本編どうぞ
調度が適度に保たれ、中央に10人ほどが掛けることの出来る長テーブルがあるその部屋では、一つ以外の全ての席が埋まり、異常な緊迫感の中、会議が開かれていた。
「──斥候が持ち帰った情報によると、やはり数は10個軍、約20万の軍勢であり、これを率いているのはおそらく魔物将軍の上位種、魔物大将軍であり、その中でも大陸南部を管轄するとされる大将軍、アッティラが指揮していると思われます。……更には、まだ未確定の情報ではありますが、魔人がいる可能性も高いと……」
「大将軍だけでもヤバいってのに、魔人だと……!?」
「そもそも、二十万なんて勝ち目がない……どうすれば……」
1人がその場で立ち上がり、9人が席についたまま1人の説明を聞く。彼らは皆、人間ではあるが、普通の人間よりは明らかに体格が良かったり、顔つきが違ったり、只者ではない雰囲気を醸し出していた。
それもそのはず、彼らは魔物討伐隊の中で最も名の知れた鋼の騎士団、その10個の部隊を率いる分隊長達だ。
隊員数千を越える鋼の騎士団は、隊員達を10個の部隊に分けて、それを分隊長達が指揮している。百名の部下を分隊長が、その分隊長達を、隊長であるロランが率いて、副隊長である未来視の魔女がそれを補佐するといった、指揮系統である。
当然、その誰もが歴戦の強者であり、並の人間では束になっても敵わない高レベルの戦士達だ。
だが、どんな魔物の群れに遭遇しても冷静に対処してきた彼らの顔も、今は青褪め、酷い動揺が広がっている。不在の未来視の魔女に代わって現状の説明をしている分隊長も、冷静で動じていないように見えるのは言葉だけであり、報告書を持っていない方の左手は時折震えていた。
だがそれも無理からぬこと。幾ら鋼の騎士団が歴戦の魔物討伐隊だとは言っても、魔軍──それも二十万の大軍勢が押し寄せていると聞いては紛れもなく、“死”を覚悟しなければならない。
魔軍を相手にすること自体が基本的に避けられ、やむを得ずに相手にする場合も一部隊まで。一個軍を相手にすることもありえないとされているのだ。
当然だが、彼らにこんな経験は未だかつてない。戦闘は幾度も重ねてきたが、戦争を経験したことのある者はいないのだ。
その言葉すらも、今は失われ、古い書物や伝記小説でしか聞いたことのない事態が、自分たちの身に降りかかろうとしている。冷静で居られるはずもない。
「や、やっぱり、今直ぐ逃げよう……! 二十万なんて戦い様がない!」
「どうやってだ!? 住人だっているんだぞ!? 彼らを連れて、包囲網を抜け出すことは不可能だ! 騎士団総勢だけで行っても無理だというのに!」
「な、なら北に……山間部を抜けて逃げるルートを模索するのは?」
鋼の騎士団の本拠地でもあるこの隠れ里の人口は、一万人を超える。
当然だが彼らを見捨てることなど出来ないが、彼らを連れて魔軍の包囲網を突破することは不可能だと分隊長の1人が声を荒げて意見した。
比較的落ち着いている分隊長が北側に逃げるのはどうかと意見するも、少し考えた末に他の分隊長から、
「……難しいだろう。この周辺はともかく、山脈の北側は基本手つかずだ。道が険しいのは言わずもがな、魔物だって多い」
「そもそも仮に北の山脈から西側や東側に逃れることが出来たとして、その後はどうする!? そこいらにだって魔物はいるし、一万人で移動すれば目立つ! 住民を守り切ることは不可能だぞ!?」
「仮に犠牲を出しながら何処かに逃げることが出来たとして……他の里に受け入れて貰えるはずもない……どこも、自分達が生きるだけで手一杯だからな……」
そんな反対意見が口々に上がってくる。
彼らの意見は冷静で的確なものではあった。騎士団の隊員達であればともかく、普段は平穏な生活を送り、戦闘や行軍の訓練を受けているでもない住人達は、そもそも険しい山道を行くことすら難しいだろうし、それが出来たとしても魔物の問題があり、それをクリアしてもまた次の問題がある。故にその方策は使えない。更には、斥候からの報告書を手にしている分隊長からも、
