魔人が治める街、レオンハルトシティ。
その中心部にある紅魔城に、メリルを連れたレオンハルト達は一瞬で到着した。
城の中に存在するとある一角。幾つかの魔法陣が床に描かれた部屋。その魔法陣の上から出てきたのはやはり、先程までペンシルカウにいたレオンハルト一行だ。
だが驚いているのはメリル一人である。幼く、まだカラーの森以外の多くを知らない少女は、その赤い城に到着した瞬間、純粋に目をキラキラさせて、感嘆の表情を浮かべた。
「す、すごいです……! けほっ、こんな一瞬で遠く離れた場所に移動出来るなんて……!」
「……ただの転移魔法陣だ。それほど珍しいものじゃない」
「そうなんですか!? やっぱり、森の外は凄いんですね……!」
「いや、一般人基準だとかなり珍しいものだけどね……」
メリルの感動に、アルベルトはズレた回答を行う。生まれた時から魔人である彼にとって、魔人の秘術というのはそれほど珍しいものではなかったが、魔人以外には知られていなければ使うこともない魔法は、一般人基準だと十分珍しいものである。
故にハンティはズレた感性のアルベルトに半目の笑みを向けながら訂正を行うが、メリルなどは聞こえていないようで、けほけほと咳き込みながら床に幾つか描かれた魔法陣を見て声を上げていた。
それを何となく近くで説明しようとするアルベルトは、仲良くなろうとしているが、仲良くするやり方がいまいち分からないようで距離を測りかねているようであり、微笑ましい光景だと思える。
レオンハルト、ハンティ、エルシール、白兎といった四名はそれを見守っていたが、直ぐに迎えの声が聞こえてそちらに身体を向ける。出迎えてくれたのは、やはりと言うべきか、
「──お帰りなさいませ、ご主人様。お嬢様に若様。皆様方も」
「ああ」
「ただいまです、メイド長」
いつの間にか、ハンティの瞬間移動ばりの唐突さでその場に現れて、優雅に一礼してみせたのはメイド服を着た銀髪の美女。
この紅魔城のメイド長を務める突然変異体の女の子モンスター、メイド長さんだった。
彼女はメイドの務めに従い、主人とその子供、使徒という目上の存在を出迎え、主人の頷きを確認した後、メリルの方にも目を向ける。そして自然に、
「若様のお友達の方もようこそお越しくださいました」
「あっ……ご丁寧にどうも……けほっ、メリル・カラーと言います」
よろしくおねがいします、とぺこりと挨拶をしてみせたメリルに、メイド長さんも笑みを見せる。小さいのに礼儀が出来ていることに感心と微笑ましさを感じているのだろう。
実際にそれを口にしないのはメリルのその対応で、一人の淑女として見ることにしたからだ。
小さいのによく出来ている、というのは子供扱いしているようで微妙に失礼だということ。実際に子供なのだし、それを告げてもメリルが失礼に感じることはないだろうが、仕事に対しては真摯なメイド長さんはお客様に対してそれを告げることを遠慮しつつ、アルベルトが声を発する気配を感じ取ってそちらに身体を向けた。何を言っても対応出来るように、予測とその準備を行いつつ、
「メイド長。悪いが、メリルの為に薬と治療の手配をしてくれ」
「畏まりました若様。見たところ、けほけほ病の様ですね。直ぐに手配させて頂きますので、少々お待ちください」
「頼む」
アルベルトのその発言に、メイド長さんは何ら動じることなく了承する。それを見ていたハンティが苦笑交じりに、
「……いや、いきなり友達って分かったり、病気の判断したりとか、相変わらずの意味不明さだよね」
「メイド長さんはメイド長さんなので、常人の論理を当て嵌めるのは無駄ですよ、ハンティさん。メイド道を極めると、主人やお客様の要望を予測──いえ、予知してしまうと言われています……!」
「……エルシールもそういやメイド長の弟子だったね。もしかして、エルシールもそういう……?」
