戦闘が終わり、ハンティ・カラーは希薄な意識の中で死を感じていた。
もはや声は出ない。先程まで感じていた身体の震えや熱、痛み、疲労。肉体の感覚は何もかも失ってしまっていた。
苦しみは何一つ感じない。しかし、それでも自覚できることはある。それは、
……ああ、これが死ぬってこと……。
今、自分が感じているもの。これが死ぬということなのだと。
かつての仲間達や親友、今まで出会ってきた生き物が例外なく迎えた死。自分には決して訪れることはないと感じていたそれが訪れようとしているのだ。
……は、はは……何とも呆気ない、ね……。
心の中で自嘲するように笑い、そのような感想を覚えながらハンティは心の中で謝罪する。
それは仲間の分まで生きることが出来なかったという過去のものと。
親友の仇を取ることが出来なかった自分への情けなさ。
その両方だ。
だが、ハンティはこうも思う。自分はこうなることを心の何処かで望んでいたのかもしれない、と。
仲間達がいなくなり、自分だけが生き残った時も。人間達や、他の生物が死んでいく時も。自分だけが生き残る度にそれを何故自分が迎えられないのか。そう悩まない日はなかった。
それを今、迎えるわけなのだが。
……ああ、なるほど。
ハンティはそれを目前にしてそれを理解した。
今まで死んでいったものたちが感じていった感情を、ハンティは過不足無く完全に理解したのだ。
心が震えるのを自覚しながらも、そのストレートな感情を内心で口にする。
……怖い、ね。
その感情は紛れもない恐怖。自分がどこに行ってしまうのか、そもそも今自分はどこにいるのか。それすらもわからなくなりそうな深淵をハンティは感じた。
並の精神なら発狂しかねないだろうこの感覚。仲間たちはこれを感じていたのだと納得する。
そして、理解して納得したがゆえに――その後に感じる思いも一緒であった。
……死にたくないな……。
何のこともない。他の人とは違うはずの自分でもここにきて湧いた願望は単純かつ明快なそれだ。
故に後悔、そして反省する。一体自分の何が悪かったのか、と。
やはり魔人と戦うのは無謀であるというのがまず大きいかもしれない。人間じゃないのに人間と関わるのが悪かったのか。大人しく一人で引きこもっていればよかったのか。
それとも仲間が死んでいった時に自分も――
……ああ、これじゃ堂々巡りだね。
その思考をふいに中断する。これでは結局それ以外の道がないみたいではないかと。
……あたしの生には、何の意味もないってことかな……。
ハンティは結局、絶望した。諦めた。もう考えることすら面倒だ。
故に意識を、生を手放そうとハンティは闇に落ちた。
――そんな時だ。身体に熱を感じたのは。
「――――っっっ!!」
突然、何かが身体に入り込んだ。
……こ、れは……なに、が……!?
身体の感覚が突然復活した。
痛みや熱を再び感じて、耐え難いその感覚に苦しむ。
同時に全身の血管が破れてしまいそうなほどに何かが暴れ狂い、自分の身体が弄り回されるような異物感を感じて、ハンティはその場でもがいた。
そして、
「――――」
ハンティは強い光を感じた。
それは自分の身体を中心にした光であり、ハンティ自身を輝かせながら周囲に撒き散る。
しかしそれが徐々に収まっていき、再び瞳を開いた時。
「――え……?」
ハンティはその場に立ち尽くしていた。
ハンティは自分の身に起きた変化に戸惑いを隠せなかった。
身体は驚くほど軽くなっている。傷が治り、疲労がかき消えている。
「何が……?」
先程まで死に体であった自分が五体満足で起き上がっている。どこもおかしい部分はない。
それどころか万全であった状態よりも力が漲っているのを感じる。まるで生まれ変わってしまったように。
まさか本当に生まれ変わってしまったのだろうか、とそのように考えてしまう。それほどの異常事態だ。
ハンティは思う。自分は死んだはずだ、と。
親友の仇を取るために魔人と戦い、無残に敗北したのだ。こっ酷くやられてしまったのはつい先程の話。さすがの自分でも腹に剣をぶっ刺されては生きていられない。そこまで不死身染みてはいない。
そして周囲を確認しようとして、
「どうやら無事みたいだな?」
「!」
目の前から声が聞こえた。落ち着いた声色だ。その存在にハンティは気づいた。
金髪灼眼の男、魔人レオンハルトだ。つい先程まで自分と戦い、自分を殺したはずの元凶。その魔人を前にハンティは、
「――ああ、逃げるのはやめろ。大事な話がある」
「っ! なっ……!?」
瞬間移動でその場から立ち去ろうとして、止められた。いや違う、自分で止めた。
……身体が動かない……!
