※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

331 / 411
ユキちゃんかな?(震え声)


氷の使徒

 隠れ里の包囲戦。山林地帯での戦闘が二日目に入った。

 

「ぎゃははは! ようやく俺達の番だ! 人間共をぶっ潰して──おわっ!?」

 

「な、なんだこれ!? 落とし穴か!?」

 

「馬鹿者! 罠に気をつけろと言っただろうが! ()()()()を聞いていないのか!!」

 

 戦いは昨日と変わらず、鋼の騎士団側が地の利と天の利──霧を活かしたゲリラ戦を展開し、アッティラ軍は昨日よりかは警戒しているものの、侵攻はまるで亀の如く進んでいない。

 夜襲の甲斐あってか、多少は疲れを見せているかと思ったが、相手は突入する兵員を入れ替えているためか、それとも魔物の驚異的な体力故か、疲れている様子は見られない。

 背の高い木の上を移動し、罠の設置と奇襲、偵察など全てを同時に行っているロランは、こちらを攻めようとする部隊を見て唸った。

 ……てっきり、昨日と同じ部隊を使ってくるかと思ったけど。

 魔軍の兵が入れ替わっていることに気づいてロランは眉根を寄せる。

 昨日より、指揮官の警戒度は上がっているが、肝心の兵士の方はまだ人間を舐めきっている様子だ。昨日、あれだけ痛い目を見せてやった部隊と同じ部隊、軍であればもう少し兵の方も気をつけていても良さそうなものだが、そういう訳でもない。

 それが意味するところはすなわち、敵は慣れよりも夜襲による疲労を優先したということだ。

 前線に近いところに陣取っていた軍には夜襲を仕掛けたが、さすがに全ての軍に夜襲を仕掛けられた訳ではない。途中から夜番の見張りも厳しいものがあったし、やはり敵の数は多い。後方でぐっすりと眠っていた軍だって当然ある。

 だが疲労の色が薄い部隊が出てきたということはやはり、魔物と言えどもそういった生理的なものは無視できないということだろう。

 彼らも人間と同じ。食事や睡眠を取らなければならない。

 前々から分かっていたことではあるが、確認が取れたことでロランは薄く笑みを浮かべる。

 つまりは兵糧攻めや夜襲は効果的だということだ。

 夜番の見張りが厳しくともロラン1人でなら潜入してそれなりの損害を出すことが出来る。さすがに本陣まで忍び込むことは難しいが、食料を集めている場所などをどうにか見つけて叩きたい。

 これだけの大軍であれば食料だってこちらとは比較にならないほど膨大だろう。全くもって羨ましい限りではあるが、そこを突かれた時の損害も馬鹿にはならないはずだ。

 とはいえ今日はまだ、相手も大きな動きを起こす様子はないし、こちらも昨日と動きは変わらないだろう。注視して、動きを見定めなければならないが、やはり三日目か四日目がターニングポイントとなると思われる。

 こちらの方が相手に損害を与えているとはいえ、被害が全くのゼロという訳ではない。魔物によってやられる部隊も出てきているし、こちらの兵数を考えると少しずつでも削られればジリ貧だ。敗北は必至である。

 しかも敵の攻勢だって亀の歩みとはいえ、進んではいるのだ。今はこちらの戦法が上手くいっているから足を止めさせることが出来ているが、明日や明後日になればどうなるか分からない。場合によっては、今日にも対応されるだろう。

 そうやって被害を出しながら遅滞戦闘を繰り返し、看過出来ない損害を出すか、阻止臨界点──里の入り口まで到着するか、その見立てが、三日目か四日目になるとロランは見ている。

 そこが勝負どころだ。最後の一兵になるまで戦うのであれば一週間は越せるし、多少なら保たせることも可能だろうが、そこまで追い詰められては勝ったところで負けも同じ。

 森や里がどれだけ壊されようと構わないが、人的被害を出し過ぎると勝ち残ったところでこの先を生き抜いていくことが出来ない。

 里の場所がバレた時点で、もうこの場所に今まで通り居着くことは出来ないのだ。別の拠点となり得る場所を探し、里を築く必要がある。そのために、鋼の騎士団の人員は必要だ。住民達では里を切り拓くような作業は出来ても、魔物と戦うことは出来ないのだから。

