タイトルは別に、最近風花雪月やってるから影響されてる訳じゃないです() ましてや伝説のポ○モンが出る訳でもありません。
まあお察し。本編どうぞ
地平線上に蠢くその影は、幾重にも重なる赤や青、緑の集団だ。手が二つに足が二つ。胴体があり、手には武器。一糸乱れぬ動きで列を成しているのは、例外なくそれらの特徴を持つ者だ。
しかしその集団は、例え遠目で見たとしても、断定することは容易い。千年以上前であれば、これは人間の軍隊である可能性もあった。
だが今の時代。人間が国というものを失くし、忘れた今の時代では、答えはただ一つ。
──魔軍。
世界を支配する唯一にして最大の勢力。魔物の王である魔王を頂点に組織される純粋なる暴力装置。
魔王や魔人の命令を受け、その命令を遂行するために存在する彼らは、常に世界各地で組織され、牧場の管理を行っている。今は魔物の黄金時代であり、かつての戦乱の時代とは違う、平和な時代だ。
平時の軍隊というものは、その存在意義を軽く見失う。対抗勢力があるなら抑止力としての存在意義はあるが、その対抗勢力もほぼ存在しない今の時代では、魔軍がそれほど動くことは少ない。誰もが最低限の仕事をこなしながら、好きに暮らしている。
だが、その平野を行く魔軍は、魔王ジルの治世において、実に600年振りともいえる大規模動員を実現していた。
その目的は単純──敵対勢力の殲滅である。
「いやぁ、さすがにこれだけの数が動くと壮観だなぁ」
「普段は精々、一個軍か二個軍くらいだもんな。いっても三個軍くらいだ」
「だが今回は10個軍。約20万だぜ?」
「幾ら何でもやりすぎだよなぁ、たかが人間相手に。愉しめる奴らなんて本当にごく一部だろ。これだと」
日中の行軍をある程度終え、上からの命令で野営の準備を行い始めた魔物兵達は、口々に初めての大規模動員について話題に出す。
魔物とはいえ、その寿命は人間よりも短かったり、長かったりとまちまちだ。
だが百年を越えるような寿命の魔物は数少ない。魔物将軍であっても寿命は約100年だ。
それだけに、彼らにとってもこれだけの数で行軍するのは初めての体験であった。
前時代の魔軍の将兵が見れば、緊張感の無さに呆れ果てるような空間の中で、魔物兵達は平時と同様に同僚と会話に勤しむ。
「何でも、人間の里を包囲して殲滅するんだろ? 半分くらいは後詰で、残り半分は包囲網を形成するための兵員。実際に突撃するのは全体の一割にも満たないってさっき隊長がボヤいてたぜ」
「へ~、そうなのか。それじゃ俺らはきっとやることもねぇな。後で最近出回ってきたテーブルゲームでもして遊ぼうぜ」
「だなぁ……あのアッティラ様のことだ。じわじわと絞め殺すようにゆっくりと攻めるだろうし、作戦自体は長引きそうだ」
「あの方、ねちっこいもんな……結構根に持つタイプだし……その代わり、人間は誰一人として逃さない気なんだろうな」
「この数で包囲すればネズミ一匹逃げ出せないしな。その隠れ里とやらは終わりだろ、普通に」
「人間ってクソ弱ぇもんなぁ……なんであんなに弱いんだろ。この間なんてちょっと小突いただけで死んじまったしよぉ……加減が難しいっていうか」
「おいおい、気をつけろよ。一応は殺したら駄目ってルールなんだ。不慮の事故とはいえ、やりすぎると上から小言がくるぜ?」
「つっても、苦しめるだけってのが難しくてなぁ……」
「ああいうのにはコツがあるんだ。まぁ、時間もあるし、教えてやるよ」
魔物兵達が極めて平坦な会話を行う。
人間からすれば悪夢のようなやり取りも、彼らにとっては何の変哲もない世間話だ。
自分達の仕事についての愚痴。人間という家畜の世話が難しいと、ただそう言っているだけ。
そこには何の恨みも、負の感情すらも見当たらない。
この時代で生まれ育った魔物である彼らは、極めて自然に、人間を下に見ている。
牧場にいるのは家畜。野良で住んでいるのは野生の畜生。
まるで人間がうしなどの動物に接するかのように、彼らはただ生活の一部として、人間を苦しめている。それだけに、やることは残酷極まりなく、どれだけ泣き喚こうが、魔物兵達は淡々と己の職務を全うする。
だが、やはり中にはそれを愉しんでいる者や、別の感情を抱いている者がいる。
それが、本陣にはいた。
「ひぐ、がっ、あ゛ぐっ!」
「…………」
本陣。魔物将軍らが集まり、これから軽い軍議を行おうというその場において、悲惨な声が鳴り響く。
それらを固唾を呑んで見守る魔物将軍達。その視線の先には、裸のまま痛めつけられる人間と、将軍らよりも大柄な魔物がいた。
