決闘の翌日。
ロランに勝利し、名実ともに魔剣カオスの所有者となったガイは、早速未来視の魔女Cの提案を受け入れ、魔女の案内のもと、クーベロを連れて隠れ里から出立していた。
まるで逃げるかのように早い出発だが、それは間違っていない。というのも──
『おお、新入り……いや、ガイ! 昨日はよく眠れたか!?』
『魔人を倒せる魔剣の所有者になったんだよな! 頑張って魔人を倒してくれよ! これはサービスだ!』
『いらっしゃい、ガイさん! 魔人を倒すために旅をするんだろ? 隊長から聞いてる。店の商品なら幾らでも持っていってくれ!』
『隊長以上の強さを持つあんたが魔剣を持ち、魔人を倒してくれるってんだから、未来は明るいな!』
その日の朝。自室から出ていつものように酒場で朝食を摂りに行ったり、商店で無くなった物資を補給しようとすると、あり得ない頻度で話しかけられる。
昨日までは、注目されてはいたが、皆遠巻きにひそひそと噂をするのみで話しかけてはこなかったし、その前まではガイの目立たないように実力を隠す方策が良かったのか、注目されることもなかった。
ロランを倒し、魔剣の所有者となっただけで、この騒がれぶり。最初はガイも気分が良かったが、
『……疲れる』
『疲れるな……』
表の人格となっている比較的悪いガイも、今は裏となっている良いガイも、同じ意見だ。
人に騒がれ、人にもみくちゃにされて、無責任な期待を受ける。そのテンションも高く、正直疲れるのだ。
どちらの人格も、根本的にぼっちというか、あまり大勢でわいわいするのが好きなタイプではない。悪い方は、まだ大丈夫な方だが、好き勝手振る舞うことを止めなければいけない上、実はそれほどやる気のない魔人討伐の戦士に担がれているのを感じて、どうにも居心地が悪かったのだ。
魔剣を手に入れたから魔人を倒す──事はそう単純なものではないというのに。
だが隊員達はともかく、住人は魔人の強さなど知らない。隊員ですら、自分達より遥かに強く、魔剣があるのなら倒せるだろうという期待を掛けてきている。
それを現実的に見ているのは、隊長や隊員のごく一部。魔人の恐ろしさを知る者達だ。
そしてその、昨日決闘で倒したばかりの隊長からも、魔女の提案で訪ねた際に言葉を掛けられた。
『ははは、随分な人気者ぶりだね。昨日までとは大違いだ』
昨日、ガイがあれだけボコボコにしてやったというのに、その当人であるロラン隊長は五体満足のまま、既に里の長としての仕事をこなしていた。
同行していたクーベロが不安そうに、『身体の傷は大丈夫なんすか?』と聞くと、
『いや、本調子ではないよ。戦うのは無理さ。だけど、動くことくらいは出来るからね』
これも治癒魔法を掛けてくれた者たちのおかげかな、と笑いながら言うが、そんな訳がない。
神魔法に分類されるヒーリングなどの回復魔法は、身体の傷は治せても、体力までは回復しない。
瀕死の重傷ともなれば普通、常人であれば丸一日どころか、数日は寝込んでいてもしょうがないし、万全に戻すまではそれなりの時間が必要となる。
だがロランは見たところ、確かに万全ではないだろうが、それでも動くことももう支障はないように見える。意志が強いのもあるだろうが、やはり一流の戦士ともなると回復力も高いのだろう。
相変わらずムカつく爽やかな笑顔を向けてくるロランにイラッとしたのもつかの間、ガイは彼と魔女からの提案を受けた。
『話は聞いたよ。魔法の修行の為に魔女の故郷に向かうんだろう? 物資が集まっているなら早速出発するといい。ここにいても、僕のようにチヤホヤされてまともに動けないだろうからね』
『私の故郷までは半日……いや、このメンバーでならもっと早く着くことも出来るだろう。早速行こうか』
そう言われ、ガイはやむを得ず、その日の内に里から出発することにした。
魔法の訓練など、それほどやりたくはないが、里にいるのも居心地が悪い。だから表のガイは名案を思いついていた。
