※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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竜の闇

 地下回廊が、戦いで鳴る。

 それは何十層と重ねられた音の響きだ。

 響くは主に、風と雷鳴、大気を叩き、時に斬り裂く質量の連続。

 壁も地面も天井も、全てが人外の力によって削られ、破砕音の音も混じってきている。

 そして続く音色は、それを実際に奏でる彼らの声だった。

 

「──あああああああああっ!!! うぜぇうぜぇうぜぇ!! てめっ、この死に損ないのバケモンがっ!! さっさと死にやがれやああああああああああああっ!!!」

 

「ッ……! ガァァッ……!!」

 

 稲妻を撒き散らしながら空と地を駆ける黒と赤の線──アベルに対し、特に大声を出して破壊を撒き散らしている魔人ケイブリスはその両の大剣をアベルへぶち当てた。

 それを見て、同じく地上を駆けるライゼンは異形の魔人に感嘆した。

 ……まさか、あのリスの魔人がこれほどまでに強いとは……! 

 ライゼンと魔人四天王、それにメガラスも加えた5対1の戦いにおいて、もっともアベルに傷を負わせているのがケイブリスだった。

 嬉しい誤算──と言っていいのだろう。ケイブリスの強さは他の魔人を凌駕するものであり、その実力は魔王時代とは比べ物にならないとはいえ、アベルにすら迫るものがあった。

 無論、優勢となったのはそれだけが要因ではない。

 この戦いが始まって既に30時間を越えたが、こちらはこちらで即席の連携に近いものを見せている。

 

「“アモルの闇”……!」

 

「ッ……!」

 

 宙を行き、アベルの周囲を闇や霧で覆うことで視界を奪い、戦いが有利になるように牽制するケッセルリンク。

 

「いい加減にくたばれ……アベル……!!」

 

「カミーラァ……!!」

 

 続くのはアベルや自分と同じ翼や尾を持つ元同胞のカミーラだ。

 彼女はその鋭く伸縮自在の爪を用い、四方八方からアベルへと攻撃を繰り返す。

 それは無論、アベルを倒すためのものだが、どれだけ弱っても最速とまで称された魔王だ。空中で飛び回り、それらを避けることも可能であろう。

 だがそうやって視界や移動を制限されれば、攻撃を当てることも難しくない。

 

「オオオオオッッ!! 潰レロ、アベルゥ……!!」

 

「ガアアアアアアアッッ──!!」

 

 地を駆ける岩の様な肌と装甲を持つ人物はカミーラと同じく、かつての同胞であるノス。

 奴はアベルの攻撃を地竜の特性である“膨張硬化”で受け続け、身体を大きくしながらアベルへと突進していく。

 既にその装甲はかなり分厚く、大きさ自体もケイブリスに近くなっている。

 その硬さはこちらと同じように武器となる。故にアベルも無視は出来ない。

 同じ様に爪を振るい、空へと加速、飛翔して逃げようとするが、

 

「──逃さん……!」

 

「ッ……! メ、ガラスゥゥ……!!」

 

 ──最速の魔王には最速の魔人が立ち塞がる。

 かつてアベルの腹心として幾重もの死地を潜り抜けてきた魔人メガラスは、かつての戦争──ラストウォーの様に空を飛翔し、空の覇者であるドラゴン、その魔王にも己が矜持とする速さで立ち向かっていく。

 速さに任せた突撃はアベルの身体を少しずつ、着実に削っていく。

 しかしそちらに気を取られればやはり自分やケイブリスが追いつき、

 

「終わりだ、アベル……!!」

 

「オラオラオラァ! さっさと──死ねやぁぁあああああああああああ!!」

 

「ッッッ──!!」

 

 既に多くの血を流し、動きも鈍っているアベルにダメ押しの連撃をお見舞いする。

 正面からの体当たり。そして吹き飛んだところをケイブリスが跳ね返すように大剣を振るった。

 真っ二つにはなってはいない──が、攻撃はクリーンヒットし、アベルが高速で壁に激突し、再び一部の崩壊を引き起こす。

 主の弱り具合に比例して、天井近くに浮かぶ黒雲も勢いを潜めているように見えた。

 

