※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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遅くなっちまったなあ! ということで本編どうぞ


迫る脅威

 

 隠れ里を包囲するアッティラ軍。

 その司令部は外の光と響く音、それと部下からの報告で何があったのかを察していた。

 

「あ、あれはアッティラ様の……!」

 

「また暴れているのか……!?」

 

 後詰の魔物兵、魔物将軍らが確認した空に走る光の線。

 時折地上にも激突して爆発を引き起こしているそれは見知ったアッティラの攻撃だ。

 周囲にいるあらゆる生物を殺し尽くす、まさしく殲滅の光。

 その存在と癖を知っているが故に、司令部はその攻撃が届かない距離に敷かれている。

 だが里を包囲する部隊の方はそうではない。

 

「どうする……?」

 

「ただでさえ山火事でこれ以上の前進──いや、待機すら難しいだろう……」

 

「撤退させるしかないのでは?」

 

「し、しかし、それでは後でアッティラ様に何を言われるか……」

 

 司令部に集まった魔物将軍らが揃って対応策を考え出すが、アッティラへの恐怖があるため、迂闊な撤退行動は粛清される可能性がある。

 かといって現状維持も難しい。放っておけば山火事が広がり、包囲網を形成している魔物兵らも犠牲になってしまう。

 どうするかと魔物将軍らが頭を悩ませている時に、その声は響いた。

 

「あー、アッティラの奴が暴れてんのか」

 

「! が、ガルティア様……」

 

 声の先はテーブルで相変わらず食事をしている魔人──ガルティア。

 彼は相変わらず食事を摂りながら、しかも全く淀みのない声で喋る。

 まるで喋る口と食べる口が別々についているかのようであるが、それも相変わらずである。

 だがその口から聞こえた言葉は、魔物将軍らにとって助けともなる言葉だった。

 

「んー、ならこのままだと兵共が死ぬだろ。撤退させとけ」

 

「し、しかしアッティラ様の命令では、包囲網の形成は厳命であり、死守するようにと……」

 

「ん? あー、まあお前らが勝手にやったならともかく、俺の命令なら別に問題ねぇだろ?」

 

「……それは」

 

 確かに、とその場にいる魔物将軍の誰もが頷き、または得心する。

 この軍は魔物大将軍であるアッティラの指揮する軍ではあるが、率いているのはアッティラではない。

 魔物社会は絶対的な階級社会であり、魔軍を率いるのは魔人である。

 魔物将軍や魔物大将軍といった者達は、あくまで魔軍を統率、指揮するための存在であるが、その目的──方針などを決めるのはあくまでも魔人であり、ひいては魔王である。

 魔人や魔王、あるいはそれらの命を受けた使徒などに何も言われなければ魔物大将軍が好きに動いても構わないだろうが、この場合は別だ。

 魔人であるガルティアの命令に、それ以下である魔物将軍らは逆らえない。

 それは魔物大将軍でしかないアッティラも同様だ。魔人が命令すれば首を縦に振る以外に選択肢はない。せいぜい、意見を具申する程度が関の山。

 何千年と変わらない魔物界のルールがそこにある。

 故に魔物将軍らはガルティアの命令に従えばいいし、そもそも従う他ないのだ。

 ──だから言い訳が立つのだと、

 

「……畏まりました、魔人、ガルティア様。これより包囲網を形成している部隊を安全な場所まで撤退させます」

 

「おう、そうしろ」

 

 ガルティアも魔物将軍が膝を突いて畏まるのを自然と受け取る。

 魔人としては古株なので魔物に命令するのも慣れたものだし、そもそもの懸念としてガルティアはここからは自分が指揮する必要があるな、とも思っている。

 

「……まぁ、もしマジなら死ぬよなぁ……」

 

「? 何か仰いましたか?」

 

「ん? ああ、何でもねぇよ。ただの独り言だ。それより──ふぅ、ごっそさん。美味かった。次はC定食追加だ」

 

「……畏まりました。──おい! C定食追加だ!」

 

「はっ! 炊事場に伝えてきます!」

 