『……おい、お前喜べ! 魔女の故郷とやらについたら人格を交代してやる! 良かったな! ふはははは!』
『……お前……魔法の修行がやりたくないだけだろう……』
『いや、俺は優しいからな! そろそろ代わってやろうと思っただけだ!』
もうひとりのガイの呆れる声を聞きながらもほくそ笑む。なんと言おうが人格を交代してしまえば、自分は魔法の修行をやらずに楽が出来る。
一度覚えてしまいさえすれば、こちらも同様に魔法が使えるようになるため、とても楽だ。
練習とか特訓、修行が嫌いなガイは、そういうことが好きであろうもうひとりのガイに代わることを方針とし、上機嫌に魔女の故郷へと向かっていった。
「……まだ着かないのか?」
「もうすぐだとも」
深い深い森の中。
草木が生い茂る緑林の一帯を、一行は進み続けていた。
先頭を行くのは案内役の未来視の魔女、当然だが、先頭が魔法使いというのも陣形的によろしくないため、一応ガイやクーベロもそれほど距離を置かずに隊列を組んで進んでいる。
しかしそれを気にする必要がないくらい──彼らは強かった。
「ここまでかなりのハイペースで進んでいるからね。さすが選ばれた人員なだけはある。鋼の騎士団の精鋭とて、ここまでのペースで魔物を倒しながら進むことは出来ないだろう」
「俺は強いからな。当然だ」
「いや、俺は滅茶苦茶きついんだけどな!?」
と、声を上げたのはクーベロだった。
彼は巨大な大剣を手に持ち、前衛の盾役として扱われながらも、息を乱し、何とかついていっている有様であった。
「隊長に勝ったガイはそりゃそうだろうけどよ……副隊長も化け物だし、俺だけ一般人じゃねぇか……」
「ふふふ、そんなことはないとも。君は十分強い。かつてあった人間の国、軍であれば一軍の将軍級の強さだ」
「まー、儂の目から見ても、ガイと魔女の二人がむちゃくちゃに強いだけで、よくやってると思うけどねん」
「そいつはどうも……」
二人から褒められたが、あまり嬉しくなさそうに肩を落としながら息を吐くクーベロ。
実際、クーベロの実力は人間としてはかなり上位に位置するであろう強さなのだが、如何せん、他二人が化け物過ぎた。
魔剣の所持者で、規格外の強さを持つガイや、未来視の魔女として得体の知れない強さを持つC。そして、クーベロやガイは知る由もないが、かつては伝説のシーフとして名を馳せた、魔剣カオス。
彼らが人間やめているだけで、クーベロは強かった。人間基準で。
自慢の怪力もそこそこに役立っている。魔物を一撃で屠れるのは他の二人も同じなため、貢献度は普通ではあるが、
「はぁ……せめてまともなレンジャーがいればな……変なトラップを食らうこともないんだが」
「外界を旅する魔物討伐隊や冒険者にとって、レンジャー職の有無は命に直結するからのー。強すぎてゴリ押し出来るから死んでないだけで、普通ならこんな強行軍は速攻であの世行きよ」
「隊長がいれば楽だったでしょうね。見たとおり、彼は人類最高峰のレンジャーの一人ですからね」
「そうなったら余計に肩身が狭いな……ま、安全なだけマシだろうけど……」
「いいから歩け。歩き続けて疲れてきた。こうなったらさっさと着いて休むぞ」
「その割には平気そうじゃなぁ……」
持ち主が強いことに越したことはないか、とカオスの方はガイの常識外な強さを内心では歓迎していた。性格がいまいち掴みきれないが、その程度は問題とならないだろうと。
ガイは森を行くこと自体はそれほど嫌いじゃない。というか、昔住んでいたカラーの森を思い出すため、実は意外と落ち着くのだが、それでも何時間と森を進むことになれば、さすがにうんざりしてくる。
ズカズカとガイが苛つきを見せつけるかのように前を行き始めた時──しかし違和感があってガイは足を止めた。
「あ?」
「んん?」
「急にどうしたんだ? 立ち止まって。早く到着するんじゃ……」
