※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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急成長

 

 ハンティ・カラーはひたすらに、只ひたすらに相手へ打撃を打ち込んでいた。

 視界の中ではレオンハルトが剣を振ろうと力を込めていたが、そこに間髪入れず瞬間移動を発動、そして動きを入れて解除する。

 

「……!」

 

 相手の動きが止まり、引き戻される。そしてこちらがまた一歩、足を進める。そして更に攻撃で押し込む。

 戦闘は今の所、ハンティの優勢となっていた。既に打撃を何発も当てることに成功しており、着実にダメージを蓄積させている。

 ハンティは思う。これは奇跡のような状況だ、と。

 相手は魔人。それも魔人四天王。今はこちらが押していても何れは修正してくるだろう。魔人の身体能力に頼るだけの相手ではないのだ。そこには確かな技術が存在する。

 故に、ハンティは今の状況に違和感を覚える。

 今もこちらの爪と剣が打ち合い、火花を散らす。そこに感じる手応えは、

 ……剣筋が鈍った……?

 腕に伝わるレオンハルトの剣が軽くなっている。先程まで感じていた魔人の絶大な膂力が格段に落ちて、もはや自分と拮抗してしまうほどに。

 その隙を見逃さず、再びの攻撃、そして初動の差し止めに移るも、

 

「……ッ!」

 

 今も、その勢いを殺されるどころか弾かれたように押されていった。やはり間違いないだろう。

 レオンハルトの動きが格段に悪くなっていることを、ハンティは一つの事実として認識した。

 しかし、それが何故かはハンティには見当がつかない。

 ダメージを負い、ここまでの戦いで疲労したという線は薄いだろう。レオンハルトは魔人だ。その圧倒的地力の高さは他の生物の追随を許さない。

 しかも相手は紛れもない剣の達人。それも戦闘の最中に動きが洗練されていき、こちらとの差を広げていくほどの成長力を秘めた発展途上の達人である。

 その成長が止まるどころか、劣化している。

 もはや剣筋はあやふやで、一合ごとに力の配分やその速度が違ってきていた。その分隙がうまれて、それはこちらの攻撃チャンスとなる。

 ……さっきまでと比べたら別人だね。

 そう思ってしまうほどレオンハルトはその剣を不確かなものとしていた。その動きには基本すら定かではないものが混じっている。それこそ別人。もしくは今から別の剣技を習おうとしているかのような練習の動き。

 それどころか体捌きすらおかしくなっている様にも見えた。

 不可解な疑問に、しかしハンティは考えるのをやめた。

 相手が弱くなったのなら好都合なのだ。なにせ勝利する確率が高まる。自分の勝ちが見えてくる。

 それなら、

 

「オォ……!!」

 

 ハンティはドラゴンカラーとしての力を振り絞り、その動きを加速させた。

 瞬間移動を加えながら、相手の動きを捉えて攻撃を打ち込んでいく。連打が加速し、幾つもの衝撃が相手を押していく。そしてその結果にハンティは希望を見る。

 

「…………」

 

 レオンハルトはこちらをじっと見詰めながらも剣を振りそれを止められながらも無言で打撃を受け止める。先程までの饒舌振りが嘘のようだ。

 やはり、対応出来ていない。今なら仕留めきれるかもしれない。

 ハンティはそこに勝機を見出し、レオンハルトの首目掛けて爪を振るい、

 

「――っ!?」

 

 空を切ってしまう。完全に直撃のタイミングであったはずの攻撃を躱されて目を見開く。

 その視界の先、レオンハルトはどのような行動を取るのかそれを捉えようとして、

 

「――――」

 

 魔人が消えた。

 そして直後に、声が聞こえた。それはこの戦いの中で聞き慣れてしまったもので、

 

「――できた」

 

「……!?」

 

 その音の方向を拾った瞬間、ハンティはその場から全力で離れる。そして下がりながらもレオンハルトの姿を確認しようと視線を向けた。彼がいた場所は、

 