 魔物将軍が配下の魔物隊長に命令すれば、魔物隊長が急いで司令部を出ていく。

 その魔物社会のいつもの光景を見ながら、ガルティアは考えた。

 ……とりあえず、警戒だけはしとくか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 体内のムシ達に告げてレーダーで周囲の警戒を強めながら、ガルティアは再び司令部での食事を続けた。

 

 

 

 

 

「やっと降りてきた……ふぅ、とにかく、これで帰れますね!」

 

「出来れば使徒を作ってから帰りてぇんだがな……ちゃっかりこいつは使徒作ってやがるしよぉ……」

 

「カイゼルがのろまなのがいけないのよぉ、ぷぷぷ」

 

「アァッ!? なんだとテメェ!! 使徒共々レアで焼くぞこら!」

 

「カイゼル様、どうどう、抑えてくださいまし」

 

「使徒になって早々焼かれるのは勘弁願いたいのだけど……はぁ……これがこれからの職場……不安だわ……」

 

「……オレの妹と弟がすまない」

 

 あなたに謝られても……と、ミストラルは元部下で魔人で自分の主の魔人の兄というややこしすぎる関係の相手の謝罪に複雑過ぎる思いを浮かばせる。

 しかしこの個性的過ぎる面子の中ではアルベルトが1番まともであることも事実だ。加えて1番立場的に上位でもある。

 自分の主であるルイゼルや、その主の母親の魔人の使徒であるユキのおかしさは出会ってからここまでの道中で分かったが、他の者達も中々に個性的だ。

 主の兄であり、元部下の弟である魔人カイゼルとかいう全身黒尽くめで羽が生えてて燃えてる変態とか、その母親である魔人の使徒である不気味な風貌だが、意外とまともそうな火炎書士という使徒。それと、あの魔人レオンハルトの第一使徒だというキャロル……というか、この使徒は以前に見たことがある。防衛隊長時代に。

 この面子とこれから関わっていかなくてはならないという事実に不安しかないが……後ろ向きになっていてもしょうがない。

 とりあえずこれから帰るというので、彼らについていこうと思うのだが、

 

「……でもこれ、結構な惨事だけど……放っておいて大丈夫なのかしら?」

 

「ん~? どうしてミストラルちゃん?」

 

「……今戦ってるの魔軍でしょ? 同じ魔物側として加勢とかしなくていいの?」

 

 主であるルイゼルが不思議そうに口持ちに指を当てて首を傾げてきたので、自分の思うことを率直に口に出す。

 今の自分は使徒で、周囲にいる者達も魔人や使徒ばかりだ。

 それが人間と戦っていて、魔物側は若干苦戦しているようにも思えるので、こちらが加勢すればいいのではと純粋に考えた。

 しかしそれを聞いた者の内、おおよそ殆どの面子がなんとも言えない微妙な反応になり、

 

「……まあ、同じ魔物側といえばそうなんですけどねぇ……」

 

「クケケケケ、要は同じ魔軍といっても仲間とは言い切れな~いって感じな訳よ」

 

「……そうなの?」

 

 同じ使徒である火炎書士とユキの言葉に素直に聞き返す。するとその背後でカイゼルが赤い目を輝かせて拳を握り込んだ。

 

「アァッ!? 俺が部下にしてやろうと思った人間共を皆殺しにしようとしてやがる奴らなんか誰が助けるか! むしろ死ね! 人間の価値も分かんねぇ間抜け野郎共が……!」

 

「……なぁに? カイゼル。もしかしてあなた、使徒どころか全員自分の部下にしようとか考えてたのぉ?」

 

「ああ、上手くいけば魔物から助けてくれた魔人として俺様に忠誠を誓うだろ? 親父のとこにいる人間共みたいにな。それをあいつらは……!」

 

「カイゼル様ってばそんな無駄に壮大なこと考えてたんですか……」

 

「うちのポンコツ主並みに馬鹿なこと考えてる?」

 

「さすがはレオンハルト様の息子ですわね!」

 

「うるせぇお前ら! 特にキャロルは親父の名前出すんじゃねぇっての!」

 

 カイゼルの企みを聞いた皆が呆れるような様子で囃し立てる。

 そんな中で、ミストラルと同じ様に、微妙な──言ってしまえば、神妙な少し真面目そうな表情で黙っていたアルベルトは息を吐いてからカイゼルに、

 

