とまあ、そんなわけで本編どうぞ
「ごめんね、こんな夜遅くに。迷惑だった?」
「いや、大丈夫だ」
ほんの小さなランプの光だけが照らすテント内に足を踏み入れたトーチカは何処かそわそわと落ち着かない様子でまず謝罪した。
ガイはその謝罪をすんなりと受け止め流しつつも、彼女の様子がいつもよりも浮ついているように見えるのが気になり、内心で訝しむ。夜更けに訪ねてくることなどこれまで一度も無かったものだが──
『ぐふふ、これは夜這いだな。ヤっちまおうぜ』
死ね──と、もう一人の声に冷たい念を返す。その場合自分も死ぬことになるが、そうしたいくらいにふざけた提案だった。
彼女が真面目な用事や相談だったら失礼だろう。というか、そういうことに決まっていると内心で声を作りながらも彼女の言葉を待つ。響いてくる内側の声は無視していると、
「その……おめでとう、ガイ。副隊長に抜擢されるなんて、やっぱりガイは凄いんだねっ」
「……ああ、ありがとう」
何度も言われた言葉を、また改めて言われる。飽きた言葉ではあったが、それが純粋な気持ちであることは理解しているので素直に受け取った。
しかし内心ではやはり複雑な気持ちである。そもそも、副隊長など自分には荷が重いと考えているのだ。
もう一方の人格はこれを機に好き勝手してやればいいと言っていたが、副隊長という役職は自分には向いていないと思う。
そもそも隊員達からの人望はなく、比較的隊の中では新人であり、歳もかなり若い方だ。隊長が言っていたように、確かに実力だけなら自分の方が上だが、年上や古株の隊員達を差し置いて自分が副隊長というのはどうなのだろうと疑問を感じる。
強さが全ての仕事なのだから理屈の上ではそれが正しいような気もするが、どうにも自分の中でしっくりこない。人を纏めるような立場に立ったことがないからやり方もよく分からないし、人との接し方にすら悩んでいるくらいなのだ。そんな自分がいきなり隊長のように人に命令し、従わせることが出来るのかと言われれば、やはり出来ないだろう。
それにもう一つの人格についての懸念もあるし、安易に自分を有利な立場に置くのもどうかと思った。
それでも受け入れたのは、隊長からの推薦を断りきることが出来なかったということと、理屈では強い者が上に立つということは今までの教えでも正しいことだと分かっていたし、一理ある。秩序を保つ上では、自分が上に立つことも有益になるかもしれないという判断だ。
というのも、最近の隊員達は自分を目の敵にするあまり、どこか緊張感が無いように感じる。魔物との戦闘の中で、一応は味方である自分に注視している場合ではないと思うのだ。
それともそんなにも自分の事が嫌いなのかと思うと、それはそれで落ち込んでしまう。自分は何か悪いことをしたのだろうか……やはり、もう少し愛想良くするべきだろうかと、自分の苦手分野について考えていると、
「──ガイ? どうしたの? なんか難しい顔してるけど……?」
「! ……何でもない」
と、少し顔に出てしまっていたらしい。顔を下から覗き込んできたトーチカが心配をしてくれる。
首をかしげる彼女に対し、表情を通常のものに戻して気を取り直すと、トーチカも“ならいいけど……”と言って再びはにかんだ。話を戻すように、
「……でもやっぱさ。ガイが副隊長になって心強いよ。隊で一番強いのはガイだしさ。戦闘でも口には出さないけど的確な判断してるんだもん」
彼女は戦闘中のガイの行動も見ていたのだろう。そうやって副隊長になったことを頼もしいと言って喜んでいる。しかし、
「……私などより、もっとこの隊のことを知る人物の方が……」
と、ガイは内心にあった正直な迷いを口にする。
既にやると決めた手前、そうしたほうがいいと今更断言するようなどっちつかずの発言は出来ないが、こうやって他の人がいない場所で多少なりとも話せる人物に吐露するくらいは許してほしいと、ガイは僅かに気を緩めた。ひょっとしたら、彼女からも似たような意見が出ないかと薄い期待をしたが、やはり返ってきた反応は首を横に振る動きで、