「ふふふ……苦しいか? 痛いか? 悲しいか? お前はこれから死ぬのだぞ?」
「だ、だずげでぇ……じにたぐない……」
この軍を率いる魔物大将軍アッティラ。
彼は捕まえたばかりの人間を自らの手で痛めつけていた。
慣れない痛みに彼が悲痛な声を絞り出した時、アッティラの表情は醜く歪み、喜悦に満ちた声を上げた。
「はははは! いいだろう! 死にたくないんだな!? ──ならば死ね!」
「っ! ……ぁ……っ……」
アッティラが足を上げて、人間の胴体部分を踏み潰す。
すると声にならない声をあげて、人間は死の間際の息を吐き出した。
「さあ、その死の恐怖をゆっくりと味わいながら死ね……! お前達、弱い人間はそうやって死ぬ定めにあるのだ……!」
死に際の人間を見下ろして残酷な言葉を送るアッティラ。その声が届いたかどうかは分からないが、その人間の顔は涙と血でグチャグチャで、悲痛に塗れていた。
そこに至るまでのやり口は、日頃から人間を痛めつける業務を監督している魔物将軍らでも、何とも言えない表情を浮かべてしまうほど。
別に人間に同情している訳ではないが、何もそこまでしなくとも、と思ってしまうのだ。
彼らは特に、人間に思うところがある訳ではない。魔物より下の存在である家畜。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
だがアッティラは違う。これは魔軍の上層部。彼に近しい位置にいる将軍、隊長らの間では有名な話だ。
「あー、ムカつくな……もう死んでしまった……くそっ!! 脆弱な人間が……! 何故もっと私に破壊を楽しませない……!」
彼は日課である殺人を犯したばかりだというのに、苛ついたように地団駄を踏む。
人間を殺してはならないというのが、魔王から魔物に与えられた命令だが、魔人や使徒といった特権階級が、突発的に少数の人間を殺す程度ならお目溢しされている。
実情として全く殺していないかどうかはともかく、人間殺しは魔物の間では大っぴらには出来ないものだ。
やるとすれば、殺してもいい野良の人間。だからこそ、人狩りが流行る訳なのだが、アッティラの場合は、野良だろうが牧場の人間だろうが、日課として人間を殺さなければ気がすまない質だ。
彼はどうしようもなく破壊が好きで、特に人間が持つ全てのもの──即ち、文明を破壊することが何よりの喜びだった。
人間が築き上げてきたものは例外なく嫌悪し、破壊する。魔物らしさを尊ぶ一方で、人類文明というのを嫌っていた。
「むしゃくしゃするな……おい、先程捕まえてきた野良の人間をもう少し連れてこい」
「はっ……しかし、もうすぐ軍議のお時間となりますが……?」
真面目な魔物将軍が、軽く伺うようにそんな問いを投げる。
するとアッティラは、魔物将軍に怒りこそしなかったものの、その血走った目を彼に向けた。
魔物将軍がビクリと身体を跳ねさせる中、アッティラは鷹揚に語りだす。
「ふ、ふふふふ……貴様は分かっていないな」
「は、はい。それはどういう意味でしょうか……?」
恐る恐る魔物将軍が問い返す。周囲の将軍たちはその話を知っているため、やはり刺激しすぎないようにだんまりを決め込んでいた。
すると、アッティラは声を高くして言う。その声に怒りを滲ませて、
「魔物は、人間を嫌悪し、その全てを破壊し尽くすのが本懐なのだ……!!」
両手を挙げて、演説でもするかのように、彼は今を嘆き、昔を懐かしむ。
「だというのに、今の時代は滅ぼすべき人類も少なく、またその数少ない連中をすり潰すのに許可すら取れない始末……! ああ、叶うならば、600年前の国狩りのような最高の破壊を、私は奴らに与えたい……!」
だが、その中にはやはり怒りが滲み出している。
愉しみを得たいという割には、彼はその600年前を思い出して苛ついているような気がした。
だからこそ、魔物将軍は会話相手の務めとして、響きを返す。
「人間がお嫌いなので……?」
「ははは! いや、昔は嫌いじゃなかったとも! 国狩りの最中までは、奴らは私に愉しみを与えてくれる掛け替えのない存在だとすら思っていた。だが──」
そこで言葉を区切り、アッティラは強く噛みしめる。
その怒りの原因こそが、600年前にあるのだと、
「あらゆる人類勢力を、人類文明を根こそぎ破壊し尽くしていた最高の最中に、私は一人の人間と対峙した……! 忘れもしない憎き出来事……! 偶然見つけた逃走中の人間勢力を追いかけて皆殺しにしてやろうと思った矢先に、その老人は現れ、私に傷をつけて、あろうことか人々を連れて逃げおおせたのだ……!」
