※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

328 / 411
災厄

 ──それは少し前の事。

 魔人レオンハルトの居城である紅魔城の中庭に、とある者が降り立った事から事態は動き始める。

 白い体毛を持つドラゴン。彼は中庭にいるかつての上司を見て声を上げた。

 

「お久しぶりです……! ライゼン将軍……!」

 

「……! お前は……はるまきか!? 生きていたのだな……!」

 

「はい、恥ずかしながら生き永らえておりました……!」

 

 ライトニングドラゴンのはるまきは、かつての上司である四大聖竜の一角であるダイヤモンドドラゴンのライゼンに震える声で報告する。

 ドラゴン王を除けば最も頼もしい相手との再会に乱れた息を安堵のものに変えていくはるまきに、ライゼンは真面目な声色で問いを投げた。

 

「そんなにボロボロになって、一体どうしたと言うのだ? というより、よく俺がここにいると分かったな?」

 

「……はっ。実は、地下に住むますぞえという魔人に教えられまして……」

 

「ますぞえ……確か、レオンハルトと親交のある魔人だったか……?」

 

「はい、そのようですね……最初は耳を疑いました。あのライゼン将軍が、魔人の居城に身を寄せているなど……」

 

 ドラゴンにとってのライゼンとは英雄的存在である。

 丸い者の王との戦い。ラストウォー。そして天使との戦いでその存在を知らしめた彼は一種の伝説のような存在であり、ドラゴンの鑑と称されるほどの者だった。

 だがライゼンはそれを聞いて複雑な表情を浮かべると、軽く息を吐き、

 

「……まぁ、俺にも色々あってな。事情はそのうち話す。──そんなことより、久し振りに会ったのだ。どうだ、肉でも食っていくか? ここの肉は美味いぞ?」

 

「いえ、生憎とそんな場合ではないのです……」

 

「……そうか」

 

 バーベキューの誘いを断られて僅かにしょんぼりとした様子を見せるライゼン。偉大なドラゴンのそんな姿に、もしや餌付けでもされているのかと疑いを掛けてしまうはるまきだが、そんな筈はないだろうと馬鹿な考えを切って捨てる。

 それよりも今は重要な話をしなければならないと、はるまきは再度口を開いた。

 

「──地下にて、()()()()()()()()()()

 

「! なんだと!? それは真の話か!?」

 

 その名を聞いて、ライゼンは今までの呑気な表情を一変させる。

 アベル。彼はライゼンにとっても重要な相手であった。

 

「はい、そのことをお伝えしようと思ったのですが、地下に住んでいたますぞえという魔人と偶然遭遇し交戦……それから捕らえられてしまったのですが、ライゼン様と縁があるという魔人の伝手で、解放してもらいました」

 

 ライゼンと伝手のある魔人といえば、一人しかいない。ライゼンは淀みなく頷いた。

 

「レオンハルトか」

 

「はっ。どうもかの魔人も、地下に妙な気配があるとそのますぞえから報告を受け、調査隊を派遣しており……その調査隊が壊滅したことで、私もこのことをライゼン様に伝えるようにと解放されました。……実は先程まで、魔王城でそのレオンハルトと会って来まして」

 

 なるほど、とライゼンは頷く。今や世界を掌握する勢力を実質的に差配しているレオンハルトだ。そういうこともあろう。

 それに妙に目敏い彼であれば、その手の情報をいち早く掴んでいてもおかしくないとライゼンは得心した。そういうことなら、

 

「して、レオンハルトは何と言っていた? そのことも伝えに来たのだろう?」

 

「……はい。魔軍はアベルを討伐するために、魔人四天王とやらを全員集結させ、地下へと向かわせる様で……その討伐隊に、ライゼン様も加わらないか、とのことでした」

 

「……なるほどな」

 

 殊更納得する。確かに、魔軍としてもアベルという元魔王の存在は捨て置けないだろうし、犠牲を少なくするために、強者だけを、少数精鋭の討伐隊を編成して向かわせるのは当然の事だろう。

 それに加えて、ライゼンにも協力を打診する。義理堅い奴のことだ。アベルとの因縁を理解していて、何も伝えないのもどうかと思ったのだろう。

 実際、アベルが復活したのであれば、ライゼンとしては関わることに是非もない。奴がああなったのには自分にも責任があると考えているからだ。

 

