「さて、ガイ君達はそろそろ魔女の故郷に到着したころだろうか……」
隠れ里にある一番大きい建物。その上階にある奥の部屋は、この里の長であり、鋼の騎士団の隊長であるロランの執務室だ。
その部屋で今日もロランは、ガイとの決闘による身体の負担を自覚しながらも、己の役目を果たしていた。
体力は低下しているとはいえ、休んでばかりもいられないのだ。何しろ、彼は千を超える隊員達を指揮する鋼の騎士団の隊長であり、里の住人も含めれば数千の人間達の運命を握っている。
幾らここが外界と比べて比較的安全な人里であり、多くの人間が人らしい生活を営んでいるとはいえ、それにはそれ相応の努力と手配、適切な運営が必要である。
生きていく上では住居や食べ物、物資は欠かせず、常にそれらを確保するのに奔走している。
外界で獲得するだけではなく、畑などを作って自給自足を行ってもいるが、それだけでは全ての人間の食料を賄うことは出来ない。足りない分は商会などから買い付けることも多いのだ。
そのためのお金や、取引に使える貴重なアイテムなどを獲得するためにも、鋼の騎士団を動かす必要はある。
ただ彼らとて、戦ってばかりはいられない。彼らにも生活はあるし、休日も必要だ。結婚して家族を持つ者もいる。
そういった者の中には隊を抜ける者もいるが、それを止めることは出来ない。彼らに別の仕事を手配しつつも、新たな隊員達を得て、使い物になるように教育する必要がある。
新人教練に力を入れると同時に、里にいる子供達にも簡単な物事を教えるための日曜学校などを開いてもいる。教師役には里に存在する貴重な識者やAL教の司教、シスター。鋼の騎士団の分隊長達も時折その任を請け負っており、ロラン自身も一年に数回は子供達の前で教鞭を執ることがあった。
実はつい先程も、身体に障らないような仕事としてちょうどいいと、子供達と触れ合ってきたところだった。
元気に動き、学び、屈託なく笑う子供達を見ると、己の役目に対する責任感と使命を強く自覚する。
生まれた頃から決まっていたお役目。望まない将来ではあったが、だからといって役目を放り出すことは出来なかった。
弱い人間──彼らが人らしく生きるためには、皆で団結し、力を合わせて生き抜いていく必要がある。
その舵取り、正確な判断が求められる長としての役目を担う能力を、自分は持ち合わせているのだ。
彼らが生きるのには、自分のような強い者が必要である。酷い驕りにも聞こえるが、それが現実である。
戦える者がいなければ、この里とて紛れ込んでくる魔物に襲われて壊滅するだけだ。
故に常に戦える者を生み出していかねばならない。自分とて、30年もすれば戦えなくなるのだ。
その後継者として、子供を作って教育していかねばならないのだが、
……彼がこのまま残ってくれるなら、助かるけどね……。
先日、己を打ち負かしたガイという青年のことを考えて笑みを浮かべる。
今までは自分こそが人間で最強だと信じて疑わなかった。人以外で強い者は数あれど、人であれば自分より強い者はいないと。
だからこそ、役目に関して、自分がやらなければならないという観念に囚われていたものだが、彼という規格外の存在は、その妄執を木っ端微塵に打ち壊した。
故に今はとても清々しい気分である。自分以外にも、あれほどの強さの人間がいたということを、素直に認め、応援したいと思う。
魔剣カオス。魔人や魔王を殺すことの出来る伝説の武器を持ち、魔女の故郷で更に修行し強くなってくれれば、一族の悲願も成し遂げられるかもしれない。
そうなれば、もう戦う人材を捻出することも、外界での探索に苦労することもない。人々が恐怖することも、苦しむこともない、平和を与えてやれる。こんな山奥で隠れ潜むように暮らす必要もなくなるというものだ。
だからロランは、負けたことを悔しく思うも、ガイという若者を純粋に応援したいと思う。嘘つきであり、捻くれ者の自分でさえも、人類の解放。魔人の打倒は何よりも願うものだ。
それが叶うのならば、それに越したことはない──そのためならば、ロランもガイの為に己の全てを擲つ覚悟だった。
まあ、まだ死ぬつもりはないけど、と内心で茶化すようにそんな決意を、人知れず固めていると、
「──隊長! 報告です!」
「! 何かあったのかい? そんなに慌てて……」
執務室に、慌てた様子の隊員が入ってきた。
確か外界の監視、情報の獲得に向かわせている隊員で、自分と同じ、隠密行動に長けた者だ。