今思い出しても腹ただしい! と、アッティラは同僚の大将軍がよくするように怒る。
彼にとってその出来事は、価値観すら歪めてしまうほどの出来事だったのだ。
「あの愚かな人間が……魔物に虐げられるべき人間が……あろうことか、魔物大将軍である私に反抗し! あろうことかこの私を敗走させたのだ……! こんな屈辱的なことがあるか!?」
「そ、それは……」
魔物将軍は絶句する。にわかには信じ難い話だ。
魔物大将軍アッティラは弱くない。当然だが、その強さは魔人級とさえ称えられ、国狩りで成した功績が最も大きいため、魔軍の中では比較的影響力は高いのだ。
魔物にとっては戦争で活躍した英雄のような存在。他の魔物大将軍もそうだが、彼らはそういった畏怖の存在だ。
そんな彼らが人間に負けたというのは、果たして本当の話なのか。鵜呑みにしていいか迷ってしまうほどの話だった。
だがアッティラの言葉は迫真のもので、
「ああ、理解している……! あの時の私は弱かった……! 弱いのが悪かったのだ……! あの時の傷の痛みは今でもよく思い出せる……私の身体は傷こそ再生するが、その屈辱は消えてくれない……!」
だから、とアッティラは拳をギリギリと握りしめて言う。
「私は誓ったのだ……! 人間を、今度こそ完膚なきまでに破壊し、もう二度とあのような秩序を乱すようなことはさせないと……! 人間が魔物に逆らうなんてことは、あってはならないのだ……!」
「……だから今回のこの布陣ですか……」
「そうだ! 奴らを真綿で首を絞めて殺すように、じわじわと嬲り殺すのだ……! 幸いにも、ようやく許可も得た! ちょっとした条件付きではあるが、それさえ守れば問題にはならない! 許可を得るために必要な仕事もあったが、そちらはイヴァンが行ってくれている!」
そう、何一つ問題はない。
ここ数百年。アッティラは何度も野良の人間を駆逐するように大将軍会議で発言し、魔軍参謀であらせられる魔人レオンハルトにも直訴してきた。
だがその要求は通らず、許可は一切出なかったのだ。
如何にアッティラが大将軍随一の功績を誇る者だとしても、それは自分の要求を通すほどの力ではない。
そもそも魔人は自分達大将軍よりも圧倒的上位であり、彼らが首を横に振れば、こちらの要求が通ることはない。
ましてや相手はあの魔人レオンハルトだ。魔人筆頭にして魔軍参謀。最強の魔人。魔物界の英雄など、様々な異名を持つ魔王の懐刀。
彼の魔軍での影響力は尋常ではない。魔軍では、魔人レオンハルトを英雄として尊敬、畏怖する声も多く、その多くはレオンハルトを信奉している。
7体いる魔物大将軍も、そのうちの5体──カエサルを筆頭として連中は全員レオンハルトの信奉者である。
ゆえに協力者はイヴァンだけ。イヴァンは割と頭がおかしいため、味方としては少し問題があるが、味方を選べるほどの余裕はアッティラにはなかった。
大陸南部を主に担当している大将軍として、南部の大規模牧場を運営している一応の上司、魔人四天王である魔人ケイブリスにも提案してみたが、最初の方は好きにしろという態度であったにも拘わらず、レオンハルトが反対していることを知ると態度が一変し、
『アッティラてめぇ……レオンハルトを怒らせるような真似したら俺がてめぇを殺すからなあああああああ!? 肝に銘じとけ!! この間抜け野郎!!』
──と、そのように怒られてしまい、全く当てにならない。
有名な話ではあるが、ケイブリスは異常な程に魔人レオンハルトを恐れている。魔軍の将兵の間では尊敬されているのとは反対に、魔人の間では近年全く戦うことのない魔人レオンハルトを軽視している者が、極一部だが、いるという噂だが、ケイブリスはその真逆で、一貫してレオンハルトを恐れ、彼に対して忠義を見せることに必死だ。
故に上司であるケイブリスは使えなかった。あれでも一応、魔人四天王最強の噂も高まってきている強大な魔人なのだが……。
しかし、そんな苦節を経て、アッティラは魔人レオンハルトからその許可をもぎ取った。
幾つかの条件や任務は依頼されたが、それを満たすために、イヴァンは極秘の任務に向かっているらしい。
その間に、アッティラは最近になってようやく見つけることが出来た大規模な人里を攻めることにした。
おそらく、一万人以上の人間が住む大規模な隠れ里。そんな大勢の活きの良い人間を破壊出来るなど、なんて幸運なのか。もはや積年の苦労の日々すらも忘れて、レオンハルトや他の大将軍共に感謝すらしたい気持ちだった。条件はあるが、人間一人くらいであればどうでもいい。それさえ兵に厳命しておけばいいのだ。
