問2.レオンハルト+ケッセルリンク=?
ではどうぞ
──GL65X年。
相も変わらず、世界は人類にとっての生き地獄である暗黒期。
既にこの時代が暗黒時代だという自覚すら殆どの者にはなく、これが世界の当たり前の光景だと誰もが認識する時代。
人が自由を得ていた時代の事は時の流れと共に忘れ去られ、今の人間は今の常識の中で生きている。
野良で生きる人間にとって、生きるための常識と言えば何といっても、魔物から身を潜めることに尽きる。
人間では魔物に勝てない。それが普通だ。
だが、追い詰められれば思わぬ力を発揮するように、何もしなければ死ぬだけのこんな時代では、戦わなければ生きていけないという思考に至った人間も数多く存在する。
そんな者達の生き方は、概ね二つに分類される。
一つは冒険者。もう一つが魔物討伐隊。言わずと知れた、戦う人間達である。
とはいえ質についてはピンきり。真っ当な手段で生きる糧を稼いだり、崇高な使命を掲げる者もいれば、完全に生きるための手段だと割り切り、次第によっては汚れ仕事に手を出すこともある。
そんな汚れ仕事を請け負う大規模魔物討伐隊──“影の楔”はその筋では有名な魔物討伐隊だった。
その成り立ちは古く、GL期初頭から存在したとされ、魔物に侵され、国が存在しない世界においては徒党を組んでいる人間達の中でもかなりの力を持つ組織である。
世界にある人の隠れ里の中でも最大の勢力である、あの“鋼の騎士団”や、現存する商会としては最大級の“キリング商会“に並ぶ人間勢力であるが、その方針、彼らがやる仕事は人として褒められたものではない。
彼らは魔物の討伐だけでなく、野良や牧場の人間、またはカラーなどを攫っての奴隷売買や、同業者が得た物資などを強引な手段で奪うことで生きるための糧と利益を得ている。出すものさえ出せば何でもやる集団として知られており、真っ当な冒険者、魔物討伐隊からは目の敵にされている。
だが、どんな素性の相手であろうと受け入れるというルールがあり、それが今の世の中では非常に適していた。訳ありの経歴を持つ者などこの時代では腐るほどにおり、同様に何をしてでも生き延びたいと思う者達も大勢いる。故に“影の楔”は、そういった真っ当な手段では生きていられない、生きていられなくなった者達の受け皿としてそれなりの需要があるのだ。
そんな影の楔には、幾つもの傘下が存在する。
名目上は影の楔の一部ではあるが、基本はそれぞれ活動したり、魔物討伐隊として部隊を率いていたりするのは影の楔内ではよくあることだ。名を借りることで商人や同業者との交渉を有利に進めたり、本隊からも仕事を回されたりと、恩恵があるので、野良で生きる無法者達にとっては非常にホットな職場なのである。
しかし、だ。何も美味い話ばかりが舞い込んでくることなどない。
時には、外れを引くことだってあり得る。
そう──彼らは今、大外れを引いていた。
「っ、助け──ぎゃあああっ!?」
「な、なんなんだよアイツ……! 攻撃が効か、ね、ぇ──」
カラーの森では今、狩りが行われている最中だった。
影の楔傘下の魔物討伐隊。彼らにとって、カラーの森というのは比較的美味しい仕事場である。
見目麗しいカラーという女だけの種族。人間とは違うから罪悪感は湧きにくいし、生け捕りにさえしてしまえば、そのまま売りに出しても、犯して愉しんでもいい。犯した後はクリスタルが資源として売れる。魔物ほど強くもない。はっきり言って、狩られるために生まれたような都合の良い種族なのだと、彼らは考えていた。
良い女は貴重だし、一匹捕まえれば分け前は取られるにしても一、二年は食うのに困らない。だから彼らは舌舐めずりをしながら、このカラーの森に足を踏み入れたのだ。
カラーの女の肌の感触。その先にある莫大な利益。それを想像して来たのだ。
「ぐっ、このやろ──」
「だ、駄目だ……勝てねぇ……殺され──」
しかし、狩りを想像してやって来た彼らは今、狩られていた。
狩るのは自分達で、狩られるのは相手だと思っていたが、現実はそうはならなかったのだ。
しかも、その現実は悪夢の様なものだった。それは、
「な、何をしてやがる……!? 相手は一人だってのに……!」