「いえ、私などまだまだ未熟で……師匠には程遠いです。今の私はマスタークラスでも下の方。師匠はマスターロイヤルの称号を持つ最高位のメイドで、その力はマスタークラスのメイド、十人分にも相当する……! 主人が紅茶を望んだその瞬間には、既に紅茶がカップに注がれている、モーメントティーなど、数々の冥土奥義を始めとした──」
「絶対冷めてるよね、それ……」
迫真の表情で説明するエルシールに、ハンティはげんなりとした表情を浮かべた。ケッセルリンクのところのメイド長でもあるエルシールは、もう何百年前からメイド長さんの一番弟子として師事しているためか、もうとっくにあっちの世界の住人というか、訳の分からないことを口走る、常識人の皮を被った異常者となってしまっている。
「全く……異常者だっていう自覚がない人は怖いね……」
「お前が言うな」
「……パパが言っても説得力が無いな……」
「アルベルトも十分おかしいですけどね。まともなのはこの私くらいです」
「お前達も言うな」
レオンハルトがハンティにツッコミ、それを横から割って入ったアルベルトに更に白兎がツッコミ返し、またレオンハルトが子供二人にツッコミを入れる。異常者達が勝手に身内で潰し合っているようなやり取りを見たメリルは、妙にそわそわとしながら、
「……わたしも混ざった方がいいんでしょうか……?」
「──やめておいた方がいいですよ……死ぬほど疲れることになるか、異常者に取り込まれるかの二択なので……」
と、途中で何やら苦労人オーラが窺い知れるような気配と、達観した雰囲気を持ち合わせた声がその場に響く。メイド長さんの背後にある通路から現れたのは、毛先が少し癖のある桃色のセミロングヘアーの少女であり、白兎の友人であった。
「あっ、イヴさん。ちょうどいいですね。皆に教えてやってください。誰が一番、この中でヤバいのかを」
「私基準だと白兎さんに一番苦労させられてるので白兎さんって答えますけどそれでもいいなら言ってあげますが──」
「──やっぱりいいです」
「きき!」
真顔で親友であるイヴにそう言われてしまえば、さすがの図太さを誇る白兎でも引き下がらざるを得ない。イヴの肩に乗っていたはぐれ使徒の猿、藤吉郎が白兎の肩に飛び移り、“元気だせよ”と言った風に腕組みをする。その甲斐あってかは分からないが、白兎がこほんと咳払いを一つ行い、
「ですが、ほんとにちょうどいいですイヴさん。こちらのメリルさんがこれから、アルベルトのお友達としてここのお世話になるので、先輩として色々と教えてあげてください」
「アルベルト様のお友達ですか……」
と、白兎にそう言われ、イヴもメリルの方を見る。するとその視線に気づいたメリルが笑みを浮かべ、
「メリル・カラーと言います。よろしくお願いしますね……けほっ、ええと、イヴさん」
「…………ええ、こちらこそよろしくお願いしますね」
と、イヴは自然にその挨拶を受け入れて軽く握手する。するとすぐに何かを読み取りつつ、
「……そうですか……貴方も、こちら側に来るんですね……」
「こちら側……ですか?」
何のことか分からずにこてんと首を傾げるメリル。しかしイヴは相変わらず憐憫に満ちた視線を向けており、
「いえ、いいんです……これから私達は仲間……いえ、異常者に苦労させられる同志ですので、辛いことがあれば直ぐに私に相談してくださいね……!」
「え……は、はい……?」
ガシッと手を両手で掴まれながら迫真の表情でそう言うイヴだが、メリルは頭に疑問符を浮かべており、いまいち伝わっていない様子だった。
そして、その流れとは別にとある人物もやって来た。
それは集団。付き従う者達が四名に中心にいる主が一人。そしてその者は、アルベルトがある言葉を生まざるを得ないものだった。彼は僅かに目を見開いて、その言葉を宙に飛ばす。
「
「──ああ、おかえり。アルベルト」
ママ。アルベルトのその言葉が示す相手は一人しかいない。
魔人四天王の一人であり、かつては夜の王としてカラー集落の長を務めた女傑──ケッセルリンク。
