※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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友人と仲間の再会

 その空間は、この世ではない場所だった。

 赤黒い空とただ広いだけの平面の大地。そこは次元の狭間に作られた異空間だ。

 異界と称することも出来るその場所は、たった一つの用途のために、魔法に長ける彼女が作ったもの。

 人目も気にせず、環境を破壊せず、周囲に気を配らなくていい──戦場であった。

 

「──今日はここまでにしておくか」

 

「っ……そう、だね……!」

 

 その戦場にいるのはたった二人。

 一人は、この異空間を作った始祖のカラー。伝説の魔法使いであり、最強の魔人の使徒である黒髪の元カラー。真の姿である竜の特徴を解放しているハンティ。

 そしてもうひとりはその主。最強の魔人にして世界最強の剣士であるその男、魔人レオンハルト。

 彼は今しがた、己の力を抑え込み、魔剣を空間の鞘に収納したところで、今日の模擬戦の終了を告げた。

 息を乱し、地面に膝を突いているハンティは、その模擬戦によって全力を出し、満足するまで暴れ回ったところである。

 故に彼女の表情は、笑みと、主の力の凄まじさによる苦さがないまぜになった苦笑。額に汗を垂らしながらも、ハンティは笑みを絶やさなかった。

 

「相変わらず、凄まじいね……」

 

「…………」

 

 対するレオンハルトの方は、無傷でそこに立っている。

 ハンティが彼の使徒になってから続いている模擬戦。今日もまたハンティの敗北記録を更新したところで終わった。

 だがレオンハルトの方は、ハンティの茶化すような本音とも取れる称賛の言葉を耳にしても、険しい表情のままであった。

 魔剣を持っていた右手を見た後、その手で己の顔を隠すように押さえると、

 

「────()()()()()

 

「!」

 

 レオンハルトは、指の隙間からその鋭い目を更に細め、赤い目を更に轟々と輝かせて言った。

 足りない。しかしそれは、ハンティを見たものでは、ハンティを評したものではない。

 それは、自分の力を評したものであった。

 

「この程度では足りない。この程度では──まだ、弱い」

 

 弱い、と。

 そう聞こえた自分の耳を、ハンティは疑ってしまい、同時に変な笑いがこみ上げてきそうになる。

 それは真面目に言っているのか。冗談にしか聞こえない。

 最強の魔人が。世界でも上から数えた方が早い、地上で1、2を争える実力者が、自分のことを弱いと言う──これが冗談でないとしたらなんなのだ。

 だがこの男は至って真面目だ。長い付き合いのハンティには、それが理解る。

 だからこそ、ハンティはそのまま口にした。純粋なその言葉の感想を、

 

「……あんたが弱い? 冗談も程々にしときなよ。魔王どころか、神でも殺す気?」

 

 冗談めかして言ってみると、レオンハルトは押さえていた手をどけ、口元に笑みを漏らした。鼻を鳴らすような笑みで、

 

「ふっ、それも悪くないな」

 

「……まったく、あんたって奴は……」

 

 今度こそ、ハンティは呆れの半目をレオンハルトに向ける。

 どこまで本気と思っていいか分からないのだ。

 普通なら、馬鹿なことを、と失笑するものだが、この男ならやりかねないため、笑うに笑えない。

 色んな意味で規格外の存在。自分の主はそういう奴だ。

 妙に常人ぶる時があるが、その考え、思考は常人とは一線を画していることに間違いない。

 故に続く言葉も、彼にとっては全て真面目で、自分にとっては道理のある言葉なのだ。

 

「俺はまだ、強くなる余地がある。限界を迎えていない」

 

「……だからこそ、弱いって?」

 

「ああ。その余地を埋めることすら出来ていないのなら、俺はまだまだ弱い」

 

 何故なら、とレオンハルトは至って真面目で、不敵な表情で告げる。

 

「俺が求めるのは、限界を超えたその先。極限の境地だ。俺の求める理想は未だ遠く、この程度では実現すら危ぶまれるもの。なら──」

 

 なら、と間を置いて彼は言う。

 

「地上を征する()()の力を持たずして、どうする?」

 

「……いや、まあ……」

 

