そういうわけで本編どうぞ
翌朝。
季節外れの熱を持った熱い大気が僅かに東側から吹き荒ぶ中、森の中でひたすらに探索を続けている一団があった。
それは全員が闇に紛れるような黒装束を身に着け、身を隠すような移動を繰り返す者達だが、今はその警戒も解かれ、くまなく周囲を探索している。
その集団の中心にて、痩躯の男は苛ついたように声をあげた。
「なぁ~んで、見つかんねぇのよぉ~~~!!」
「す、スケアクロウ様、お気持ちは分かりますが声を抑えてください」
「大声は、闇に紛れる者としてどうかと……」
「うっさい、そんなことわかってんだよぉ!」
分かってるなら態々大声で言わずとも……、とその一団、影の楔という魔物討伐隊の一員達は誰もが思ったが、茶色い髪に悪人顔の男、スケアクロウはこう見えて、影の楔では上から数えた方が圧倒的に早い権力者であり、あまり強く言うことは出来ない。
それに彼らとて、叫びたい気持ちにならなくもないのだ。夜明け頃に到着してから、今までずっと、この場所で目的の場所を探しているのだが、一向に見つからない。
やはり存在しないのではないかと、存在が危ぶまれる里の存在に隊員も、そしてスケアクロウも眉根を寄せて苦渋の表情を浮かべた。
「魔法の里があるなら絶対この辺りだろうによぉ……ロランの奴、まさかガセ情報を掴ませやがったか……?」
「さすがにそれは……幾ら相手がスケアクロウ様の元同僚の友人で、あの鋼の騎士団の長とはいえ、我らに嘘の情報を掴ませて益があるとは思えません」
「まぁ、そうだよなぁ」
それも理解している。そちらは本当に。スケアクロウ自身も、言いながらそれはないだろう、との見方をしていたのだ。
鋼の騎士団と影の楔は、別段協力関係にあるわけでもないが、それでも同じ魔物討伐隊で1、2を争う規模の組織であり、何かと交渉したり、場合によっては協働することもある。
取るに足らない同業者程度であれば、影の楔も食い物にすることを厭わないが、鋼の騎士団、そしてキリング商会だけはそういう対象としては見ていない。
何しろ敵に回すにはリスクが高すぎる。鋼の騎士団は言わずもがな、その兵力。キリング商会は今の外で生きる人間にとっては無くてはならないほどの大規模商会であり、多くの物資を抱えている。故に手は出せない。
その鋼の騎士団の隊長であるロランが、魔軍の襲撃を受けて隊の存続が危ぶまれるほどの一大事に、態々同じ人間同士で敵対するような行動を起こすだろうか。
「ロランの奴はかなり慎重だからなぁ。意味のねぇ嘘はつかないし、自らが不利になるような嘘はつかないよなぁ?」
スケアクロウはロランという人物の人となりをある程度知っているため、断言出来る。それはない、と。
ならば自分達が魔法の里を見つけられないのは、やはり彼も言っていた、何らかの魔法で隠蔽されているという可能性が高いのだが、
「魔法を使っても見つからねぇとか、どうかしてるぜ……! この森はよぉ……!」
「申し訳ありません……何らかの魔法の痕跡はあるのですが、見つけられず……」
部下からも謝罪の言葉が飛んでくる。
影の楔にも魔法使いは少なからずいるので、その者達に魔法による結界や暗示の可能性も考えてそれらを解かせようと試みたのだが、今の所、成果は上がっていない。
こうなってくると、さすがのスケアクロウもいつものゲスの笑みも鳴りを潜めて、表情が引き攣っていく。
「このままでは、手紙を届けるどさくさに紛れて貴重なマジックアイテムをくすねて売りさばく大作戦が台無しに……!」
「……ブレないですね、スケアクロウ様……」
「ゲッヘッヘ、このご時世、誰かから何かを奪わなきゃ生きていけないのよぉ……!」
部下からの声も気にしない。スケアクロウは己が俗物であることを自覚しているが、改める気もないのだ。
