※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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竜の魔王

 ガイが禁呪の習得に入って二日目の昼。

 暇潰しとして再びクーベロの修行に入った白兎は、不意にその気配を感じ取って動きを止めた。

 耳を澄ますような手の動きを見せた白兎にクーベロは息を吐き出して頭に疑問符を浮かべる。

 

「……? どうしたんだ? 急に……」

 

「……足音を消して忍び込もうとする複数の足音。どうやら客人のようですね」

 

 割りかし手練のようです、と告げる白兎のそれに言葉を無くすクーベロ。

 客人ということは誰かがやってきたということだろう。その言葉の意味は理解出来るが、それよりもその侵入を感じ取った白兎の方に驚き顔を引き攣らせる。

 本当に耳が良いらしい。そんなレベルを越えているとは思うが、他の者達は特に驚きもせず、

 

「……魔女さん? 先程聞かせてもらった話だと、この里は結界によって外部から侵入できないようになっているという話ですが、その辺り、どうなっているので?」

 

「おやおや、結界が誤作動を起こしたみたいだな。ふふふ、これは失敬。私としたことがやらかしてしまったようだ」

 

「……よくもまあ心にもないことを……」

 

 意味深な笑みを浮かべる魔女に、イヴが訝しむ視線を向け、近づきたくないやり合いを軽く見せる中、近くの地面に突き刺している剣と白兎の腰元の刀も声を発した。

 

「……魔物ではないようじゃがの。気配がせん」

 

「そうですね。侵入者はどうやら人間の様です」

 

 と、魔人を殺すことの出来る剣としての能力か、魔物の気配はないと見て魔剣カオスはあからさまにやる気が削がれている。強いて言うなら白兎達を恨めしそうに見るくらいだが、肝心の持ち主は扉の向こうであるため、結局は息を吐き出し、白兎の腰元の聖刀日光に窘められる。

 

「……それで、どうするんだ? その感じだと里の人間じゃあないんだろ? 迎え撃つのか?」

 

「ふふふ、まあ落ち着き給え。こんな時の為に……よいしょっと」

 

 クーベロの問いに意味ありげな視線を向けた魔女は手から魔法の光を発生させると、

 

「……これでよし。後はまぁ、放置で構わない」

 

「な、何をしたんだ……? 何も起きてないように見えるが……」

 

 困惑するクーベロに更に笑みを深める魔女。そして背後の白兎が顎に手を当て、

 

「……察するに、何らかの魔法……いえ、迷宮から伝わるこの感じ、罠でも起動させましたか?」

 

「待っていれば分かるよ。一先ず、少し時間を潰してようか」

 

「勿体ぶりますね……いいですけど」

 

 魔女のその言葉を一応は信用することにし、一同は一旦その場で待機することにした。

 

 

 

 

 

 ──その頃、書庫迷宮の内部では、

 

「ゲッヘッヘ……ここが魔法の里に伝わる書庫迷宮……お宝の匂いがプンプンするぜぇ……!」

 

 黒装束の一団と、それを率いる痩躯の男性、スケアクロウの姿があった。

 ただでさえ秘密の里の、貴重な物が眠っているという迷宮である。スケアクロウのゲス笑いにも、いつも以上の張りがあった。

 だが部下の一部は困惑しているようで、

 

「やけにあっさりと通されましたな……」

 

「もしや罠なのでは? 迷宮も一筋縄ではいかない雰囲気ですし……」

 

「本当にここに目的の人がいるのかも疑わしいものですね」

 

