──もう体の感覚は殆ど無かった。
「ひぃぃ! や、やめてくれ、アッティラ様……! ぐあああああああああああっっ!!」
「なんでこんなところで……こんな目に……っ!」
「に、逃げらんねぇ! 逃げらんねぇよぉおおおおおおおおおっ!?」
「だ、誰か……誰か……助けて……くれ……っ!」
しかし五感は生きている。体力も、まだ辛うじて残っている。
耳に届くのは周囲の悲鳴、叫び、助けを求める声。
それらは眼の前にいる巨大な魔物から攻撃を受け、逃げ惑う魔物兵の物であった。
だがロランは、それらの声が、魔物だけのものではないと思っていた。
今、この戦場は地獄で、遠くない未来──いや、今まさにこの場所から放たれる光線か、山火事、あるいは包囲する魔物兵によって逃げようとする人々にももたらされるであろうと。
だからだろうか。周囲の魔物兵すら哀れに思う。悲嘆を誘う。
彼らとて、こんな場所でまさか味方に殺される羽目になるとは思っていなかっただろう。
災難であり災厄。非道な行い。
魔物大将軍アッティラは正に、今世界に蔓延る傲慢な魔物そのものを体現していた。
「ハハハハッ!! 実に、実に良い気分だ……!!」
「っ……く、なんて、傲慢、な……!」
破壊の中心でアッティラは嗤う。それを見て、酷い嫌悪の感情が湧き上がる。
人間を殺すこと──だけではない。
そもそもこちらから人が死んでいるかどうかは分からない。確認出来るのは魔物が死んでいるところだけ。
そう、だというのにだ。このアッティラという魔物は自分と同じく、味方の魔物の死しか見ていないのに、こんなに喜悦に歪んでおり、
「ハハハ…………ゴミ人間、随分と不思議そうだな……? 魔物兵を殺して喜んでる私が不可解に見えるか……?」
「っ……」
地面に這い蹲る自分にアッティラは気づき、そんな声を掛けてきた。まさか理性があったとは。てっきり暴走して理性がないものと思っていたため、不意を打たれたように表情を崩してしまう。
「ハハ、お前みたいな人間の雑魚には分からんだろうなぁ……? この圧倒的な力! 強者としての権利を!!」
「……強者としての……権利……?」
ズシン、ズシン、とその巨体に見合った重量があるのだろう。ゆっくりとこちらに歩みを進めながらアッティラは話を続ける。
もっとも、その間も砲撃により殺戮の手は緩んでいない。彼は周囲で苦しむ部下など歯牙にも掛けずにこちらの質問の答えともなる力強い言葉を発した。
「そうだとも! 強者は弱者に何をしてもいい! これがこの世の理だ!!」
ふざけた思想をアッティラは語る。両手を広げ、周囲の魔物兵を殺していることを確かに自覚しているというのに、
「つまり……強者である私が、弱い人間や魔物を幾ら殺したところで、罪にはならない! 今私がここに健在でいることがその証明だ……!」
「ぐっ……ふざけるな……狂った化け物め……そんなことが……!」
「ふざける? 狂っている? ──ハハハ! ふざけてなどいないし狂ってもいない。貴様だって分かっている筈だ! 人間としては強い貴様なら、奪っても罪とならないこの世界の恩恵を人並み以上に甘受していない筈がない!」
「…………っ」
アッティラの続く言葉に歯噛みするだけで何も言えない。
それはこの外道の言葉を、半ば認めてしまっていることと同義だった。
だがそれでも、ロランは辛うじて言葉を捻り出す。声を出すのもキツいが、それでも言わざるを得ない。
「そんな世を作ったのは……お前達魔物だろう……!」
「そうだとして、だからどうした!? なんと言おうとこれが世界だ! どれだけ醜い主義を、愚かな主張があったとしても! 逆に、どれだけ正しい主張や行動があったとしても関係ない! 強い奴の思い通りに世界は進むのだ!!」
炎と血で彩られた道をアッティラは踏み潰して進んでくる。味方の血が多分に含まれていることなど歯牙にも掛けずに。