ガイとカオスが揃って声を上げる。疑問符を頭に浮かべた表情でその場に立ち止まった彼らをクーベロは半目で見たが、魔女はニヤリと笑みを浮かばせた。
「どうやら着いたね。その“結界”は、里の入口である証だよ」
「結界……? よう分からんが、この先には進んじゃいけないような……」
ガイが自分の判断を不可解に思いながらも口に出す。だがそれに構わず魔女は進み出た。
「それが“結界”の効果さ。私の里には、人や魔物が近寄らないように、人払いと魔除けの結界を張っている。これを解除しないと、里に入ることを無意識に避けてしまうのさ」
そう言って、Cはガイが立ち止まった位置に並び、軽く手を掲げて何かを口ずさむ。
すると、何かが割れるような音が響き、
「──さあ、これで通れる。里は目と鼻の先だよ」
「ん? おお、さっきまでの違和感が消えた! 進むぞ!」
頭がすっきりしたのか、再び活力を取り戻してガイは進み、その後ろを魔女とクーベロも続いていく。
そして数分歩いた先。そこには、
「おお……!」
「ここが……」
「な、なんかすげぇな……」
ガイ、カオス、クーベロと、三者が思わず声を漏らす。
森を抜け、結界を抜けた先にあったのは、幾つかの家や建物が立ち並び、水路や畑などがあるきちんとした隠れ里であった。
だが一番に驚いたのは、その里を行き交う者たちの姿が、皆ローブを身に着けた魔法使いらしき者たちであること。
頭まで隠すことの出来る様々な色のローブを身に着け、杖や水晶玉、指輪などの魔法の媒体となるものを身に着けており、小さな子供であっても、それは例外ではない。
ただ比較的、若い者が多いことが気になったが、大人もきちんといるようで、彼らは畑仕事や何かの作業を行ったり、子供に魔法を教えていたりしていた。
それらの光景に驚く、一行の前に立ち、Cは言う。
「──ようこそ、と言うべきかな。歓迎するよ。ここが我が故郷であり、私が長を務める──“魔法の隠れ里”さ」
まずは私の屋敷に案内しよう──そう言うCに連れられて、ガイ達は魔法の隠れ里に足を踏み入れた。
「お帰りなさいませ。C様」
「ああ、ただいま。早速だが、食事を用意してくれ。客人がお疲れのようでね」
「畏まりました。では、こちらへどうぞ」
Cに案内され、里で一番奥にある大きな屋敷に迎えられたガイ達は、そこにいた魔法使いの少女に客間へと案内された。
そこでようやく一息。半日の強行軍を終えた彼らはどっかりと椅子に座り込む。
「はぁ~~~、やっと休める……いつもの倍は疲れたぜ……」
「軟弱だな。俺は全然疲れてない」
「いや、お前さっきは自分で疲れてたって言ってたじゃねぇか……」
「覚えてないな」
ガイの言葉にクーベロが軽く肩を竦めて呆れるが、それよりも身体を休めたかったのだろう。ツッコミの言葉はそこで途切れる。
代わりに聞こえた声と、その場に姿を現した者たちに、彼らは目を向けた。
「おきゃくさま、お茶をお持ちしました」
「お持ちしましたー!」
「ああ?」
そうやってお茶の乗せたトレイを持ってきたのは、まだ小さな子供であった。
やはりローブを身に着けた、短めで、軽い癖のついた金髪の少女達。
彼女達の姿を見て、ガイは軽く訝しむ。
「なんだ、お前のガキか?」
「いやいや、違うじゃろ。髪の色も違うし、あまり似てな──」
「──そのとおり。彼女達は私の娘たちさ」
「って、娘なんかーい!!」
ガイの言葉を冗談と受け取って否定しようとしたカオスだが、当人から娘と言われてツッコミを入れる。
だが、Cはその反応に愉快そうに口端を上げると、トレイをテーブルに乗せ終えた二人の少女を見て、
「まあ、正確には養子だね。本当の子供は別にいるから」
「なんじゃ……驚かせるなよ……」
「つーか副隊長、子供いたんすね……」
養子、と言われてほっと息をつくカオス。
カオスとしては、先祖である魔女を見たことがあるため、顔立ちや髪の色から実の子供じゃないだろうと否定したのだが、やはりそうだったらしい。
だが魔女の意味深めいた笑みは止まらず、
