※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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お久しぶりです。ぼちぼち書いていきますよって。
それでは本編どうぞ


恐怖はすぐそこに

 ──それは数百年前のことだ。

 

『進め進めー! 人間共を魔王ジル様の名の下に殲滅しろー!』

 

 先代魔王様である魔王ナイチサ様から魔王ジル様が誕生して1年。その1年は魔軍が全ての人類国家を破壊する──“国狩り”が行われていた時代。

 まだ戦える人間が数多く、徒党を組んで抵抗していた輝かしい最後の戦乱。魔物の黄金時代の幕開けとなる最初の戦争。

 人間の血と恐怖と絶望が振りまかれる素晴らしい大陸で、私は軍を率いて人間を片っ端から殲滅していった。

 

『い、いやぁぁぁッ!! やめてぇぇぇ──!!』

 

『この魔物! この私が相手だ!』

 

『な、何でもするから許してくれ! 金なら払うっ!』

 

『魔物に屈する訳にはいかないッ! 持ち堪えるぞ!』

 

 多くの人と人の文明を壊した。

 女子供であろうと容赦はせずに平等に苦しめて殺してやったし、戦いを挑んでくる人間は丁寧にきちんと皆殺しにした。

 弱い人間。醜い人間。人間とはどうしてこんなにも愚かでどうしようもないのだと失笑しながらも人間を殺していった。

 中にはそれなりに強い者や手こずらせてくれる人間もいたが、それも最終的には殺した。

 当時は疎ましく思ったものだが、今思えば勝利の美酒を彩るものであり、人間に存在価値がないという価値観は変えられた。

 つまり──人間は魔物に苦しめられるために存在するのだと。

 だからこんなに弱くて愚かでイジメ甲斐のある生き物が何億と存在するのだ。そうでなければこんなに沢山人間がいる説明がつかない。

 この世の真理。答えを出した私はより一層、国狩りに励むことになった。

 時には戦いだって楽しめる。強い人間といっても私に傷をつけることなど出来やしない。

 ちょっと手強い獣のようなもの。結局は戦いではなく、狩りという娯楽でしかないのだ。

 だから私は苦しめて殺し尽くした。この世の真理に則って、嬉々として。

 

 ……だがそんな時だ。

 

「──少しいいかな?」

 

「っ……! 全隊、止まれ!」

 

 ある日。国狩りも終盤に差し掛かり、残るは逃げる人間の集団を幾つか追いかけて掃討するだけとなった時。

 私は軍を率いてその集団を追いかけようとして……奴と出会った。

 

「何だ貴様は……! 死にたいのか老人め……!」

 

「……いえ、少し用があるだけです」

 

 その老人は輝くブロンドの髪を持つ、老人にしては若々しい男だった。

 白い外套を身に纏ったその老人は険しい表情でじっとこちらから目を離さない。

 妙だ──と思う。

 何故なら、目が死んでいない。

 国狩りが始まって1年が経ちつつある現在、生きた目をしている者など殆ど存在しない。

 どんな屈強な戦士であっても、既に諦めきったような目をしているものだ。

 しかも眼の前にいるのはただの老人。

 肉体的にも精神的にも老いさらばえた弱者中の弱者だ。

 だと言うのに、この老人の眼は強い意志の光を宿し、顔も精悍さを失っていない。

 魔物の一軍。それも魔物大将軍を前にして出来る顔でも態度でもない──そこまで考えて合点がいく。

 

「……ふんっ、狂人か。なら構ってる暇はない! 死ね!」

 

 手の砲をその老人に向ける。集約する光は己の破壊の力だ。

 今まで数多くの物を、城塞を、国を、人間を滅ぼしてきた殲滅の力。魔物大将軍最強とも謳われる所以の力。

 これに耐えられる者は魔物と言えど存在しないと自負している。魔人であっても、無敵結界さえなければそれなりの傷を負わせられると思っていた。

 だからこそ、光の剣が老人に発射された時──私は既にその老人から意識を外した。

 

「よし……さっさと進んで追いつくぞ! 人間共は目と鼻の先だ!」

 

 狂人であれば虐めても楽しくはない。故にさっさと殺して人間の集団を追いかけるのだと。部下に指示を出した直後。

 

「──どこへ行くんですか?」

 

「……っ!? 前に出るなお前達!!」

 

「っ!?」

 

 その声が煙の中から聞こえてきて、私は耳を疑うと同時に部下達に指示を出した。

 部下達が私の指示に戸惑いを、そして私と同じ様に徐々に晴れていく煙の中に立つシルエットに驚きを見せる。

 そこには先程までと同じ様に、無傷の老人が剣を携えて立っていたのだ。

 

「いきなり酷いことをしますね……危ないな……」

 