「ああ、承知した。直ぐに俺も、魔王城へと向かおう」

 

「は。であれば、私も──」

 

「いや、はるまき。お前はここで待機だ」

 

「! しかし……!」

 

「ならん」

 

 同行を願い出たはるまきの言を即座に却下する。

 不満そうではあったが、ライゼンとしては行かせる訳にはいかなかった。

 

「……お前のその身体の傷……ますぞえやらとの戦いだけではないだろう? アベルとも牙を交えたな?」

 

「…………はい。奴を、放置することは出来ないと思い……」

 

「一蹴された、か。はるまき。敢えて厳しいことを言うが、今のお前ではアベルとの戦いの……戦力にはならん。足手まといだ。万全であればまだしも、その傷ではここに来るのも辛かっただろう」

 

「……ですが」

 

「ですが、ではない。今はここで傷を癒せ」

 

 と、ドラゴン種としての性かはるまきの性格か、食い下がろうとする彼に対し、ライゼンは目尻を下げて告げた。

 

「──同胞をこれ以上失う訳にはいかない。理解してくれ」

 

「っ! ……それ、は……」

 

 はるまきもそれを聞けば言葉を失う。

 彼もまた、同胞を失う悲しみを理解している者だからだ。

 あの地獄を体験した、今を生きるドラゴンであれば誰しもが理解出来るに違いない。

 そして僅かに湿っぽい雰囲気となったその場の空気を、吹き飛ばすように朗らかな声でライゼンは続けた。

 

「なに、幸いにもここの者達は俺にとって友人のようなものだ。お前にも良くしてくれるだろう。ここは居心地が良いし……何より、飯が美味い。しばらく療養するといいだろう」

 

「──はい。お客様のケアは私達にお任せください」

 

 と、突然に現れた銀髪のメイド──メイド長さんが丁寧にお辞儀をして現れたことで、はるまきは一瞬息を呑む。

 瞬間移動でもしてきたのか、と驚きの声を上げかけたが、今出すべき言葉はそれではない。お世話になるのだ。言うべき言葉と気持ちは、

 

「……は。かたじけない」

 

「いえ、お気になさらず。では怪我の治療から。──()()()

 

「……はい」

 

 と、メイド長さんがその名を呼ぶと、同じ様に瞬間移動して、別の少女が現れた。

 メイド長さんと似た髪の色。しかし髪の長さはそれほどではなく、短い。それほどシャキっとしている訳でもなく、眠そうな赤色の半目で、執事服を身に着けた少女が、姿勢だけは完璧な状態で薬や食事などを運んできていた。

 すると直後に城の中から複数の騒がしい声が聞こえてくる。その内容は、

 

「あーーーっ!? またミコちゃんが消えた! せっかく代わりに働いてもらってたのにー!」

 

「おいおいアプリの姉御、ミコトの奴がいきなり消えるなんてよくあることだろ? 今更この程度で驚く必要は──って、おおい!? おれの飯がない!? どこに行きやがった!?」

 

「シュヴァイン兄さんは食べすぎなんだからたまにはそれくらいで我慢したら? そんなことより外で野球しましょうよ。あたしがピッチャーやるから、アプリ姉さんはバッターで、シュヴァイン兄さんはキャッチャーね」

 

「フリースローで全員ノックアウトすればいいんだね! 完全に理解したよ、リリーフ!」

 

「何一つ理解してねぇよ!? というかリリーフ! お前、おれがデブだからってキャッチャーに指名しただろ!?」

 

「サードかファーストでもいいわよ?」

 

「どっちもデブがやるお決まりのポジションじゃねーか!! いいか!? おれは動けるデブだからむしろショートとかで機敏な動きをして観客の度肝を抜いてやった方が、エンターテイメント性があってだなぁ……」

 

「デブがマイナス要素であることは否定しないんだね!」

 

「──ええい! うるさいぞ貴様ら!! 余の勉強の邪魔をするな!!」

 

 と、何やら酷く個性的なやり取りを耳にし、その異様な一連の流れ、主に瞬間移動にはるまきは目を細め、かつての上司に問う。

 

「……ここは人外魔境か何かなのですか?」

 