この世は強者だけが生き残れる。抜け目なく、他人から何かを奪うことに容赦のないものだけが良い思いが出来る。弱者や変な優しさや同情を見せる者は飢えて死ぬだけだ。
とはいえ、食い物にする相手を見極めることも重要である。
スケアクロウはかつてロランという新入りが影の楔に加入してきた時、その技量を見抜いて真っ先に近づいた。
無論、他の同僚達のように新入りの癖に生意気な奴に痛い目を見せてやろう、ということではない。
影の楔の内情や、この界隈での暗黙のルールや、気をつけた方がいいヤツなどを親身に教えてやったのだ。
そのおかげか、ロランは他の馬鹿共のように自分を消すようなことはしなかったし、影の楔を抜けた後も鋼の騎士団という馬鹿でかい組織の長になったのだからスケアクロウの判断は間違いではなかった。
「いいかお前ら、この世で一番大事なのは判断力だぜぇ~? 僕ちゃんはこれまで、判断を間違ったせいで死んだ奴をごまんと見てきたからよぉ」
「……スケアクロウ様の生き残るための嗅覚は信用しております」
「おおよ! 僕ちゃんの助言には従うもんだぜぇ? そう、あれはいつだったか……影の楔で幹部候補にまで上り詰めたとんでもなく強い女が昔いたんだがよぉ……幹部になるって話があがったところで、足を洗って
「はいはい……何度も言い寄ったけどフラれたって話ですよね?」
「振られてねぇよぉ! まだ口説いてる最中だったってだけだ! 時期が来れば落とせたはずなのよぉ!」
古い部下から呆れ気味にそう言われ、スケアクロウは憤慨する。
どうにも間抜けさが見え隠れするようだが、これでも生き残る嗅覚を評価されて影の楔でのし上がった猛者だ。周囲の警戒は怠っていない。
「それにしても、冬だってのに最近は熱いし、天気も荒れてるしよぉ……さっさと帰りたいぜ──お?」
と、不意にスケアクロウの感覚に引っかかったのは、何かから解放されたかのようなその気配だ。
他の隊員達も、気配に敏感な者ほどそれにいち早く気づく。
副官がスケアクロウに声を掛ける前に、スケアクロウは口元をニヤつかせて声を発した。
「……ゲッヘッヘ、どういう訳か分からねぇが……見つけちまったなぁ?」
「この急に現れた人の気配は、やはりそういうことでしょうな……」
「魔法か何かで隠蔽してたんだなぁ、やっぱり」
急に人の、正確には人里特有の気配や痕跡が見つかったことで、スケアクロウはやはり魔法だろうと判断する。
そして魔法によって隠していたのならば、やはりこの先にあるのは魔法の里。ロランに依頼された人物がいるという、存在自体が今まで危ぶまれていたその場所だ。
とはいえそれも今日で終わりだ。スケアクロウはその魔法の里を見つけたのだから。
「さぁて、ロランくんの依頼をこなしてやるとしますかねぇ……!」
舌舐めずりをしながら、スケアクロウは部下たちを伴って、その先に足を踏み入れた。
「ふふ……お客さんが多いと賑やかで楽しいね」
「……賑やかと言うには少しアレな気も……ああいえ、やっぱり何でもありません。よく考えたら、私がいつもいる場所に比べればマシです」
地下の書庫迷宮。ガイ一行は昨夜、そこでキャンプすることにし、今無事に朝を迎えた。
テントから出てきた未来視の魔女のその言葉に、皆の朝ごはんの支度をしているイヴは、自分の今の居場所の事を考えて目尻を落とす。
魔法で火を起こし、水を沸かし、持ってきた鍋やフライパンなどで料理をしながら見るのは、騒がしい朝の風景だ。
まだ食事も取っていない朝の時間だが、やることは割と過激である。それは、
「はい! もっと腕を振ってください! 動きが悪いですよ!」
「ききー!」
「ま、待てって!? くっ、ってかこの猿マジで強ぇ……!?」
「まだ軽口を叩ける余裕があるみたいですね。藤吉郎、もっと厳しく攻撃してください!」
