暗雲立ち込める空の下。
天を支配する者の圧倒的な力とは関係なく、一定してその周囲を禍々しく変貌させる場所があった。
魔軍の本拠地。世界の中心とも言える場所──魔王城だ。
その場所は遠くの空が雷に吹き荒れ、もはや天変地異のような変化を見せていても変わらず魔の雰囲気を漂わせる。
それはまるでこの場所に住まう支配者の揺るぎなさを示すようだ。
過去の遺物がどう足掻いても揺るぐことはないと、そう言うことだ。
そこに詰めている魔物兵などは多少の不安を持っていたが、それも上位の存在を眼の前にすれば怖れと共に安堵を浮かばせる。
そう、今彼らの前には──魔王とはまた別の、緊張感のない2体の上位者がいた。
「はぁー、暇ですねぇ……」
魔軍の将兵が集まる城門。その兵達の前で見るからにやる気の無さそうにぐでーっとした様子で霊体の様な生き物に寝転がっているのは魔人レオンハルトの使徒、ペールだった。
彼女は自ら召喚した幻獣をベッドや枕代わりにして気の抜けた欠伸を漏らす。
よくもまあこんな異常とも言える事態の状況で無防備に寝転がっていられるものだと兵達は表情には出さずに思うが、それも余裕の現れであるというのも理解しているため、軽く嘆息するに留める。
しかももう一体の上官だっているのだ。彼はペールの呟きに平然とマイペースに割り込む。
「退屈ですねぇ……こういう時はレオンハルト様にぐちょぐちょに犯されて快楽を貪ると共にレオンハルト様成分を補給するのが1番ですけど……今日は時間掛かりそうですし……」
「まったくもってその通りですな! 美しきレオンハルト様に寵愛を受ける……それこそ、レオンハルト様に親愛を覚える全存在が望むことでしょう! 無論、この美しい私もそうです!」
「聞いてないですし、レオンハルト様はホモじゃないので無理だと思いますけど……まぁ、願う分には自由なんじゃないですかー?」
「──カエサルショック!」
ペールの言葉に大袈裟にリアクションを取って地面に倒れ込む巨大な魔物。
この変態でナルシストな彼だが、彼、カエサルもレオンハルト軍を指揮する魔物大将軍であるため、一般の魔物兵達からすると雲の上の存在である。
故に彼に安易なツッコミは入れられない。下位の者である場合、美しくない割り込みをすると変な難癖をつけられることだってあるのだ。
だから続く彼の呟きにも魔物達は微妙な表情を浮かべることしか出来ない。
「くぅ……レオンハルト様に親愛と忠誠を捧げ続けて早600年余り……薄々分かってはいたが、やはりレオンハルト様は男は駄目なのか……?」
「分かってたんですか……ならもっと早く諦めたらいいですよう」
「……しかし! 私は美しき魔物大将軍カエサル! 多少の事で諦めることは美しくないと知っている! 故に諦めない!」
「いや、そこは諦めましょう。本人に断られてるんですから多少以上だと思いますよう」
「というわけでペール様。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、とも申します。ここはこのカエサルを優しく愛しては貰えませんか?」
「……幻獣ちゃーん」
「──おおぅっ!?」
カエサルが斜め上の頼みをペールにすると、ペールが眉を潜めて召喚魔法を発動し、それをカエサルに向かって放つ。しかしカエサルは幻獣の攻撃に身を悶えさせながらも、
「くっ……さすがはペール様……! 幻獣の攻撃は中々に身体にくる……! しかしこれは新手の情事とも言えなくはない……幻獣もよく見れば可愛らしい……くっ、しかし触れられないのがもどかしい! 触れることさえ出来れば私の超絶テクニックで昇天させてやれるのに……!」
『ッ……!?』
「変態過ぎて幻獣ちゃんまで引いちゃってますけど……暇潰しの鑑賞にしてはあまり気分は良くないですねぇ……」