今までに様々な情報をもたらしてきた彼の慌てぶりに、ロランも嫌な予感を感じ取りながら目を細めて隊員の報告を聞いた。
「……はい、すみません。しかし、まずはこれを見てください。東側に出ていた分隊からの報告書です」
「……確認しよう」
ロランは隊員の手から密書を受け取り、その封を切る。密書と言うほどきちんとしたものではなく、手紙というべきものに近いが、外からの仲間の報告は全てこのようにしてやってくる──ロランはその中身を見て、表情を歪めた。
報告書に書かれていたのは、
「っ……魔軍に、大規模動員の動きあり……その数……正確な数は調査出来ず……」
少しずつ、手紙に目を通していく。
魔軍に動きがあったという報告。それは何よりも重要なものだ。
魔物討伐隊は、その名の通り、魔物を倒し、生きるための糧を得るための組織である。その中でも最強最大と称される自分達であれば、どのような魔物の群れであろうと討ち果たしてみせるという自負があり、それだけの実績がある。
しかし、魔軍は別だ。
魔軍は普通の魔物とは訳が違う。通常組織だった動きを取らない魔物の中にあって唯一、統制された組織行動を取る最悪の暴力装置こそが、魔軍だ。
魔物兵の強さは人間の戦士の倍以上。作戦行動の際に動く魔軍の最低単位は、魔物隊長が率いる一部隊200体か、魔物将軍が率いる一個軍2万である。
前者であれば何とか出来なくもないが、魔物隊長は強敵であるし、後者であれば勝ち目はゼロだ。どれだけ高名な冒険者、魔物討伐隊とはいえ、その数は数百程度で、千にも満たない。辛うじて千名の隊員数を誇る自分達でさえ、魔軍の一個軍にすら勝てず、壊滅させられてしまうほどの戦力なのだ。
故に魔軍を見かけたら、真っ先に隠れ逃げることはこの界隈での鉄則だ。
一部隊とはいえ、軍から別れた魔軍の哨戒である可能性もあり、下手に交戦すれば勝ったとしても大軍が押し寄せてくる可能性がある。捕捉されれば一巻の終わりだ。
しかし、大きな軍勢だからこそ、その動きは分かりやすい。
ロランが常にこの辺りの土地一帯に斥候を放っているのも、そういった動きを事前に察知し、可能であれば工作を行うためだ。
このような山奥であれば魔軍も殆ど近づくことはないが、それでも人狩りを趣味とする魔物が来ないとも限らない。故に、軽く姿を見せて別方向に逃走を図るなどして隠れ里から距離を取らせることもある。
とはいえ魔軍が大きく動く時は、向こうも物資の輸送などを行っているのが主なので、下手に刺激さえしなければ襲われることはない。だから今回も、その類かと思ったのだが──最後の数字を見て、ロランは声を震わせた。
「おおよその数として……っ──20万……!?」
馬鹿な、とロランは自身の顔が青褪めるのを自覚した。
20万。未だかつて、それだけの大軍が動きを見せたことを、ロランは見たことがない。
いや、それどころか、ここ百年、二百年──先祖が残している記録でも、魔軍が動く時はせいぜい数万の軍勢であり、10万を越えるような軍勢の報告は皆無だ。
だが今回は、おおよそ確認出来るだけでも、20万の軍勢が行軍しているという。
しかも、だ。
「真っ直ぐ東に向かってきている……哨戒に出ていた部隊と交戦し、誘導を図ったが、それに乗る気配も無し……だと……!?」
軍勢の位置が示されている場所は、ここより西の土地だ。
つまり、真っ直ぐ東に──こちらに向かってきているという。
「ど、どうするんですか、隊長……!? もしかして、この場所がバレてるんじゃ……!?」
「っ……」
それはない、と頭の中で思いたいのは山々だが、隊員が言うように、この進路だとバレている可能性が高いと判断してしまう。
600年近く、魔軍に存在を気取られなかったこの里は、山の奥。その谷間、窪地に作られた秘密の場所であり、普通に山に入っただけでは見つけることは不可能である。
故に魔軍も、この場所には立ち入ることは殆どないのだが、この迷いない動きを見れば、確信出来る──バレていると。
「物資の輸送ではない……報告が確かなら、この動きはどこかに攻め入るためのものだ……!」
魔軍とはいえ、その組織だった動きは人間がやるものと大差ない。
軍を幾つか分けた上で、一定の幅を保って行軍し、異常があれば本隊に知らせる。夜になれば適当な野営地を見つけて布陣し、天幕を張り、炊事の煙を空に浮かべて、夜番の兵を立てた上で眠りにつく。彼らも生きている以上、人間と同じように食事や休息を必要とするのだ。