「善悪とは強弱だ! そして、お前たち人間は弱い! 強者である我々に何をされても──いや、強者である我々に虐げられるためにお前達は存在するのだ!」
「っ、違う……ッ! 人間、は……お前達魔物に虐げられるために生まれてきた訳では──」
「──何も違わない! 私は正しい! どれだけ残虐な行為に手を染めても実際に私を脅かす者はいないのが証左だ! 見てみろ! 私はここで健在だぞ? 大勢の人間を、殺してきた! 年端も行かぬ子供を踏み潰し! 妊婦の腹を掻っ捌き! 泣き喚く男共を磔にして燃やし、その前で妻と娘を犯し、殺した子供の肉を親に食べさせてやった! 戦場では味方の魔物すら殺してきた私が、今こうして生きている! それが何よりの証拠! 私は強い! だから何をしても正しいのだ!」
「違うっ!! それは──が、ふッ……!」
とうとう、アッティラがこちらに到達する。
その巨体を支える脚が、己の片脚を踏み潰した。そうしながらアッティラはこちらを愉悦に満ちた表情で見下ろす。
「くくく……何も違わない。私は正しい。──だが……ハハハ、長い間、ご苦労だったな……! この様な隠れ里でこそこそと何百年と隠れ潜み、反乱の意思を絶やさなかったことだけは褒めてやる……!」
「ぐ、あっ、ああああああああああっ……!!」
ぐり、ぐり、と足を地面に擦りつけるようにして体重を乗せ、足を念入りに踏み潰された。
酷い激痛で声が抑えられない。それを楽しそうに見下ろすアッティラを何とか睨みつける。
……そうすることしか、出来なかった。
「思えばお前達には随分と苦労させられた……魔物討伐隊などとふざけた名前で何百年と活動し、魔軍の監視を欺いた……ハハハ……だが、それでも私の手腕に掛かればこの通りだ……! ムシケラはムシケラらしく、ずっと隠れ潜んでいればいいものを、分不相応な願いを抱くからそうなるのだ! ハハハ……! ……まったく……レオンハルト様の許可がもっと早く下りていれば、それこそ早く……100年前には滅ぼせたものだが……」
……な、に……?
聞き捨てならない言葉が耳に届く。アッティラが小声で呟いた言葉だが、その声はしっかりとこちらの耳に届いた。
しかし、どういうことだと声を出す前に、アッティラは気を取り直したようで、もう片方の足を踏み潰し、こちらの意味のある言葉を潰した。
「が、ああああああああっ…………!!」
「フフフ! 悔しいか? 絶望したか!? これがお前達の“現実”だ!! これが“世界”だ!! お前達人間では我々魔物には勝てない! 例えお前のような、兵どもを上回るような人類最強の戦士だとしても、我々のレベルからしたらムシケラ! カス! ゴミクズでしかないのだ!」
「っ、はぁ……はぁ……」
もはや体の感覚がない。
息も絶え絶えだ。激痛は絶え間なく襲ってくるが、それは問題ではない。
何よりも苦しいのは……己の弱さに対してだ。
情けない。魔物に反抗する勢力の、その意志を受け継いできた者として。
これ以上進むことは出来ない。自分はここまでだ。それが理解る。自分は、もうじき死ぬ。
だが、それでも────人類の希望は失われていない。
「……──けるぞ……」
「……何?」
それでも、言う。
声を絞り出し、告げる。
情けないことこの上ないことは分かっている。だがそれでも、言ってやった。
「…………お前達は……負ける……お前達が下に見る……人間の……手によって……ッ!!」
「…………」
アッティラがそれを聞いて、黙る。
虚を突かれた様だった。だが、直ぐに嘲笑う声が漏れ出て、
「……くく……はははは……! 何を、何を言うかと思えば……そんな馬鹿げた妄想を口にするために言葉を絞り出したのか? もはや喋るのも辛そうだが……ははは! やはり人間は愚かだな……!!」
アッティラが嗤う。心底可笑しいと言うように。