「そのようなものだ。ここには、色んな者がいる。──俺も含めてな」

 

 と言って、ライゼンは翼を開いた。

 飛行の体勢。これから、飛び立ち、レオンハルトらの元へ向かおうと言うのだ。

 

「では行ってくる。アベルのことは任せよ」

 

「……は。ご武運を」

 

「うむ」

 

 話し合いで解決出来るはずもない。そのことを理解しているため、はるまきもライゼンも戦いの覚悟を胸に宿して言葉を交わす。

 そも、今のアベルに言葉が通じるはずもない。奴は完全に狂っている。

 だがしかしライゼンや、彼に縁のある者の言葉ならどうなるか、とはるまきは通じたとしても意味のない想像を浮かばせて、一度落ちるように眠りについた。

 

 

 

 

 

 魔王城の正門前。

 魔人筆頭であるレオンハルトに集められた魔人四天王の面々は、それぞれ思い思いに立ち尽くし、その時を待っていた。

 空気はやはり良くないが、これはいつもの仲の悪さというだけでなく、彼らに言い渡された任務の内容に因るものである。

 そしてそれに関係する相手も、今しがた空から降り立ってきた。

 その威圧感は魔人にも匹敵──あるいは凌駕するほどの相手。それは、

 

「──待たせたか。そして……久し振りに見る顔もいるな」

 

「ライゼン……」

 

 その名をカミーラが声に出す。レオンハルトだけでなく、他の面々にとってもこのライゼンという巨竜は面識のある相手であった。

 レオンハルトに関係するケッセルリンクは言わずもがな。カミーラはかつての、名目上は部下として。

 そして堅牢な岩肌を持つ彼もまた、ライゼンとは縁があった。

 

「ふ、ふふ……これはこれは……四大の一角が一魔人に使われるとは……随分と落ちたようだな、ライゼン」

 

「──貴様こそ、随分と立派に成長したではないか。意味もなく暴れていた無法者風情が出世したものだな」

 

 地竜の魔人、ノスは見知った相手であるライゼンに対して皮肉な言葉を軽く応酬しあう。

 ライゼンもノスに対しては軽い嫌味な言葉を隠しもしないが、その中にある語句に疑問を持った者がいた。

 それは魔人レオンハルトの背後にて控えていた使徒のペールで、彼女は近くにいたカミーラの使徒である七星やラインコックに向かってひそひそと声を抑えながら、

 

「……無法者って、どういう事か分かります? 七星さん」

 

「でもカミーラ様にいつも喧嘩売ってるし、そんな感じだよね……ほんと、ムカつく」

 

 興味本位で聞いてくるペールと、敬愛する主を蔑ろにする相手の話題に、軽く不満そうなラインコックに対して、七星は息を入れて説明する。

 ドラゴンの間では有名な話だが、それ以外の者達が知らなくても無理もないと、

 

「……魔人ノス様は魔人になる前……ドラゴンの時代においては、名の知れた無法者でした。多くのドラゴンを手に掛け、指名手配までされていましたからね。その力は八大精霊竜を凌駕し、四大聖竜に届きうると噂に上がるほどで……結局ライゼン様によって捕らえられ、犯罪者として幽閉されていましたが……」

 

 と、そこまで言って七星は一度言葉を溜める。その先は少し、批判に捉えられそうで口にするのを憚られたからだ。

 だがそれが聞こえていたのだろう。ライゼンがその続きを、そして同じくだんまりのままその会合を見ていたレオンハルトの使徒、ハンティが補足を口にした。

 

「……アベルとの戦い、ラストウォーの戦力として、ノスも含めた罪人達も戦列に加えられた。戦争で活躍すれば恩赦を与えるという条件でな。多くの同胞を手に掛けた荒くれ者のお前を野に放つことは、正直俺にとっては不本意だったが……」

 

「……ま、あの戦いは激戦だったからね。ノスみたいな罪人も駆り出さなきゃならないくらいには」

 

「くく……随分と古い話を覚えておられるのですな。なに、私もあの頃は若かったというだけのこと。今思えば随分と浅慮な事をしたと、悔いていますとも」

 

「っ……良く言う……」

 