だがそれらも、これから人間を滅ぼして怒りを消費しきってからである。
それに、一応注意しておかなければならないこともある。
「──はぐむぐ……ふぅ、ごっそさん。悪くない味だったぜ。次はB定食をおかわりだ」
「むぅ、こっちの定石から外れた手は研究しがいがありそうですわね……」
本陣にある円形の机の一角に、魔物将軍らが少し距離を取っている二者がいる。
一人はこの作戦を許可した魔人レオンハルトの使徒であるキャロルであり、作戦の監視として同行している人物である。
彼女は暇なのか、机に将棋盤を広げてうんうんと唸っている。趣味の一つらしく、噂では魔物界一、将棋が強いとか。
そしてもうひとりが──魔人ガルティア。
異常な量の食事を魔物兵に運ばせ、それを次々と平らげていく彼は、ムシ使いという特殊な人間の魔人であり、レオンハルトが派遣した、今回の作戦の見届け役だ。
アッティラが唯一警戒しているそんな二人。彼らにアッティラは声を掛けた。
「ガルティア様にキャロル様……これから軍議を始めますが、あなた方の手を煩わせるつもりはありませんので、ご安心ください」
暗に──“お前達は余計な事をしてくれるな”と遠回しにお願いする。
実際、使徒であるキャロルはまだマシだが、魔人であるガルティアに動かれたら人里など一瞬で壊滅してしまう。
破壊の愉しみを奪われてたまるか、と内心で反抗しつつ、あくまでも大将軍として目上に対する穏便な声で告げると、
「ん? あー、一々言わなくても俺は動く気はないぜ。レオンハルトからは見るだけでいいって言われてるしなー」
「わたくしも、特に動く気はありませんわ。レオンハルト様の命に歯向かうような真似をすれば別ですけど」
「……決して、そのような真似は致しませんとも」
一応、ガルティアとキャロルから動く気はないという言質を頂くが、完全に信用は出来ない。
キャロルの方はこちらが不穏な動きをすれば真っ先に動くだろうし、ガルティアの方も気まぐれな部分があると聞いている。幾らレオンハルトに言われているからといって、動かない保証はないのだ。
そう考えていると、案の定、ガルティアが続けて軽い笑みを浮かべ、
「だが、手こずるようだったら手を貸してやってもいいぜ」
「は……ははは! ガルティア様も冗談がお上手ですな。この大軍で負けることがあるとでも?」
「いやぁ……どうだかなぁ、人間にも案外やる奴がいなくもないし……レオンハルトが目を掛けてるってことは、案外……」
ガルティアはそこで間を置き、食事を続けながらも何かを考えるように真顔になる。
だが少しして、再び口を開くと、
「……ま、考えても仕方ねぇ。俺はゆっくり飯でも食ってるから好きにしな」
「わたくしもそろそろお腹が空いてきましたわー。ガルティア様、少し頂いてもよろしいですか?」
「いいぜ。こっちのクリーム金魚シチューがおすすめだ。金魚の出汁が出てて中々味わい深い」
「いただきますわー!」
「は、ははは……ではごゆっくり……」
アッティラは食事をする二体を見て、僅かに顔を引き攣らせる。
……長く愉しむためにゆっくり攻めようと思っていたが、あまり長引くとこっちの食料が無くなるな……。
それなりに多くの食料を運んできたつもりだが、ガルティアがいるとなれば話は変わる。
場合によっては、近くの牧場に兵を送って輸送しなければならないかもな、とアッティラはその懸念事項に息を吐き出すのであった。
「…………」
「ん? どうしたラウネア? だから食い物を齧って残すのは──って、あ? それ本当か?」
コクコクと頷くラウネアに、ガルティアは少し考えた末に、隣のキャロルに小声で、
「おいキャロル。ラウネアが言うには……──が近くに来てるらしいぞ」
「……! マジですの?」
「おお。近くの山にいるらしい。飛んでるとこを見たってよ」
「そうですの……まあ危ないことはないと思いますが……後でお声を掛けないといけませんわね……」
軍議が行われる最中に、ガルティアと小声でやり取りし、キャロルは一つ用事が出来たとそのことを心に留め置くことにした。
「──それで、あの後はお前もどっかに封じ込められてたのか?」
「ええ。遺跡の奥で宝物のように鎮座されていました。それを彼女が拾い……」
「ふん、なるほどな」
魔法の里の一室で、二振りの剣は久しい再会のやり取りを行っていた。
勝負に一区切りがつき、お互いの持ち主が話をするのに合わせて、彼らも頼んで会話の席を設けてもらったのだ。
だがその空気は、昔のそれとは違い、気まずい雰囲気が流れている。
