まあガイ君の行動って意味不明なのも多いからアレだけど……とはいえ本編どうぞ!
魔物がこの世の覇者であり、人間が下位の身分であるということの象徴ともいえる場所が、人間牧場である。
世界各地に数十箇所存在し、魔人やその名代である魔物大将軍による管理のもと、様々な方針で運営されるそれらの牧場にも、やはり“格“というものが存在する。
牧場の規模。そして、どれだけ効率的な運営をしているかによって、牧場運営に勤しむ魔軍の兵隊達の評価は決まってくる。
逆に管理も杜撰で、脱走者も多い牧場は魔物界隈でもあまり評判が良くない。
前者で言えば、魔人四天王が支配する大規模な牧場が真っ先に名前が上がり、それ以外だと丁寧な運営で評判の魔人ジークの牧場や、効率性だけを重視して無駄を一切省いたパイアールの牧場などが評価が高い。
後者だと、そもそも管理を配下の魔物将軍に丸投げしている魔人レイや魔人レッドアイ、美少女以外は放置気味の魔人メディウサの牧場などが話題に上がる。
そしてそんな中、やはり魔物界最大の都市であり、そこに隣接する大規模牧場であるそこは、特殊な方針を掲げながらも、特に問題を起こさずに安定した運営を行っていることで有名であった。
魔軍最強と称されるレオンハルト軍。規律が行き届き、精力的で品のある魔物兵達が日夜汗水垂らして作業を行っている魔人レオンハルト直営の牧場は、今日も労働者、奴隷、家畜──そのどれもがきちんと己の役割を遂行していた。
そんなレオンハルト軍を指揮する魔物大将軍が、レオンハルトシティにある一等地。一番街と呼ばれる高級住宅街の屋敷の一室にいた。
「ふんふ~ん……」
美麗かつ繊細な調度品、家具が並ぶその部屋で、大柄な魔物は鏡の前で鼻歌を歌っていた。
彼の名は魔物大将軍、カエサル。レオンハルト軍を指揮する魔物大将軍である。
彼は非常に──個性的な大将軍であった。
「おお~う……ビューティフォー……今日も私は美しい……」
部屋の真ん中に置かれているのは、巨大な鏡であり、そこに映る自分の姿を見て、彼はうっとりと呟く。
カエサルは美しいものに眼がなく、それでいて魔物界一と言っていいほどの──ナルシストであった。
「この機能美に溢れたフォルム……それでいて、他の大将軍共とは違い、魅力に満ち溢れている……」
鏡の前でポージングを繰り返しながら自らを賛美するカエサル。
誰かがこの光景を見れば、間違いなく奇行。頭がおかしくなったのではと疑われかねないような行動だが、カエサルは至って大真面目。
他の魔物大将軍との違いは腹の中にある顔や、上部にある頭などの造形が多少違うだけなのだが、それでも彼は魔物大将軍の中で自分が一番美しいと心の底から思っているのである。
そしてこの行動は毎朝の日課であり、何なら夜にも、気が向いた時には昼にも行っている。つまりはいつものことであるのだ。
「──カエサル閣下!」
「む? なんだ騒々しい。私の日課を邪魔するつもりか?」
だからこそ、部下がその姿を見たところで、狼狽えることはない。慣れているからだ。慣れてなければ内心で困惑する。
部屋に突然入ってきた副官の魔物将軍は、またか、と思いながらも表面上は冷静に、敬礼を返した。
「はっ、申し訳ありません。しかし、お伝えすることが……」
「ふっ……まあいい。聞こう。私は美しい魔物大将軍。その仕事振りも華麗かつ美しい……つまらぬ用件ならベッドで相手をしてもらうがな」
「っ……は、ははっ。では申し上げます」
その言葉に一瞬、ひぃっ!? と声を上げそうになったが、それをすんでのところでぐっと堪える。そんな失礼な態度を見せればそれこそベッドに連れ込まれてしまう。
カエサルは男でも女でもイケるヤベー奴なので、その言葉は冗談でも何でもない。事実彼は、女の子モンスターだろうが、男の子モンスターだろうが、人間だろうが、それが彼にとっての美的基準を満たす相手であれば興奮し、それを頂いてしまう。