「ううん。確かに、ガイよりも明るくて、話が上手で、気が使える人は沢山いるけど……」
「…………」
「あっ……そ、そうじゃなくてっ、そうだけど、ガイの方が頼りになるし、格好いいし、その……」
唐突に貶されて物凄く気分が落ち込んだが、どうやら本意ではないようで慌ててフォローをしてくれるトーチカ。彼女にすらそう思われていたというショックをガイは受ける。
『……やっぱお前……根暗って思われてたんだな……』
うるさい。別に根暗じゃない。ただ人との接し方が分からないだけだ。
それに自分が根暗なら、自分のもう一つの人格であるお前も根暗だろうと、ガイはもう一人のガイに憤慨する。
だがそうやって内心で落ち込みつつも、トーチカは何やら言葉を迷わせながらもじもじと身体を揺らし始めた。
その様子になにかむず痒いものを感じていると、やがてトーチカは下を向き、目線を横に逸らしながらか細い声で、
「…………好きだから……」
「…………えっ──」
「~~~っ……!」
耳に聞こえた言葉にガイは唖然とする。
目の前にいるトーチカは顔が真っ赤になり、もはや顔から湯気が出そうなほどにいっぱいいっぱいとなっている様だった。
だが、ガイはその告げられた言葉、想いに戸惑い、努めて理解しようと脳を回転させる。
何分、初めてのことなので勝手が分からず、理解も及ばないのだ。
しかしそうやっていると、とうとう羞恥が我慢の限界に達したトーチカが、
「んっ……」
「……!?」
と、不意に背伸びをし、顔をこちらに寄せてきた。
女性特有の匂いがふわりと鼻をくすぐったかと思うと、その際に感じたことのない柔らかさが頬に来る。完全に脳がフリーズした。
その一瞬とも言える出来事を終え、未だ固まっていると、トーチカは顔を真っ赤にしながら焦ったように我に返り、
「そ、そそそそれじゃあね! 副隊長就任おめでとう! おやすみ!!」
「あ……」
早口でそう言い、ガイが引き止める前にさっさとテントの中から退散してしまった。
一人、テントに残されたガイは訳の分からない身体の熱さを感じて、しばらく呆然と立ち尽くす。
『……ぐふふ、これは……』
その衝撃は内側で響く声に気づかない程であり、ガイはその後何も言わずに横になると、その身体の熱さを振り払おうとするように無理矢理眠りについた。
──トーチカがガイのテントから去ったその直後。
「……あの野郎……!」
奇しくも、トーチカがテントの中に入り、少ししてから出て行く場面を見ていた隊員達がいた。
三人の隊員は、隊のアイドル的存在である紅一点のトーチカと親しくし、とうとう副隊長になったことでテントの中で二人きりになるガイを妬み、憎しみを募らせる。
「くそっ、ふざけやがって……許さねぇ、ガイのやつ……!」
「あんなガキが副隊長とか、隊長も何考えてやがんだ……」
彼らはガイが副隊長になってしまったことで、ちょっとしたやけ酒をあおっているところだった。
古株の自分達を差し置いて副隊長になり、テントを一人で使えるようになった途端、女を呼んでイチャイチャし始めるなど、到底許せることではない。
しかし、ガイの強さは理解している。だからこそ、隊員達は突っかかっていくことも出来ずにこそこそと集まって愚痴を言い合うことくらいしか出来ないでいたのだ。
「ちくしょう……何であんな奴が……」
一人の隊員が妬み、嫉妬の言葉を呟くと、同意するような言葉が連続する。
それらは全て、何の意味も生産性もない、ただの愚痴でしかなかった。このまま続けていたとしても、朝になれば彼らは新副隊長であるガイの言うことを聞かなくてはならないのだ。
隊の規律を乱すようなことをすれば、隊長だって黙っていないだろうし、比較的真面目な隊員達からもひんしゅくを買う。隊の中の上下関係は絶対であるため、これからは嫌でもガイに従わなければならないのだ。