「……終わったか?」

 

「…………」

 

「フン……モウ終ワリカ……ヤハリ、ジル様ノ足元ニモ及バヌワ……」

 

「……油断するな。アベルなら、まだ──」

 

「……あ? もう、終わりか? ──よっしゃあああああ!! 俺様最強だぜぇぇぇぇぇ!! ざまぁみやがれアベル!! 俺様はテメェが知る昔より格段に強えぇのよ!! ぐあはぁはぁはぁ!! ……あ、見てましたか、カ、カカカカミーラさん! 僕、やりましたよ!!」

 

 ……本当にやったのか? 

 視界の中でケイブリスがカミーラに声を掛けて無視されるところを見ながらも、未だ警戒は解かずに土煙の中にいるであろうアベルに注視する。

 あのアベルであれば、やられたと見せかけての闇討ちを行ってくる可能性だってあるのだ。まだ気を抜くことは出来ない。

 しかし……まだ起き上がり、どう足掻いてもこれではアベルの負けは覆らないだろう。

 故に少し、ほんの僅かに、哀れみを憶えてしまう。

 とうに吹っ切れた筈だが、未だ死にきれていないアベルを見れば感傷にも浸りたくなる。

 だからだろうか。生きているならとどめを刺して、救ってやろうと思い、近づいた。

 その瞬間だ。地面に伏していたアベルが、

 

「──ライゼンッッ!!」

 

「……! まだ生きていたか……!」

 

「なにぃ!? ──って、そうかアベルなら死んだ振りは十八番じゃねぇか!」

 

 背後でケイブリスが喚いている。

 前方からアベルが跳び掛かってくるが、

 

「無駄だアベル! 不意打ちだろうと俺にお前の攻撃は通じない!」

 

「────」

 

 そう告げた──が、アベルは変わらずこちらに攻撃を加えた。

 やはり傷はつかず、とどめを刺そうと向かってくるアベルに対して爪を振り上げた。

 だがその狙いはお互いに逸れた。

 こちらの爪は宙を裂き、そしてアベルは真っ直ぐとこちらを振り切って、

 

「……っ! 狙いはカミーラか!?」

 

「アアアアアアアア!! カミーラァァ!! マタ、マタ奪ッテヤル……! オ前ラニ復讐スルタメニヨォ……!!」

 

「……っ! 巫山戯たことを……!」

 

 アベルの咆哮にも似た叫びにカミーラが歯を噛み締め、眉をひそめて不快感を露わにする。

 既に全身が血まみれになっているのにも関わらず、アベルは速度を上げてカミーラに向かった。

 カミーラもそれを見て、反撃を試みようとする。

 だが、

 

「っ……!」

 

「アア、可愛イゾカミーラァ……! ソウヤッテ俺ニ何度モ歯向カオウトシテキタノヲ思イ出ス……! 最後ハ諦メテ屈服シテヤガッタケドナァ! ギャハハハハハハッ!!」

 

「……!? アベルお前! 記憶が……!?」

 

 先程までよりも意思を伴った声にライゼンが驚愕する。しかし、

 

「ギャハハハハッ!! 全部、全部俺ノモノダ……!! ドイツモコイツモブッ壊レロヨ……! 魔王デアル俺様ニ逆ラッテンジャネェ……!」

 

「何を言うかと思えば……魔王は貴様ではない……! 真の魔王はジル様だ……!!」

 

 返ってきた言葉にノスが言い返し、ライゼンは思う──意識があるというよりは、本性をたださらけ出しているように感じると。

 先程までよりは意味のある言葉を口にしているが、先程までと同様に会話は成立しない。

 このような状態になって未だに生きていることが不思議でならないが、

 

「……どちらにせよ、貴様は放っておけん。アベル、お前の為にも……!」

 

「ギャハハハハ!! 俺ハ凄ェンダヨォ!! 他ノ同族トハ違ッテ頭モ切レル! ダカラ俺ガ王ニナルノガ良イニ決マッテル!!」

 