魔人の中でも上位として知られる彼女は、しかし、普段見られるような冷たい気は鳴りを潜め、身内用の暖かい雰囲気に満ちていた。
周囲にエルシールを除いた四体の使徒──シャロン、パレロア、加奈代、バーバラを従えながらも、愛する息子の声に柔和な笑みで出迎える。そして傍らのエルシールにも目を向けると、
「只今戻りました、ケッセルリンク様」
「ああ。エルシールもご苦労だった」
「勿体なきお言葉に感謝致します」
同じ様に出迎えてくれる主に畏敬を示しながら礼を返す。望んでやっていることだからと、エルシールは師に倣ってその姿勢を崩さず、自然にその動作を行う。
すると続いたのは他の使徒メイド達だった。各々、アルベルトに対して礼をしつつ、
「お帰りなさいませ。アルベルト様」
「アルベルト様、また少し大きくなりましたか?」
「ふふ、お早い成長ですね」
「あら、少し服の裾が汚れてるわね……直ぐに取り替えましょう。さあ、坊ちゃま。服を脱がせますから両手を上げてください」
バーバラ、パレロア、加奈代、シャロンといった順に声を掛けられるアルベルト。特に、シャロンがいつもの圧を伴った笑みでアルベルトに近寄り、服を脱ぐように言うと、アルベルトは困ったように眉間に皺を寄せた。他の面々も含めて、彼女達を見ながら諦めたように吐息を吐くと、
「……子供扱いはよしてくれ、シャロン。服くらい自分で脱げる」
「駄目です。坊ちゃまは我らが主、ケッセルリンク様の息子で、生まれながらの魔人なのですから、使徒でメイドである私達にとっては主も同然。そんな尊きお方に、自ら服を脱がさせるなどさせてしまってはメイドの名折れです」
「そうですよ~、坊ちゃまはメイドのお仕事を奪うつもりですか?」
「アルベルト様のお世話は私達の使命ですからね」
「……まぁ、どちらにせよ、夕食前に汚れを落として頂かねばなりませんし、このままお風呂に向かって頂けると助かります」
「……パパ、助けてくれ」
「……これも試練だ、アルベルト。今のうちに人の使い方を学ぶといい」
メイド達の可愛がり攻撃にアルベルトがたまらず父親に助けを求めるが、レオンハルトにはそれっぽい言葉で突っ撥ねられる……実際には、シャロンの無言の笑みによって怯み、呆気なく撃退されてしまっていた。顔を逸らし、その視線を、息子からの助けを泣く泣く拒否すると、アルベルトは使徒メイド達に取り囲まれて服を脱がされていく。
するとその間に、ケッセルリンクは微笑ましい視線を一度切り、初対面の少女に顔を向けた。
「……君は?」
「あ、はい。けほっ、メリル・カラーと言います、ケッセルリンク様。その……アルベルト様……君の、お友達をさせてもらってます」
母親に相対して、先程までのようにきちんと挨拶を行うメリル。さすがに少し緊張していたようだが、先にレオンハルトと会っていたこともあり、それほど萎縮せずにカラーの作法に則った礼を行った。アルベルトに対しての呼び方などはまだ迷っている様だったが。
それを聞いて、ケッセルリンクは魔人としてではなく、母親としての顔でメリルを見ると、
「……そうか」
と、一度頷き、何やら感慨深そうに間を置いて、
「……メリル」
「あ、はい。何でしょうケッセルリンク様。……けほっ」
ケッセルリンクが少し屈み、メリルと視線を合わせると、小声でアルベルトに聞こえないように、
「アルベルトと仲良くしてくれると嬉しい」
「あっ……は、はいっ!」
メリルの返事を聞いて、ふっと笑みを浮かべると、屈んでいた姿勢を元に戻し、
「今から厨房を借りて夕食を作るところだ。少ししたら、アルベルトと共に君も食堂に来なさい」
「! はいっ、ありがとうございます!」
「ふっ……アルベルトは先にお風呂に入ってきなさい」
今度はアルベルトに向かって言う。するとメイドに半ば服を脱がされかけているアルベルトが顔を戻し、
「それはわかったが……ママ。今日の夕飯は──」
「──アルベルトの好きなものだよ」
「! 風呂に行ってくる……!」
「あっ!」
