今回はロラン君のパートが多めです。どうぞ
地下の書庫迷宮。
その最奥地にある扉の前の広場にて、ガイを除いた面々はその知らせを聞いた。
それは、魔女が放っているという使い魔によるもので、
「さ、里が魔軍に襲われてる!? やべーじゃねぇかよ!?」
報告を聞いて真っ先に声を上げたのはクーベロ。鋼の騎士団に在籍している者の中ではそれほど在籍年数は長くないが、彼は隊長に恩がある。心配するのも当然だろう。
むしろ他の者達が落ち着きすぎなもので、
「どうもそうらしい。隠れ里の位置がバレた上での大規模な侵攻。交戦は既に始まっているようだが……さて、どうなるやら。一応、そちら側の意見も聞いてみたいね?」
と、視線を送ったのは白兎やイヴといった、一応は魔物側勢力に所属する者達だ。
魔女が規格外の見識を持つことを除けば、敵である人間側勢力よりも味方側の方が詳しいのは自明の理。彼女たちに聞いてみることで収穫が得られると思うのも当然の話だ。
その思惑を感じ取りながらも特に気にした様子もなく、白兎は数秒考えた上で発言する。顎に手を当てて思うのは当然のことで、
「……普通に勝ち目はないでしょうね。20万の軍勢ともなればまず確実に魔物大将軍が率いているでしょうし、誰が来ているかは分かりませんが、魔人もいる可能性が高いです」
「まぁ、誰が来ていても変わらない気もしますけどね。人狩りに積極的な魔人に絞ってみても、魔人レッドアイ、魔人レキシントン、魔人メディウサに、魔人レイ……この辺りが有力ですけど、別の可能性もあります」
「べ、別の可能性?」
はい、とクーベロの返しに視線を横に向けて頷く。
その意味を理解して横の白兎も頷いた。
「私のパパが関与している可能性ですね。その場合で可能性が高いのはガルティアさんやケッセルリンクさんでしょうか。もしくは魔人ジークや魔人アイゼルといった魔人の中では比較的良識派の魔人の可能性もあります。しかし──」
こほん、とそこで咳払いをしつつ、白兎は考える。
もし自らの父が関与しているならば、人里を襲うことは何らかの意図が必ずある。
意味のないことを、父はしない。元々人を襲うことも好まない魔人だ。強い相手と戦おうとすることはあるが、その場合でも理不尽なことはしない。いや、父が戦いに来ること自体が理不尽な事態ではあるのだが。
とはいえ、その可能性は高いとも考え、白兎はそれを口にした。
「……確か、鋼の騎士団という魔物討伐隊の本拠地なんですよね? あなた達が在籍する。そこには、ロランという人間がいたと聞いてますが、あってますか?」
「……ああ、ロラン隊長はうちの頭だが……」
ならば、と白兎は言う。その話は前に父から聞いたことがあるのだ。
「“殲滅”のロランといえば、パパが話題に出したことのある程度には強者であったはず。最近……といっても10年近く前ですが、以前にパパが剣を交えたとも言っていました。彼が目的であれば可能性もなくはないですが……」
「ならやっぱり──」
と、焦燥した様子のクーベロに待ったをかけるように言葉をかぶせる。それは、
「──いえ、ですがそのロランさんはガイさんに負ける程度の方ですよね? その程度であれば、多少のお目溢しや勧誘をすることはあっても、彼一人の為に軍を派遣することはないはずです」
「ふふふ、まるで隊長やガイを雑魚扱い。それほどに魔人レオンハルトは強いのかな?」
「はい。その程度で、パパの食指は動かない。無論、普通の人間よりは興味を持ってると思いますが……実は私も、この後会いに行ってみようかと思っていたところですしね」
白々しくも笑みを浮かべてそう言ってみせる魔女に白兎は淀みなく頷く。
魔人級の強さを持つ人間であればともかく、それに至らない程度なら多少の興味を覗かせても、軍を派遣する理由にはならないし、態々討伐する意味も薄い。
と、そこまで考えたところで、一個思い当たることがあった。
それは白兎がそもそも、ここに来れたことに関係することで、
「……もしかすると、目的はガイさんかもしれませんね」
