──GL6XX年。大陸南部。
現在の大陸は全て、魔物界である。
600年以上昔、前魔王ナイチサの時代にはまだ人間界が存在したため、魔物界という呼称も括りも存在していた。
しかし今は大陸全てが魔軍の支配下にある。
ゆえに魔物界という呼び名も今や過去のものとなっている。
それでも魔人が昔の癖で大陸を魔物界と呼ぶことはままあることでもあった。
そして今の大陸、魔物界は概ね5つに区切られていた。
厳密には20数個存在する人間牧場を担当する魔人達がそれぞれの区域を自らの領土のように管轄し、支配しているが、その中でも更に大きな括りがある──魔人四天王と魔人筆頭による括りだ。
まず──大陸西部を魔人カミーラが。
次に大陸北部を魔人ケッセルリンク。
大陸南部を魔人ケイブリス。
そして大陸東部を魔人ノス。
最後に魔王城周辺区域──大陸北東部を魔人レオンハルトが治めていた。
魔王からの指示は全ての魔人、そして魔軍に通達されるが、厳密には魔人筆頭兼魔軍参謀である魔人レオンハルトが具体的な指示として各魔人とその下にいる魔物大将軍らに伝えることが多い。
何しろ現在の魔王ジルは統治に興味がなく、人間を苦しめられればいい。人間をその手で苦しめ、その慟哭や悲鳴、断末魔を自ら眺めることが出来ればそれでいいのだ。
ゆえに具体的な統治の方法や細かいルールは魔人レオンハルトが魔王ジルに伺いを立てた上で決め、各魔人、魔軍に指示を出していた。
とはいえ魔王ジルの治世が始まって500年以上、特に大きな問題もなく、魔人の招集や命令もほぼない。
魔物視点では至って平和──と言っても差し支えがなかった。
──だがつい先日のことだ。とある指示が魔人レオンハルトから全魔人、魔軍に通達された。その指示はこうだった。
『──全ての魔人は自らの居住場所、あるいは安全と認識する場所に籠もり、魔王城及びに該当区域の立ち入りを禁ずる』
その指示に、魔人達は一瞬、理解が及ばなかった。なぜそんなことをしなければならないのかと率直に思った。
だが魔人達は遅れて耳に入ったその報告によって、その理由を理解する。
その報告とは──魔物大将軍アッティラが人間の手に掛かり、死亡したことだ。
魔物大将軍。それは魔軍においても同時に7体までしか存在することの出来ない替えの利かない特別な魔物である。
その業務は魔軍を指揮すること。魔物将軍は魔物兵2万体までしか統率することは出来ないが、魔物大将軍にはその上限はない。
そして当然、弱くはない。無敵結界こそ存在しないが、その強さは魔人級と称されることもある。
だから当然、人間に負ける筈などない。ありえない事態であった。
……しかし歴史を紐解けば、魔物大将軍が人間に負けたことはある。
魔人すら負けたことがあるのだ。絶対はない。人間に負けることも500年もすればあり得ないとも言い切れないだろう。
多くの魔人達はその報告と推測、そしてその指示によって理解した。
おそらく──魔人レオンハルトがその人間を対処しようとしているのだと。
それは見ようによっては他の魔人を侮辱しているようにも取れた。人間如きに負ける可能性があると。
だがレオンハルトほどの魔人に指示されてしまえば言うことを聞く他ない。レオンハルトの機嫌を損ねて良いことなどない。
長く生きる魔人ほど、そのことを知っていた。……一部の魔人はその指示に従わずに好きに過ごしていたりもしたが、それでもレオンハルトが魔人筆頭であり、魔人最強であることは疑いようのないことである。
ゆえに魔人達はその指示に半ばほど従った。魔王城周辺の大陸北東部には近づかない。もし近づけば後日、レオンハルトが罰を与えるという。
レオンハルトがそうやって罰則を指示に言い含めるのは稀であったが、それほどの事態なのかと一部の魔人は思ったし、他の魔人は何か理由があるのだろうとレオンハルトの指示を信頼した。
だがその指示を信頼していない、そしてレオンハルトそのものを軽んじている魔人がいた。
「──は──ぁ──い。久し振りー。ケーちゃん遊びに来たわよー」
「あぁ? メディウサ、なんでここにいやがる。今は謹慎期間だろうが!」
間延びした声で大陸南部──魔人ケイブリスの根城に遊びに来ている魔人メディウサだった。