母親から望む言葉を耳にしたアルベルトは現金なもので、自らの身体を霧と化してメイド達の拘束から逃れると、少し離れたところで身体を元に戻し、そのまま大浴場まで一直線に走っていった。
それを見たシャロンは、
「……お世話したかったのに……」
「……今日は諦めましょうか」
と、残念そうに呟き、同様にエルシールがメイド達をそう纏める。傍らではレオンハルトが半目を向けながらも、息を入れ、ケッセルリンクに向かって、
「……同じものばかり食べさせるのはどうなんだ? 少しくらい、苦手な物も挑戦させた方が……」
「うむ、それもそうかもしれないが……私が作る時くらいは好きな物を食べさせてあげたいと思ってしまうんだ」
「やっぱり、こっそりとグリンピースを入れてあげましょう!」
「それじゃあ白兎の皿にはこっそりとピーマンを入れるべきだな、ケッセルリンク」
「ふふ、ならそうしよう」
「──あ、やっぱりいいです! 好きなものばかり食べましょう!」
「変わり身も神速ですよね、白兎さん……」
アルベルトの食事に苦手なものを混ぜてあげようとした白兎がまたしても反撃を受けて、イヴから呆れの視線と声をもらってしまう。冗談だったのか、そこで夕飯の具材については話を切り上げ、レオンハルトが、
「それより白兎。紅月が今日は食後のデザートとしてお前の好きな白玉あんみつを作るって言ってたぞ」
「! それは本当ですか!?」
「ああ。お前も今のうちに先に用事を済ませてこい。俺が出した宿題がまだ残ってるだろ」
レオンハルトがそう言うと、うっ、と白兎が短い声を出す。微妙に嫌そうな表情で、
「そういえばそうでした……しかし……中々難しいんですよね……」
「分からないところがあれば聞きに来い。もしくはイヴや藤吉郎にも手伝ってもらえばいい」
「それもそうですね。では行きましょう。イヴさん、藤吉郎」
「やっぱり私にお鉢が回るんですね……あははー……はぁ」
「きき!」
白兎がイヴと藤吉郎を連れて廊下に出て行く。
すると残ったのは魔人二人と使徒達。それとメリルやメイド長さんのみで、
「では私は厨房に行ってくる。レオンハルトも楽しみにしておいてくれ」
「言われなくても、いつでも楽しみにしているさ。お前の料理は本当に美味しくなったからな」
「誰かのおかげだ」
ん、と二人はそう言って自然な様子で近づき、唇を軽く合わせる。そのナチュラルな甘い雰囲気は恋人を通り越して夫婦にも見えるものだ。実際、1500年以上の付き合いなのだから、並の恋人とは文字通り、年季が違う。周囲としても、レオンハルトとケッセルリンクに関しては見慣れたものなので殊更騒ぎ立てるようなこともない。そのやり取りを交わしてケッセルリンクが使徒メイドを連れたって厨房へと向かっていくと、残ったメリルに近づいてメイド長さんが、
「ではご主人様。私はメリル様の治療を進めておきます」
「ああ。それと、彼女はアルベルト付きのメイドを希望だそうだ。まだ本格的に教える必要はないが、さわりだけでも軽く教えてやってくれ」
「畏まりました。──ではメリル様。私に付いてきて頂けますか?」
「あ、はいっ。けほっ、お、お願いします……!」
と、メイド長さんが僅かに緊張するメリルを先導して廊下へと出て行く。
転移魔法陣を敷き詰めたその部屋に、最後に残ったのはレオンハルトとハンティであり、静かになったその場所でハンティが軽い笑みと共に、
「さぁて……それじゃ、ちょっくら付き合って貰おうかな?」
「……いいだろう──と、言いたいところだが、お客様が俺をご所望でな」
と、レオンハルトが背後を軽く手で指して言う。するとハンティは相手を察して微妙な表情になり、
「あー……それじゃあしょうがない。適当にライゼンか戯骸でも殴ってくるよ」
「……せめて一声くらい掛けてやれ」
「大丈夫大丈夫。どっちも全然効かないしね」