 理屈は分からなくもない、というニュアンスの表情で、ハンティは頭を掻いた。

 地上で最強の存在になることを通過点と考えている辺り、自分の主は頭がイカれてる。

 目標が高いという次元じゃない。目標が突き抜けている。

 誰もが畏怖し、羨むような力と実績を持ちながら、未だ上を見ている。

 そりゃ多くの化け物と呼ばれる連中が敵わない訳だ。人外の連中が持つ、自分の実力を信じるが故の慢心。“停滞”といったものが、この男には存在しない。

 それは鍛えることを知った獅子のようだ。停滞せずに成長を求める。ある意味で、人間らしいとも言える。

 他の魔人は、良くも悪くも己というものが強固であり、その器から逸脱することはない。

 他者の考えを寄せ付けず、思うがままに生きる、この世の勝者の思考。王の思考だ。

 レオンハルトも、それは変わらない。変わらないが、彼の怖いところはこれだけ強くありながら、他者と協調し、秩序を重んじることが出来る──傲慢に振る舞いすぎないことだ。

 それは理想が高いことと無関係ではないだろう。現状に満足しているのであれば、それは停滞を引き起こし、思考も止まる。

 彼が自分の力だけで無理やり解決するようなことはせず、慎重な立ち回りを常に行っているのは、彼の性根もそうだが、上を見続けているからだ。

 そして同時に、下の事も考えている。それは二つの意味で、

 

「……それはいいんだけどさ。肝心の人間とやらの計画は進んでる? なんか戦う気みたいだけど、ぶっちゃけ戦うなら強くなりすぎない方が、趣味的には愉しめるんじゃない?」

 

 ハンティは前にレオンハルトから聞いた話の進捗を問いかけてみる。

 レオンハルトは常日頃から魔物界を──世界を魔軍参謀として采配しているが、そこには魔物と人間の営みを円滑に回すこと以外に、個人的な計画が存在する。

 それは先程挙げた目標にも関係することだろうが、本当に個人的な趣味や趣向として、物事を進めることもあるのだ。

 故に個人的に人間や誰かを助けることもあるし、また誰かと戦おうともする。そういう意味で、好き勝手はしているため、魔人らしいといえば魔人らしい。

 単純に暴虐な行いをするものではない辺りが、ハンティや他の周囲の者たちからしても好ましい部分だが、戦いに関して言えば、常人には理解出来ない部分も確かに存在する。

 彼は王でありながら、一剣士でもあるのだ。

 だからこそ、戦闘を愉しむために、見どころのある人間を付け回すのはともかく、あまり強くなりすぎるとつまらない結果に終わるのではないかと危惧してみた。

 だがレオンハルトは、そのハンティの問いに笑みを深め、

 

「……ふふ、そうとは限らない。ともすれば、俺の二千年の研鑽を、一瞬で埋めてくる可能性だって有り得る」

 

「……またトンチキなことを……」

 

「それほど見どころがあるということだ。それに──もしそうなったとしたら心が躍るだろう?」

 

「それは……そうだけどね」

 

 ハンティもその言には頷く。趣味的には理解出来るものだ。

 だがそれが実現するかどうかは疑わしい。仮にとんでもない人間が出てきたとしても、ハンティ程度ならともかく、レオンハルトにたかだか二十数年で届き、追い越す可能性などあり得ないと言っていい。

 それこそ、あの藤原石丸でさえ、レオンハルトに劣っていること自体は間違いなかった。

 だが今回はそれ以上の戦いが実現するという。

 だからこそ、ここのところは忙しい合間を縫って訓練に精を出しているのだろう。

 とはいえ、ハンティとしては別の疑いもある。

 そのことを思い、ハンティは眼を細めた。肩をすくめ、

 

「……さっきからたまに怒気を漏らしてるのは、その人間と白兎が友人だったから?」

 

「…………」

 

「あ、また漏れてる」

 

 やっぱり、とハンティは呆れの視線をレオンハルトに送る。

 詳細は大まかには聞いているが、その件の人間とレオンハルトの長女である白兎が、どうやら以前の家出の際に知り合った、友人同士らしい。

 普通なら、友人というだけでレオンハルトもこうはならないのだろうが、それが男であるというだけで、

 

「……く、くく……ああ、そうだな……あの男は、そういう意味でも待ち遠しい……いずれ、()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 口端を歪めて笑うその様子は、並の人間なら卒倒して気絶してしまうほどの怒気だが、怒っている原因が原因なので、ハンティにはそれほど恐ろしくは感じない。

 というか、ただの親馬鹿だからだ。

 

「……はぁ……あんたの娘たちは、結婚どころか、男の友人作るのも難しそうだね……」

 

「──俺より強い奴なら考えなくもない……と言いたいところだが、さすがにそれは厳しいと俺も理解している。だから、俺が認めるに足る男であれば、考えてやる」

 