彼女はいつも通り、気楽な様子で異形の魔人ケイブリスの部屋に立ち入る。
醜く下衆。器が小さく、それでいて強さ自体は魔人四天王に連ねるケイブリスのことを嫌う魔人は多く、近づく者は少なかったが、魔人メディウサはその少ない魔人の1人だった。
2人はウマが合う。友人……と可愛い関係は名称として不適切かもしれないが、悪友には違いなかった。
そして悪友らしく、ケイブリスは突然訪問してきたメディウサに乱暴な言葉をぶつけた。そしてメディウサもカラカラと笑って間延びした言葉で答える。メディウサは退屈そうだった。
「だってー。レオンハルトの奴がこっちに行くな、あっちに行くな。安全な場所にいろってうるさいし、面倒だから……遊びに来ちゃったー♪」
「来ちゃったーじゃねェんだよ。レオンハルトの指示には従っとけ。安全な場所にいろってんだよ」
「だからほら、ケーちゃんの側なら安全でしょ? 魔人四天王最強? だしさ。ここも安全だし、指示には背いてない」
「けっ……別にいいが、もし何か言われても俺様は庇わねェからな。俺様に責任を押し付けやがったらタダじゃおかねェぞ」
「しないわよー、そんなこと」
メディウサは心外だったのか、頬を膨らませて抗議する。しかしケイブリスは信用していないようで、虐め終わって死んだ人間の亡骸をぽいっと部屋の隅に投げ捨てた。
部屋の中には死臭がする。人間の死体。何日も放置している訳ではないが、血の匂いが充満し、時折死に損ねているのか「ぅ……ァ……」と呻き声が聞こえる。1番不幸なのは死ねてない人間で、1番幸福なのは死ねている人間。
人が見れば口元を押さえ、その非道な行いに怒りを憶えるだろうが、2人は魔人。それも人間を魔人が楽しむための玩具、あるいは奴隷として見ている真っ当な魔人であり、その趣味の悪さも似たようなもの。
ゆえに特に居心地の悪さを覚えることもなく、平然と会話に興じた。メディウサが人間の腕を軽く足で避けてケイブリスの近くにあった椅子に腰掛ける。
「……というかさー」
「あ? なんだ? 手遊びに人間が欲しいってんなら自分で取ってきやがれ」
「そうじゃなくて。前々から思ってたけど……ケーちゃんってば、レオンハルトにビビり過ぎじゃない?」
「…………は? メディウサ、テメェ……何言ってんだ?」
ケイブリスは一瞬、何を言ってるんだこいつ? という目でメディウサを見る。思わず人間の女性を嬲る触手の動きが止まった。
だがメディウサは何もおかしなことを言ってはいない。平然とした様子で続ける。
「そりゃ魔人筆頭だし、確かに強いんだろうけどさー。……ぶっちゃけ、私からするとケーちゃんとかとそんなに変わらないように見えるっていうか……何ならケーちゃんとかノスの方が強そうに感じるのよねー。だからケーちゃんがそこまでビビり散らかす必要ないと思うんだけど……」
メディウサは率直に自分の意見、感覚から感じたことを告げた。
言葉通りである。メディウサは、魔人レオンハルトの強さを理解していなかった。そのことに、ケイブリスはもう一度間を置いてメディウサに尋ねる。
「……おいメディウサ。頭がおかしくなったのかテメェ」
「おかしくなってないわよー。だって私、レオンハルトが戦ってるところなんて一度も見たことないし。そもそも本当に強いの? 私からすると、ただの巨乳好きの堅物って印象しかないんだけど」
メディウサが続けて理由を述べる。
レオンハルトが戦っているところを見たことがない。そして、メディウサにとってレオンハルトという魔人は、魔王ジルのお気に入りであり、取引によって人間の美女。それも巨乳の美女を渡すだけの間柄である。
ゆえにメディウサは考えたのだ。もしかしたら魔王ジルに気に入られたからこそ、未だその席に就いているだけで、今はもうとっくに実力が逆転しているのではないかと。
実際、今魔人の中でその強さが有名なのはノスやケイブリスだ。メディウサもこの2人についてはその強さをよく知っている。そしてその強さを知っているからこそ、あの大人しいレオンハルトがこの2人より本当に強いのかという疑問を持ち始めていた。
最古参の魔人、ケイブリスであれば何かを知っているのか、あるいはその強いというイメージが先走って過剰にビビっているだけなのかと。