そういう問題か? とレオンハルトは訝しむが、そう指摘する前にハンティは瞬間移動で何処かに消えていってしまう。多分、数秒後にはどちらかが殴られてるんだろうな、と己の使徒の血気盛んさを改めて確認しつつ、レオンハルトは背後の扉から廊下に出た。
するとそこにいたのは──長い黒髪を持つ和服を着た美女で、
「…………お話があります」
と、相変わらず無愛想な、硬い表情で言う相手に対し、レオンハルトは一度だけ鼻を鳴らし、相手の名を呼んだ。
「ふっ……そろそろ答えは出たのか? ──日光」
「……生憎と、答えはまだ出ていません」
魔人レオンハルトの問いに正直に答えた日光は、人気のない廊下で彼と視線を交わす。
話すことはこれまで、何度も考えてきたことで、数年経っても答えの出ない問答だ。粛々と、日光は語り始める。
「……この城にお世話になり始めて、それなりの年月が経ちましたが……やはり、ここは不思議な場所ですね」
「居心地悪いか? 魔人を倒すことの出来る剣の身としては」
日光は魔人の持つ無敵結界を斬り裂くことの出来る聖刀となった身である。
人間の姿にこそ戻れるが、今の彼女の存在意義は、使い手を探し、魔人を滅することにあるはずだ。
そして、そんな魔人を倒せる彼女だからこそ、魔人の居城であるこの場所にお世話になることは、当人の感情的にも居心地が良くないのではないかと、問うた。
しかし日光は、首を横に振った。
「いいえ──むしろ、良すぎるくらいです。魔人を倒すことの出来る武器の身で、そちらに良い感情を抱いていない相手だというのに……ここの住人は、そんなことを忘れてしまったかのように、親切にしてくれています」
そう。本来なら、日光が良くされる理由はない。
元々秘密を知ったことに対する監視も兼ねた軟禁ではあるが、そもそもとして魔人レオンハルトというここの絶対者に仇する者など、酷い仕打ちを受けても仕方がないはずだ。
しかし現実はそうはなっていない。むしろその逆。不自然に感じてしまうほどに、居心地が良い。
「同じ人間……いえ、それ以外の者達も、私に対して普通に接している。敵に対しての対応ではないかと」
言う。自分達は敵同士の間柄の筈だと。
しかしレオンハルトはそれには同意しなかった。苦笑しながら、その言葉に対しての反論を作る。
「敵、か。お前はそう思っているようだが、殆どの者はそう思っていない」
「……そんな筈は……」
ない。と言い切ることが出来ずに日光は言葉を止める。
実際に敵に対する対応ではないと感じているのは自分自身だったからだ。
だからこそ、次のレオンハルトの言葉に対しても、日光は言葉を作ることが出来なかった。
「お前は確かに、魔人を倒すことの出来る力を持っている──が、それだけだ。力を持っているだけで、実際にまだお前は、俺自身を斬りつけた訳でも、何かをしでかした訳でもない」
反論出来ずに続く言葉を聞く。レオンハルトは真面目な表情で、
「お前は魔人を倒すことの出来る聖刀──という肩書を持っているだけだ。ここの人間は、肩書だけを見てその相手を判断することはしない。まずはその相手自身を見る」
この俺もそうだ、とレオンハルトは言う。その上で、日光はようやく声を作った。
「……ならそれは──」
「お前が良くされているとすれば、それは周りがお前自身を見て判断した結果だ。俺は不自由はさせないとお前に言ったし、メイドにもそう伝えたが、だからといってお前に対して親切をしろだとか、仲良くしろという事を言った憶えはない」
だからこれは、自分自身で勝ち取ったものだと、レオンハルトは言う。悪い奴であれば、自然と排斥されると言う。
「どいつもこいつも訳ありで、そうでなくとも常人よりも長い時を生きてきた連中だ。自慢じゃないが、人を見る目は肥えている。だから、悪意や打算、他人を不当に蹴落とそうとするような奴は長くは居られない。自分から出ていくか、俺が追い出すか……もしくは、忠誠心の高い一部の連中が、気を使って排除してしまうかだ」
「……殺すのですか?」