それが、彼らは嫌で嫌で仕方なかった。
そしてそれ以上に、トーチカという極上の女に好意を持たれているということが我慢ならなかった。
だからだろうか。その呟きは自然と口に出た。
「……なあ、もうやっちまわねぇか……?」
一人の泥酔した隊員がそんなことを口にする。
彼は特にトーチカに熱を上げていた隊員だった。
隊を起した時の初期メンバーであり、実力もそれなり、容姿もガイほどではないが整っており、ノリがよく、トーチカとの仲も決して悪くなかった。
だがそれはあくまでも、仲間に対する関わりであり、トーチカ自身は他の面子と変わらない接し方をしている。違うのはガイだけだ。それは見ていれば分かること。
その上、副隊長にすらなってしまったガイに対して、嫉妬を越えた憎しみ、敵意、殺意すら感じてしまっている有り様だった。
酒が入っているとはいえ、その敵愾心は偽りのものではない。その本気度を感じ取ったのか、僅かに冷静な隊員達が喉を鳴らし、表情を緊迫したものに変える。
「ま、マジで言ってんのか……?」
「でも、気に入らないとはいえ、一応仲間だぜ……? 仲間を殺るっていうのか……?」
「ていうか、そもそもあの化け物をどうやって殺るんだよ……?」
様々な言葉が出てくるが、出てくるものは全て弱気なもの。
確かにガイを少なからず憎いと思っている彼らだが、仮にもそれなりの時間を同じ場所で過ごしている。それだけに同じコミュニティに属する仲間だという意識は一応あるし、長く見ているだけに、ガイの強さはよく理解している。だからこそ、隊長が副隊長にガイを推薦した時も、反対の言葉は喉を通らなかった。強い奴が上に立つということは、冒険者や魔物討伐隊において別段珍しくないことである。故に彼らはその価値観に従い、反論を自ら黙殺した。
だが、その男は違った。
「いいや……あんな化け物、仲間じゃねぇよ。新入りの癖に先輩に気も使えねぇし、女だって掻っ攫っていきやがる。お前ら、アイツが憎くねぇのか?」
「そりゃあ確かにむかつくけどよ……」
「だろ? それに知ってるか? あいつ、どうやら右目が見えねぇらしい」
「え? それマジかよ……!?」
「ああ。あいつ、分かりにくいがどうも右側を庇ってやがるし、右からの反応は多少悪い。顔も、右側は前髪で隠してやがるだろ? あれは右目が見えないから、それを隠すためにやってるとかそんなところだろ」
「そ、そうなのか……」
思い当たるところはあったのか、隊員達もガイの右目が見えないという話をほぼ信じてしまう。
真実はもっと酷いものではあったが、彼らはそこまで気づくことはなく、右目だけが見えないのだろうという前提で話を進める。
「で、でもよ……右目が見えないであの強さってことは、より化け物じゃねぇかよ……」
「そうだよな……あいつを殺るなんて、到底──」
「何ビビってやがる……! あいつも人間だろうが。この稼業やってて分かんねぇのかお前ら? 魔物すら頭か首、心臓を突けば死ぬ。足を断てば動けなくなるし、手を断てば攻撃手段はなくなる。目を潰せば死んだも同然だろうが。ましてや同じ人間なら、頭を潰せば簡単に死ぬ。死なねぇ奴なんてこの世にはいねぇんだよ……!」
手に持っていたナイフをザシュッと目の前の乾物に突き立て、それに齧りつく男。その目は既に赤く染まっており、殺すことしか考えてないような顔つきだった。
「……本当に殺れんのか……?」
「殺れる。俺を信じろ。あんな新入りのガキに好き勝手されて悔しくねぇのか? 隊を好き勝手されて、女まで取られるなんざありえねぇだろうが」
むしろ隊の規律を正す、正当な行為だと男は言う。
それは煽動じみた一連の言葉であり、同じ様な負の思いを抱える彼らには、それは酷く心に刺さった。
「……そう、だよな……!」
「ああ、あんな奴……殺しちまった方が隊の為だ……!」