レオンハルトの言葉を耳にした瞬間、身体が縫い留められたように動けなくなった。瞬間移動どころの話ではない。足すら動かない。
そしてもう一つ。ハンティは奇妙な感覚を覚えていた。上手く言葉にできないが、
……この男に従わないといけないような……。
そのような感覚に囚われる。意思は魔人に屈しないと言っている。それは変わらない。
だが、本能がそれを拒否しようとしている。目の前の魔人に逆らうのは愚かである、とそういう理解があるのだ。
一体これは何なのだ。いや、それよりも。
ハンティは逃げるのを半ば諦めつつ口を開いた。
「その話って……」
「ああ、先に結論だけ言うが――」
そうしてレオンハルトはあっさりと答えた。
「――お前を俺の使徒にした」
その言葉にハンティはすぐに反応することが出来なかった。
ややあってようやく紡がれた言葉も、
「――は?」
という疑問符しかない。
使徒。一体何を言っているのだろうか。その言葉の意味、知識を頭の中から引っ張り出して、考え吟味し、そしてはっと気づく。
どうして傷が治ったのか、力が漲るのか。そして、この男に逆らってはいけないと本能が訴えかけるのは、
「あたしを使徒にしたって言うのか……!」
「……そう言っただろうが」
混乱するのも仕方ないがな、とレオンハルトは半ば憤るこちらに説明を続ける。それはこちらの知識にもあるもので、
「あのままだとお前は死んでたからな。どうにかそれを治すには血の契約を行い――」
「っ! そんなことはどうでもいい!!」
ハンティは眉を吊り上げて声を上げた。
長年生きてきた賜物か、そんなことはハンティも知っていた。
魔王が他の生物を魔人にする際、そして魔人が他の生物を使徒にする時。その生物の肉体や元々持っていた力が強化され、不老を得る。
この魔人はそれを利用して自分を治したのだろう。それはいい。いや、よくはないが、それよりも肝心なのは、
「何であたしを使徒にしたっ!?」
そう叫ぶ。重要な疑問はそこだけしかない。だが、眼前の魔人、レオンハルトは、
「……そうだな」
軽く息を吐いて頷いた。まるでその質問が来るのをわかっていたような素振りである。
いや、事実分かっていたのだろう。彼が為した行為はそれだけのことだ。故に淡々としながらも口は滑らかに動く。
「お前との戦闘があまりにも楽しかったからな。ここで殺すのが惜しくなった。……というのが理由になるか」
言葉の意味は解る。しかし、
「そんなことで……あたしを使徒に……」
「重ねて言うなら使徒にすることで半永久的に戦うことができるし、さらなる成長を促すことも可能になるからな。単純に力も強化されるし、俺にとっては良い事ずくめだ」
「…………」
その理由にハンティは絶句するしかない。
つまりこの魔人は自分と戦うためだけに、その相手に血を分け与え、自らの忠実な下僕であるはずの使徒にしたと、そういうことだ。
……どうしようもない戦闘狂……。
そう思わざるを得ない。理由ははっきり言って論外。今は幾分か冷静なように見えるが、余韻が残っているのかまだ少し戦意が漏れ出ている。自分を使徒にしたことでぶり返したのかもしれない。
しかし、ハンティは自分の運命を呪った。そして改めて事実を認識する。使徒になってしまったのは事実だ。
……従うしかない、かな……。
はっきり言ってもはやどうしようもない。一度使徒になってしまえばその関係はもう覆せない。仮に主となる魔人を殺したところで、自分が使徒でなくなるわけでもないのだ。
それに魔人には使徒に対する絶対命令権がある。どれだけ嫌な命令を強要されても拒否することは出来ない。ハンティはもう既に詰んでいるのだ。
人間や親しい人を殺せという命令にも従わなければならない。それが友人の仇となる者の命令だろうと。
……ごめん。
もういなくなってしまった友人に心の中で謝罪する。そしてハンティはある種の決意を持って、目の前の魔人、レオンハルトを見た。
「……それで、あたしは――」
どうすればいい、と続けようとした。
だが、
「ああ、好きに生きろ」
「好きに――」
……自分は好きに生きなければ――。
……ん?