 ノスの白々しい言葉にカミーラが吐き捨てるように呟く。プライドが高く、傲慢なカミーラと言えども、元同胞を手に掛けていたノスについてはあまり好きではないようで、露骨に気分が悪そうにしている。

 その殺気にも似た視線を涼しく受け流しながらも、ノスは笑みを浮かべ、ライゼンを見上げた。

 

「さて……ここに来たということは、協力者ということでしょうが……どうですかな。久方振りに、竜同士の挨拶を交わしてみるのは……?」

 

「……見え見えの挑発は止めろ、ノス。今はアベルのことだ。奴が復活した以上、貴様とて仕える主の為にここで消耗するのは本意ではないだろう」

 

「おや、残念ですな。くく──しかし、道理ではある。今はお主如きに関わっている場合ではないのだ、ライゼン」

 

 途中から敬語を止めて、挑発を交えながらもその言葉を認めるノス。竜同士の挨拶、というのはドラゴン種では挨拶代わりによく行われた決闘を示すものであり、有り体に言えばノスはライゼンに決闘を挑んだのだ。

 しかしノスは本気ではない。何故なら彼にとっても、元魔王、という肩書を持つ存在が現れたことは、現魔王の信奉者として看過できない事態であるからだ。

 それとは別に戦いを好む魔人とドラゴンの血が騒いでいるが、それはあくまで個人的な趣向である。過程でそれを満たせるのはいいが、あくまでも求めるのは結果。主の為にも、ライゼンとここで牙を交える訳にはいかない。無敵結界があれば傷は出来ないだろうが、それはノスの本意ではないし、何よりリベンジにはならない。

 それに無敵結界があったところで、あのライゼンが相手ともなれば長期戦となる上、こちらも少なくない疲労が蓄積するだろう。

 故に様々な意味で、ノスは牙を収めた。別に戦うだけならいつでも出来る。今はまだその時ではないと。

 ──だがそんな中、誰よりも内心で気を揉んでいる男がいた。それは、

 

(か、帰りてぇーーー!! アベルだぁ!? 馬鹿かお前ら!? 元魔王と戦うなんてあり得ねぇだろうが!!)

 

 言うまでもない。この中で、規格外の巨躯を誇るライゼンを除けば最も大きく、異形の身体を持つ魔人、ケイブリスである。

 彼はその任務をレオンハルトより言い渡された瞬間より、ずっと如何にして逃れるかを考え、内心で荒れ狂っていた。

 しかも眼の前では、ケイブリスにとっても見知った存在が現れ、ノスと敵意の混じった応酬を行っている。そのことも彼を動揺させた。

 

(レオンハルトのとこにデカいドラゴンがいるのは知ってたが、よりによってコイツかよ!? アベルの攻撃喰らってもピンピンしてた化け物じゃねぇか!!)

 

 ただでさえ、警戒しているノスだけではなく、ライゼンというかつて見た脅威がバチバチにやり合っているのは、ケイブリスにとって心臓に悪い。

 先程からぶるぶると小刻みに震えてしまっているほどだ。

 レオンハルトと親交があるとはいえ、他の魔人にとってそうであるとは限らない。ノスと喧嘩をして巻き込まれる可能性だってゼロではないのだから、ケイブリスとしては今直ぐここから退避したい気分だった。

 だがそんなライゼンの瞳が、不意にケイブリスを捉えたことで、ケイブリスはその巨体をビクリと跳ねさせた。

 ライゼンの眼が細められ、ケイブリスをしばらくじっと見つめると、声を唸らせ、

 

「むぅ……そこの魔人、どこかで見たような……もしや昔、会ったことがあるか?」

 

「い……いえいえいえ! 僕は貴方なんて知りませんよ! うわぁ、凄い大きな身体だなぁ! とても強そうで僕、尊敬します!」

 

「……まぁ、これだけ強い気配を漂わせる魔人ならさすがに憶えてる筈だしな。……しかしその情けない気配にはやはり憶えが……」

 

 さすがに過去、アベルから戦力外扱いされ、時折戦いを穴の中でブルブルと震えながら見守っていたり、半ば雑用、召使いのような扱いを受けていた小さいリスが、これだけ強く大きくなっているとは思わなず、ライゼンも気づけない。