「あんな野郎にトーチカちゃんを渡してたまるか……!」
隊員達が、次々とやる気になっていく。
憎い相手は殺して排除してしまえばいい。これだけ同じ隊員達に憎しみを抱かれているのだから、殺されて当然だ。そんな奴と結ばれるなんてトーチカも不幸になる。だから殺ってしまった方がいい、と、己の嫉妬の感情に建前としての尤もらしい理由をつけ、男達はその気になる。
それがただの醜い嫉妬ゆえの行動だとは気づかないし、気づこうとしない。人間の醜い欺瞞がここに現れる。
「罠に掛けちまえば簡単に殺れる……! 口裏を合わせて魔物に殺されたとでも言えば隊長や他の奴らも誤魔化せる……!」
「ああ……! なら──」
と、男の提案に乗るような形で、古株の隊員達はその意志を一つに統一する。
ドス黒い感情を胸に秘めた彼らの企みは翌日、実行される運びとなった。
──ガイが副隊長に就任した記念すべき初行動日。
一夜明けて野営地から出発した魔狩りの戦士団の一行は、拠点にしている隠れ里への道中にある森の中で魔物狩りを行うことにした。
だがその中で、隊の一部を指揮するはずのガイは、
「──あっ……」
「…………」
少し距離を取った場所にいるトーチカと目が合い、彼女は視線を逸らす。それを感じて、
……落ち着かないな……。
どうにも、浮ついてしまってしょうがない。
彼女のこともそうだが、なんだかんだで副隊長になったことを喜んでしまっているのかと悩んでしまう。
単純に荷が重いというか、緊張しているだけのような気もするが、どちらにせよ、普段と違う気分であることは確かだ。
「──副隊長。俺達が付きますよ」
「! ん、ああ……」
「いいですよね、隊長!?」
「ああ、ガイも副隊長とはいえ、まだ慣れないことも多いだろう。お前たちなら安心だ」
と、隊の皆も、普段よりかは自分と距離を詰めてくれているように感じる。隊を分ける際に、自分達からガイの下に付いてくれると、古株を中心に二十人程の隊員達が隊長に許可をとって自分に続いた。
その中にトーチカの姿はない。だからどうというわけではないが、未だに恥ずかしがっている様子だった。
……副隊長になっただけなのに、見える景色がこんなに違うとは……。
一気に環境が変わったように感じて、最近憂鬱だったガイの心が多少明るくなる。
しかも今日は、もう一人の声も大人しい。大人しすぎていっそ不安に感じるほどだ。もう一人の人格が自分の中に現れてからというもの、殆ど毎日のように声が聞こえていたが、これほど静かだった日は未だかつてない。
故にガイも、今日はそこまで内心に気を向ける必要もなく、もう一人に対しての自らの罪深さや、死にたくなるような気持ちが浮かぶこともなかった。
「それじゃあ、ガイ。そちらは任せたぞ」
「……はい、了解です」
隊長の声に頷き、本隊と一時分かれる。
ここの森は普段からよく魔物の狩場として使っている場所である。故に出てくる魔物も大体把握している上、狩りの効率を良くするために二手に分かれることがままあった。
その一方を自分に任されるのは、副隊長であれば当然の事だ。
……とにかく、仕事に集中しよう……。
「……では行こう」
「──はい、副隊長」
部下を連れて森の中を進む。時折現れる魔物を倒しながら、素材を集め、野草やたまにある食物などを回収し、適時休憩を挟んで森を回る。
こうやって森の中を巡回して魔物を倒していくことは、この先にある隠れ里の安全にも繋がるし、隊員達のレベル上げにも使える。普通は隠れ里にあるレベル屋に行く必要があるが、ガイは自分でもよく分からないが、担当のレベル神というものがいるため、いつでもどこでもレベルを上げることが出来る。
そして連れの者達もついでにレベルを上げることが出来るため、実力以外でそういった面でもガイは隊の中で重宝されていた。