「っ……なんだ貴様は!? 一体何をした!? 私の攻撃を躱した、のか……!?」

 

「敵に手の内を晒す者などいませんよ」

 

「……! 生意気な……!」

 

 ふざけた返しだ。

 このようなふざけた老人。いつもなら直ぐにでも葬ってやるものだし、実際にそうしようとも考えた。

 だが──動けない。

 相手はただの人間。それも老人だ。さっさともう一度放つなり、近づいて攻撃するなりすれば一瞬で死に絶える。

 そのはず。その筈なのに……そうなるビジョンが思い浮かばない。

 不用意に飛び込めば、やられるのは己──そう本能が訴えかけている。

 

「くっ……!」

 

 気がつけばその場で立ち止まり、腰を落として臨戦態勢に入ってしまっていた。

 人間相手にはありえない本気の構え。相手の攻撃に備えて戦おうという状態だ。

 額にも汗が浮かぶ。眼の前の老人から発せられる言いようもない威圧感に、己は、

 

「……どうしたんですか? 来ないんですか?」

 

「っ……」

 

 老人がこちらを胡乱な眼で見る。

 だが直ぐに得心したという風に頷き、

 

「……ああ、なるほど」

 

 そして──私にとって一生のトラウマとなる言葉を吐いた。

 

「あなた──僕が怖いんですね?」

 

「ッッッ──!!!」

 

 瞬間、己の血液が沸騰するかの如く熱くなるのを感じた。

 頭に血が登る。そんな戯けたことを。

 魔物が人間を恐れるなど、ありえない。

 ましてや自分は魔物大将軍で、相手はただの老人。恐れるべきは相手の方の筈だ。

 だが現実は、

 

「き、貴様……よくも……!」

 

 その事実を、他ならぬ自分で自覚して認めてしまっていて──

 

「ッ、貴様アアアアアァァ──!!!」

 

 その事実を認められず、私は吠えた。

 身体中の全砲門を開いて私は大地を踏みしめる。

 

「っ、アッティラ様!?」

 

「黙れ!! 貴様らは手は出すな!! ぐ、ググググッ! よくもそんな戯けたことを抜かしてくれたな……!! 誰が誰を恐れてるだと……!?」

 

 怒りが、どうしようもない怒りが己の身を突き抜ける。

 そして通常の人間であればその怒りに身を竦ませるほどの圧を与える。

 が、やはり眼の前の老人は眼差しを鋭く細めて、

 

「あなたが、僕を、ですよ。恐れていないのなら……掛かってきなさい。剣は久し振りですが……あなた程度の大将軍なら相手にするのは造作もない」

 

「ッ……! また……私を虚仮に……!!」

 

「あ、アッティラ様お待ちを! あの人間、只者ではない様子! ここは安全に全軍で取り囲んで──」

 

「──うるさいッ!! この、クソ人間め……! 今直ぐブチ殺して後悔させてやるッ!!」

 

「……出来るものならお好きにどうぞ」

 

「ッッッ──!! ゴアアアアアアアアッッッ!!」

 

 次に出る言葉は言葉ではなかった。

 魔物としての咆哮。怖れを振り払い、眼の前の敵へと立ち向かっていくための意味のある声だ。

 己の背中から光のエネルギーを噴射して高速で老人へと突っ込む。そうして手から出すのは同じく破壊の力だ。

 

「“殲滅の剣”ッ!!」

 

「……! 光の剣ですか……面白い身体ですね」

 

「黙れェ!! もう喋るなゴミがァ!!! 今直ぐこの剣で焼き尽くしてやる……ッ!!」

 

 手から3メートル程に届く光の剣を創り出し、それを眼の前の老人に向かって全力で振るう。

 触れたもの全てを光熱で焼き尽くす破壊の力。多くの人間を葬ってきたこの力は人間では対処不可能な代物である。

 しかし老人は剣を振るった。こちらの剣の軌跡に合わせて弾くように、

 

「ふっ……!」

 

「ッ……!?」

 

 連撃。眼の前の老人に剣を弾かれ、何度も剣を振るう。

 ──もうそのことが既に異常だった。

 魔物大将軍の全力を剣でいなしてしまう人間の老人など、一体どこの世界にいるのか。

 ありえない異常事態に酷く動揺する。

 

「ぐっ……このカスが……!!」

 

「!」

 

 顔の砲塔を眼の前の老人に向けて力を集約する。今度は剣で防げるようなチャチな出力ではない。

 城壁を一発で消し飛ばすような最高火力の一撃だ。

 

「喰らえ!! 殲滅の──」

 

「……ふっ!」

 

「がっ──!?」

 

 砲を向けて光を放つ瞬間、老人がその砲塔を剣で横に向けて弾いた。

 砲塔が向く先は老人のいる方向ではなく、大勢の部下がいる場所で、

 

