生物において、外敵というものは異種であるのが殆どである。
人間においても、それは同じ。人間にとっての敵は、世界を支配する存在──魔物や魔人、魔王といった生物である。
天敵といっても差し支えないかもしれない。人類の歴史とは、魔物相手にどう生き残るかという戦いの歴史であるからだ。
古くは戦いや防衛を行っていた人類も、魔軍に敗北し、多くの人間は魔物に家畜として飼われ、野良の人間も逃げ隠れるようにひっそりと暮らすようになった。
だが、それでもなお、人間にとっての外敵は魔物だけに止まらない。
人によっては、魔物という分かりやすい脅威より、こちらの方が頷けるだろう。
人間の敵は、同じ人間であると。
「──はははははははっ! 止まれーーー!!」
「っ、な、なんだ!?」
とある荒野。
魔物が比較的少ない地域を選んで、今では数少ないうし車を走らせていた物資を運ぶ商人、キャラバン隊は突如として進路を妨害する男の姿に慌ててうし車を止めた。
今の世界においても、商人というのは逞しく生き延びている。野良の人間が生きるのに、やはり物資を仕入れて運んだり、売り買いする彼らの存在は必要不可欠だった。
有名所でいえばキリング商会。その他にも、地域ごとに小さな商会を経営しているものがいたり、商人として駆け回っている者達は多数存在する。
そのうし車を走らせていた男達も、その商人に他ならない。
だが、人間が突然うし車を止めてくるなど、用件は二つに一つというものだ。
一つは、物資を売り買いしたいという取引の申し出。冒険者や魔物討伐隊であればお得意様であるし、そうでなくとも外で生きる人間であれば物資を欲しがるものは幾らでもいる。
しかしだ。男の欲に塗れたニヤリとしたその表情は、今から取引をしようという男の顔ではなかった。
それもそのはず。その男──ガイは、今や冒険者や魔物討伐隊などではない。
特定の稼業を営んでもいないが、敢えて言うなら、
「お前らの物資を全て、この俺が奪ってやる! ははははは、感謝しろ!」
「な、なんだとっ!」
馬鹿笑いをしながら積荷を置いてけと清々しいほどの強盗宣言をするガイ。
そう、彼は今や、盗賊。強盗、強姦魔、いわゆる悪人と呼ばれる類の人物だった。
以前の真面目な性格、理知的な部分を覗かせる表情はない。
今のガイは顔立ち、体格は同じでも、その精神が大きく違っている。
強欲で、傲慢。ある意味で、竹を割ったような真っ直ぐな性格をしている。悪い意味で迷わないというか、正直な人物となっていた。
今の彼にとって、人から物を奪ったり、邪魔する奴を殺したり、女を無理やり犯したりということは忌避することではない。以前ならいざ知らず、今のガイはこの弱肉強食の世界で、強者らしく好き勝手に生きると決めているのだ。
だからガイはいつもの様に、商人がここを通るであろうことをなんとなく予想して、待ち伏せていたのだ。
今までに何度か使った手口。それだけにガイの表情に迷うものはない。
「盗賊か。それもたった一人……」
「へぇ、度胸あるな。だが、運が悪かったな」
「あ? なんだお前ら?」
真っ直ぐにずかずかと歩くガイに、しかしうし車から降りてきた武装した人間達が立ちふさがる。
数にして10人程度だが、それなりに腕に覚えがありそうな身のこなしだ。体格もいい。
彼らを見て、胡乱な表情になるガイだが、男達は構わず告げた。ガイに向かって武器を抜きながら、
「俺たち、“赤色の閃光”が護衛しているキャラバンを襲うなんてよ」
「お前さんも腕に自信はあるようだが……相手が悪かったな」
「普通の相手なら何とかなったかもしれねぇが、俺たちに敵うわけ──」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでどけ」
「──え」
と、男はその瞬間、近くで聞こえた声に何が起こったか分からないまま絶命してしまう。
「い、今何が……?」
「お、おい……リーダーが真っ二つにされたぞ……?」
だがそれは、同じく見ていたはずの護衛達も同じこと。
何が起こったか分からない。
だが、結果で分かることがあるとすれば、この眼の前にいる男が、剣でリーダーを真っ二つに斬り捨てたこと。
それを目にも留まらぬ速さで行ったということ。
そしてそれはつまり……この男が、自分達の何倍、何十倍と強いであろうことだ。
「はははははは! 邪魔するやつは殺すからな! 戦うなら好きにしろ!」
まだ二十歳といったような青年であるというのに、この強さ。その馬鹿笑いからは到底想像もつかないが、実力は本物であった。
それを察した時の男達の──否、その場にいる者達の行動は早かった。
「に、逃げろーーーーー!?」
「リーダーがやられたんじゃ俺たちじゃ敵いっこねぇよぉーーーー!!」
「ひいい、お助けーーーー!?」
「も、物は幾らでもやるから、い、命だけは……!」