「……カイゼル。外の人間を信用しすぎだ。ずっと外で生きてきた人間と、うちの城や人間街で生きてる人間は違う。部下にしたところで裏切られるのがオチだ」

 

「そりゃあそうかもだけどよぉ、そこは俺様の溢れるカリスマでなんとか──」

 

「──カイゼルじゃ無理よねぇ。ま、私みたいに可愛いくて美しいアイドル魔人ならファンになりたいって傅くかもだけどぉ?」

 

「あぁ!? なんだとテメェ!?」

 

「あら、なによ。やる気ぃ?」

 

「っ……」

 

 カイゼルとルイゼル。二人の魔人が再び睨み合う。それをミストラルはルイゼルの斜め後ろで見るしかないのだが、

 ……っ、本人たちからしたら何気ない喧嘩でしょうけど……使徒の身でも結構クるわね……。

 やはり魔人というのは改めて化け物だということを思い知る。正直、使徒になって少しは差が縮まったかもしれないと思い、昔の目標が若干再燃しかけたのだが……魔人同士の圧の伴った睨み合いなどはまだキツく、差がまだまだ大きいことが理解出来る。

 

「おい、いい加減にしねぇか!! またオレの前で喧嘩する気か!?」

 

「っ……す、すまねぇ、アルベルトの兄貴……ルイゼル相手だとついカッとなっちまって……」

 

「そ、そうよぉ、ちょっとは大目に見てよねぇ、アルベルト兄様」

 

「……まったく、お前らはガキの頃から変わらないな。別に喧嘩するくらいなら構わないが、周りを巻き込むのはやめろ。オレや白兎姉ならともかく、下の奴らが苦労する……」

 

「あぁ? あいつらが俺様達の喧嘩程度で苦労するタマかよ。むしろあいつらも喧嘩に混ぜてやると中々──」

 

「──何か言ったか?」

 

「な、なんでもねぇ……」

 

 しかし、アルベルトが声を荒げたり、睨みを利かせると直に大人しくなる辺り、魔人の中でも上下関係があるのは確かなようだ。

 それもやはり強さが関係しているであろうし、改めて元部下も凄まじい強さなのだと理解する。胃が痛くなってきた。

 ……というか、白兎って名前にも聞き覚えがあるのだけど……まさか……。

 嫌な予感がする。いや、むしろ嫌な予感しかしないので考えない方が良さそうだ。他にも弟や妹がいるらしいし……うん。これから無事に生きていけるか不安過ぎて心の動きが麻痺してきた。

 もはや心配しても無駄だろうな、とミストラルは溜息をついて崖の下の炎を見やった。酷い熱気を受けながら、ここまで来るのにも炎を迂回したりして面倒だったが、ここから帰るのも面倒だなぁ……と、そう思っていると、

 

「……はぁ、さっさと帰るか。使徒作りたかったけどなぁ……」

 

「──そんな目的で城を飛び出したのか。はぁ……呆れるね……」

 

 カイゼルのその何度目かの言葉に、この場にいる者から返答が来た。

 しかしそれは、先程までこの場にいない者の声であり、誰もがその者を見る。

 カイゼルの背後。崖の端に立っているのは、ミストラルと同じ、カラーの特徴を持つ黒髪の使徒で、

 

「あっ、ハンティさんですのー」

 

「げっ!? 出やがったな妖怪瞬間移動ゴリラ!!」

 

「! 始祖様……」

 

 他の皆が反応するのに合わせて思わずミストラルは畏まった。

 その相手──ハンティのことは当然知っているのだ。カラーの始祖であり、魔人レオンハルトの使徒でもあるハンティは、ミストラルも何度か彼女が里に訪れた際に話した目上の相手であり、さすがに面倒くさいとは言ってられない相手でもある。

 そしてハンティであるからこそ、突然現れたことにも納得が行く。彼女の瞬間移動という魔法であるならば、この場に急に現れるのも訳なきことだ。

 同じ使徒になったとはいえ、とても同格とは言えない相手。そのハンティにカラーの作法に合わせて礼をすると、ハンティの方もこちらに気づいて、少し驚き、直ぐに眉間に皺を寄せた。

