このルドラサウム大陸において最も高いその頂きに、彼はいた。
「────」
その山の名は……“翔竜山”。
大陸の中心にそびえ立つ御山であり、多くのドラゴンが住まう非常に危険な山である。
歴史においてこの山の頂上に辿り着いた人間はいない。その理由は険しい山道やドラゴン、魔物に行く手を阻まれるなど多岐に渡る。
だがそれらを乗り越えたところでこの山の頂きに立つ資格を持つことは出来ない。
山の頂きに至るには王を倒さなければならない。
そしてその王の座にはかつてはドラゴンがいた。
だが今は違う。この山に君臨していた者は人であり魔である者に倒された。
大陸の支配者たる魔王。その魔王から血を分けられ魔人となった人間である“剣の王”。全魔人の頂点に立ち、魔軍の指揮者。
その男こそ──魔人レオンハルト。
金髪灼眼。整った顔立ちを持ち、黒と赤を基調にした礼服。軍服にも似た衣服に身を包んだその男は一見して普通の人間と変わらない。
だがその身から発する威容は紛れもなく人外の物だ。幾度となく死線を乗り越えた歴戦の戦士でさえ、魔人の前に立てば身を竦ませる。
魔人の中での強者。魔人四天王に数えられる者達と相対すればそれだけで死する可能性もある。
そしてこの魔人を前にすれば、自ら膝を屈して心を折る。頭を垂れて忠誠を誓う。
2000年以上もの間、魔軍を差配し、幾万もの戦いに勝利し、魔人の頂点に立ち続けてきた男の気配はそれほどの特異性を持っていた。
ゆえに知性を持たなくなったドラゴンでさえ、山の頂点にて立つこの魔人には近づかない。
近づけばどうなるか。それを本能で理解しているから。その証拠に──
「──ッ!!」
──その鋭い双眸が見開いた瞬間。眼下にある雲海が2つに分かたれた。
数十キロ。いや、あるいはそれ以上。一瞬にして分かれた雲海。その現象を起こしたのは紛れもないこの魔人。
だがレオンハルトが何をどうしてこの雲海を断ち切ったのか。その謎を解ける者は数少ない。
人間であれば今の光景を眼に収めていたとしても何が起こったか分からないだろう。レオンハルトは腰に剣を差していない。その手には何も持っていない。世界最強の剣士と称されるレオンハルトだが、その代名詞とも言える剣はどこにも見当たらない。
だが雲海を断ち切ったのは間違いなく、レオンハルトが放った斬撃だった。それが分からない者に、この魔人に挑む資格はない。
そしてその絶技を仮に理解したところで、心が弱ければ挑むことも出来ない。そしてそれを乗り越えて挑んでも、力が足りなければ屍になるだけ。
まさしく魔人の所業だ。人では辿り着けない最高峰の力。
「相変わらずメチャクチャな剣だね」
そしてその力を目の当たりにし、慣れたようにフランクな口調で称賛し、現れたのは黒髪の美女だった。
額にクリスタルを持ち、長耳の女性だけの種族。カラーと思われるその美女だが、青い髪を持つカラーの特徴とは違う黒い髪を靡かせている。
そして何より異常だったのはその美女がこの場に現れたその方法。一瞬という言葉すら正しくない。現れたことに誰も気づけない。現れてからしか気づくことの出来ないその魔法を用いた移動方法。その尋常ならざる魔法の腕。
そして魔人には劣るがその美女もまた魔の気配を漂わせていた。その美女の名を魔人は呼ぶ。
「……ハンティか」
レオンハルトはその美女。自らの血を分けた魔人の使徒であるハンティの名を口にすると翔竜山の尖った頂上から立てるだけの台地に降り立つ。
そしてハンティの顔に視線をやるとその表情は──呆れていた。
「いや、ハンティか──じゃなくて。どんだけ長いこと修行してんのさ」
ハンティはその理由を口にする。レオンハルトが修行に出ると言ってから1週間。その間ずっと居城である紅魔城には帰ってこず、ここで修行をしていたレオンハルトにハンティは息を吐く。