無論、彼は紳士なので部下相手には合意を得ようとするだろう。そういった意味では先程の言葉は冗談かもしれないが、カエサルの趣味趣向、これまでやってきた行動を知っている魔物将軍には冗談には聞こえない。
故に魔物将軍は速やかに己の職務を全うすることにした。震える声で、
「先程、魔物大将軍……アッティラ閣下。並びにイヴァン閣下がレオンハルト様に面会を求めてまして……」
「──何? あの二人が?」
「はい。しかもどうやら、用件はいつもと同じなご様子で……」
「……ふん。アッティラの馬鹿が。イヴァンも、乗せられおって……」
その用件を聞いたカエサルは先程までの表情と打って変わって、真面目で上に立つ者としての顔を見せて溜息をつく。
自分と同じ魔物大将軍。それもアッティラとイヴァン相手ともなれば、自分が呼び出されるのも仕方がないことだと推測する。
「それで、レオンハルト様はなんと?」
「はっ。今は別件で忙しいため、お会いになるには少し時間が掛かると。ゆえ、ハンティ様とリー様、そしてカエサル閣下で対応しろとのことでして……」
「ふむ。了解した。あの馬鹿共の相手は面倒ではあるが致し方ない……」
使徒が二体に、同じ大将軍であるカエサルが対応する。
普段ならレオンハルトが一人で会って、適当に追い返しているのだが、忙しい時などはこういうこともままあるのだ。
「あやつらも、毎度の事ながら懲りないものだ……レオンハルト様が駄目と言っているのだからさっさと諦めれば良いものを……」
「……やはり、それほどにアッティラ閣下は……?」
「まあそうだろう。人狩りでは満足出来ずにあんなことを具申してくる始末だからな。……国狩りの時も、奴は随分と
「働き者……? あの、それは良いことなのでは?」
その表現の仕方に違和感を覚えた魔物将軍が疑問を返す。しかしカエサルは不機嫌そうに、
「ああ。あまりにも働き者過ぎて、魔王様に評価されはしたが、戦闘行為を止めさせられたくらいには」
「! ……それは……人間相手とはいえ、恐ろしいですね」
「ただ馬鹿なだけだ。……さて、行くぞ」
魔物将軍もようやくその言葉の意味に気づき、喉を鳴らして戦慄する。
その行いを馬鹿と切って捨てたカエサルは、魔物将軍を連れ立って会合の場へと向かっていった。
レオンハルトシティの中にある魔軍の駐屯場所の一つであるそこには、訴えかける声が響き続けていた。
「何故ですか!? 何故に、人里の殲滅をご許しにならない!?」
「駄目だって言ってんだから諦めな! あんた何様のつもりだい!?」
「いいえ、それでも言わせてもらいます!! 人類文明は唾棄すべき最悪の文明であり、速やかに破壊すべきだと!!」
その言葉の応酬に、警備の魔物兵やお付きの魔物将軍、魔物隊長らは戦慄し、身体をビクッと震わせる。
先程から強く提案を押し続けている魔物大将軍──アッティラ。
殲滅者。破壊者。殺戮者などと恐ろしい言葉で飾り立てられる彼の言葉に、意見出来る者は数少ない。
「口を慎めアッティラ! 貴様はただの魔物大将軍! 魔人であるレオンハルト様の意志に逆らうなど不敬だぞ!!」
女性ではなく、もうひとりの男の声も響く。
使徒であるハンティとリーは、レオンハルトに面会を求めにきた二体の魔物大将軍を相手にするべく、この場へとやって来て、使徒としての威圧も乗せた厳しい言葉を浴びせていた。
しかし彼らは怯んだ様子はない。いや、正確に言えば多少は怯むが、それでもなお言葉を返してくる。
「……しかしお二方よ。人間を間引くことに何の問題があるというのか? 魔物として生まれた我らが人の命を奪うのは、謂わば主の思し召しであると思うのだが……」