 その意味は、

 

「あんた……ミストラル? っていうかその気配……あんたも……」

 

「……はい、始祖様。その……この度、魔人ルイゼル様の使徒にならせて頂いて……その……」

 

「はーい☆ ミストラルちゃんはルイゼルちゃんの使徒でーす。よろしくしてあげるんだゾっ☆」

 

「…………そういうことです」

 

 こちらの隣に立って目の辺りでピースをする謎のポーズを決める主に凄く文句を言いたくなったが、何も言わずに同意する。

 するとハンティも微妙な表情で頭を押さえ、

 

「……あー、うん。大体察したからいいよ……はぁ、頭が痛いけどね……」

 

 と、ハンティが一度間を置く。それはそれとして、と、表情を一変させて睨むようにカイゼルを見ると、

 

「……あんたの方は──何やってくれてんの……さっ!!」

 

「ぐあぁっ!?」

 

 ミストラルの視界の中、ハンティが一瞬で消えたかと思うと、次の瞬間にはカイゼルの真横に移動してカイゼルの顔を思い切り殴っていた。グーで。

 その瞬間、キンッ!! と弾くような高く重い音──おそらく無敵結界がハンティの鉄拳を弾いた音が響くが、それに反してカイゼルは地面へ倒れ込む。

 すぐにカイゼルは頭を抑えてハンティを睨むと、

 

「や、やめろ鬼ゴリラ!! くそっ、相変わらず無敵結界の上からボコボコ殴りやがって……! 親父の使徒の癖に生意気だぞ! こっちは魔人だってこと忘れてんのか!? 上下関係忘れてんのか!?」

 

「──はっ、あんたみたいなひよっこ魔人の言うこと聞くわけないでしょ? せめてあたしから一本取れたら考えてあげるけど……それにまだまだ子供だし? 子供は大人から躾けられるもんで──しょっ!」

 

「ぐがっ!? ぐっ……だから殴るんじゃねぇっ!! 子供に手上げるなんざ最低だぜ!? 躾にも限度ってもんがあるだろうが!!」

 

「いやぁ……魔人の子供って無敵結界があるから躾が楽でいいよねぇ……幾ら殴っても怪我しないし」

 

「ダメージはなくても衝撃はあるっていつも言ってんだろカラーゴリラ!! 頭にも筋肉詰まってんのか!? ──あ、違う、今のはなし。違うからやめろ、やめろって!!」

 

「──言葉遣いが全然なってないよねぇ?」

 

「わ、わかったっつーの……くそ……す、すみませんでした……は、ハンティさん……」

 

「ん。そうそう。そうやって素直だと子供らしくて可愛げがあるってのに……成長が早いってのも考えものだよね」

 

「どの口が言いやがる……」

 

 ハンティがボコスカとカイゼルを無敵結界の上から殴っていると、やがてカイゼルが反抗を諦めて大人しくなる。

 それを見てなんとも言えない気分になってしまうが……よく見ると、同じ魔人であるアルベルトやルイゼルも若干嫌そうだったり、笑顔が引き攣っていたりするため、始祖様は意外と恐れられているらしい。さすがは最強の使徒と言われているだけはある。

 そんなハンティに対して、この中で1番立場が上位であるアルベルトが腕組みをやめて向き直ると、

 

「……どうしたんだ、ハンティさん。パパからの伝言でもあるのか?」

 

「ん、まあそんなところ。……それより、アルベルトの方は別に畏まる必要はないんだけど、いつになったらその呼称は治るのさ?」

 

「……カラーとしての癖だ。あまり言わないでくれ」

 

「いやまあいいんだけどね」

 

 ハンティはそこまで気にしてないと言う風に軽く笑う。すると横のカイゼルが、

 

「くっ……なんでアルベルトの兄貴はよくて俺様は駄目なんだ……」

 

「諦めなさいよぉ。ハンティさんにはルイゼルちゃんの可愛さすら通用しないんだから……また生意気なこと言ったら殴られるわよぉ?」

 