 実を言うとケイブリスの認識では、ククルククルと戦っていたドラゴンの中にライゼンがいたという記憶はあるので、面識はそれよりも遥か昔、実は同時代の生まれで最も歳が近いのだが、その頃のライゼンは既に強く巨大であったため、ケイブリスは豆粒のような存在であっただろう。知っているはずなのに思い出せないという気持ちの悪い感覚がライゼンを先程から襲っているが、ケイブリスが口を閉ざし続けているので気づくことは出来ない。

 

「……お喋りはその辺にしておけ」

 

 と、いつものような鋭い命令というよりは、半ば呆れ気味の声がその場に響く。

 その声の持ち主、レオンハルトは実際に呆れながらも、さっさと任務へ向かうように促す。

 メンバーはこれで揃った、と。

 

「ライゼンの背に乗り、アベルがいる奈落の奥にある空洞へ向かえ。俺も後から向かうが、俺を待つ必要はない。倒せるなら倒しても構わん」

 

「……あ、なんだか急にお腹が──」

 

「ああ、任せてくれ」

 

「ふん……レオンハルト、お前の出番はない。奴は、私の手で必ず……!」

 

「ふふ、あのアベルと戦えるとは……さすがに血沸く……!」

 

「言っておくが、協力するのは今回だけだ。俺は俺で好きにやらせてもらうからな」

 

「ああ、任せたぞ」

 

 その命令に真っ先に声を上げようとした者がいたが、直ぐにその声は別の声に覆い隠される。言うまでもなくケイブリスで、続くケッセルリンク、カミーラ、ノス、ライゼンの声にかき消された形だ。

 レオンハルトはそれに気づいているのかいないのか、ともかく聞こえていない形で続きを口にする。

 それは先に打った手のことで、

 

「偵察にはメガラスを向かわせてある。空洞に入ったら奴と合流してアベルの場所まで案内して貰え」

 

 そうして、魔人四天王にライゼンを加えた一行は、元魔王アベルの討伐へ向かった。

 

 

 

 

 

 そこは奈落の一部であり、奈落とは別の場所。

 崩壊した縦穴から下に降りた先にあるのは、真ん中に空いた巨大な空洞を中心とした地下回廊だった。

 その場所には、奈落とは違う空気が流れている。

 生命が死に絶え、腐りきり、数え切れないほど骨がそこらに散らばるそこは、瘴気に満ちた猛毒の空間だ。

 並の生物ではこの場所に立ち入ることすら叶わない。強い耐性や瘴気に適応するような相性の良い存在でなければ、この場所では数分と保たないだろう。

 それ故に、この場所に存在する生物は魔物の中でも霊体などのアンデット系や、毒素に耐性を持った一部の魔物しかいない。

 だがそれらの生物も、今となっては汚染の原因となったその生物によって死滅させられていた。

 

「オオォ……」

 

 地の底でゆっくりと歩みを進めるのは、黒の鱗と巨大な翼を持つ生きた屍であった。

 彼はかつての地上の支配者。天を支配する偉大なる種族に生まれた大いなる怪物。

 蠢く大気を纏わせ、空のないこの地の底で雷鳴を響かせた彼は、大勢の魔物の死体を作り上げながら、地上を目指していた。

 彼は既に怨霊に近しい存在。過去に受けた仕打ち、怒り、悲しみ、恨みなどの負の感情のみを糧にして動いている肉塊だ。

 故にかつての部下である彼が姿を現しても、彼は何の反応も返さなかった。

 

「……アベル……」

 

 暗い地の底に現れるは、その任を買って出た魔人の一体。

 白い外骨格を持つ昆虫にも似た、ホルスの魔人──メガラス。

 彼はかつて自分を魔人にした当人と、三千年近い時を経て邂逅していた。

 だがその姿に、かつての面影はない。姿形は多少全体が錆びて、鱗が朽ちかけているくらいであり、それほど変わってはいないが、そこには何の意志も宿っていない。

 そこにあるのは怨念。自分をこんな風にした相手、その怒りの妄執に取り憑かれた男の影だけだ。

 

「殺ス……殺シテヤル……俺ト同ジ痛ミヲ……苦シミヲ……味ワワセテヤル……!」

 

「…………」

 

