知ってる人は知ってる懐かしいキャラが登場します。
山奥、その谷間に隠れるように存在するその場所は、以前彼が居た場所とは遠く離れた地にある隠れ里であった。
活気のある建物の外で、黒い髪で右目を隠した男は屈強な肉体を覗かせる褐色の男と相対する。
「──お前さんがウチに新しく入りたいっていう新入りか。名は?」
「…………ガイだ」
ガイ。そう名乗った男に対し、筋骨隆々の男はその無骨な手を差し出しながらニッと笑みを浮かべる。
「オーケー、ガイ。魔物討伐隊──“鋼の騎士団”にようこそ。俺はお前の指導を頼まれたクーベロだ。よろしくな」
「……ああ、よろしく頼む」
ガイは差し出された右手に少し迷いながらも、同じ様に右手を差し出して握手を交わす。力強い握手だった。見た目通り、パワーには自信があるのだろう。
そうやって相手の力量を察しながらも、ガイは何も言わずに次の言葉を待つ。正直、指導などいらないのだが──
「……微妙に不満そうな顔だな?」
「! ああ、いや……」
思わず見抜かれてしまったことにガイは少したじろぐ。しかし、
「いや、別にいいさ。入隊試験で問題ない成績を残したお前さんに、今更指導の必要は無さそうだ。察するに、何処かの魔物討伐隊に所属してたか、冒険者だったか、そのどちらかなんだろ?」
「…………まぁ」
「ああ、悪い。過去の事を聞くのはマナー違反だったな。許してくれ。入隊試験を担当した奴らから噂になっててよ。もの凄い新人が来たって。それを聞いてたもんだからつい俺も気になって尋ねちまった」
悪いな、と再度の謝罪を受ける。特に気にしてはいなかったのでガイも、別にいい、と返すが、噂になったこと自体は微妙な気持ちだった。
……このままではまた目立ってしまうな……もう少し、力を抑えるか。
『昔の悪事がバレると面倒だからな。精々頑張って隠せよ』
誰のせいだと思ってるんだ、と内心で静かに憤慨しつつも、その心の中の言には同意せざるを得ない。
古巣の魔物討伐隊を全滅させ、その地域で強盗、強姦魔、悪名高い盗賊として暴れ回ってしまったガイは、やむを得ずに遠く離れた地で新しく大規模な魔物討伐隊に所属することにしたのだ。
以前活動していた地域よりも離れていれば自分の名もまだ広がってはいないだろうし、大規模な魔物討伐隊であれば以前のようなトラブルは少なくなると考えたからだ。
それに加えて極力目立たないように努めることで、やっかみ、妬みを受けずに済むだろうという算段。正直、以前の出来事で人間に、人間の組織に属することは若干の抵抗を覚えたが、生きるためには仕方のないことだ。
これはもう一人のガイも同意したため、この鋼の騎士団という大規模な魔物討伐隊に所属することにしたのだが、
『……くくく、ここでまた力をつけて、次こそは……』
もう一人のガイは、また何かを企んでいるようで、そんな心の中のつぶやきが聞こえてくる。
その意図するところは同じガイであるため理解は出来るが、ガイとしてはもう関わりたくもない、ここでひっそりと生きたいという気持ちだった。
一応、もう一人の悪事を防ぐために心は強く持ちつつも、現実に適応しようと眼の前に再び集中する。クーベロと名乗った男は気のいい笑みを浮かべてこう言った。
「まあ、そんな訳で、普通は新入りにする決まりの指導は無しだ。その代わり、ここの案内をしてやろうと思う」
「……案内?」
「ああ。お前さんも、やるべきことは何となく分かってるだろうが、ここの事はあまり知らないだろ? だからまあ、これからお前さんの“相棒”となるに当たって、色々と教えてやろうってな」
なるほど、と頷く。確かにガイはここのことを何も知らない。
情報が大事であることは理解しているため、案内してもらうことは正直助かる。だが一つ、気になる言葉があり、ガイは再びオウム返しのようにその言葉を反復した。
「……相棒?」
「おおよ──って、そういやまだ言ってなかったな。お前さんはこれから、俺と一緒に仕事をすることになる。ウチの決まりでな。新人には誰かしらが付くことになってるんだ」
「……だから相棒、か」
「そういうことだ。改めてよろしく頼むぜ? 期待のルーキー!」