「っ……黙れアベル……貴様のような卑怯者が王など……!」

 

「……ア、卑怯者?」

 

 しかし──動き始めた全員の言葉の中で、カミーラの言葉だけがアベルを反応させる。

 僅かに動きを止め、しかし、直ぐに動いてカミーラに再び向かったかと思うと、

 

「ダレガ卑怯者ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ──!!!」

 

「──っ、くっ!?」

 

「危ねぇ!?」

 

「放電か……!」

 

 アベルが竜の咆哮を行う。

 魔王になって目覚めた天候を操る力と、自身が元々持っていた雷の力が周囲に吹き荒れる。

 その衝撃と勢いは、魔人四天王や雷に耐性がある自分ですら近づくことを躊躇わせる程のものである。

 そんな中で、アベルは吠えた。激昂した様子で、

 

「俺ハ卑怯者ナンカジャネェ!! ソンナノハ頭ノ回ラネェ馬鹿ナ同族共ノ言イ訳ダ!! ドイツモコイツモ!! 自分ノ頭ガ悪イコトヲ誇リダノナンダノデ言イ訳シ!! 正シイ筈ノ俺ヲ卑怯者ト言ッテ蔑ム!!」

 

「っ……それ、は……」

 

 ライゼンはそのアベルの声の内容に覚えがあった。

 それはかつて……アベルが幽閉される時にも主張していた台詞だ。

 

『頭を使って何が悪い!! 俺は頭を使って戦争にだって貢献したし、あの何体もの同族が倒された馬鹿デカい化け物だって倒してやった!! 狩りだって頭を使って他の奴らより多くの獲物を狩った!! 何か問題が起これば俺が態々頭を使って解決してやった!!』

 

 ライゼンを含む四大聖竜や八大精霊竜……そしてドラゴンの王であるマギーホアの前で、アベルは吠えた。

 

「ナノニ誰モ俺ヲ認メネェ!! 俺ノ戦イハ卑怯者ダト戦友カラ蔑マレ!! 狩リハ大シタ理由モナク、ソノヤリ方ダト駄目ダト怒ラレ!! 問題ヲ解決シテモ浅知恵ダト周囲ハ俺を馬鹿ニシタ!!」

 

 その時だ。ライゼンは初めてアベルが受けていた仕打ちを真の意味で理解した。

 彼はドラゴンの社会において、ただの一度も……その働きを認められることもなかったし、良い評価をくだされることもなかった。

 

『テメェもだマギーホアぁ!! あの化け物を倒した時も、テメェは俺の功績を認めなかったなぁ!? 偶然とどめを刺しただけだと!! だから戦功には値しねぇ、むしろ今までの逃げ隠れて隙を打つような戦い方が厳罰ものだってなぁ!?』

 

 それはマギーホアが決めたことだった。

 しかしその時に初めて、自分にも責任があることと──ドラゴンの社会の小さくも大きい歪みの正体を知った。

 

「アリエネェダロウガヨォオオオオオオッ!! アレガ偶然ダト!? 冗談ジャネェ!! 何度モ言ッタンダ俺ハ!! アレハ他ノ奴ラガ攻撃シテ薄マッタ部位ヲ的確ニ狙ッタッテナァ!!」

 

「何を喚いている……! 煩い奴め……!」

 

 放電に耐えるノスが腕で顔を庇いながらも悪態をつく。

 その態度はかつてアベルの周囲にいた他のドラゴン達の様であった。

 

『なぁにがドラゴンは完璧だぁ!? ──馬鹿かテメェらは!! 揃いも揃って単細胞の馬鹿しかいやがらねぇ!! 幾ら身体や脳みその出来が良くても考えることを放棄するテメェらは全員残らず無能なんだよ!! おら、聞いてるかマギーホア!! テメェが馬鹿だから同族はいっぱい死ぬし、俺様にカミーラを奪われんだぜぇ!?』

 

 その言葉にマギーホアはかつてない怒りを見せ、ひとしきり痛めつけた後に、アベルを地下に幽閉することを命令した。

 