「っ! それって……どういうことだ?」
「ガイさんは魔剣を持っている。魔人を倒すことの出来る魔剣を。そして、そのことを知っている可能性も高い」
「ふふ、なるほどね。そういう理由なら、魔軍を派遣する建前にはなるわけだ」
魔女が可笑しそうに補足するが、別にそういう訳ではない。
単に、父が関わる理由となればそれが一番大きいというだけだ。
その辺りの目論見、目的は実の子供である白兎であっても計りかねるが、何か目的があって動いているということだけは分かる。
そうでないと説明出来ない不思議な行動を取る、という逆説的な推測ではあるが、まず間違いないだろう。
白兎の持つ聖刀日光についても知っていたようだし、もしかしたら魔剣を使って何かをしでかそうとしているのかもしれない。
それが悪いことではないだろう、という信頼はあるが、白兎にとっては少しいただけない。
何しろ、友達が関わっていることなのだ。
「とにかく早く戻らねぇと……このままじゃ隊長や里の住人達が危ねぇ……!」
「いや、ガイ君を待ってから行った方がいいだろうね」
「っ、なんでだよ副隊長!? そんな余裕は──」
「余裕はあるのさ。視た限り、後数日か一週間は保つ。それまでにガイ君も禁呪を習得し終えるだろうし、それから皆で向かおう」
「……だが……」
「まぁまぁ、少し落ち着き給えよ。私や君だけで駆けつけても、出来ることは少ない。雀の涙程度の助力にしかならないが、ガイ君は違うし、ガイ君に付随するそこの白兎さん達も大きな戦力となる。そちらを当てにしたほうが勝算は高いと思わないかな?」
「…………」
魔女が未来視の結果を言及するような言葉を告げると、クーベロも黙るしかなかった。鋼の騎士団はCが副隊長に就いてからはその助言で何度も窮地を救われたと聞いているし、実際にクーベロもそれに救われたこともあるのだ。
彼女が言うなら、とその言葉に納得は出来る。クーベロも考え無しという訳ではない。長い間戦ってきた経験と判断力は確かに存在する。
だが、未だこれほどの苦難に襲われたことがないため、動揺してしまっているだけだ。
一度落ち着けば理解は出来る。自分達の加勢程度では、何の意味もないということに。
己の無力さに無言で拳を握りしめる。そんな様子に横目を向けながら白兎は思う。
……しかし、何でしょうか。この妙な予感は……?
気にしているのは実は背後の事であったり、周囲の事であったりする。
主にガイのことではあるが、禁呪を習得するために中に閉じこもっているガイの気が、時折、急激に大きくなっているように感じるのだ。
そしてそれに関係するかどうかは分からないが、外からも強い気配を感じる気がする。
隠れ里での戦いもそうだが、何かが一斉に動き出したかのような動乱の気配を感じて、
……私も、いざとなればお友達の為に一肌脱ぎますか。
と、腰元の日光の鞘を握り、軽くそう決めた。
朝の森が騒がしく渡るのは、大勢の魔物の群れだった。
魔物兵。文字通り、魔軍の忠実なる兵士である彼らに指示を飛ばしているのは、青い強化スーツを身に着けた指揮官、魔物隊長だ。
「進め進め──!! 待ちに待った絶好の機会だぞ! お前達、気合を入れて進め!」
おお、と咆哮のような大勢の返事が返ってきたが、それだけで満足はせずに魔物隊長は声を張り上げながら自らも進む。
己を突き動かすのは、並々ならぬ野心であるとその魔物隊長は自覚していた。
魔軍に所属し、運良く魔物隊長となって数十年。比較的寿命の長い彼はしかし、魔物隊長のまま変わらない日々を送っていた。
だがそれも致し方ないことだ。今は平時。戦争などの争いはなく、やることと言えば人間牧場の管理や物資の輸送、警備や見回りといった普通の仕事しかなく、それらには分かりやすい手柄というものが存在しない。
厳密に言えば、仕事をうまくこなせているかなどの評価があり、それらが上司の魔物隊長や魔物将軍によって管理されているのだが、そういった要素での昇進は非常に狭き門なのだ。
