──その視線は、未だ続いていた。
「どうしたんだ、ガイ。また難しそうな顔してるぜ?」
隣を歩くクーベロの問いにガイは間を置いて答える。
「……いや、何でもない。気にしないでくれ」
「?」
ちらりと背後を見て息をつくガイに、クーベロが頭に疑問符を浮かべたが、その後の追求は無くなった。
というのも今は大仕事の最中である。あまり別の事に気を取られている余裕はない。
魔物の討伐──ではない。今日の仕事は先日、新しく発見された大規模な遺跡の調査だ。
魔物の討伐も重要な仕事ではあるし、隊の規模によっては日々の糧を得るためにそればかりを行う隊も存在するが、遺跡の調査というのは旨味もあれば希望もある。
新しく発見された、というところがミソだ。そこには危険も多く存在するだろうが、それも含めて何があるか分からない。
資源や食料、何か役に立つアイテムや宝があるかもしれないのだ。
「結構進んできたね、もう一踏ん張りかな」
遺跡の中にいた大型の魔物を斬り捨てたロラン隊長が、軽い口調だが、表情は真剣にそんなことを言う。
鋼の騎士団は魔物の討伐だけでなく、代々受け継がれる方針、目標として、魔人と魔王の打倒を掲げている。
勿論、戦う意識の高い鋼の騎士団の隊員達ですら、それが成し遂げられるとは思ってはいないが、隊長のロランは違う。魔人を倒すに足る伝説のアイテムを求めているのだ。
あるかも分からない希望に縋る──いや、縋るしかない。
ガイもよく知っているが、魔人は普通の人間が敵う相手ではないのだ。
だからこそ、多くの戦士は何かを求めてダンジョンに潜る。もっとも、そういった者達は冒険者に多く、どちらかというと魔物討伐隊に所属するような者達は現実思考の人が多い印象だ。
明日の糧を得るために、仕事として戦っているのである。
しかし本音はそうでも、表向きはきちんとやらなければならないし、遺跡の調査自体は重要な仕事であることには変わりない。
そのため、この場にいる調査隊の面々は、誰もがいつもより真剣な表情で進んでいた。
未知の遺跡を調査するにあたって、鋼の騎士団全体から選りすぐりの隊員達を集めて調査隊を結成したのだ。
隊長は当然、ロラン。ガイやクーベロもその中に選ばれた。
そしてその中には──あの得体の知れない魔女もいる。
「…………ふふ」
後方の部隊を率いている未来視の魔女。ガイがここ一ヶ月、気になってしょうがない相手だ。
あの暴露の夜から一月経ったが、その間、誰にもガイのことを話していない。
本当に告げ口しなかったのかと驚いたし、あれから接触すらしてこないのだ。安堵を通り越して不可解な思いが芽生える。
ひょっとしたら、あれは夜間の見張り任務中に見た夢で、現実では何も起きていなかったんじゃないかと思うほどだが、そんなはずはない。あれは確かに現実の出来事だ。
それだけに、ガイは気が気じゃない。あのことを話されたら、ガイは一瞬にして居場所を失ってしまう。
だが、だからといって今更行動を起こすことも出来ない。行動を起こせば危険が生じる。平穏が脅かされていない今の状況でそれを選ぶにはメリットが少なく、リスクが高かった。
「──炎の矢!」
「オォン……!」
魔物に魔法を放ちながら、遺跡や戦闘のことではなくそんなことを考える。消えていった最後のゴーストを見届けると、傍らのクーベロが息を入れて、
「はぁ、助かったぜ、ガイ。どうにも、ここは戦士には相性の悪いモンスターが多くて困るな……ははは」
「……気にするな。そういうこともある」
「ま、ここはお前みたいな魔法を使える奴の援護をするべきだな。俺達はガードだ」
もっとも前でも戦えるお前には必要ないだろうけどよ、とクーベロが笑いながら言う。
確かに、ここの遺跡はアンデッド系の魔物が多く、物理耐性を備えている魔物が多い。
そのため、クーベロのような魔法の使えない戦士職はどうしても苦労してしまう場面が多かった。
鋼の騎士団が如何に大規模な魔物討伐隊とはいえ、魔法を使える者はそれほど多くはない。調査隊にも数十人がいる程度だ。それ以外は全員戦士である。
なので魔法使いの攻撃を援護するべく、戦士達が前に出て魔物の攻撃を請け負っていた。
『俺には必要ねーけどな』