ペールの感想にそれを見ていた大勢の将兵らも心の中で同意した。ペールが幻獣を戻したのもそれからややあってのことである。
だがタイミングとしては良かっただろう。ふと、ペールやカエサルらの背後、城門が開いて、
「! レオンハルト様!」
「おお……レオンハルト様……! いつ見ても圧倒的美しさ……!」
「……お前ら、何をやってるんだ?」
と、鋭い眼を更に細めて若干の疑問を覗かせたのは彼らの支配者、魔人レオンハルトである。
相変わらずの覇気に満ちた圧倒的存在感にその場にいる魔物兵も自然と背筋を伸ばして引き締める。
尊敬し、畏敬している魔軍最強の男の前では誰でもそうしなければと使命感に駆られるし──そもそも、彼の放つ“
数千年間、血と暴力の世界で圧倒的武力と謀略で魔軍を采配し、大勢の配下を従えてきた魔人の存在感はその強さも相まって、もはや他の魔人とは別格の気を発している。
今も、普段もレオンハルトは抑えてはいるが、それでも身体から僅かに滲み出ている気配だけで、魔物達はその凄まじさを感じ取れる。
この御方についていけば大丈夫だと、深い忠誠を思わせてくれるが……この御方が力を解放した時に、果たしてどれだけの数の魔物が立っていられるかと思えば怖れもある。
即ち、畏敬だ。魔人レオンハルトに対する畏敬の念を、兵達は彼を見る度に何度も思い起こされる。
その証拠に、彼らは誰もが直立不動でその練度、忠誠心を示す。上司2人は近しい分だけやり取りも普通のものだが、兵達にとってはやはり雲の上の会話だった。
ペールがレオンハルトが来たことで幻獣から地面に降り立ち、
「いえ、ちょーっと暇だったので軽く新兵訓練をしてたんですよう! ……というわけでレオンハルト様! 頑張ったご褒美にペールちゃんとランデブーしませんか?」
「……そうか。それはご苦労。後で労ってやるから今は我慢しろ」
「はーい♪」
「……このカエサルもレオンハルト様の為に頑張って新兵を鍛え上げましたぞ!」
「それじゃあまた芸術品でも上げますね。……それでいいですか、レオンハルト様?」
「……ああ、好きにしろ」
「む、むぅ……分かりました。ありがたく頂戴します」
望む物はそれではなかったが、主にそう言われてしまってはありがたく受け取る他ない。カエサルは膝を折ってレオンハルトの下賜に感謝を述べる。
そしてペールがレオンハルトの右腕に思い切り抱きついて頭や身体を擦りつけるが……レオンハルトはそれを気にせず一言だけ告げた。
「……少し出てくる。お前達は引き続き、任務に励め」
「了解ですよう。……ところで、行くのはどっちですか?」
この場で最上位の地位にあるペールが即座に了承し、続く言葉で質問する。
ペールの意味深な笑みと共に放たれた質問に対し、レオンハルトは珍しく、それを
──それは少し前。
ガイが修行に入って3日目の朝のこと。
「──フフ、
「え? 何がですかCさん」
魔法の里の地下にある書庫迷宮の深部で、Cの呟きを聞いたイヴは鍋をかき混ぜる手を止めずに疑問する。
「いや、そろそろガイの修行も終わる頃かと思ってね」
「……ああ、なるほど。ということは、この迷宮生活もようやく終わりですか……」
イヴはようやくという思いで息を入れる。Cから読み取れる感情に僅かな違和感はあるものの、そのことについては確証がないため触れることはない。
代わりに視線を外して捉えるのは最深部の扉の前。相変わらずはしゃいでいる友人とその他大勢で、
「ふむ、どうやらそろそろガイの修行が終わるようですし、貴方達の修行もこの辺りにしておきましょうか」
「あ、ありがとうございました……」
「げ……ゲッヘッヘ……危ねぇ、助かった……」
「長かったですね……」
「やっとか……」