そうやって静かな言葉で言うのは、アッティラと共にやってきた魔物大将軍、イヴァンだ。
彼はアッティラほど憤慨し、騒ぎ立ててはいない。怒っている時の彼は暴君だが、そうでない時は部下思いで仕事に忠実な普通の魔物大将軍だ。──怒ってる時の狂いっぷりは魔物大将軍一だが。
そんな彼の言葉に対し、ハンティも言葉を返す。眉間に皺を作りながら、
「……人間をある程度生かすのは、レオンハルトの、そして魔王様の意思だよ。あんたらはそれを破るっていうのかい?」
軽くドスを利かせてハンティは告げる。その剣呑とした雰囲気に周囲の魔物兵がとうとう身体を震えさせた。
ファンクラブがあったり、ゴリラと噂されたり、普段は親しみやすく、実は部下の魔物にも慕われている彼女だが、それでもハンティは、使徒最強と称される女傑だ。
魔人級の戦闘力すら持つと言われる彼女の威圧に耐えられる魔物兵などいない。だがアッティラは、
「そうは言いませぬ!! ですから牧場の人間は生かしているではありませんか!!」
「ならそれで満足しな。人狩りだって、あんたはやり過ぎるくらいにやってるだろう?」
「いいえ満足出来ません!! 人類文明は完膚なきまでに! 徹底的に滅ぼし尽くさなければならない!!」
「っ……この分からず屋が……!」
威圧すら物ともしないアッティラに、ハンティもさすがに怒りを募らせる。
ただでさえ、人間を家畜どころか、それ以下の存在として目を背けたくなるような鬼畜の所業を人狩りで繰り返すアッティラには普段から腹に据えかねる部分がある。
ある程度は割り切っているはずのハンティも、人を滅ぼそうとする彼には黙っていられないのだ。
「……全く、相変わらずお前は醜いなぁ、アッティラ。600年前に行ったあの国狩りですら自分の“趣向”を満たせず、未だ暴れまわるとは……呆れを通り越して同情してしまうぞ」
「っ……黙れカエサル!! まずは貴様から滅ぼしてやろうか!?」
使徒に対するものとは違い、同席していた同じ魔物大将軍、カエサルの言葉にアッティラは憤慨して怒りを口に乗せる。
その宣戦布告とも取れる言葉にカエサルも目を細め、
「ほう。やれるものならやってみろ。醜いお前と美しく、格好良く、魅力的で、愛らしさ、可愛らしさまで併せ持つ最高の私。どちらが勝つかなんて言うまでもあるまい」
「黙れ変態ナルシスト! 強い方が勝つに決まっているだろうが!!」
「まあ落ち着け同志よ……この場で喧嘩をしては主も悲しむし、受け入れてもらえることもより困難となるだろう」
「っ……ああ、分かっている……!」
イヴァンの冷静な言葉で一応は怒りを収めたアッティラ。だが提案が取り下げられることはなく、
「私は大規模な人間の隠れ里の居場所を突き止めました! 許可さえ頂けたら今直ぐにでもその隠れ里を粉砕、撃滅してご覧に入れましょう!!」
「だから駄目だって言ってんでしょうが!」
「レオンハルト様に会わせてくだされば必ず説得してみせます!! 弱者である人間が作った文明など、魔物の手によって滅ぼされるべきだと……!」
「レオンハルト様はお会いにならない! 我々が告げている言葉こそがレオンハルト様のお言葉だと知れ!」
ハンティとリーが続けて二者に拒否の言葉を浴びせる。
だが、そんな埒が明かなくなってきた議場に、不意に別の声が響いた。
「──いいだろう。そこまで言うなら認めてやる」
「!?」
「! れ、レオンハルト様!!」
議場に現れたのは、この場の誰もを上回る凄まじい存在感を放つ金髪灼眼の美丈夫──魔人レオンハルトだ。
突然現れた魔人筆頭の姿に魔物兵らは身体を固まらせるが、ここは彼の街である。いつどこに現れても不思議ではない。
「レオンハルト! なんで──」
「ハンティ。少し待て。……アッティラ。それとイヴァン。そこまで言うなら、お前達の提案を認めてやっても構わない」