もうひとりの声に一々同意の声は出さずに、しかし頷く。実際、この程度の魔物であればガイなら、魔法を使わずとも倒せるし、魔法なら一番弱い魔法を撃ってるだけで簡単に倒せる。
実力のある戦士──ロラン隊長などはさすがで、剣でゴーストをばっさばっさと斬り捨てていた。それを見た周りの隊員達が尊敬の眼差しを彼に向ける。
自分も同じことは出来るが、やらない理由がそれだ。やれば目立つ。ここでは目立たないようにとしているのに、目立ってしまっては前と同じ様なことになってしまう可能性が高い。
手を抜き続けるのは疲れるし、悪い気もするが、悪意を受けないためにはこれも仕方がないことだ。
しかしそんなことを考えている時だ。
「──っ、隊長!」
「どうした──っ!?」
不意に先に行っていた斥候役のシーフ職の隊員が慌てたように声を上げると、その直後にロランやその周囲の面々も表情を変えた。
「おい、ガイ……これは……!」
「ああ……空気が……」
クーベロとガイもその変化を目にする。
遺跡の回廊の先から、紫色の靄のような、瘴気が漏れ出てきたことに。
「ぐっ……なんだ……!?」
「気分が……っ……」
「うう……吐きそうだ……」
瘴気が充満していくと、その場にいた隊員達が次々に体調を崩して頭や腹、口元を押さえる。
「やべぇな……これは……」
「っ……くっ……やむを得ないな……皆、撤退するぞ……!」
それはクーベロやロランも例外ではない。顔を青くして軽く膝を落とした二人。その頃には後方まで瘴気が充満し、ほぼ全ての隊員達が気分を悪くしたのを見て、隊長のロランが撤退を告げる。
慌てて後方に戻っていく偵察隊。そんな中、
「──おい、ガイ……お前は平気なのかよ……?」
「副隊長、大丈夫なんですか……?」
クーベロと、後方にいた隊員の一人が、それぞれガイと未来視の魔女にそんなことを問う。
なぜならその二人は、その二人だけは、
「……ああ、何もないが……」
「問題はないよ」
ガイは瘴気を受けても自分の体調に全く問題がないことを告げる。未来視の魔女も同じだ。
そう言うと、それほど大きな声ではなかったのに、それが聞こえていたのか皆に注目される。
なんだか嫌な予感を感じていると、隊長のロランが真面目な顔で二人を見て、
「……副隊長、ガイ。申し訳ないが……君達以外は瘴気の中を進めそうにない。だから……君達に遺跡の調査を命じる」
「……!」
ガイはその命令に怯む。しかしいつの間にか隣に来ていた未来視の魔女は全く迷うこと無く、
「了解しました」
頷いた。その快諾を見て、ロランも頷く。その顔が横に動き、
「……ガイ。君は新人とは思えないほどに有能だ。剣の腕もあって、魔法も使える。頭の回転も速い。そんな君と副隊長なら、この先の調査もきっと成し遂げてくれると思う」
「…………」
隊長からそうやって褒められるが、そうやって評価されるのは悪い気はしない。
「まあ、ガイならいけるだろ。こいつ、いつも結構余裕そうだしな」
クーベロからもそう言われてしまえば、もはや断ることは出来ない。
「……わかりました」
「では一緒に行こうか」
「…………」
だが、分かってはいたが、この未来視の魔女が一緒にいることは不満である。
せめてクーベロだけでも付いてきてくれれば寂しくないし、我慢出来るのだが……、
『ホモかよ』
うるさい。そういうことじゃない。
心の中の声に否定を返しつつ、ガイはどこか楽しそうな様子を滲み出す魔女と共に、遺跡の奥へと向かっていった。
その瘴気に満ちた遺跡の最奥。
腐食し、苔の生えた大理石の一角。その台座には、とある剣が鎮座していた。
「あ~~~……暇じゃのう……」
それはくたびれた中年のおっさんの声だった。
部屋の中には誰もいない。人も魔物も、生き物というものは存在しない。
その声を鳴らしているのは他でもない──その漆黒の剣だった。
「そろそろ誰でもいいから来てくれんかの~~~、かわいこちゃんと贅沢は言わんから──」
と、その剣は言いかけ、しかし言葉を途中で止める。
「あー……でも儂、この分だと普通の奴じゃ使えんじゃろうし……相性の良い奴が来てくれんといつまでもこのままじゃ……」
剣になった彼は、かれこれ百年近く、この場所で使い手を待ち続けていた。
当初の願い、その思いは消えてはいない。消えてはいないが、こうまで暇な時間が続くと独り言は多くなるし、緊張感にも欠けてくる。