「彼女達は、私の後継者候補さ」
「後継者候補?」
ああ、とガイの反応に頷きを返すCは続けて説明した。
「次のこの里の長──“C”の名を継がせるに足る、里きっての才能ある子供たち。長である私自身が育て、教育することで、次代へ受け継ぐために万全を期しているという訳だよ」
「は? ってことはその名前は……」
「もちろん。私個人を表す名ではない。“C”とはこの里の長の称号。未来視の魔法使いとしての力を受け継いだ長が名乗る名前さ」
「そうだったんすか……」
何気ないカミングアウトを受けて、クーベロが微妙な顔をする。
だがガイは特に何かを思う訳でもなく、興味無さそうにしながらも話題を続けた。
「それじゃ本当の名前はなんて言うんだ?」
「本当の名前か……まあ、あるにはあるけど、特に面白味のない名前だからね。今まで通り、Cとか魔女と呼んでくれて結構だよ」
「ふーん、それじゃあそこのガキ共は?」
興味はないが流れの会話でガイがそう聞くと、Cが答える前に今まで黙っていた子供二人が揃って声を上げた。
「ネーシーです!」
「ラーシー・ジュリエッタ、です」
一人目は元気よく、二人目は大人しい様子で、名前を名乗る。
それは本当にただの子供が、教えられたように行儀よくしようとしている様で、Cのように気味の悪さが一切ないものだった。
だからだろうか、先祖を知るカオスなどは感心するような声を出して、
「は~……なるほどのー。ということは、この子供も、将来はお前さんみたいな得体の知れない感じになるかもしれんってことか」
そう言うと、ほんの僅かに、魔女は眉を動かした。
だが笑みだけはいつもと変わらないまま、少し間を置いて、
「……まあ、長を受け継いだのであればそうなるだろうね」
「ははは、副隊長にも、こういう子供の頃があったんすかね? あまり想像つきませんけど……」
クーベロが冗談めかして言うと、魔女は更に目を細めて言った。
「……ふふふ、これでも昔は、もう少し明るくて朗らかな性格だったんだけどね。もっとも、今はその面影もないだろう? 自分でも、純粋だった子供の頃が思い出せないくらいだ。無理もない」
そうして、Cは二人の少女の頭をローブ越しに撫でると“行きなさい”、と、彼女達を客間から退出させた。
そしてトレイに乗った茶器を自分で手に取りながら、
「まあ、本命の後継者は別にいるからね……あの子達が長を受け継ぐことはないだろう。普通に子供を作って、“未来”の為に繋いでもらうさ」
「……? そうか」
カオスがその魔女の言葉に僅かに違和感を覚えるが、答えが分からず、気の所為とも思える程度のものであったため、特に指摘せずに頷く。
実際、魔女の言葉は大事なことだった。人間の未来の為に、自分達は魔人を倒そうしているのだから。
魔女も得体は知れないが、人間の為に戦っていることには変わらないだろう、と微妙に怪しく思っていた魔女への評価を軽く見直す。もうひとりのガイやカオスにとって、そういった人間らしい行いは信用に値するものだ。
「私のことはいいだろう。それより、ガイ。君にはこれから、強くなってもらうためにある物を見せてあげようと思うのだが──食事が出来るまで、詳細を口にしてもいいかね?」
「む……まあ、いいぞ。話してみろ」
Cの前置きに少し考えた末に頷くガイ。だが内心では、
『おい、ちゃんと聞いてろよ。実際にやるのはお前だからな』
『この……!』
ふざけたことを、ともうひとりのガイは完全にこちらにやらせるつもりのガイに憤りの感情を強める。
確かに新たな技術の獲得──強くなるために新たな魔法を覚えるというのは魔人をこれから相手にする可能性があるのだから道理だし、魔法を覚えるのは嫌いでもない。そういった特訓とか練習などは、真面目なもうひとりのガイにとってはそこまで苦にならないものだ。
だが押し付ける気満々というのも、それはそれでムカつく。それでやらざるを得ないというのも癪だ。