「あんたが修行してる間、こっちは大変だったんだけど? あんたのガキが暴れたり脱走したり使徒を連れてきたり、それを知ったハウゼルやサイゼルがてんやわんやでなぜか喧嘩になったり、ガウガウが新しい魔道具の実験に行くとかいって勝手にライゼン使ってどっか行ったりするしペールとインデックスがあたしの変な本を流通させようとしてたからとっ捕まえたり、ガルティアはあんたに頼まれた用事が終わったらいつも通りずっと飯食ってるしケッセルリンクは落ち着いてるし──」
「……そうか。大変だったな」
「あたしの苦労を一言で終わらすな!」
ツッコミ代わりの“雷撃”がレオンハルトに向かって飛ぶ。その雷撃もレオンハルトに当たる直前で斬り払われた。
とはいえ何もしていなくても魔人の持つ無敵結界によって攻撃は防がれるとはいえ……ハンティは怒りの矛先を見失って拳を握り込む。
だがその前にレオンハルトが息を入れた。先程までの研ぎ澄まされた空気を僅かに緩めて告げる。
「わかった。俺が悪かったからそう怒るな」
「別に怒ってない。怒ってないから今度あたしと一戦しなさいよ」
「相当ストレスが溜まってるな……だが、わかった。それは了承しよう」
「お、言ってみるもんだね」
戦闘狂であるハンティの願いをレオンハルトが聞き入れればハンティもけろっと怒りを収める。それを見てよくハンティと距離が近いペールやインデックスやガウガウが言う“カラーゴリラ”という呼び名が頭に浮かぶが……それを言えばハンティがより怒りに燃えるのは分かっているためレオンハルトは何も言わない。
それに、だ。それよりも重要なことがあった。レオンハルトはハンティに尋ねる。例の人間のことを。
「それより……首尾はどうなっている?」
「ああ、うん。順調って言っていいかは分かんないけど……順調だよ。大将軍アッティラを退け、奈落でアベルを何度も地につけてたしね。確かにあんたの言う通りやばくなってるよ。あの人間……ガイは」
そう──ガイのことだ。
20年近くハンティに命じていたガイという人間の監視任務。
その長きに渡る任務が遂に終わりに向かっていた。その理由をハンティは口にする。ある占い師の予言。その通りになっていると。
「現在の位置は大陸南東部。南から北上して……魔王城に真っ直ぐ向かってる。狙いはやっぱ魔王だろうね」
「そうか。周囲の人間牧場及び魔軍の被害状況は?」
「そっちは被害0。魔軍に所属してない魔物の被害はあるけど人間牧場に近づく気配すら見せないね」
「眼中に無し、か」
レオンハルトはガイの動きを端的に口にする。
その理由もよく分かった。大義のためには犠牲を認めなければならない時もある。
魔物兵をどれだけ倒してもキリがない。どれだけ魔物を倒そうと、魔人を倒そうと魔王を倒さなければ意味はないのだ。
人類が古来よりずっと行ってきた魔軍に対する有効な首刈り戦術。それをガイは行おうとしている。
「魔王ジルの討伐だけを狙ってる。それは間違いないみたいだね。倒せるかどうかは知らないし、あたし的には倒してくれた方が嬉しいけど……」
「──そういうわけにはいかないな」
「って、あんたならそう言うだろうね。だったらさっさと済ませようよ。もう皆待たせてるからさ」
「ああ。そうしよう」
レオンハルトの承諾を得て、ハンティはレオンハルトの身体に触れると彼女の代名詞でもある瞬間移動魔法を発動させる。
とはいえレオンハルトとハンティ視点では瞬間的に移動は行えない。
瞬間移動魔法の正体はアドミラル空間という位相のズレた空間を経由して移動する魔法であり、2人にとっては実際に翔竜山の頂上から目的の場所まで自らの足で移動することになるが──アドミラル空間に突入時点と脱出時点で現実の時は変わらない。