彼らの上には魔物将軍という大規模な作戦行動を指揮出来る優秀な知恵の回る魔物がいるため、その動きは効率的なものであるのだ。
そして効率的だからこそ、その動きを見れば目的をある程度絞ることが出来る。
20万もの大軍を動かすということは、それだけの数を動かすに足る目的があるということ。
そしてそんな目的は、一つしか思い浮かばない。
「……直ぐに各分隊長を招集してくれ。緊急の会議を開く」
「はっ、はい! 了解です!」
「後、この事はまだ町の人には伝えないように。箝口令を敷く。パニックになる可能性が高い」
「そうですね……! そちらも了解しました!」
頼む、と短く告げて、隊員が早足で部屋を退出していくのを見送ると、ロランは一度だけ深く息をつき、目元を手で押さえて引き攣った笑みを浮かべた。
「20万、か……要所に陣を築いて罠を張って防衛戦を行ったとしても、十中八九──いや、ほぼ勝ち目はない。一個軍であれば将軍を倒してしまえば軍は瓦解するが、相手は少なくとも10個軍。兵の離散を引き起こすにはその数の魔物将軍を倒さないといけない」
魔物兵が集団行動を取れているのは、魔物隊長、延いては魔物将軍の指揮能力によるものだ。
彼らを倒せば魔物兵の統率は乱れ、軍としての体裁を保てなくなる。
だが、これだけの大軍勢であれば、希望であり絶望でもある推測も立つ。それは、
「20万の軍勢なら、魔物将軍の上に立つ魔物大将軍か、魔人がいるはずだ……それさえ倒せれば何とか……」
と、口に出してはみたものの、それがどれだけ厳しいことかを、ロランはよく理解している。
「せめて彼がいれば……」
規格外の強さを持つ彼も、今は里にはいない。
呼び戻そうにも魔女の故郷の場所をロランは知らない。聞いても教えてくれなかった。
距離は知っているのでおおよその位置くらいは導き出せなくもないが、それなりに情報に長けたロランでさえ、その存在を知らない魔女の里だ。何か存在を悟らせないだけの仕掛けがあると見ていいだろう。
「自分達だけで何とかするしかないか……」
ロランはやれやれと肩を竦める。とんだ貧乏くじだと。このタイミングの悪さも、作為的なものを感じざるを得ない。
「つい昨日、全力で戦ったばかりだと言うのに……全く、嫌になるな」
しかしその瞳は、諦めのものではなく──意地でも何とかするという強い輝きを秘めていた。
──その戦闘が、経過してしばらく。
「っ、はぁ……はぁ……!」
「…………」
ガイと白兎。二人は距離を取ったまま、じっと相手を睨んで動かない。
白兎は真っ直ぐ正眼に構え、微動だにしない中、ガイは腰を落とし、そして肩で息をしていた。
全身からは滝のような汗を流し、呼吸を乱している。
ガイに外傷は一切なく、また攻め立てられている訳でもない。終始、攻めているのはガイで、実際に白兎は自分から攻めに動くことは稀であった。
だが、ガイは彼女に向かって踏み込むことが出来ずにいた。ここまでの攻防は全て、白兎の僅かな攻めから始まっている。
「お、おい! どうしたんだガイ!? 何もされてねぇのに、そんな息を乱して……魔法でも受けたのか!?」
クーベロが背後、屋敷の窓の方から厳しい声を飛ばしてくる。魔法でも受けたのかと驚愕の様子だ。
ガイとクーベロには実力差がある。クーベロは人間にしてはやる方だが、ガイと比べては赤子と大人。全く歯が立たないレベルだ。故に白兎との戦闘を理解出来ずにいてもしょうがない。
だがしかし──このにらみ合いに限っては、ガイはクーベロとほぼ同様の事を考えていた。
自分は何をされているのか、全く分からない。
白兎はじっとこちらを見ているだけ。赤い瞳で、まっすぐに小揺るぎもせずにこちらを見つめている。
ただそれだけなのに──踏み込む隙が全く見当たらず、ガイは酷い寒気を感じる。
機を見て踏み込もうとは思う。殺されないと宣言されているのだから、踏み込んでも構わないはずだ。
だがいざそれを行おうとすると、
「…………」
「っ……ぐあっ……!?」
足を一歩動かしただけで、ガイは猛烈に嫌な予感を感じてその場から飛び退いた。
そして思った感想は──やはり。
勇気を出して一歩踏み込んだことで、打ち込めはしなかったが、得るものは、理解出来るものはあった。それは、
……間合いが、異常に広い……!