「し、しかし隊長! あの男のカラー、化け物みたいな強さで……何十人で囲んでも全然攻撃が通じねぇって……!」
霧が掛かった森の中で、その魔物討伐隊の隊長は、部下の悲鳴を背景音楽にしながら報告を聞く。
相手は一人。しかも男のカラーだという。
そんなあり得ない報告を聞きながらも、夢だと言うことは出来ない。前方からは生々しい部下の悲鳴と、肉を斬ったり潰したりするような音が連続している。
隊長は苦渋に満ちた表情を浮かべた。
「クソが……カラーには男は居ねぇはずだろうがよ……! 見間違いじゃ──」
「──お前がこの人間達のボスか?」
「ッ……なんだ!? どこから──」
突然の事だ。声が降り掛かり、隊長は目を見開いて部下達と共に周囲を見渡す。
しかし森の中には霧が掛かっていて視界が非常に悪い。襲撃前は霧なんて全く掛かっていなかったというのに、いざ攻めようという時になると途端に霧が立ち込めてきたのだ。そんな中では敵の姿を確認することすらままならない。
だがその声の持ち主は直ぐに見つかった。
尋常ではない気配を頭上から感じ、上を見上げるとやはり──太い木の枝に座り、こちらを見下ろす者がいた。
「……気づくのが遅いな。期待出来そうにはない」
「……ッ! な、なんだてめぇは……?」
「名乗る必要性を感じない」
そこにいたのは、報告の通りの人物だった。
水色の髪と額の赤いクリスタルはその人物がカラーである証だ。
しかし彼の体格、髪の長さ。見た目は明らかに男のものであった。
男から見ても整った容姿に、寒気がするほどに鋭く、赤い瞳。大人としてはまだ僅かに身長が低いことから、意外と若いのだろう。少年か青年といった面持ちだ。
だが、その異常な存在感と殺気が、彼をただの少年だと感じさせない。
それは圧倒的強者のみが漂わせる支配者のオーラ。王の威容とも言うべき雰囲気を漂わせたその男のカラーは、冷たい表情で男達を見下ろしながら言った。
「……もう終わった」
「何だと……そりゃあどういう意味だ!?」
「……気づかないのか?」
寡黙に、必要以上の言葉を口にしない。そんな態度を見せるカラー男に、隊長は訝しみながらも途中で気づいた。
──部下達の悲鳴が、途端に聞こえなくなった。
つい先程までは聞こえていた悲鳴が止むという意味に気づけないほど、隊長の男は間抜けではなかった。表情を歪ませ、
「て、てめぇ……! 俺の自慢の部下達を……!」
「……自慢という割には弱かったがな」
「ッ……! なんだとてめぇ!! くそっ! 降りてこい!! 今すぐ殺してやるッ!!」
「た、隊長! 気持ちは分かりますが逃げましょう!! 勝てる相手じゃねぇっすよ!?」
カラー男の言葉を聞いて激昂し、挑みかかろうとする隊長を羽交い締めにして留める部下。隊長はまだ戦意があったが、部下達については既に戦意を失い、この場から脱しようとしていた。
事実、カラー男が現れたのを見た一人の人間は我先にとその場から駆け出していく。
しかし、
「──どこへ行くつもりだ?」
「っ!? がふっ──」
逃げようとした先で声が直ぐ近くから聞こえる。その瞬間に、男は衝撃を受けて地面に倒れた。
腹に穴を開けて見上げた先には、槍を持ったカラー男の上半身だけがあり、
「っ、な、なん、で──」
「…………ふん」
カラー男が槍を払い、地面に突き立てる。それを見て、隊長の男や残った部下達は今度こそ絶句した。
唯一、口を動かすだけの胆力が残っている隊長が無意識に疑問を呟く。
未だ、下半身は木の上に残っているカラー男の上半身を見て、
「な、なんだその身体は……!?」
「……大した技じゃない。霧になっているだけだ」
「────は?」
霧に、なっているだけ。その言葉を聞いた隊長は耳を疑う。
言い方もそうだが、その現象こそが冗談のような光景だった。
森に漂っていた周囲の霧。それらがカラー男の元に集まっていき、その身体を構成していく。木の上に残ったカラー男の下半身も、一度霧になって溶け、男の身体に集まっていき、再び元の身体に戻っていった。
そうしてしっかりと生物としての体を成した肉体に戻ったカラー男は手元に槍や剣、斧などを持って言う。淡々とした様子で、
「先程までの霧はオレの身体の一部。自由自在に動かせるものだ。──理解したか?」
「ふ──ふっ、ふざけんじゃねぇっ!!! この化け物が!!」