チン、と得物を鞘に収めて修行の終わりを告げる白兎と、その鍔鳴りの音を合図に気を抜くクーベロとスケアクロウ。
白兎の得物である聖刀日光も白兎の腰元で息を吐き、ガイの得物である魔剣カオスは焚き火の近くの地面に刺さっており、修行の終わりと聞いて久し振りに声を出す。
そろそろ食事も出来そうだし、ガイが戻ってきたらガイも交えて食事にしつつ、今後の方策を練るのだろうか、とイヴは考える。
その辺りのことは自分達はあまり関係ないので、人間側の誰かに任せることになるだろう──そう思っていると修行を終えて肩で息をしているクーベロが乱れた息を僅かに整えてから、
「……ガイが戻ってくるってことは……ようやく里に……助けに戻れるのか?」
そう言いながら彼は未来視の魔女、Cの方を見た。クーベロやガイが所属する鋼の騎士団の副長ということで、彼らにとっては上官に当たる。故に指示を仰ぐようにした。
その質問にCはいつもの笑みを絶やさずに頷くと、
「そうだね。もっとも、間に合うかどうかはギリギリだけどね。使い魔で見たところ、魔軍の攻勢がかなり激しくなっている。保って今日の午後には趨勢が決まるだろうし、間に合わせるなら後30分以内には出た方がいいだろうね」
「むぅ……それではガイに剣の修行をつけることが出来ないじゃないですか」
「そこはかとなく残念そうですね、白兎さん……」
「ええ、残念です。せっかく久し振りに会った友人兼弟子に色々伝授してあげようと思ったのに……」
と、下駄をカツカツと鳴らして残念そうに言う白兎。それを聞いたCが、
「フフ……まあこれから教える機会など幾らでもあるのだからその時にしては如何かな?」
「……しょうがないですね」
はぁ、と白兎が息を吐いて納得する。だがイヴとしては若干の違和感だ。白兎ではなく、Cの方で、
……? 何か言葉に違和感がありますね……?
相手の感情や考えている事が知覚出来るイヴの能力が疑問を訴えている。
とはいえ嘘を言っている様子がない上、これ以上を読み取るには彼女に触れねばならない。
そしてCは自分に一切触れようとしないので……もしかしたらこちらの力に感づいているのやもしれないとイヴは思っていた。
ただ敵意は感じないので、必要以上の警戒はしなくて良いと思われる。──まあ必要分の警戒はしておくが。
自分や白兎、それに藤吉郎がいるこちらに対し、いきなり不意打ち染みたことをしてくる筈もない。そんなことをしても勝ち目がないことは分かっているだろうから。
故に気になるのはそこまでで、次に考えるのは白兎と……ガイのことになる。
だがこちらが考えている間にCは提案をした。白兎らの方を向いて、
「……まあこちらが今から戻る旨を伝える伝令が欲しいところだね。向こうも希望がないことには持ちこたえられるかどうか怪しい。──ということでスケアクロウ君?」
「あ、僕ちゃん? ──オッケーオッケェ~イ。ロラン君に伝えてくりゃいいんだろぉ? そんなのお安い御用だぜぇ~。ゲッヘッヘ……」
──あ、こいつ逃げる気だ。と、イヴはスケアクロウの思惑を読み取った。
同じ様に白兎もその真意を読み取ったのだろう。閉じていた瞳を開いて赤い眼差しでスケアクロウを見ると、
「……一応、釘を刺しておきますが……逃げたり裏切ったり、はたまた私達のことを別の誰かに喋ったりすればぶっ殺します。地の果てまで追いかけて斬らざるを得ないでしょうね」
「そ──そそそそんなことする訳ないですよねぇ~! やだなぁ、僕ちゃんこう見えて義理堅いんですよ、ハハハ……」
「……ならいいですが」
ゲス笑いすら封印して取り繕うスケアクロウ。これで彼はもう逃げられない。逃げる気もないだろう。白兎の今の言葉は本気だし、実際に逃げたら魔人の子であることを喋ったとして白兎が──いや、もっとヤバい人達が派遣される。