「いや……そもそも、魔軍は山の方にも軍を派遣しているようだ。奴ら、数に物を言わせて山狩りでもする気なんだろう。完全に場所は割れているし、逃げ出すのは困難だ……斥候も、帰ってきたのは数名だけで、その殆どは魔軍に捕まったらしい」
「そんな……」
「っ、ならどうすればいいんだ!? このままじゃ──」
血の滲んだ報告書を片手に手を震わせる分隊長に、他の者達も絶望する。
逃げることは困難。かといって、戦っても死ぬだけ。
八方塞がりともいえる事態に、歴戦の分隊長達も活路を見いだせず、やはり死を覚悟せざるを得ない。
いや、魔軍の所業を考えると、死ぬことが出来るだけでも幸運かもしれないのだ。大きな組織なだけに、情報もそれなりに仕入れている彼らは、人間牧場でどのようなことが行われているかを知っている。
耳にするのも悍ましい、残酷な責め苦の数々。魔軍に捕まれば、まず間違いなくそれを実際に体験することになるのだ。
「お、俺らは死ぬのか……? いや、死ねるのか……!? このままだと俺達も捕まって……!」
「し、しかも南の牧場のアッティラだろ!? 積極的に人を狩ってるところを目撃されてるっていう……!」
「っ、まだそうなると決まったわけじゃねぇ……! なにか、なにか助かる道が……!」
普段は厳かな雰囲気の会議の場も、今は怒声と悲嘆に満ちた声が漏れる場となっている。
だがそんな中、唯一冷静で、誰もが期待を掛ける存在が、席の上座にいた。
「……皆、少し落ち着こうか」
「ロラン隊長……! しかし、このままでは……!」
鋼の騎士団の隊長、“鋼の騎士”の異名を継ぐロラン。
新入りであるガイに負けたとはいえ、人類最強の一角として、隊員達から尊敬と期待を受ける彼が声を発したことで、視線が集中する。
次の言葉を待ちきれずに動揺している分隊長に対して、ロランは真面目な顔で頷くと、
「まあ、このままでは不味いね」
「そうです! だから──」
「だが……あくまでも、このままでは、だ。そこに至るまでの時間はまだある」
「っ……それは……いや……ですが……」
「だから少し落ち着こうか。そうやって慌てていても、事態は好転しない。いつも言っていることだと思うけどね?」
そう言うと、今度こそ会議場は静かとなった。
急な事態に見舞われることは、魔物討伐隊として生きている以上──否、今の世界で人間として生きている以上はよくあることだ。
ゆえに生き残るためには、慌てず慎重に、冷静で的確な対処を選び続ける必要がある。
それが今まで出来ていたからこそ、600年間もここは生き残ることが出来たのだ。
故にその意志を継ぐロランも、教えに則って極めて冷静にいるようにと努める。
完全に普段どおり、という訳にも行かないが、腹を括っている今となっては、特に動じることもない。
ただ少し、普段より冷たくなってしまっているだけだが、分隊長達はまだそれに気づかず、ロランに意見を求めた。
「……しかし隊長。何かしら手を考えないと、このままでは最悪の事態となります」
「そうだね。猶予は数日──いや、頑張れば一週間くらいはもつかな? 包囲は完成してるけど距離はまだあるし、向こうは徐々に包囲の輪を狭めつつ、攻勢を行うつもりだろうね。完全な位置までは掴まれていないようだし、今のうちに罠を張って、どうにか──」
「お……お待ち下さい! ロラン隊長!」
「ん? なんだい?」
ロランの続く言葉に待ったをかけるように分隊長。
それに対してロランは頭に疑問符を浮かべたが、分隊長達からすれば恐ろしい事を告げられているようであった。
その思いを代表して分隊長の1人が、
「もしや……た、戦うつもりですか? あの数の魔軍と……?」
恐る恐るそう問いかけると、ロランは今の状況には似つかわしくない、ニッコリとした笑顔を浮かべ、
