一筋の光すら差さない闇の中、ガイは壁を越えていくのを自覚していた。
魔導の深淵。禁忌の魔術。一つ使うだけで精神を崩壊させるに十分な力が己の中に渦巻いている。
それらは互いに反目しあい、己の中を、そして別の魔力を塗りつぶそうと争っていたが、少しずつそれは収まり、ガイの中に溶けていく。
そしてそれが進む度に、ガイは一つの理を見た。
魔法というこの世を構成する一つの術理。その中枢に至る理を、禁呪によって強引にこじ開けたのだ。
ガイは魔法使いとして優秀だが、それほどその術理を理解している訳ではない。
習得した魔法の数は少なく、それも全て戦闘に関係する攻撃魔法のみ。補助的な魔法は殆ど知らず、魔法理論は基礎程度しか知らない。
魔法使いとしての優秀さ、知識の深さであれば、歴史に名を残す伝説級魔法使いの中でも、圧倒的に劣る。
ともすれば、それ以下の魔法使い達にも負けるだろう。ガイの知識は、魔法使いとしてはそこそこのレベルでしかない。
だが、魔法の理論ではなく、魔法を扱った戦闘。魔法戦のその一点のみに限れば、ガイは歴史上の魔法使いの中でも最上位と言っていいレベルに達している。
生まれつきの魔法の才能と、禁呪によって得た限界を超えた魔法の力。その使い方を理解し、ガイは一つの結論に至る。
──魔人を、魔王を倒すことは、不可能ではない。
他ならぬ、この力であれば出来る。力があれば出来る。
魔王は魔王だから絶対無敵の存在という訳ではない。魔王は他の生物を上回る圧倒的な力を持つが故に、世界の支配者としていられるのだ。
仮に魔王と互角、あるいは凌駕し、上回るような存在がいるならば、魔王とは一勢力の長としての称号でしかなくなるのだ。
人間には魔王どころか、魔人に匹敵する存在すら誕生しない。ポテンシャルはともかく、人間は魔物にすら劣る。どれほど強大な戦士も寿命があり、全盛期だろうと魔人一体倒せない。人間は虐げられる。
だが力があれば、その全てがひっくり返る。
己という人外の力を持つ者がいれば、魔王の支配を揺らがすことが出来る。
そしてその事実に、ガイは高揚する訳でも達成感に包まれるでも、ましてや全能感に喜ぶこともない。
そこには酷い寂寥感があった。
そして己の想いに初めて気づき、それがもう叶わないと悟った。
──自分はもう……戻れないんだな……。
それはどちらの声だったか。あるいは両方の想いが乗った声だったかもしれない。
幼い頃、ガイは人並みになりたかった。生まれつき、親が死に、魔物に、周りに虐げられ、右半身の麻痺などの人並み以下の力しか持たず、人並み以下の生活を味わってきたガイ。
人並みになりたいという願い。それは己が、人並みでないことを自覚していた証だ。
人並みの生活を知らないはずの己が、それを不思議と知り、願っていることに疑問を感じていたが、今なら分かる。
人であるからこそ、人の生活を、本能が、魂が、求めていたというだけのこと。
どれだけ魔物が、人に獣のような生活を強い、それを当たり前として植え付けようと、今まで人として生活してきた遺伝子は消えることはない。
人には人の、魔物には魔物の、ドラゴンにはドラゴンの、カラーにはカラーの、生まれ持った形がある。
そしてお互いに違うからこそ、争いは生まれる。
違う存在が交わることで争い、憎しみ、負の感情は生じる。
そう、違う存在が交わってはならないのだ。
人の社会で生きた己が虐げられた理由は何だ?