「やはり人間を拾っていると、良い奴らばかりじゃないのさ。中にはとんでもない悪人が紛れていたりもする。そういう奴は殺してしまうし、殺すほどの価値もない小悪党は適当なところに追い出す。意地汚い奴はここにいなくても、他人を蹴落として勝手に生きていくものだからな」
「……なら、ここにいるのは……?」
「他人に蹴落とされたか、何か事情があるか……何にせよ、死ぬほど運が悪いことだけは確かだ」
人間か、魔物か。もしくはもっと単純に環境か。城にいる人間の大半は、一度不幸になった者達か、不幸になりかけた者達。何らかの訳ありの人間が大部分を占める。もっとも、幸福でいられ続ける人間など殆ど存在しないが。
特に今の世の中だと、余計にそう感じる。世の中には不幸が、生きることを諦めるほどの苦しみが溢れている。
そんな中で、唯一幸福に生きられるであろう場所が、この魔人の懐であった。
そしてだからこそ、日光は解せない。
常人とは違う魔人ではあるが、それでも人間らしい感情を備え、実際に人間を救っている力ある魔人。
そんな彼が何故、
「……なら何故貴方は……人を救いながらも、人を苦しめるのですか?」
救いたいと思い、救える力があるのなら、それはもう救うしかないだろう。
少なくとも、日光であればそうする。そう何度も言ってきた。そしてこう言われてきた。
「……俺が魔人だからだ」
魔人だから、人を苦しめる義務があるのだと。
魔人だから、魔物の事を考えて、世の中を動かす必要があるのだと。
理解は出来る。実際に、魔物にも社会があることを日光は知った。
それを維持するために眼の前の魔人が尽力しているのも知っている。
だが、やはり人間を個人的に救いながらも、苦しめるのは、
「……魔王の所為ですか?」
魔王。
魔人達を支配する魔族の王であり、人間にとっては悪夢の具現化とも言える最悪の生物。
魔人は魔王に従うしかない。だからこそ、彼はこんな手段を取っているのではないかと、日光は思い至ったのだ。
だが、
「……それもあるが、そうではない」
普段は答えないその先に、レオンハルトはとうとう答えた。
いつもなら、ここで問答は終わる。どんな寄り道をしたとしても、最終的にはこの結論に至り、問うてみてもレオンハルトはそこで話を切り上げてしまう。
それを答えたのは何故か。日光の心境を悟ったとでも言うのか。それによって信頼を得たのか。
日光にその理由を知ることは出来ないが、レオンハルトはとにかく告げた。そうではないのだと真剣な表情で、
「もっと根本の問題だ。例え魔王が居なくとも、俺は人間を苦しめるだろう」
「っ……!」
日光が目を見開く。
レオンハルトの言葉は、それだけ衝撃的なものだった。
「仮に障害が魔王だけだったとしたら、俺はこの問題をとっくに解決している。人類全てを救い、魔物も救うことが出来るだろう」
しかしそれは出来ない。何故なら、
「────
「……え……?」
魔王だけなら。
その言葉の裏にある意味を、日光は理解することを拒み、間の抜けた声を出してしまっていた。
薄々と日光は感じていた。
彼に言われた真実という言葉。自分達が旅の終わりで見たもの。
そして今聞いた、魔王以外の障害という言葉。
幾つかの情報があれば、発想自体には至ることが出来る。
だが、常人であれば信じない。
否──信じたくない。
人間は自分の信じたいものを、真実と思い込む。
都合の悪いことは真実と認めず、無意識の内にそうではないと思い込む。
そうでないと困るからだ。
残酷で、直視し難い現実は、実際に目の当たりにするほどの衝撃が無ければ、それを信じることは出来ない。
仮に知ったとしても、その真実の重さに心が潰れてしまう。
日光にとっての不幸は、それに至るための経験や知識を蓄え、再三の言葉や信用の置ける相手の駄目押しによって、直接的な言葉に出さずとも、気づいてしまったことだ。
「……まさか……!」
声が震える。
そうでないと言ってくれと。
ただの幼子のように頭を抱え、悪夢から逃れようと心を震わせる。
