──その男の生家は、この時代では普通じゃないものだった。
人間が魔物によって支配され、明日を生きることを出来るかも分からない時代。“国”というものはもはや過去の文献による言葉でしか知ることがなく、人間の普通の生き方は、人間牧場で家畜として過ごすことであり、それ以外の野良の人間でさえも、精々数百人程度の集落、隠れ里などが限界であり、その生き方は貧しく、先が見えないものであった。
だが男の家は違う。男の家には前と先があった。
今ある世界の中で最も大規模な隠れ里。千人以上の人間が隠れ住むその里の長。男の家は、代々その里の長を務めるものである。
かつての時代で言うならば、名家というものに近い。
男の先祖はかつて、魔物による世界の侵略から多くの人間を連れていち早くこの隠れ里を興し、多くの人々を救った英雄であった。
元々は冒険者を纏めていた組織の長で、それを引き継ぐようにして隠れ里の警備と魔物の世界において生き抜いていくための役割を担ったのが、彼と一緒についてきた多くの冒険者であり、今ある里に住む住人達の祖先である。
始祖ともいえるその英雄によって救われた里の人々だが、彼とてただの人間。寿命があり、やがて息を引き取る。
そうなった時に長を引き継いだのが、その英雄の子供であるのは、英雄を慕っていた多くの人々にとっては当然のことであった。
英雄の子供は願った。父のように人々を守り、救う──英雄になると。
実際にそうなれたかはさておき、少なからず英雄の子供は隠れ里を率いてその里を次まで守り抜いた。
するとやはり、その英雄の子供の子供──孫がそれを受け継ぐ。
既に英雄はいない。しかし子供は孫に言葉を託した。
──俺達がやるんだ。
俺達、という言葉に孫は一瞬当惑した。しかし、
──次は、お前の番だ。
その続く言葉によって意味を汲み取り、孫はその英雄の子供であった父のように、英雄であった祖父のように信念を定めた。
──人々の未来を守らなければならない。
そうやってまた、英雄の孫は同じ様に己を鍛え、やがて生まれてきた自分の子供にもそれを教え込んだ。
人々を守るために行うのは剣の修練。人々を率いるために、座学で様々な知識を身につける。そして師匠ともいえる自らの父から言われる言葉は、やはり同様のもの。
──やらなければならない。これは、自分達の使命だ。
自分達一族の、祖先の無念を晴らすための悲願の成就を。
人々を守り、次に受け継ぐ。そしていつか世界の救済を。
人々の上に立つ自分達は、それを必ず目指し、成し遂げなければならない。
そうしなければ人間の未来はない。必ずやるのだ。
それはとても崇高な使命であり、誰からも応援され、祝福されるものだ。
事実、高潔であり続けた男の一族は、隠れ里の住人に厚く支持されていた。
誰かがその役目を代わることが、向いている誰かに託すことが、叶わないほどに。
故に、その一族は、貴族のような厳しい使命を、呪いのような言葉を自分とその子孫に託し続けた。
そうするのが当然であり、それをしなければならないのだと、誰もがそれを己の役目だと思い込み続けた。
それが例え──戦いが嫌いでしょうがない、やりたくなかった者であっても、周囲の期待と親からの教育はそれを自分のものとして受け止めざるを得なくなってしまう。
先祖代々続く悲願を、自分の代で止めるわけにはいかない。
だからこそ、男はそうあろうとした。自分を矯正して、実際にそうなった。
もはや元々の自分がやりたかったことなど思い出せないほどに、物心がついた時から自分を騙し続けた。
その努力の甲斐あって、男は皆が理想とする長としての姿を自らに作った。
もはや使命を果たすことに迷いはない。しかしこうも思う。
この呪いのような宿命を、次に受け継ぐべきではない。
ともすれば、祖先の内にこう思った者もいたかもしれないが、男は自分の代でそれを終わらせることを願った。