「きぃー!!」
「っ、ま、待て……!?」
……ほんと、朝っぱらから元気ですねぇ……。
と、早朝訓練として、白兎が監督しながら、クーベロと藤吉郎の模擬戦をしている様子を見て染み染みと思うイヴ。
修行にしては結構ガチ目の戦闘をしているが、イヴからすればこれくらい、朝の光景で言うなら軽度のものだ。
イヴが普段住んでいる紅魔城だと、朝っぱらから破壊の音が連続するような修羅の地であるため、これくらいなら暖かい目で見守れるくらいにはなってしまった。
特に最近は主の子供達──白兎を含めた兄妹達のじゃれ合いもあったりして、何かと騒ぎが絶えないため、特にそう思う。
混ざるようなことになるのはただの人間として死んでもゴメンだが、師匠が師匠なため、たまに脳筋の群れに放り込まれるのが納得いかない。
それに比べればこうやって観戦しながら料理をすることのなんと平和なことか。迷宮の中だというのに、安息の地のように感じてしまう。
まぁ、紅魔城自体が即死級トラップが至るところにある高難度ダンジョンみたいなものですよねぇ、と軽くげんなりしながらも気を取り直して告げる。
「ご飯、出来ましたよ」
「──あ、それじゃあ終わりにしましょうか。二人共、礼」
「きき!」
「あ、ありがとう……ございました……」
白兎の声に従って、挨拶をする二者だが、藤吉郎は平然としているのに対して、クーベロの方はグロッキー状態。やはり曲がりなりにも、藤吉郎は使徒であり、クーベロは人間である。体力の差は如何ともし難いだろう。
普通に歩いてくる白兎と藤吉郎と違って、クーベロは地面を這いずるように食事を取ろうと近づいてくる。ボロ雑巾というか、ゾンビにも見えなくもない。
ここまですることはないような、と思いつつイヴは食事を器に取り分けて二つ分を手に持つと、先にクーベロの元まで近寄った。少し屈んで、
「お疲れ様でした。朝ごはんをどうぞ」
「お、おお……悪いな」
「お気になさらず。苦労していたのは見ていたので」
そう言って朝ごはんの乗ったお皿をクーベロの前に置いておく。
傷だらけの彼を横切って、今度は奥の扉まで近づく。そして若干迷いながら、
「彼の分はどうしましょうかね……?」
「扉の前に置いておいたらそのうち受け取るんじゃないかな?」
「一応、食事が出来ましたと声を掛けてみましょう。もしかしたら出てくるかもしれません」
Cと白兎にそう言われたので、そうしてみるか、とイヴは頷く。扉に近づき、ノックをした上で、
「ガイさーん? 朝ご飯出来ましたよー?」
──しかし、返事は返ってこない。
扉は黙したままだ。
危険なため、開けて中を覗く訳にもいかず、イヴは迷った末に、
「……ご飯、ここに置いておきますから、お腹が空いたら食べてくださいね?」
と、告げてみる。すると背後から魔女と白兎が、
「そもそも聞こえているのかな?」
「中で身じろぎはしてるみたいなので、聞こえてはいるんでしょうか……ちょっと分からないですね」
「きー!」
“とりあえず、ガイは諦めて飯にするか”という藤吉郎の声を読み取って、イヴは微妙な表情になる。
「……なんだか、引きこもりの子供を持った親みたいなシチュエーションですねぇ……」
「その場合、扉の前に私達がいるから出てこないということになるのかな? 家族と顔を合わせたくないだろうし」
「試しに扉の前から離れてみます?」
「よくわかんねぇがやめてやれよ……」
クーベロが瀕死の状態ながらもツッコミを入れる。その状態でツッコミを入れるとか、自分の仕事がなくなって楽でいい、とイヴはクーベロの存在を有り難く思いながら、自らも戻って食事に移った。
食事中の話題は、やはりガイがいつ出てくるかということで、
「ふむ、禁呪の習得には時間が掛かるみたいですね──はむ。今日も美味しいですね」