ハンティは自分の耳を疑った。聞き間違いだろうか、レオンハルトの口から、魔人らしからぬ言葉が告げられたのは。
しかし、それは勘違いや聞き間違いなどではなかった。動きを止めて混乱するこちらに対してレオンハルトは続ける。
「お前は自由にさせた方が伸びそうだしな。特に強制することはない。……あ、でもまったく会わないのは困るから一ヶ月に一回俺に顔を見せに来い」
「え……は?」
「別に人間の味方しても構わないが、正体をバラすのは避けろ。俺にとってもお前にとっても都合が悪い――ああ、そうだ」
一度言葉を区切り、レオンハルトは告げた。
「人間で思い出したけどな。お前が助けに来た二人、別に死んでないぞ。今頃俺の使徒が五体満足のまま町まで送り届けてるはずだ」
「…………は?」
ハンティはその言葉を今度こそ理解出来なかった。
だが、それを何とか飲み込んで口を開く。戸惑いの色は消えず、頭を抱えながら、
「……え、んん? それは……」
再度、疑問の言葉を呟く。
「……何? あの二人……生きてるの?」
「……信じられないなら瞬間移動でも使って確認してこい。一番近くの町にいるはずだ」
「……………………ちょ、ちょっと待って」
そう言うとハンティはその場から消えた。
「――おえぇぇえええ……!」
町の角で姉妹の姉の方は壁に手を付きながら口から胃の中の物を吐き出していた。
「……まさか本当に吐くとは思ってもいませんでしたわ……」
「お姉ちゃん……汚い……」
それを見たキャロルと妹が軽く引きながら姉を見やる。
その言葉が耳に届いたのだろう、姉は一旦それを止めてから憤るように弁解した。
「うぷ……し、仕方ないでしょ! こちとら妊婦よ! つわりと酔いで二重の吐き気が倍率ドンなのよ!? そのキツさと言ったら――うっ、また……」
途中でまたしても吐き気が襲ってきたのだろう、姉が壁に手をついた。二人が嫌そうな顔になる。
「もう吐かないでよお姉ちゃん……もらっちゃう」
「……何だかわたくしまで気持ち悪くなってきましたわ……」
姉の嘔吐に妹だけでなく使徒のキャロルにすら「もらいゲ○」の魔の手が襲う。恐るべしもらい○ロ。
キャロルが口元を手で抑えて顔を青くして、
「――あら……?」
キャロルがそれに気づいた。嘔吐を続ける姉の背後に女性が現れている。
いつの間に、と思うのもつかの間。その女性は姉に声を掛ける。
「…………ねぇ」
「オロロロロ……――うっ?」
嘔吐が一瞬収まり反応する。それは彼女にとっての親友であるハンティ・カラーであった。
姉はそれに気づき、
「は、ハンティじゃない……ちょうど良かった。……背中、擦ってくれる……? また吐き気が……」
「………………」
気持ち悪そうに背中を差す妊婦にハンティは心底呆れた視線を向ける。
そしてややあって腕を振り上げる。その手は平手の形で、
「……何で生きてんのよ――っ!!」
「痛あ――!?」
背中を思いっきりぶっ叩いた。
レオンハルトは目の前に突然現れた存在に目を向けた。
自分の使徒になったハンティだ。確認を終えて戻ってきたのだろう。こちらから声を掛ける。そしてその表情を見て、
「……ん、戻ってき――どうした?」
「…………何よ……? 別に……何でも……ないんだけど……」
「何かあったようにしか見えないんだがな……」
確認に行く前と違って随分と沈んだ様子のハンティに眉をひそめざるを得ない。
そして、まさか、とレオンハルトはある可能性に気づきそれを口にした。
「……まさかとは思うが、いなかったのか?」
「……いいや、二人とも元気だったよ……元気すぎるくらいにね…………はぁ………」
……その割には凄い落ち込みようだな……。
ひょっとして実は二人を助けに来た訳ではなかったのだろうか。本当は仲が悪いのかもしれない、とレオンハルトはハンティを見て、その可能性を模索する。なにせ今も「あたしは何のために……」とか、「あのゲロ女のせいで……」とかぶつぶつと虚ろな目で呟いているのでその可能性も無くはない。仲が悪くなくても喧嘩中という可能性もある。ゲロ女とはどういうことなのかいまいち何があったのか予想出来ない。