後続、そして先行するシーフ職の者達に指示を出しながらガイは森の中を順調に進んでいく。気持ちとしても今日はかなり楽だ。もしこういった日が続けば、自分も魔物討伐隊の一員としてそれなりに平和な日々を過ごせるかもしれないと期待を抱いてしまうほどに。
以前のように仲の良い人と過ごすような日常をガイは欲していた。それがこの場所でも送れるのだろうかと期待をかけ、やはり世の中もまだまだ捨てたものではないと希望の光が差していた。
「……副隊長。ちょっといいですか?」
「……なんだ?」
「この先、妙な魔物の痕跡があってですね……自分達も見たことないものですので、副隊長も見て確認して貰えないですか?」
「……ああ、わかった」
「……へへっ、さすがは副隊長。頼りになりますね、ありがとうございます」
と、先行させていた隊員からそう言われ、ガイは案内に従って前に進んでいく。その際に言われた言葉も、普段であれば冷たい声色でしかないものだが、今日は違う。隊員達は軒並み好意的に接してくれており、これからもやっていけそうだという期待を更に強めていく。
頼られるというのも悪くない──そう思って先に進んでいったが、
「……? 何処にあるんだ? その、魔物の痕跡は」
「ああ、はい。そこからちょっと……もうちょっと進んだ先です」
何故か中々その妙な魔物の痕跡とやらが見つからない。
だが隊員を信じて、その指示通りに数歩先に進む。
すると──
「──っ!?」
不意に、背後から何かに押され、前に更に数歩、進んでしまう。何を……!? と声に出して背後を見ようとした瞬間、
「っ……!? なに、が……?」
突如として身体から力が抜けていく。
咄嗟に嫌なものを感じてそこから逃れようと多少横にずれていったが、それでも動けたのは数秒程度で、直ぐに地面に膝を突いてしまう。
僅かに見える左目の視界の端。そこに映ったものを見て、ガイは自分の身に何が起きたのかを察した。それは、
……無気力きのこ……!
そこにあったのは特徴的な紫色の、胞子を撒き散らすきのこ。無気力きのこだ。
森などのダンジョンに自生し、踏むと生物の気力を奪って無気力にしてしまう特殊なきのこであり、冒険者や魔物討伐隊では特に気をつけるべきものとして挙がる罠の一つ。
その胞子を浴びれば、どんな屈強な男でも最低数十分は動けなくなる。ダンジョンでそれを喰らってしまうのは致命的であり、だからこそ冒険者や魔物討伐隊ではレンジャー職による罠探知や罠解除が重要視されるのだ。
その例に従って、探索していたはずなのに、どうして──
「──へへ、副隊長ってば、動けなくなっちまったんですかい?」
「……! あ、ああ……すまない。ドジをした……助けてくれ……」
何とか声を出しながら助けを求める。気力を奪う無気力きのことはいえ、ガイは声を出すことも、多少身じろぎすることも出来ていた。
それはガイの強さが人間としては既に際立ったものであることの証左であるが、ガイはそれをあまり自覚していない。
数分で動けるだろうと判断しつつも、回復は早い方がいい。状態異常を回復するような神魔法やアイテムを使えば回復は容易である。
だから声を出して隊員に助けを求めたが、そこでガイは、この状況がどういったことを指しているのかを思い知った。
「この化け物も、こうなっちまえばどうとでも出来るな……!」
「……な、に……?」
隊員の口から出てきた言葉に、最初、脳が理解をすることを拒む。
口から漏れ出るのはどういうことだという確認の問い。浮かべる表情は唖然、混乱。だが内心では何が起こったのかを半ば理解していた。
「へへへ……」
「副隊長……」
「ようやくかよ……」
続々と集まってくる部下の隊員達。自分についてきた二十名近い隊員全員がそこにいた。
そして彼らの表情は皆、何やらニヤついたような、人を小馬鹿にして愉悦に浸る、悪意に満ちた表情であり、ガイの心を酷く掻き乱した。
もうここまで来れば頭でも認めたくはないが、認めざるを得ない。震える声で、ガイは問う。