バンバンと笑いながら肩を叩かれる。少し気安いが、悪い人物ではなさそうだ。
これが女だったりするとまた面倒だったので正直助かる──『チッ、むさ苦しいおっさんか。今からでもムッチムチボインボインのお姉さんに変えろって言え』──黙れ。お前の下らない指図は受けない、とガイはもう一人の声を冷たく拒否する。男で何の問題があるのか。女は厄介事の種になる。目立たないことを目標とする自分としては、こういってはなんだが、あまり女受けしなさそうなクーベロが相棒というのは助かる。
「とりあえず歩きながら話すか。でっかい酒場があってな。まずはそこに案内する」
『嫌だ嫌だ! なんでこの俺がこんなむさいおっさんと二人で歩かなならんのだ! ムッチムチが嫌ならせめて可愛い女の子に──』
「ああ、わかった」
ガイはギャーギャーとうるさい内心の声を無視して、クーベロの案内に続く。出来る限り意識を向けないようにしながら、ガイはクーベロの続く声を聞いた。
「そんでガイ。お前さん、ウチというか、ここのこと、どれくらい知ってるよ?」
「……悪いが、殆ど知らない」
「ふむ、そうか。同業者にしては珍しいが……まあそういうこともあるよな。よし、そんじゃあ改めて説明してやる」
と、クーベロはガイの言葉を特に指摘することもなく、さっさと流して説明に移行する。あまり突っ込んでこないのは正直有り難かった。
「ウチ──“鋼の騎士団”は、知っての通り、魔物討伐隊だ。一応、ここらじゃ──というか、俺が知る限りは最大規模の魔物討伐隊だな」
「……隊員はどれくらいいるんだ? 見たところ、かなり多いようだが……」
確かに、この隠れ里についてから、至るところに戦える戦士の集が確認出来る。そもそも人が多いこの場所からしても、この数はちょっと多い気がする。
既に以前いた場所とは比べ物にならないほどの数の戦士を見たような気がするガイは、クーベロからその数を聞いた。続く説明の中で、
「隊員の数は最近、ようやく千を超えたくらいだな。魔物討伐隊としては最大数だと思うぜ」
「! それは……確かに……」
千を超える数の魔物討伐隊。予想以上に大規模な魔物討伐隊だったらしい。
魔物討伐隊は一般的なもので、数十名から構成され、大規模な魔物討伐隊でも百か二百程度だと聞いていただけに、さすがのガイも驚く。
そもそも、それだけの数を維持出来ていることが凄いのだと、
「驚くよな。まあ、普通は減る一方なのが魔物討伐隊だ。……だがウチはちょっと特殊でな。かなり大昔からこの場所で魔物を狩っていたらしい」
「大昔から? それは一体……」
「想像つかねぇくらい昔さ。数百年は昔……それこそ聞いた話だと、嘘か真か、人間がもっと多くの数を率いていて、魔軍と対等に戦ってたころから、この里はあるそうだ。いきなり聞いても信じられないだろ?」
確かに。それは信じられない。人間が魔軍と対等に戦うなど、一体どれほどの数が、戦力が必要だというのか。
殆どお伽噺みたいな話を頭に入れつつも、ガイは一応その話に頷く。
「……随分と、歴史がある場所なんだな」
「そうらしい。何でも、ここの創始者は“鋼の騎士”と言われた凄腕の冒険者で、そいつの二つ名が魔物討伐隊の名前にもなってるみたいだな」
『けっ、何が“鋼の騎士”だ。かっこつけやがって。そんなもんより、俺様の方が百倍強いわ』
そんなわけないだろう、と一応否定するが、どうなのかは分からない。過去の偉人が自分と比べてどれほど強かったなど、確かめようがないことだ。
しかしこれだけ大規模な隠れ里、魔物討伐隊を興したのは確かに、功績としては偉人といっていいだろう。ガイはそういった英雄物語も嫌いではない。なんとなく、名前もわからない英雄に思いを馳せていると、クーベロが続いて言った。
「ウチの隊長は代々、その鋼の騎士の子孫らしいぜ。本当かどうかはともかく、実際、滅茶苦茶強くてな──と、噂をすれば……」
「……?」
クーベロに見てみろ、と視線で促され、同じ様に顔を左に向ける。
広い道の反対側。そこを歩くのは、おそらく外から帰ってきたばかりの一部隊だ。