「!? あ、アッティラ様!? お止めを──!! うわあああああああああっ!!」

 

「っ、しまった……!」

 

 熱線が大勢の部下を焼き払う。その威力の凄まじさは私がよく知っている。一般の魔物程度では絶対に助からない。

 荒野を削り取るほどの一撃。そして私が苦渋に満ちた呻きをあげると、老人はそれを見て、

 

「危険な火力ですね……人間にとっては“害”でしかない」

 

「貴様ぁ……!!」

 

 視線だけで相手を殺せればどれだけいいかと、この時ほど思ったことはない。

 実際、魔物大将軍の射殺すような視線は並の人間であればショック死くらいはあり得るだろう。

 だが老人は一切怯まなかった。それどころか、

 

「……あなたはここで倒れてもらったほうが人の為ですね……」

 

「な、なんだと……!?」

 

 老人は小さくそう呟く。そしてこちらに向かって剣を向け、

 

「──あなたを排除させてもらいます。人類の未来の為に」

 

 当然の如く、こちらを殺せる。殺すのだという意志を向けてきた。

 それはまるで、気位の高い魔人が人間を殺す時のものに似ていた。

 そう、まるでその意志の強さは、己が恐れる──

 

「っっ……! ふ、ふざけるなああああああああ──ッ!!」

 

 怒声を、今まで生きてきた中でこれほど大きく、これほど恐怖に満ちた怒声を上げたことは一度もない。

 それは偏に……己の本能が訴えているのだ。

 

「うああああああああああっっっ!!」

 

「……っと。なるほど……中々……しかし、寄る年波には勝てないとは限らない。この程度なら……()()()()()()()

 

 攻撃が一切効いていなかった訳ではない。

 何回かに一回は攻撃を掠らせ、老人を吹き飛ばすことにだって成功する。

 しかし、何度攻撃しても老人は立ち上がってこちらに向かってくる。

 傷を負っていない筈もないし、本来勝てる筈のない相手。実力差は歴然……とまではいかないまでも、地力の差はある筈だ。勝てる可能性は低い。

 しかしこの老人は一切目の光を失わず、こちらを少しずつ追い詰めてくる。

 足に傷を与えて機動力を削ぎ、更に砲塔を1つずつ潰してくる。背中の砲塔を壊されれば更に機動力は激減した。

 それが進む度に──自身の死が近づいてくるのを感じる。

 生まれてから一度も感じたことのない濃厚な死の気配。生まれながらの勝利者である魔物大将軍には縁遠いものだ。

 

「っ、な、なあマズいんじゃないか……? アレ……!」

 

「あ、アッティラ様が止められるところなんて初めて見た……! あの人間、一体何者だ……!?」

 

「ッ……!」

 

 背後の部下の声に酷い屈辱を感じる。

 己の劣勢を、己の恐怖を見破られ、なおかつ心配すらされている。

 人間相手に醜態を晒している。人間より下に見られている。

 死にたくなるほどの辱めを受けながら、しかしまだ死にたくないと必死に身体を突き動かす自分がいる。

 考えたくはない。想像したくもない。

 だがこのままでは、このままでは──確実にその時は来る。

 この老人は一歩ずつ着実に、こちらを殺す道筋を辿ってくる。

 死ぬ。死んでしまう。

 こちらが、魔物が、一方的に与える筈の死が、自分に降り掛かろうとしている。

 嫌だ。嫌だ。だが、老人はどれだけ抵抗しても襲ってくる。

 剣を用い、こちらに迫り、そしてとうとう──

 

「はぁ……はぁ……これで、終わりです……!!」

 

「う、あ……! やめ──」

 

 老人の剣がこちらの腹のコアを突き刺そうとする。

 引き絞った剣の動き。それを防御することも躱すことも間に合わない。

 走馬灯。今、今まさにやってくる“死”を、自分はゆっくりと感じながら──

 

「──そこまでだ」

 

「……!」

 

「……あ……?」

 

 ガキィンッ! と金属が強く打ち合わされる音が眼の前で響いた。

 その直前に聞こえた圧のある男の声。聴き憶えがある。

 こちらの眼の前に見えるのは赤黒いコートの背中と赤く禍々しい長剣。

 輝くような金髪に、弱い生物を圧倒する気を纏わせる男。

 人間の様な見た目だが、その存在感は人ではないことが直ぐに分かる。

 故にこの場にいる者も、誰もがその登場に怖れながらも喜び、対峙した人間の老人も眉間に皺を寄せてその名を口にした。

 

「魔人……レオンハルト……!」

 

「……久し振りだな──()()()()()

 

 互いの名前を呼び合う。老人はクエタプノと言うらしい。

 だがこの魔人──魔人最強で魔王の懐刀とも謳われる魔人レオンハルトが、何故その人間のことを知っているのか。

 分からない。分からないが、両者の会話よりも己の身が助かったことに、屈辱ながらも安堵してしまっていた。

 