それゆえにレオンハルトとハンティが目的の場所に到達して目的地に辿り着いた時にはそれを視認し、その場にいた者にとっては一瞬でその場に現れたように見えた。
「どうやら準備は終わってるようだな」
「──レオンハルト様!」
ハンティと共にレオンハルトが姿を現せば──その場にいた魔軍の大軍勢が軍靴を揃える。
赤、青、緑の魔物兵にそれを率いる魔物隊長。更にその魔物隊長の率いる部隊を率いる魔物将軍。更にそれを率いる魔物大将軍の姿もある中、その先頭に立つのは魔人にとって血を分けた忠実な下僕である使徒。
「レオンハルト様。ご命令通り、レオンハルト軍50万の布陣を完了致しました」
「ああ。ご苦労」
使徒リー。
魔物大将軍出身の4番目の使徒である彼はその寡黙で実直な軍人らしい見た目の期待を裏切らず、主に向かって報告すべき事柄を報告する。
「それにしてもこれだけの軍勢を集めて使徒まで全員集合なんて何百年振りですかね。久し振りすぎてさすがのペールちゃんも血が滾りますよう」
使徒ペール。
カラー出身の3番目の使徒である彼女はお気楽な様子で久し振りに起こる大規模な事件と主の活躍の予感に楽しそうに口元に笑みを浮かばせる。
「念のためってだけでしょ。本命以外は大した相手はこないよ」
使徒ハンティ。
ドラゴン・カラー出身の2番目の使徒である彼女はこの任務の目的を思い、特段気持ちを震わせることもなく冷静にペールの言葉を否定する。
「何にせよ! 数百年振りのレオンハルト様の晴れ舞台! わたくし達で存分に盛り上げないといけませんわ! 気合いを入れますわよ!」
使徒キャロル。
コマンダー出身の1番目の使徒である彼女は主人であるレオンハルトの活躍の場を思い、いつも以上に気合いの入った様子で謎のかっこいいポーズを取っていた。
魔人レオンハルトの4人の使徒。その全員が同じ任務に従事することは珍しいことだった。それも魔軍を率いての任務となると実に600年振りとなるもの。
それだけに背後のレオンハルト軍の将兵もいつも以上の緊張感を持っている。
定期的に行われる演習とは違うその作戦は、交戦する可能性こそ低いと予め伝えられているものの、レオンハルトが直々に重要な作戦だと布告したほどだ。その内容をレオンハルトは口にする。
「任務の内容は理解しているな? 事が済むまで誰も魔王城に近づけるな。人間は勿論のこと。魔物や使徒。他の魔人が来た場合も追い返せ」
「魔人もですか?」
「……やれるやれないはともかくやっちゃっていい訳?」
レオンハルトの命令の徹底ぶり。魔人すらも近づけるなという命令にペールが首を傾げ、ハンティは僅かに目を細めて尋ねる。
レオンハルトはそれに改めて頷いて許可を出した。
「ああ。もっとも、強行突破してくるような可能性は低いがな。魔人達には俺から命令を出してある。破るようなことがあれば重い罰を与えるともな。それでもなお無視して近づいてくるようなことがあれば程々に相手をして足止めしろ」
「了解しました。……まあでもさすがに魔人の相手はペールちゃんには荷が重いので始祖様に丸投げしますね」
「命令を破りそうなのってレイとかレキシントンとかどうせその辺りでしょ。なら問題ないよ」
「魔人の相手を問題ないと言い切るとはさすがの始祖様。カラーゴリラっぷりに拍車がかかってますよう……」
「──その時のためにもウォーミングアップをしとかないとね。相手はペールにお願いするけどいいよね?」
「い、痛っ! や、やめてくださいよう始祖様! お、折れる……!」
ゴリラ扱いされたハンティがペールを関節技に掛ける中、背後で聞いていた魔物将軍らは魔人相手を問題ないと断言したハンティに尊敬と畏怖の念を抱く。魔人に匹敵する最強の使徒の名声はレオンハルト軍の中で特に浸透していた。レオンハルトの次に尊敬を集める程に。