願って、努力をし続けた。自分を捨てて、生まれてからここまでの時間を全て、祖先の願いを果たすために使ってきた。
──だがそこへ、男の根本を揺るがす事態が起こる。
魔人を斬り裂くことが出来る伝説の剣。正に男の一族が求め続けてきた理想の力。
それを──男よりも遥かに強く、才能に満ちあふれているであろう青年が手に入れてしまったのだ。
──
それは男が生涯で最も強く感じた、負の感情であった。
男はそれを
自分がやるのだ。自分がやるために、ここまでやってきたのだ。自分がやらないのなら、今までの時間は何のために──。
かくして男は、様々な事に気づかない振りをして、勝負を挑むことにした──他でもない、
──翌日。
約束通り、昼頃の決闘を執り行うために、朝にはガイの部屋に決闘の場所を知らせる手紙が届いていた。
場所は隠れ里の裏手にある山。そこにある広場にて、ガイはロランと決闘を行うのだが──
「おお……結構人が集まってるな」
「まあガイはともかく、ロラン隊長の決闘だからな。そりゃあ集まるだろ」
「とはいえ、集まってるのは隊員ばかりのようだね。まあ隠れ里の直ぐ側とはいえ、山の中を指定したというのは、人が集まりすぎないようにするための配慮かな? 町中だと、住人全員が観戦しようと集まるだろうからね」
「なんだ……つまらん。野郎ばかりか。せっかく俺の格好いい姿を女の子たちに見せてやろうと思ったのに……」
『お前……何で受けたのかと思ったらそういうことだったか』
もうひとりのガイの声にガイは頷く。当然だろう。でなきゃなんであんな奴とやりたくもなければやる意味もない決闘をせねばならないのか。
見たところ、集まっているのは魔女が言うように隊員ばかり。隊員の中には女性もいるにはいるが、数は圧倒的に少ない。
ゆえにこの時点でガイの目論見は外れたため、ガイは酷くやる気を無くしていた。
「はぁ……もう帰るか……?」
「いや、帰れないんでない? ここまで来たのに帰ったら総スカン食らうじゃろ」
「ならお前一人で戦え」
「儂、剣! ソード! 一人じゃ戦えない! 分かって言っとるだろ!?」
「チッ……しょうがないな……」
カオスのもっともな言葉にガイが軽く舌打ちし、一応はクーベロ達の輪から外れて前に進み出る。
すると同じタイミングで反対側から人影がやって来た。その相手は当然、
「──やぁ。約束通り、来てくれたんだね」
「ふん。時間を決めたくせに遅いから帰ろうかと思ったがな」
「それは悪いね。少し、準備に手間取ってしまって」
そう。ガイがやる気を無くしかけた理由の一つが、決闘の時間を決めたはずのロランの遅刻だ。
これにはガイ達だけではなく、隊員達も僅かにざわついていた。時間に正確で約束を必ず守る隊長が、遅刻してくるなどおかしいと。
だがそれだけに、何か理由があるのだろうとすぐにざわつきは収まったし、皆の期待通り、ロランはいつもどおりの格好で現れた。
灰色の外套を身に纏い、腰元には一本の長剣がぶら下げられている。鋼の騎士団の隊長としての正装であり、普段から着ている戦闘装束であった。
「ん……あれ?」
「どうした? カオス」
「いや……なんか……いや、まさかな……」
「急に何だ。はっきりしろ」
カオスがうんうんと唸り始めたのを聞いて、ガイが眉根を潜める。そのタイミングを見計らっていたかのように、ロランは声を掛けてきた。
「さて、時間も惜しい。早速始めようか」
「……そうだな。さっさと終わらせてやる」
「…………」
決闘を始めようというロランの言葉。それに頷き、まだ何か考え込んでいるカオスを構えるガイ。その軽く見た発言に、周囲から声が漏れた。
「あの新入り、ロラン隊長相手にさっさと終わらせるとか言ってるぜ」
「馬鹿だよなぁ。ロラン隊長に勝てるわけねーっつうのに」
「隊長は百戦錬磨。いついかなる時も王道で、正面から相手を倒してきた正真正銘の騎士だぞ。あんな奴が相手になるわけがない」