だがケイブリスはしばし、息を止め……そしてややあって息を吐き、そしてそのメディウサの言葉を返した。
「メディウサ……テメェ……何も分かってねェな……」
「そう? じゃあレオンハルトの何が強いのよ? わかりやすい特殊能力なんかも聞かないしねぇ……?」
「あいつの……レオンハルトの何が強いか……」
「ほら、すぐに出てこないじゃない。やっぱりケーちゃんより弱いんじゃないの?」
ケイブリスが考え込んだところで、メディウサがすかさずそう言う。
しかしケイブリスは答えた。違ェ、と。
「──強みが
「は……? い──いやいや、そんな訳ないじゃない。レオンハルトの強みなんて、精々剣術くらいでしょ? 剣なら私やケーちゃんだって使えるじゃない」
メディウサは一瞬呆気に取られたが、すぐに剣如きが何だと言うのだと返す。
魔人には多くの特殊能力や技能が存在する。メディウサとて、石化という力を持っている。通用すれば一撃必殺と言っていい能力だ。
魔人四天王ともなればその技能や能力は多数存在する。ノスの膨張硬化やケッセルリンクの多彩な能力などに、ただの剣士でしかないレオンハルトが有利に戦える光景が浮かばない。
「その剣が訳が分からねェからな……」
「? 剣が訳がわからない? ──ああ、魔剣のこと? 噂でしか聞いたことないけど、もしかしてそっちにヤバい能力でもついてんの?」
「そうじゃねェ!! レオンハルトの剣はな……とにかく、意味がわからねェんだよ!!」
だがケイブリスはそのメディウサの意見を真っ向から否定する。
レオンハルトと戦う上で、最も厄介なのはあの剣術なのだと。
「まずよ……そもそもレオンハルトの野郎が大人しいと言うが、そこがそもそも違ェんだよ。あいつは大人しいんじゃねェ。完全に殺気とか気配とか破壊衝動とか……そういうのをコントロールして抑えてやがんだ」
「はぁ? じゃあなんで戦わないのよ。あいつ、よくレキシントンとかレイから喧嘩売られてるけど無視してばっかって聞いてるけど?」
「……例えばだ、メディウサ。人間のガキとか……いや、蟻だな。蟻に喧嘩を売られたとして、喧嘩を買ってやろうなんて思うか?」
「……は? 何言ってんのケーちゃん。買う訳ないじゃない。もし売られたら踏み潰して終わりよ」
メディウサはケイブリスのその馬鹿らしい質問に呆れ気味に答える。
自分は魔人だ。人間も相手にならない。魔物も相手にならない。勝負の相手になるのは最低でも魔人であり、その魔人も20体程しかいないのだ。戦える相手など世界中を見渡しても極僅かである。
ましてや蟻に喧嘩を売られたところで、踏み潰すだけだ。なんなら相手にしないかもしれない。
「──それと同じだ」
「え…………」
メディウサがその一致を理解した時、ケイブリスは言った。
「レオンハルトにとって殆どの魔人は、
「は…………いやいやいや! 幾ら何でもそこまでじゃないでしょ!? そんな魔王じゃあるまいし……!」
「さっきの話の続きだがな。あいつの剣術はよぉ……見えねぇんだ」
「ッ……見え、ない? 速すぎるってこと?」
「それも合ってる。俺様も昔はそう思ったぜ……レオンハルトの剣は速すぎて見えねぇ!! だから見えるくらい強くなれば、多少は勝ち目が見えるかもってな!」
もっとも、ケイブリスは完全に勝ち目が出てくるまで戦いたくない性格をしているが、それはそれとしてレオンハルトと仮に戦うのならば剣が見えなければ話にならないと思った。
ゆえに剣が見えるまで強くなった。そう、実際にケイブリスはそこまで成長した。
「そんで俺様は実際に見えるようになったんだぜ? メチャクチャ頑張って強くなったぜ。レオンハルトの剣も、見えるようになった」
だが、
「だけどなぁ……剣が見えたら……今度はもっとよくわからなくなっちまった」
「……わからない?」
ああ、とケイブリスは頷く。その経験を思い出し、その異形の手を震わながら、
「見える、そう見えるんだ! 剣が右から来る!! そしたらそりゃ右から防御するだろ!? んなもんどんなバカでもわかる!! あるいはその軌道から逸れて躱すかだ!」
「……そしたら?」
「そう、そしたら……
「────は」
メディウサは今度こそ、その荒唐無稽な話に言葉を失う。
……剣が右から来たと思ったら左から来た?