白兎は怖い時は怖いが、先生を筆頭に怒らせたらもっと怖い人達がこちらには沢山いる。逃げたとしても追いかけることは容易いので、彼が生きる道はこちら側にしかないと言える。
「で、ではさっさと行って伝えておきますね! ゲッヘッヘ、では!」
彼もそれを分かっているのだろう。スケアクロウはわかり易い胡麻すりをしながらも、その場から一瞬で去っていった。
忍術によるものだろうが、彼の素早さは中々だ。というか、人間にしてはかなり強い方であることは先程までの白兎との模擬戦でよく分かっている。
……というか、ひょっとしたら私より強いかも……。
はぁ、とまたしても溜息が漏れそうになるのを飲み込む。周りが人外染みた奴らばかりで麻痺しそうになるが、私は人間の中では強い方の筈なのだ。
まあ私の本分は戦闘じゃなくて研究とかそういうのだし……と自分を納得させておく。肩の藤吉郎もそれを察してか、“大丈夫っす。使徒で戦闘力はそれほどじゃないオイラに比べたらよくやってるっすよ……”と慰めてくれる。……そう言われてみれば藤吉郎は使徒なのに戦闘力はそれほどじゃないし、それ以外のところで役立てているというのは良いのかもしれない。うん、元気が出た。やはり自分より下を見ると自信が出てくる。許してくださいね、藤吉郎。
と、そこまで考えたところで近くの魔剣カオスが扉の方を見て、
「……! 戻って来たか……!」
「!」
その声に反応し、皆が扉の方を向く。白兎などは扉がゆっくりと開き始める音を聞いて少し早めに振り返っていた。
書庫迷宮の最奥の扉は巨大で、開閉のスピードも緩やかなものだ。
だがゆっくりと開くその奥からは──確かに先日まで見たガイの姿が現れ、
「……っ!」
──いや、違った。
少なくともイヴの感覚では。外側、見た目は全く変わってないように見えるが、
……内側に秘める魔力の量が……全然違う……!
そしてその魔力量に比例するかのように、その存在感、圧力も高まっていた。
以前まではどれほど高く見積もっても自分の倍程度だったのに、今では推し量ることが出来ないほどの魔力を持っている。
中で一体何をしてきたのかと問い質したいほどに。
「ガイ……だよな……?」
「まさかこれほどとは……」
「…………」
クーベロや日光がそのガイの存在感の高さに驚き、本当にガイなのかと問う。同じ様に驚いている白兎は声も出さずに何を思っているのか、真っ直ぐにガイを見えない瞳で見ていた。
それらの視線を一身に受けるガイは、同じ様にしばらくじっとしていたが、やがて皆を一様に見渡すと、
「……ここで“お別れ”だ」
「……は?」
「へぇ……?」
クーベロとCがそれぞれ違った反応を見せる。
クーベロは訳が、意味がわからないと言う風に。
Cは訳を、その言葉を発する意味を全て知っているかの様に。
驚き、驚きもせずに、反応を見せた後、それを見てかガイは動いた。
口元で小さく、何かを呟き、
「──!」
「うおわっ!? ちょ──!?」
「っ! 速い……!」
ガイが一瞬の踏み込みで魔剣カオスの元まで行ってそれを引き抜くと、もう一度踏み込んで出口に向かって駆けていく。
その速度はこの中で随一の戦闘力を持つ白兎が驚愕する程で、
「くっ……! イヴさん! 藤吉郎! 追いかけますよ!」
「えっ……って、ちょっと待ってください! 私らじゃ追いつけ──って、もういない!?」
「ききっ!?」
気がついた時には白兎は一瞬でその場からいなくなり、ガイを追いかけていった。
ガイのような力強い動きではなく、軽やかな動きで。……ではあるが、どちらにしてもただの人間である自分に追いつける筈もない。
しかし追いかけない訳にもいかず、イヴは僅かに逡巡すると、
「……あー、もう! 道具とか置いていくの勿体ないじゃないですか……!」