ガイが一歩でも距離を詰めた瞬間に、ガイは脳裏に、己が斬られる瞬間を幻視した。
それから理解出来るのは、視えてきたものは、白兎の異常な間合いの広さと隙のなさ。
小柄な彼女の身長は、140にも満たない。こちらとの身長差は30センチ以上あり、その間合いは、相手の刀剣の大きさがあったとしても、手足の長さからガイより劣るはずなのだ。
しかし、白兎の間合いは広い。
ざっと見て──十メートル以上。それ以上近づけば、彼女は踏み込み、剣を抜く。
それはまるで、結界だ。魔法ではなくとも、起きる結果は同じようなもの。
己の間合いに入った全てのものを察知し、瞬時に両断せしめる──不可視の結界。
白兎の周囲にあるのはそれだった。
「……やはり、あなたではこうなりますか」
と、不意に白兎が少し力を抜き、隙を見せた。
同時に口を開き、ガイへと言葉を飛ばす。
それはこうなることを予見していたという言葉だった。
「……こうなる、とは……?」
「あなたに実力があることの証明ですよ。踏み込むことが出来ないのは」
そう言って、白兎は僅かに微笑を浮かべる。だが直ぐに真面目な表情で、
「多少なりとも剣を嗜み、私と戦える程度の実力者であれば、私の間合いと、剣気が感じれるはず。剣の腕の差から、踏み込む隙を見つけられず、また踏み込めば、斬られると幻視してしまう──結果、あなたは動けない」
自明の理なのだ、と白兎は告げる。
まるで教師、剣における師のように、白兎はガイに向かって親切にも解説を行う。
かつて子供の時にも、夜の裏庭で行ったように、白兎はすらすらと高説を述べた。
「これはあなたが、私の剣気を読み取れるだけの強さを持つ証明であり、同時に剣の腕は私に劣ることの証明です。私より強く、あるいは互角であれば踏み込む隙を見つけ出し、あるいは差がありすぎれば、私の気当たりに対する適切な対処が出来ず、ただただ怯えるだけとなる。つまりこれは──」
と、白兎は左手を一本立てて結論を言った。
「あなたの防衛本能、危機的反射が達人の様に、きちんと機能している証拠です」
「……それは、喜んでいいのか……?」
「はい。存分に誇ってください。弱ければ、訳も分からずに突っ込んでやられるだけですが、あなたは踏み込んだ瞬間、斬られることを予知して瞬時に飛び退いた。それは──私の術理に嵌っている証拠なんです!」
ビシッと、左の人差し指をガイに向けて、何故か誇らしげに告げる。
それはガイが予想よりも強く、出来る相手であったからだろうか。彼女はどうにも、そういうのを喜べる相手らしい。
「何度も言いますが、それを察知出来るのはあなたの才能です。相手が次にどんなことをしてくるかが理解出来ているのですからね。ただ、それを対処出来るだけの実力が、まだないだけで」
それは駄目なんじゃないだろうか、とガイは言葉に出さずに心で思う。
そして聞いている内に、更に白兎の強みを理解し、思わず口に出していた。
「……打ち込めないのは、君が眼ではなく、耳で周囲を探っていることとも関係があるだろう。背後だろうと、全く同じ結果になると見えたからな……」
「ほう、そこまで理解りましたか。さすがです」
と、白兎は今度こそ嬉しそうに笑みを浮かべる。軽く左耳を澄ませるように手を開いたままで当て、
「ご存知の通り、私は視覚以外で周囲の情報を得ている。真後ろだろうが暗闇の中だろうが、関係はありません。更には──」
と、今度は白兎は己の腕を指して言う。そこを動かして見せながら、
「私には、人間が動く時に生じる僅かな内部の音──筋肉の脈動や骨が動く音も察知出来る。つまり……あなたが動き出す直前に、私にはあなたがどう動くか、その一瞬先が読めている。それを読んでいることを、あなたは無意識に理解しており、自然と踏み込みを躊躇わせています」