「逃げても誰も笑わなかっただろうになぁ。……ま、そういう意味では度胸はあるみたいだ」
決闘の結果を予想するようなやり取り。しかしそれらはすべて、ロランの勝ちに賭けられていた。
それらの話を聞いてクーベロも苦い顔をする。同じ隊に所属する者として隊長は確かに慕っているし、恩もある。
だがガイと最も親しいクーベロとしては、不安でしょうがなかった。
「……副隊長。ガイの奴、昨日からすごく自信満々ですけど、もしかして物凄く強かったり?」
「──おや、よく分かってるじゃないか」
「──へ?」
クーベロが間の抜けた顔を晒す。
その問いかけは半ば冗談、そうあってくれという希望の発言であったのだ。
しかしそれを同意で返され、クーベロはまさか、と言葉を無くす。
そして同じタイミングで決闘は始まった。
「それじゃあ行くよ。合図は必要ないね? ルールも──」
「──ああ、分かってる。どっからでも掛かってこい」
「それじゃあ、遠慮なく──ッ!」
そして直後の激突は、並のレベルでは視認できないほどの速度で行われた。
歴戦の隊員達でも目で追うのがやっと。それだけに、決闘は一瞬で終わるのだと誰もが幻視した。
次の瞬間にはガイが倒れている。そう思った。
だがそれは、連続する鋼の音と両者の動きによって否定された。
「…………えっ?」
それは誰の声だったのか。あるいは複数で呟かれる短い音。
だが、誰もがその光景に驚愕していたのは間違いない。
「お、おい……見ろよ、あれ……」
「ろ、ロラン隊長が、斬り合ってる……?」
「互角に……あの新入りと……」
「新入りが、ロラン隊長の攻めを捌ききってるのか……?」
信じられない光景だった。
彼らの隊長であるロランという人物は、一言で言うなら──完璧な戦士。
おそらく人類では最強。人間という括りで彼に敵う戦士はいない。
どんな魔物相手でも剣一本で修羅場をも潜り抜けてきたロランは、誰もが憧れ、最強だと認める理想の戦士なのだ。
だがそのロランと、新人であるガイが互角に戦っている。
否──それどころか、ロランが攻めあぐねているようにも見える。
隊員達の技量では正確なところは分からない。
しかし、どちらが優勢かどうかくらいはわかる。
そして眼の前で行われている戦闘は──明らかに、ロランが苦しそうにしているため劣勢で、ガイの方が余裕を持っており、どう見ても優勢だった。
「「「「あいつ、めちゃくちゃ強ぇじゃねぇか……!?」」」」
意図せずして揃った声で隊員達が言う。
クーベロも同様にぎょっと表情を歪め、
「ガイの奴……実力を隠してやがったのか……!」
「ふふ……まあ、何か理由があるのだろうね。隠していたとはいえ、あの強さは尋常ではない」
未来視の魔女の意味深めいた表情と言葉に、クーベロは複雑になりながらも僅かに期待する。
「おお、ならやっぱガイが勝つのか……!?」
「結果はそうなる可能性が高いだろうね」
ただ、と未来視の魔女は小さな声でこう続けた。視線を反対の方にも向け、
「──実力を隠しているのは、
始まった決闘。隊員達が遠巻きに円を作りながら見守る即席の決闘場で、ガイは剣を振るいながら鼻を鳴らした。
「ふん、なんだその程度か」
「……その程度とは言ってくれるね。これでも、結構やる方なんだけど……」
「俺にしてみればそこらの奴と変わらん」
言ってカオスを袈裟に振るえば、ロランは苦悶の表情で辛うじて防御し、背後に仰け反る。
戦いは終始、ガイの優勢であり、ロランは辛うじて戦闘を継続させているに過ぎなかった。
だからこそ、ガイは思ったより弱かったことにつまらなそうに目を細め、周囲の隊員達も不安となる。だが、ガイの左手に握られたカオスだけが、ただただロランを難しい表情で注視しており、
「やっぱ町中でやればよかったな。態々こんなところまで来て、時間の無駄だ」
「……ははは、そういう訳にはいかないのさ……」
「あ? なんでだ?」