そんなことを考えているとハンティがその視線をこちらに向けてきた。
「……というかアンタも先に教えてくれれば……」
「……あ、ああ。それに関しては悪かったな。俺にも立場ってものがあってな……。あの場ではああ言うしかなかった上に熱くなるとそれ以外を疎かにしがちでな」
「……そう」
「………………」
責めるようなハンティの視線から目を逸らす。レオンハルトは急にバツが悪くなるのを感じた。
……まぁ、悪いのは俺だが……。
にしてもそれ以上の何かをハンティから感じる。やるせなさというかそんな感情だろうか。確かに実は二人が生きていたというのは今まで戦ってきた彼女にとって徒労でしかない。それに関しては責任がある。
しかし、そこで使徒にしたことを謝るほど耄碌はしてない。それなら最初からやるなって話だ。
レオンハルトはそこで軽く息を入れた。気まずい空気ではあるが、自分から話をしようと思っての事だ。そうして口を開き、
「……ま、何にせよ――」
「……わかったよ」
「……何?」
言葉を続けようとして突如ハンティに遮られた。どうやら立ち直ったらしい。
そして言われた言葉は了承を意味する語句であり、
「なったものは仕方ないし……一応、納得する。……まだ完全に信用した訳じゃないけどね」
「……それならいいが」
「……それに――」
ハンティはそこで一息入れ、言葉を送った。
「――あの二人から聞くにどうやら訳ありみたいだしね」
「……!」
レオンハルトは表情を固くする。反射的に表情を崩さないように努めた結果だ。
そしてそれを言うべきか、悩み、
「……その内、教えてやる」
「ふぅん……?」
ハンティはその様子から何かを読み取ろうとし、しかし途中で諦めたように表情を弛緩させた。おそらく何も読み取れなかったか、もしくは読み取れたが確証を得られなかったのか、レオンハルトには分からない。
そしてやや投げやりな様子で、
「……ま、それじゃあたしはもう行っていいんだよね? 命令は? 一ヶ月毎に顔見せるだけ?」
「……そうだな。今の所はそれだけだ。俺は基本的に魔王城にいるから一ヶ月経ったら訪ねてこい。別の場所にいる場合は日を改めるか、どうにかして探せ。後は勝手にしろ」
「うわっ、適当……はぁ、その方が気楽でいいけどさ」
ハンティはそう言うと、億劫そうにレオンハルトを見て、
「……それじゃ、不本意だけどよろしく。……レオンハルト様?」
「……何か気持ち悪いな。魔物兵の前以外では普通に呼べ。そんな機会あるか知らねぇけどな」
「……そうする。自分で言ってて鳥肌立っちゃったし」
嫌そうにしながらも挨拶したハンティはようやくそこで苦笑ながらも笑みを見せ、
「――それじゃあね」
「……ああ、精々強くなれ」
最後にそう言葉を交わし、彼女はその場から消えた。
レオンハルトの目の前から瞬間移動を使い、ハンティは再び町へ戻った。
人々が行き交う中、一応目立たないように人通りの少ない陰で口を開く。
「あー、すっきりした。というかハンティ? いきなり叩くなんて酷いじゃない。私が妊婦ってこと忘れてない?」
「いや……それはごめん。ちょっとさすがにやるせなくてついカッとなってね……」
会話の相手は、親友である彼女だ。先程のことを持ち出してこちらをからかう彼女に言い訳をしながらも謝る。妹の方は一緒にいた金髪の女の子と水を取りにいったらしい。もしかしたらあれがレオンハルトの言っていた使徒なのだろうか。それなら挨拶した方がいいのだろうか、いや、それともお礼が先だろうか。そう考えていると、
「それで、どうだったの?」
「え?」
彼女からそう問われる。質問の意味が分からない。なので首を傾げてみるも、
「いや、え、じゃなしに。あの魔人の人、レオンハルトさんと会ってきたんでしょ?」