答えは他ならない。
人並み超えた力を持っていたからこそ、疎まれ、嫉妬され、憎悪され、負の感情を生む原因となってしまった。
そして今、己はそれを超える大きな力を得た。
魔王を倒しうる程の、とてつもない力だ。
もう二度と、人並みの扱いを受けることは不可能な、大きな力。
それを得た己は最早、人としてではなく、人外の者として生きるしかない。
そして大いなる力には、それ相応の義務と責任が生じるという。
例えそうでなくとも、己は人の枠に囚われた者として、魔王を倒さなければならない。
例え人として扱って貰えない人外の力を持つ者だとしても、人の代表としてそれを断ち切らなければならない。
自分達のように、違う存在は別個として在らねばならない。
一時は、力を得れば誰も失わず、人並みの生活が送れるのではないかと思ったが、それは違った。
自分がいない方が、人も嫉妬に駆られずに済む。
人並みでない自分は、人にとって害でしかないのだ。
だがそうだとしても、最後にそれを達成する。
「行くぞ……覚悟はいいな?」
『……チッ、仕方ねぇな……』
己の中にいるもう1人に確認を取ると、一応はその方針に賛同する。
人格の違いこそあれど、彼もまた自分で、自分もまた彼なのだ。同様の想いを感じて、同様の経験を経ている。多少の考え方は違えど、行き着く結論を否定は出来なかった。
だからガイは、己の意志でその扉に手をかけ、一歩を踏み出す。
魔王を倒し、世界を変えるために。
鋼の騎士団の本拠地。その隠れ里を巡る戦いも三日目に突入した。
日が昇る前に森に罠を仕掛け、一度報告に戻った鋼の騎士団の隊長、ロランは部下からの報告を聞いて眉を顰める。
「……やはり、あの山火事は魔人が引き起こしたもの……か」
「はい。監視していた人員が言うには、その魔人が火を森につけたのだと……」
この戦闘が始まった初日の夜。北東の丘の上に陣取る魔人の姿に気づいたロランは、直ぐ様目がよく、気配を消すことにも長けた人員を監視につかせた。
それによると、突如として引き起こされた山火事は、魔人が発生させた炎に因るものの可能性が高いという。
それはロランも理解出来る。ロランも夜中にその魔人の気配を感じた時、北東に不自然な明かりを見つけたのだ。その能力であるというなら、確かにそうなのだろう。だが、
「なら、魔軍も混乱し、攻めあぐねているのはどうしてだろうね……」
「……もしや、仲間割れ……いや、魔人の命令なら、魔軍は言うことを聞くはずで……ううむ……」
分隊長の考えに耳を傾け、ロランはそれはあり得ると思う。
魔人は二十体ほどいると噂されるのだ。それなら、
「魔軍も一枚岩ではないのかもしれないね。魔人が、魔軍の侵攻の邪魔をする──魔人が何故、という部分は気にかかるけど、僕らにとっては好都合だ」
「はい。こうして、無事に三日目を迎えられたのはそれもあってのことでしょう。無論、ロラン隊長の作戦と指揮、奮戦振りがあってのことですが……」
「……まあ、山火事がなければ、もう少し被害は大きかったかもね。……とはいえ、山火事で不便なこともある。これ以上火が広がり、里が包囲されれば、僕たちが逃げることも、洞穴に隠れている住民たちも火事によって死んでしまう。その前に、どうにかして決着を着けないと」
そう、それこそが懸念事項だ。
火が広がるペースはそれほど早くはないが、それでも時間的猶予があるわけではない。もたもたしていれば、被害も大きくなり、勝ったとしてもどのみち負けとなってしまう。
早めに決着を着けなければならないのだが、そのために肝心なのは今日の魔軍の動きだ。
「……敵だって、この山火事の中、長丁場の戦闘になるのは避けたいはず……どうにかして、魔軍を引き込めればいいんだけど……」
「如何しましょう。直に、魔軍も再び攻勢に入るでしょうが……」
ロランは部下から答えを急かされ、迷った末にこう答えた。
「……まだ現状維持。しかし、我慢出来るのは昼か……遅くとも夕方までだね。それまでは昨日までと同じ戦法で待つ」
「はっ、全部隊に通達しておきます」
「それと、北東の魔人は刺激しないように厳命。……とはいえ、もう監視は出来ていないんだっけ?」
「はい……北東は最も火の勢いが強く、監視の人員も近づくことも出来なければ、遠目にも火と煙で何が何やら分からないとのことです」
それなら仕方ないか、とロランは残念に思いながらも顔には出さない。魔人の動向は出来れば押さえておきたかったが。