ガイの猛攻にとうとう構える力も無くなったのか、前屈気味の姿勢で腕をだらんと下に降ろしてロランは言う。
俯いた顔の表情は窺うことは出来ない。その声色も、まるで勝負を投げてしまったかのように脱力している。
──だからこそ、ガイも、周囲で見ているクーベロや隊員達も、決闘の終わりを悟った。
ただそれに気づけたのは、違和感を覚え続けていたカオスと、未来視の魔女のみである。そんな場で、ロランの普段より低い声が、ガイの耳に向かって飛ばされた。
「これから見せる戦いを、住人に見せるわけにはいかないからね──」
「……? それはどういう──」
「! 気を抜くな、ガイッ!!」
「何言って──ッ!?」
一瞬の後。カオスの切羽詰まった声にガイは反応し、弛緩しかけていた気を持ち直し、なんとかそれを直前で見抜いた。
──無音で踏み込み、左手に隠し持っていた短剣で背後から首に狙いを定めたロランを、ガイは辛うじて防御したのだ。
「な……なんだ今の!?」
「ロラン隊長がめちゃくちゃ速くなったぞ……!」
「いや、というより今の技は……!?」
その速度は今までの比ではない。そして、その技は明らかに──
「──ああ、
ロランの吐息付きの声がその場に響き渡る。
右手の長剣と左手の短剣を持ったロランは、先程とは打って変わって、不敵な笑みを見せ、気味の悪さすら漂わせている。
「……お前、暗殺者か何かだったのか?」
「いや、そういう訳じゃないよ。ただ……
言って、ロランは左手でガイを指差す。ガイがその行動に疑問を感じていると、
「後ろ、来てるよ」
「は? 何が──って!」
「残念。また外した」
ガイが一瞬、背後に振り向きかけたその瞬間、ロランは手に持っていた短剣をガイに向かって投擲していた。
それに気づいたガイは即座にそれをカオスで弾く。そしてロランの言葉に憤慨した。
「剣の腕だけじゃなく、随分と勘がいいんだね? 殺気は完全に消しているはずなんだけど」
「っ、この闇討ち野郎め……! 汚いぞ!」
「汚い? 面白い事を言うんだね。戦いに汚いことなんて何もないよ。魔物討伐隊なんかに所属してるなら尚更さ。戦いに負ければ死ぬんだから、勝つためには何でもやるのは当然だよね?」
「ろ、ロラン隊長……」
ロランが言いそうにない言葉を次々と耳にする隊員達。彼らが困惑した様子で固唾をのむ中、ガイの得物であるカオスが、
「……まあ、一理あるな」
「おい、どっちの味方だ!? というか、気づいてただろ!? 気づいたなら教えろ!!」
「確証が無かったからのー。手つきや身体の重心が微妙におかしい気がしたんじゃが……いや、明らかに正統派の騎士っぽい優男が、まさかレンジャーとは思わんじゃろ」
「褒め言葉として受け取っておくよ。ちゃんと騙せたってことだからね」
カオスの言葉に礼を言い、外套の前部分を開いて再び戦闘態勢に入ろうとするロラン。
彼の装備。その出で立ちは普段とは違い、数十の短剣を腰元に下げ、鎧ではなく動きやすい身軽な装備で身を包んだ物であった。
「君が実力を隠していることは、君がここに来てすぐに気づいたよ。その身のこなしや言動……僕と同じ、“嘘つき”の匂いがしたからね」
「……ふん、実力を出す必要が無かっただけ──って、おい! さっきから人が喋ってる時に攻撃してくるな!」
ガイが喋っている途中に玉のような何かを投擲してきたロランにガイは声を上げる。それを切り払うと、中から白い煙が吹き出してきた。
「っ……煙幕か!」
「相手の気をそらすのも戦いの基本だよ。もっとも、僕が好きなのは戦いじゃないけどね」
「! ガイ、来るぞ!!」
と、ロランは煙幕の中にゆらりと動いて姿を隠す。カオスの声がガイの耳に届く。
かつて同様の戦闘職についていたカオスにはその動きには理解と知識があった。
そう、ロランの動きは戦士のものではなく──
「僕が行うのも、魔物相手に必要なのも、戦いじゃない。僕が得意なのは戦いではなく、闇に紛れて行う──“殲滅”さ」