『ハァ……ハァ……分かってねぇ……分かってねぇんだよテメェら……ぎゃははは……図星だったんで怒ったか……? テメェらがもっと頭を使えてりゃ……グゥ、がはっ……戦いは……もっと早く終わって……同胞を救えてたかもなんだぜ……? ……ぐ、ハァ……俺を投獄したところで……これから先、どうせテメェらはいっぱい殺す……大勢死なせる……頭も使わずに馬鹿な突撃を繰り返せば誰だってそうなるだろうがよ……くくく……おまけに俺みたいな頭を使える奴すら迫害してりゃあ未来なんてねぇ……テメェら全員、残らず破滅すんのがオチだな……!』

 

 それはアベルの最後の負け惜しみだったのだろう。まともに取り合う者などいなかった。

 だが事実──自分達ドラゴンは破滅した。

 天を覆う光の軍勢に対し、力や個では限界があった。

 アベルはそれを予見していなかっただろうが……結果、その通りになったのだ。

 

『テメェら全員呪われろ……苦しめ……俺は死ぬまでずっとお前らを恨んで、破滅を願ってやる……! 救えねぇ馬鹿しかいねぇドラゴンなんざ、全員死んじまえばいい……!』

 

 そう言って、アベルは地の底へ閉じ込められた。

 それから彼はいつしか地下牢から消え、誰もが死んだと思い込んだ。

 だがこうして今、全く同じ言葉を眼の前で吠えている。

 

「モウ一度、何度ダッテヤッテヤル……! テメェラニ復讐スルタメナラ、俺ハ──!」

 

 と、アベルはカミーラの方を再び向いて、その鋭い爪を突き立てようとする。

 

「何度デモ、繰リ返シテヤル……!!」

 

「っ……!!」

 

「……! カミーラ!?」

 

「か、カカカカミーラさん!? ちょ、待っ──」

 

 最後の力を振り絞ったアベルの攻撃。

 カミーラはそれを受けようとして──しかし受けきれないことを悟ったのかそれを躱そうとした。

 だが奴はやはり、最速の魔王だった。

 近くにいた己やケイブリスが駆けつけるより早く、カミーラにその爪が、

 

「──そこまでだ」

 

「ナッ……!?」

 

 ──振るわれることはなかった。

 アベルの充分な速度を持った攻撃は、割って入った人型の男に弾かれた。

 それはこの場において、アベル以外の全員が知る、金髪灼眼の魔人の姿で、

 

「げっ!? も、もう来たんで──じゃなかった……早い! もう来たんですか!?」

 

「ようやく来たか……」

 

「ふん……つまらん。もう終わりか……」

 

「…………遅かったな……」

 

「…………」

 

 ケイブリスにケッセルリンク、ノスやカミーラがその姿を見て言葉を紡ぎ、メガラスも無言ながらその相手を気にする。

 それぞれ吐き出す言葉と感情は違うが──誰もが同じ、1つの事実を思っただろう。

 これで──終わった、と。

 無論、それはライゼンも同じである。僅かに驚くカミーラの前に立つ男にライゼンは声を掛けた。

 

「……全く、随分と遅かったな、強敵(とも)よ」

 

「悪いな。色々と手間取って遅くなった……とはいえ、もう勝負はついてるか」

 

「グ、ガァァァァ……! 誰ダ……マギーホア、カ……?」

 

 先程の攻撃を弾かれたアベルがその気を感じ取り、誰だと言葉を吐く。

 それに対し、手に何も持っていない状態で剣を構え、彼は名乗った。

 

「──魔人レオンハルトだ。魔人筆頭、並びに、魔軍参謀を拝命している。……そちらは元魔王アベルで相違ないな?」

 

 

 

 

 

 地下回廊に到着し、アベルと対峙するレオンハルトはその竜の魔王と実際に対峙し、僅かに息を吐いた。

 

「……レオンハルト?」

 

 それを目敏く、ケッセルリンクが気づく。やはり、近しい者には気づかれてしまうのかもしれない。

 今の溜息。それが意味するところは、

 