 と、ここまで来たこと、厳密には通されたことに違和感を覚える。

 というのも、影の楔の一団がこの魔法の里に到着するなり、里の者にここへ行くよう案内されたのだ。

 最初は普通に目的の人物はどこにいるかと、長に挨拶をしようとスケアクロウが丁寧に伺ったのだが、屋敷に通されたという目的の一行も長も、どうやらこの迷宮にいると言う。

 手紙を届けに来た旨を告げもしたし、別に非礼なことも失礼なこともしていない。

 だが自分達が言うのもなんだが、自分達は怪しすぎる。初対面で信用出来る類の人物ではないことは自分達が一番分かっているのだ。

 だからこそ、親切に案内されたことも不思議であるし、迷宮に通されたことも罠だと考えてしまう。

 だがスケアクロウの方は違うようで、部下達のその反応を笑ってみせた。

 

「いやいやいや、ぼくちゃんの勘だと、目的の人物はちゃんとここにいるんじゃねぇかなって思うぜぇ?」

 

「は……しかし、その……」

 

「しかしもだってもねぇよぉ? それによぉ、確かにヤバそうな雰囲気の迷宮だが……こんくらいなら攻略出来なくもねぇだろうが」

 

「……それはまぁ、そうですが」

 

 と、部下もその言葉にはあっさりと同意を返す。

 影の楔も、後ろ暗いことを生業にしているとはいえ、魔物討伐隊には違いないのだ。

 しかも彼らは影の楔の本隊の隊員。規模も練度もそこらの魔物討伐隊や冒険者よりも上である。

 更に言えば、彼らの大部分はレンジャー職の者達で、隠密行動や罠解除、鍵開けなど、迷宮攻略に最適な人材が幾らでもいる。

 故にどれだけ危険な迷宮であろうとも、難なく踏破出来るという自負があった。

 そもそも魔軍の包囲網に潜り抜けてみせるような者達である。どれだけ危険な魔物がいようと、エンカウントしなければいいのだ。

 

「ゲェッヘッヘ! だから問題ねぇんだよ! 罠だろうがなんだろうが、それを掻い潜ってお宝をゲットしちまえばいい! 幸いにもここは迷宮ってことになってんだろぉ? ちょっとくらいお宝を奪っていっても問題はねぇって訳だ」

 

「……確かに。どちらにせよ、進むしかなさそうですし、スケアクロウ様に乗っかりますか」

 

 副官のその言葉を皮切りに頷きが連続する。その様子にスケアクロウは口元を歪めきった。

 

「そうだ、そうしとけぇ? このスケアクロウ様に付いてくれば、いくらでも良い思いが──」

 

 と、そう言ってスケアクロウが足を一歩踏み出した瞬間、その場は光に包まれた。

 

「は?」

 

「えっ?」

 

 一部の部下達が間の抜けた声を上げる。

 だが熟練のレンジャーである彼らはその瞬間にはもう声を上げて動いていた。

 

「おらおら来たぜぇ!? 全員、退避しなぁ!」

 

「光から離れろ! おそらく罠だ!!」

 

「! はっ!」

 

 スケアクロウや古参の隊員達は直ぐ様その罠から離れ、同時に反応が遅れた者達に大声で反応を促す。

 新入りの者達も中にはいるもので、彼らも古参の部下に倣って背後に飛び退いた。

 するとやはり次の瞬間、先程までいた通路の床が消えてなくなり、眼下には底が見通せないほどの大きく縦に長い穴が出現する。

 

「危ねぇ……」

 

「どうにかなったか……」

 

 隊員達はいきなりの即死級トラップにさすがに息を撫で下ろす。

 だが彼らは前方からの叱責をすぐに受けることになった。

 

「何してやがるんだ、おめぇらよぉ!!」

 

「っ! スケアクロウ様! 何故そちら側に……!」

 

 見れば、穴の反対側、先に通じる通路側の方にスケアクロウの姿が。

 部下達と離れて1人でそこにいるスケアクロウに、部下たちは一瞬困惑するが、彼の言葉がその理由を知らせる。

 

「馬鹿野郎かお前ら! 下がっちまったら先に進めねぇだろうがよぉ~~~!? ああいう時は敢えて前に飛び込むんだ前に!」

 

「あ……も、申し訳ありません! スケアクロウ様!」

 