「ッ……!」
「暗殺者か……!?」
「最も効率が良いのがそれというだけさ。面倒な戦いは、早く終わらせるに限る」
煙幕により視界が制限される中、短剣の投擲が幾つか、四方八方から行われ、ガイはそれを剣で防御する。するとすぐさま、音もなく踏み込んできたロランの長剣と短剣による二刀流による連撃が来るが、
「っ、おい逃げるな!!」
「嫌だよ。君とまともに斬り合っても勝ち目がないことも分かってる。だから僕は……僕の本来の戦い方で相手をさせてもらうことにしたのさ」
そのための準備に手間取った、とロランは煙幕の中でそう告げる。
「ちっ、面倒だな……」
「気をつけろよ、ガイ。シーフ、盗賊、暗殺者……レンジャーの戦いは何でもありだからな」
「分かっとる!」
カオスの注意を聞きながら、飛来する短剣を剣で払っていく。すると不意に──そのうちの一本が、
「っっっ!?」
「なッ……爆発した……!?」
ガイがその短剣を剣で防御した瞬間、爆炎がガイを中心に広がった。
代わりに晴れていく煙幕の中で、姿を表したロランは言う。
「言い忘れていたけど、火薬を仕込んでいるものもあってね。これで倒れてくれれば楽だけども……」
「くっ、言う気もなかっただろうが!?」
「……ま、そんな甘くはないか」
爆炎の中から傷を負いながらも戦闘の続行に支障がないガイを見て、特に残念がる訳でもなくロランは呟く。
そのまままっすぐ踏み込んでくるガイに、
「だが煙幕はなくなったな! このままぶちのめしてやる!!」
「──ああ、そうするといいよ」
「っ!」
ロランのまさかの頷く言葉に眉をひそめる間もなく、ガイはその足元のトラップに引っかかりかけて、横に飛び退いた。そこですぐにカオスは反応する。
「煙幕の中で罠を張ったのか……やりおるの」
「察しがいいね、魔剣カオス。ひょっとして、こういう相手と戦った経験でもあるのかい?」
「……そういう訳じゃないわい」
「?」
カオスがロランの何気ない質問に小さく答える。言う必要のないことだった。自分が人間として生きていた頃の話は。
その答えで察することはさすがに出来ず、ロランも頭に疑問符を浮かべたが、その間にガイは再び剣を構えて飛びかかっていた。
だが、飛んでくる短剣に、ガイはそれを躱すことで身を翻す。
「…………」
「おや、今度は躱したね」
「……そうやって躱させることが狙いか」
「と……君の方も察しがいいね。だけど──」
そう言って、ロランはまた別のものを投げた。それは埴輪にも似た小さな爆発物。普通の火薬よりも威力の高いもので、
「ぷちハニーか!!」
「希少品だけど、商会にはそこそこ出回っていてね。重宝しているよ」
「はっ、そんなわかりやすいもん、躱せば──」
「そうさせないために手を加えるのさ──」
ガイの言葉が言い終わる前に先んじて、ロランは左手をガイに向かって投げたぷちハニーに向ける。
そして誰もが驚く言葉と結果を見せた。
「──
「なっ……!? くっ……!」
「隊長、魔法まで使えたのか……!?」
外野の声が響く。ガイは言葉を返す余裕もない。
ぷちハニーを躱そうと試みる前に、その手前で炎の矢がぷちハニーに激突する。
すると結果起きるのは──回避の動作を行う前に手前で爆発することとなる。
白い光がガイの眼の前を照らし、そしてロランの言葉が爆音の中で響いた。
「──魔法が使えないなんて言った覚えもないよ……いや、言ったかもしれないけど……それも嘘さ」
先程よりも大きな爆炎が広がり、ロランや周囲の者達に向かって突風が吹き荒れる。
髪や外套などを風が揺らす中、ロランは淡々と答えた。
「魔法は一般的に躱すことが難しいとされる……だけど、斬り払うことや、何かを先に当てることで防ぐことは容易だ。しかし、魔法の、対象物に向かって飛んでいくという特性は使える」
目標物を敵そのものに設定しないことも、魔法においては重要だ。