「…………」

 

 ハンティが先程まで居た場所。

 その真後ろだった。

 

 

 

 

 

 レオンハルトはその瞬間、自分の動きを自覚した。

 

「――ククッ……」

 

 笑みが口から漏れ出てしまう。それほどの愉悦が頭を支配する。

 レオンハルトはその感覚を覚えた。それを戦闘中に学習した。

 剣を振ること――だけではない。

 腕も、足も、手も、肘も、膝も、肩も、腰も、腹も、背中も、胸も、首も、指先一本一本のその先まで。身体の動かし方を一つ一つ意識し、全身を制御すること。それだけに集中した。

 それは途方もない作業であり、同時に至難を極めた。

 なにせ今まで無意識に動かしていたものを根本から改めなければならない。手探りで行ったそれは力配分や筋肉を狂わせ、剣は軽くなり、足元も覚束ない。相手の攻撃をくらうのは必然であり、幾つもの手傷を負った。

 失敗すれば身体は震え、あらぬ方向に力を入れてしまう。失敗すれば剣は弾かれ、攻撃が直撃する。

 しかし一つ一つ、丁寧に修正していく。意識して行動して、それを身体に覚えさせていく。

 

 そしてそれが――全て終わった。

 レオンハルトはそうして一つの事実を認識した。

 ……身体の動かし方に関してはこれが極限かもな。

 肉体の動かし方について、これ以上のものは存在しえない。そういう確信を得た。

 そして同時に、レオンハルトは相手に感謝する。

 自分が成長したのは紛れもないハンティ・カラーのおかげだろう。もし平常時にこれを習得しようと訓練をしていたら果たしてどれだけの時間がかかったか分からない。それがこの短時間で終えることが出来たのは強者との戦いの結果だ。

 ……これだから強い相手と戦うのはやめられねぇ。

 しかし、レオンハルトはこうも思う。こうなってしまっては最早相手にならない、と。

 瞬間移動に対応しようとした結果の成長であるのだからそうなるのは自明の理だし、自業自得だ。しかしそれでもレオンハルトは自身の成長に一抹の寂寥感を覚えてしまうのだ。

 後はもう勝負を終えるだけ。なら自分を成長させてくれた相手へ、せめてもの礼儀としてそれを存分に見せつけてやるだけだ。

 レオンハルトは相手にそれを告げた。

 

「……気をつけろよ。今、動くからな――」

 

「――!」

 

 ハンティがその声に反応してこちらの動きを注視した、その瞬間、

 

「――――」

 

 レオンハルトの動きから全ての無駄が消えた。

 

 

 

 

 

 ハンティ・カラーはその動きを見ていた、はずだった。

 視界の中、レオンハルトが動きを見せるその瞬間、

 

「――――」

 

 レオンハルトが目の前に立っていた。

 

「――!?」

 

 ハンティは急いでそこから退避するため、咄嗟に瞬間移動を使った。

 そしてその場から移動し、呆然と今の動きを分析しようとする。しかし、

 ……今、いったい何が……?

 気がつけばレオンハルトが目の前に立っていた。距離は離れていた、おおよそ10メートルくらいだろうか。

 そこから一瞬で目の前までの移動。それが出来る方法をハンティは知っている。だが、

 ……瞬間移動の筈はない……。

 そんなわけがない。相手はここまで一度も魔法を使っていないし、それを隠していた素振りもない。よしんば使えたとしても瞬間移動が使えるほどの魔法使いには見えない。言いたくはないがこの魔法には才能が必要だ。並の魔法の才能があったとしてもこれを使うことはできないだろう。

 なら、見間違いなのか、とハンティは十分に距離をとって瞬間移動をした。そして視界の先でレオンハルトがこちらを見ると、

 

「――逃げてんじゃねぇよ」

 

「――ッ!?」

 

 またレオンハルトが目の前に現れた。

 ……分からない、分からない……!