「生まれ持った力の差異は戦いには関係ない、が……せめてもの情けだ。選ばせてやる」
そう言って、腰が既に引けている隊長に向かってカラー男は言う。手に持った三つの武器を目の前の地面に突き刺し、
「────
「……はぁ!? 決闘!?」
隊長の男が絶叫する。しかしカラー男は全く動じずに頷いた。
「そうだ。オレとお前で決闘だ。オレはそちらが選んだ武器で戦う。勝てば見逃してやるし、負ければどちらにしろ死ぬ。どうだ?」
一方的に次々と口に出される決闘のルールと提案。
そんなことを言われても勝てるわけがないのだから選べない。
だからというわけではないが、隊長の男は最早やけくそ気味に武器を構えてこう叫んだ。
「ざけんじゃねぇ!! 決闘だと!? ……なら素手で戦いやがれッ!!」
それならまだやれるかもしれないと、一筋の希望を求めて言う。
カラー男が持つ剣や槍、斧。それらは全て、部下達を殺したのか、血で彩られているものばかりだ。
そんな提案を呑むはずがないのだろうが、せめて素手で掛かってこいと、自暴自棄気味にそう口にしたのだ。
だが、
「……素手、か。まあ、いいだろう」
「……えっ?」
と、カラー男は予想に反して、あっさりと武器を手放した。
その意外な行動に隊長が間の抜けた声を出す。そして胡乱な表情で、
「くっ……や、やってやろうじゃねぇか!! 俺だって、ここまで自分の力でのし上がって来たんだ……!」
隊長も覚悟を決めてやる気を見せる。
しかしカラー男の方は、先程よりもさらにつまらなそうな態度を見せていた。武器を全て捨て、拳を握りしめる。そうしながら、
「…………生憎と──」
「…………へ? ──っっっ!?」
一瞬。カラー男の方がぶれて見えたかと思うと、衝撃波が森を叩き、
「──オレは、
隊長はカラー男の拳を顔面に受けて、一瞬で絶命していた。
顔が吹き飛び、粉微塵になるほどの衝撃と威力。背後の木々までもが幾つか薙ぎ倒される。
残った部下達が絶句し、恐怖する中、カラー男はふと、それに気づいて眉を上げた。
「……しまった。森を傷つけてしまうとは……!」
「……に、逃げろ……! 殺される……!!」
あれだけのことをしておいて、森の心配をする化け物に異常性を垣間見たのか、残った部下達が一斉に悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
だがそれを受けたカラー男は溜息を一つつくと、
「──逃さないと、言った筈だが?」
その言葉を発したのち僅か数分で、残党も皆殺しにしてしまった。
カラーの集落を襲った人間はおおよそ百名は居たが、対するカラー側から戦いに出たのは彼一人であり、念の為、後詰めで防衛隊が布陣しているのみだった。
だが彼がいる限り、その念の為は機能しない。
何故なら彼は、このカラーの里、ペンシルカウを守護する戦士にして、とある大英雄らの実子。その名は──
「──お疲れ様です、アルベルト様」
「……ああ」
──アルベルト。
世界で唯一の、男性でカラーの特徴を持つ人物であり、世界の支配者である魔人の血を引く、生まれながらの王である。
──オレは、生まれたその時から“魔人”だった。
魔人。それはこの世界の王である魔王から直接血を分け与えられた特別な存在であり、生まれながらの支配者である……と、教えられた。
だが、自分は魔王から血を分け与えられたりなんてしていない。寧ろ、身分や素性は公にはしないようにと言われているし、魔王は自分のことなど知らないだろう。
自分は、親である二人の魔人の血を継いでいるというだけだ。
特別、という認識はない。親の血を継いでいる。それは一般的な人間、カラー、生物であれば当たり前のことであり、変わったことではないはずだ。
しかし自分は特別であるらしい。生まれながらの魔人というのは初めての存在であるらしく、親の立場もあってか周囲は自分を目上の存在だとして扱う者が多い。
確かに、言われてみれば周囲の者達よりも自分は強いのだと感じれるし、あらゆる生物からの攻撃を無効化してしまう
だが、自分にとっては驚くことでも何でもない。何故周りが驚き、期待し、畏怖するのかが、物心がついた時にはよく分からなかった。