よほど優秀で他と違う要素でもなければ、牧場の管理や警備など誰がやっても変わらない。となれば魔物隊長や魔物将軍は一応問題がない優秀な者達と定められた部下の中から、適当な者や、親交が深い者などを選んでしまうし、それでも魔物兵から魔物隊長になる数は非常に少ないし、魔物隊長から魔物将軍になれる者はほんの一握りだ。
戦時であれば戦死者などもそれなりに出るので昇進出来る数も多くなるのだが、そうではないのだ。彼が魔物兵から魔物隊長になれたのも、はっきり言って運が良かったと言うしかない。たまたま上司である魔物隊長の目に止まったに過ぎない。
魔物隊長は魔物将軍になることを夢見ていたが、魔物隊長になってから停滞を続けている。自分が魔物隊長になった時以上の運か機会に恵まれなければ、魔物将軍になることは出来ない。
だからこそ、今回の動員は渡りに船。正に絶好の機会だったのだ。
大規模な魔物討伐隊とその本拠地の強襲。上司である魔物大将軍アッティラが立案、主導したこの作戦に、彼は運良く第一陣の先鋒として出ることになったのだ。
戦う敵がいて、攻め込む場所があり、将だっていれば、奪い取る物もある。今の世の中でこれ以上のチャンスはないだろう。
故に魔物隊長は確信した。ここで手柄を立てなければ、自分は一生魔物将軍にはなれない。
逆に言えば、ここが一世一代の大勝負なのだと、彼は並々ならぬ気合を入れてこの戦いに望んでいた。
「人影を見つけたら直ぐに近づいて殺せ! 相手は人間だ! 恐るるに足りん!」
そしてだからこそ部下を急がせる。魔物隊長は自分だけではない。
他の魔物隊長とて、昇進の為に手柄を欲しているのだ。手柄に限りがある以上、急がなければ──
「しかし隊長! 霧で前があまり見えません!」
「影くらいは見えるだろう! それに相手だってそれは同じだ! 警戒する必要はない! 脆弱な人間如き、近づいて殴るだけでも──」
と、魔物隊長が霧の中で周囲に向かって声を張り上げようとしたところで、別の声が響いた。
「前方に人影! おそらく人間です!」
「! でかした! 全員、人影の方向に向かって突撃せよ!」
「おお!」
「ひゃっはー! 殺戮の時間だー!!」
「牧場の人間の様に引き裂いてやるぜー!!」
人影を見つけたという報告に命令を下すと、魔物兵達の声が連続して響く。皆、野良の人間を狩れると息巻いている。
牧場の人間は痛みや苦しみに慣れていて楽しくないと思う者も多いのだ。野良の人間を大量に狩れる今回の作戦は兵達にとっても愉しい催しだろう。
兵に続いて魔物隊長自身もその列に加わりながら進むと、確かに人影が幾つか見えた。
故に彼とその部下は疑うこともなく、真っ直ぐ人影に向かって進んだ。
そして不意の衝撃に、彼らは訳も分からないまま地面に転げた。
「っ、なんだ!? 落とし穴か!?」
まず感じれたのは、地面の窪みによって足を引っ掛けたこと。
だがその次の衝撃については、更に確かな実害を被った。
頭上から降り注ぐそれらは、
「熱い!? なんだ、熱湯か!?」
魔物隊長は他の部下と共に地面に転げながら、頭上から降り注ぐ熱湯にのたうち回りながらも、これが敵の罠だということを悟って必死に立ち上がろうとする。
霧で見えなかったが、おそらくは地上の動きと連動するように木の上にでも仕掛けておいたのだろう。足元にも仕掛けがあるはずだ。
だが、ただの熱湯如きでは魔物は死なない。人間だってこれくらいでは死なないだろう。
しかしその僅かな混乱の時間は、森に潜む者達が仕事をするのに十分な時間だった。
「ぎゃあああっ!?」
「うぶっ──」
「な、なんだ!? 誰かが──」
森の中で響く断末魔と、地面に倒れる何かの音。
それを聞いて、魔物隊長はようやく理解した。
霧に乗じて罠を張り、掛かったところを見計らって襲いかかる影の群。
味方がやる訳ないのだから、これは必然的に、
「気をつけろ!! 既に人間が──」
と。隊長の声は不思議にも途中で差し止められた。
「た、隊長は!?」
「分からねぇ! さっきまで声がしたんだが──」