「……何故だ……」
「あ?」
先程まであった敬意の欠片もない反応が隊員達から返ってくる。
その中心であるらしい男はその言葉を耳にしながらも、づかづかと近寄って足を振り上げた。
「……この瞬間を待ってたぜぇ、ガイ!」
「っ……ぐ……!」
腹の真ん中に男の足が突き刺さり、ガイは動けないまま身体を前に折り、その場で苦鳴を漏らす。
「おらおら! いつもの化け物じみた強さはどうした!?」
「……!」
だがそれでは終わらない。今度はガイの左頬を思い切り拳で殴りつけて地面に転がすと、そのままガイの胸を踏みつけてみせる。
痛みを屈辱と共に与えられ、幾つもの悪意を向けられるガイは、地面に倒れながらもなおも問うた。
「なぜ……こんなことを……?」
「ああっ!? うっせぇなてめぇは!! んなもん決まってんだろうがよぉ!!」
「うぐ……!」
今度は顔面を踏みつけられる。男の靴の硬さ。靴の裏についた土くれで顔が汚れる。
そして今度は、他の隊員達もガイに向かって蹴りを入れてきて、同時に主犯の男の声と皆の声が連続した。
「皆、てめぇのことが嫌いで嫌いでしょうがねぇからだよ!! この化け物野郎が!!」
「ムカつくんだよ!! 新入りでガキの癖に! 生意気に孤高気取りやがって!!」
「そのくせ女とよろしくやりやがってよぉ……!」
「副隊長に抜擢されていい気になってんじゃねぇよ!!」
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!! お前なんかトーチカちゃんに相応しくねぇ!!」
「ここにいる全員、てめぇに死んでほしくて集まった連中だ。つまりてめぇは、罠に嵌められたんだよ、馬鹿が!」
「全員で魔物に殺されたとか言って口裏を合わせりゃ、俺達が殺したこともバレねぇだろうしな! ぎゃははは!!」
「っ……」
投げかけられる言葉は全て悪意に満ちた暴言だ。
「おら、いいから苦しめ! 命乞いの一つでもしてみろよ!」
「ははは、簡単には殺さねぇからな! 精々今までの積もり積もった俺達の鬱憤を晴らさせてくれよぉ?」
「右目が見えねぇんだってなぁ!? これから左目も見えなくしてやるから覚悟しとけよ!」
降りかかる暴力。それはなんの正当性もない醜い嫉妬によるものであり、身勝手な行為だ。それで笑みを浮かべる彼らは人の内側に隠された残酷性の具現化といえる。
「気持ち悪いんだよ、化け物!」
「お前なんて生きててなんの価値もねぇ! むしろ害悪だ!」
「おお、だから俺達が殺してやる! だから感謝しろゴミ屑!!」
「ほら死ね! 苦しめ化け物! 生まれてきたことを後悔させてやる!」
道徳の欠片もない酷い中傷が投げかけられ、殴る蹴るの暴力。集団による袋叩き。虐待を受ける。
身体的な痛みを受け続ける中で、しかしガイは痛みによる苦しみをそれほどでもないと感じてしまっていた。
思い出すのは、かつて人間牧場で過ごした幼少期の頃。
なんの理由も無く、ただただ苦しめられていた頃の記憶であり、むしろ懐かしさすら感じてしまう。
だが、その時よりも今の方が辛い。身体よりも、心が痛い。
何故なら、そこには“悪意”があるから。
牧場時代。降りかかる悪意は実はそれほどではなかった。
魔物は人間を苦しめることを常識としていて、無差別で事に及んでいたため、個人に対する悪意などは皆無であったし、それが義務であったことからか、ただただ職務の一環として投げやりにやるものすらいたからだ。
だが、これは違う。これは、ガイ個人に向けられる悪意だ。
大勢の人間が自分に対して、憎しみを、悪意をぶつけてくる。自分の存在を否定するかのように、酷い誹謗中傷と暴力を行ってくる。
全て、自分を苦しめるため。自分を殺すためだけのものだ。
……なぜだ……。
だから苦しい。痛みには慣れてしまっている。それより心が苦しい。
……どうして……自分がこんな目に遭わなくてはならないんだ……!