「レオンハルト様だ……!」

 

「レオンハルト様が来たぞ……!」

 

「は、はは……助かった……!」

 

 部下の魔物達も化け物じみた老人の魔の手から逃れられたと喜ぶ。勝ったと。

 普段なら相手を倒すまで勝ちを確信するなと叱ることだろうが、この場合は致し方ないだろう。

 何しろ、魔人というだけでも人間には勝ち目がないのに、その魔人ですら敵わない、歯牙にもかけないと言われるレオンハルトと対峙すれば、相手に待っているのは敗北。即ち“死”だ。

 だからこそ、この瞬間だけは怖れている相手であっても頼もしく感じる。そのまま、その老人をやってしまえと。

 だが、

 

「……随分と老けたようだな」

 

「……人間ですからね。そちらは全然変わらないようで……それで、数十年前の続きでもやりますか? やるなら相手になりますが」

 

 そうだ。やってしまえ。その老人を殺せと強く心で思う。

 しかしレオンハルトは、あろうことかその魔剣を空間にしまい込んで鼻を鳴らした。

 

「ふっ……年老いたお前と決着をつける気にはならないな。──お前が魔人や使徒になるというなら話は別だが」

 

「……それこそ、冗談ですね。僕は人間です。今も昔も……そして、死ぬ最後の時までも」

 

「だろうな。そしてそれなら、一々お前を相手にすることはない」

 

 と、レオンハルトはクエタプノという老人に背を向けてしまう。

 多くの魔物が、え? と思うのも束の間。レオンハルトは魔物兵に向かって鋭い通る声で告げた。

 

「全隊──今直ぐ任務を中止して拠点に戻れ」

 

「……え……?」

 

 その命令を聞いて間の抜けた声と表情を出したのは誰か。自分かもしれないし、部下達かもしれない。

 だが実際に全員、驚いていることには違いなかった。副官の魔物将軍など、レオンハルトの威圧感に負けず異論すら出してみせる。

 

「お──お待ちをレオンハルト様っ!? それでは人間共が──」

 

「文句なら戻ってから聞いてやる。それとも……俺の前で、命令無視でもしてみせるか?」

 

「っ……ぁ……! そ、それ、は……!」

 

 魔人レオンハルトの赤く鋭い眼が魔物将軍を捉える。それだけで、魔物将軍は蛇に睨まれた蛙のように身体を震えさせながら姿勢を低く、そのままへたり込んでしまいそうなほどに萎縮する。

 他の魔物たちも、気がつけばレオンハルトの気に当てられて今にも跪いて服従のポーズを取ろうとしていた。

 レオンハルトの怪物じみたカリスマ。この魔人に逆らえばどうなるのか──そんなことは考えただけで恐ろしい。

 故に誰も口を挟めない。そもそも魔人の言うことに魔物が逆らえるはずもないのだ。

 故にこの場で発言が出来る者は魔物の中にはいない。いるとすれば、それは眼の前の老人、クエタプノだけだ。

 

「……どういうつもりですか」

 

「……なに、お前の心を折るのは骨が折れるからな。そんな余裕は今の俺に残っていないというだけだ」

 

「……僕はそちらには付きませんよ」

 

「かもな。だが、それならそれで構わない。お前をここで殺したところで、失った時は戻らないし、俺達に特別益もない……なら無用に時を浪費することもないだろう。生憎と、俺は忙しいんだ」

 

「……礼は言いません」

 

「望んでない──さっさと行け」

 

 レオンハルトが最後にそう言うと、老人は剣を懐に戻してすたすたとその場から去っていった。

 その後姿を、酷く憎々しい思いで見ていると、そんな思いも知らずにレオンハルトは、

 

「手出しは厳禁だ。戻るぞ」

 

「は、はっ……」

 

 頷く、他ない。

 魔人筆頭であり魔軍参謀であるレオンハルトの命令は魔軍で魔王の命令に次いで重い。ましてや自分は助けられた身。この状況では逆らうどころか、口を挟むことだって出来やしない。

 だが……心の中では先程の老人に対する怒りで燃え盛っていた。

 

 ──殺してやるぞ……。

 