指揮を執るのは魔物隊長の役目だ。絶賛襲撃を受けている部隊の指揮官の声が聞こえなくなったことで、魔物兵達は更に動揺する。
だが運良く、一体の魔物兵が足元に転がるそれを見つけた。霧とはいえ、数メートル程度なら視界もある程度利く。
「──ひっ!?」
「お、おい! 一体何が──」
別の魔物兵もそれを見て息を呑む。
そこに転がっていたのは、首を刈られて死んでいる、魔物隊長であり──
「た、隊長が……!」
「やられたってのか……!? いつのまに……!」
「な、なんだって!?」
「嘘だろ!? そんなの──」
隊長の死骸を見つけた魔物兵達の声が他の兵にも伝播し、統制が乱れていく。
頭を失えば彼らは烏合の衆。個体としては人間より強くとも、一番強い者がやられたことで弱腰となるか、そうでなくとも酷く動揺してしまう。
だが必要以上にその動揺は広がらなかった。
何故ならある程度の声が広がったところで、魔物兵たちは前方からの襲撃と、頭上から襲い来る何かによって、一つずつ声を消されており、そのまま二度と意識を回復させることはなかったから。
「…………」
それを木の上から見下ろすのは、黒の装束を来た影である。
影は他の者達に、予め決めておいたハンドサインによる指示を出すと、そのまま別の場所へと急行していった。
……まずは上手くいっているようだね。
霧の中を行き交う影、ロランは各地で行っている罠と襲撃の結果に一先ず安堵した。
森の中に予め設置した各種トラップや、霧の効果もあり、少数の部隊で行うゲリラ戦法は魔軍相手でもちゃんと機能している。
良い意味で誤算だったのは、魔軍がこちらを──というより、人間を舐めきっていることだろう。
こうなってみるまで気づかなかったが、今の世の中が何百年と続いている以上、この戦いは魔軍にとっても久し振りの戦争だということだ。
魔物も、個体差や種族差はあれど百年を生きる者は少ないと言われている。
となれば魔物兵や魔物隊長、魔物将軍とて戦争を知らない者達であることには変わらない。彼らは普段、人間牧場で意志の死んだ人間と接しているため、分かってはいても人間を必要以上に舐めているのだ。
仮にも人間と対等に戦争していた頃の魔軍であればこうも上手くはいかなかっただろう。相手を警戒し、ゲリラ戦で来ることも予想して何らかの手を打ったはずだ。
数が膨大であるため、焼け石に水ではあるが、初日はこの戦法だけでも乗り切れるとロランは見る。夜襲も行う予定であるし、何の手立てもなく突っ込んでくるだけならこうやって首刈り戦術も使える。
懸念は魔物大将軍と魔人であるが、こうやってゆっくりと侵攻している以上、いきなり彼らが出張ってくることはないだろう。つまるところ、彼らも人間を舐めているのだ。本気で潰すなら、数で押し潰すだけで事足りるし、魔人を投入すればこちらには為す術もない。
奴らが本腰を入れるまで。この状態をどれだけ保てるかが勝負だ、とロランはこの間にも同様の手で魔物隊長を刈ると、直ぐに木の上に戻ってその場から離れる。
他の動ける者達にも通達しているが、襲撃は基本、一撃離脱。成功しても失敗しても、一当てすれば下がる。逃げておけば霧の中ということもあり、同士討ちも見込めるし、混乱するならばさせておけばいい。それだけ時間を稼げる。
ただ、少しずつでも前に進まれれば里を発見される可能性は高まるが、ロランの見立てではそれでも3日は掛かると見ている。
「!」
合図が来たので、一度里の方へと足を向けながら思う。里への道は意外と複雑なのだ、と。
隠れ里は山林の中、北から入ることの出来る窪地の中にある。
山脈の中にあるこの土地は少し複雑な地形であり、特に隠れ里へは魔軍が主に攻めてきている南からは容易にたどり着けない。
南から隠れ里がある方面は、際立つ岩壁がそびえ立ち、その先を行っても山しかない。
だがこの山の裏手には、北側の谷間から続く道があり、先を進めば隠れ里へと辿り着ける。