 ハンティはその動きを確実に捉えていた。瞬き一つしていないのだ。

 それなのに、動きが捉えられない。

 レオンハルトが動いた瞬間、そして動きを終えた瞬間。それだけしか見えない。

 それはまるで自分の瞬間移動を見ているようだった。動きの始点は見える。しかしその瞬間、途中をすっ飛ばして終点に到達している。間の動きは無くなってしまったかのように。

 ハンティはその事実に激しい悪寒を覚える。嫌な汗が全身からにじみ出る。本能が目の前の魔人に全力で警鐘を鳴らしている。

 そんな中、眼前のレオンハルトが口を開く。

 

「……何が何だかわからねぇって顔だな」

 

 こちらを見下ろしながらの表情は苦笑。どこか憐れむような視線だ。

 

「わからねぇならどうしようもないな。一応瞬間移動ではない、とだけ言っとく」

 

 そうしてレオンハルトは再び、動きを取った。そして口を開くと、

 

「――ほら、見極めてみろ」

 

「――ッ……!?」

 

 突然、衝撃が身体を走り抜けた。

 見ればレオンハルトの蹴りがこちらの腹に突き刺さっている。

 ……今のは……!

 苦悶の表情を浮かべながらもハンティはその結果に瞬間移動でないことを確信する。

 そして同時に、もっとどうしようもない絶望と言うべき現実を突き付けられた。

それは、

 ……初速が存在しない……!

 

 

 

 

 

 レオンハルトはハンティを蹴り飛ばし、それを視線だけで追いかけた。

 魔人の脚力で吹き飛ばされたハンティは宙に浮いたかと思うと地面を擦過しながら転がっていき、やがて動きを止める。

 それを見て、レオンハルトは瞬間移動を完全に攻略したことを確認した。

 それどころか一定以下の相手は余計自分に歯が立たなくなった。そのからくりをレオンハルトは思う。

 ……最初から全速力を出すだけで大分変わっちまうな。

 レオンハルトは身体の動きから全ての無駄を省き、肉体を完全に掌握することに成功した。

 そしてその結果、力を最初から全力で発揮させることが出来るようになった。

 ゼロから徐々に力が伝わっていくという通常のそれをすっ飛ばしてゼロからいきなり全力まで力を伝える――それも一切の無駄なく。

 動きの途中が見えないのは爆発的な瞬発力、加速の結果でしかない。実際速度自体はそこまで上がっていないのだ。

 問題は最初から魔人としての全速力を弾き出せるということ。果たしてそれが見える人間がどれだけいるだろうか。

 慣れれば見えるかもしれないし、元よりこの速度域で戦闘を行えるものなら――例えば同じ魔人であるなら目視は可能だろう。だが、強くなったのは間違いない。それ故に今後の事を考えると、

 ……また苦労しそうだな……。

 強くなる度に相手側に求める強さも比例して上がってしまう。今後これ以上強い相手を探さなければならないのは中々にキツいし、それを思うと憂鬱になる。今でさえ苦悩しているというのに。

 溜息をつきたくなる気持ちを抑えてレオンハルトは地面に伏したハンティを見る。すると、

 

「――――!」

 

 突然、地面に倒れていたハンティが消えて気配が後方に移った。それを後から動いて、

 

「もう意味ねぇよ」

 

「ガッ――!?」

 

 ハンティの首を左手で掴み取る。初速で最大の速度を出せるようになり、このような後出しでも迎撃は間に合う。もう動きの始めを捉えようと意味はない。最初から魔人としての全力の力が加わっているのだ。ハンティにそれを弾き返すような膂力はない。

 良い戦法だっただけにそれを打倒した達成感はある。だが、

 ……こいつも強いんだけどなぁ……楽しかったのになぁ……。

 レオンハルトは心がどんどん冷めていくような気持ちを覚えながらもそのまま右手に持った魔剣で、

 