叶うならば、その魔法の試し打ちをガイ相手にしたいところなのだが、それは叶わないだろうと諦めの息をつく。
しかし身体の主導権は久し振りに取り戻せそうなため、それを報酬だと思って頑張ることにしようと、もうひとりのガイは話に集中しようと意識を魔女に向ける。
するとちょうど、魔女は話始めた。
「ガイ。君は既に、最上級の攻撃魔法を覚えているし、本来であれば戦闘用の魔法について教えることはない。ちょっとした便利な魔法や、補助的な魔法などはまだ詰め込む余地はあるが、その程度を今更覚えたところで、魔人との戦いには役に立たないだろう」
「は? それじゃあ何をやるんだ?」
「攻撃魔法も、一般に伝わっている魔法で黒色破壊光線よりも威力の高い魔法は殆どない。それに、多少攻撃性能が高い魔法とはいえ、魔人にとっては五十歩百歩。それほど変わりないものだ。まあ、君の魔力ならそれなりに効くだろうが、攻撃手段の一つでしかないな」
「……じゃあなんだ。魔力でも高めろってか?」
似たようなことではあるね、と、Cは頷きながらもそうじゃないと言う。
「普通の魔法では力不足……なら、普通じゃない魔法を習得すればいいのさ」
ガイならそれが出来る。そう確信を持った不敵な表情でCは告げた。
「この里には、ちょっと危険な書庫があってね。危険過ぎるから普段は封印しているが、そこには封印するに足るだけの、危険な魔導書の数々が眠っている。どれもこれもが、少し見ただけで精神をやられかねないようなもの──“禁呪”と呼ばれるものが載った“禁書”とも言うべき魔導書達さ」
「禁呪って……めちゃくちゃヤバそうだな……」
クーベロが純粋な感想を述べる。喉をごくりと鳴らし、その禁呪とやらを想像し、恐れた。
「ガイには、そこに赴き、禁呪を習得してもらおうと思っている。持ち出すことが出来れば、そのまま持っていくのもありだね」
「持っていくのもありだね──じゃない! どう考えても危ないだろうが!!」
精神をやられるような禁呪など、冗談じゃない──もうひとりのガイも、その危険性に内心から苦言を呈する。
だが魔女はその上で更に笑みを深めて言った。赤い瞳を輝かせて、ズルい言葉を、
「未来を見たから言うけど、ガイなら大丈夫さ。君は禁呪を問題なく習得出来るだけの才能がある。それこそ、私などとは比べ物にならないほどの、世界一の魔法の才能がね」
「本当なのか……?」
「胡散臭いんだが……」
カオスが訝しげに、ガイも嫌そうに眉をひそめる。
未来視の魔女の真骨頂である未来視。その凄さを、カオスは知っているだけに、問題ないのかもしれないと思っているが、ガイの方は単純に危険で面倒で嫌そうだった。
しかし不意に、ガイはもうひとりのガイがそれをやることを思い出し、
……なら別にいいか。
と、内心から来る激しい抗議を無視して、そうすることにした。
ただまあ、一応は釘を刺しておこうと、
「……本気で危なかったらやめるからな」
「ああ、それで構わない。私も、君に純粋に強くなってほしいから提案してるのさ。習得出来無さそうな気配を感じたら、そこでやめてもらって構わないし、必ず助けると誓おう」
誓おう──と言いながらも、魔女はガイが禁呪を習得し、問題なく使えることを確信しているようなので、その誓いは胡散臭いことこの上なかった。
そう言えばガイが納得するだろうというだけの言葉である。約束をそもそも結んですらいない。
だが魔女の胡散臭さは今更。ここまで来た以上、手ぶらで帰るのは時間を無駄にしたみたいでムカつく。
ちょっとやってみて、無理だったら腹いせに女でも犯して帰ろうと、ガイは心に決めた瞬間──
「──C様!」
「──おや、どうかしたかね?」
不意に、客間に最初に出迎えてくれた少女が慌てた様子で飛び込んでくる。
それをまるで予測していたかのようにCが慌てることもなく尋ねた。
すると少女は外を指して、汗を額に滲み出させながらこう言った。