「はぁ~~~、早く魔人をズッタズタに斬り裂いてやりたいんじゃがの~~~……一体いつになるか……」
混沌とした気を漂わせるその剣は、その身に秘める魔を斬る力の行使を願う。
そんな彼の、魔剣の名を────カオスという。
100年ほど前に活躍した冒険者、エターナルヒーローと呼ばれる者達の一人であり、神に謁見して願いを叶えた、紛れもない英雄であった。
地下深くにあるその場所は、地上の光が届かない特殊な場所だ。
────奈落。
深き地の底。闇が凝縮された地。この世で最も暗き場所。
数多の危険な名で呼ばれるようなその地は、
「さて、この者をどうしましょうか、第一使徒であるブラッドにお聞かせください」
「これだけの大物を殺すことなく制するとはさすがです。後はこの第一使徒であるピットにお任せください」
しかし──特に危険な空気もなく、いつも通りの弛緩したやり取りが続けられていた。
幽霊のハニー、ゴーストハニーの使徒であるブラッドとピットが、とある獲物を前に主へと声を掛ける。主へ、獲物の処遇を問うためだ。
だがそれより先に、獲物の方が声を上げた。
「ぐっ……巫山戯るな……! この戒めを解け……! 魔人が……ッ!」
その獲物は、白の体毛に5メートル強の身体を持つ生物だった。
角や翼、尾を持つその生物は──ドラゴン。
かつて世界を席巻した偉大なる種族。
その生き残りであり、正気を保っている強大なドラゴンはしかし、その白の身体を血に塗れさせ、地面へと這いつくばっていた。
全身を鎖で縛られ、咆哮を上げるドラゴン。その威容は瀕死となってなお、並の生物を萎縮させるであろう。
だが生憎と、目の前にいる生物は並の生物ではなかった。
「──と、申しておりますが、どうします? ますぞゑ様」
「…………」
ピンク色のハニー、ハニ子が声を向けた先にいたのは、浅黒い肌に筋骨隆々とした肉体を持つハニーのような何かだ。
ハニーであってハニーではない。元々はハニーであったが、今はそうではない。
彼の名は──ますぞゑ。魔人ますぞゑだ。
世界を支配する魔王のその忠実なる下僕。魔王に直接血を分けられた選ばれた存在。
並の生物とは存在の格が違う。例えドラゴンであっても、彼らは怯むことはない。
事実、ますぞゑは今しがた、自身の住処を通りがかり、影武者である奈落の王を倒したこのドラゴンを叩き潰したところであった。
「…………」
「何故、自分の住処に侵入してきた? ──と、ますぞゑ様は言っていますが、どうなんですか? うふふ」
ますぞゑの意志を伝達するべく、使徒ではないが友人のハニ子がそれを通訳する。
そしてドラゴンはその問いに吠えることで答えた。
「知れたことッ!! かつての脅威の気配をこの目で確認し、復活したことを一刻も早く同胞に伝えるためだ!!」
「……かつての脅威?」
「…………」
ドラゴンの迷いない答えにハニ子が首を傾げ、ますぞゑも何とも言えない雰囲気を醸し出す。
代わって答えたのは使徒である二体だった。
「もしかしたら、先日見つけた隠し通路の先にいるアレではないですか? 第一使徒のブラッドです」
「ああ、我々が通販で取り寄せたエロエロ玩具──ごほん、失礼。嗜好品を開けてみようと場所を探している時に見つけたアレですな。第一使徒のピットです」
言って直ぐに二人が殴り合いを始めたが、ドラゴンはきちんとその言葉に反応した。
「そうだ! 私はその存在を同胞に伝えねばならない! 四大聖竜か他の八大精霊竜──いや、生き残った者であれば誰でも構わない! 今は一丸となってかの脅威を滅ぼさねばならないのだ!」
ドラゴンはそう主張する。血まみれになり、戦う力も残っていない彼は未だ覇気を失ってはいない。
「だと言うのに貴様らは邪魔をしおって……! アレが地上に出ればお前達魔族も存亡の危機であるのだぞ!?」
そう訴える。お前達ですら危険なのだと。
しかし使徒は答えた。特に慌てた様子もなく、
「ほう? 我々が危険ですと? 面白い冗談ですなぁ、ピット」
「ええ、アレ一体は確かに脅威かもしれませんがね。我々全体の危機とはなりえないと思いますね、ブラッド」
小さく笑みすらつけて二体の使徒は言う。その脅威を知った上で、