相手を狙っただけのものは、動いたり、相手の行動で防がれる。
だがその手前の地面や、相手や相手より少しズレた直線状に位置する物に向かって魔法を放つことで、回避を僅かに難しくすることは出来るし、こういう風に使うことも出来る。
「何も馬鹿正直に戦う必要はない。相手が自分より勝っているというなら、それなりの戦い方がある。搦め手や罠、奇襲に騙し討ち、嘘をついたり、駆け引きを行うことも重要だ。人間には手段を選んでる余裕はないからね」
そう。魔物は基本的に人間より強い。
そんな中で冒険者や魔物討伐隊として生き残っていくには、劣った状態で相手に勝利するには、真っ白のままでは難しいのだ。
「騎士のようにまっすぐ戦って勝てるのは、選ばれた人間だけで……生憎と、僕はそうじゃない。だが、だからといって諦める訳じゃない。劣っていても、やりようは──」
「──
「!」
「ガイ……!」
ロランの言葉に割り込んできた声にロランは僅かに目を見開き、外野のクーベロはその名を呼ぶ。
爆炎が晴れる中、そこに立っていたのは、静かな表情でバリアを張っているガイの姿だった。
「……そう。よく分かっているじゃないか。良い薫陶を受けてきたようだね?」
「ふん、そうかもな」
首を鳴らしながら、ガイが真面目な表情でロランに視線を集中させる。
ぷちハニーの爆発をあっさりと凌いでみせたガイのバリア。
それはガイの魔法が、魔力が、並のものではない証拠であった。
「ガイの奴もやべぇけど、ロラン隊長もヤバいな……あんな技、一体どこで──」
幼少期からこの里で騎士として剣を振るっていたというロランの戦闘とはとても思えない。かの一族は皆、同様に正統派な剣術の使い手だからだ。
だがそんなクーベロの疑問の声に、隣りにいた未来視の魔女はこう呟くことで答えた。
「──十年近く前、まだ先代が鋼の騎士団とこの里を治めていた頃、その子供は一度、里から逃げ出したのさ」
「へ? いきなり何を……つか、逃げ出したって……」
「課せられた使命に責任……それを為すための厳しい教育、他人の期待……その全てが嫌になったんだろうねぇ。まだ里に名もそれほど知られていなかった彼は、別の土地に逃げ、そこで己の本来の才能を見せ、好き勝手振る舞っていた」
未来視の魔女が言うその彼というものは、どう考えても眼の前のそれだ。
それをクーベロは理解しながらもじっと聞く。複雑なものを感じながら、
「結局は魔物相手に戦って生計を立てることになっていたし、戻ってきたけど、その間に彼の名は別の土地で酷く有名になっていてね。魔軍の一部隊、二百名余りをたった一人で壊滅させて、ついた異名が──“殲滅”のロラン。同業者からは嫉妬を買って何度も襲われたが、それを予想して待ち受けていたかのように返り討ちにし、“闇討ち”のロランとも呼ばれていた。闇討ちしたのは、彼に嫉妬したたちの悪い同業者の方だけど、その渾名も間違ってはいない」
「……隊長に、そんな過去が……」
「ふふ、人に歴史あり。一見そうは見えないような相手でも、驚くような過去が隠されているものさ。君もそうだろう、クーベロ? ──古傷は癒えたのかい?」
「────っ」
「ふふふ、まあそういうことさ。私や君も、そしてガイも、面白い過去を持っているのさ。隊長だって、腹に一物抱えていてもおかしくはない。人類としては破格と言える強さだ。何の理由もない、という方が不自然だろう?」
怯み、言葉を無くしたクーベロを尻目に、魔女はくすくすと笑いながら語る。
──だが、それでもなお、
「──ガイには届かない。幾ら破格の強さのロラン隊長とはいえ……“規格外”の彼相手に、勝ち目はないのさ」
人類最強としては珍しいレンジャー職。ロラン隊長。技能的には、剣だけじゃなくて短剣や投擲、シーフや盗賊などを持ってます。ただ、これでも闘将の方が強いのよね……。
というわけで次回はガイ君の反撃と決着で。