自分が一体何をしたというのか。ただ普通に生きていただけだ。自分なりに懸命に生きようとしていただけだ。
それほど多くを望む気はない。普通に過ごしていければいいだけだ。周りの人とちょっとだけでも仲良く出来ればそれでいい。
……人間とは……世界とは、なんなんだ……!
悪意、悪意、悪意、悪意──降りかかるものは負の感情のみ。
理不尽な理由で虐げられる。奪われる。苦しめられる。魔物に苦しめられ、痛みを知る人間でさえ、他者に痛みを与えることを、同じ人間を憎むことを止めることはない。
罪のない人間を苦しめて悦に浸ろうとする人間とは。それが許され、横行するような世界とは、一体何なのだ。
……もう、いいか。
ガイはふと、心が折れるのを自覚した。
もうこんな世界は嫌だ。悪意を受けるのは嫌だ。ただでさえ先の見えない世界で、人間同士ですら憎み合うような世の中は嫌だ。
身体は徐々に動けるようになってきている。抵抗することも可能だろう。二十人近くいる彼らだが、倒すことは造作もないことだ。
だが、肝心の自分にその気がない。
ここで彼らを跳ね除けたとして、一体何になるというのか。
もうこの隊にはいられないし、それどころか残った者達すら自分に悪意を向けてくるかもしれない。ここを離れたとしても、また同じ様なことが起きるかもしれない。
そうなるくらいならいっそ──死んでしまった方が楽ではないか。
心残りはあるはずだが、それが心の支えにならないほどにガイの精神は疲れ切っていた。
もうどうでもいい。こんな悪意に満ちた人生なんて。
だからガイはその瞬間、意識を手放そうとした。
──だがその瞬間。
『この時を待ってたぞ……!』
ガイの意識に滑り込んできたのは、もう一人のガイであった。
隊員達は、地面に蹲ったままのガイにひたすら暴行を加えた。
ただ己の憎しみに、本能に従ってガイを痛めつける。
もはやガイの服は汚れ、全身傷だらけになってしまっている。反応はない。だがまだ生きていることは気配で分かった。
しかし、
「……あー、反応が無くなってきたな。どうする?」
「そろそろ左目でも潰してやろうぜ。そうすりゃあ悲鳴の一つでも上げるだろ」
「ぎゃはは、ならそうするか!」
悲鳴が上がれば、本隊がそれを聞いて駆けつけてくるかもしれないという考えにも、興奮状態の彼らには難しい発想だった。ガイの髪の毛を掴んで、頭ごとガイを持ち上げる。
そうして露わになったガイの顔を見て、男はナイフをもう片方の手に取った。
「ムカつく顔しやがってよぉ。グチャグチャにしてやるぜ──ッ!!」
と、男はナイフを左目に向かって突き立てようとした。
だがその時だ。
「──ムカつく顔してんのはどっちだ、不細工野郎」
「──あ……?」
ガシッと。男の腕が止められる。
それは動けないはずのガイの腕だった。
その声を発したのはガイで、口端を歪める笑みを浮かべているのもガイだ。
だが、その纏っている雰囲気。気配は、今までのガイではない。
それを僅かに感じ取った瞬間、男は右目に熱いものが迸り、訳も解らず絶叫した。
「ぎ、あああああああああああああっっ!?」
「くくく……うるさいぞブ男。目ん玉一つ潰れたくらいで何を叫んでる」
「ひっ、な、なんで動けるんだテメェ!?」
隊員の一人がガイから距離を取り、武器を手にする。躊躇なく、誰にも視認出来ないほどの鋭い一撃で男の目を潰したガイは、男の手からすり抜けて地面に降り立った。
そして凄惨な、余裕のある笑みを浮かべて周囲の隊員達を見渡す。
「あー、痛い痛い……身体中が痛いな……よくもまあこんだけ殴ったり蹴ったりしてくれたもんだ」