 いつか絶対、殺してやる。

 後から聞いた話だが、私が老人に苦戦して時間を浪費した所為で、あの老人の目的は達せられていたらしい。

 要は時間稼ぎ。

 人間たちが隠れ潜むための時間稼ぎの為だけに、あの老人は私を相手に大立ち回りを演じ……危うく殺すとこまで行き着いたのだ。

 だからレオンハルトは今更老人を殺しても無駄だし、自分達に帰投命令を出した。

 今更追いかけても無駄。探すなら、もっと大規模な山狩りを実行しなければならないが、それだけの兵力は生憎と連れてきていない。

 それを聞いて私は思った。

 いつかあの老人と、あの老人が守ったであろう人間共を皆殺しにしてやると。

 時が経ち、あの老人が確実に死んでいると理解しても、それでも奴が守った人間とその子孫を殺してやると。

 あの時の屈辱を忘れない。絶対に復讐してやると。

 ──この時まで、ずっと。私は人間を殺すため。人間を踏み躙る瞬間だけを生きる喜びとして生きていた。

 あの時人間に感じてしまった“恐怖”を克服するために、その大本となる人間の里を殲滅する。

 

 だから木の上を跳び交いながら逃げる、どこかの老人を思わせる人間を見かけた時──喜びと怒りが同時にやってきた。

 またしても苦難に晒される屈辱を受けているため、怒りの方が大きいが……それでも待ち望んだ瞬間だ。

 

「──殺してやるぞ……貴様ら……!!」

 

「やれるものならやってみなよ!」

 

 木の上から聞こえる減らず口。人間には似合わない生意気な口調に血管が震えるのを感じる。

 森の中を走って進み、仕掛けられたトラップによって少なくない部下がやられたとしても気にならない。そんなことは私の因縁に比べれば瑣末事だし、そもそもあの程度の人間であれば私1人で事足りる。

 人間の里を包囲するように湧き上がった炎の壁も、私の力なら脱出は容易だ。

 だから問題はない。決着の瞬間は着実に近づいている。

 奴が逃げる場所を失った時。それが人間の最後で、

 

「勝つのは私だ……!!」

 

 ──私の勝利の時なのだ。

 

 

 

 

 

「ふん……! 追い詰めたぞクソ人間め……!」

 

「……随分としつこいね」

 

 そうぞんざいに言いながらもロランの意識はしっかりと背後の魔物へと向けていた。

 魔物大将軍アッティラ。

 現在この里を攻めてきている魔軍の大将であり、僕が倒すべき相手である。

 炎の壁が山を囲んだことで踏み込んでこないかと思ったが、このアッティラは少数の部下を連れて真っ直ぐ、こちらを追いかけてきた。

 何も考えてない馬鹿なのか、それとも何か策があるのか。まさかこれほど簡単に誘い込めるとは思わなかった。

 好都合だ。森の中のトラップと山火事で奴の部下はかなりの数を減らしている。

 討ち取る好機であるが、油断は出来ない。炎の壁も敷き詰めたぷちハニーによる地雷原も難なく踏破した怪物だ。全身の至るところにある熱線を撃ち出す砲塔も危険でしかない。

 そんなアッティラは辿り着いた街の周囲を眉を歪めながら見て、

 

「クソッ!! 人間共がいない! お前ら探せ!! 探し出して殺し尽くすのだ!!」

 

「はっ!」

 

 もぬけの殻となった街の姿を見て部下に指示を出す。少ない魔物の群れは魔物隊長を中心に周囲へと散っていこうとしたが──

 

「そうはさせないよ」

 

「何っ!? ──ぐあっ!!」

 

 魔物兵との距離を縮め、死角から短剣を振るって即座に絶命させる。

 別に探したところで街にはもう人はいないが、人がいると思わせるのも重要だ。ここで自分が止めることで、まだここには人がいると思わせることが出来る。

 時間を稼げればそれだけ住人の退避を行おうとしてる鋼の騎士団の本隊の作戦の成功確率があがる。

 故にロランは魔物を狙った。だが直ぐに、相手はただの魔物ではなくなった。

 

「──貴様の相手はこの私だクソ人間ッ!!!」

 

「っ……! 来たか……!」

 

 怪物が動いた。巨体に似合わず背中から光のエネルギーを射出し、その勢いで一瞬で距離を詰めて手から発生させた光剣を振るってくる。

 

「光の剣……面白い身体をしてるんだね」

 

「ッ……! 黙れ貴様ああああああああ!! その顔で……!! その顔でふざけた台詞を抜かすなああああああああ!!」

 

「っく、危ないなっ!」

 

 軽く言葉にしてみただけなのに面白いくらいに過剰な反応が来た。

 ……何かあるのか? 