「! それは誠ですか!?」
「おお……とうとうレオンハルト様にも、主のご意思が届いたのでありますな……!」
ハンティの機先を制し、レオンハルトは二体の魔物大将軍にその提案を受け入れてもいいと示す。
ハンティとリー、それにカエサルはその言葉に驚きと困惑を見せるが、レオンハルトのその迷いのない言葉に、少し冷静に事態を見守る。
完全に許可した訳ではないのだ。その言葉は、
「先走るな。認めてやっても構わない、と言っただけだ」
そう。まだ認めてはいない。
レオンハルトには何かの考えが、思惑があるようであった。
だが、目先の欲と利益に喰らいついた二体の魔物大将軍は気づけない。ただその言葉の裏の意味には気づき、
「っ、何をすれば認めてもらえるのでしょう……?」
「簡単な事だ。お前達どちらかに“仕事”を頼む。それを受けて貰えるのなら、
「仕事ですか……」
「条件付き……」
イヴァンとアッティラの言葉に、レオンハルトは、ああ、と頷く。
そしてその仕事の内容と襲撃を掛ける上での条件をレオンハルトは伝え、内心、また事が一つ進んだとほっとしながら笑みを浮かべた。
遺跡の探索を終えた調査隊、もとい鋼の騎士団には、幾つかの変化が訪れていた。
「おーおー……いきなり有名人になったな」
「まあ儂、魔剣じゃし。喋る剣ってのも珍しいからな。そりゃ目立つじゃろ」
「ふふふ、加えて副隊長の私まで近くに侍らせているんだから仕方がないね」
そこは酒場。鋼の騎士団の本拠地である人里で最も大きい酒場であり、隊員達や人里の住人達もこぞって利用する場所である。
その店内にて、ガイは傍らに未来視の魔女であるCを横に座らせ、腰元の得物を適当に引っ掛けて置きながら、酒と料理を愉しんでいた。
その場には、同じく隊員で気の合う友人であるクーベロも困惑気味に周囲と得物を見ながら同席しており、
「未だにこの視線には慣れないな……まあ喋る剣ってだけで皆見たがるのも無理はないが。隊長でもなんでもないやつがいきなり所有者だしよぉ」
「なんだ、お前までなんか文句でもあるのか?」
「いや、別に俺はいいと思うぜ。ガイはなんだかんだで強ぇし、将来性もある気がする……というかお前、ちょっと性格変わったか?」
「何を寝ぼけたこと言ってる。変わってないぞ。俺は元からこんなんだ」
「……まあ、珍しく酒飲んでるし、明るくなったからいいのか……?」
クーベロがガイの様子を胡乱な目で見ていたが、そこまで気にすることもなく酒を呷る。酔っ払っているだけ、というのも考えられたし、大したことではない。
だがガイの内心の方では、
『おい! 絶対にバレるなよ! 二重人格がバレたらまた異質な目で見られるぞ!?』
『うっさいな……分かってる分かってる。適当に誤魔化しとくわ。あー、俺はまじめまじめ、まじめ人間ガイ君じゃー! ふはは!』
『馬鹿にしてるだろ……! くそっ、ただでさえお前と魔女のせいで目立ってしまってるというのに……!』
内心で、入れ替わってしまった比較的善良なガイは、表のガイが危なっかしい行動を起こすことに気を揉みまくっている。
入れ替わってしまったことはしょうがない。いや、しょうがなくはないが、身体の主導権を握るにはまだ時間が掛かりそうであるし、何かの拍子やきっかけが無ければならない。
だからこそ、今は大人しくして──いられなかった。
「んっ……あのさ、幾ら何でも人前で胸を揉んだりするのはどうかと思うんだがね? 確かに構わないとは言ったが」
「硬いことを言うな。ぐふふ……」
「……儂と相性が良い理由がちょっと分かったかも。というか、前からこんな感じなん?」
「いや、前は……まあ女が出来てテンション上がってるだけかもな。前はぼっちで非モテだったし……ははは、まあいいんじゃねぇか?」
『やめろ馬鹿共ーーーーっ!?』