「っ……みょ、妙な考えを起こすんじゃねぇぞ、ガイ! お前そんなボロボロの身体でこの数に勝てるとでも思ってんのか!?」
明らかに腰が引けた様子で隊員の一人が言う。だから当然、ガイは全く怯えもせずに余裕綽々といった様子で首を鳴らし、
「あ? 誰に口聞いてんだテメェ。この程度、ハンデにもならんわ」
と、ガイは腰元にあった剣を引き抜いて、構えもせずに自然体で剣をだらりと下に垂らす。
そして口元の笑みを更に吊り上げ、そして剣を軽く上げて言う。
近くにいたのは、目を潰された主犯の隊員。未だ目を潰されて苦しむ隊員に、ガイは無造作に目を向けると、隊員達も表情を変えた。
「おい、やめ──」
「──ぎゃああああああああああああっ!!」
ザシュッ、と。ガイは隊員達の制止の声を聞くこともなく、男の腹に剣を突き立てた。
そしてその上で剣を引き抜き、地面で苦痛に満ちた呻き声を上げる男に目もくれず、ガイは周囲に向けて言った。
「お前ら……逆に聞くが──まさかこの俺に、勝てるとでも思ってんのか?」
「ひっ……!」
その圧倒的な存在感。悪意に満ちた気配に、隊員達は表情を崩す。相手はたった一人なのに、その一人に彼らは怯えてしまっていた。
「ははは……いいな、その表情。殺し甲斐のある良い表情だ。やられた分、全部百倍にして返してやるから、精々命乞いの台詞でも考えてるんだな!」
「っ、お、お前ら、やっちまえ!!」
「お、おおっ!!」
隊員達が武器を抜いて構える。
しかしそれより先に、ガイは前に突っ込み、一瞬で二人を斬り殺していた。
「ふははははははっ!! 殺す感触は久し振りで愉しいぞっ! お前ら、もっと頑張れ! それで俺を愉しませろ!」
「ひぃぃ、や、やっぱり化け物だ……!」
「おい、怯むな! やらなきゃ殺されちまうぞ……!」
「いや、それより逃げるぞ! 到底敵わねぇ……!」
隊員達がガイの強さとその恐怖に統制が乱れる。
それを見逃すガイではなかった。ガイは面白そうに笑みを携えて、
「ははは! どっちにしろ殺すけどな、ばーーーーーか!!」
「があっ──!?」
「ぐ、ぁ……!」
「やめ──」
連続で、肉を抉り、断つような音が鳴る。
数秒足らずで三人を更に殺してしまったガイ。それはもはや戦闘にすらなっておらず、ガイの一方的な殺戮になっていた。
「ふはははは、ああ、愉しいぞ……! そうだ、こうやって生きるのが正解に決まってる! 俺は自由だ! もう何にも縛られない! ムカつく奴は殺して、欲しいものは奪い取る! やりたいことをやるのが俺の人生だ!」
「ほ、本当にガイなのかよ、こいつ……!?」
「い、いつもよりやべぇぞ! 逃げろ!!」
とうとう戦うことを諦めた隊員達がその場から逃走を試みる。
だがガイの悪意に満ちた笑みは絶えることはなく、
「……人を殺そうとしといて、逃げられると思ってるんじゃねぇぞ……!」
と、ガイは魔力を収束させた。絶対命中する魔法によって、一度に多くの奴らを苦しめて殺してやろうと、
「くくく、ふはははは! お前ら全員、皆殺しだ……ッ!!」
魔力の光。そして男達に命中する魔法の闇。
それによって身体の一部を消し飛ばし、苦痛に呻く者達の列を作ったガイはその悪意でもって己の生を謳歌しようと行動を始めた。
長かったので分割。次回は、レ○ープで色々と酷い描写が多いので注意喚起しとかなきゃ(使命感) ガイ君の初めては良い思い出になるといいなぁ(白目)
あと、鯨って言ったやつ屋上な。全くこんなに善良でハートフルな作品書いてるってのに……やれやれだぜ(呆れ)