「それでも無茶苦茶厳しいじゃん……」

 

 やはり、レオンハルトの娘たちは苦労するだろう、とハンティは頭を抱える。

 ここのところ子供も増えてきているが、男兄弟の方はともかく、娘ともなればレオンハルトも厳しい目を向けるだろう。

 そして何より、その相手の男の未来を思い、ハンティは同情してしまうのであった。

 

 

 

 

 

 その戦闘の開始時、ガイは自分の身をゾクリと震わせた。

 眼前、屋根の上から軽く跳躍してくる白兎がいる。その瞳は閉じられているが、見えているのだろう。真っ直ぐにこちらを見据え、刀の鯉口を切ろうとしている。

 己の身を震わせた圧力は白兎のもの。寒気によってガイは、その初撃の予感に窓から身を乗り出し、そのまま魔剣カオスをその手に握った。

 

「──振りますよ?」

 

「っ……!」

 

 白兎が声を送ってきた瞬間。その衝撃は来た。

 

「秘剣──“白光”」

 

「──ッ!!」

 

 ガイはそれを、眼で捉えることが出来なかった。

 戦士としての勘。相手から来る攻撃の気配。経験上、ここに来るのだと、相手の剣の軌跡上に剣を合わせることで防御を行っただけだ。

 それによって何とかガイは、その神速の一刀を防御し、建物の壁まで吹き飛ぶことで難を逃れる。

 そのまま建物の外、地面へと落ちていく中、頭上に見上げるその剣を振るった白兎は、既に一度剣を収めており、ほう、と感心の息を漏らした。

 

「やりますね。最初の一刀を防ぐとは。これで終わってもいいと思って放ったのですが」

 

「……っ……はぁ……はぁ……!」

 

「ガイ! 大丈夫か!?」

 

 地面に着地し、息を乱してしまう。手に持ったカオスがこちらに心配の声を掛けてくるが、大丈夫な訳がない。

 

「……カオス……今の、見えたか?」

 

「いや、見えなかったな……くそっ、あんななりでも、魔人の子というわけか……!」

 

 そう、ガイは今の一合を思い返し、己が九死に一生を得たことを理解する。

 白兎が跳躍し、刀に手を掛け、そこに力を込めた。そして刀身が光を反射する僅かな煌めきを確認した。

 辛うじて見えたのはそこまでだ。その後は、剣というより、もはや白い光が、まるで魔法のような何かが起こったようにしか感じられない。

 その白い光はおそらく剣の一刀であり、あまりにも速すぎたことで生じた空気の摩擦。刃が空気を斬り、熱を起したことで生じる光。必殺の一撃だ。

 防げたのは奇跡に近い。それこそ、白兎自身が事前に“振る”と伝えてくれなければ、ほんの僅かでも防御が遅れていればその白刃を身に浴びていただろう。

 カオスもその剣を浴びたおかげで、相手が魔人の子であることを再認識したのか、強く睨みを利かせている。

 だがガイは、いつの間にか入れ替わっていたガイは、そこまですることは出来なかった。

 

「……何故、私達は戦うんだ……?」

 

「! おいガイ! そんなこと言ってる場合か! あいつはお前の知り合いかなんか知らんが、魔人の子じゃぞ! 気を緩めるな!」

 

 その懸念を、ガイは十分に理解している。

 理解しているが──それでもなお、ガイはカオスの声を無視して、友人に問いを投げた。

 

「……魔人の子だからか……? だから、人間である私を──」

 

「あ、別に魔人の子として人間がどうこうとか、そういう訳じゃありませんのでご心配なく。ここに来てあなたと剣を合わせたのは、個人的なことですから」

 

 ガイが言葉を言い終える前に、白兎はあっさりとそう言ってのけた。

 僅かに空気が弛緩する。同じ地面に着地した白兎は、ガイとは違って自然体のままで収めた刀に手を添えている。そしてそのまま続けて、

 

「パパ──こほん、失礼。父上に言われて来た訳でもないです。ちょっと友人の噂を聞いたので、久し振りに会いに来たと言いますか。敵意はないので」

 

「はっ、魔人の子の言を信じられるか。友人だとか言ってるが、今ガイを殺す気だったくせに」

 

「殺すつもりはないですよ? ええ。あくまで、殺すつもりで剣を振るっただけで、()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

 カオスが白兎の言葉に間の抜けた声を返す。それに対し、白兎は何で疑問を持たれているか分からないと言った風に首を傾げるが、やがて頭上から、またガイの見知った声で指摘が届いた。