その先頭に立つブロンドの髪の男が、周りの住人から声を掛けられているところをガイは見た。
「ロランさん! お帰りなさい!」
「ロランさん率いる部隊が帰ってきたぞ!」
「ロランさん、今日はうちで食べていってくれ!」
人だかりの中心にいるのは、背中に剣を背負った美丈夫だった。
どちらかというと、中性的な、女性受けのよさそうな線の細い顔立ち。しかし身体はしっかりと鍛えられており、それが歴戦の戦士であることを窺わせる。先頭に立つその男は、人だかりに向かって一つずつ丁寧に言葉を返していた。
「出迎えてくれてありがとう。後で寄らせてもらうけど、今は通してくれないかな?」
ニコニコと爽やかな笑顔を浮かべて対応する男に、またしても里の住人が、特に黄色い声が膨れ上がった。
「きゃー、ロラン様ー!」
「はぁ、今日もロラン様は素敵ね……」
「ロラン様ー、抱いてー!!」
ストレートすぎる好意の声がこちらまで届く。クーベロが隣から、
「すげぇだろ。あれが鋼の騎士団のボス、ロラン隊長だ。……あの人気、あれで強いってんだから神様ってのは不公平だよなぁ……」
「あ、ああ……」
その人気ぶりは圧倒されるものがある。確かに、ガイの眼から見ても格好いい部類に入るが、
『……よし、殺そう。おい、ちょっと代われ。あんな奴より俺様の方が強くて格好いいってところをここの住人に見せつけてやる』
出来るかバカ、と言葉を返す。そんなことをすればまたしても居場所がなくなってしまう。
内心の声に頭を痛めていると、何となく、その隣に目がいった。そこには、
「……あの隣にいる魔女のような見た目の少女は?」
「ん? ああ、あれはウチの副隊長のCさんだ。“未来視の魔女”って呼ばれててな。これも嘘か真か、未来が視えたりするらしい。あの人は逆に、男に人気だ。ミステリアスだしな」
長く真っ白の髪を持つ魔女帽子を被った彼女を何となく見る。確かに、見た目は可愛いし、男達からの声援も受けている。
どこか底知れない、ミステリアスさも、ここから何となく感じ取れた。
『ふむ、アリだな。襲おう』
襲わない。即時却下。考えるにも値しないとガイは視線を未来視の魔女から切ろうとする。
だがその瞬間、
「…………フフッ」
「!」
未来視の魔女がこちらと視線を合わせ、
ガイが反応した次の瞬間には、未来視の魔女はそのまま正面を向いて、隊長と共に去っていく。その時には感情の読み取れない仏頂面となっており、
「どうかしたか?」
「……いや……」
『……おい。今あの魔女っ娘がこっちを向かなかったか?』
もう一人の自分も不思議そうにそう声に出して問いかけてくる。やはり、見間違えではなかったようだ。
しかし接点はないはずなので、誰か別の人間に向けて笑ったのか、勘違いだろうとガイは当たりをつけ、
「……何でもない。それより、案内を続けてくれ」
「おお、そうだな。よし、それじゃ次は酒場に行くぜ」
と、少し足の進みが軽くなったクーベロに続く。気のいい奴だが、やはり戦いに生きる荒くれ者。酒は好きなようだ。
そうしてガイは、未来視の魔女のことを一旦忘れ、クーベロの案内に再び意識を向けることにした。
そこは、荒涼とした大地と暗い色の空が広がる空間であった。
現実の世界、地上とは違う空の色と空気の重さ。行き交う者の姿は皆、例外なく角や翼を生やした異形の種族。
そこは────“悪魔界”。
地上や天界とは別の場所にある異界であり、神に敵対する勢力、悪魔達が治め、生活している土地である。
その悪魔界にある、とある地方都市の屋敷には、その土地の領主である高位悪魔と、その部下達の姿があった。
「──うふふ、いらっしゃい、インデックス。数十年ぶりかしら? 中々帰ってこない部下を持つと上司は苦労するわね」
「……何の用でしょうか? 忙しいはずなのに、こうやって仕事をサボっている上司を見ると苦労しますね──ねぇ、フィオリ様?」
屋敷にある領主の部屋。そこに呼びつけられて来たのは、インデックス。カラーの里、ペンシルカウの初代女王であった、元カラーの悪魔であり、第五階級の悪魔である。
そしてもう一方、艷やかな笑みを浮かべる少女がいる。