意味が分からない。矛盾している。過程と結果が結びついていない。
だが言うのだ。ケイブリスは。それが、レオンハルトの剣だと。
「だが別に逆側から必ず来るって訳じゃねェぞ!? 要はどこから剣が飛んでくるか全然わかんねぇってことだ!」
「……実はもっと速く剣を振れる……とか?」
「その可能性は確かにある!! ──が、それはそれで訳が分からねぇことに変わりはないだろうがよぉ!! 剣を振ったところが見えても、どこに剣が来るかわからねぇし、なんなら斬撃が同時に二つ来ることだってある! 剣は確かに一つしか持ってねぇのにだ! かと思えば剣からビームみたいなの出しやがるしよぉ! あいつの剣は理不尽の塊だ!!」
「…………」
メディウサは何も言わなかった。ケイブリスが思い出してか、酷く苛つき、それでいて怯えていたから。
メディウサが知る良しもなかったが、ケイブリスはレオンハルトに訓練をつけて貰うことがある。ケイブリスはその時の訓練の記憶を思い出し、その理不尽さに畏怖を呼び覚ましていた。
「わかるか!? 剣が見えたところで、別に意味はねーんだ!! その剣に対応出来なきゃ意味がねぇ!! だってのにあいつの身体能力は元人間とは思えないほど強ぇし! 魔法だって十分強ぇ! おまけに分身だ分身!! ふざけんな! どうすりゃいいんだあんなの!!」
ケイブリスは思わず力が入り、周囲にいた人間の女を殺してしまう。しかし気づかず、ケイブリスは頭を抱えて怒鳴り散らした。
だが少しして、ケイブリスも落ち着く。その時には、部屋にはメディウサしかいなくなっていた。
「ゼェ……ハァ……しかもだ……レオンハルトは全然本気を出してねぇ。魔人との喧嘩や訓練じゃ本気も出さねーのよ……まだまだ底がありやがる。あれじゃまだまだ追いつけねェ……ある程度追いついたと思ったが、どう考えても千年コースなんだよあれは……いや、それでも追いつけねェかもな……」
「…………あはは! 冗談みたいな話だけど……冗談だったりする?」
「別に信じなくても構いやしねぇが忠告しとくぜ……おれなら絶対に戦わねぇし、逆らいもしねぇ。おれ様が超えるか、隙を作れば……いや、作ってもどうだ……?」
「……なら他力本願にでもなったら? ほら、魔物大将軍とやらを倒した人間とやらが倒すかもしれないじゃない?」
「ありえねぇな……レオンハルトが負けるなんてありえねぇ。もし負けたっつっても、生きてんならおれはレオンハルトがおれ達を油断させる罠や仕掛けなんじゃねーかと疑うぜ……あれでバカならまだやりようはあった気がするが、頭まで回るんじゃどうしようもねーのよ」
「……じゃ、魔王様に殺してもらえるように願ったら?」
「それなら……いける……よな? まさか魔王にまで勝てるはずはねぇ……そう、絶対にありえない……よな?」
「よな、って……当然なんじゃないの?」
「クソ……レオンハルトの奴の底知れなさを考えるとそれでも不安になっちまう……!」
「不安なら人間でも虐めて気を紛らわせたら?」
「あ、ああ……そうだな──って、あれ?」
ケイブリスは周囲から人間を手繰ろうとして、しかしいないことに間の抜けた声を出す。
そんな中、メディウサは内心でそのケイブリスの話を思案していた。
……本当に、そんなことがある?