『なんだそのメチャクチャな話は……』
内心でもうひとりのガイが何とも言えない様子で声を漏らすが、ガイも似たような気持ちだった。
なるほど、と思うと同時に、反則的な力だ、と理不尽に思いもする。
相手の動き出しを読めるならば、相手よりも速く行動に移れる。
それは戦闘において、圧倒的なアドバンテージだ。
特に白兎の剣は、速い。こちらが放つ雷撃よりも、その雷撃を、後から斬り裂いてしまうほどに。
「それと──私は踏み込みにも自信があります」
「っ……!」
瞬間、白兎は容易にこちらの懐に飛び込み、実演してみせた。
その動きは軽い。本当に兎が跳躍する時のような軽やかな踏み込みで、彼女は一瞬でその間を詰めてしまった。
一足で距離を詰める歩法。それはガイには理解出来ず、ただただ戸惑うばかりである。
「こっちはちょっとした技術です。力を無駄なく使い、消えるような移動を可能とする。私の間合いは、この一歩の踏み込みも合わせた広さです」
つまり、一歩で踏み込み、斬る。一瞬で行う動作。出来ることがそれだ。
ただ簡単に言っているが、それは達人の所業だ。
その一連の動きは剣士にとっては秘奥に値するもの。彼女はちょっとした技術と言っているが、そんなレベルではない。
常人ではまず不可能。天禀の才とそれに匹敵する努力があって初めて可能となる技術の結晶だ。
だが、白兎は言う。
「せっかくですから、ガイ。あなたにも、指導してあげましょう」
「……マジか」
「ふふん、大マジですよ。死なれては困りますし、強くなってくれるなら私も楽しいです。友人に出し惜しみはしません!」
白兎の方は自分で言うように、楽しそうだが、ガイは思わず頭を抱えてしまいそうな憂いがあった。
魔法の修行に来たというのに、何故か剣の修行もすることになっている。二つ同時はさすがにどうかと思ったが、
「……ここには、魔法の修行を……何やら、禁呪とやらを覚えるために、ダンジョンに潜らねばならないのだが……?」
「なら、そこでやりましょう! 禁呪が眠るダンジョンとか凄くワクワクしますね……!」
目をキラキラとさせて白兎は先程よりもテンションを上げて言う。
家の屋根の上から、呆れるような声色で、
「……白兎さん相手にそれは逆効果ですよ。むしろ、意地でもついていく気になっちゃってますし……」
「久し振りの冒険ですね! どんなボスが待ち受けているんでしょうか……!」
「…………そのようだな」
耳は良い筈なのに聞こえてないのか、白兎はまだ見ぬダンジョンに思いを馳せている。
というか、おそらくモンスターがいるようなダンジョンで、白兎と修行を行いながら進むとか、普通にキツいというか、拷問みたいなものだろう。
口には出さないが、白兎が一番の怪物には違いないのだから。
「ふふ……それはいい。せっかくだから、これを機に私達も修行をしようか」
「えぇ……大丈夫なのかよ……?」
魔女が不意にそんなことを口走る。隣にいたクーベロが困惑するが、魔女は愉快そうな笑みで頷き、視線を外に走らせた。
「ああ。幸いにも、そちらに腕の良い教師がいる」
「……えっ、私ですか?」
虚を突かれたように目を見開いたのは、屋根の上で観察を続けていた白兎の友人、イヴだった。彼女を指して言うCに、クーベロは訝しげに、
「……あの子は……普通の人間に見えるが、どうなんだ?」
「人間には違いないだろうがね。ただ、伝説の魔法使いと付与師の弟子のようだからね。人間基準だとそれなりの大物ということになるだろう」
「そんなヤバい奴なのか……」