白い髪を二つ結びにし、全体的に青を基調にした露出度の高い衣装を身に付けており、背丈はインデックスとはそう変わらない小柄で華奢な体格。インデックスとは違い、一部分は負けているが、それでも身に秘める力はインデックスとは比べ物にならない。
彼女の名は──フィオリ・ミルフィオリ。
この領地を治める第参階級の高位悪魔。広大な悪魔界を支配し、治める君主悪魔。
第参階級以上の悪魔は皆、一部の例外を除いて悪魔界の土地を治める領主である。フィオリもその一人だ。
そしてインデックスは一応、所属の上ではフィオリの部下である。
悪魔社会は階級制による厳格な縦社会であり、階級が劣るインデックスはフィオリに逆らうことは出来ない。第五階級にいるインデックスは悪魔の中ではそれなりに上の方だが、この場に限って言えばこの階級はそれほど意味のある地位とは言えない。ある人物の相手を除いてだ。
「あはっ、インデックスさんは相変わらず生意気ですね~。第参階級の悪魔であらせられるフィオリ様にそんな口を利くなんて、命が惜しくないんですかー?」
赤みがかった紫色の髪を靡かせて、フィオリの横から声を飛ばしたのは同じく角と翼を持つ眼鏡の少女だった。
表面上は笑顔であり、スタイルも良い彼女は一見、誰もが好印象を抱くような人当たりの良い美少女である。
だがその内面の汚れを見抜いているインデックスは冷静にこう返した。
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ、梨夢。第六階級の貴方が私にそんな口を利くなんて、命が惜しくないの? それともバカなの?」
「あはは、辛辣ですねー」
インデックスの毒を耳にして、なおも笑顔を崩さない彼女の名は──梨夢・ナーサリー。
第六階級の悪魔であり、インデックスと同じくフィオリの部下である悪魔である。
かなりの性悪であり、人を苦しめて楽しむ部分のある悪魔だが、悪魔としてはそれほど珍しい質ではない。
しかしインデックスは、小物であり何かと絡んでくる梨夢はあまり好きではなかった。
幸いにも階級が一つ下のため、本気で疎ましく思えば黙らせることは容易であるのだが──インデックスはそこで違和感を感じた。
同時に、梨夢が意味深な笑みを見せる。
「でもざーんねん。今の私は、インデックスさんと対等ですから」
「……? 貴方、もしかして──」
「あら、気づきましたか? ふふ、私、今回の昇級審査で第五階級に昇進したんですよ? これからは同じ階級として、仲良くしましょうねー」
うふふ、と梨夢はインデックスに対して精神的優位に立ったのか、いつもよりも数段増して、胡散臭い笑顔を浮かべる。
インデックスは一瞬、苦々しい表情を浮かべたが、そこで嫌がる素振りを見せるのは梨夢の思うつぼだと思い、冷静に無視をする。ちょうどよく、次に口を開いたのはフィオリだった。
「残念だけど、それは無理そうね、梨夢」
「……えっ?」
と、フィオリがおもむろにそんなことを口にし、梨夢が唖然とする。
それを無視して、フィオリはインデックスに向き直った。
「インデックス。あなたにも、プロキーネ様から辞令が届いたわ。今日はそれを伝えるために呼び出したの」
「!」
「……それって、まさか──」
梨夢が表情を歪め、インデックスも静かに驚く。フィオリのみが小さく笑みを浮かべ、
「そのまさかよ。インデックス──あなたは今日から、第四階級。ふふふ、おめでとう。上司として、私も鼻が高いわね」
「そんな……くっ……!」
梨夢が露骨に表情を歪ませる横で、インデックスは何とも言えない気持ちでそれを受け止める。
正直、複雑な気持ちではあるが、人に命令されるのが大嫌いなインデックスとしては、階級を上げることが出来たことに一応の喜びはあり、
「……はい、ありがとうございます」
「うふふ、それにしても凄いスピード出世ね。やっぱり、貴方の御主人様のおかげかしら?」
「それは……」
インデックスがそのことを口に出され、言い淀む。それを梨夢は見逃さなかった。
「? フィオリ様、その御主人様って……?」
くす、と笑みを浮かべてフィオリは告げた。部下に答える形で、