 このアッティラから強い敵意を感じてロランは思う。恨みに近いものだ。

 だが生憎と心当たりがない。あるとすれば魔物を屠ってきたことだが、どうにもそれとは違う気もする。

 ──しかしこれは使える。

 相手から冷静さを奪える。攻撃の激しさこそ増すが、どちらにせよ魔物大将軍の攻撃は普通の人間が耐えられるものではなく、回避に専念しなければならない。

 故に攻撃が単調になるほうが望ましい──だからロランは言葉を飛ばした。

 

「ふっ、随分と危険で間抜けな身体ですね! 人間にとって……害でしかない!」

 

「黙れ黙れ黙れェ──!! 殺す! 殺してやるぞ貴様!! ようやく見つけた……!! 貴様を殺すことで……私は忌まわしい過去から決別するのだ!!」

 

「ッ……!」

 

 やはり、と思う。何かあるのだと。

 だが眼の前のアッティラの高速機動。背中の砲塔を移動の助けとして行う高速戦闘は、思ったほどキツい。

 速さには自信があるが、それでもかなりギリギリだ。相手の小回りがそれほど利かないからこそ避けられているが、最高速で突っ込んでくるアッティラの攻撃はただでさえ防御不可能。攻撃を躱せば背後にあったものがクレーター状に消し飛んでしまう。

 

「貴様もこの人里も……! そして人間共も……! 私は人間に関わる全てを殲滅する……!! そのために私は生きているのだ……!!」

 

「──!」

 

 光熱の攻撃の余波で突風が身を叩く。

 地面を叩けば土が抉れる。攻撃1つ1つの結果が、その込めた力の凄まじさを物語っていた。

 人間では勝てない相手。少なくとも、普通の人間では。

 だがアッティラが言うように、こちらにとっても決着をつけるべき好機だ。

 

「……そうだね」

 

 そう、自分の心はとっくに決まっている。

 

「ここで倒れてもらった方が……人の為かな」

 

 アッティラという危険極まりない魔物大将軍は捨て置け無い。

 命を賭して挑むことになる。

 だが、自分が死んでも人類を救ってくれる者は他にいる。

 選ばれた人間であれば、彼であればきっと、成し遂げてくれる。

 だから自分は、その道中にある邪魔な石ころを1つ、排除するだけでいい。

 今まで多くの魔物を殲滅してきた自分にとって簡単な仕事だ。やるべきことは単純。

 この魔物を、

 

「──排除させてもらうよ。人類の未来の為に……魔物大将軍の一角、ここで落とさせて貰う」

 

「ッッッ……!! 言ったな……!」

 

 それを聞いてアッティラの顔が更に歪む。

 全身の力を込めているのだろう。光が収束しすぎて身体が高熱と化しているのか、身体から蒸気が吹いている。

 酷く強い殺気。それと共に、アッティラは足を踏みしめ、

 

「二度も、二度も言ったなッ!!! この私にッ!! ()()()!! ハハハ!! ブチ殺す!! 全身をドロドロに溶かしてゆっくりと殺してやる!!」

 

「やれるものならどうぞご勝手に──行くよ」

 

 静かに殺気を込めて足を踏み込む。

 ここを己と奴の死に場所にしてやると──ロランはアッティラへと全力で立ち向かった。

 

 

 

 

 

 山を囲う炎の壁で赤くなった空。

 そこにはその炎を発生させた張本人である魔人──カイゼルがいた。

 

「ああッ!? あいつら、てっきり引き返すかと思ったのに普通に突っ込んでいきやがったぞ!? クソッ! 予定が違うじゃねぇか!」

 

 眼下で戦闘を始めた件の人間と魔物大将軍を見てカイゼルは苛ついた声をあげる。

 カイゼルの予定では魔物大将軍とその配下の魔軍も、この炎の中には踏み込むまいと考えていたのだ。

 だが実際には魔物兵達は炎の中に踏み込もうとするし、魔物大将軍に至っては実際に炎で囲まれた中央の山へと入っていった。

 

「クソ……こいつら、炎の怖さを知らねぇのか? 突っ込んだ分は責任は取らねぇぞ俺ぁ……」

 

 自分の周囲にいたため燃やした奴らはともかく、勝手に踏み込んで死なれても困る。

 

「かといって炎を出さなきゃ人間共が魔物共に見つかって死んでたしよぉ……」

 

 山狩りの妨害は自分の目的には必要だったし、人間の救出も自分の配下を作るためには重要だった。

 それは今からでも全然修正が利くが、魔物共が思ったよりもしつこい。

 様々な方法を使って炎の中に踏み込もうと──正確には山狩りを続け、人間を見つけようとしている。

 よっぽどあのアッティラという魔物大将軍が怖いのか。それとも己の父親の軍のように命令に忠実なのか。元々魔物は上位の命令には逆らわないが……。

 

「……面倒くせぇな。もう近くの魔物は全部燃やすか?」

 

 どうせこいつら、人里なんかを狙ってる時点で親父に反抗的な勢力な訳だし、殺したって問題は無さそうだ。

 強いて問題があるとすれば、

 

「やりすぎるとママに怒られるな……」

 