しかし今はそうではない。自分はかなり成長が早い方であるらしく、理解するのも早かった。
この世の生物というのは、自分より強い者を敬い、恐怖し、期待するのだと言う。
それなら理解出来る。自分も、父親や母親。姉やその周囲にいる強者相手には、怒られた時などに特別怖く感じてしまうし、とても尊敬している。それと同じ様な感情を、周囲は自分に抱いているというだけなのだ。
……だが、それにしてもだ。
「……今戻っ──」
「きゃあーーーーーっ!!! アルベルト様よーーーーー!!」
「アルベルト様ーーーー!! お帰りなさいませーーーー!!」
「こっち見てーーーー!! アルベルト様ぁーーーーー!!」
「…………」
カラーの里。ペンシルカウ。
少し前から、自分は実家である城を離れて、このペンシルカウに住み始めた。
理由としては修行であったり、交友であったりと色々とあるらしいが、そこは自分が知るところではない。親が決めたことだからだ。故に理由は何でも構わないが、自分としては、母の元の種族であるカラーとの交友を深めることと、そのカラーの里を人間の手から守り、そのついでに経験値を稼ぐようなものだと理解していた。
自分には、カラーと同じ様な身体的特徴がある。水色の髪や額のクリスタルなどがそうだ。
だから自分は、自分と同じ特徴を持つ母の出身種族と聞いて、正直期待した。親睦を深められればいいと。似たような特徴もあれば、誰も自分の事を持ち上げ、期待せず、対等の立場で仲良く出来るのではないかと。
しかしそうはならなかった。その理由は、何でも、
「はぁ……アルベルト様、今日も滅茶苦茶格好いい……♡」
「なんであんなにカッコイイのかしら……?」
「そりゃあカラーの男性なんて初めてだし……」
「厳密に言えば違うらしいけど──でもそんなのどうでもいいわ!」
「はぁ、憂鬱……私、来週には子供作らなきゃならないのよね……アルベルト様が大人だったら、アルベルト様に頼むのに……」
……憂鬱なのはオレの方だ。
騒ぎの中から聞こえてきた言葉に一瞬にして頭を抱えたくなるアルベルト。というか、毎度ながら村を歩く度に人だかりを作るのはやめてほしい。
幾ら自分が、女性しかいない種族、カラーの唯一の男性の様な容姿を持っているからとはいえ、少し落ち着かせてほしいものだ。
それに、誰もが自分に近づき、隙あらば話しかけようとし、抱きついてきたりしようとするというのは中々に神経を使わせてくれる。いつどこで誰が見てるのかも分からないし、迂闊な行動や言動は取れないし、気を抜けない。四六時中暗殺者に狙われているようなものだ。
頭を抱えようにも抱えられず、息だけを小さく吐いていると、後ろに付き従うように歩いているメイド服の女性が、
「……心中、お察し致します。坊ちゃま」
「よせ。何も言うな」
同情されても悲しくなるだけだから何も言うなと、母親の使徒であり、メイド長を務めるエルシールに言う。続けて小さい声で、
「後、坊ちゃまは止めてくれ」
「駄目です」
「……なぜだ」
「坊ちゃまは坊ちゃまですから」
いい笑顔でそう言われるが、答えになっていない。シャロンよりはマシだが、他のメイドも異様に可愛がってくるのでちょっと苦手だ。可愛がられるのが嫌というか、可愛がり方がどうにも圧が凄いのだ。距離感も凄く近い。
エルシールの呼び方矯正が上手くいかなかったことを内心のみで嘆きつつ、アルベルトはカラー達が道の両脇で集まり、まるで凱旋パレードの様になった真ん中を居心地が悪そうに進んでいく。
すると、女王の屋敷の手前に来たところで、
「お疲れ様でした、アルベルト様。お怪我はありませんか?」
「……大丈夫だ。特に怪我はない」
カラーの女王や、その側近達が並んでいて、その場で一礼してくる。
だがそれも、本当はこちらの方が立場は下のはずなのだ。こちらは住まわせて貰っている身で、ただの居候の戦士に過ぎないが、向こうはこの里の女王。どう考えても向こうの方が偉い。
「……毎度の事だが、こうも大げさに出迎えるのはやめてほしい。オレはただの一戦士の筈だ」
だからそう言ってみた。期待は出来ないが。するとやはり、女王は苦笑混じりに、
「申し訳ありませんが、それは無理です」
「……なぜだ?」
「確かに、アルベルト様の表向きの身分は、この村に住む防衛隊所属の一戦士。こちらのミストラルの部下です」