「インデックスが使い魔として仕えてるのは、魔人レオンハルトよ。知らないかしら? あの月餅を殺した魔人よ。1000年くらい前にそのことで一部話題になっていたわね」
梨夢がそれを聞いて目を見開く。魔人、という言葉もそうだが、悪魔にとっては後者の名の方が驚愕に値するのだ。
「月餅って……あの月餅ですか? 魂収集業務で今もなお続くシステムを作って歴代一位の収集数を更新し続けてるっていう……」
「その月餅よ。一昔前は悪魔界一の賢者とまで謳われていた偉大な悪魔ね。もし、彼が今も生きていたら、その功績で第弐階級はおろか、第壱階級にすら今頃は座っていたかもしれないわね」
「だ、第壱階級……」
梨夢が喉を鳴らす。第壱階級、というのは基本的に上昇志向の高い悪魔の中でも、強い野心を秘めた梨夢にとっても、得難い地位だ。
第弐、第参階級であれば数十は存在するが、第壱階級の悪魔は僅か七体しか存在しない悪魔界の支配者達だ。
その上にはもう、三魔子と悪魔王しか存在しない。通常の悪魔が昇進して得られる最高位の地位が第壱階級だが、その地位を得るのは当然だが至難だ。
そもそも一般の悪魔の最高位である第四階級から、領地を持つ君主となる第参階級には天と地ほどの差がある。階級としては一つしか違わないが、第四から第参への昇進は難しい。
そして第参階級になったとしても、そこから第弐階級になるには、他の領主を出し抜かなければならないし、それを乗り越えたとしても第壱階級になるのは不可能と言っていい領域だ。
事実、第参階級にいるフィオリはもう三千年近くその地位にいるが、未だに第参階級のままだし、他の君主悪魔も殆どがその地位を維持し続けている。
それだけ昇進というのは、上がれば上がるほどに難しいのだ。
逆に言えば、月餅という悪魔が成した功績は、それだけ悪魔にとって有益であったということである。
しかし彼はもう死んだ。千年程昔に、ある魔人に殺された。それが、
「それを阻止したのが、インデックスの使い魔としての主である魔人レオンハルト。確か……魔人筆頭だったかしら。魔人としては最高位の地位を得ているらしいわね」
「…………」
「へぇー……そんな人のところで使い魔をしてるんですねぇ。でも、それと昇進になんの関係が?」
梨夢が純粋に疑問に思ったことを主に問うてみる。もし何か良い方法があるのなら、自分もどうにか利用出来ないかと内心で企みつつ、フィオリの言葉を聞いた。
フィオリは、簡単な事よ、と前置きし、
「強い者の魂は、それだけ価値がある。汚染魂が人間界でいう宝石のような価値を持つように、レベルの高い人間の魂は、ただ多くの魂を闇雲に集めるよりも価値が高い。昇進査定で優遇されるくらいにはね」
「! つまり……」
フィオリが笑みを浮かべる。インデックスを見据え、
「強い魔人の近くにいれば、強い人間の死に目にあえる可能性も高いわよね?」
「…………」
フィオリは言外に言う。
その魔人を利用して、質の良い魂を収集しているのだろう? と。
インデックスはそれを聞いても表情を変えず、特に何も答えなかったが、梨夢は露骨にいい笑顔を見せた。
「なるほどー。それはいいですねぇ。さすがは出世頭のインデックスさんは頭が良いというかずる賢いっていうかー。……せっかくですし、出世頭の先輩に私も倣わせてもらおっかなー?」
梨夢がインデックスに擦り寄ってそんなことを言う。上手い儲け話を聞いたせいか、隠しきれない企みが口端に滲み出ている。
実際、インデックスはレオンハルトシティで死んだ人間──主に闘技場で亡くなった強い人間の魂を収集していた。
だが、
「──やめておきなさい、梨夢。それと、フィオリ様も」
「へ?」
「……ふぅん……?」
やめておけ、という忠告を突然行ったインデックスに、梨夢は間の抜けた声をあげ、フィオリは興味深そうに微笑を浮かべた。
そんな彼女達に対し、インデックスは呆れたような、苦笑混じりの表情で、
「あなた達程度が手に負える人じゃないわよ、私の好きな人は」
誇るように、インデックスは言う。それに梨夢は若干イラッとしたのか、眉を立てた笑顔で馬鹿にしたように、