 確かに。穴の大きさはざっと見ても30メートルはある。

 この距離をジャンプで飛び越えるのは難しいし、実質先に進めなくなってしまった形だ。

 いや、厳密にいえばスケアクロウほどの技量の持ち主なら壁や天井などを利用して進めないことはないし、一部の者達もそれは出来る。

 ただ出来ない者もいるので、彼らを置いていくしかないことが問題だ。

 実際、トラップは場合にもよるが前に進んだ方が得であることもある。

 下がれば前に進む際に再び罠を通過、もしくは解除しなければならないが、進んでしまえば無視は出来る。もちろん、場合にもよるが、今回はスケアクロウの判断が正しかったということだ。

 だからだろう、スケアクロウは呆れ半分だが、珍しく怒っている。

 

「おいおぉい……ぼくちゃん1人で進めってかぁ? 無理じゃねぇが、いざって時に使える部下がいねぇってのもなぁ……持ち運べるお宝の数にも限界ってものが──」

 

 だがそうやって一瞬、警戒を解いた隙を突くように、再びそれは発生した。

 

「! スケアクロウ様!」

 

「あぁ!? 今考えごとの最中──って、うぉ!?」

 

 今度はスケアクロウのいる通路の奥から魔法陣と魔法光が発生し、スケアクロウを取り囲んでいく。

 一瞬驚いたものの直ぐに切り替えて、ちっ、と短く舌打ちをしてその場から退避しようとするも、

 

「なんだこれ!? 逃げ出せねぇ!?」

 

 気がつけばスケアクロウの周囲に透明な壁が出現し、その場からの退避を許さなかった。

 そこでようやく、スケアクロウの顔色に青いものが交じると、彼は堰を切ったように慌て始めた。

 

「やべぇやべぇ……! どうする……いや落ち着け! こういう時は取り乱した奴から死ぬんだ……ぼくちゃんはまだ死にたくねぇ……なら──」

 

 だが、その間にも魔法陣は光り続けており、

 

「あー、やっぱり駄目だ! こんなところで死にたかねぇよぉ~!? ぼくちゃんには、影の楔の頭目になってウハウハな生活を送るという野望が──」

 

 その声は不意に、その場からかき消えた。

 何故なら、スケアクロウ本人が魔法陣に呑み込まれて、姿を消したからで、

 

「スケアクロウ様……!?」

 

「おい、嘘だろ……まさか、あの人が……」

 

「生き残ることには何より長けてたあの生き汚い人が……」

 

 部下達もさすがに動揺する。この場のトップが消えてしまったからだ。

 だが彼らが当惑し、何かを感じることも許す暇もなく、次の手が襲いかかってくる。

 

「っ、またトラップか……!?」

 

「後ろからは魔物も来てやがるぞ!」

 

 見れば今度は攻撃性のトラップ──魔法を撃ち出すものが前方から、そして後方からはアンデット系統に属する魔物たちが現れる。

 そこでこの場の指揮官となった副官は、苦渋に満ちた表情を浮かべながらも、切り替えて判断を下すことにした。

 

「……やむを得ん。撤退するぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

 部下に指示を出しながら、迷宮からの撤退を決める。

 それは、まだ死んだとは決まってはいないだろうが、スケアクロウの捜索すらも断念するものであった。

 

 

 

 

 

 ──え? とその場にいる一般人は思った。

 それは出現先にいたクーベロや、ギリギリで転移の罠だと気づいたイヴ。

 そして実際に出現した男も同様だった。

 眼の前に女が殆どの集団がいる。

 だがどいつもこいつもただならぬ気配を漂わせた女だった。

 その中で、魔女帽子を被った異様に長い白髪の少女が笑みを携えて口を開く。

 

「ふむ、どうやら捕えられたのは1人だけで、他の者は逃げ帰ってしまったようだね」

 