 

「……白兎さん。その説明だと意味不明というか、キチってる人みたいですよ? 誤解を解いた方が……」

 

「え? どういうことですかイヴさん。私は殺すつもりで剣を振るっただけで、殺すつもりはないって言ってるじゃないですか」

 

「いや、だからですね……」

 

 イヴ、と呼ばれた少女が屋根の上から下を覗き込むようにして白兎に声を掛け、そして頭を抱えている。

 確か白兎の友人であった少女で、ガイがカラーの森に住んでいた時も、その姿を見たことも、声を交わしたこともある。

 その肩に乗っているさるぼぼも見たことあるものだ。同じ様に頭を悩ませている様子である。

 だがそんな中、白兎の腰元から声が飛んだ。それは、

 

「……つまり、この子は剣を振るう際、殺気を込めて実際に相手を殺すつもりで、剣を振るえと教わっていると。ただ、あくまでもつもりであり、実際に斬る瞬間は殺さないように寸止めをしたり、峰打ちに切り替えたりするということ……だと思います」

 

「? だからさっきからそう言ってますよね? 後、日光さん。この子って言いますけど私はあなたより年上の、謂わばお姉ちゃんですので、そこのところ間違いなきようお願いします」

 

「いえ、まあ……」

 

 何か言いたげな表情を──実際に表情は分からないが、そんな雰囲気を醸し出す刀。

 魔剣カオスと同じように、意志を持って喋るその剣の名を、改めてカオスは静かに口にした。

 

「……やっぱりお前、日光か。そこで何をしてる?」

 

「……ええ。今は貴方と同じ経緯で……魔人を殺すことの出来る聖刀、日光となり、この子の剣となっています」

 

「おいおい……魔剣の次は聖刀かよ……!」

 

 聖刀日光。

 まるで魔剣カオスと対になるようなその存在に、窓から顔を出して心配そうに見ているクーベロなども表情を驚きに歪める。

 ガイもその存在には、魔剣を所有しているとはいえ驚いてしまう。

 だがカオスの方は、やはり知り合いなのだろう。軽く驚きこそすれ、それよりも重要な事柄についてを叫ぶように口にした。

 

「なら、なんでそこにいる!? そいつは……魔人の子なんだぞ!? 儂らの仇のような──儂らが、倒すべき相手じゃないのか……!?」

 

 そこには何かの想いがあるのだろう。カオスの言葉は、普段のものとは違い、どこか親しみを滲ませるものがある。憎し、というわけではない。親しいからこそ、何かを共有していたからこそ、激しく追求している。

 だがその問いに、日光は間を置いて、カオスとは対象的に冷たい、冷静な対応を取った。

 

「──いえ、違います。彼女は、白兎は魔人と人間の子。厳密には魔人ではありません」

 

「同じ人間の敵じゃろ……! そんな奴に、何故協力を……!」

 

「…………」

 

 カオスの続く言葉に、日光は黙ったまま答えない。

 何を考えているのか。かつての仲間の事を見て、カオスは追求を止めようとはしない。

 

「……答えろ日光。お前の道に儂が、同じ目的を持っただけの儂らが何かを言う資格はないが、それでも同志だったはずだ。理由くらいは──」

 

「……あの時と、それほど変わってはいませんよ」

 

 日光も、そのかつての仲間の言葉に何を思ったのか、口を開く。

 剣と刀。同じ魔を斬るものとなった同志として、しかし日光は己の考えを口にする。

 

「私は……悟った。いえ、現実を、世界を知らされたというだけです。常人には直視し難い、悲惨で残酷な真実を……」

 

「……そんなこと、一体誰から教えてもらった? ……ホ・ラガか?」

 

「いいえ。教えてくれたのは白兎の父親。貴方も知っている、()()()()()から、教えて貰いました」

 

「とある魔人、じゃと? ……! お前、まさか……!」

 

 ええ、とカオスが察した様子に頷きで返し、日光は名を口にした。

 

「言わずと知れた最強の魔人──レオンハルト。私達がかつて旅の途中で出会った、あの魔人によって……私は現実を知り──」

 

 そして、

 

「……あの方の、同志となりました」

 

「……っ! あの魔人に誑かされたのか! 目を覚ませ! そんなの、お前さんを利用しようとして適当な言葉を──」

 

「いいえ、カオス。私は誑かされてなどいません。話を聞いた上で……はっきりと自分の意志で、あの方に協力することを決めただけです」

 

「……! くっ……」

 