「ききー!」
「えっ!? あ、おい……待っ──」
「……フフ」
仕方なく、重要な物以外の全ての物を置いて白兎らを追いかけていった。
背後でクーベロが呼び止める声や、Cの笑みが微かに聞こえたが……それを読み取る余裕は今のイヴにはなかった。
「くっ……本当に速い……! 私が追いつけないなんて……!」
「あの力は一体……? 先日までとは別人の様でしたが……」
「まったくですっ!」
懐の日光の声に同意しながら必死に追いかける。
直ぐに追いかけたおかげで背中は何とか見える──が、そこから距離を詰められない。
むしろどんどんと差を広げられている。
白兎は己の速さ。踏み込みの速さには自信があり、自分の弟、妹達と比べても殆ど最速だと自負している。
長距離でならともかく……短距離でなら軽さと技術に秀でる自分が負ける筈がないと。
魔人の血を引く者達の中でそうなのだから、人間相手に負ける筈がない。そう思っていた。
だが今は、
……私が、負けている……ッ!
白兎はこのように引き離される経験はあまりない。
速さという意味でも、ほんの一部。それこそ父親やその家族とも言えるケッセルリンクなどの上級魔人クラスにしか負けたことはない。
だが今は、3日前までは格下であった人間に追い抜かれている。
それも急激に。こんな経験は今までにないし、あるとも思っていなかった。
あるとしても、魔人の血を引く自分の弟妹らだけだと。
──そしてふと、父親の言葉を思い出す。
それは父親との修行の最中。人間のことについて語ってくれた時だ。
『──いいか白兎。人間の中には時折、短期間で劇的な成長を遂げる者がいる』
『……しかしお言葉ですが父上。それは父上の様な魔人を越えうる者ではないかと思いますが』
『フッ……ああ、殆どはな。だが中には俺に届き得る程の力に目覚める者もいる』
『……とても信じられません』
『だろうな……だが、お前にもそのうち分かる。人間の力。成長の速さ。そして──“意外性”ってやつをな』
──これがそうだと言うのですかパパ……!?
そんなことはあり得ない。過去も今も変わらずに思っていたことだ。
だが現実にはそれが起きている。眼の前で遠ざかっていく人間の友人はこちらの全力を出してなお追いつけない。取り残される程の成長を見せている。
剣の修行をしてやり、少しでも彼の目的を後押しするつもりでいた、その相手が──今まさに、上級魔人のそれを越える力を身に着けている。
それを自覚して、酷い焦燥感と自嘲、そして悔しさを憶える。
今まで自覚していなかったが、自分は彼を“下”に見ていたのだと気づく。
それがまず自嘲。そして、彼が本当にその願いを叶えるかもしれないというのが焦燥感の正体。
そして悔しさは──強さに自負を持っていた己が、あっさりとひとっ飛びに越えられてしまったことに対するもの。
「くっ……このっ……!」
そして思い出す。そういえば私は負けず嫌いだったと。
弟妹達との模擬戦では負けることはない。唯一危ないのはアルベルトくらいのもので、彼に対しては他の弟妹達とは違って少し意地になって本気を出してしまうことを認めている。
だが魔人として生まれてきた弟や、魔人の血を半分持っている自分や他の弟妹達と違って、今負けている相手は人間である。
心の底では、人間が魔人に勝てる筈がないと思っていた──それを眼の前で覆される。
ただの追いかけっこでしかない。だが、追いつけないというのは真実、敗北で、しかも己の感覚は彼に負けていることを認めてしまっていて──
「……行ってしまいましたね」
「…………」
──気がつけば、足は止まっていた。
迷宮の外に出た時点で自分はガイを見失ってしまった。
そして日光がそれを察して声を送る。無言で立ち尽くす己に対し。