「はぁー、でも所詮は魔人ですよね? 確かに人間よりは厄介ですけど、悪魔に比べたら──」
「貴方は一瞬で消し飛ばされそうね、梨夢。いえ、そもそも出会った瞬間に恐れて膝を突くかしら?」
「……! この──」
「何? 文句でもあるの? 第五階級の梨夢?」
「っ……!」
インデックスの言葉に怒りを見せようとした梨夢だが、その視線であっさりと黙らされる。第五階級と第四階級。差は一つだが、それだけで悪魔は逆らうことができなくなる。
実際、辞令を言い渡された瞬間にインデックスは先程までよりも強くなっていた。仮に逆らうことが出来たとしても梨夢ではインデックスに勝つことは出来ないだろう。
「……それで、私は駄目かしら? その、あなたが好きだという魔人には敵わない?」
だが、第参階級であるフィオリには逆の事が言える。
第四階級のインデックスでは第参階級であるフィオリには敵わない。
フィオリは、インデックスが打算や利益でその魔人に近づいたのではなく、恋心が先にあるということに気づいたが、面白い部下の話には付き合ってやろうと軽く威圧しながら問いを投げてみる。
しかし、インデックスはその身に秘める強さや階級差に物怖じせずに言った。少し気勢を落としながらも冷静に、
「……ええ、貴方でも敵わないわ。そもそも同じ階級だった月餅が一撃で倒されたって聞いてるしね。最低でも第弐か、第壱階級の悪魔でもなければ歯牙にもかけないんじゃないかしら。……もしかしたら、三魔子相手にも──」
と、そこまで言ってインデックスは言葉を途中で切る。
レオンハルトの底知れなさは、好きな人という贔屓目無しだとしても異常であり、魔人としては規格外の人物だ。
だが、三魔子という魔王以上の強さを持つ怪物に敵うかというと、さすがにどうかと思う。
ただ、どこか期待してしまうのは確かではあった。
そしてそれを聞いたフィオリは、
「……ふふふ、そう。中々退屈しなさそうな相手みたいね」
自分の部下の中でも出世頭で、それに見合った高い能力を持つインデックスにそこまで言わせるレオンハルトという魔人に興味が湧く。
実際、インデックスの評は正しいだろう。フィオリは第参階級の悪魔の中でも、戦闘力に長けている訳ではない。月餅が一撃で倒されたというのなら、自分が下手に関わって機嫌を損ねれば同じ様に殺されてしまう可能性が高いのだ。
だが、フィオリにとって自分の命とはそれほど優先度の高いものではない。
フィオリが何よりも嫌うのは退屈で、何よりも優先するのは退屈を紛らわせる愉しみを得ること。それに比べれば、自分の命など重要ではない。
面白いという理由だけでインデックスという部下を重用しているくらいだ。長年生きていると、悪魔界の下が上に逆らってこないという環境は飽きる。何を言ってもはいはいと従順にしてくる部下はつまらないものだ。
だからだろうか。フィオリはインデックスを眺め、そして横に向かって声を飛ばした。
「梨夢。少し出てなさい」
「えっ? でも──」
「命令よ。しばらく暇でも潰してなさい」
「っ……かしこまりました」
その言葉に疑問を呈しようとした梨夢だが、命令、という単語を出されてしまえば従順に従わざるを得ない。梨夢は腰を折り、そのまま部屋から退出していく。
そしてしばらく、部屋の中に二人きりになると、インデックスはそれを不可解に思って眉をひそめながら声を掛けた。まだ用があるのかと、
「……話は終わりかしら? 辞令を言い渡すだけなら──」
「──インデックス。あなた、
「っ!」
不意の発言。確認しているかのようだが、断定するような強い響きの言葉に、インデックスは思わず動揺を見せてしまう。
それだけでフィオリにとっては十分だった。くす、と強張った可愛い部下を安心させてやるように笑みを浮かべ、
「そう。そうなのね。まあ安心なさい。人間だったなら大問題だけど、悪魔界の法に、魔人と子供を作ってはならないという法はないわ。悪魔界で、プロキーネ様が定めた法は絶対。逆に言えば、法にないことなら何をやっても裁かれる道理はないわ」
確かにそうだ。