「誰デモイイ……! 殺シテヤル……! 俺ハ全テニ復讐ヲ──」

 

「……ああ、お前の主張は途中から聞いていたし、きちんと理解した」

 

 地下回廊に降りてくる道中で、既にその言葉は聞こえていた。

 故にアベルの言いたいことは理解できるし、かつてアベルとドラゴン王……その体制側とどういった確執があったのかも理解した。

 それは歴史を知るレオンハルトにとって興味深い事ではある。それは事実だ。

 だが、それとは別に、

 

「だが──()()()()

 

「──ッ!!?? ギィヤアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 レオンハルトは剣を振るい、アベルの足を斬り落とした。

 柔い感触、まるで泥を斬ったような手応えを感じ、レオンハルトはやはり嘆息する。

 ……仕方がないとはいえ、既に腐りきっているな。加えて弱ってもいる。

 赤黒い血が地面にぶしゃりと落ちるのを見ながら、レオンハルトは魔剣を空間から取り出す。

 今行った剣技──自分の居合すら見抜けない程とは思わなかった。

 だからやはりレオンハルトは息を吐く。沸きかけていた血も冷たくなる。

 

「普段ならもう少し愉しめたのかもしれないが……今のお前は、俺にとって物足りない。お前では力不足だ」

 

「グ、ガ、ア……!」

 

 ──つまるところ、それは落胆だった。

 

 今のレオンハルト……特に、来たる戦いに備え、色々と調整しているレオンハルトにとって、今のアベルはつまらない相手だった。

 既に満身創痍。魔王状態とまでは言わないまでも、これが全快、無傷の状態であったのならば少しは愉しめたのかもな、と残念に思う。

 事実、もう戦おうとすらしない。力の差を感じ取ったのか、アベルが悶え苦しみながらも、翼を動かし、そこから逃走を図ろうとする。

 それが分かったため、その前にレオンハルトは動く。逃走しようとするアベルに近づき、

 

「ガアアアァァッ!!」

 

「……! レオンハルト! ブレスだ!!」

 

 背後からケッセルリンクが声をくれる。応援は有り難いが、分かっている。

 アベルの口の中で溜まるエネルギー。それはドラゴンブレス。ドラゴンの代名詞ともいえる必殺技だ。

 それを受けてみるのも一興ではある、と少し迷うが、やはりつまらない戦いであることに変わりはない。

 その力量だけでなく、この状態で無駄に長引かせるのも哀れでもある。故に、

 

「一々出させてやる義理もないな」

 

「ッッ、ッ、ァ……!」

 

 今度は剣を使わず、素早く近づいて顎の下を蹴り上げる。

 そうして口を閉じさせ、ブレスをキャンセルさせながら、レオンハルトはアベルの頭、正確には角を掴むと、

 

「そして……悪いが逃げてもらっては困る」

 

「──グガッ、ガ……!」

 

 力ずくで、アベルの頭を地面に叩きつけた。

 さすがに頭や角部分はまだ丈夫で、地面に叩きつけても折れはしない。

 だが、更にもう一度、震脚の要領で上から踏み潰すように角を叩けば、

 

「ッ!? ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ……!!!」

 

「……こんなものか」

 

 ……勝負あったな、と地面に破片となって落ちる角を見てレオンハルトはやはり息を吐いた。

 

 

 

 

 

「……レオンハルト、また強くなっているな……」

 

「……ああ、そうだな」

 

 ケッセルリンクの小さな声に、ライゼンも少し間を置いて同意する。

 アベルを倒すくらい、レオンハルトなら訳ないとは思っていたのでそれに関する驚きはない。

 しかし、ライゼンにとっては思うところのあるアベルがあれほどあっさりとやられて、足蹴にされるところを見ると、少し考えさせられることもあった。

 やはり自分はまだ、完全には吹っ切れていないのだろうと、自分の女々しさに内心で苦笑してしまう。

 そうしながら、意識は戦いが終わった周囲を観察していた。

 他の魔人もレオンハルトが戦いを終わらせたのを見て、空気を戦闘時の張り詰めたものから弛緩させており、

 