 それ故の見立てである。四日目を越えてもチャンスはあるだろうが、そこまでいけば勝っても負けも同然。

 故に短期決戦で大将軍を狩るため、各分隊長には小刻みかつ緻密な指示を送っている。

 足止めをする必要はあるが、必要以上に足を止められても困るのだ。

 それらの見極めのために、ロランは戦いながらも戦場全体を駆け回り、通りがかりながら部下の報告を聞いて指示を飛ばす。

 

「……ロラン隊長、大丈夫ですか?」

 

「……大丈夫、とはどういう意味だい? 負傷していないか、という意味なら今の所は無傷だよ」

 

「いえ、そういう意味ではなく……少しは休まれては? 昨日から動きっぱなしでしょう?」

 

 報告を告げた後の部下が心配そうにそう言ってくるが、確かにその通りではある。

 ロランは昨日から動きっぱなしで、それでいて一切寝ていない。明朝から霧に紛れて戦い、指揮を続け、夜になって部下が交代しても、夜通し夜襲を掛け続けた。

 それで今に至る訳だが、ロランは休む訳にはいかない。部下の心配を嬉しく思いながらも苦笑し、肩を竦めると、

 

「休めるものなら休みたいけどね。今休んだら永遠に休むことになりそうだし、休めないよ」

 

「それは……ですが」

 

「まぁ、こうやって食事の時には身体を動かさないで休んでいるし、大丈夫だよ。これでも身体は丈夫だし。3日くらいの徹夜なら若い頃に経験していたし、今の僕は昔よりも強い。だから平気さ」

 

 明るい笑みを浮かべ、軽くウィンクし、元気をアピールしてみせる。すると分隊長は何とか納得してくれたのか静かな声で、

 

「……分かりました。では、私はこれで」

 

「うん。僕ももう行くから気をつけてね」

 

 と、森の中で分隊長と分かれる。

 そうしてまた1人になりながら、ロランは人の目がないことを確認した上で溜息をついた。というのも、

 ……まあ、3日くらい徹夜することは、仕事上よくあるけど……戦い続きで3日はキツそうだなぁ……。

 嘘という訳ではないが、本当の事を言ってもいない。今のは部下を不安にさせないためのパフォーマンスだ。

 本当は身体中痛いし、眠くてしょうがない。そもそも本当なら療養中というか瀕死に近い重傷を負ってまだ一週間も経っていないのだ。ぶっちゃけ疲れた。生きるのって辛い。今直ぐベッドに潜って寝るか、この場所を放り出して適当な人里で第二の人生を始めたいところだ。

 しかし、そうは思いながらもロランは己の手の短剣に力を込めながら自嘲するような笑みを浮かべる。

 

「それが出来れば苦労しないんだよねぇ……」

 

 そう、それが出来るような性質なら苦労しない。

 もしそれが出来るなら、自分はまだ影の楔の一員で、一族の使命とか何もかもを放り出し、好き勝手していたことだろう。

 だがそれが出来なかったため、一度は逃げ出しながらも戻ってきたのだ。

 そうして今更ながらに気づいたのは、自分は捻くれているということだ。

 ここで逃げれば、自分は使命の重さに耐えかねて逃げ出したということになる。

 使命なんてくだらない。その考えは今でもそれほど変わっている訳ではない。

 しかし、彼に使命を託すことが出来た今でも思うのだ。やはり、

 

「……やれる分はやってからじゃないと、次に進めないよねぇ?」

 