酒の席とはいえ、公衆の面前である酒場の中で平然と乳繰り合うガイと魔女に、もうひとりのガイはやめてくれと叫んだ。
『そもそも貴様! 私と同じで魔女は気味が悪いと言っていたんじゃないのか!?』
『……いやまあそうだが、ヤッてもいいなら別にそれはそれでいい。久し振りの女の肌だしな……ぐふふふふ』
『こ、この馬鹿が……!』
頭を抱えて蹲るような気持ちで裏のガイは表の行動を見続ける。
表のガイとしては言った通り、拒まない相手なら一応は美少女だし、近くにおいてやってもいいか、という判断だ。
得体が知れないし気持ち悪い感じはあるのだが、久し振りの肉体。久し振りの女の肌という誘惑には抗えなかった。
だがだからといって、魔女とヤろうかと行動を起こそうとすると、
『それだけはなんとしても阻止する……!』
『ぐっ……お前……! それはやめろ……!』
身体の主導権を握ろうと、強い意志が内心で溢れ出してくる。
それによって身体が一時的に止まり、ガイに次の行動を起こさせないのだ。
『ぜぇ……はぁ……主導権を握られたとはいえ、行き過ぎた行動だけはやらせんからな……!』
くそっ、鬱陶しい奴め、と内心のガイに悪態をつく。
とはいえもうひとりのガイの意志にそぐわない行動を取れば、こうやって阻止される以上、やり過ぎることは出来ない。
大したことのない行動であればともかく、女を襲うことは善良なガイにとって、それだけ忌避すべき事柄だということだろう。
今の表となっているガイが、遺跡で剣を取ろうとした時も似たようなことだ。ガイがそれを強く望んだからこそ、迷いのあったガイに代わって、今のガイが表に出てきた。
ようは強い意志を持ち続ける方が肉体の主導権を握れる──綱引きのようなものだった。
それでも基本的に分が悪いのは悪い方のガイだが、とにかく今は好きに動ける。
だからこうやって久し振りのシャバを満喫しようとガイは愉しんでいたのだ。
「……しかし、視線が鬱陶しいな。何とかならんのか?」
「無理だね。ただでさえ、喋る魔剣の所有者として注目を浴びているし、私が説得した云々の話も広まってしまっている。しばらくは時の人だ」
「儂もむず痒いというか……正直、あんまり目立ちたくはないからの~……どうにかしたくはあるんじゃが……」
「女の子からの羨望の視線ならともかく、そういうのじゃなさそうだしな。はー、つまらん」
「ガイも随分と積極的になったな……」
クーベロがしみじみと言う。魔女以外は微妙に居心地が悪そうであった。
というのも、遺跡の帰り道で、魔女が魔剣を発見したことを隊に報告し、その所有者がガイであることを告げたのが原因だ。
隊長であるロランや副隊長を差し置いて新入りのガイがその伝説級であろう魔剣を手にすることに、不満がなかったといえば嘘になる。
しかし副隊長の説明。この瘴気の中を問題なく進めるようなものでなければ魔剣は扱えないということや、他ならぬ副隊長が、ガイを推薦していること。更には隊長の、
『……わかった。そういうことなら……』
という了承の言葉で、隊員達からも異を唱える言葉は無くなった。
隊長が納得している以上は、隊員達も声を上げることは出来ない。魔剣の所有者はガイとなった。
だがそうなると今度はその喋る剣の噂が広まってガイは一躍時の人となっている。今も遠巻きにガイと魔剣を物珍しそうに見る目や、嫉妬にも似た視線が来るのをガイは感じているのだ。
それがあるのは、人間である以上はしょうがない。どちらのガイもその負の感情を嫌いながらも、善の方は憂鬱そうに、悪の方は苦々しくも諦めていた。
あの隊長ですら、副隊長の説得の時には残念がり、微笑しながらも負の感情を滲み出していたのだから──
「……ん? なんだ?」
「おや、騒がしくなったね……ふふふ」
そんな時。人混みがざわつき始めた。