「……あー……」
「良い人――じゃないか、良い魔人だったでしょ?」
そう再度問われては意味を把握せざるをえない。そして視線を逸らす。
……と、言われてもね……。
ハンティは少し考え、自分の正直な気持ちを口にした。
「……よくわからなかったかな」
「えぇ……何それ」
その返答に不満そうな表情を浮かべる彼女。ハンティはそれに構わず考えながら言葉を紡ぎ出す。
「いや、確かに普通の魔人じゃなかったし、物凄い悪人ってわけじゃないだろうけどさ。……ちょっと話しただけだし。まだ分かんないかな」
「……そっかぁ」
「納得した?」
「一応ね」
彼女は一応納得した、とそう頷くと、しかしいい笑顔を崩さない。
一体何を思っているのか、視線で言外に聞く。
その返答は実に彼女らしいものだった。
「これからも会うんなら、これから話して分かっていけばいいかなって。私にも色々話聞かせてね?」
「! ……あんたは変わらないというか何というか……」
難しく考えている自分が馬鹿なんじゃないかと思えてくるほどのお気楽さだ。
しかし彼女には自分が使徒になったと教えてもやっぱり何も変わることがない。レオンハルトには素性を教えるなと言われたが、彼女なら問題ないだろう。こう見えて誰彼構わず言いふらすような性格じゃないし。
ハンティは少しだけ気が楽になり、目尻を下げる。
「とりあえずこれからもよろしくね。町に住むなら会いに行くのはちょっと工夫しなきゃいけないかもだけど」
「あっ! そんなこと言ってまた音沙汰無くなったりしたら駄目だからね。ちゃんと出産の日も立ち会って貰うから!」
「はいはい。分かってるよ」
ハンティは以前と変わらないやり取りに笑みを零しながら応えた。
そしてふと思う。こういった思いが出来るのも、お互いが生きてるおかげなのだと。
それは当たり前の事実だが、ほんの僅か足を踏み外すだけで崩れる日常なのだと。
もしここに攻めてきた魔人がレオンハルトでなければ、自分も彼女もここにはいなかったかもしれない。
だが、レオンハルトがいなければ、自分は使徒になることもなかったかもしれない。そんな不満はあるものの、
……ま、この分だけは感謝してやってもいいかもね。
いずれ自分と彼女は別れることになる。それは使徒になる以前と何も変わらない、元より永遠の寿命を持つハンティの宿命だ。
――しかしその別れが不本意なものにならなかった。
ほんの少し、その分だけ――ハンティは自分の主となる魔人に感謝した。
「…………ふん」
レオンハルトはハンティが立ち去った場所をしばらく見ていた。
だが、やがて視線を切ると踵を返し、
……まさか二人目の使徒がこういった形で出来るとはな……。
ふとそんな思いを抱く。
唯一のドラゴンカラー。その生き残りであるハンティ・カラー。
そして、おそらく――この世界の重要人物である彼女。
その彼女を使徒にしたことに、後悔はない。それが何を齎すのか。
――そんなことは知ったことではない。
レオンハルトが考えるのはこれからの自分の事。ハンティがいることによって自分に生じる結果を思い、口元に笑みを作った。
退屈はしなさそうだ、とそういう予感を感じ、レオンハルトはその場を後にしようとして、
「――!」
突如、何かに気づいたように目を見開かせた。レオンハルトの端正な顔立ちが眉根を中心に歪み、深刻な顔つきを見せる。それは彼が見せる、今日一番のシビアな表情だ。
レオンハルトはその紅い双眸で周囲を見渡す。心臓がどくどくと強く脈打ち、額から冷や汗が流れる。
周囲には何もない。村の建物も。持ってきた資材も。生い茂る木々も。
そしてその惨状を見て――レオンハルトは天を仰いだ。
「……………………………………拠点、どうしよう」
バラバラの廃墟と化した村の中心で、レオンハルトは膝を屈するしかなかった。
――この日、レオンハルトに二人目の使徒、ハンティ・カラーが出来た。