 託した使命に貢献出来れば良い。せめて自分や祖先を納得させることが出来るまでは。

 第二の人生を始めるのはそれからで良い。このクソッタレな世界の、クソッタレな使命の結末を見届けてから、あの世で祖先にこう言うのだ──ざまあみろ、と。

 そのために重要なぽっと出の若者がこの先、楽出来るように頑張るというのは中々にモチベーションが上がる。

 やはりひねくれてるが、自分はこうなのだ。己の正義とか理想やらでは戦えない。

 戦う理由はいい加減なくらいでちょうどよく、後は動機付けをどうするかなのだ。それさえ出来れば自分は幾らでも戦える。

 故にその予想外の事態が起きた時、ロランは、最初に思わず笑ってしまったのだ。

 遠くの林から立ち昇る赤い揺らめき。煙と熱気と共にやってくるそれは、

 

「──ははっ、こんなときに、まさかの()()()()()?」

 

 

 

 

 

 山林地帯に置ける戦闘。包囲戦を展開しているアッティラ軍の司令部は、突如として発生したそれに慌てていた。

 

「閣下! 北東の森が燃えています!」

 

「見れば分かる!! くそっ、まさか火攻めか? だがそんなことをすれば向こうも危ういだろう……そのリスクを承知してなお、火災による壁でこちらをせき止めるつもりか……?」

 

 副官の魔物将軍が伝令から受け取ったという報告を耳にして、大将軍アッティラは直ぐにその狙いについてを思考する。

 人為的に山火事を起こすことによって、こちらの混乱を誘い、山に展開している部隊の包囲網を崩すことが出来る他、前線を押し上げることすら難しくなる。

 無論、敵の陣地も山の中であるため危険を伴うはずだが、地の利は向こうにある。山の奥の木々が少ない場所、おそらく人里があるであろう一帯には火の手がこないと見たのかもしれない。

 だがそれらの思考は全て、魔物将軍の続く報告によってかき乱された。言い難そうな様子で、

 

「い、いえそれが……どうやら人間共も慌てている様子で……おそらくは敵の策ではないかと……」

 

「はぁ!? じゃあなんだと言う!? 偶然山火事が起きたとでも言うつもりか!?」

 

「わ、分かりません!! 報告では、突然森が燃え始めたと……!」

 

「くっ……馬鹿な……!」

 

 敵の策ではないと聞いて、アッティラは頭を抱える。火は好きだが、今ではないのだ。今火攻めをしたところで被害を被るのはこちらだし、敵もそれほど苦しむことはないだろう。

 それに火を点けるなら人里の方である。山の木々に点けると厄介なことになるので普通はしないのだ。アッティラは一度落ち着きながらも、深い溜息を吐いて遠く、火の手が上がっている山を見る。

 

「山火事は長引くぞ……今の季節は乾燥しているし、今日は風も強い……あ、いや霧が出ているからそれほど乾燥はしていないのか……? どうも、最近の気候は荒れすぎててよく分からん」

 

「異常気象なんでしょうかね……しかしどうしましょう?」

 

「山火事の様子を見ながら攻めは継続しろ。まだ火が燃え広がるまでには時間が掛かる。少し侵攻を急がねばならんかもな」

 

 兵糧事情的に一週間と見ていたが、もう数日早く攻め落とさねばならないかもしれない。

 ゆっくりと戦争を愉しみたかったアッティラはその火災に恨みのこもった視線を送った。

 

 

 

 

 

「──ちょっとカイゼル様!? 何やってるんですか!? めちゃくちゃ燃えてますよ!?」

 

「焚き火にしては大きすぎますわー!!」

 

 戦場を見渡せる北東の小高い丘の上では、周囲の木々に燃え広がった炎を見て、二人の使徒がわーわーと声を上げていた。

 だがその元凶。全身黒い服を身に着けた男、魔人カイゼルは鋭い目つきで怒声を零した。

 

「くそっ……ルイゼルの奴……! って、なんだ? 今日はやけに過ごしやすい日だな──って、うお! 山が燃えてやがる!? ひょっとしなくても俺様のせいか!?」

 

「だからそう言ってますわー!」

 