「私もそんな風に聞こえますが……1人だけ来たところで、どうしましょうか迷いますね」

 

 と、白い髪をツインテールにしたJAPAN風の少女も突然現れた男に動じず、ふむ、と彼を目を閉じたまま見つめる。

 そのことに、そしてこの状況に凄い不安を感じた男──スケアクロウは、咄嗟にゴマをするような笑みを浮かべて話しかけた。

 

「……いやいや、まさかいきなりこんなところに飛ばされるとは、さすがのぼくちゃんも驚いちゃったねぇ~」

 

「……あなた、侵入者ですよね?」

 

 今度は桃色の髪の少女──イヴが胡散臭いものを見るような半目で問うと、スケアクロウは丁寧に腰を折った。

 

「いやいや、私は影の楔の最高幹部であるスケアクロウと申す者でしてねぇ~。鋼の騎士団の隊長であるロランくんから手紙を届けるよう依頼されてここまでやってきたのですよ、ゲヘヘ──というわけでこちらを受け取ってくれるかな?」

 

 ピラっと、懐から手紙を取り出してみせるスケアクロウ。

 一応はこれで信用して貰えるはずだと思いながらも、しかし別の部分に反応する者もいた。

 だがその声の先に、またしてもスケアクロウは、え? と思う。

 何故なら人の声を発していたのは、黒い剣や和風少女の腰元の刀であったからで、

 

「影の楔……懐かしい名前だな。後ろ暗いことばかりしてる魔物討伐隊だろ?」

 

「確かそうでしたか。カオスも、昔は関わりがあったはずですね?」

 

「仕事の仲介を頼んでおっただけじゃわい。お前らと旅に出てからは付き合いも切ったしな」

 

「……そうですか」

 

 ……いや、そうですか──じゃねぇよぉ!? 

 なんで剣や刀が喋ってんだ!? と内心で凄まじい驚きを感じるスケアクロウ。

 だが同時に、それらがとんでもないお宝だと疑いを持ってしまい、驚きよりも期待が大きくなる。

 ……奪い取って売り捌けば結構なお宝になる……が。

 と、そう思いながらも周囲の面々を見て、冷静になるスケアクロウ。

 相手は白い髪の魔女に剣士、魔法使いっぽい少女と謎の猿。そしてむさくてデカイ男。

 しかも全員、それなりの使い手である気配がするし、更に驚くことに、この中だと一見、一番強そうな男が一番弱く、与し易いとスケアクロウは見えてしまっていた。

 一対一であればともかく、これだけの面子を1人で制するのは現実的ではないと判断する。

 だがそれもやり方次第だし、そもそも全員を相手にする必要も、倒す必要もない。

 スケアクロウは腰元の短刀がきちんとあることをそれとなく確認すると、利き手ではない左手で手紙を持ち、無警戒かつ一般人のような適当な身のこなしで前へ歩みだした。

 

「ほらほら、そんなことより、手紙を受け取ってくださいよ。これさえ終わればぼくちゃんは帰りますのでねぇ」

 

「っと、ああすまねぇ。ロラン隊長からの手紙か」

 

 と、相手の男がこちらから警戒を無意識に切って手紙を受け取ろうと近寄ってくるが、それは当然だ。

 スケアクロウは今、相手に警戒されないように戦闘に関する全てのスイッチを切っている。

 敵意や殺意を隠し、歩き方から身のこなしまで、戦う者ではない動きで、人好きする笑みで近寄ってきている。

 だから相手の男、クーベロは気づかない。

 その状態が既に、スケアクロウという男の術中に嵌っていることに。

 そして不意に、

 

「うわっ……!?」

 

「!」

 

 スケアクロウは、足元を縺れさせてこけてみせた。

 地面に向かって身体が倒れ込む中、反射的にクーベロがそれを助けようと前に駆け寄ったその瞬間。

 その距離、おおよそ一メートルに過ぎないものの、その距離を、スケアクロウは一瞬で詰めた。

 