護衛の戦士だけではない。そのキャラバンの商人や、何故かうし車から出てきた何人かの人間達も、その殆どがガイを凶悪な人物だと判断し、その場から蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
実際、人としては無類の強さを持ち、魔物相手でも無双してしまうような強さを持つガイには勝てないだろう。今までも多くの腕自慢の人間を斬り捨ててきているのだ。
ひょっとすれば、世界の何処かにガイに敵う人間が一人か二人はいるかもしれないが、それでも人間としては既に最強クラスであることを、当のガイは気づかずとも根拠のない自信で的中させていた。
ガイは自分で自分のことを最強だと思っているのである。
「ははは、逃げろ逃げろ。男は邪魔だしいらん」
だからこそ、彼らが逃げたところで追うこともせず、笑って見逃す。
自分の強さに絶対の自信を持ち、実際にそれに見合った実力を持つガイにとって、一々襲った相手を殺す必要はない。邪魔をしなければ見逃す。脅威とならないからだ。逃げて徒党を組んで反撃してきたとしてもたかが知れているし、その時はまた改めて殺してしまえばいい。
自分の強さに畏れをなして逃げる奴など、別に追いかけてまで殺す必要はない。ましてや殺しが趣味や愉しみという訳ではないのだ。面倒は少ないに越したことはないと、好き勝手生きることを好むガイにとっては当然の思考である。
だからだろうか、ここのところ悪行三昧のガイは意外にも、殺した数自体は少なかった。
それでも行ったことは褒められるものではないが、生憎と今はそれを止めようとする者も声もない。あの日からしばらく、もう片方の声はかつての自分の声が聞こえなかった時のように、聞こえなくなっていた。
存在は感じているので消えたわけではないだろうが、声は聞こえない。
それだけ今の自分の支配権が強固である証だろう。
「さぁて、とりあえず適当に金や物でも奪っていくか」
だが今の自分にはそんなことよりも、眼の前の金品、物資が重要だ。
別に金が無いならないで店から無理やり奪えばいいのだが、ガイも馬鹿ではない。お金がないと宿場に泊まることも出来ないのだ。見境なく強盗しすぎると、それはそれで不便になる。寝泊まりするのに無理やりという訳にもいかないのだ。
だからこそ、お金は奪っておく。そして食べ物なども奪っておく。良い感じの武器や防具などの装備品がないかと探し、貴重なアイテムでも落ちてないかと物色していく。今でも自分は十分最強だが、より強くなることを止めはしない。強い奴が好きに生きれる世界なのだ。強くなることは何よりも重要である。
「こっちの剣はちょっと使えそうだな……一応貰っとくか。それと、こっちのアイテムは──ん?」
「あぁ、うぅ……みんな、何処に……? 何で急に外に出ていったんですか──って……?」
そんな時だ。一つのうし車から、ボロ布を纏い、手錠を付けた少女がきょろきょろとしながら出てきたのは。
ガイはその少女と目が合い、瞬間的にその容姿を判断し、身体に電流が走る。
「……ほほう……?」
「あ、えっ……? あ、貴方は……? みんなは何処に行ったか知っていますか……?」
戸惑いながらも、話しかけてくる少女。
だがガイは顎に手を当てて、いやらしい視線で少女を品定めしていた。
身なりはボロく、少し汚れているが、小柄で可愛らしい顔つき。おそらくは奴隷か何か。それなのに、サラサラとしたセミロングのピンク色の髪を持っている。
体付きも結構唆る。胸はBかCくらいか。ちゃんと腰つきも女性らしいし、お尻の形もいい。
そこまで考えた時、既にガイの手つきはワキワキとしていた。いつものことである。ガイがこうやって女性を品定めして襲うことは、既に日常となっているのだ。
「ぐふふふふ……ふははははは! かわいこちゃんをいただきーーーーー!!」
「えっ? ──きゃっ!?」
エロに目覚めたガイにとって、可愛い子とエロしない理由はない。
即座にズボンを脱ぎ捨てて、じゃきーーーん! と、剣を露出させると、そのまま奴隷の美少女に向かってダイブしていった。
荒野を遠くまで見下ろすことの出来る岩山。
そこは人の手では到底登ることの叶わない垂直の、細長い岩山だった。
しかしその頂上には今、人影が存在する。
黒いコートと顔の上部分を隠す仮面で正体を隠したその人影は、その場にいた何よりも異質な存在感を放っている。
この岩山を住処にしていた飛ぶことの出来る魔物は、彼を感じた瞬間にその場から何の躊躇いもなく逃げ出してしまっていた。
体格から察するに、男。それも無駄なく鍛え上げられた肉体を持ち、仮面の奥には想像を絶する魅力を秘めた男だ。
そんな彼は誰もいなくなった岩山の山頂で、とある一点を見下ろしながら傍らの影に話しかける。誰もいないはずのそこには、いつの間にか魔女が立っていた。
「……随分と、面白くなったようだな」
「ええ、そのようですね」