「そうですよカイゼル様! 無闇に森を燃やすと怒られちゃいますよ! 過ごしやすい気温であることは否定しませんけど!」

 

 途中で周囲が燃えてることに気づいたカイゼルは、キャロルと火炎書士の再度の声を受けて我に返りかけるが、再びそのことを思い出したのか、

 

「ぐ……それはそうだ……が、仕方ねぇだろ!! ルイゼルが何かしでかしやがったんだからなぁ!!」

 

 感情に比例するようにその身に纏う炎を肥大化させ、カイゼルは拳をギリギリと握って燃えた理由を口にする。

 周囲が季節外れの酷い熱気に包まれる中、火炎書士とキャロルは首を傾げた。キャロルは炎に耐性がある訳ではないので多少距離を取っているが、同様に、

 

「ああ……また何か感じ取っちゃったんですか?」

 

「そういえばリンクするという話でしたわね。カイゼル様とルイゼル様は」

 

 周りが燃えている中での落ち着いた会話は使徒と魔人だからこそ。二人の質問にカイゼルは怒り冷めやらぬ状態で答える。地団駄を踏みながら、

 

「そうだ! 俺様とルイゼルは、普段はそれほどでもないが、相手が戦ってる時や身の危険を感じてる時なんかは、互いに互いの状況が分かっちまう!」

 

「ハウゼル様とサイゼル様みたいな感じですね」

 

「とはいえ、距離は関係ないようですわ」

 

 一応それらを理解している両者も頷く。魔人ハウゼルと魔人サイゼルは姉妹であり、距離が近いと感覚を共有出来たりすると言う。

 その息子と娘であるカイゼルとルイゼルも、たまに相手のことが分かる時があるらしい。子供の時からそれで相手のことを感じ取って駆けつけたり、それが原因で喧嘩したりと色々あったが、今回もそういうことなのだと言う。

 

「ですが、今回は何があったんです?」

 

「危機だとしたらお助けしないといけませんわー!」

 

 二人の声がカイゼルに続けて飛ぶ。カイゼルがこれほどまでに怒るなど、とんでもない事態なのではないかと。

 だが、カイゼルは告げた。迫真の声と表情で、

 

「ああ……危機じゃねぇが、どうやら俺様の先を越して()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

「マネージャー……って」

 

「まさかのまさかですの?」

 

 マネージャーという言葉に隠された裏の意味を思い、火炎書士とキャロルは何とも言えない表情で顔を見合わせる。

 ルイゼルの場合、その言葉には“自分達”と同じ意味があるのだ。

 それだけで結構な事件ではある。あるが、それを感じ取ったというカイゼルの方が今は問題だ。

 彼は悔しそうに、そして憎たらしそうに拳を地面に叩きつけ、

 

「くっ────そおおおおおおお!! アイツ、本当に作りやがったな!? 許せねぇ……! 俺様より早く作るのもそうだが、性別の如何によっては燃やしてやる……!」

 

 轟々と炎を立ち昇らせながら、文字通り燃えているカイゼル。

 それは他の生物を震え上がらせる魔人の威圧感をも同時に放つものであったが、火炎書士とキャロルはそれを見て、感じ取っても困ったような苦笑いを浮かべてしまう。

 カイゼルとルイゼルのことを知っていれば、カイゼルのこの怒りには呆れという感情が湧き上がるのだ。

 

「ま、まぁまぁカイゼル様。できちゃったものはしょうがないですし、ここは当初の予定通り、カイゼル様も候補を探してみてはどうですか?」

 

「そうですの! それに、ルイゼル様のことですから、きっとマネージャーは女性ですわ!」

 

「…………それもそうだな!」

 

「あ、チョロい……」

 

 火炎書士がボソリと呟いてしまうほど、カイゼルは一瞬で納得させられ、怒りを収めた。

 だが同時に、今度は別の意味で燃えてきたらしく、眼下の火の海を、正確には戦場を見て宣言する。

 