そして眼の前の魔人を見上げ、その答えを待つ。
彼の口がゆっくりと開き、
「……その様子だと、お前もとうとう気づいたか」
と、怖いほど迫真の表情で彼は言う。
日光が最も聞きたくなかった言葉を──
「──お前の想像通りだ。人間と魔物。人間が苦しむ世界構造を作ったのは、紛れもない──」
──■だ。
その言葉を聞いた瞬間、日光は何かが壊れるのを自覚した。
「あ……あぁ……」
力なく、日光は膝を突く。
とてつもなく残酷な真実。
今まで自分が信じてきた価値観の崩壊。
自分が得た力さえも、もはや信じることが出来ない。
ホ・ラガが絶望して、全てを諦めたことがようやく腑に落ちる。
ほんの僅か。その一端を知っただけでもこれなのだ。全知を得て、何もかもを知ったホ・ラガが絶望するのも無理のないことである。
そして自分も、途方に暮れるような心境だった。
そうだとして、どうやって解決すればいいのか。
今まではその答えがあった。明確な目標があった。
だがそれを仮に達成したところで、目的は達成されないのだ。
故に日光は絶望しかけた。
だが、
「──諦める必要はない」
「…………ぇ…………?」
と、一筋の光が差した。
それは本来、闇であるはずのものだった。
「俺は言ったはずだ。お前が俺を信頼し、俺に協力するというなら──この暗黒時代の終わりを見せてやると」
そうだ。確かに言った。
しかし、
「……でもそれは……この時代を終わらせたところで、結局は──」
「意味が無いことはない。全ての事柄には、必ず意味がある」
力強い言葉で彼は断言する。眉を立てた表情で、
「お前が旅の果てにその力を得たことも。真実を知ったことも。この場にいることも。全部意味があるし、作れる。無駄にしなければいいだけの話だ」
彼は肯定する。人の足掻きというものを。
それらは決して、無駄になることはないと。
「お前が人を救いたいと諍い続けることは無意味とならない。俺が保証してやる」
「……何故、そんなことが……?」
「俺には言える。そして、お前に道筋を付けることも出来る。最初言っていた通りにな」
改めて彼は言う。自分を城に連れてきた時のように、
「真実を知ってなお、人を救いたいと願うなら──立ち上がり、俺の手を取れ、日光」
「────」
彼は手を差し伸べた。
「そこに到達するためには、必ず、お前の力がいる」
日光は暫しの間、無言で佇む。
……そう……ですね……。
確かに、足掻きたいと自分は感じている。真実を知ってなお、自分の心には、人を救いたいと思う願いが渦巻いている。
それ以上の絶望によって覆い隠されようとしているが、それは確かな真実だった。
そして同時に、彼の事を信じてもいいと思う自分もいる。
彼は魔人だが、悪逆非道な人物ではない。
家族や友人、恋人などの愛する者を持ち、他者を慈しむことが出来る。
城の中やこの街がその証明だ。
彼が作る理想とも言えるこの場所は、人間よりも人間らしい、暖かい時間が流れている。
まるで夢のような場所だ。今が人間にとって生き地獄と呼ばれる世界だとは思えないほどに。
そして彼には何かを行うための確かな実力がある。力、知識、経験、立場──それらも全て、自分などより遥かに人々の助けになれるものだ。
「……私でも、何かが出来ると……?」
「ああ、必ず出来る。無駄にはならない」
真っ直ぐな眼で断言される。その鋭い視線に訴えかけれられる。
日光にとって、幸運だったのは、真実をしってなお、立ち上がるだけの精神力を持ち合わせていたことと──
「……なら」
信頼出来る協力者が、その場に居合わせたことだった。
「──私の力で、役に立てると言うなら……!」
と、日光はその手を掴んでみせる。
それは彼女が、世界に真の意味で諍う──始まりとなる瞬間だった。
家族団欒の合間にすら女を落としていくやべーやつ。いや、別に落としてないけども。また人が増えたねって
次回はまたガイ君かな。あと、とうとう姉妹仲矯正編が始まります