 ──“乱歩”。

 

 影の者に伝わるその技の名を、彼らは口にしない。

 心でその技を思い、相手に知られる間もなくそれをお見舞いする。

 戦意を隠し、転けたように見せかけて、低い体勢で相手の懐に踏み込む。

 相手の虚を突いたその踏み込みは、一瞬、その視界の中から消えてみせる。

 そしてその時にはもう遅い。相手の背後に影のように張り付いたスケアクロウは、腰元の短刀を即座に躊躇いなく引き抜いた。

 

 ──“奇襲 影打ち”。

 

「!」

 

 そしてその短刀は、吸い込まれるようにクーベロの喉元に吸い込まれ──

 

「──()()()()()()()

 

「ッッッ──!?」

 

 ──ることはなく、その前に小さな手がその刃を掴み取った。

 至近距離の声と、魔物を思わせる赤い瞳に貫かれ、スケアクロウは酷い寒気を感じる。

 ……な、何しやがったこいつ……!? 

 いや、理解る。理解るが、脳が理解を一瞬拒んだ。

 とんでもないことを、やりそうにもない少女にされて虚を突かれた。

 よもや自分の動きが見破られ、あまつさえ止められるとは。

 

「な、なんだ!? 何が起こった!?」

 

 そしてそのとんでもない事態に今更気づいた男、クーベロが驚いて声を散らしている。

 だが喚きたいのはこちらだった。

 もはや動くことも出来ない。その赤い瞳で至近距離から睨まれ、汗が吹き出してくる。

 そんなこちらを嬲るかの如く、幼い剣士は言った。咳払いを一つ挟み、

 

「今の技を見るに、中々の使い手のようですね。全身の脱力、転げた振りからの低い体勢からの踏み込み、その速度、どれも熟練のものでした」

 

 よく言う、と思う。

 その技を見てから、後から追い抜き、なおかつ片手での白刃取りをしてみせた化け物に言われても嫌味にしか聞こえない。

 そもそも何メートル離れていた? クーベロとの距離は少なく見積もっても5メートルはあったはず。

 その距離を、こちらより後出しで踏み込み、追いついて止めてみせたというのは、勝ち目がないと感じるのに十分なものである。

 だが褒めているのは本当なのか、少女はなおも続けた。じろじろと、赤い瞳でこちらを観察しながら、

 

「虚の突き方が特に良いですね。一瞬の踏み込みを消えたように見せかけるほどの低い体勢の踏み込みは、長い修行が必要でしょう。人間では、今の技を防ぐことは、同レベルの達人でなければ難しい。極めて優れた暗殺術です」

 

「っ……」

 

「おや、何故分かる? という感じの表情ですね。まあ分かりますよ。似たようなものを知っていると言いますか……」

 

 と、そこで少女は間を置いて、告げた。その技と、スケアクロウの正体を、

 

「今のは、JAPANに伝わる技術──()()。そしてそれを使う貴方は、()()。そういうことですよね?」

 

 告げられ、そこでようやくスケアクロウの口元に笑みが戻ってきた。引き攣ったものではあるが、

 

「おいおい……なんでもかんでもお見通されちゃあ、“スケアクロウ(かかし男)”の名が泣いちまうぜ……勘弁してくれよぉ?」

 

「大陸由来のレンジャー系技術とはまた違ったものですからね。すぐに分かります。私も、縁がないと言えば嘘になりますからね──それで、貴方は忍者ですか?」

 

 その質問には迷ったが、答えることにした。死にたくはないし、生き残る勘的にここでは正直に答えた方が良いと、

 

「……ゲッヘッヘ、別にぼくちゃんはJAPANで生まれ育ったって訳じゃないぜぇ~? うちの頭目が、そうってだけでよぉ」

 

「頭目?」

 