「い、今の、レオンハルトの見えない斬撃か……? 俺様、いつの間に見えるように……もしかして、俺様って結構──って、そんな場合じゃねぇ……! ──レオンハルト様! 聞いてください! 僕、凄い頑張りました! 命令通り、沢山頑張って戦いました!」

 

「……ああ、そうみたいだな。よくやった、ケイブリス」

 

「いえいえいえ! こんな奴、レオンハルト様や僕に比べたら雑魚ですよ! あ、よろしければ僕がそいつ、処理しておきますよ!」

 

「…………」

 

「……チッ……リス風情が……」

 

 ケイブリスが真っ先にレオンハルトに駆け足でドタドタと近寄り、巨体を丸めてぺこぺこと胡麻をする。

 一応はかつて仕えていた主をそいつと呼んで処理すると言っていることに、メガラスが複雑そうな表情を浮かべた……気がした。カミーラは分かりやすく、ケイブリスが調子に乗っているのを見て舌打ちをしていた。

 すると次にノスが、

 

「……レオンハルト。ジル様は何と?」

 

「いや、特に追加の命令はない。報告を終えたらお前は一旦牧場に戻れ。そろそろ、ジル様が新しい玩具を欲しがる頃合いだ」

 

「む……そうか。ならばジル様の為に、活きのいい人間を選別せねばな」

 

「……ああ、そうしろ。お前もご苦労だったな」

 

「……ふん、貴様が来なければもう少し愉しめたものを……間が悪い」

 

 レオンハルトがノスにも労いの言葉を掛け、ノスが小さく毒を吐く。

 だがその空気はノスが他の魔人を相手にするような剣呑としたものはない。

 やはり何百年と魔王の側近を務めている者同士ともなれば、不和は起こらないものなのか。それとも、レオンハルトの人徳が故か……ライゼンにはその判断はつきかねる。

 

「カミーラもすまなかったな。お前にとっては興が乗らない任務だったろうに」

 

「……いや、構わない」

 

「そうか。それなら良かった。……ケッセルリンクも、ご苦労だった。怪我はないか?」

 

「ああ、大丈夫だとも。心配してくれて感謝する」

 

 ケッセルリンクがレオンハルトの気遣いに微笑を浮かべる。……その会話を、何故かカミーラがじっと見ていたのが気になったが、

 

「メガラスも偵察に……その分だと戦闘も参加したようだな。ご苦労だった」

 

「…………ああ」

 

 メガラスに対しては簡潔に。レオンハルトもそれ以上が返ってくるとは期待していないのか、必要以上の言葉を交わさない。相性は悪く無さそうだが、どうやらあまり仲は良くないらしい。

 そして部下の魔人達への労いの言葉を掛け終えると、レオンハルトは顔を上げ、

 

「ライゼンも、すまなかったな」

 

「いや……むしろ感謝したい。お前がこの事を教えてくれなければきっと後悔していただろうからな……それより、アベルは……このままとどめを刺すのか?」

 

 話しかけて軽い謝罪をしてきたレオンハルトに気になっていることを問いかける。レオンハルトが未だに押さえ続けているアベルのことだ。

 既に歯向かう力もないだろうが、レオンハルトは念の為だろう、そのまま捕まえた状態で答える。息を入れ、

 

「いや、こいつは死なない。だからここに閉じ込めておくしかないな」

 

「──何? どういうことだ?」

 

 予想外……とも言い切れないが、その答えに疑問する。どういう訳でアベルは生き、そんなボロボロの状態でも死なないのかと。

 するとレオンハルトは頷き、己が押さえているアベルを哀れむように見下ろしながら、

 

「……詳しい説明は省くが、強い負の感情を抱え、魂の汚染が進むことで、その生物は死ねなくなる。アベルはその状態だってことだ」

 

「……そう、なのか……」

 

 魂の汚染。負の感情。死なない。

 レオンハルトの口から語られたその3つの語句に、思わずアベルを見て……やはり哀れんでしまう。

 せめて苦しみから解放してやりたかったが、まさかそれすらも叶わないとは。

 幾ら過去に罪を犯した罪人とはいえ、これほどの仕打ちはあんまりだと思ってしまう。……マギーホアには決して言えないことではあるが。

 