「自分で言うのもなんだが……魔物大将軍程度にこの体たらくでどうやって勝つつもりだ? 我々の戦力は圧倒的だ、お前が何百人、何千人といようと、我々は打ち崩せない。叶いもしない希望を夢見るなど愚かだな……! やはり人間は頭が悪い……これで弱いときてるのだから救えないな……ハハハ、愚かな下等生物が……!」
アッティラが嗤う。──言い聞かせるように。
「よくもまあ、そんな妄言を……! 見てろ! お前の前で全て奪ってやる! 大人も子供も老人も、積み上げてきた物も全て、無惨に殺して壊して奪い去る……! 人類文明を破壊し尽くしてやる……!! ほら、どうした? 嫌なら抵抗してみろ。そのゴミのような力で私を退けてみろ! 出来ないのか? ……ああ、悪い。もう立てる力も残っていないんだったな。ハーハッハッハ!!」
その嘲笑う姿を見て、告げてやる。
「…………本当は」
アッティラという魔物の、芯にあるモノを。
嘲笑うように、口の端に笑みを形作り、
「──
「…………あ…………?」
今度こそ、アッティラの言葉が止まった。
しかしそれは一瞬。アッティラはそれを聞いて直ぐに、自己防衛に因るものか、直ぐにそれを笑い飛ばそうと声を上げた。
「……ハハハ!! ハハハハハ!! 何を言うかと思えば……怖い? 何を言っている! 私のような強者が、人間を怖がる理由などないだろう! 愚かだとは思っていたが、まさかそれほどに下等だったとは! つくづく人間は救えないな! やはり殺し尽くしてやったほうが──」
「……ははは……自分が、愚かで下等な人間を歯牙にも掛けない強さだと言うなら……それこそ、殺し尽くそうとする理由なんてないだろう……?」
「……………………貴様」
それを告げると、アッティラの声色が変わった。
先程までの嘲笑う声ではない。真に迫った声色だ。
まるでそれをやめろと、子供のように、聞きたくないと頼み込むような声色。
だが当然、それに構うことはしなかった。
「見ていて……その話を聞いていてなんとなく分かったよ……アッティラ……お前はどういう訳か、人間を怖れている……だから、殺すんだろう? いつか……いつの時代か、人間の中に、自分を……自分達魔物を脅かす存在が現れるかもしれないと……」
「……………………黙れ」
「敵ながら……さっきから聞いていて、哀れというか……必死すぎて可笑しかったよ……。人間を、随分と意識してくれてるんだね……?」
「…………黙れ…………」
「本当に強いなら……それこそ、魔人のように、人間を怖れてないなら……一々目の敵にする必要もない……殲滅にこだわる必要はない……恨みがあるなら別だけど……そういう訳でもない……」
と、なれば。
「本当は怖くて怖くてしょうがないんだろう……? ははは……はぁ……はぁ……なんとも笑えるね……最強の魔物大将軍と人間の中で怖れられるあのアッティラが、本当は誰よりも人間を怖がってるなんて……傑作だ…………なら、この後現れる人間はきっとその怖れを証明して────」
「──黙れええええええええええええええええええええっっっ!!!」
「ッッ──、ぁ……ッ」
瞬間、アッティラはその感情を爆発させ、こちらを思い切り蹴り飛ばした。
意識を飛ばす──いや、飛ばさない。
何とかそれに耐える。もう死ぬ。やがて死ぬ。
だがそれでも……自分が生きている限り、アッティラをここに留めることが出来るなら、やはりまだ死ぬ訳にはいかない。
その時間で多くの人間が救えるかもしれないのだ。
……まったく、自分の弱さが嫌になるね……。
「黙れ黙れ黙れェェ!! こ、のッ……! このっ! ムシケラがァッ!! 黙って聞いてればそんな妄言をよくもォォ……!! 私が人間を怖れてるだと……ッ!!」
「ッ──」
アッティラが己の身体を殴る。蹴る。吹き飛ばす。
身体がボロボロと削れていく。壊れていく。もはや欠損していない部位は存在せず、もう半ば死んでいる。