レオンハルトがメチャクチャ強い。ケイブリスがそこまで言うってことは本当に?
だが考えても実際に見ないことにはわからない。
「──ま、ケーちゃんビビリだし……そこまで恐れる必要はやっぱない……かな?」
人間を取りに部屋の外にいる部下を呼び出しにいったケイブリスを見ながら、メディウサは少し怪しく思いつつも相変わらず楽観的にそう呟いた。
「──アレは…………化け物だね……」
その呟きが鳴らされたのは──奈落。
声の持ち主は回廊の高い位置。物陰に潜み、その人間を観察する黒髪カラーの使徒。
使徒ハンティは現在、主の命によってそれの監視任務に就いていた。
彼女がこういった任務に従事することは珍しくない。
最強の使徒と呼ばれるほどの戦闘力を持ち、瞬間移動を始めとする様々な魔法を扱えるハンティは監視や偵察、諜報にうってつけの人材であった。
主である魔人レオンハルトからも重宝され、信頼されている。
そのため最重要とされるその人間を監視していた。
だが彼女はここ一ヶ月のその人間──ガイの行動とその実力を見て、戦慄する。
額に汗を掻いて、思わず苦笑い。強い相手は好きで、なんなら好戦的に笑みを浮かべるのが癖となっているハンティだが、さすがに成した出来事は冷や汗を掻かざる得ないものだった。
「まさかあの汚染魔王……アベルを倒すなんてね」
そう。たった今の話だ。
ガイが奈落の最下層に於いて、封印された汚染魔王アベルを倒した。
あのライゼンに魔人四天王総掛かりでも苦戦し、長時間戦った相手。それを数時間足らずで打倒してしまったのはただの人間であるガイ。
魔物大将軍を倒したまではまだそれほどの脅威ではないかもしれないと考えたハンティだったが、その戦いを見て認識を改めた。
「ははは……何、あの魔法……? それに動きが見えなかった……!」
ハンティは思わず乾いた笑いを漏らす。
ハンティは己の強さに自信を持っている。あのレオンハルトと模擬戦が出来るのも自分だけ。魔人が相手だろうと負けやしない。
ましてや人間相手に後れは取らない──と思っていた。
「まさかまだ私が知らない魔法があるなんて……あれはオリジナル? ……いや違う。あんなのを人間が、たった数年か数十年の月日で作れるものじゃない……」
そして魔法において、ハンティは誰にも負けない自信があった。
魔法の知識。特定分野においては共同研究者であるガウガウ・ケスチナなどハンティを凌ぐ者も存在するが、単純な魔法戦闘においてハンティは誰にも劣っていない自負がある。
自分が使う瞬間移動でさえ、他の者には使えないし、それ以外にも様々な独自の魔法を扱える。
しかしその人間ガイが使う魔法はハンティの知識、才能を以てしても真似できない。
仮に同じ魔法を編み出そうとしても、最低でも何百年、あるいは千年以上の年月が必要かもしれない。
だがガイは扱っている。何十もの絶大な効果を持つ魔法を。
「それに見たところ、何かしらのデメリットがあるはずなのに……それを背負ってる様子が見られない」
そしてそれだけの魔法。ハンティが簡単に解析しようとしてみたところ、どうやら禁呪と思わしき魔法の様で、何かしらのデメリット……例えば廃人になるような精神汚染など、何かしらのデメリットがあるように思えた。
しかしガイは正常だ。少なくとも、見た限りでは異常な様子は見られない。
そしてそれが何よりも不気味だった。──まさかデメリットすら克服してる?