「クハハハハ! 待ってろよルイゼル! 次は俺様の番だ! 近い内に、俺様が最強の部下を連れて迎えにいってやる!!」

 

「さすがですわカイゼル様! それでこそレオンハルト様の息子ですの!」

 

「はぁ……後でどういう風に報告すれば……それに、この山火事だと戦いも色々と厄介な感じになるんじゃ……?」

 

「気にするな火炎書士! ママ達には俺様から言っておく! 戦場も、むしろ熱くなって結構な事じゃねぇか! 俺様の部下を決めるにはもってこいの戦場だ!! クハハハハッ!!」

 

「うーん……いいのかなぁ……?」

 

 燃え盛る山林に囲まれた丘の上では、炎の魔人の高笑いと、最強の魔人の使徒による太鼓持ちのような声。そして頭を抱える使徒の溜息混じりの声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 最強の魔人の娘。次女に当たる彼女は世界的に見ても強者の部類に入る。

 兄妹達の中でも兄であるカイゼルと並んで最強クラスである彼女はしかし、今まさに危機に陥っていた。

 

「ルイゼルてめぇ……! オレの言いつけを破りやがって……!」

 

「や、ややや破ってないわよぉ!? ちゃんと許可は取ったんだってば!? お誘いしたら良いって!!」

 

 魔人であるルイゼルは今、胸ぐらを掴まれて実の兄に凄まれていた。

 彼ら兄妹の長男である魔人アルベルト。彼は呑気に戻ってきたルイゼルとユキ、そしてもう1人から話を聞くと、真っ先にルイゼルを捕まえてみせた。

 父親を思わせる鋭い眼と気迫。崩れた口調は彼が怒っている証だ。

 敵ではないため、殺意や敵意といったものは乗っていないが、それでも妹を怯えさせるには十分である。基本的に怖いもの知らずであるルイゼルも、最強の兄が相手となれば分が悪い。

 ルイゼルの冷気を物ともせずにドスの利いた声で睨みを利かせている。すると外野から声が響いた。

 

「ケケケ、ルイゼル様怒られてやんのやんのー!」

 

「うっさいわよユキちゃん!! 煽ってる暇があったら助けなさい!」

 

「無理無理かたつむり。使徒は魔人に逆らえねーってもんですよ?」

 

「この薄情者ー!」

 

 ユキはあっさりと助けることを諦めて部屋の中でお茶をずびずびと飲んでいる。意外と忠誠心が高いことが知られているユキだが、この件に関しては助けずとも問題ない上に自業自得なので助ける気はないのだろう。

 彼女が役に立たないと見て、ルイゼルは胸ぐらを掴まれながら別の女性に視線を向けた。

 それは、ルイゼルが先程連れてきた、アルベルトの怒りの原因である女性で、

 

「ならミストラルちゃん! マネージャーとしての初仕事よ! わたしを助けなさぁい!」

 

「…………」

 

 と、ルイゼルの視線の先。

 ソファーの上で無言のまま半目をルイゼルに向けているのは、カラーの元防衛隊長であるミストラルだ。

 だが今の彼女は防衛隊長どころか、カラーですらない。

 そもそも姿が変わっている。

 カラー特有の水色の髪は真っ白に。着ていた服は水色と白を織り交ぜた、微妙に露出多めの可愛らしいデザインの服な上、その背には何かの楽器のようにも見える弓を背負っている。

 そして彼女からは全体的に、魔の気配が色濃く漂っている。

 カラーを止め、生まれ変わった種族の名を、ミストラルはふと自分から口にした。淡々と分析するように、

 

「……はぁ、攻撃しようかと思ったけど、そういう気が起きないのは私が“使徒”で貴方が魔人だからなのか、私が諦めてるからなのか、どちらなのかしらね……?」

 

「ちょっとぉ! 扱いが酷いわよぉ! 使徒なんだから助けなさいよぉ!」

 

「使徒。使徒ねぇ……身体に今までにないほど力が漲ってるし、やっぱり、これが使徒になるってことなのね」

 