「里に、侵入者が……!」
「へぇ……」
少女の慌てぶりとは対照的に、Cは落ち着いた様子で頷いた。
他の面子はその報告に疑問を感じたようで、
「侵入者? この里には結界があるんじゃなかったか?」
「もしかして、それを破ってきたのか……だとしたらそれなりの使い手の可能性もある」
クーベロとカオスが冷静な様子で分析する。
クーベロは軽く腰を上げており、カオスも眉を立てて、いざとなれば相手をすると態度で示していた。
「ふふふ……二人共、心配することはない」
しかし、魔女は笑みを携えたまま、二人を窘めた。
どういうことだ、と言外に視線を向ける二人に対し、魔女は笑みのままお茶を一口飲み、
「──結界を張り直すのを忘れていただけだ」
「何やってんの!?」
「お茶飲んでる場合じゃないだろ!?」
声を揃えて落ち着いた様子の魔女にツッコミを入れるカオスにクーベロ。
だが、侵入者が入ってきてしまった原因は真っ先に判明し、微妙に騒がしくなる里の中で、魔女は窓の外を見ると、
「それよりほら──もう来てるよ」
「──はい。
「っ!?」
その声は、窓の外から聞こえた。
屋敷の隣にある一軒家。その屋根の上に立ち、声を送ってきているのは、二つの人影と三つの存在だ。
そしてそれを目にし、耳にした瞬間、ガイは立ち上がり、驚愕する。
その姿は見たことがあったからだ。
「……! お前、まさか──」
「……久し振りですね──カオス」
そして同様に、カオスも懐かしい気配を感じてぎょっと表情を歪める。
想像通りの声と、こちらの名を呼ぶことに確信を得ながら、しかしカオスはガイのそれ以上の驚きに目を見張った。
「お前、は……」
「ふふふ……こちらもお久しぶりです、ガイ」
大きくなりましたね、と微笑んで言うのは、和装姿の少女だった。
白い髪を二つ結びにし、僅かに光を帯びた刀を持っているのは、ガイにとっては思い出深い相手だ。
その傍らで苦笑して会釈してくる桃色の髪の少女や、その肩に乗る小さな猿も、懐かしい。
彼女の名を、ガイは知っている。かつて、友人となった少女の名を、忘れるはずもない。
震える声でガイはその名を呼んだ。
「……白、兎……?」
「──はい。白兎です」
名前を呼ぶと、はい、と頷かれた。
昔と変わらない姿のままでそこにいる少女に、二人の人格の精神が揺れ動く中、その気配を感じ取った者もいた。
カオスだ。彼は、その異質な気配を正確に感じ取り、ガイに声を送る。
「! おい、ガイ! その少女──ヤバい気配がするぞ!」
「……何がだ?」
ヤバい気配というのが何なのか分からず、ガイは聞き返す。
するとカオスは自分の魔剣としての勘に従って答えた。僅かだが、その気配は間違えるはずもない──
「──魔人の気配がする」
「……は?」
間の抜けた声でその告げられた言葉に、何を馬鹿な、と言った風に見返す。
だが、そのやり取りを見て、他ならぬ相手から声が飛んだ。
「おや、さすがですね。魔剣カオス。確かに私は、魔人じゃありませんけど、魔人の血が入ってますから」
「っ……なら使徒か!?」
いいえ、と白兎は首を振り、昔馴染みのガイですら初めて知る真実を告げた。
「私は──
「────」
「なっ……!?」
「そ、そんなのありかよ……!?」
「ふふふ……」
白兎から告げられた衝撃の真実に、絶句するガイやカオス、クーベロといった一同。
魔女だけが笑っていたが、それを無視し、白兎は手元の刀──カオスにとって縁のあるそれを携えながら、用件を口にした。
「まあそれと関係あるかは微妙なところですが……今日は、個人的に、ガイと戦いに来ました」
「……戦いに……だと?」
「ええ、私と仕合いましょう──ガイ」
「っ……!!」
行きますよ、と前置きに値する言葉を放ち、白兎は襲いかかってきた。
次回は久し振りの再会と戦いです。禁呪もぼちぼち。ガイ編も終わりが近づいてきてますねぇ……実力的な意味でも、別の意味でも人間を止める日も近い。