「やめてくれませんかね……それを言うの……。胃が痛くなってきます……」
自分の上司であるはずのミストラルが女王を横目で見つつ、お腹を擦っていた。この間、胃薬でも取り寄せようかと言ってみたら、畏れ多いから、と必死で止められたので今回は自重する。こっそりと届けておけばそれでいいだろう。
だが、女王はミストラルからの抗議の視線を無視して言った。理由の続きを、
「しかし、それはあくまでも表向きの身分。本当の立場と、アルベルト様のその容姿を考えると、とても上から命令出来るようなものではないですし、彼女達に我慢しろ、とも言えません。……というか、私が命令しても多分聞きませんよ」
「……それは問題だろう」
「──恋は盲目ですからね」
いや、そんなことを自信満々に言われても困るが、とアルベルトは口には出さず、僅かに眉をひそめることだけで答える。いつもの事だが、どうにか出来ないものか。いや、出来まいと一瞬で諦めると、アルベルトは息を吐きつつ、告げることを告げた。
「……戦闘の余波で、森の木を少し倒してしまった。すまない」
「ああ、いえ……謝らずとも……後で部下に命じて回収しておきますので」
「頼む」
と、木々を攻撃で壊してしまったことを謝罪し、背を向ける。力加減が出来なかった、自分が未熟だと白状しているようで恥ずかしかったが、これも成長の為だ。力を強めるだけでなく、コントロールも考えないとならない。
そして後は帰るだけ、ということになるが、
「……エルシール。急ぐが、構わないか?」
「ええ、構いませんよ坊ちゃま。いつもの事です」
エルシールの了承を得て、アルベルトは足に力を込める。
カラーが周りにいて帰れない。だからこうするしかないのだと、
「──!」
アルベルトは跳躍し、一足で建物の屋根に飛び移った。
そしてそのまま加速し、建物の屋根を飛び移るように去っていく。
エルシールも同じ様に、少し遅れて並走してきた。それを見て、
「あぁん、アルベルト様ぁ~!」
「お話したかったのにー!」
下から、残念がるカラー達の声が聞こえる。申し訳ないが、収拾がつかなくなるから諦めてほしい。
中には、子供などもいるが、
「えへへ、私、将来はアルベルト様のお嫁さんになるのが夢なんだー」
とか、言っているのを見て、その親が、
「駄目よ!」
「ええ~、何で~?」
駄目だと注意してくれている。そりゃあそうだ。親なら、その辺の事はしっかりと教育するものだと、
「私がお嫁さんになるんだから駄目!」
「ええー!! お母さん、ズルい!! 私がなるの!!」
と、親と子ですらそれを理由にちっちゃい喧嘩をしていた。
……ふぅ、疲れるな。ここは……。
毎度、こんな反応を取られるのは少し疲れる。
とはいえ、だからといってぞんざいに扱う訳にもいかないのだと、
「……ん?」
「どうかしましたか、アルベルト様」
「……今、声が……」
不意に、耳に音を拾ったことで方向転換。
その声の聞こえる場所にアルベルトは急行する。
少し移動し、屋根から降り立ったその場所は、カラーの集落の中でも建物が建ち並ぶ一角の裏手だった。
そこの影に、
「……けほっ、こほっ……」
「……誰かいるのか?」
「……ぁ……」
その木箱に寄り掛かるようにしていたのは、一人の少女だった。
普通のカラーの少女。右目が前髪で隠れた少女だったが、どこか様子がおかしい。何やら弱っている様で、
「……病気か? 親はどうした?」
「……あ、アル、ベルト様……」
さすがに向こうはこちらの事を知っているようだが、そんなことはどうでもいい。
「親は?」
「あ、けほっ……す、すみません……わたし、親はいなくて……けほ」
「親がいない?」
それはおかしな話だと訝しむ。この里で親がいない子供など、孤児くらいのものだが、その孤児も人間との戦いなどで死ぬことが激減した今では少なくなっているはずだ。
だがそれを聞いたことをアルベルトは直ぐに後悔した。
「その、病気で……」
「! ……そうか、すまない。不躾な事を聞いた」
「い、いえ……けほっ、気にせずとも、構いません……」
親が病気で亡くなり、そして咳を続けてる一人暮らしの少女。
何となく気になってしまい、