「……ほんと、ここ最近の異常気象には良くも悪くも振り回されるね。見なよ、今日は雪だよ。北東からは火が回り、空からは雪。遠くの空からは雷が鳴ってるし、もはや良く分かんないよね。これも、魔人の力だったりするのかな?」
「だとしたら、まさしく災害ですな……」
「まあさすがに、この気象が全部ってことはないとは思うけどね。とにかく、監視が出来なくても、魔人を見かけたら刺激しないことは同じ。見かけたら即座に逃走を試みて、直ぐに報告すること」
「はっ、畏まりました」
「さぁて、今日が正念場だけど、出てくるかなー……?」
さすがに徹夜三日目、ともなると目の下にクマも出来るし、テンションも少しおかしくなる。三日間、戦い詰めのロランは、そろそろお目当ての獲物が前線に出てこないかと、ちょっとした狩人のような心境でそれを見守っていた。
が、その待ちに待った瞬間は唐突に訪れる。分隊長が出ていこうとしたその瞬間、外から伝令がやってきて、
「報告! ロラン隊長、出ました!」
「! どっちだ!? 魔人か!? それとも──」
慌てて走ってきたのだろう。乱れる息を整え、伝令の隊員は答えた。震える声で頷き、
「──魔物大将軍、アッティラです! 前線に現れました!!」
魔軍の前線。大勢の魔物兵が本日の攻勢命令を出されるのを今か今かと待ち続ける中、その巨躯は現れた。
その存在に、多くの将兵は畏怖の視線を返す。
「さて……戦闘三日目で私が前線に出ることになるとはな……」
ズシン、ズシン、と地面を踏みしめ、雪の結晶が降り、燃える山を見上げて吐息を漏らすのは、この場に布陣する魔軍の頂点に立つ者。
魔物大将軍アッティラ。
彼が前線に出ることに、彼を知る魔物将軍、魔物隊長らは凄まじい頼もしさを胸に宿す。
「申し訳ありません! 我々が不甲斐ないばかりに……!」
「アッティラ様のお力に頼ってしまうことになるとは……!」
敬礼し、彼を崇拝する魔物将軍らは悔しさを滲ませた声を漏らす。
だがアッティラは特に気にすることもなかった。手を軽く振り、
「ああ、よいよい。どの道、前線には出るつもりだったのだ。それが早くなった、それだけのことだ」
「っ、しかし、それは我々の不甲斐なさが原因であり……」
「そうかも知れんが、そんなことを一々気にするな。戦争では何が起こるか分からないもの。過ぎた結果より、これから起きる未来に目を向けようではないか」
再度、気にするな、と声を出すアッティラ。その許しを得て恐縮しながらも、魔物将軍は問い返した。
「未来……で、ありますか?」
「決まっているだろう──我々が勝利し、人間共が残らず死ぬ。そんな未来だ。私が前線に出た今この時、それは確定した。故にお前達はこれまでの失敗を憂う必要はない。負ければお前達のこれまでの結果は処罰されるが、勝てばそれも笑い話。問題になることはない」
おお、と魔物将軍だけでなく、それを聞いていた魔物隊長、魔物兵らも声を上げる。
その圧倒的な自信に満ち溢れた発言にとてつもない安心感を、頼もしさを感じる。
何しろ、あのアッティラの言葉だ。魔物界で、アッティラの功績は有名である。
彼は魔物大将軍でも随一の英雄。魔物の黄金時代を築いた国狩りにおける立役者であり、最強の魔物大将軍。多くの国を、人間を、文明ごと破壊し、ついた異名が“殲滅”のアッティラ。
アッティラ軍に所属する者達は、その功績と恐ろしい力を知っている。
故に自分達に負けはない。そう確信出来る。
「さて、ならば開戦の号砲代わりに、一発撃ち込んで置くか──」
そしてそのアッティラは、その恐ろしい破壊の力を行使するべく、山の方を向いた。
魔物兵達が、ごくりと喉を震わせる。巻き込まれないとは分かってはいても、その力は恐ろしく、万が一にもその力がこちらに向けられないようにと祈るのみだ。
そんな魔物兵らの心配を余所に、アッティラは森に向かってその頭部を向けた。
鼻なのか口なのか。細長く、まるで砲のような筒状のそれは、正しく砲であり、アッティラの得物であった。
だがそれだけではない。よく見ると、彼の手や背中から伸びる触手。膝などのあらゆる場所には、その砲がついている。
その全てを人が潜むであろう雪と火の山へ、彼は照準を合わせた。
「人類文明は、唾棄すべき邪悪な文明……! その全てを、私は破壊する……!」
アッティラは己の中にあるその想いを言葉の乗せて、殺気と共に宙へと飛ばす。すると彼の力が上昇し、彼の身体が光り輝き始めた。
それは黄金。すなわち、魔物の黄金時代を作り上げた栄光の力。魔物の敵を殲滅する、灼光の剣。