「あぁ、頭目は日本人の女でな。何でも、先祖が凄い忍者で、それを継承してぇんだとよぉ。俺達、大多数の隊員にとっては、そんなことはどうでもいいが、頭目に資質を見込まれると、忍術の修行をさせられる。早い話が、幹部への近道ってことだよなぁ……」

 

「ふむ、なるほど。確かに、魔物の討伐にも役には立ちますからね」

 

 どうやら納得してくれたようで、先程までの寒気のする気配は徐々に鳴りを潜めている。

 だが未だに短刀から手を放してはくれず、

 

「この痺れ毒の付いた短刀もいいですね。これで斬りつけて麻痺させてから、人質にするなりそのまま誘拐するなり殺すなり、なんでもござれという感じですか。つまるところ、こちらに害をなそうとした訳で、こちらは反撃をしてもいいということになりますが……そこのところ、どうでしょうか?」

 

「……げ、ゲヘヘ……いやいやいやぁ……そんなことを聞いて何がしたいんですかねぇ……?」

 

「いえ、簡単なことです──」

 

 と、スケアクロウは嫌な予感を感じながらも、生き残るためにはそれを聞かざるを得ないと予感し、それを耳にした。

 

「──貴方には、働いて、役に立ってもらいます」

 

 

 

 

 

 ここが、という声が反響した。

 宙をゆっくりと行きながら、その中を探索するのは人外の存在。

 だがそこは人外の者でなければ進めない、瘴気が充満した場所である。その名を、水色の髪の魔人は口にした。

 

「奈落にこんな場所があるとは……」

 

「正確には奈落と繋がった地下回廊になるらしいな。先程のハニーの話だと」

 

 と、告げたのは魔人を乗せるドラゴン、ライゼン。

 彼は先程、偵察の報を告げに来たという魔人メガラスの伝言を地下にいるハニーの魔人の通訳から聞いて、ここに案内されていた。なんでも魔人メガラスはまた先に行って様子を見ているらしい。

 だがその視界と匂い、瘴気にはさすがの魔人達も眉をひそめる程度の効果はあるらしく、

 

「酷い臭いだな……」

 

「まったくそうですね! ……というわけで、帰るのもどうかなー……とか、僕は思うんですけど……」

 

「くく……竜と魔物の死体、か。察するに、アベルはここで既に暴れ回ったようだな」

 

「…………そのようだ」

 

 カミーラとケイブリスの会話ではなく、ノスの言葉に苦々しくも同意するライゼン。

 実際、その光景は酷いものだった。

 ライゼンが優に通過出来るほどの地下回廊は、死臭と瘴気に満ちた負の空間だ。

 そして飛行し、眼下に見える地面にあるのは──竜の骨と、魔物の死体。

 前者は完全に朽ち果てたもの。既に数百年、数千年は昔のものであろう。

 後者は新しいものだ。ここを住処にし始めた魔物が死体にされたもの。屍肉が散らばっていることからもそれは分かる。

 そしてそれすら気にならなくなるほどに、

 

「──近いな」

 

「ああ……忌々しい……!」

 

 ライゼンが感じた感想をカミーラが憎々しげに同意する。

 この地下回廊に入ってから、酷く彼の気配を感じる。

 懐かしくも憎らしい。様々な想いが同居する──竜の魔王の気配だ。

 それはこの空間に、自分達以外の生物がいないことと無関係ではないだろう。

 かの者の気配に、あらゆる生物が恐怖し、逃げることを選んだ。

 魔物であっても、かの災厄に敵うはずもなし。そもそも、奴は魔王であった者。魔物が逃げ惑うのも当然であろう。

 そして当然、魔人である彼らも自然と口数少なくなる。

 彼らとて、魔王の配下である魔人だ。本能として、奴に恐怖するはずの者達。

 だが魔人四天王と呼ばれる猛者である彼らは、その恐れを最小限に留め、戦意を失っていない──「帰りたい帰りたい帰りたい……」──若干一名、物凄く震えている者もいるようだが、武者震いであろう。さすがだ。