──
なら死ぬ訳にはいかない。足止めを続ける。
……僕程度じゃ、こうやって足止めするのが精一杯か……。
「クソ! クソクソクソッ!! クソッタレがぁあああああああああ!! お前達人間は……ッ!! どこまで私を怒らせれば気が済むのだ……!! やはり許せんッ!! 人類文明は悪だ!! 人間は殲滅するべきだ……!!」
「────」
もはや、言葉は出ない。出せない。
何故意識があるのかが分からない。もう身体の原型はなく、あらゆる臓器が破壊され、おびただしい量の血を流している。
心臓だってもう動いていない。もう、死ぬ。
だが、こうやっている間は確実にアッティラを留め、人を助けられる確率が上がる。
──なら死なない。勝てないが、少しでも人を助けるために最善を尽くすだけだ。
……でも──ガイ。君ならば……。
「死ね!! 死ね死ね死ね死ねェェェッ!! 早く死ね!! 何度でも死ねッ!! 何度でも殺してやるッ!! どれだけ生まれてこようと、全員殺してやるッ!! だから死ねッ!! お前の様な人間がいるから、私はァァァッ!!」
もう、死んでいる。
頭が千切れて飛んだ。もはや身体に意識はない。死んでいる。
だが……未だ身体に残る何かが己としての自我を保っている。
……きっと君なら、この世界を……大勢の人間を救える。
自分には出来なかった。それだけの力がなかった。
祖先の意志を、血を継いでいるからといって、力が無ければ大事を成すことは出来ない。
他力本願で……自分の力では、ほんの僅かしか救えずに申し訳ないと思う。
しかし、それも悪くなかった。
……結局、血には逆らえなかったってことかな……。
逃げようと思えば逃げられただろう。生き残る道も確かにあった。
だが結局、自分はここに残ることを選んだ。
囮となって敵を引きつけ、時間を稼ぎ、里の皆を逃がす道を選んだ。
勿論、倒せれば1番良かったけど。
……これで良かった。
誰かの為に命を投げ出すなんて、馬鹿げているとずっと思っていたけど。
誰かにその無謀な願いを託すなんて絶対に嫌だと思っていたけど。
でも実際にやってみれば。
──思ったより……悪くない気分だね……──。
だから苦しみはなかった。
最期に、確かに──“彼”の存在を感じたから。
「はぁ……はぁ……ッ!」
その惨劇の中心で、アッティラは息を切らした様に荒い呼吸をしていた。
疲れた訳ではない。戦闘が激しかった訳でもない。
だがその相手の言葉に酷く掻き乱され、ひたすら痛めつけたのだ。
死人、死体同然の人間の男に、ひたすら暴力を見舞い、地面の染みになるまで踏みつけてやった。
だが、奴の首だけが少し離れた場所に転がってしまっている。滅茶苦茶に暴れるように暴力を与えたため、途中で運悪く身体から千切れたのだ。
だが、あれを踏み潰せばもうあの男の痕跡は消える。
「……ハハハ……どうだ……! 私は生き残ったぞ……!!」
アッティラはその男の首も消し飛ばしてやろうと早足で近づく。
再びの笑い声。しかし、その声に余裕はない。
戦闘による傷は殆どないのに、アッティラはまるで、焦燥したように余裕のない様子で笑っていた。
「魔物に反抗するからこうなるのだ……!! 下等な生物の分際で……! 我々魔物に逆らうな……!」
もはや彼は何も答えない。もう死んでいる。
だがそれでもアッティラは続けた。その言葉を否定するために。
「恐怖するのはお前たち人間の方だ……! 下等な人間め……! お前達など、生きてる価値などない……!! 全て私が殺してやる……この、魔物大将軍としての力で……!!」
そう言って、アッティラは右足を上げた。
奴の頭を踏み潰してやろうと。憎しみと怒り。
そして何よりも強い──もう1つの感情を込めて、足を踏み下ろす。
「殺し尽くしてや──」
──だが、
「────
「な……ガあッ──!?」
足を踏み下ろそうとするその刹那。