 ママは魔人にしては優しすぎるので、人や魔物を燃やしたりするとめちゃくちゃ怒る。

 戦いとか模擬戦、親父が定めた仕方のないことに関しては何も言わないが、今回はギリギリであるため、ちょっとどうなるか分からない。

 だがそうだとしても、自分の目的を考えると止まることは出来ないのだ。

 

「……やっぱルイゼルと同じ様に、さっさと使徒を見つけねぇとな……」

 

 ちょっと考えてみたが、やはり目的は変わらない。

 そしてそうなると、やはり魔物共が邪魔だ。次なる行動を起こそうか──と思っていると、

 

「カイゼル様──!!」

 

「あ?」

 

 眼下の崖の上から声が来た。高く聞き覚えがありまくる声。

 それは親父の使徒であるキャロルの声だ。彼女は手を口元に当てて空を飛ぶこちらに向かって大声で告げる。

 

「カイゼル様──!! マズいですわ──!!」

 

「カ……ル様──!! ……ろー!!」

 

「あ? 火炎書士も何か言ってやがるな……」

 

 キャロルの声は大きいからよく聞こえるが、火炎書士はギリギリ聞こえない。

 なのでちょっと近づいて声を拾おうとする。彼女らを視界に収めながら高度を下げ、

 

「なんだ!? 何がマズい!?」

 

「カイゼル様後ろ! 後ろですわー!!」

 

「来てます! カイゼル様!!」

 

「あ? 後ろ……──ッ!」

 

 そこでようやく気づいた。

 背後から、親しみ深い気配が近づいていることに。

 己が発生させている熱気。周囲の高温を下げるかのように、低温が周囲に発生していることに。

 そして同時に、

 

「──カイゼルのお馬鹿さぁんっ!!」

 

「──ッ! うおおっ!? 危ねぇ!!」

 

 振り向くと高空から全身真っ白の、シスターにも似た衣装を着た美少女がこちらに向かって青い剣を振り下ろしてきた。

 それを咄嗟に己の赤い刀で弾く。

 そうして距離を取り、お互いに対峙してみると、やはりと言うべきか。

 

「テメェ……ルイゼル!! もう来てたのか! 兄に向かっていきなり攻撃するとはどういう了見だ!?」

 

「──何言ってるのぉ? あなたが勝手なことをするから私が来てあげたんでしょ~? その面倒さを考えれば、一回くらい斬られても問題ないわよねぇ?」

 

「なんだと……?」

 

 魔人ルイゼル。腹違いだが、自分と最も親しい妹を見て、カイゼルは思う──なんだそのふざけた言い分は、と。

 カイゼルはその言葉に激しい怒りを憶え、続けてこう言った。

 

「……斬るなら──“斬りますよ”って一声掛けてからにしろっていつも言ってるだろうがッ!!」

 

「カイゼル様──!! ツッコむところそこじゃないです──!!」

 

 下からの火炎書士の声がうるさい。妹からの斬撃一回くらいなら喰らってやっても構わないが、いきなりやられるとそれはそれでムカつくし、これが正しい。喰らう箇所を定められないから危ないしな。

 

「……それでルイゼル……お前、使徒を作ったみてぇだな?」

 

「あら、やっぱり知ってる? そうよ、マネージャーを作ったの。私の為に働いてくれるマネージャーをねぇ」

 

「ぐ、やっぱりか……!」

 

 やはり嫌な予感は的中していた。

 カイゼルは拳を握りしめて更に問う。まさかとは思うが、と。

 

「……男か?」

 

「……女の子だけどぉ?」

 

「──それならよぉし!! 嫌、駄目だがそれならギリギリ許してやる!!」

 

「──何気持ちの悪いこと言ってるのよ! 相変わらずキモい!」

 

「なんだとぉ……?」

 

 ルイゼルの言葉に安堵したが、その後の言葉にイラッとくる。

 兄として、その妹の言動は正さねばならない。

 だから言った。いつも自分が言い含めていることを、大声で。

 

「ルイゼルお前……!! ──っ、キモいとか罵倒する時は語尾か語頭に“お兄ちゃん”とつけろといつも言ってるだろうがッ!!」

 

 瞬間、周囲の空気が更に温度を下げた。

 

 

 

 

 

「うわぁ……相変わらずですね、カイゼル様……」

 

「兄妹同士、仲が良いのは素晴らしいことですの!」

 

「いや、そういうレベルじゃないですけどね……」

 

「……? 妹萌えというやつですわよね? 知ってますのよ?」

 

「……まあ、言ってしまえばそうなんですけど……はぁ、なんでこんな変なところだけお二人に似てしまって……」

 

 崖の上で火炎書士は大きな溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「っ~~~! 気持ちわるい!! 気持ち悪い!! なんでいつもそうなのよカイゼル!! ルイゼルちゃんが可愛いのは分かるけど、私はアイドルになるのよ!! だからそういう気持ち悪いことは言わないくれるかしらぁ!?」

