ!!」
最後の言葉と同時に、二人の人ならざるものは激突した。
長くなったので分割、本来はここでハンティ編が終わる予定でした。
後、さり気なく活動報告にキャロルのプロフィール載せてます