アッティラは突如として湧いた声と、その何者かに蹴り飛ばされ、約15メートルの距離を吹き飛んだ。
地面を引きずり、建物の残骸を吹き飛ばす。そうしてようやく止まったアッティラは、しかしダメージはそれほどでもなく立ち上がり、自分を吹き飛ばした相手を見た。
「ぐ……何者だ……?」
「…………」
「! ……人間……?」
その者は、何も答えなかった。
だが視界で確認する。
赤く染まった背景。火の粉舞う里の中央。アッティラが殺した男の顔を見下ろすそいつは、確かに人間だった。
顔の右側、右目をその黒い髪で隠した陰気だが若い、容姿の整った人間の男。
その腰元に黒い剣があることから、おそらく人間の戦士。
その者は何を考えているのか、しばらく死んだ男を眺め続けていたが、やがてこちらを見ずに声が飛ばしてきた。
「……お前は、魔物大将軍か?」
「……そう、だ、が……貴様は……──」
と、そこまで言ったところで思い出す。
黒髪の、右目を隠した黒い剣の剣士。
それは確か、事前に情報にあった男で、
「……ハハハ! そうか、貴様がガイか!!」
「……だとしたら?」
その返答に、やはり、とほくそ笑む。
この人間こそが、レオンハルトが捕らえてくるようにと命令した──その標的。
全て殲滅する気でいたし、そもそも見つからないだろうからどう言い訳しようかと理由を考えていたところだが、こうやって見つけられたのは僥倖だった。
「私と一緒に来てもらおうか!! ──いやなに、返答は言わずともいい! 無理やり捕まえて連れていくだけだからな!」
「…………」
少々痛めつけるが構わないだろう? と敢えて相手に問いかけると、そのガイと思わしき男はやはり無言のままこちらを見ようともしない。
舐めているのだろうか。それとも、恐怖で身を竦ませてしまったか。──まあ何でも構わない。とにかく、こいつは適度に痛めつけてからレオンハルトに差し出そう。
「良かったな人間! この場所で生き残るのはお前だけだ! ハハハ! 嬉しいだろう? お前だけが生き残れるのだからな!! ハハハハハ!!」
「……そうだな。違いない」
「ハハハ! 分かってるではないか! 弁えてる人間は嫌いではないぞ! ──どちらにせよ、腕の一本や二本は」
引き千切ってやるがな……!!」
と、アッティラは背中の砲塔によって加速し、その男に向かって凄まじい速度で拳を振り上げた。
──だがしかし、アッティラは直ぐに気づく。そうするべきではなかったと。
己を吹き飛ばした相手であるということもそうだが、彼の目を、その気迫を見て、気づく。
その人間の男は、まさしく──
「──この場で生き残るのは……
「……へ……?」
一瞬。アッティラが気づくことの出来ないその一瞬で。
アッティラはその足と砲塔を斬り飛ばされた。
「──ッ!!?? ガアアアアッ……アッ……!?」
理解が及ばない。
酷い痛みが、それこそ、アッティラが感じたことがなく、ただただ与えるばかりだった類の痛みがアッティラを襲う。
しかし、何故、と。
アッティラは人間の力量を正しく理解している。
それこそ、何百年と戦ってきたのだ。ある意味、どの魔物大将軍よりも人間のスペックに詳しい。
だからこそ、どれだけ強くとも魔物大将軍の身体を一太刀で斬り捨てるなど、出来る筈がないと思っていた。
だがしかし、現実にそれが起こった。
機動力を失い、地面に倒れ込むアッティラは何とか、辛うじてそれを理解しようとする。
だが、それで出てきた結論は、
「……ま、まさか……貴様が……」
「…………」
アッティラは冷たい目でこちらを見下ろすガイを見上げる。
それはまさしく、人間だった。
魔物を殺すこともなんとも思わない。それでいて、魔物大将軍である自分をいとも容易く蹴散らしてしまえる人間。
──かつて、アッティラが見た人間と同じであった。
「……あ、あああああああああああああああああっっっ!!!」