 使徒になったことを喜ぶでもなく悲しむでもなく、淡々と事実として受け止めるミストラル。

 そう。彼女は先程、ルイゼルによって、使徒にされたのだ。

 いきなりすぎて驚いたというか、そもそも何が起こったか分からず、途中まで夢だと思いこんでいたのだが、途中でさすがに気づいた。これが現実であることに。

 そしてアルベルトに使徒になった経緯を告げてやると、アルベルトが怒りを露わにルイゼルに詰め寄った。

 アルベルトがこうやって露骨に怒りを見せることは珍しいというか、ミストラルは初めて見るので観察するように眺めている。使徒だというのに主がやられているところをソファーで寝転がりながら、

 

「了承はちゃんと取れと、オレは確かに言ったぞ……! なのにお前は……ッ!」

 

「違っ、違うのよぉ! わたしもほら、ミストラルちゃんと一緒でちょっと勘違いしちゃって……! ミストラルちゃんも何か言って!」

 

「はぁ……というか何この衣装。やたら露出多いし……こんなの、ちょっと飛び跳ねたらスカートの中見えちゃうじゃない。この弓は使い勝手良さそうだけど装飾が派手だし……旅芸人か何かみたいねぇ……あ、お茶美味しい」

 

 ミストラルは兄に詰め寄られるルイゼルを傍目に暖かいお茶を飲んでいる。アルベルトの従者であるメリルに淹れてもらったお茶だ。

 

「最近は冷えますからね。良いJAPANの茶葉がちょうど手に入ったので、温まって頂けたらなと」

 

「それ、半分くらいルイゼル様のせいってやつなんだよなー。──あ、饅頭食う?」

 

「貰うわ」

 

「何のんびりしてるのよぉ!? 主がやられてるのよ!? ほら、早く助けて! 早くこのわたしを助けなさいよ!」

 

 ほんわかしてる使徒と従者を見てルイゼルが助けを求めてじたばたと叫ぶ。

 そんな情けない姿にアルベルトも息を入れ、

 

「助けを求める前に、お前は先にミストラルさんに謝れ……!」

 

「な、なんでマネージャー、もとい、使徒に謝らないと──」

 

「そうか……オレも、可愛い妹を殴りたくはないが……そういうことなら仕方ない……衝・撃──」

 

「はいはーい! 謝ります謝ります! ミストラルちゃんごめんなさーーーい!!」

 

「変わり身早いわ……」

 

 一応、主ということになる相手の変わり身の早さに軽くげんなりするミストラル。

 しかしアルベルトが拳を握っていたし、謝るのも仕方ないかもしれないと、そう思っていると、アルベルトもルイゼルを連れたままその場に座り、頭を下げ、

 

「……すまない、ミストラルさん。オレがもう少し言い聞かせていれば……いや、付いていくべきだった……! 兄として、筋の通らねぇ妹の行いを謝罪する……!」

 

「いやあの……いつも言ってるけど、畏まられると困るのだけど……」

 

 相変わらず丁寧というか、魔人だというのに自分をさん付けで、しかも謝罪とはいえ敬うような口調で言われると恐れ多くて微妙な気分になる。

 だがアルベルトのこれはいつものことで、返す言葉も同じものだった。

 

「……オレはペンシルカウの一兵士に過ぎん。そしてあんたは、元防衛隊長。どちらの立場が上かは言うまでもない」

 

「貴方は魔人で、私はただのカラーなんだけど? 今は使徒だけど。どちらの立場が上かは言うまでもないわよね?」

 

「…………それで、今後の事だが」

 

 ──あ、逃げた。勝った。

 アルベルトが露骨に話題を流したため、言い返す言葉が見つからなくなったのだろうと解釈する。

 彼はどちらかというと寡黙で、実直な性格であるためか、こういった言い合いに強い訳ではない。そのため、都合が悪くなったら無言になるか、話を流す癖がある。

 嘘をついたり、ふざけたりすることが出来ないからか、苦渋の選択で誤魔化しなのだろう。

 結局は負けず嫌いなだけな気もするが、それはいい。確かに今は、ミストラルの今後のことだ。

 だがそれについては先んじて声を発する。ミストラルにも、思うところがあるからだ。

 