「……先程から咳をしているが、病気を患っているのか?」
「あ、はい……最近になって、けほっ、病気に、こほっ、罹ってしまったみたいで……けほっ、ごめんなさい」
返事の途中で咳をしてしまい、こちらに謝ってくる少女。アルベルトは首を振り、
「謝る必要はない。それより、大丈夫なのか?」
「けほっ……だ、大丈夫です……こう見えて、身体は丈夫ですので、けほ……えへへ、心配してくださって、けほっ、ありがとうございます……」
「…………」
咳をしながらも、強がって笑ってみせ、心配してくれたとお礼を言う少女。
普通に考えれば風邪か何かかと思う。
だが少女は風邪にしてはかなり弱っており、やつれているようにも見えた。カラーは成長が早いから分かりにくいが、まだ子供のような年齢の筈でもある。それは自分も同じだから何となく分かる。
そんな子供が、一人で暮らしているというのは、
「……ちゃんと生活出来ているのか?」
「……へーき、です……お仕事も貰ってますし、けほっ、生きていく分には問題、ないです……けほ」
確かに、ペンシルカウは住んでいるカラーの数がそこまで多くないのもあって、別に何もしなくても問題なく生きていけるし、父が渡している物資を考えると、そういうことはあり得ない筈だ。それにカラーは同族には優しいので、困っている相手がいればちゃんと助ける場所でもある。
とはいえ、病気で一人暮らしともなると不安なのは間違いない。
「ちょ、ちょっとアルベルト様……そんないきなり──って、どうしたんですか?」
少しして、追いついてきたエルシールが背後で首を傾げる。それと同時にアルベルトは自分の中でやることを決め、
「……少しついてこい」
「え……?」
アルベルトは少女に近づきながらそう言う。すると背後から、
「アルベルト様……? その、それはどういう……まさか──」
「下世話な事を思い浮かべるな。病気を治すだけだ」
「えっ──きゃっ!」
木箱に寄りかかっていた少女を抱きかかえて立ち上がる。
少女は驚き声を上げるが、それよりも困惑していたのがエルシールで、
「……アルベルト様? その、家に誰かを連れて帰るのは、あまりよろしくは……」
渋るように言うエルシール。だがそれを聞いて、アルベルトは眉を立てた。
「……病気の女を見捨てろというのか?」
「いえ、そういう訳では……ただ、女王に預けたり、薬を持ってくるという方法もあるかと思いまして……」
エルシールがやんわりとそう言う。
確かに、それが正論だ。自分の家は特殊でもあるため、あまり身内以外だと、許可を得た人物以外は連れて来てはならないとされている。
病気を治す。なんとかしてやるくらいなら、態々連れて行かなくても良い筈だが、
「……いや、駄目だ。連れて行く」
断固として拒否した。
しかし疑問が上がってくるのは当然で、
「えっと、何故ですか?」
「──“勘”だ。放置するのは危険だと感じている」
そう、何となくだが、この少女をここで放置していては駄目だと本能が訴えている。
それと、何よりもだ。
「これだけ弱りきった女を、男として放置は出来ない」
「っ……」
エルシールが僅かに息を呑む。そして僅かに間をおくと、
「……分かりました。ですが、ケッセルリンク様はともかく、レオンハルト様はなんと言うか──」
「パパに何か言われたら、全てオレの指示だとそう報告しろ。責任はオレが取る」
「……畏まりました」
ふぅ、と息を付いてエルシールが了承してくれる。何とか説き伏せたところで、アルベルトは少女に目を向けた。
「というわけだ。お前の病気を治す。少しの間、辛抱していてくれ」
「えっ? えっ? ……けほっ、きゃあっ!?」
そう言って、アルベルトは再び跳躍し、屋根の上に登ると、そのまま家に向かって駆け出した。
そして、それを少し遅れてついていくエルシールはボソリと、
「……そういうところ、御二方にそっくりですね……」
弱った女性を放っておけないところ。その有無を言わせない強引さと優しさ。そして親に似た王の威容と、あの鋭い目で言われたら、ただの使徒でしかない自分達は従う他ない。
喜ぶべきか、呆れるべきかで迷いつつ、結局は苦笑で落ち着き、エルシールは最愛の主の息子を追いかけた。
長男アルベルト君、問答無用で女の子を助ける。次回もこの続きです