そしてそんなハンティとペールのじゃれ合いを見ながらレオンハルトは更に告げる。
「ケッセルリンクとガルティア。サイゼルとハウゼルにも話は通してある。場合によっては応援を頼んでもいい。とにかく魔王城には誰も近づけるな」
「はっ」
「承りましたわ!」
リーとキャロルが良い返事を返すとレオンハルトは頷く。
「良し。なら俺はこれから魔王城に向かいジル様へ報告に向かう」
「はい! 行ってらっしゃいませレオンハルト様! ご武運を!」
「後は任せたぞ」
キャロルら使徒に大勢のレオンハルト軍の魔物兵に見送られ、レオンハルトは1人、魔王城へと向かう──その人間との戦いのために。
ルドラサウム大陸東部。
その平原を歩くのはたった1人の人間の男だった。
『おい。気づいとるかガイ』
「……ああ。魔王の住まう城が近いな」
だが聞こえる声は2つ分。
黒髪の青年の暗く静かな声と中年の親父の声。その後者の方は青年、ガイの持つ剣から聞こえていた。
その意思を持つ魔剣カオスは相棒であるガイに対し、気づいたことを口にする。少しばかし緊張した様子で。
『それもそうだがそっちだけじゃないわい。大勢の魔の気配が儂らから遠ざかっとる。ちょっとどころじゃない不可解じゃ』
「……そうか」
『そうか、じゃないっての。もしかしたら罠かもしれんぞ?』
魔物の気配が近づいてくるのではなく遠ざかっているという不可解な現象に警戒するように言うカオスだが、ガイはそれを意に介さない。歩みを止めることもない。揺るがない意思で返答する。
「それならそれで構わない。邪魔が入らずに済む。好都合だ」
『……お前なぁ……』
「何だ?」
そのあまりにも決まりきった、揺るぎのない思考回路にカオスはほんの僅かに何とも言い難い感情になる。ガイが覚悟を決めた時から間近で見ていた思ったその気持ちを口にしようとして……しかしそれを。
『……やっぱええわい。お前の言う通りだ。確かに邪魔が入らんのは儂らにとって好都合。何しろ──魔王を相手にするってんだからな。魔物一匹相手にする力も惜しい』
「ああ。分かっている」
そうしてガイは少しだけ足を早める。
目的の場所──魔王城の場所は予め魔物討伐隊から聞いているため知っている。人間が持つ魔軍の情報の中で最も簡単に手に入る情報であるため、その情報量も大したことはなかった。
何しろ魔軍はそれを隠そうとしていない。隠す必要がないのだ。矮小な人間が魔王城に近づいたところで何も出来ないし、むしろ来たいなら来てみればいい。地獄が味わえると歓迎すらしている。
そして人間側も近づこうとはしない。好き好んで死地に飛び込む者は少ない。
時折噂に聞く勇者を名乗る人物が魔王城へ向かったという話を聞くこともあるが、帰ってきたという話は聞いたことがない。その末路は十中八九、凄惨な拷問の末の死刑だろう。
あるいは今も生かされて生き地獄に晒されているかだ。魔王城に向かったなら死すら救いである。それを魔物も人間も、この大陸に生きる誰もが理解している。
しかしその死地に、ガイは真っ直ぐ向かっていた。
徐々に大地が荒廃し、空模様が禍々しくなるその道を、恐怖の1つもなくただ真っ直ぐ進んでいく。
考えるのは人類の救済。その元凶たる悪──魔王を殺すことのみ。
それを成すに足るある程度の力は手に入れた。その自信と覚悟がガイを衝き動かす。
ここまで生きてきて目の当たりにした人間の苦しみ。絶望の怨嗟。悲劇の坩堝。自身が体験したそれも含めて、その原因の大部分は魔物の存在にあるのだと確信を持っている。
少なくとも魔物がいなくなれば不幸の数を減らせるとそう確信して。
そうして進み、進み、進み──そうして、辿り着く。
『見えてきたぞ……』
魔剣カオスが言う。
剣の身でありながら感じる筈のない悪寒と汗をかくのを感じながらその禍々しい城の名を口にした。