魔女の言葉に、クーベロが恐ろしげな視線をイヴに向ける。
しかし、それを受けたイヴは一瞬表情を歪めた上で、顔を引き攣らせ、
「い、いやいやいや……私、ただの一般人ですから……あんな化け物達と同列に語られても困るだけですからね?」
「見る目がありますね! イヴさんは凄いんですよ! 私の自慢のお友達です!」
「いやいや、白兎さん……そう言ってくれるのは嬉しいですが、あまり持ち上げられると……」
と、白兎にまで褒められて、イヴは首を振っていたが、不意に動きを止めると、
「……あれ? でも私、人間基準だとそれなりに出来ますし……かなりの実力者なのでは?」
自問自答をぶつぶつと繰り返すイヴ。そして少し間を置くと、
「……ふふふ、まあ私はそれほどでもありませんよ。少し魔法を嗜んでいるだけの、魔法使いです。ええ。魔物界では、それなりに出来ると自負していますが」
急に得意気な笑みを浮かべてきた。
なんかいきなりキャラが変わったようにも見えるが、ひょっとしたらそれが本来の性格なのかもしれない。人間相手に自信を取り戻したのだろうか。くすくすと笑みを漏らしている。
だがそんな弛緩した空気の中で、しかし、お互いに睨みを利かせあっている両者がいた。
「……おい日光。後で話を聞かせてもらうからな」
「……全てを話すことは出来ません、が……ここに至る経緯の一端であれば話しましょう」
ガイの帯剣である魔剣カオスに、白兎の帯刀である聖刀日光。
かつての仲間である二振りの刀剣がそれだけの言葉を交わすと、今度こそ、その場の雰囲気は緩んだ。
「さて、そろそろ食事が出来るし、休憩にしたらどうだい?」
「ご飯ですか。いいですね。ガイは何が好きですか? 私はおうどんが好きです」
「……好きな食べ物、か。そうだな、私は──」
「普通に相伴に預かろうとしてますね、白兎さん……」
魔女がその場を纏めるように、食事の準備が出来たことを知らせる。そうして続々と屋敷の中に人が入ってくる中、ふとクーベロがほっと息をついたように、
「……何にせよ、穏便に話がついたな……そういえば、何となくガイや副隊長は修行相手がいるみたいだが、俺はその間、どうすれば?」
ガイには白兎。Cにはイヴと、一応の修行相手が何となく決まっているような気がしたクーベロは、ふと疑問を口にする。
カオスでさえ、日光という旧友相手に色々とあるようなのだ。その間、自分は何をしようかと思ったのだが、
「何を言っているんだい? 君にも、相手はいるじゃないか」
「……え?」
ほらそこに、とクーベロの足元を指差して見せる魔女。
クーベロが間の抜けた声を出し、その指の先に視線を向かわせると、
「きき!」
「…………え、さるぼぼ? 俺の相手?」
「さるぼぼではなく藤吉郎です。私のお友達です」
「あまり舐めないほうがいいよ。そんな見た目でも、彼は使徒だ。主を持たないはぐれ使徒だけどね。だけどその主は魔人史においても極めて強大な存在であるし、相手にはちょうどいいだろう」
「……え、えぇ……?」
「ききー!」
クーベロが白兎や魔女の言葉を聞きながらも藤吉郎という存在を相手に困惑するが、この後、クーベロは藤吉郎相手にそれなりの苦労を強いられることになるのだった。
魔軍パートも入れたかったけど間に合わなかったというか、分量的にも分割しないとねって。
次回からはガイの修行。禁呪と剣の同時進行でサクサクと。
彼らの目標的には、一週間以内に禁呪と剣の修行を終わらせろ、といったところ。なお、一週間以内に終わらない場合は、とある場所が酷いことになります(ネタバレ) 早く終わらせれば、魔人と邂逅出来るかもしれませんね