お互いに何かを感じながらも、それを口に出すことが出来ないでいた。
魔剣カオスも、二人になれば色々と言いたいことがあったはずだが、いざそうなってみれば何と言うべきか、言葉が出てこない。百年という時間は、人外の者達にとっては大したことがなくても、人間の感覚を持つ彼らにとっては長く、ぎこちなさを感じるのに十分な時間だった。
「……しかしこれだけは言っておきます。理解してほしいとは言いませんが……私の信念は、あの時から全く変わっていない。ただ、その過程を見直しただけです」
「……それが魔人に与することだとでも言うつもりか? そんなのは──」
「ええ。だから理解しなくても構いません。もし立場が逆であったとしたら、私も私の行いを疑問視するでしょうから……」
「……お前、本当に何があった? 何か事情でもあるのか?」
かつての仲間のその言葉に、狂ったようなものは混じっておらず、かつての馬鹿真面目なものを見たカオスは、それだけに日光の言葉の意味を噛み締めて、疑問を投げる。だが、
「……すみません。事情を話すことだけは出来ません」
「……はぁ~~~……そればっかりじゃな。それだと、何を考えてるか全く分からん。今のお前を見たら、他の仲間はどう思うか……」
「理解しています。狂ってると見られても構いません」
ですが、とそれを承知しながらも日光は別のことも口にした。
「ホ・ラガであれば、私の行動を理解出来るかもしれませんね……」
「……あのホモが? まあ奴はたしかに頭がいいが……」
その理由を考えて、カオスは唸る。だがそこで日光は話を流すように、
「……少し、喋りすぎたかもしれませんね」
「……何なんじゃ全く……」
カオスもそれを理解しながらも、答えが出ないため、止める術を持たない。
ただ、一つだけ言っておくことがあると、
「……言っとくが、儂も変わらんぞ。例え、お前さんが敵だったとしても、儂は魔人を……魔王を殺す。あいつらは、人間の敵だ」
「……ええ、分かっています」
日光もそれに頷く。カオスにも譲れないものがあるのだと理解し、その思いに懐かしいものを感じながら。
そしてその話が終わると、話題は別のものに移った。先程も少し話した、
「……そういえば、他の奴らはどうしてるか知ってるか? ホ・ラガにブリティシュ……後、カフェも……」
「……ホ・ラガについては、心当たりがあります。ですが、他の二人については……」
「……そうか」
「出来れば、また会いたいものですね」
「ああ、そうだな」
お互いに、無事であるはずがない、という極めて高い可能性を感じながら頷く。
ホ・ラガは日光の話にも出たし、平気だろうが、ブリティシュはそもそも生きているかどうかすら怪しく、カフェについては別の意味で心配だった。
だがその思いを共有しながらも、日光の方は、それを知る術があることを言わなかった。
彼に聞けば教えてくれるのだろうが、日光はそれを知ることを躊躇してしまっている。
色々と理由をつけて、仲間に会わないようにしているのだ。
道を決めたとはいえ、その姿をかつての仲間に見せたくはなかったから。
だからというわけではないが、日光は話題を持ち主のものに戻した。
「白兎とガイも、どうやら昔からの知り合いのようですね」
「そうみたいじゃな……はぁ、どうやったら魔人の子なんかと知り合うんだ……? おかげで戦う意志が全然ないようだし……」
「まあ、色々とあるのでしょう。積もる話もあるようですし、しばらく時間を潰しましょうか」
「そうじゃの~……はぁ、これで魔人を殺したくないって言われたら儂はどうすれば……」
そうはならないだろうと思いながらも、日光は微妙にテンション下がり気味のカオスを窘めた。
今頃は、ガイと白兎も、真面目な話し合いなどを行っているのだろうか、と想像しながら。
「──ふふん! 私の勝ちですね!」
「……今のは卑怯だ。また私の心音を聞いただろう?」
「聞こえてしまったものはしょうがないですから! それとも私に耳を塞げと言うつもりですか?」
「くっ……」
「これで私の20連勝ですね」
どやぁ、と腰に手を当てて自慢気になる白兎に対し、ガイは眉間に皺を寄せ、屈辱の声を部屋に響かせた。
彼らは今、ベッドの上に胡座をかいて──白兎は正座だが──座りながら、白兎が持ってきた魔物界で流行っているというカードゲームで遊んでいた。
ガイはその手の娯楽に全く縁がなかったため、人間の間でも多少知られているトランプも含めた色んなゲームのルールを教えてもらい、実際に白兎とやってみたのだが、結果は連戦連敗。