全方を包囲してはいても、北側は険しい山脈地帯であるため、自分達が逃さないように兵を並べているだけ。兵の侵攻は南側から。これだと発見までに時間が掛かる。
仮に道を見つけたとしても、そもそもこの山林地帯は大部隊が進軍出来るような切り開かれた森ではないし、隠れ里までの道は左右を崖に囲まれた一本道で、防ぐのに利がある。
まるで防衛戦を行うために作られたかのような場所だが、まさかこの里を開いた先祖はこうなることを予測してこの場所に里を作ったのではないかと、我ながら恐ろしい推測、妄想の類を浮かべてしまいフードの下で笑みを浮かべる。
妄想だと切り捨てるにはもったいない考察だが、答えは知りようがないので程々にしておく。
「──隊長」
「ああ、今戻ったよ。首尾は?」
「は。隊長の想定通り──いえ、想定以上の効果が出ています。連中、人狩りは得意でも山狩りは苦手な様で」
そうか、と短い言葉と簡潔な報告で分隊長と言葉を交わす。
森の奥。人一人が通れるほどの小さな隠し通路の先にある洞窟を司令部としているため、比較的ここは安全な場所である。夜襲に備えた隊員達などはここで寝泊まりをさせている。
その分、スペースは心もとないが問題はない。
物資などはまだ侵攻が進んでいない今の段階であれば里と人を行き来させることも出来るし、それが出来なくなっても、自分が崖を直接登って物資を運べばいい。
それに一応は手は打っているのだ。
「それで、先程の合図は?」
「はい。隊長が連絡した例の方々が到着しまして」
「なるほど、もう来たのか」
ロランが納得し、ここに通すように言うと、その瞬間、
「──よぉ、ロランくぅん? お久し振りぃ」
「!」
背後に人の気配。そして直後に聞き覚えのある耳障りな声を感じて、ロランは咄嗟にその影を身のこなしで宙へと弾き飛ばす。
だがその相手は宙で体勢を整えてそのまま軽やかに着地すると、手元の短剣を翻して鞘へと収める。
そして口元を歪めると、正に悪人といった笑顔でこちらへ声を掛けてきた。
「ゲッヘッヘ、酷いじゃないか、ロランくぅ~ん? 元仲間もとい、ライバルである僕ちゃんをいきなり攻撃するなんてよぉ?」
「……いきなり背後から仕掛けてくる相手に言われたくないなぁ。というか、全然変わらないな、君は」
呆れるように肩をすくめて言うロランだが、いきなり攻撃したきたことで部下が剣を抜いてしまう。
「貴様! 何のつもりだ!? 隊長に向かって……!」
「何のつもりぃ? いやいやいや、これくらいは挨拶だとも。なぁロランくぅん?」
「っ、その馴れ馴れしい口調も──」
「いや、いいよ」
「っ、隊長! しかし……!」
「いいから。この男はこういう手合いだから気にするだけ損だよ。時間の無駄だ」
「……分かりました」
その男の無礼な態度に怒りを見せた部下を手で制する。するとそれを聞いて男が再び馴れ馴れしく近寄って言葉を掛けてきた。
「そうそう、分かってるじゃないロランくぅん。俺達、“影の楔”の元同士だもんなぁ?」
「……それでスケアクロウ。依頼した仕事の件はどうなってるんだい?」
スケアクロウ、と呼んだ一見、茶髪の優男にも見える痩躯の悪人顔に向かって簡潔に用件を伝える。
同士、という言葉に軽く部下が喉を鳴らしたが、その程度の反応は覚悟している。半ばバレていることなのでもはや気にならない。
気になるといえばやってきた相手の鬱陶しさくらいで、
「おいおい、連れないなぁ。あんなにライバルとして競い合ったんだ。もっと思い出話に花咲かせようぜぇ?」
「ライバルだった記憶なんてないんだけどな。結局、君、僕に一度も勝ててないじゃないか」
そう言うとスケアクロウの顔が引き攣った。だが何とか表情を保ちつつ、
「ぐっ……おいおい、今の僕ちゃんは昔とは違うんだぜぇ? なんたって、今や影の楔の頭目に尤も近い最高幹部の一人である──」
「そういう僕は鋼の騎士団の隊長な訳だけど、影の楔の最高幹部さんは僕にそういう態度を取るんだね? ふぅん、そうかそうか。これは頭目に伝えておかないとね」