 かつてと変わらない、はっきりとした意志を示す日光を見て言葉を無くすカオス。

 本当にどうしてしまったのかと内心で疑問に思う中、その持ち主もその会話を聞いて口を挟んだ。

 

「……まあ、その辺の事情は私もよく分かってなくて、聞かれても困るのであしからず。どうも、父上が何かしたようですね」

 

「ですねぇ……あの方はよくこういうことするので……その、何と言うかご愁傷さまです」

 

「ききー」

 

 白兎の言葉を皮切りに、イヴやあのさるぼぼ──確か藤吉郎という名前の猿も苦笑気味の愛想笑いでお茶を濁そうとする。

 一応戦闘中だというのに、あの子達や白兎が喋ると妙に緊張感がなくなるのは気の所為じゃないだろう。ガイは緊張感を保つのを難しく感じながらも、声を送る。

 

「……つまり、その……白兎は、ただ戦いに来ただけだということか……?」

 

「はい。再会した友人が強くなっていたなら、剣を合わせるのが道理ですよね!」

 

 道理ですよね、じゃない。そんな拳を握りしめて笑顔で力説されてもそんな道理はどこにもないことは明白だからだ。いきなり斬りかかられる友人関係というのは、色々と間違っている。

 だが、ガイは一つだけ安心していることがある。それは、

 ……邪気が、ない。

 そう。白兎の言葉、表情、その様子には、憎しみや妬みといった負の感情がない。

 敵意もなく、何かをしてやろうという邪気が一切存在しないのだ。そういった悪意に敏感なガイは、ある程度はそれを見破れる自信があるし、そういった感情を抱くものを苦手と、言葉を憚らずに言えば“嫌い”としている。

 だが、白兎にはそれがない。

 だからこそ、ガイは安心した。ただ戦いに来ただけだというその言葉に。

 友人としての関係は、変わっていないことに。

 

「……私は、今でも、お前の友人なのだな……」

 

「? そんなの当たり前じゃないですか。別に喧嘩もしてないですし、たった数年、十数年会わなかったくらいで友人じゃなくなる訳ないですよ?」

 

「……そうか」

 

 会わなくなってそれなりに長いと感じていたが、やはり魔人の子供だからだろうか。それくらいの月日の流れは何ともないようである。

 あの日、森で会った時とそのままの姿形で、白兎そこにいる。

 容姿もそうだが、中身もまるで変わっていない。あの時のままだ。

 だからこそガイは安心し、白兎の言葉を素直に耳にすることが出来た。彼女は気を取り直したように咳払いを一つすると、

 

「こほん。……では、戦いましょう! 色々と心配なのは確かですし!」

 

「……それは構わないが、心配?」

 

「ええ、あなた、魔人を倒すんですよね? そう聞いてますし、その剣を持ってるってことはそういう気もありそうです。ですから友人のよしみとして、あなたの実力を測ってあげようかと」

 

「! それは……」

 

 魔人を倒す。確かにその目標を固め、強くなろうとここに来たのが今の自分の状況だ。

 魔人の子である白兎にとっては、あまり良い存在ではないだろう。

 それだけにガイは迷いを見せるが、白兎が特に深刻な様子でないことに違和感を覚える。よく言葉を噛み締めてみれば、魔人を倒そうとしているこちらに対して実力を測ってくれるとは、まるでそれを肯定しているかのようだ。

 だからこそ、ガイは眉を顰めて尋ねた。

 

「……魔人を倒すことを、君は是とするのか……?」

 

「……? 倒せるなら倒してもいいんじゃないですか?」

 

 と、また微妙に感覚がズレているような気がする。

 しかし今度は白兎がそのズレを理解したのか、顎に手を当てて考え込むと、

 

「そうですね……例えば、私があなたの全く見知らぬ他人を、それも悪人を殺すと聞いたら、あなたはどう思います?」

 

「……止めはしない。むしろ──」

 

「ええ、まあ。それと同じです。魔人の血が入ってるからといって、魔王や魔人を倒すことに不快感を覚えるとは限りません。まあ、良い魔人もいるので、そういう方は殺さないでほしいとは思いますけど」

 

 なるほど、と理解してしまう。良い魔人というのは分からないが、白兎がこうなのだから、ともすれば人間と同じで、魔人にもそういった差はあるのかもしれない。

 

「おい、ガイ! こんな話、真に受けるなよ!? 魔人は人間にとって敵だからな!? 魔王や魔人を倒さないと、人間の未来は──」

 

「……君の父親である、その、魔人レオンハルトという魔人も、殺さないでほしいということか?」

 