「――――ァ」

 

 ハンティの腹を突き刺した。瞬間、

 

「――――――!!!」

 

 声にならない叫びが村中に響き渡り、レオンハルトは目を伏せた。

 

「終わった、か――」

 

 その声には寂寥感が滲み出ていた。

 

 

 

 

 

「あぁ……っ……か……」

 

「…………」

 

 レオンハルトは地面に夥しい量の血を零しながらも未だ苦しんでいるハンティを見ていた。既に致命傷、常人であればショック死してもおかしくない傷だ。

 それだというのに、

 

「……驚いたな、まだ生きてるのか」

 

 どうやらハンティ・カラーの生命力は予想以上らしい。それともドラゴンカラーとしての生命力だろうか、はたまた両方か。

 レオンハルトは瀕死の状態でありながらももがき続けるハンティをじっと見詰める。

 そんな時だ。

 

「……これで終わりなのか」

 

 ふとこう思う。勿体無いな、と。

 その思いがどこから来たのかは分からない。しかし、それを考えてしまった。決闘を行った後だというのに何を今更とも思う。

 だが、それでも、と思う。こいつをここで殺してしまっていいのか、と。

 レオンハルトは先程の戦いを振り返る。今まで戦ってきた中でもこのハンティ・カラーという存在は極上のものだ。

 瞬間移動という唯一無二に限りなく近い魔法を使い、自分にここまでの傷を負わせ、更には自身を成長にまで導いた。そんな存在は今まで皆無に近い。少なくとも魔人以外だと初めてだ。

 もしかしたら次にここまでの存在が現れるのは100年か200年。もしくはもっと先かもしれない。

 ……そこまで自分は我慢出来るのか……?

 自問自答を行い、直ぐ様頭を振る。嫌だ、と。

 耐えられないわけではない。自分には大切な存在も立場もある。そういった機会がないからといって死ぬようなことはない。生き続けるだろう。

 嫌だ、と思うのは個人的な感情であり欲望。強い相手と戦いたいという自分の望みの一つ。

 そしてレオンハルトは更に思う。ハンティ・カラーはそもそも人間ですらない。永遠に生き続けるドラゴンカラーであるはずだ。

 ならばその成長も期待出来る。全盛期が精々2、30年しかない人間と違ってそれを殆ど永久的に実力を維持出来る。

 考えれば考えるほどレオンハルトは勿体無いという思いが強くなっていた。どうにかしてこいつを生かしておけないか、と。

 しかし、とレオンハルトはハンティの身体の傷を見て顔を顰める。この傷では助からない。

 自分には神魔法は使えない。医療の知識はない。それらを持つ人物はこの場にはいない。

 さすがに遅すぎたのかもしれない。だが、仕方がないのだ。強い相手と戦ってる最中はどうしても熱くなってしまい、楽しみを優先してしまう。目的があるなら冷静にも――

 

「――――あ」

 

 そこでふと、レオンハルトの脳裏にとある考えがよぎる。

 それは悪魔の考えであった。

 だが、とレオンハルトはよく思案する。その方法ならハンティを助けることは出来る。どれだけ傷を負っていようと関係ない。

 しかし同時にとある代償を払わせることになる。

 ……どうする。

 レオンハルトは考える。自身の欲望と代償を天秤に掛けて計算する。

 先程のハンティとの戦いはとても楽しいものだった。それが味わえるのなら――

 

「――ッ」

 

 レオンハルトは自身の血が熱くなるのを感じた。心臓が強く脈打ち、本能が欲望を求めて身体を熱くする。

 それは地面に横たわるハンティ・カラーを見れば見るほど強くなっているように感じた。

 

「………………」

 

 やがて。

 レオンハルトは答えを出して、死に体のハンティに近づく。

 その表情に、とある一つの感情の色を、覗かせながら――

 

 

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