「──そのつもりだけど?」
「!?」
その言葉を聞いて、誰もが絶句する。
分隊長の誰しもが、逃げ方を考えている最中だったのだ。そこにきての、隊長の戦おうとする言葉の数々。それを決定づける言葉。
彼らは皆一様にありえないと表情を歪めたが、ロランはそこで苦笑交じりに告げた。皆に落ち着くように手で制しながら、
「まぁまぁ、そんな狂人を見るような目で見なくてもいいじゃないか。一応、これでもこの窮地を打破出来る可能性の高い方法を考えてはいるんだよ?」
「そ……そんな方法があるのですか……?」
ようやく声を絞り出した1人がそう問うと、ロランは頷く。
そこで皆からもほんの僅かに期待するような、とにかく耳を傾ける姿勢を見せるが、続くロランの言葉はその期待に応えるようなものではなかった。それは、
「逃げても助かる可能性は低い。となれば、戦うしかない訳だけど──」
と、彼は一度間を置いて言う。
「二十万の魔物兵相手に勝ち目なんてないのは子供でも分かる。……でもまあ、数として見るから厄介に見えるけど、目的を絞れば活路を見いだせないこともない」
「……と言うと?」
勿体付けるようなロランに、急かすように問いを投げると、とうとうその答えは来た。
「簡単な事だよ────要は、頭を討てば良い」
「────は?」
一瞬、何を言っているのかと脳がフリーズする分隊長達。
それが難しいから逃げる方法を考えていたのではないのかと。
だが、ロランの頭の中はそうではないようで、
「罠を張って侵攻を遅らせつつ、大将軍を誘い出して、殺す。その間、住人には北の山にある洞窟にでも隠れていて貰おうか。いつかは見つかるし、多少は運の要素も絡むけど、幾つかに分けて隠せば、一気に見つかることはない。多少の時は稼げるからね」
ああ、殺るのは僕がやるから安心していいよ、とロランはまるで事も無げに方針を語る。
その言葉に、口を挟むことの出来る者はまだいなかった。黙って彼の言葉を聞き続ける。
「ただ一応、君達や隊員達にもちょっと手伝って貰う。……まあガイ君や魔女が居てくれればかなり楽が出来たんだけどね……いないものはしょうがない。一応どうにかして呼び戻せないか試してみるけど、里の場所も分からないし、そっちを当てにしてられない。うん、やっぱり殺れるのは自分しかいないか」
うんうんと自分で納得しつつ、ロランは次々に方策を告げていく。
分隊長達はそこでようやく、彼の目がいつもの“鋼の騎士”としてのものではなく、冷たい暗殺者のものとなっていることに気づいた。
いつの間にか彼の纏う雰囲気は、背筋が凍るようなものとなっている。瞬きした次の瞬間には、首を刈り取られても不思議ではないと思わせてしまう。
だがそれに軽く恐怖しながらも、頼もしさを感じているのも事実であり、彼らは多少だが、心に火を灯し始める。
しかしその瞬間──会議室の扉は開かれた。
「──ほ、報告! 斥候が戻ってきました!」
「おや、早いね。どうだった?」
直ぐに軽い調子で報告を促すロランに、報告にやってきた隊員は青い顔で告げた。
「そ、それが……戻ってきた者は命からがらと言いますか、殆ど死に体の様子でありまして……今は治療に当たらせているところであります」
「……そう。それで、何か情報は? そもそも喋れる状態なのかな?」
隊員の表情である程度を察しつつも、長として有益な情報はないかと問い返すと、隊員は懐から紙を取り出して、
「は……それが、その……こんな紙を、持ち帰って来てまして……ど、どうやら、敵からの物のようでして……」
「! 見せてくれるかい?」
は、はい、と震える声の隊員からその紙を直接受け取るロラン。
おそらくは、敵からの通達のようなものだろう。
帰ってきた隊員も、拷問を受けた上で、里にこれを持ち帰るようにと言われたのかもしれない。そこに書かれていた事を理解して、余計にそう思う。
「……さて、敵にもどうやら事情があるみたいだけど……これを見て、どう思えばいいのやら……」