「納得いかねぇ……」

 

 ……またこそこそとルイゼルと会話してるけど、明らかに聞かれてるのよねぇ……。

 まあそれをハンティは無視しているし、そこまで強く注意してるって訳でも気にしている訳でもないのかもしれない。あくまで躾だし、意外と甘いというか。暴言くらいなら普通に許すまでもなく実は気にしてない様に見える。

 

「それはそれとして……早めにこの辺りから離れるようにって伝えに来たんだよね」

 

「……何かあるのか?」

 

「ん、まぁ……ちょっと、危ない奴が──、……っ!!」

 

 ハンティの要件にアルベルトが問い返し、ハンティが理由を説明する途中。

 不意にハンティは何かに気づいて、崖の方を向いた。

 ──轟音と共に、極太の光線がこちらも含めた周囲に走ったのは、その直後の事だった。

 

「うぉっ!? なんだぁっ!? カチコミか!?」

 

「カッチンコッチン光線? こっちも撃つ? 撃っちゃう?」

 

「ユキちゃん、そんなこと言ってる場合ぃ?」

 

「そ、そうですよ!! これは……火炎ちゃん的に結構危険水域っていうか……」

 

「あんたら、あたしが受け止めてるとはいえ……呑気だねっ──と!!」

 

 光の光線をハンティが受け止め、やがて弾き返すことに成功する。

 しかしだからといって空気が弛緩することはない。むしろ、光線が飛んできた先を見て更に緊迫した空気が流れた。

 その先を見てアルベルトが鋭い目を更に細くし、

 

「──南西か。あっちは……人里の方だな」

 

「間違いないですわ! というか、アッティラ大将軍の光線ですわね!」

 

「見れば分かるわよ……ああもうっ。面倒な……」

 

 アルベルトの言葉通り、光線は人里と思われる方向。その場所から幾つも周囲に向かって無差別に飛んでいるようだった。

 そしてそのアッティラという名前と大将軍という役職名──いや、種族名に心当たりがあり、ミストラルはその心当たりを面倒と称したハンティに向かって問いかける。

 

「……大将軍、ということなら、一応味方ということではないのですか?」

 

「普通ならね。でもアッティラがあんなに暴れてるってことは、味方も敵も関係ないってことで──、っ! また来る!」

 

「っ!!」

 

「っ!?」

 

「わーーー!? やっぱまた来たーーー!?」

 

 ハンティの言葉通り、再びこちらに向かって飛んできた光線は、今度はアルベルトの無敵結界によって受け止められる。

 驚いた自分や、叫ぶような声を上げた火炎書士が落ち着き、アルベルトが腕を払う。魔物大将軍の攻撃は無敵結界であれば弾けるが、僅かに衝撃を受けて地面に擦り跡と踏み込んだ際の足跡が残った。

 

「……ま、こんな感じで無差別に敵も味方も殲滅していくのがアッティラの戦いなんだよね……迷惑なことに」

 

「……面倒なんですね……」

 

 随分と厄介な性質だな、とまたしても胃が痛くなってくる。

 これだけの面子であれば安全そうではあるが、それでも危険があることには変わりないし、見てみた限り、万一自分が受け止めれば重症を負いそうでヒヤヒヤしてしまう。

 しかし他の面子──特に魔人は怒りの方が大きいみたいで、

 

「俺様達に攻撃を仕掛けてくるとは良い度胸じゃねぇか……! よし、反撃しようぜ!!」

 

「ファンでもない魔物の分際でアイドルであるルイゼルちゃんに攻撃してくるなんて……生意気だゾ☆」

 

「……待て。やるならオレ1人で行く。お前らは手を出すな」

 

 と、それぞれかなりやる気であった。

 まあ魔人であるから当然とはいえ、あの凄まじい攻撃に対して難なく勝てる気でいるのが頼もしくもあり、恐ろしくもある。少なくともただの使徒でしかない自分達では勝てそうにない。──約1名は別だが。

 

「……まあ別にアッティラ程度、やるのは訳ないし、どうせ先か後かって話だけど……面倒と言えば面倒になりかねないね……」

 