「ちょっ、おまっ!? じょ、ジョジョジョークに決まってんだろロランくぅん? やだなぁ、俺達友達だろぉ? そういうのは無しにしようぜ? な?」
「……はぁ、ほんと変わってないんだね……」
「隊長、この男は……ご友人なのですか?」
ロランは首を縦にも横にも振らずに答える。それは微妙なところであった。
「ま、昔の仕事仲間みたいなものだよ。名前はスケアクロウ。こんなんだけど、割と使えるような使えないような、小悪党で小物の判断に迷う男だよ」
「ゲッヘッヘ、どうもぉ、スケアクロウでぇす。ロランくぅんが頼みだから来てやったけど、あんまり舐めてると俺様のナイフでザクッと殺っちゃうぜぇ~?」
と、スケアクロウは手元のナイフの刃をお手本のように舌舐めずりして自己紹介する。
だがその直後、
「ゲッヘッヘ……」
「っ!? な、なんだ……? 様子がおかしいぞ……?」
急に膝を突いて倒れたスケアクロウに分隊長が訝しむ。
それを聞いていたスケアクロウは頬を地面に付けたまま、気味の悪い笑みで告げた。
「な、ナイフに痺れ毒塗ってたの忘れてた……誰か、腰の解毒薬を……」
「……馬鹿なのか?」
「見たまんまだよ。多分、今回の仕事で死ぬだろうから覚えなくていいかな」
「スケアクロウ様……!?」
と、背後で控えていたのか、黒装束の仮面で顔を隠したスケアクロウの部下と思われる二名がスケアクロウの腰元から解毒薬を取り出して彼に飲ませる。
すると直ぐ様、
「ゲッヘッヘ……散々な言われようだぜっ……と」
あっさりと立ち上がり、再び不敵な笑みでロランへと顔を向ける。ロランはその様子に軽く嘆息し、
「毒舐めすぎて耐性がついちゃってるじゃないか。その癖、二流どころか三流っぽいから止めたほうがいいよ。君、詰めが甘いんだから冗談でもなんでもなく、そろそろ死にそうだし」
「し、死ぬとか言うんじゃねぇよぉ!? 僕ちゃんは死なねぇ! そう、影の楔の頭目になって金も女も好き放題なウハウハな生活を送るまではなぁ……!」
ゲッヘッヘ、と相変わらず小物臭い笑みを浮かべて野心を見せるスケアクロウにロランは息を入れる。
気の抜ける相手ではあるが、今回の戦いにおいては蔑ろに出来ない相手でもあった。
「それで、頼んでいた物資は?」
「そいつぁ、愚問だぜぇ、ロランくんよぉ。僕ちゃん達が仕事を失敗する訳ねぇだろぉ?」
ほら、と手で合図すると、彼の部下と思われる人たちが積荷を持って現れる。
言うまでもなく、影の楔の構成員達だろう。
戦いをする上での物資──主に罠に使うそれらの材料は、ロランの昔の伝手で影の楔という大規模な魔物討伐隊に依頼したのだ。
彼らは鋼の騎士団とは違い、生きるために後ろ暗い汚れ仕事すら請け負い、稼業とする者達だが、金を出せばどんな仕事でも請け負ってくれる上に、情報に長けていたり、こういった普通じゃありえない場所にまで物資を運んできてくれる。
身のこなしが軽く、闇に紛れるような者達が多い影の楔ならではの仕事。これも一種の裏ルートと言えるのだろうか。
ロランはかつて影の楔に所属しており、次期頭目として期待されていたのだが、結局は抜けて鋼の騎士団に戻ってきた過去がある。
吹っ切る前であれば隠したい過去ではあるが、今となってはバレたところで何の問題もない。隊員達も、そんな自分を受け入れてくれていると感じられるのだ。
そんな自分についてきてくれる皆を守るためならば、遠ざけていた過去の縁だって利用する。有用なら利用しない手はない。
影の楔は、人間側勢力としては鋼の騎士団に次ぐ大規模魔物討伐隊である。彼らの手を間接的でも借りれるならこれ以上の味方はいない。
物資という意味では一番の頼みの綱であったキリング商会も、魔軍が関わるとなるとさすがにさっさと退散してしまっているし、外部で頼れるのは彼らだけなのだ。
故にロランは、保険としてもうひとつの仕事をスケアクロウに頼む。それは、
「後、これを届けてくれないかな?」
「んー? これは何だ?」
「それはウチの副隊長や新入りに向けた手紙だね。これを魔法の里とやらに届けてもらいたいんだけど……」