いつの間にか現れた白い魔女は、黄金の髪と赤い目を覗かせる彼に頷く。二人は共犯者であり、久方振りの邂逅となった同志でもあった。
「……あいつは本当に、“奴”とは関係がないのか?」
「……さてどうでしょうな。関わりはないようには視えますが……」
ふむ、と彼の質問に魔女は少し考えるように目を細くする。目の光が僅かに増したような気がした。
しかし魔女は息を入れ、今度は魔女の方から彼に向かって尋ねる。
「──それほどに、似ていますか?」
「……ああ。ところどころは違うが──
彼の返答に、左様ですか、と魔女は頷く。二人はとある人物達のことを話していた。
一人は眼下にいるこの時代を生きた英雄。そしてもう一人は、また別の英雄だ。
特に彼の方はその二人を比べて、いつもより高揚しているらしい。かなり力を抑えているらしいのだが、ビリビリとした空気の震えが身体にまで伝わってくる。魔物が全て逃げ出すはずだろう。この彼に真正面から相対出来る生物など、地上には片手の指で数えるほどしかいないはずだ。
そんな恐ろしくも畏怖すべき存在が、仮面の下から漏れ出るほどに、今は笑っていた。
「くっ……くくく……ははっ……なるほど。行動もそっくりだな……くく」
「……活き活きと人生を謳歌していらっしゃいますねぇ……しかし、それほどに面白いですか? 罪のない女性が襲われているシーンだというのに」
別段、責めるつもりではなく、単純に疑問に思い、魔女はそう質問する。
そういった倫理観や道徳心のようなものは、こうやって生きるようになってから希薄となっている。忌避感は感じない。
だが彼の方はそうではないはずで、見慣れていて、必要とあらばそれを許しても、どちらかといえば眉をひそめるような御方の筈だ。
しかし彼は言った。自分の不謹慎さにも笑っているのか、苦笑気味に、
「ふふ、確かにな。冷静に、客観的に見れば奴は悪人で、鬼畜と呼ばれるような男だ。やっていることも、まるっきり俺の理念とは合わない」
「……では何故?」
再度の問いに、彼は頷いた。それは、と間を置いて、
「……説明が難しいな。それに、説明したとしてもお前に俺の気持ちは分からないだろう。それでも敢えて説明するなら、幼き頃に見た童話を久し振りに見て、懐かしんでいるような……そんな気持ちになってしまってるだけだ」
そう言うと少し落ち着いたのか、彼は笑みを潜めた。魔女は頷き、
「なるほど。──しかしそれは、
「前者を見て後者を思い出しただけだ。俺は眼の前の奴のことを、それほど知らなかったからな」
眼下の荒野にいる男に視線を飛ばしながら言う。だがその上で彼は再び、今度は少し嘆くように自分の掌を見て苦笑し、
「しかしだ。今の俺には、それを心から楽しむことは出来ないらしい。今の俺は、懐かしさを覚える反面、奴の下らない行動を見て純粋に、人間の愚かさ、失笑してしまうような気持ちにもなってしまっている」
「身体に、心は引っ張られるもの。幾度と身体を変えてきた私にとって実証済みのものです。貴方様もそうなっているのでは?」
「くく、違いないな。“昔の俺”と“今の俺”が、
そこで今度は、心底愉快そうに笑う彼。本当に真実に近いことを言ったからこそ、可笑しそうに笑ってしまっているのだろう。
「もうすぐで、貴方様の真実も明らかになりそうですね」
「────あいつが、
そう言って、彼は岩山に足を掛ける。飛び降りようというのだ。
「改めて言っておくが、俺はいずれ到達したあいつ相手に、手加減をする気も、ましてや負ける気もない。本気を出しても、あいつは死なず、物事が上手く運ぶというお前の言を信じてるからだ」
「……それは有り難いことで。私の未来視を信じて頂けていると」
「クク、まあ俺も知っているからこそ、ある程度の信憑性はあるってだけだがな」
不敵な笑みを浮かべ、彼は言う。その力の奥底を未だ晒さずに、
「さて、そろそろお前が頼んだ嫌な役を果たしてくるとするか」
「ええ、どうかお願い致しますよ。私は見届けたらそのまま隊に戻りますので、貴方様も子供の待つご家庭に帰るといいでしょう」
ニヤニヤしながら魔女が言うと、彼は少し微妙そうな顔をする。悩ましいといった風に息をつき、
「……からかうなよ。本気で悩んでるんだ。
「これは失敬」
「もう行くぞ」
軽く謝罪すると、そのまま彼は足を踏み出して岩山から飛び降りていく。彼の身体能力なら、岩山から直接飛び降りたところでどうなることもない。その程度は千年以上前に克服したと言っていた。
「さて、私はここで観戦させてもらいましょうか──」
あの方にとっての一つのターニングポイントとなる出来事。
ここであの少女を殺し、この世界の支配者の脅威を改めて思い知らせるからこそ、あの方は世界の王への道を突き進むのだ。
彼には少し嫌な顔をされたが、これだけはこなして貰わなくては困る。
鋭い岩山の上で荒野を見守りながら、未来視の魔女はその出来事を思って笑みを深めた。
また謎の仮面剣士が出てきましたね……一体何ンハルトなんだ……?