しばらく、歯を噛み締め、拳を強く握り、身体に震えが走る。
どれだけそうしていたことだろう。気がつけば背後から足音と声を知覚し、しばらく。
「はぁ……はぁ……や、やっと追いつきました……ぜぇ……ぜぇ……は、白兎さん……が、ガイさんは……?」
「キーッ!」
本気で走ってきたのだろう。汗だくで今にも倒れ込みそう──というか地面にへたり込んだイヴと、一応使徒であるためか元気な藤吉郎がいた。
だが自分の意識はそこにはなかった。
「……な──」
「ぜぇ……はぁ……な?」
イヴが息を乱しながらも聞き返してくる。
その直後、自分の感情が制御出来ずに、
「──なんなんですかもおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「っ!? 白兎さん!?」
「キキッ!?」
私の声がうるさかったのだろう。イヴと藤吉郎がびっくりする。
なんなら自分でもうるさい。耳が痛い。しかしそれに構わず、
「強くなった途端に無視ですか!? ムカつく! ムカつきます!! それとも私程度勝負するまでもないってことですか!? そりゃそうでしょうね! く、悔しいぃぃぃぃぃ──!!」
「え、えっと……白兎さん……? 大丈夫ですか……?」
「大丈夫に決まってます! 何もしてないですし! くぅ……こうなったら──帰りますよ!」
「えっ!? 帰るんですか!?」
「キー!」
「帰ります! 帰って修行です! もう知りません! 激おこですよ私は!」
「あ、はぁ……まあ、白兎さんがそれで良いなら……」
いいんです! と言って私は早足で歩き出す。
後ろからついてくるイヴと藤吉郎を確認しながら、内心でガイへの言いようもない苛立ちに私は振り回されていた。
──その頃、魔法の里を抜けた森では、
「……おいガイ。説明はあるんじゃろうな?」
「……別に。説明することなどない。ただ……」
「ただ?」
自分の帯剣の問いに対し、ガイは正直に1つ、端的に答える。
それは、
「……これからの戦いにはついてこれない。ただの……
「……だから全員置いてきたと?」
「……ああ」
荒野を人間を遥かに越えるスピードで駆けながら、しかし両者の間には沈黙が流れる。
風の音が響く中、カオスは溜息を1つ溢し、
「……なるほど、そういうことか……はぁ、お前さんも不器用な奴じゃのう……」
「…………」
「……ま、そういうことなら儂は何も言わんわい。お前さんの気持ちは分かったし……やる気はあるみたいじゃからの」
「……さっさと行くぞ」
「はいはい。……それにしても随分強くなったのうガイ。これならマジでいけるかもしれんぞ」
そうかもな……、と控えめに賛同し、ガイは走る。
己の力を正しく理解するガイは、カオスの評に驚くこともなく、当然のものだと頷いたのだ。
仮に足りないものがあるとすれば経験、地力だろう。
故に後はそれを高めればいい。そのために、まずは魔物を討つ。
『あーあ……せっかくまた逃げるなら女はヤっちまえば良かったのによ……つーか置いてこなくとも、使いようは幾らでも──』
『……黙れ。もう……人間に頼る必要なんてない。後は私達だけで十分だ』
『……ふん、まあそうだけどな。はぁ……仕方ねぇ……魔人とか魔王が美人であることに期待するか……』
内心の声が止んだところで、ようやくガイは自分の考えに集中出来る。
そう、後は1人で十分。それだけの力は手に入れた。
故にこれ以上、人の輪に関わる理由はない。関われば争いの種と……望まぬ犠牲を生むだけだ。
他の事に気を配る必要はない──魔王を倒し、この世に平和を取り戻す。その為だけに行動すると、ガイは人とは違う2つの心で決意した。
そろそろガイ編も終わりが近いかな……後は2つほど戦闘が終わればラスボス戦ですねって。