「アレが地上に出たとしても特に問題にはならない。多少の人間、魔物は命を落とすかもしれませんが、奈落から出てくる以上、経路は読めている。直ぐに魔軍が動くことになるでしょう」
「並の魔人であれば確かに苦労するでしょうが、それでもますぞゑ様や四天王の方々……筆頭であるレオンハルト様や魔王様すらいる我々が敗北する可能性は微塵もありませんな」
死に体のドラゴンであれば分かりませんがね、と皮肉を付け加えながらブラッドとピットは連続して声を繋げる。
しかし背後のハニ子が、
「魔軍に協力してない私達が言ってもしょうがありませんけどね」
「それもそうだけどね! ハッハッハッ!」
「ますぞゑ様の方針だからしょうがないのさ! フッフッフッ!」
ハニ子のもっともな指摘にテンション高めの笑いを響かせる二体。
事実、ますぞゑという魔人は今まで、魔王からの招集や魔軍への合流を拒み続けていた。
前時代にあたる魔王ナイチサの時代も動かず、現魔王であるジルの呼び声すらも無視。魔人の中で唯一、人間牧場を支配していない。
ますぞゑはただただ奈落で、遊びに来るハニ子や使徒のブラッドとピットと一緒に大人しく過ごしているだけだ。
300年後に本気を出して世界を滅ぼす──これだけがますぞゑが公言する唯一無二の目標ではあるが、300年前にも同じことを言っていたりする。
「…………」
「うふふ。まあ友人に相談の手紙を出しているから問題ないと考えていらっしゃるわ」
「おお、そういえば少し前に出しましたな。あれはいつだったか……」
「一月前のぷちハニーの定期出荷に合わせての手紙ですな。キャロルさんに頼んで届けて貰いました。それも忘れているとは……痴呆かな? ブラッドよ」
「痴呆ということは年上ということ。つまりは第一使徒は私だと自ら敗北宣言をしたようなものだぞ、愚かなピットよ……!」
「物忘れをしたくらいで第一使徒を名乗りだすとは恥知らずだなブラッド……!」
「「くたばれ第二使徒め……!」」
二人が再び殴り合うが、互いに物理耐性を持つゴーストハニーであるため、中々決着がつかない。
「くっ……何を遊んでいる!? いいから縛めを解け! いや、解いてくれ!! 私にはこれを伝える使命が……!」
「と、言っていますがどうします?」
「…………」
ブラッドとピットの緊張感のないやり取りにドラゴンが激昂し、しかし頭を下げてまで鎖を解いてくれと頼み込む。それをハニ子がどうするかとますぞゑに問うと、意志を聞いたのか、ハニ子は頷いた。
「ふむふむ……あ、そうですね。確かレオンハルト様の元には結構偉そうなドラゴンが居たはずですから、その時にでも聞いてみましょうか。ええと……あなた、お名前はなんでしたっけ?」
偉そうなドラゴン、という言葉に反応しつつも白いドラゴンは答えた。
「……私の名は
「さあ……名前までは覚えてませんね。ますぞゑ様も知らないそうです。ブラッドとピットは……?」
「私も生憎と、名前までは……いや、キャロルさんから聞いたような気も……」
「確かに、なんという名前だったか……シュヴァイン?」
「馬鹿か、ブラッド。それは新しく生まれたレオンハルト様の息子の名前だ。……確かアプリじゃなかったか?」
「お前も失礼な奴だ。そっちは娘さんだろう」
「……どうやら誰も分からないみたいですね」
「くっ……それくらい思い出せ、ハニー共め……」
ああでもないこうでもないと名前を出していくブラッドとピットに、ハニ子がまとめ、ドラゴンのはるまきが苦い声を出す。
「…………」
「とりあえず、しばらくは放置するとのことです」
「まあもうしばらくすればレオンハルト様も来るでしょうからな。その間、我らの暇つぶし相手にでもなってもらいましょう」
「そうですな。レオンハルト様はお忙しい方でありますから時間は掛かるでしょうが……友人の頼みを蔑ろにするような御方ではありませんし」
「っ……巫山戯おって……!」
はるまきが再び身体を動かすが、ガチャガチャと音が鳴るのみで鎖は解けない。
脅威の存在を伝えられないことを歯痒く思いながらも、奈落はまだいつも通りであった。
次回からは遺跡の調査から始まるガイ編のオリジナル。お待たせしましたって感じで。
ここからは出来る限りペースを上げていけたらいいなぁ……