 

「なんだとルイゼルてめぇ!! アイドルの前に俺様の妹だろうがアァン!? なら俺様をもっと萌えさせろ!! お前の一番のファンはこの俺様だ!!!」

 

「頭溶け落ちてるのかしら、この変態カイゼル!! 大体あなた、いつも勝手なのよ! 昔っから勝手な行動ばかりしてルイゼルちゃんを困らせて……! あなたの所為で私がどれだけ怒られてるのか憶えてるの!?」

 

「うるせぇ!! お前だって昔おねしょしたのを俺の所為にしたりしたの、忘れてねぇからな!? 分かってんのか! 俺様が否定した所為でママ達が俺達庇ってママ同士で喧嘩になったんだぞ!?」

 

「そ、それは……! ──って、そのことは言わないでっていつも言ってるでしょぉ!? 今直ぐ忘れて!! 忘れなさい!!」

 

「忘れられるかあんなもん!! あの後、おねしょした布団をガウガウが調べるからって持ってかれて最終的にどっちがやったか突き止めるために尿検査までやらされたの、俺様は忘れてねぇぞ!!」

 

「ありましたねぇ……」

 

「懐かしいですわー。結局、レオンハルト様がルイゼル様とご両親2人を叱ったんですわよね」

 

「はい……大変でしたね……」

 

 カイゼルとルイゼルの口喧嘩を聞いて、キャロルと火炎書士が昔を懐かしむ。……といってもほんの数年前の話なのだが。

 

「この……! 大体あなたはいつも私に対抗して……! 魔法の才能、私の方が上だからって嫉妬しないでくれるかしらぁ!?」

 

「あぁ!? なんだとコラ!! 俺様の方が剣術の成績は良いだろうが!! それにテメェ、理数系は得意でも文系はてんで駄目じゃねぇか!! いろは順47語全部答えてみろオラァ!!」

 

「はぁ!? あんな古臭いの憶えられる訳ないでしょぉ!? というかそれはママがそういうの駄目で馬鹿だから仕方ないの! そういうところがずるいのよ!」

 

「分かってねぇなルイゼルよぉ! うちのママは天然だからよく塩と砂糖を間違えるんだぜ!! おかげでうちのおかずは甘いかしょっぱいか食べてみるまでは分からねぇ、味のびっくり箱だ!!」

 

「私のママよりマシでしょ!! 私のママなんて未だにテンパると訳の分からない行動起こすんだからねぇ! この間なんてどこで聞いてきたのか、年頃の子供がエッチなことに興味がないのはおかしいって聞いたとかなんとかで、何故かエロ本を渡されたんだから!!」

 

「……あ、それ言ったの多分俺様かママだな。俺様が隠していたエロ本がバレた時に、親父がそう言えって言ったから……」

 

「あなたの所為なのぉ!? ぐっ……あれでどれだけ恥ずかしい目にあったか……!」

 

「……なんか段々、ハウゼル様とサイゼル様に飛び火してきましたね」

 

「というか、そろそろいつもの始まりますわー」

 

 キャロルが上を見上げてそう告げる。

 その直後、周囲が熱気と冷気に包まれた。

 

「てめぇ……ルイゼル……! 今日という今日は許さねぇ……! テメェに妹萌えの何たるかを叩き込んでやる……!!」

 

「気持ち悪い!! この……こっちこそ、その変態振りを今日こそは矯正してあげるわぁ……!!」

 

 両者が得物を構えたことで、2人の増す気が更に激しくなった。

 カイゼルが持つのは赤い長刀。炎を纏わせる“炎刀・閻魔”。

 ルイゼルが持つのは青い長剣。氷を纏わせる“氷剣・ヘカテー”。

 2人の魔人がお互いを睨み合い、炎と氷の力を増幅させる。

 そして両者ともに相手に向かって飛翔し、剣を振り被ると、

 

「オラァ!! 妹のお前は大人しく兄である俺様と結婚しろォ!!」

 

「気色悪いこと言わないでよ!! いつも言ってるけど、あなた馬鹿なの!? とにかく、さっさとルイゼルちゃんがアイドルになることを認めなさぁい!!」

 

 赤と青の軌跡が交差し、いつもの下らない兄妹喧嘩が始まった。




皆様お久しぶりです。黒岩です。
長らくお待たせして申し訳ございませんでした。需要がまだあるかは分かりませんが、ぼちぼち続けていきたいと思います。

それと、活動報告には書いたのですが、この度、作品告知用のTwitterを開設しました。更新情報とかを前日などに載せたり、進捗を載せていきたいなって感じです。後は小ネタ。よろしければ覗いてみてください→https://twitter.com/kuroiwaorca

ということでこれからもよろしくしていただければ幸いです
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