「あァ!? よく分かんねぇが、この俺様が魔物大将軍程度に負けるとでも思ってんのかご──ハンティさん!!」

 

「落ち着きなさいよぉ。別にルイゼルちゃん達が負けるとは言ってないでしょお?」

 

「……そうだな。少し落ち着け、カイゼル。……どういうことですか? ハンティさん」

 

 身体から昇る炎がカイゼルの戦意を示すかのように強くなるが、すぐに妹と兄に窘められる。その言葉に続いて問いを投げたアルベルトに対して、ハンティは人里の方に視線を向けながら、

 

「……そもそもあんたらに帰ってくるように伝言しに来た理由が、これからここに来てアッティラを倒すかもしれない……“人間“の存在にあるってことさ」

 

「! 人間だと……?」

 

 ハンティのその言葉にアルベルトだけでなく、その場にいる者達が一様に驚いた様子を見せる。

 それは自分の主であるルイゼルも同様で、若干苦笑気味の笑みを浮かべながら、

 

「人間って……あはは、ハンティさんって冗談お上手~☆ 人間が魔物大将軍に勝てる訳ないじゃな~い?」

 

「ルイゼルの言う通りだぜ! そりゃ、多少はやれる人間がいるってのは分かるけどよぉ、幾ら何でも魔物大将軍に勝てる訳がねぇだろ?」

 

 ルイゼルとカイゼルの言に、ミストラルも心の中で同意する。

 人間と魔物の力の差は圧倒的だ。それはこの世界に生きる誰もが知っている。

 ましてや魔物大将軍など、人の手に余る怪物だ。

 ペンシルカウの防衛隊長を務めていた頃から魔物大将軍という存在を見て、そして今もその力を目の当たりにしている自分からすれば、そんなものは夢物語と言う他ない。

 力の上では魔人と同等とまで言われる魔物大将軍に勝てるのは、それこそ魔人しかいない。後はハンティの様な例外くらいだろう。それでもカラーの始祖、その使徒だ。

 人間はこの世界だと圧倒的な弱者であり、搾取される生き物。生まれた瞬間から決まっている生物としての差を埋めることは出来ない。それは自分が何よりも理解していることだ。

 だからそれを馬鹿馬鹿しいと、始祖様には悪いが真面目に聞くことはしなかった──その名がハンティの口から飛び出すまでは、

 

「……つまり、オレ達でもその人間は手に余るということか?」

 

「そういうことだよ。その人間──()()()()()()()()()()、そいつには何があっても近づくな。近づかせるな。それがレオンハルトがあたしに告げた命令であり、伝言の内容だよ」

 

「…………え」

 

 アルベルトとハンティの会話。その最中に出た1人の名前に、ミストラルは虚を突かれたように小さい声を吐き出した。

 聞いた瞬間は理解が及ばない。しかしややあって、その内容を理解した。

 ……どういう、こと? ガイって、あのガイ? まさか……。

 まさか、そう、まさかと思う。偶然ではないかと。

 ガイという名前の人間は、知っている。他ならぬ、己がかつてペットとして飼おうとした人間の子供。同居人であり、召使いであり……そして、魔法を教えた弟子でもある少年だ。

 今も生きていたとしたら、もうすっかり大人となっている事だろう。容姿は悪くなかったし、良い男になっている筈だ。

 それに強さも──と、思う。あの才能は人間にしては破格だったと。

 そうしてハンティが告げた“ガイ”という人間と、自分が知るガイという人間。それが一致する確率を考え、しかしその答えを口には出さずに話を聞く。こちらの考えを待たずに会話は進み、

 

「おいおい!! だからって俺様達に芋引けって言うのか!? 攻撃までされて黙ってたら魔人の名が廃るぜ!!」

 

「……悪いけど拒否権はないよ。これは身内としての提案でも相談でもないからね。魔人筆頭、魔軍参謀である魔人レオンハルトからの“命令”。当然、あたしもあんたらも、それに従うしかない」

 

「ぐっ……それは……」

 