「ふふ、まあそれだけ強力なものだからね。時間を掛ける価値のあるものだとは思うよ。危険もそれだけ大きいけどね──ふむ、これはJAPANの味噌を使った豚汁だね? そしてこちらはシンプルながらも出汁を加えた卵焼き……だし巻き卵か。それと梅干しのお握り……JAPANの料理、和風の朝食もたまにはいいものだね、もぐもぐ」
「魔法に携わるものとして興味はありますが……あまり触れない方が良さそうですね……。朝食はまぁ、普段から白兎さんと行動を共にしてますし、白兎さんの母親の出身地でもあるJAPANの料理を作ることが多いんですよ。それに、父親であるレオンハルト様の方も、何気にJAPAN料理が好きなので。本当ならもう一品くらい加えたいところですが、器材も材料もそれほど多くは持ってきていないのでそこは個人的にも残念ですね」
「……私も食べることにします」
「きき」
「ええっ!? 刀が人になった!? つーかお前ら、のんびりしすぎだろ!? もっとガイのこと心配しろよ! いや、びっくりするくらい美味いけどさぁ!」
「二つの意味で、ありがとうございます」
クーベロが全ての事にツッコんでくれて有り難い、と深々と礼を告げるイヴ。料理を褒めたことに対しても感謝を乗せた形だ。
日光さんが食事に釣られて人に戻ったりして、大小様々な驚きがあっただろうに。助かる。クーベロはもうこのまま連れていってはどうだろうか、とイヴは己の心の安寧を保つためにそんなことを真面目に思う。
とはいえ、だ。確かにガイが早く出てきてくれないと、自分達もしばらくここで過ごすことになり、色々と大変である。
せめて持ってきた食料が尽きる前には出てきてくれませんかね、とイヴは豚汁を啜りながら呑気にそう思った。
雲間の直ぐ下を飛行し、目的地へと向かう強大な存在がある。
それは影の上では一体の存在に見えるが、実はそうではない。
一体の巨大な存在の上には、同じくそれに勝るとも劣らない程度の力を持った者達がいる。
彼らは皆、目的を同じとする者達だが、決して同志ではない。
目的の為に一時的に共闘する。一応は同じ勢力の者達ではあるのだが、その空気は決していいものではなかった。
「……そろそろか?」
「ああ。露骨に空気が変わってきた。近いだろう」
と、そんな中でそれほど関係性が悪くない両者が会話を行う。
前者は魔人四天王。カラーの魔人であるケッセルリンクで、後者はライゼン。四大聖竜の一角である。
残りの魔人四天王も含めて、彼らは元魔王であるアベルの討伐のために、奈落にある空洞へと向かっていた。
だがライゼンの背中に乗っている者達の間に会話はなく、その代わりにケッセルリンクとライゼンがやり取りを行う。
ケッセルリンクとライゼンはそれなりに交流がある間柄だ。過去、レオンハルトとの一件で知り合ったし、ライゼンが紅魔城に居候していると、それなりに関わることも多い。
レオンハルトの使徒であり、ケッセルリンクの後輩でもあるペールがライゼンと仲が良いのもあって、やり取りには何の支障もなかった。
そしてその会話の内容。空気が変わった、という言葉にケッセルリンクは軽く眉を引き締める。
「確かに空気が……空が荒れている気がするが、それはどういう意味だ?」
「……アベルの“力”だ。これは」
短く、そして何か思うところがあるような返答をライゼンが行う。
その言葉の意味を考えながらも、相手に遠慮なく問える間柄であるため、ケッセルリンクは率直に問いを投げた。
「……その力というのもそうだが、そもそもだ。アベル、というのは強いのかね?」
レオンハルトは我々でも倒せると言っていたが……、とケッセルリンクは呟く。
もたらされた情報、アベルのことをあまりよく知らないケッセルリンクが持つ情報で言うと、アベルの脅威は未知数なのだ。