「隊長……? そこには、一体なんと……?」
「……まあ、要は宣戦布告というか、今から攻めるぞっていう敵からの通達だね。だけど……こうも書かれている」
ロランは未だ意図や関係が読みきれないまま、その紙に書かれている内容を皆に告げた。
「──“これより、お前達人間とそれに連なる物を残酷かつ完膚なきまでに破壊し、滅亡させる。存分に恐怖するがいい”……」
そして、この続きこそがロランが分からない事そのものだ。
そこに書かれているのは、
「“──だが、ガイという名の人間を差し出せば、少しは手を緩めてやらなくもない”」
「っ!?」
その名が出てきたことに、誰もが驚く。
今となっては誰もが知る新入りの名前だ。それが魔軍から出てきたことに驚かない筈がない。
交換条件にすらなっていないとか、そもそもそんな気はないだろうとか、色々と思うところがありながらも、頭の中はそちらへの疑問でいっぱいになる。
だがロランには、ちょっとした推測が立っていた。何の確証もないが、
「“差し出す場合は、白旗でも揚げて人を寄越せ。存分にもてなしてやる。差し出さない場合は死ね。お前達に価値はない。我々を愉しませるために、精々泣き喚く練習でもしていろ“──と、まあ随分と傲慢で人間を下に見ている者のようだね。ただ──」
ロランは言う。不味い事態になっているかもしれないと、
「……ひょっとしたら魔剣の存在は、既に魔軍にバレているのかもしれないね……」
それ以外にガイという人間に拘り、それを差し出すように言う理由はないと、少なくともこの時点では思い、ロランは嘆息した。
これでは、無闇に助けを求めることも出来ないと。
「……どうするんですか、隊長……?」
「……まあ、人類の為にも差し出す訳にもいかないね」
とにかく準備をしようか、とロランは分隊長に命令をしながらも、とうとう覚悟を決めた。
魔物大将軍をこの地で殺し──また自分もそこで、死ぬ覚悟を。
大陸中央。世界一の標高を誇る翔竜山。
その山の麓に広がる大森林地帯は、カラーの森とも呼ばれ、カラーという女性だけの亜人種が住む森だ。
カラーは現在、人間と距離を取っており、ペンシルカウというかつての王国と比べれば小さな集落で隠れ潜むように暮らしている。
カラーのクリスタルが強力な魔法の媒体となり、資源としての価値を見出され始めてからというもの、人間はカラーにとって、害為す存在でしかなくなっていた。
故にカラー以外の者はペンシルカウに存在しない。
だが、その中にも例外はある。
「──ルールッルールルルルッルー♪ ルールッルールルルルッルー♪」
森の奥。生い茂る木々の間を歌声が響き、人影が歩く。
それは女性の声であった。
「ルルッルッルッル、ルイ~ゼ~ル♪」
間違いなく、人間の女性の声だ。
その声は美しく、可愛らしい。実際にその声を発している存在も、容姿が非常に整った女性ではあった。
足元までを隠す、修道服にも似た、全身真っ白いコートに身を包み、頭にも布が僅かに垂れ下がった頭巾に似た帽子を被っている。鴇色の髪は長く美しく、そのぱっちりと見開いた瞳は赤く煌めいていた。
また、そのゆったりとした衣服でも、その女性の恵まれたスタイルの良さは隠しきれず、胸元を押し上げ、衣服に付いた腰元のベルトは腰の細さを表している。
よく見れば衣服の足元には動きやすいようにか、僅かにスリットが入っており、彼女の隠しきれない奔放さを示しているかのようである。
その顔立ちも女性としては可愛らしく美しい、一つの完成形で、キラキラとした笑みを浮かべている。腰元に青い鞘の直剣を差していることは物騒極まりないが、この時代であれば武器を持つことは自然なことであり、おかしなことではない。
だが、その人並み外れた美貌を持つ女性は、実際に人間ではないだろう。
人間であるなら──周囲の木々が霜に覆われ、地面を凍てつかせるほどの冷気を身に纏いはしない。