「消し飛ばせッ!! ──殲滅の剣!!」
刹那──アッティラの全身の砲から、光の砲撃が森へと放たれた。
それらは途中にある雪を、大気を、あらゆるものを消滅させ、突き進んでいく。
そして目標の森の一角へと着弾すれば、それは当然、森の一角を破壊し、消し飛ばす。
「──すげぇ」
そう言ったのは誰だっただろうか。その力を見たことがない魔物兵か誰か。幾数人か。
だが知っている者も知らない者も誰もが畏怖した。あれほど苦戦した人間の兵。罠が満載の森を、森ごと吹き飛ばすことで道を作った。
無論、この山林地帯の全ての森を破壊し尽くす程ではない。破壊したのはアッティラ軍の正面。半径100メートルほどの一帯である。
だがそれでも、見晴らしが良くなった前線で、アッティラは上機嫌に言った。麾下の者達を鼓舞するように、
「これで分かっただろう。私の前では小細工など無意味! 立ち塞がる全てを撃ち抜いて消し飛ばしてやる……! さあ、貴様らも私に続け! 文明破壊の音が聞こえるぞ! 殲滅のお時間だ!」
「お──おおっ……!!」
「アッティラ様に続け!! 人間共を殺せ!」
そうして、アッティラ軍はかつてない士気を持って、鋼の騎士団に襲いかかる。
三日目にして、両軍の本格的な激突が、今ここに行われようとしていた。
──だが、第三者の介入がそこにはあった。
「アッティラ様……っ! 火が……!?」
「何だ!? 火がどうした──」
「ロラン隊長! 山火事が……!?」
「っ、これは……!」
防衛の為に後退しようとしていた鋼の騎士団も、拓かれた森を前進し始めたアッティラ軍も、その両軍がそれを目撃した。
北東を中心に東側、北側と燃え広がっていた山火事が、ここに来て勢いを増したのだ。
その規模は、南の主戦場にまで届こうとしていた。
まるで生き物のように広がろうとする炎。
それを行使するのは、森の奥で隠れ潜んでいた一体の魔人だった。
「──そろそろ始めるか」
背中に炎を纏った魔人──カイゼル。
彼は森の中で1人、首を鳴らしながらそれを行おうとする。
周囲の森は、既に火炎によって森の体をなしていない。
その、彼にとっては心地よい炎の中で、彼は背後の丘に向かって声を掛けた。
「お前ら! 特にキャロル! そこを動くなよ! 誤って燃やしちまうかもしれないからな!!」
「了解ですわー!!」
「いや、止めましょうよ!? カイゼル様も、間違える可能性があるならもうちょっと控えめに……!」
二体の使徒はカイゼルの使徒ではない──が、家族も同然の相手だ。それを巻き込むことをカイゼルは許さない。ある程度なら平気かもしれないが、出来るなら迷惑を掛けないほうが良いに決まってる。
だがやりたいことは必ずやる。成し遂げる。自信家なカイゼルは火炎書士の言葉に大声で答えた。
「馬鹿野郎!! 俺様は火力重視──いや、出力重視なんだ! ルイゼルの奴と違ってな!!」
「誇れることじゃないですよー!?」
大声でツッコんでくる火炎書士。心配性で臆病な使徒だ。そういうところも悪くはないが、母親の使徒であるため、口うるさくもある。心配ゆえの言動であるのは分かっているため、本気で蔑ろにする訳もないが。
「悪いな火炎書士……! 俺様はもう止まらねぇぜ……!」
カイゼルにとって何よりも優先する対象であるのは──妹のルイゼル。
彼女が行動を起こした時から、自分もこうするのは決まっていた。
そうでなければ、兄として釣り合いが取れない。
故にカイゼルは動く。己の、炎を操る力を使って。
「これだけの炎があれば、普段よりもっと燃え上がれそうだ……!」
カイゼルは炎に包まれた森で1人、力を放出する。
普段は危ないため、抑えつけているその力。魔人としての特異な能力。
その力に、カイゼルは自信を持っている。タイマンでは兄や姉にまだ敵わないが、広範囲の敵を殲滅する能力だけは、兄妹達の中でも誰よりも勝っていると。
「さあ、祭りの始まりだ……! 地獄極楽──」
カイゼルはこの一帯を覆う火災と一体となった。大規模な火炎を身に纏い、その全てを彼は放出し、操る。
カイゼルが黒い翼を広げ、魔人としての気を増幅させた時、それに応えるように、山を囲むよう地面から炎が噴出し始めた。
そして最後に、彼は雄叫びを上げて炎を収束させ、それを纏った拳を地面に叩きつける。
それは、地獄を地上に顕現させるカイゼルの大技。全てを燃やし尽くす灼熱の地獄。
「──“大炎熱地獄“ッ!!」
その瞬間、戦場は炎に包まれた。
「なんだ──ぎゃあああああああっ!?」