「別に使徒になることについては……いやもうなってるんだけど、構わないわよ」

 

 そう言うと、少なからず驚きの色が表情から垣間見えた。そして途端にルイゼルが飛び上がり、

 

「ほら! ほらほらぁ! 了承取れてるのよぉ! だから言ったでしょ、アルベルト兄様ぁ!」

 

「……いいのか?」

 

「是非もないでしょう? ……というか、私としても都合がいいかもだし」

 

「ルイゼルちゃんのマネージャーになると、ルイゼルちゃんの可愛さを間近で見れるものね!」

 

「──ルイゼル、少し黙れ。……それで?」

 

 しゅん、とすぐに落ち込んだルイゼルを横目に、ミストラルは言う。それは自分の性質の話で、

 

「私、ダラダラする生活も好きだけど、刺激がない生活も嫌いなのよね……その点、使徒だとそのどちらも手に入りそうだし、意味不明で突然過ぎたけど、よくよく考えてみれば、結果的には悪くないかもだわ」

 

「わぁお。中々の欲張りさん。矛盾ってやつ? わがままさん?」

 

「それほどでもないわ」

 

 ユキが端的にそう口にするが甘んじて受け止める。それは嘘偽りないミストラルの正直な気持ちだったからだ。

 最初こそ驚いたし、どうするんだと頭を抱えたが、よくよく考えれば得ではある。

 どのみち、カラーだといつかはカラーを止めて天使か悪魔の人外になるのは確定しているのだし、それが使徒であったとしてもそこまで変わらない気がする。

 面倒が多かったので職を辞しはしたが、ミストラルはワガママなのだ。

 面倒は嫌いだが退屈は嫌いだし、しかしダラダラすることも好きなのである。

 それに使徒になったことで力が湧いてきていることもミストラルの心を刺激する。昔は自分の実力で大成しようと燃えていた時期もあったのだ。その時の思いが再燃しそうになる。

 さすがに使徒如きでそれが復活することはないが、多少の面白味はある。適度に強くなって適度な自尊心を得ることは出来そうだと。

 などなど、下心と計算が満載だが、悪くないと思っているのは本当だし、ルイゼルという人物についても、まあ退屈はしなさそうだし、外れではないだろう。

 あんまり魔人然としている相手だとこっちの肩も凝りそうだからあまり好きではない。それこそ、彼女たちの父親やアルベルトなどは、こちらも使徒としてちゃんとしないといけなさそうだからミストラル的には外れだ。

 その点、ルイゼルは適当でも許してくれそうなのでなんとも気楽だ。ちょっとアホっぽいし。男じゃないからスケベな命令もされないだろうし。

 

「……うん。考えてみたけど、結構上手くやれそうね」

 

「……そうか。それならいいが……」

 

「なんだか失礼な事考えてそうだけどー、ルイゼルちゃん的には問題無しよぉ! これで無事、マネージャーゲットだわ! アイドル街道爆進中ね!」

 

 そのマネージャーというのがよく分からないが、意味不明も過ぎると考えなくていいから楽だ。考えても無駄だし。

 ミストラルは訳が分からないまま流すようにうなずき、

 

「……まぁ、これから適当によろしくね。ルイゼル様?」

 

 一応、これから楽をさせて貰う相手に、使徒として最低限の礼儀だけは通しておくことにした。

 

 

 

 

 

「──あ、カイゼルが私に怒ってるわぁ。多分、使徒のことねぇ。それと、カイゼルも対抗して使()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なんだと?」

 

「…………」

 

 ──しかしどうやら、いきなり厄介事が降りかかりそうであった。




次回は魔法の里でのイベントと、とうとう奈落での戦いが始まるかもです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。