魔王の血は殆ど残っておらず、全盛期には程遠い。加えて意志も希薄、あるいは狂気に染まっているため、総合的な戦闘力は魔人四天王よりも若干上に留まるという。
元魔王にしては強いのか弱いのか微妙なところだが、その本来の強さや、ライゼンの言う“力”とやらも気になり、ケッセルリンクは疑問したのだ。
今から相対するのであれば情報は知っておいた方がいい、と。だが、
「……ふっ、奴が弱いとでも言うつもりか? そんな訳がないだろう……」
「む、カミーラ……」
と、ライゼンより先に答えたのは、意外にもカミーラだった。
ケッセルリンクという仲が悪い相手の問いに答えるというのは、ケッセルリンク自身も意外であったため、僅かに驚きを見せる。
軽く小馬鹿にしたような感じではあるが、カミーラは言う。弱い訳がないと。
「……奴は曲がりなりにも……あのマギーホアと互角に争った……魔王の力が薄まってるとはいえ、楽観的に構えられる相手じゃない……」
「……マギーホア。確か、ドラゴンの王だったか。その強さも伝え聞く程度でしか知らないが……」
ケッセルリンクも話でしか聞いたことがない。
昔の伝承で軽く聞いたことがあるし、レオンハルトから軽く聞いたこともあるが、やはりそれほど強かったのだろうか、と疑問符を浮かべる。
すると今度は別のドラゴンから返答が来た。──ノスだ。
「くく……そのマギーホアの強さとやらは、そこの友人がよく知っているだろう? そこの生ける王冠でも良いがな」
「…………っ」
「……ああ、奴は最強のドラゴンだった」
無論、アベルのこともな、と嫌味たっぷりに告げるノスにライゼンはしばし間を置いて答える。カミーラがもはや無言のまま歯を噛み締め、ノスを睨んだ。
ライゼンにとってマギーホアは唯一無二の親友である。アベルも、彼にとってはかつての部下であった。
カミーラにしてみればどちらも己を道具扱いした憎き相手だが、ライゼンにとっては色んな思いがある相手である。
だがそのどちらも強さを知っていることに変わりはない。
そして言う。唯一知らないケッセルリンクの為に、ライゼンは、
「──マギーホアは、
「……! それは……」
ケッセルリンクの表情が驚きに染まる。それほどの力を持っているのかと。
だがライゼンは当然のことのように答えた。昔を思い出すように。
「奴は全てのドラゴンの中で最強の力を持ちながら、その天候を操る力を持っていたことで、あらゆる戦いに勝利してきた。空を往き、空で戦うドラゴンにとって、空を操れる奴の力は無敵にも等しい。決闘だろうが、他種族との闘争だろうが敗北は無し。故にドラゴンは、他の種族から天空の覇者とも呼ばれた」
もっとも、それはマギーホアのことを指していたのだが、とライゼンは続ける。
続いてカミーラも、
「……マギーホアは怪物だ。丸い者との戦いも、ラストウォーも、そしてあの忌まわしき戦いでさえ、奴は1人で数千、数万の軍勢を相手にし、戦ってきた。だが……」
「そんな奴にもたった1人、互角に相対出来る者が現れた」
ノスが引き継ぐように言う。愉快そうに、彼もまた昔のことを思い出している。抱く感情は全く別のものだろうが。
「それがアベル。ドラゴンの魔王にして、奴もまた──天を操る力を持つ」
「……アベルの力とは、そういうことか」
「ノスの言う通りだ。その証拠に……この空だ」
と、ライゼンは周囲の空を、そして向かう先の空を指して言う。
そこには、生き物のように蠢く黒雲が巨大な塊となり、空を覆っている。
実際、先程から強風が吹き荒れ、雲間に雷鳴が轟き始めていた。
そしてこれこそが、アベルがいる証拠なのだと言う。
「全ドラゴンの中で、天を操る力を持つほどの存在はマギーホアとアベルのみ。そしてマギーホアでないとすれば、残るはアベルだ」