 そうして、ゆっくりと地下回廊を回り、降りていくと、その最下層と思われる地面が見えてきた。

 そこが瘴気の中心地。数多の屍肉と死骨、竜と魔物の亡骸が山積みとなったその場所は、荒れた地上の空と違って、酷く静かだった。

 まるで何者も潜んでいないかのような気配。だが彼らには分かる。

 

「ふん……()()()

 

「ああ──」

 

 再びノスの声に同意し、ライゼンは声を上げることを決めた。ドラゴンとして、

 

「──いるのであろう!! 出てこい、アベル!!」

 

 かの者を咆哮と共に呼び寄せた。

 すると、その瞬間ではなく、少しの間を置いて、

 

「────ゴォオオオオオオオッ!!」

 

「っ! やはり隠れていたか!」

 

 屍肉と死骨の山の中から、突如、風のような速度でライゼンに飛び掛かる黒の巨体が現れる。

 その姿、その声を、彼を知る者は忘れもしない。朽ち果て、狂気に染まりながらも、確かに彼は、

 

「アベル……!」

 

「これが、竜の魔王……!」

 

「く、はははははっ! 本当に生きているとはな! 面白い!」

 

「う、うわあああああ!? あ、アベル様!? ご、ごごごごめんなさい! どうしてもやれって言われて……あ、あばばばば……」

 

 それは獣を思わせる四足の黒の竜だ。

体長は十数メートルほどで、ライゼンと比べれば小さく見えるが、ドラゴンとしてはそれなりの巨躯。

 四つの赤い瞳が彼らを捉え、そして凶暴な戦意を剥き出しにする。

 

「カミーラァ……ライゼン……!」

 

「……っ、久しぶりだな、アベル。挨拶するより先に不意打ちとは、お前も変わっていないな……!」

 

 真っ先に首に向かって噛み付いてきたアベルに向かって、軽く眉を顰めながら懐かしむ声で言うライゼン。最硬と呼ばれる鱗は健在で、例え竜の魔王とはいえその牙は鱗を貫くことはない。

 だがアベルはそれに反応し、更に大きな動きを見せた。

 

「殺ス……何モカモ……! 全テヲ……!」

 

 アベルが一度離れ、ホール状の地下回廊でその能力を行使する。

 それを見て、ケッセルリンクは声を上げた。頭上に溜まるそれは、

 

「雲、か……?」

 

 宙に集まり始めるのは、黒い雲。

 地下であるにも関わらず、大気は震え、ホール内に竜巻や突風が吹き荒れる。

 粉微塵になった骨も屍肉も、砂や灰と一緒に吹き荒れ、その場にあった瘴気すらも一緒に吹き荒らす。

 天井を埋め尽くすほどの黒雲は轟音を立てながら周囲に稲妻を走らせ、あらゆる物を破壊した。

 地下回廊が、奈落そのものが鳴動するほどの力を操り、アベルはその身にすら雷を落とす。だが、

 

「皆殺シニシテヤル……ッ!!」

 

 竜としての咆哮を上げ、雷と共に殺意を撒き散らす。

 その身体は無傷。それどころか、雷をその身に纏わせてしまう。

 そうして彼はかつての様に、低い、獣のような体勢を取る。

 彼の戦闘態勢。狂気に染まってなお、ドラゴンとして、魔王として戦ってきた経験は身体が憶えている。

 それを見て、ライゼンは同じく背の翼を広げ、咆哮するように告げた。

 

「油断するな……! 奴は魔王としての力を失ってなお、お前達以上に強いぞ……!」

 

「ギィグアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ────!!」

 

 竜の咆哮が互いに重なった瞬間、アベルはかつての世界の支配者としての力を彼らに向かって振るった。




前半と後半で世界観が違うというか、スケールが違いすぎる問題。ここに20万くらいの魔軍を入れても消し炭になります()
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