「熱いっ、あ、ああっ!? 炎が、炎があああああああああああ!?」
「地面から突然ッ、うぐっ、あがあああああっ!?」
運悪く、その炎に捕まった者達は、主に魔軍に所属する魔物兵達だった。
彼らは一様に、突然勢いを増した炎によって焼かれ、地面を転げ回る。
だが炎が消えることはない。彼らが逃れることも。地面を転がってどうにか火を消そうと足掻いたところで、周囲は全て、灼熱の世界だった。
その炎を消そうと思うなら、火種を消すか、その燃え盛る一帯から離れ、逃れるしかない。
しかし最低でも数百メートルの距離を進まねばならない。通常の魔物兵に、それは耐えられるものではなかった。
「くそっ、なんなのだこの炎は!?」
「わ、分かりません!! ですが、徐々に炎が広がっています! 山を包囲するように……!」
「なんだとっ!?」
突然の大火災。地獄と化した周囲の状況に、アッティラは慌てて前方を見る。
するとそこには確かに、燃え広がり、壁となろうとする炎と、燃えていない森の中心部があった。
まるで人間から自分達を遠ざけようとするような、作為的な炎の動き。
原因は不明だが、現実として、このままでは自分達はこの炎を眺めることしかできなくなる。
故にアッティラは決断を迫られた──が、前線に出た時点で選択は決まっている。アッティラは右手の砲を炎の壁に向けた。
「邪魔だ!!」
「アッティラ様!?」
部下の魔物将軍の声を無視し、砲撃する。光の砲弾が、炎の壁の一部を消し飛ばした。
それを見て、アッティラは部下に指示を出す。
「中に進むぞ!」
「そ、それは……しかし、あの炎だと──」
「馬鹿が! 今何を見ていた!? 人間の殲滅が終われば、私が中から炎を吹き飛ばしてやる! だからついてこい!」
「な、なるほど……了解しました!」
そうして、アッティラは一軍から分けた一部の部下と共に炎の中へと突き進んでいく。
そして森の中心部。隠れ里に続く林の中で隠れていたロランも、
「これは……酷い光景だ、が……僕らには、追い風となるかもね……」
と、腹を決める。この戦いの行く末を決める分かれ道。それがたった今、訪れたのだ。
「……全部隊に通達し、北側へと撤退。魔軍をこのまま引き付けるよ」
「は、はいっ……! ということは、ロラン隊長は……?」
ロランは頷く。笑みを浮かべてみせ、
「ああ……ここからは、僕1人でやる」
都合がいいことに、踏み込んできた魔軍の数ならそれも叶う。1人で終わらせれば、隊員たちが被害に遭うこともない。
故にそう告げ、そして部下も、その想いを汲み取った。
「……ご武運を……ッ!」
「うん。まあ、そんな今生の別れみたいな雰囲気は出さなくていいよ。フラグが立ちそうで怖いしさ」
「はいっ……では、また!」
今にも泣きそうな表情の分隊長と分かれ、ロランは息をつく。
「それをやめてって言ったんだけどな……でもいいか」
それも仕方ない。こうなると、己も命を懸ける必要がある。
「──どこだ人間共!! 全て、全て殲滅してやる……!!」
遠く。視認出来る距離に、一際大きい魔物の姿。
魔物大将軍アッティラ。自分が討ち取るべき、敵の姿だ。
彼を倒し、己はその役目の一端を担う。その覚悟を決めた。
「ガイ君達はこの炎だと、間に合いそうもないし、あの大将軍も強そうだし……貧乏くじ引いたかな」
まったく。一番使命に燃えてない自分が、こんな大勝負に挑むことになるとは。
そのことに肩を竦め、自嘲気味の笑みを浮かべた後、ロランは声を張り上げた。
「──魔物大将軍アッティラ! 鋼の騎士団隊長、ロランはここだ! 命が要らなければついてこい!!」
「! そこか……!」
部下の魔物兵を引き連れたアッティラが、こちらに強い殺気と敵意を向けてくる。実際にその手の砲を向け、
「っ、
「殲滅されるのはそっちだ。馬鹿の魔物風情が」
「貴様ア──!! 殺してやる!! 地獄のような苦しみを味わわせながらじっくりと、命乞いをさせてから、それでも嬲り続け、最後はムシケラのように踏み潰してやる……!」
「おお怖い怖い。それじゃあついてきなよ」
怒り狂いながら追いかけてくる魔物大将軍を、ロランは背後に見ながら駆け抜けた。
そして思う──これが、己の最期の時かもしれないと。
部下にはああ言ったが、どうしようもなく死の気配を感じているのは、他ならぬ自分自身だった。
こっからは早い。何まで早いかって言うと、ガイとの対決まで。多分、10話以内にはそこまでいけるかも。まあ予定って大抵崩れるんすけどね……(フラグ)