「まったく……たまにこういう規格外が現れるんだよね……人間ってのは……」
ハンティは目を細め、険しい表情を浮かべる。あれだけの人間は久し振りだ。
人間は弱い。一般の魔物兵にすら敵わず、魔物隊長に勝てる者は更に少なく、魔物将軍を討てるほどの人間など一国に数人程度しかいない。
そして使徒や魔人を倒せる者など普通は現れないのだ。
だが……数百年。あるいは千年に1人。一時代に1人は規格外が現れる。
千年以上昔、人間界を統一した藤原石丸然り……魔王ナイチサに瀕死の重症を負わせた勇者クエタプノ然りだ。
元魔人の中にはそういった魔人に匹敵した人間もいた。ガルティアやパイアールなどがそうだ。
そう、規格外なのだ。普通の人間としては測れない。
そしてハンティの見立てでは、ガイの強さは──
「……届き得る……かもしれないね……!」
自分で言っていて信じられないことを呟く。
そう、ありえない。ありえない筈なのだ。
ハンティは自分の主人──魔人レオンハルトの強さを1番理解している。
剣術は言わずもがな、魔法も高いレベルで習得しており、隙がない強さを持つ。
ハンティの瞬間移動にも対応し、汚染魔王のアベルも弱っていたとはいえ一蹴してみせた。
魔物界にレオンハルトに敵う相手は存在しない。あるとすればただ1人──魔王くらいだ。
ただその魔王でさえも……レオンハルトであれば、と考えてしまう。
地力、スペックの高さで言えば魔王の方が上だが、数千年の戦闘経験に技術、戦術も含めて考えれば……レオンハルトは、魔王を倒し得る。
最強の魔人はレオンハルト。最強の剣士もレオンハルトで、この地上で最強の戦士はレオンハルトだ。
……正直、レオンハルトがどれだけ人間を信じようが、レオンハルトに敵う人間が現れるというのは半信半疑であった。
ハンティも信じてはいたが、本当に現れると勘弁して欲しいと思ってしまうのだ。
そう──ガイは、
危険な存在だった。レオンハルトはガイと戦おうとしている。
だがハンティは思う。使徒として……それを許していいのかと。
「ッ……今ここで、不意を討てば……あるいは……」
使徒としての本能がハンティの腰元の剣に手を伸ばさせる。
主である魔人に仇なす存在を、今ここで討てと。
それが出来るかどうかはさておいて、ハンティはその意志を持ってしまった。
だが、
「いや……それは軽率過ぎる……」
ハンティは肩の力を抜いて、剣に伸ばそうとしていた手を止める。
手汗が酷く滲み出ていた。ただの人間相手にここまで緊張したのはそれこそ数百年ぶりだ。
「レオンハルトが負ける筈ない……そう、どれだけ禁呪を使っても……
ハンティは自分の異空間で模擬戦をした時のレオンハルトを思い出し、やはり負けない筈だと思う。
──あの本能が恐れる強さを思い出し、ハンティはまた別の嫌な汗がにじみ出るのを自覚する。
人間ガイは、魔王ジルにすら打ち勝ってしまうかもしれない。
だが魔王の前にはレオンハルトがいる。魔王ジルがどうなろうとハンティ的には構わないが、ガイではレオンハルトに勝てない。
「人間を救おうとする意志は立派だし惜しいけどね……でも挑むなら、その時は地獄を見ることになるよ……」
ハンティは離れた位置から、ガイに忠告する。
聞こえる筈がない忠告だが、それでいい。届いてくれても届かなくてもどっちでも良かった。
ガイが奈落から立ち去ろうとしている。次の行き先はおそらく──魔王城。
魔王城には魔王ジルと、異空間で己を研ぎ澄まし終えた最強の魔人レオンハルトが待っている。
挑めばその結末は決まっている筈だ。
しかしそれもまた、レオンハルトの望みでもある。
「……でもまあ挑むなら……精々底を引き出せるように願ってるよ」
ハンティはその主の願いを呟き、その場から一瞬でかき消えた。自分の役目はもうほぼ終わった。
──そしてこれからは……誰も立ち入ることの出来ない最強同士の戦いが始まる。
──人間を救おうとする最強の戦士と、世界の秩序を守り、エゴを貫き通そうとする最強の魔人。
──ガイが汚染魔王アベルを倒して3日と13時間と27分後……彼らは遂に対峙するのだ。
お久しぶりです。黒岩です。遅くなって申し訳ない
リハビリがてらぼちぼち投稿しときますねって。
感想、評価、良ければお待ちしております。