頭の横側に角も生えていないだろうし、背中に翼も生えていないし、更には何処からどうやって鳴らしているのか、楽器もないのに幾つかの音が混じった曲が流れて彼女の周囲を賑やかにしている。
「はぁーい☆ ワン・トゥー、ワン・トゥー♪ ポップなミュージックで可愛くダンシング♪ 魅惑のボイスと華麗なステップで、貴方のハートを凍てつかせてあげるわ~♪」
明らかに人間ではないその女性は、周囲にあった人形の氷の間をスキップしながら歌って回り、幾つかのものは腰元のロングソードで砕いていく。
その全ては人間を凍らせたもので、砕いているのは辛うじて生きている者達。
極めて残酷な所業だが、それは彼女にとって、遺憾とも言うべき行動だったが、致し方ないとも割り切ってはいた。
彼女にとって大事な家族。自らに近しい者達を守る領域を汚したのだから、当然の報いである。その一連の過程を見てしまった魔物や、偶然空を通りがかったドラゴンは、急いで彼女から離れていく。
その存在感は普通ではない。生物としての直感が、彼女を恐れている。
だがそんな彼女に近づく者もいた。それは、
「パラララ~、パララララ~♪ どっけどけーい! イカれた御方のお通りだ──!!」
ケケケケ、とイカれた笑い声を響かせる紫髪のツインテールの少女だ。
特殊な形状の腕や、和装風の衣装を身に着けてふわふわと浮いている彼女の名はユキ。
魔人、ラ・サイゼルの使徒である彼女は今、主と同じくらい見ていないと問題になりそうな相手に付き従っていた。
ポンコツ具合は主に比べて圧倒的にマシだが、別の意味で彼女は不安になる。
それはそれとしていつも通りに振る舞うのだが、その合いの手を聞いた彼女は振り返り、不満そうに頬を膨らませた。
「ちょっとぉ~? 可愛くない合いの手は止めてって言ってるでしょ、ユキちゃぁん?」
「へいへい、かしこまかしこまですよ、ルイゼル様」
妙に甘ったるい声で告げるルイゼルと言う名の彼女に、ユキはいつも通りの変わらない笑みの表情で答える。
だがその返答はいつも通りで、なおかつあまり聞いてくれたことがないものだからか、ルイゼルは周囲を更に凍てつかせながら言う。
「いつも言ってるけど、可愛い可愛いこのわたしには可愛いお歌と、可愛い振り付け……そして従順なファンが必要なのよ!」
両手を上げて、自らの存在をアピールするようにしながらハイテンションに告げるルイゼル。続く言葉は彼女の在り方を示すものであった。
「つまり……そう、それは──アイドル! わたしは魔物界一の……いえ、世界一のアイドルになるために生まれてきたの!」
自分の将来を思い、頬に手を当てて恍惚の表情を浮かべるルイゼルは、その感情の昂りに合わせて身に纏う冷気を増幅させる。
元フローズンの使徒、氷属性のユキには効かないが、普通の生き物には中々に堪える寒さだろう。
だがそのことにルイゼルは気づいていないし、ユキもまだ言う気はない。今はまだ問題とならないからだ。
その代わりに疑問を口にした。彼女がいつも言うことではあるが、
「アイドルって何? それ食えるの? コオロギより美味しい? ──つーかさっきの歌なに?」
「アイドルというのはキラキラしてて、みんなの人気者のことらしいわ! 歌って踊れて、ファンを愉しませるの! ──さっきの歌は考え中のわたしのテーマソングよ!」
わたしにピッタリねぇ、と相変わらず狂人っぷりを微塵も隠そうとしないルイゼルにユキは笑みを浮かべる。
そもそも彼女の親族が皆イカれてるので何とも言えないが、自分の目的にまっしぐらな辺りは兄にも似ているのだろう。
それを思い出し、ユキは面白いから、という理由だけでそれを問うてみることにした。
「それで、結局兄はどうするん? 途中ではぐれてるんですけど」
告げると、くねくねと身を捩っていたルイゼルの動きが一瞬止まった。
だが再び動き出すと、彼女はやはり笑みのままで、