 わかるよね? という意味を込めたハンティの真剣な眼差しにカイゼルを始め、誰もが黙って頷く他ない。

 むしろその魔人レオンハルトが最大限に警戒して絶対に出会わないように命令するようなガイという人間に対する不気味さが胸の内に浮かび始めていた。

 ミストラルだけはずっと考え事をしているが、何を言えるでもない新参者の使徒の立場であるため、何も言えない。

 そもそもこの事を言うのが正しいことなのかも判断がつかない。──いや、使徒としては間違いなく話した方が良いのは間違いなかった

 だが……やはり、齎された情報の重さを未だに受け止めきれていない。衝撃が大きく、ミストラルは黙り、考えることしか出来なかった。

 

「……まあまだ時間的な余裕はあるし、あたしは軍の撤退と人間の退避くらいの時間を稼ぐくらいはするけど……あんたらも20分以内にはここから離れなよ」

 

「む……よし、ハンティさん! それなら俺様も手伝ってやるぜ!!」

 

「は? あんた話ちゃんと聞いてた? あたしは瞬間移動があるからいざとなった逃げられるけど、あんたは──」

 

「ハッ! いざとなったら返り討ちに──あ、いや違う。飛んで逃げるから平気だ! ということで俺様にも手伝わせろよ!」

 

「カイゼル……あんた……」

 

「もぉ~、カイゼルってばお馬鹿ねぇ~……」

 

「み、見事に目的がバレてますよ! カイゼル様!」

 

「さすがはレオンハルト様の息子ですわ!」

 

「キャロルちゃんそれしか言ってなくね?」

 

「…………」

 

 カイゼルが拳を握ってハンティにそう頼み込む──が、明らかに何か別の狙いがあるようであり、カイゼル以外にはそれはバレバレであった。

 だがハンティは呆れながらも、何かを思ったのか、じっと、しばらく考え込み、

 

「……はぁ、まあ、最悪あたしが連れ帰ればいいか……」

 

 と、小さく独り言を呟いて、

 

「──それじゃちょっとだけ仕事を手伝って貰うよ」

 

「お? おお!? マジでか!? クハハッ! さすがはハンティさんだぜ! 話が分かるじゃねぇか!!」

 

「えっ!? い、いいんですか?」

 

 まさか許可するとは思ってなかった一同を代表して火炎書士がハンティに問いかける。すると目を細めたハンティが微妙そうに、

 

「ま、カイゼルだとこの山火事の中で難なく動けるしね……ただ、カイゼル。あんたはあたしと一緒に動いて貰うからね。自由にはさせないよ」

 

「おお! いいぜいいぜ!! よっしゃ!! 気合入ってきたぜ!! 言ってみるもんだなぁ、おい!!」

 

 カイゼルの喜びに比例して炎の勢いが強まる。するとそれを生み出した氷で冷やすようにしながらルイゼルが、

 

「よくやるわねぇ……幾ら目的の為とはいえ」

 

「クハハ、そうだろう!! お前も来るか!? ルイゼル!!」

 

「やめとく~、ルイゼルちゃん、疲れちゃったし、帰ってお風呂にでも入るわぁ──ほら、ユキちゃんにミストラルちゃん、帰るわよぉ」

 

「クケケケ、合点承知の助!」

 

「……わかったわ」

 

 と、ミストラルはルイゼルに着いてその場を後にしようとする。同じくユキや、名前は呼ばれてないが、アルベルトも並んだ。

 すると去り際に背後から、

 

「つれねぇな。ま、いいけどよ」

 

「えっと、それじゃあ私はどうしましょう……? 一応、お目付け役として来てるんですが……」

 

「んー、あたしがいるからアルベルト達と一緒に帰って先に報告してきたら?」

 

「そうしろ火炎書士!! 大丈夫だ! “お土産”はちゃんと持って帰ってきてやるからよ!!」

 

「……そこはかとなく不安ですが、まあそういうことなら……」

 

 そう言って、火炎書士も帰宅組に加わる。

 そうして残されたハンティとカイゼルを気にしながら、ミストラルは山を降りていくのだが、

 ……ガイ……本当にガイなのかしら……。

 やはり心の中では、これからここに来るというかつての弟子の事を考えていた。




次回はアッティラ決着と、ついにあの人が――って感じです。決戦まで後3話か4話くらいですかね
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