マギーホアではない理由を敢えて言わずに、ライゼンは断定する。既に世捨て人となった彼に今更このような力を振るう理由はない。
彼はこの力で、マギーホアに反逆したのだ。
「マギーホアとアベルがお互いに軍勢を引き連れての戦争は……終始、マギーホアの、我らの優勢であった。アベルの元に魔人や一部のドラゴンがいたとはいえ、多くのドラゴンはこちらの味方だったからな」
数の上では圧倒的にマギーホアが上。しかし、戦争は長引いたのだ。
その理由が、アベルの強さと、狡猾さだ。
「アベルは通常のドラゴンが思いつかないような策や奇襲で我らを相手にした。場合によっては逃げ隠れることも辞さなかったが……奴自身が囮となって1人で戦うこともあったのだ」
「……伝え聞く話とは、少し違うようだな」
「……ドラゴンの考え方だと、奴は臆病者で卑怯者だ。それは間違いない」
だが今の基準だと違う。奴は狡猾だが、臆病者ではなかった。
戦い以外にも取れる手段があり、そのことを考え、実行出来るだけの能力を持った特異なドラゴンだったのだ。
それを排斥して、道を踏み外させたのは他ならぬ
「しかし奴は強かった。それこそ、マギーホアがいなければ奴がたった1人で戦っても奴の優勢だった。戦争の終わり頃には実際、1人となった奴を捕らえようとして、多くの同胞が犠牲となったからな……」
結局はマギーホアが捕まえて幽閉したのだ。
そして他の魔人達やアベルに味方をしたドラゴン達はマギーホアが残らず処刑した。
一部、逃げ出した者達もいたようだが、それについてはノスが、
「……そこのカミーラや……ケイブリス、貴様も逃げ出していたはずだな?」
「…………」
「は、はぁぁ!? 僕、そんなの知りませんけどぉおおお!? ノスてめぇ! ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!!」
カミーラは無言で答えず。ケイブリスは露骨に慌て始めた。
どちらも、ラストウォーの後期、敗勢が決まった頃にはアベルの元を離れて野に散り、隠れ潜んだ魔人である。
ケイブリスはそのことを何とか隠したいようだが、ライゼンはそれを聞いて特に何とも思わず、
「ふむ……? やはりあの頃にはいたのか。見覚えはないが……まあ良い。後はギリウムなども逃げていったはずだな。まあもっとも、必死に捜索させたカミーラなどと違って、ギリウムのことはマギーホアも忘れておったからな。──小物過ぎて」
「ああ、確かレオンハルトに殺されたという……」
ケッセルリンクが前に聞いた話を思い返す。確かレオンハルトが魔人になって真っ先に殺した魔人だ。
どうにも彼は彼で、戦争初期にあっさりとアベルを見限ったせいか、マギーホアの記憶にも残らず、それ故に探し出して殺されるようなことはなかったのだと言う。
ケイブリスはその時、弱すぎて戦争に参加もしていなかったので言わずもがな。後生き残っている魔人は、今偵察に出かけているというメガラスである。
メガラスについても思い出しながら、ライゼンは高度を下げていきながら声帯を動かす。高度を下げた理由についても、
「そろそろ奈落か。まあそういう訳で、とにかく、アベルは強い。奴の力、能力は今は劣っているだろうとはいえ、全盛期は俺とてただ耐え凌ぐしかなかった相手だ。──気を引き締めて掛かるのだな」
「……わかった。教えてくれて感謝する」
(帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい──)
ケッセルリンクはその情報を教えてくれたことに対して眼下のライゼンに感謝する。
背後、黒雲が荒れ狂う度に巨体を跳ねさせ、先程からずっと震えているケイブリスが何かを呟いていたが、そちらは無視することにした。
今日のケイブリスはトラウマが蘇るケイブリスでした。
明日のケイブリスにご期待下さい