ガイ達は特におかしな行動は取っていない。だからこそ、その様子を不可思議に思うのだが、その理由は直ぐに分かった。
人の波が二つに別れていく。間に道ができ、その間をまっすぐに進んでくるのは、
「! って、ロラン隊長じゃないっすか……」
「……やあ、昨日ぶりだね。クーベロ、副隊長。そして……カオスと、ガイ」
「ふっ……そうだね」
クーベロが軽く目を見開き、魔女は何故か愉快そうな笑みを見せて答えた。
ガイとカオスはすぐには何も答えない。そのロランがやってきたことと、その言葉の間に、何となく意味深めいたものをお互い感じたからだ。
「……何か用か?」
「うん……まあ、そうだね。ガイ。君に用事が……いや、頼みがあるんだ」
ロランには珍しく、歯切れの悪い様子である。その様子をクーベロはおかしく思い、魔女はより一層笑みを深めた。
カオスは先程からだんまりを決め込み、その場は静寂に包まれる。皆がガイとロランの言葉を耳にしようとしているのだ。
それを理解しながらも、ガイは答えた。ぞんざいな様子ではあるが、
「なんだ?」
「ああ。僕と──」
ロランは言う。衆人環視の中で、はっきりと、
「……僕と──カオスを賭けて“決闘”してほしい」
その言葉を、はっきりとガイは耳にした。
皆が息を呑み、まだ頭でそれを理解していない中、ガイは鼻を鳴らすと、
「……ふん、別にいいぞ」
「……ありがとう。それじゃあ明日の早朝……いや、お昼頃でいいかな? 今はお酒も入っているようだし、フェアじゃないからね」
「別に今からでも構わんが?」
「ははは……凄い自信だね。まあ、それは止めておこうか。出来る限りフェアでやりたいんだ。魔物討伐隊の隊長が言うのも変な話だけどね」
ロランとガイはそんなことを言い合って、さっさと会話を切り上げる。
そしてロランが来た道を戻っていく途中で、皆の反応が返ってきた。
「あ、あの新入りと……」
「ロラン隊長が……」
「魔剣を賭けて……決闘?」
ざわざわと観衆の声が酒場の中だけではなく、外にまで響いていく。
そんな中で、更に注目を浴びているのにも拘わらず、平然と酒を呷るガイに、クーベロは慌てて声を掛けた。
「お、おい、ガイ! お前、ロラン隊長と決闘って……しょ、正気か!?」
「ふん、やりたいって言うから受けてやっただけだ」
「そりゃあそうだけどよ……いや、というか、ロラン隊長はなんであんなこと……?」
素っ気ない様子のガイに、クーベロは困惑しながら疑問を呟く。すると横で静かに見守っていた魔女が小さく声を飛ばした。
「ふふ……器の違いを認めきれないというのも、悲しいものだねぇ……もっと利口だと思っていたんだけど……」
「……まあ、あの優男が勝ったところで儂は使えんからな。自己満足でしかないのは確かだな」
笑みを浮かべて言う魔女に、チップとして乗せられたカオスが、真面目な様子で決闘の無意味さを口にする。
だがカオスの方は笑いはしない。そうやって足掻くことや、足掻いた末に無益で終わる者達を、この世の無情さを知っているからだ。
「……ガイ。聞くまでもないと思うが……どうするんじゃ?」
その言葉に、ガイはやはりあっさりと答えた。
「
「……うむ、そうか」
普通にやる。その言葉だけでガイの意志を汲み取ったカオスはもはや何も言わない。事の成り行きを見届けるだけだ。
「さすがに鬱陶しくなってきたし、部屋に帰るか」
「ふふふ、私もお暇させてもらうよ」
ガイがカオスを連れて、そして魔女も席を立ってその場から去っていく。
さすがに住人達のざわつきが大きくなってきたからだ。
「お、おう……じゃあな──って、会計俺かよ!?」
最後に残されたクーベロは、自然と奢らされたことにツッコミの言葉を上げ、己も慌てて酒場から出て行った。
ロラン隊長は人類最強だし、順当に勝つんやろなぁ……()