「アァ……痛イ……苦シイ……」

 

「! アベル……」

 

 しばらくそうやって見下ろしていると、アベルが再び呪詛の様な声を吐き出し始めた。

 しかし今度は、怒りよりも悲しみが強く滲み出たような声色で、

 

「何故ダ……何故俺ハ認メラレナイ……俺ハタダ……自分ナリノヤリ方デ……役ニ立トウトシタダケダ……ソレナノニ、何故皆、俺ヲ虐メルンダ……」

 

「…………」

 

「俺ハ……ドウスレバヨカッタンダ……何モ考エズニ死ネバヨカッタノカ……? ソウスレバ、認メラレタノカ……?」

 

 アベルの呪詛は止まらない。

 ドラゴンの文明が滅び、人の時代になってなお、アベルはドラゴンを恨み続けている。苦しんでいる。

 

「アァ……痛イ……苦シイ……死ニタイ……死ネナイ……アァ……何モ手ニ入ラナイノナラ……イッソノコト全テ……全テ……自分サエモ……壊レテシマエバイイ……」

 

「…………」

 

 掛ける言葉は見つからない。

 いや、ドラゴンである自分には何も掛けてはいけない。

 アベルは罪を犯した。その罰が、未だに続いている。

 ドラゴンであることを選んだ自分には、そう思うことしか出来ない。

 

「……さて、それじゃあ逃げられないように少し細工をする。悪く思うなよアベル……ライゼンも」

 

「……ああ、頼む」

 

 だが、レオンハルトがアベルを地下に繋ぎ止める準備をしている傍ら、こうも思う。

 

 ──いつか、彼を救う方法が見つかれば。

 

 その時は……ドラゴンではなく、かつて同じ時代を生きた仲間として、彼を救ってやりたいと。

 

 

 

 

 

「……これでいい、か……」

 

 地下回廊の最下層に、汚染化したアベルを繋ぎ止める細工を施したレオンハルトは既に呻くことしか出来なくなったアベルを見下ろして呟く。

 二代目魔王であるアベル。

 その末路と、これからを思うと僅かながら同情してしまう気持ちもある。

 だが、そんなこと──そう、()()()()()()()()

 

「──もうすぐだな」

 

 ク、と思わず漏れ出てしまいそうになる声と表情を直ぐに消す。良くない癖だった。

 だがどうにも内心の気持ちは抑えきれない。

 最後に思う存分愉しめたのは1000年近く前。僅かながらでも昂ぶれたのは700年程昔のことだ。

 しかし今回はそれよりも……遥かに愉しめる。

 確かに感じるのだ。その強い存在を。

 今にも全身の力を、昂りを、吐き出したくてしょうがない。

 正直、それを抑えるためだけにジルとのまぐあいをも利用しなければならないほどだった。

 この昂りを、期待を、奴との勝負まで我慢出来る気がしなかった。

 後数日とはいえ、それまでに仕事にも影響が出る可能性がある。故にちょうどいいと一度は発散しておいた。

 しかし再び時が経てば昂る。今だってまた期待で胸が張り裂けそうだ。

 故に数日後。とうとう何もかもを曝け出せるのだ。

 

「調子は充分だ……」

 

 拳を握り、かつてないほどに己が高まっているのを感じる。

 故にこそ、思う。──本当に、俺を倒せるのか? と。

 魔王を倒しうる奴こそが、この地上で唯一、俺に匹敵し得る存在だ。

 奴が無理ならもう、地上でこれ以上の強者が出る可能性は限りなく0に近い。

 なればこそ、期待する。

 

「クク、待ってるぞ──ガイ。この俺を、早く倒しに来い……!」

 

 自分という障害を乗り越え、()()()正しい道筋を歩んでみせろと。




というわけでアベルとの決着です、多分。次は大将軍とあの人です。それが終わったらレベル上げで、対決が待ってます。後……何気にフラグのフラグが立ちました
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