アッティラは叫んだ。
みっともなく、かつて自分が痛めつけてきた人間の様に。
もはや戦う気も起こらない。眼の前の人間には勝てないと理解しているからだ。
だからアッティラが行うのは、かつての自分や、自分を痛めつけてきた人間と同じことで、
「や、やめろ……! やめてくれ……!! 殺さないでくれ……!!」
──それは、ただの命乞いだった。
いっそ哀れに思えるほど、アッティラは魔物大将軍には似合わない、何の変哲もない命乞いをガイに行った。懇願するように。頼むから見逃してくれと。
──だがそれを受けたガイの表情は、どこまでも冷たかった。
「…………」
「ひ、あ……い、嫌だぁぁぁ!! 死にたくなぁぁぁい!! そんな眼で私に近づくなぁぁッ!! あああああああああ!!」
「…………」
ガイは何も口にしない。
ただアッティラに近づく。左手にその黒い剣を握り込む。
その表情には何もない。何も窺えない。
──彼の心情は、今や虚無だった。
あるのは強い決意のみ。このような惨劇を作り出し、人間を苦しめる魔物を殺し、この悪意に満ちた世界を──
「…………死ね」
「嫌だぁああああああああああああああああああっっっ──!!!」
────終わらせる。
ガイの剣が魔物大将軍の本体であるコアを斬り裂く。
──それは決意であり、最後であり最初の一歩だった。
この瞬間、ガイは一線を越えた。
もう振り返れない。
人として、必要なモノを全て捨て去ることを決めた。
自分の大事なモノは全て捨て去ることを決めた。
何故なら自分はもう──人ではない。
人を越える力を手に入れた。
だからこそ、己は人と交わってはならない。
人でありながら人ではない者として在る。
ただ使命だけが己にはある。
今までの自分ごと、全てを過去にするのだ。
人々を苦しめる巨悪を倒し、この世を終焉に導く。
自分の大事な何かを守る。その為だけに、
「…………もういいのか、ガイ」
「……ああ。もう、行く」
「……ふー……そうか」
ガイの左手にある魔剣──カオスが深い息を吐く。
彼もまた、使い手の強い覚悟を感じ取り、覚悟を決めたのだ。
だからもう何も言わない。これより先は、かつてカオスがそう決めて進んだ様に、人を捨てた修羅の道だ。
そのたった1つの目的の為に突き進む。
ただ、懸念があるとすれば──ガイの精神が、怖ろしい程に安定していることだ。
これほどの事態を目の当たりにしておきながら、一切揺らいでいない。動揺していない。
何も感じていないのではないかと思うほどだ。
だが、カオスは憂慮しながらもその懸念を呑み込むことにした。
彼も耐えているのだろう。その胸中を態々突く必要もない。
ガイはもう覚悟を決めているのだと、カオスは未来へ目を向けることにした。自分だけは一緒にいることになるのだから、せめて会話することで気を紛らわせてやろうと、
「……魔軍はもう撤退するようじゃが……どうする?」
「……捨て置く。魔女の案内通り、一度地下に潜って、それから……終わらせに行く」
「……そうか」
カオスが頷く。そもそも自分達がここに来る理由となった理由。いつの間にか忍ばされていた魔女の手紙が、どこまで信用出来るかという問題はあったが──それもどちらでも問題ないのだ。
仮に何の収穫が無かったとしても、然るべき後に決戦の地に赴くことに変わりはない。
故にガイは、その場を後にした。
魔物大将軍を倒した経験は得た。通用するという確信も得た。
──魔王は倒せる。その確信を以て、ガイは決意した。
見る影もない隠れ里。そして見知った相手の亡骸を振り返ることは、もうなかった。
というわけでアッティラさん退場。ガイ君が強いだけで彼は実際に強かったのです。メンタルがアレだけど。
というわけで次回はこの続きから。事後処理とか残ったハンティとかカイゼルとか、その他諸々です。決戦まで後2話とかかな?