ガイが初心者というのもあるが、それ以上に白兎が心理戦に強すぎた。
何かを質問し、それに答えても答えずとも、心音の強さでそれが合っているかどうかを読み取ってくる。生まれ持ったものとはいえ、反則級のやり方を続けられれば、さすがのガイも勝てるはずがない。
だが白兎の方は満足気だ。というのも、
「普段はイヴさんに負け越してますから勝つのは楽しいですね」
「……あの子はそんなに強いのか?」
「ええ、強いですよ。いえ、実力は互角なんですけど、イヴさんは相手の感情や心の中が読めたりするので、私以上にこういったゲームだと有利なんです! 卑怯だと思いませんか! ガイさんからも今度言ってやってください!」
「──ああ、そうだな。今の君と同じくらいには」
「私はほら、目が見えないというハンデがありますので。イヴさんはそういうの無しに読んでくるからズルいんです」
「…………」
目が見えないということを別に自虐的に言うでもなく、茶化すように言う辺り、彼女にとってそれは当たり前なのだろう。
だがそれを言われると、ツッコミ辛いから止めてほしい。当人が気にしていないとはいえ、他人からそれを言うのは難しいというか、どうしても気を揉んでしまい、憚られるものだ。
というか、昔も思ったが、白兎は凄く子供っぽい部分がある。見た目もそうだが、性格も、500年近く生きているにしては、年頃の純粋な少女のようだ。
血なまぐさい日常を、彼女も見知って、あるいは体験しているはずなのにこの邪気の無さは、それを子供の頃から日常としている魔人の子であるからだろうか、と複雑に思いもする。
だがそれがガイにとっては接しやすいのも確かであるため、彼女が魔人の子で良かったとも思ってしまうのだ。
『あのイヴって奴、魔女と同じで心読めるのかよ……もしかして、読心する奴って思ったより多いのか……?』
そしてもうひとりの人格は、イヴという白兎の親友の少女の話を聞いて、うんざりしたような様子だ。
確かに、読心をしてくるような相手は少し苦手だ。魔女のこともある。
とはいえ、魔女ほどアクの強い性格はしてないだろうし、意外と仲良くなれたりしないだろうか、とガイは地味に期待する。
そんなことを考えながらも、久し振りに会った旧友相手に、どう話しかけていいか迷いつつも、一応は交流を図ろうと自分から口を開き、
「……それにしても、慣れているな。よくこうやって誰かと遊んでいるのか?」
「そうですね。いつもはイヴさんとか藤吉郎とか、前に一緒に居た戯骸さんとお町さんとかとも遊んだりします。お町さんは、最近JAPANを行き来するので少し頻度が減ってしまいましたけど……」
「ああ、あの……」
『なんかホモっぽい化け物と、ぼいんぼいんでエロい妖怪だな』
もうひとりの口の悪さに眉を顰めながらも、一応は同意する。確かに、そんな感じの者達だった。
そこまで話した覚えはないが、こうやって言われると懐かしく感じてしまう。
悪意はそこまで無さそうだったし、可能であればあの者達とも再会してみるのも悪くないかもしれない。そう思っていると、白兎は言葉を続け、
「後は、メイドの人達とか……あ、最近は弟や妹とも遊んでます!」
「妹に弟か……って、妹と弟? まさかそれは……」
何気ない発言に、ガイは二度も確認の言葉を呟いてしまう。
すると白兎も、あ、と一瞬真顔になりながらも、直ぐに咳払いをして、
「こほん……今のは……そうですね。秘密にしておいてくれますか? 本当は言ってはいけないので」
「あ、ああ……構わないが……ということは、君の妹や弟というのも、やはり──」
少し戸惑いながらも質問する。別に言いふらすつもりはないが、気にはなる。
すると白兎はこちらを信頼してくれているのか、あっさりとうなずきを返し、
「はい。皆、魔人の子ですね。母親は違ったりするので、細かい種というか、私のように人間と魔人の子というわけではなくて、それぞれ違ったりしますけど」
と、何気にとんでもないことを普通に教えてくれる。
一応は魔人を倒そうと目標を立てている自分だ。顔は引き攣っていないだろうかと、不安に思いつつも、白兎に震えそうな声で問う。
「そうなのか……皆、良い子なのか? しかも、どうやら複数いるようだが……?」
「はい! 皆私の自慢の弟、妹達です! ちょっと寡黙だったり、ちょっと燃えやすかったり、お歌が好きだったり、働かないことを公言してたり、ちょっと太ってて目立ちたがりの食いしん坊だったり、野球ばっかりしてますけど少女漫画が好きだったり、ちょっと仰々しくて世界征服を目指してるけど人助けが趣味だったり、頼めば何でも出来たり……とにかく、皆