「駄目駄目! 殺さなきゃ駄目! そいつ一番ヤバい奴じゃし!」

 

「……ちょっと黙っててくれ、カオス。どうなんだ?」

 

 騒ぎまくるカオスの言葉を無視し、白兎の言葉を待っていると、すぐにその返答は来た。

 

「どうも何も……別に倒せるというならいいと思います。死ぬのは嫌ですけど。……ただ、無理だと思いますよ」

 

 と、白兎は真面目な表情で告げる。それはむしろこちらを心配しているかのように、

 

「パパは滅茶苦茶に強いですからね。先ほどの私の必殺技なんかも、パパにとっては普通の一振りですし、魔人になってから今まで誰にも負けたことがないとか……正直、同じ魔人でもパパのことを怖がってる人は多いみたいです」

 

 私にとっては優しいパパですけど──と、白兎はそう付け加える。

 桁違いの強さを持つ存在が魔人レオンハルトなのだと。

 

「私に負けるくらいなら、パパに挑むのは止めたほうがいいですよ。普通の魔人くらいなら何とかなるかもしれませんけど、四天王以上の魔人は基本的に魔人の中でも特に怪物で、人類最強レベルの相手でも全く戦いになりません。その中でも最強の存在が、私のパパですので!」

 

 ふふん、とそこで自慢気に胸に手を当てて白兎は言った。

 どうやらそんな父親のことが誇らしいようであり、結構ヤバい存在の話をしているというのに、ただの友人の家族自慢にしか聞こえないから困る。

 

「……そうか。なら……」

 

「はい。挑んでも構いませんが、強くないと駄目です。ガイさんの方が多分死んじゃいますので、それは嫌です。──ということで私の出番なんですよ!」

 

 ビシッと人差し指をガイに向けて、白兎は言う。

 

「この私が、あなたの実力を測り、ある程度アドバイスしてあげます! 魔人を倒すために、あなたの剣の師匠として!」

 

「──それでいいのか魔人の子!?」

 

「あ、ツッコミ仲間がいますね。これで私は楽が出来ますよ、ふふふ」

 

「……そもそもそういう話でしたか……?」

 

 窓から身体を乗り出す勢いでツッコむクーベロに、イヴが黒い表情でほくそ笑んでいる。何やら日光が困惑の雰囲気を醸し出している中で、それらの一切を無視してマイペースに白兎は続けた。

 

「さあ剣を構えてください! 友人同士、剣で語らいましょう! あ、もちろん斬れるなら斬ってくださいね! 友人に斬られるのはちょっと愉しみです!」

 

「い、いや……」

 

 子供っぽい純粋な感じでそう言われても困る。友人になら斬られても愉しいっていうのはちょっと何言ってるか分からない。

 だが、そうしないと止まってくれないような雰囲気であり、ガイ自身もそれが自分の、白兎の為になるのならと、

 

「……分かった。なら、せいぜい胸を貸してもらう」

 

「ふふん。存分に借りるといいですよ!」

 

 白兎が胸を張った。だが窓から見下ろしている魔女がボソリと、

 

「借りれる胸はないようだが……」

 

「ぶっ殺しますよ!? 何を小声で馬鹿にしてくれてるんですか!? 耳が良いので聞こえますからね!! ……後、これでも成長してますから! 絶望的ではないです! ここ100年で、0.01センチくらいは大きく……」

 

 胸の事を言われた瞬間にぎゃーぎゃーと騒ぎ始める白兎。いや、正直同じことを頭に浮かべてしまったが、さすがに言葉に出すのは自重した。もうひとりのガイなら口にしていただろう。危なかった。

 後、0.01センチは完全に誤差というか、測り間違えとかだろうな、とそんなことを思っていると、

 

「……何か言いたげですが、何かあるならどうぞ?」

 

「……なんでもない」

 

 嫌な殺気を感じたので咄嗟にその考えすらも引っ込める。読心でも出来るのかと聞きたい。そんな相手は魔女だけで十分だ。

 

「……なら、この怒りも友人にぶつけることにします!」

 

「それは八つ当たりと言うのではないのか……!?」

 

 と、襲いかかってくる白兎の刀を、ガイは何とか防御しながらツッコミを入れる。

 全く戦闘特有の緊迫した空気にはならないまま、ガイは白兎による試しに挑んだのであった。




というわけで白兎による特訓イベントでした。
今現在の強さだと白兎の方が上です。禁呪を憶えた後の方が見応えがありそう。
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