「あらあら、決まってるじゃなぁい? ──後でた~っぷりと、
うふふ、と笑いながら軽く頬を染めて言う。
それは笑みではあるが、内側から何かの感情が漏れ出ているようで、それを表すように冷気の波が周囲に伝導した。
相変わらず面倒な兄妹関係だな、とユキは思う。まるで自分の主と友人の主の様だった。
その似たような関係性を知っているが故に、その兄妹間のことについてはあまり問題には思わない。喧嘩して周囲に被害を出すのは問題だが、両者は決して仲が悪い訳ではないのだから。
その証拠に、ルイゼルの口からはその件の兄のことについて言及される。
「そもそもアルベルト兄様や白兎姉様に会いに行こうって言ったのはカイゼルなのに、わたしがライブとマネージャー探しをするって言ったら、急に飛び出していって……ほんと馬鹿みたぁい」
はぁ、とそう言ってため息を漏らす。一応は猪突猛進気味な兄のことを憂いているようであった。ユキは相槌を打つように、
「ほら、あれじゃね? 妹に対抗してゲリラ的野外イベント決行、みたいな?」
「何一つ言ってる意味が分からないけど、絶対問題が起きるわよねぇ……そして絶対わたしまで怒られるわ!」
「いや、どっちもどっち」
そもそもどちらも許可を取らずに出てきてた気がするのだが、そんなことはとっくに棚上げ済みらしい。ツッコミの声を完全に無視してルイゼルは憂いの表情を見せる。
なので話題を別方向にシフトせざるを得なかった。
「マネージャー探しする? ほら、そこの凍った松ぼっくりとかよくない?」
「微塵も良くないけど、マネージャー探しはしないと駄~目。ほら、こんなにプリティーなわたしにお付きの1人もいないとか、格好がつかないじゃな~い?」
「あれ? あては?」
「ユキちゃんはママの保護者でしょ?」
「イエス! 初めての子育てにあたふたするぽんこつご主人様の代わりに色々と手配してやったのはこのユキちゃんですぜ!」
「ママはおっちょこちょいだものねぇ。料理だけは上手だけど」
それも子供が生まれる前に猛練習──もとい、ユキや他の料理が上手い面子の鬼指導があって、ようやくある程度出来るようになっただけなのだが、ユキは敢えて言わなかった。自分を保護者扱いしてる辺り、主の尊厳というか、これ以上は親の威厳が息絶える気がしたから。
ともあれ別の意味で滅茶苦茶なのは変わらない。苦労するという意味では似たようなものだ。
「というわけで、初ライブやアルベルト兄様に会う前に、マネージャーを見つけるわ! それからわたしも白兎姉さまに会いに行きましょう!」
「ひゅーーー! 何がというわけなのかは分からないけどさすが──!」
「やっぱり、合いの手があると気持ちいいわねぇ! さぁ、もっとファンの声援を浴びるためにペンシルカウに向かうわよ~!」
「ひゅーひゅー! あ、冷気抑えないと確実にバレるくね?」
「あ、そうねぇ。抑えましょう」
そこは一応、兄と違って落ち着いて自らが操る氷の力を抑えて向かうルイゼル。
向かう先はカラーの里、ペンシルカウだが彼女にとって、マネージャーの条件は女性のやり手で親の関係者以外ということから、まだ見ぬ人材を発掘するために、最初に目をつけたのがそこだった。
ペンシルカウは父親や兄の影響下にあるとはいえ、中にはまだ手つかずで有望な人材が残っているだろう。
それを問答無用で連れて行く──いや、そもそも自分の誘いを断る相手がいるわけないと、妙な自信を持ってルイゼルはその場から浮き上がり、飛んでいった。
──とあるカラーの家。
「──うっ……今日は妙に冷えるわ……何だか嫌な予感がするし、こういう日は家の中で引きこもるのに限るわね……」
そう言って、既に職をセミリタイアしているとあるカラーは、今日も家の中での引き篭もり快適ライフを満喫しようと、ソファーの上で布団に包まった。
次回から戦い。ガイ君は間に合うかな? 間に合わないとCG回収案件です。後、そろそろ溜めに溜めた事態が動き出します