「そ……そうか……」
どこが普通なんだ、という言葉をグッと飲み込んで頷く。
凄く不安になる。前半はともかく、後半になってテンションが上がるにつれて、情報量が跳ね上がった。
この分だと、前半部分も、本当は色んな部分を省いて説明しているのかもしれない。
『……というか、白兎がちょっと個性的って言うことはだな……』
言うな。考えないようにしていたというのに。
そもそも全く普通でもない個性的な白兎が、“ちょっと個性的“と言う時点で、とんでもない変人集団であることは確定しているような気がする──という現実を、もうひとりのガイは容赦なく心の中でガイに叩きつけた。
ガイの頭の中には、白兎に似た男女にもの凄く濃いキャラ付けをしたような想像が広がっているが、母親が違うと言っていたし、そうとも限らないのが何とも言えない。
「機会があれば紹介しますね!」
「あ、ああ……そうだな……」
その機会が来ないことを願って、ガイは修行前の時間を旧友との交流に使った。
大陸東部にあるとある山脈。
北から南に掛けて大陸東部を東と西に分けるように連なるその山脈は、大陸全体で見てもそれなりに巨大な山脈だった。
標高も翔竜山程ではないが高く、山頂付近には雪が降り積もり、周囲の地形が確認出来るほど、遠くまで見渡せるようになっている。
当然だが、今の時代において態々山登りをするような人間はいない。
冒険者であれば可能性はあるが、彼らが登るのは比較的標高が低い山で、しかも登頂を目指すのではなく、その道中にある洞窟などのダンジョンが目的だ。
翔竜山のような高名な山でもなければ、危険で旨味の少ない、言ってしまえば娯楽か修行の為にしか人は登らない。
魔物であっても、登頂するものは空を飛べる者か、そもそもそこに住み着いている魔物だけだ。
だがそんな山の頂上に、今は人影があった。
「……あれが人里か……」
発した声は人のもの。故にそこにいるのは、少なくとも知能ある存在。
だが、人間であるかどうかは怪しかった。
その男の格好は、全身黒尽くめで、顔も黒いマスクで隠し、目元だけを見せているような異質な状態。赤く鋭い瞳が覗いていることから、やはり顔立ちも人のものであることは確かだろう。腰元に刀を差していることから、修行にやってきた剣士である可能性はある。
だが人間であれば──
頂上付近に住み着く凶暴な魔物が怯えるほどの威圧感を発しもしないだろう。
故に、山の麓を見下ろしている彼は、人ではない。
ではその正体は何なのか──その答えは、傍らに駆け寄ってきた存在が口にした。
「ええっと……そろそろ満足しましたか~、カイゼル様?」
人外の男──カイゼルと呼ばれた人物の背に近づいたのは、赤いフードに不気味なデザインの仮面を身に着けた女性の声だ。
彼女の名は火炎書士。魔人ラ・ハウゼルの使徒であり、最も臆病な使徒を自称する慎重派でちょっと個性的な使徒である。
彼女は今、主のハウゼルではなく、しかしそれでいて、それに近いくらい大事な存在のお目付け役として来ていた。
それも彼がどうしても行こうとするからである。火炎書士としては今直ぐ帰りたい。主の方はともかく、他の人に怒られる可能性だってあるのだ。
だからそろそろ満足してくれないかな、と期待薄ながらも問いかける。するとやはり、
「……馬鹿野郎! せっかく親父やゴリラに怒られることを覚悟してここまで来たってのに、手ぶらで帰れるか!!」
くわっ、とその鋭い目を見開いて声を荒げるカイゼルという名の人外。
その感情が僅かに高ぶると、その身に纏う炎も比例して大きく燃え盛る。
一応同じ炎属性な存在として熱くは感じないが、その返答にげんなりとして火炎書士は肩を落とした。一応言っておこうと、
「……なら一ついいですか? 言い難いんですけど……」
「……なんだ? 言っておくが、俺様はまだ帰らねぇ。せっかく人里を見つけ──」
「──人里は反対側ですよ? あれは魔軍の陣ですね。何をどうしたら見間違えるんですか?」
「…………」
火炎書士のその指摘に、カイゼルはすっと後ろを向いて確認した。
すると確かに、目当ての人里が山の谷間、外部からは見えない位置に見えている。
その場に何とも言えない雰囲気が流れる中、カイゼルは火炎書士から顔を見せないように腕を組んで胸を張ると、
「……も、もちろん俺様は最初から分かってたぜ!! 今のは火炎書士、お前を試しただけだ! お前がちゃんと人里がどれか理解しているかとな!!」
「……そうですかー」