悪魔が人間との子供を産むのは大罪。階級を大幅に落とした上で、厳しい刑を科されてしまう。
しかし魔人と子供を作ってはいけないという法はない。
法は絶対。悪魔界は三魔子の長兄、フィオリの上司でもあるプロキーネによって作られた法が絶対であり、三魔子ですら例外ではない。法に定められたことであれば第壱階級の悪魔だろうが三魔子だろうがそれを守る。その定められた法を侵せる悪魔がいるとすれば、悪魔王とその妻くらいだ。
はぐれ悪魔などは法を破る者もいるが、そもそも彼らが悪魔界に戻ってくることは殆どない。地上は天使が彷徨いているため、悪魔は大っぴらに地上に出れず、刑を執行することが難しいため、放置されているだけだ。
だが、そんなルールのことよりもインデックスが気になったのは、
「…………なんで、それを?」
「あら、私達は魂を収集する悪魔よ? 新しい命の芽吹きを感じれない道理はないでしょう? 梨夢は気づけなかったみたいだけど」
どこまで本気なのか、フィオリはあっさりとそう言う。
だが、お腹の中の赤子の魂など、まだ微弱で根付いて間もないものであるため、気づくことは難しいはずだ。しかも、より大きな悪魔の魂が近くにあるため、やはり微弱な魂には気づくことが難しい。
「まずは上司としておめでとうと言うべきかしら? 魔人と悪魔が子を成すなんて聞いたことがないから色々と興味深いわね」
だがフィオリはそれに気づき、なおかつ咎めることもない。それどころか祝福の言葉を紡いだ。
しかしインデックスは苦い表情を浮かべる。それを素直に受け取れるはずもない。
「……ありがとう。でも、もしそのことを──」
「誰かに喋る気もないし、ちょっかいをかけようなんて今の所は思ってないから安心しなさい。そんなことをしても、面白くなさそうだもの」
と、インデックスが意を決して意志を示す前に、機先を制するようにフィオリが言う。
そうやって何度も言われてしまえば、さすがのインデックスも不可解な気持ちになる。悪魔は契約を重んじる性質上、実はあまり嘘をつかない。はぐれ悪魔ともなれば悪質な契約を結ぼうとするので何とも言えないが、真っ当な悪魔ほど、嘘はつかず、契約を遵守し、自分の吐いた言葉には責任を持つ。
フィオリは普通の悪魔とは言い難いが、それでも君主として何千年とこの地を治める悪魔だけはあり、意外と真っ当な仕事をしている。性格に癖はあるが、悪魔であれば別に変なことではない。
「……面白そうだから報告はしないと?」
「そういうことね。報告したところで特に面白味は得られないでしょうし。むしろ、その子供がどんな存在として生まれ、どういう風に育つかどうかの方が興味が湧くわ」
だから言いふらすようなことはしない、とフィオリは言う。
自分の愉しみ、退屈を紛らわせることを行動原理とするフィオリだ。ある意味で、その言には信用が置ける。勿論、油断をすることはないが、
「……男の子ならイケメン。女の子なら美少女ね。それだけは確定してるわ」
「──あら、いいわね。成長したら私の部下にくれない? どちらでも可愛がってあげるわ」
「絶対に嫌よ」
性格的に油断ならないが、どうにもフィオリとインデックスは妙に波長が合い、インデックスとしては微妙な気分だった。
反面、フィオリとしては面白い部下なだけに、優遇したり便宜を図ってやることも多いのだが、
「うふふ、なら話は終わりよ。これからも頑張ってね。期待してるわ。部下としても、母親としても」
「言われなくとも、どっちも完璧にこなすわ。私は良い女だもの」
そう告げて、インデックスは悪魔界と地上を繋ぐゲートを開き、そこを通って自分の居場所へと帰っていく。
フィオリはその後ろ姿と、後に生まれてくる魔人と悪魔の子。そして悪魔に種を仕込んだ底知れない魔人の存在を思い、意味深に笑みを深めた。
最近、ようやく本作で出す子供達の設定がほぼ全員定まりました。この間はスーパーキング君の子供と同じくらいにするから12人くらいって言ったけど、素で分裂した姉妹を忘れてたのと、ゴリラの子供とも対にしたいので、全員で15人になります。ちなみに、GL期生まれは、白兎から数えて9人になります。種馬だな()