 そんなかつての主の姿に、メガラスは酷い憐れみを覚える。

 彼に未来はない。既に終わった存在だ。

 最後に残ったその怨念でさえ、もうすぐ征伐され、今度こそ果てるだろう。

 メガラスがここに、偵察の任を買って出たのは、最後に彼の姿を一目見ておこうと思ったからだ。

 臆病で狡猾。好戦的なドラゴン種の中では変わりものであり、それ故に蔑まれ、屈折した上昇志向と破壊衝動を魔王になって露わにした愚かな魔王。

 そのかつての部下や彼に与したドラゴンからも、彼の人格は影で蔑まれ、卑怯者だと後ろ指をさされていた。彼に関わったおおよそ全ての者達から、彼という存在は忌み嫌われているだろう。

 メガラスはそれを完全に理解している。そうなるのも致し方ないと分かっている。人望がないのも仕方ない。彼は基本、皆が言うような人物だった。

 ──だがメガラスにとっては、()()()()()()()()()

 

『お前、面白い奴だな……悪くねぇ。名前は?』

 

『俺の部下になるならお前の同胞とやらの安全を保障してやる。安心しろ、俺は他の傲慢なドラゴンみたいに、他種族を滅ぼさなきゃ気がすまないような短絡的思考の馬鹿じゃねぇからな』

 

『ぎゃはははっ! おい見ろよ、メガラス!! お前の同胞とやらを襲ってた四大一の馬鹿のカイン君を殺してやったぜぇ!? おらおら、一緒に踏みつけてやろうぜぇ!! いい気味じゃねぇか!!』

 

 そう。奴はどうしようもない奴だった。

 メガラス個人としては、好ましい性格ではない。アベルは言われるほど臆病な性格ではなかったが、ドラゴンの姫を奪い、世界の支配を目論む悪人であったことには違いない。

 ドラゴン種の考えに馴染めず、それ故に排斥され、仲間から酷い虐めを受けていたという過去はあれど、彼は自分の意志で現体制に反逆することを選んだ。

 その結果がこれであるなら、甘んじて受け止めるべきだ。

 だが、だからといって、全く同情の余地がないと言えば、メガラスに限って言えば嘘になる。

 彼は、他の聞く耳を持たないドラゴンとは違い、ホルスを保護することを約束し、実際に守ってみせた。初めに会った時は襲いかかってきたが、約束を結んで以降は、どれだけ卑怯で姑息な手を使おうが、ホルスを利用したり、あの場所を戦場にすることはしなかったし、幾人もの同胞を屠った四大聖竜の一角を討ち取った。

 メガラス自身は酷使され、幾度となく厳しい戦場に駆り出され、殿などを任されたし、失敗した時などは酷い暴言を浴びせかけられたが、ついに最後の最後まで、その約束を破ることだけはしなかった。

 だからこそ、メガラスは今この時まで、魔人としての生を全うしている。

 最後の最後まで魔王として、罪人として裁かれながらも約束を守ったアベルと同じく、自分も約束通り魔人として、魔王に仕え続ける。

 同胞の安寧さえ守ってくれるのであれば、自らも魔人で在り続ける。

 それがメガラスの選んだ道だ。

 今も生き続け、そして眠っているであろう同胞達。友人、親戚、仕事仲間や、仕え、守りきると誓った主に二度と会えなくなったとしても構わない。

 だがこの道は、彼らを守ることは出来る。その道を定めたのが、このアベルだ。

 返しきれない恩がある。だからこそ、せめてその死に目を見に来たのだ。

 

「……俺もいずれ、お前のようになるのだろうな」

 

 どこか暗い場所で、あるいは戦場で。誰にも思われず孤独な死を迎える。

 ただそれすらも覚悟している。自分はただ魔人として、魔王に仕え続けるのみ。

 主命とあらば、是非を問わず。どのような敵であっても挑み、主命を果たすために戦い続けるのみ。

 それがメガラスの、“魔人”としての在り方だ。

 

「……悪く思うな」

 

 かつての主を殺す手助けをすることに、たった一度だけ、謝罪することを自分に許すと、メガラスは踵を返して自らの任を全うするべく飛び立った。




ギリなんとか「私じゃなかった……」

メガラス「……お前な訳ないだろ……」

次回はまた戦い。そしてガイ君もそろそろ。後、人間(?)をやめる人が出てくるかもです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。