清々しいくらいに震え声で強がるカイゼルに、火炎書士は敢えて何も言わない。微妙に残念なとこがあるのが、らしいな、と思いつつうなずき、火炎書士は話を戻す。
「まあ、あっちも見てたなら分かると思いますけど、今は魔軍が来てる……というか、ひょっとしなくてもあの人里に襲撃をかけようとしてるみたいですし、今は止めたほうがいいなって私は思うんですけど……?」
「あ? なんで止めないといけねぇ?」
「あれ、多分10万か、下手したら20万くらいいますし、確実に助かりませんよ、あの人里。カイゼル様も危ないですし……」
そう言って止めるように進言しようとしたのだが、カイゼルにとって、その言葉は逆効果だった。
「ああ!? 俺様を誰だと思ってやがる!? 危険だろうが行くに決まってんだろうが!! 魔物兵のたかだか20万程度、俺様一人で燃やし尽くしてやる!! もしくは斬り殺すでも可!!」
「えぇ……なんで敵対する気満々……? いやまあ、そりゃ戦闘的な意味で危なくはないかもしれませんけどね……あまり人目につくのはよくないというか、そもそも、白兎様を追いかけに来たのでは? 城を出る前に、その友人とやらを確かめるとか言ってたような……?」
「白兎姉も大事だが、そっちは後だ! 先に人里で用事を済ませる!! 人里が潰されちまってからだと遅いし、ルイゼルに先を越される訳にはいかねぇからな!!」
相当な自信家なのか、危険だろうが全く臆することなく、二十万の大軍を一人で倒すと拳を握って豪語するカイゼルだが、火炎書士としては頭を抱えてしまう言動と行動だ。
「そのルイゼル様みたいに、もっと安全で、レオンハルト様の影響下にある場所にした方が私的にはほっとするんですけどねー……ほら、カイゼル様もカラーの森行きません? 人間よりも強くて可愛い女の子がいっぱいですよ?」
「ぐ……確かに……そう言われればそうだ……」
切り口を変えて場所の変更を促してみると、先程までの説得よりは効果があった。カイゼルも考えるような素振りを一瞬見せる。
だがしかし、直ぐに首を振ると、
「いや、それはやっぱ出来ねぇ……! あそこはアルベルトの兄貴がいるし、何よりルイゼルの奴がいる! 前に熱くなって危うく火事になるとこだったし、兄貴に迷惑を掛けることは出来ねぇからな……!」
「あー、そういえばそんなこともありましたね。でもカイゼル様もかなり謝って、向こうも許してくれてましたし、別に構わないのでは?」
火炎書士もその時のことを思い出しながら言う。別に行っても構わないのでは? と。その二人がいるなら、カイゼルが熱くなっても鎮火出来る。なのでそれがいい。というか火炎書士的にはそうしてほしい。気を揉む必要が殆ど無くなるからだ。
しかし、それでもなおカイゼルは首を横に振り、
「駄目だ!! 俺は森と相性が悪い! いや、ある意味良いんだが、燃やしちまうかもしれないって考えると気が気じゃねぇし、何よりルイゼルが何かするってことは、間違いなく俺様は熱くなっちまう……! あいつは……!」
ぐっ、と何かを堪えるようにカイゼルが両の拳をぎりぎりと握りしめる。
炎が吹き出て、再び周囲の温度が上がっていくのも、そのカイゼルの心情を表しているといっていい。それは凄まじいものだ。
だが火炎書士は、カイゼルが抱えているそれを知っているため、そのカイゼルの怒っているような声を聞いても、呆れることしか出来ない。
このカイゼルは、色んな意味で変人で、
この直情的な部分とか、微妙に馬鹿なところは、どちらかというと、主の片割れに似ているのだが、
「……よし、やっぱりあそこに行くぞ! 戦いが始まるってんなら好都合だ!!」
「え、ええ!? 本当に行くんですか!? やめましょうよ!?」
「クハハハハ! 安心しろ火炎書士! 俺様が出ることはねぇ! あくまでも、探すだけだ! 俺様の求めるものをな!」
そうしてカイゼルが豪快に笑うと、火炎書士の後ろ首を掴んで宙に浮き上がる。そのまま飛んで行こうというのだ。
「もたもたしてると瞬間移動してゴリラが俺を捕まえにくるだろうからな! さっさと行って良いポジション取んぞ!」
「あーもう! たまには言うこと聞いてくださいよ~~~!!」
山々に、火炎書士の叫ぶような声が木霊する。
やはり使徒が──“魔人”に言うことを聞かせるのは厳しいのだろうかと、教育の仕方を悩みながら、彼女はカイゼルに連れられて麓に降りていった。
最後の謎の魔人……一体何者なんだろうなー(棒
ともあれ色んな奴が登場してどう転ぶだろうなってところ。次回はガイ君が禁呪の習得に挑みます。もしくは氷の女王(え