「! おいおい、ロランくんよぉ、魔法の里っていやぁ、どれだけ探しても場所が特定出来ない実在が危ぶまれるような場所だぜぇ? そんな場所に行けって言われても、無茶な──」
「一応、大体の場所は割り出してあるんだよね。ただまあ、どうせ魔法か何かで見えないとか入れないとかそんな感じだろうから、近くで待っていればいいと思うよ?」
ロランがそう言うと、スケアクロウではなくその部下が低い声で、
「……馬鹿な。そんな不確かな仕事を、我らが受けるとでも……」
「ゲッヘッヘ、確かになぁ。さすがにどんな仕事でも受ける僕ちゃん達でも、それは──」
と、スケアクロウが断ろうとしたので、ロランは懐から一枚の紙切れを取り出し、それをピラピラと見せつけながら行った。
「あっ、こんなところに僕が先祖代々受け継ぐ財産の在り処とその金庫の番号が書かれた紙が──」
「──やりまぁす! ゲッヘッヘ、僕ちゃんにやらせてくださぁい!!」
「スケアクロウ様!?」
「うわぁ……」
ささっと、手紙を受け取ってしまうスケアクロウに、その部下が驚愕する。ロランの部下が、引き気味かつ同情に満ちた視線を向けるが、ロランとスケアクロウは気にした様子もなく、
「じゃ、頼んだよ。僕はまた戦いに行ってくるから」
「任せときなぁ、ちゃ~んと送り届けてロランくんの財産を受け取ってやるからよぉ……ゲヘヘヘヘ」
言うが早いか、ロランは再びその場から消えるように移動し、戦場へと戻っていく。
……まあ、ご先祖様も許してくれるよね。──許さなくても使うけど。
先祖代々受け継いできた財産。今回の戦いに使う物資に使った分を引いても、まだまだ蓄えのあるそれだが、それを使い切ることに躊躇もバツの悪さもない。
先祖とはいえただの死人だし、今生きている人間の方が大事に決まってる。文句があるなら化けて出てくるか、生き返ってから言いにくればいい。戦場の最前線でこき使ってやるから。
それに実際、ようやく見つけた人類の“希望”の為であれば、惜しくはないだろう。
ロランは自分の代でその宿命と決着を付ける覚悟を決めていた。他力本願ではあるが、人類が生きる世界を取り戻すために、己も労力を惜しみはしない。
……体の調子は7、8割ってところかな。戦ってるうちに回復してきたね。
だが、やらなくて済むならそれに越したことはない。
出来れば余裕のあるうちに戻ってきてほしいな、とロランは新入りの顔を脳裏に思い浮かべた。
鋼の騎士団の本拠地。今は魔軍との戦場になっているその一帯から離れ、影の楔の一団は森の中を木々から木々へ飛び移るようにして移動していた。
「……それでスケアクロウ様。やはり行くのですか?」
「当たり前だろぉ? ゲヘヘ、魔法の里……いい響きじゃねぇか。お宝がいっぱい眠ってそうだしなぁ……!」
「……ああ、またこの人の悪い癖が……」
「この人が悪いこと企んで成功した試しがないんだよなぁ……殺されなきゃいいけど……」
「小物過ぎて見逃されるというか……それでいて妙に目立つから俺達は逃げられるし、良いんだか悪いんだか分からねぇ上司だよなぁ……」
「ゲッヘッヘ! 待ってろよ魔法の里! 僕ちゃんが骨の髄までしゃぶり尽くして──……」
部下のひそひそ話に気づくこともなく、欲に目が眩んでテンションが上がったスケアクロウはナイフを一舐めし、
「げ、解毒薬……」
「スケアクロウ様ぁ──!?」
痺れ毒で自滅し、地面に落ちていくかかし男に部下は大慌てて彼を拾いにいった。
クエタプノ「生き返るのって最初は辛いけど、慣れてきたらちょっとショックがあるくらいで結構楽だよ。千回くらい死んだらちょっと寝ちゃうけど、起きたら平気だし。あ、それと財産は好きに使っていいからね。お金とか人命や使命に比べたらゴミみたいなものだし。生活するためのものでしかないから」
ロラン「えぇ……?(困惑)」
というわけで次回は地下で何があったのか。四天王以外にも、アベルに仕えたあの魔人も関わってきます。そして、ケーちゃんは今震えてます。