『間違いない、な……あれが、魔王城だ』
魔王城。
その名の通り魔物達の王である魔王が住まう居城を視界に収め、ガイは1度足を止める。
──確かにこの世の何よりも、恐ろしいと感じられる。
とてつもない魔の力を感じられた。
それらは常人が踵を返すのに十分なもの。きっと多くの勇者、戦士がここまで来て絶望し、少しでも生き長らえるために帰路についたに違いない。その情景は容易に思い浮かべることが出来た。
そして思う。ガイもまた、ここで帰ればまだ生きることが出来ると。
どこかの隠れ里に身を寄せ、その力を以てしてそれなりに楽しく生きることは叶うだろう。今のガイはかつての力のなかったガイではない。そんじょそこらの魔物がどれだけ束になって掛かってきても負けることはないし、あるいは魔人すらも退けることが出来る可能性を持つ。
人に敬れ、女と愛し合い、子を作って満たされることが出来る。そんな未来を作ることは難しいことじゃない。それを、確かに理解する。
だがそれでも魔物への恐怖は終わらない。
その人の幸せですら、この今の世界の人間にしてはという但し書きがつく。
そして壊すことも容易だ。ガイがどれだけ強くあろうとも魔物が跋扈する以上、その危険は常に存在する。ガイを相手にせず、その大切な人を狙うことだって出来る。そうして悲劇を作ることが出来るし、実際に今の世は数え切れない程の悲劇で溢れている。
だからこそここでガイが逃げることは何の解決にもならない。
誰かがやらなければならないのだ。それをガイは理解する。
「──行くぞ」
だからガイは歩んでみせた。
自分の身の内にあるもう1つの人格を封じ込め、ガイは自分の意思で魔王城へ足を踏み入れる。
『……門番も、誰もいないな』
そして足を踏み入れてすぐに不可解に気づいた。
カオスが口にする。城内に、魔物の気配が殆ど存在しない。
まさかそんな筈は、と思う。だが確かに、城内の1階は魔物兵の1体も存在しなかった。
ただ代わりに感じる気配は、凄まじく濃密だった。
「……2階だな」
『ああ……とんでもない魔の気配が2つある』
それは魔剣であるカオスでなくとも、誰でも気づける程の凄まじい気配だ。力に多少の差はあるように感じられるが、矮小な人間の身ではそれがどれほどの差なのか推し量ることは難しい程の魔の力。それをカオスは戦慄しながらも口にする。
『1つは……魔王だな。そしてもう1つは十中八九魔人だ』
「…………」
『どうするガイ。こうなったら何か手を考えるか……引き返すのも手だぞ?』
そしてそれが意味するところをガイもカオスも理解する。
魔王と魔人がいる。そしてガイ達の目的は魔王だが、魔人をすっ飛ばして魔王とだけ戦うことが出来るなんて甘い考えは出来ない。
魔人と魔王の2連戦になる──その絶望的な状況に、カオスは思わず撤退すら考慮した。
ガイの力がどれほどのものなのか分かっているからこそ、簡単に失う訳にはいかない。ガイは魔王を倒すことが出来るかもしれない人類の希望。だから厳しいと分かれば一旦下がることも悪くはない選択だ。
「……いや、このまま行く」
『! ガイ……』
「覚悟はしていた。それに魔人相手にどこまで通用するかはまだ試してはいない。その試しとして魔人を使う」
だがそのカオスのあげた選択肢を突っぱねて、ガイはこのまま進むことを決める。
その発言は自信に満ちたものであり、あるいは不遜にも感じられるもの。
しかしその真意はどうなろうと魔王を倒すという決意の現れだ。魔王を倒すことが叶うならば、刺し違えることも辞さない。
その真意を正しく理解しているカオスはガイの返答を受けて息を呑む。そして、自身もまた覚悟した。
『……わかった。お前がそう言うなら儂も覚悟を決める』
「ああ」
『だが……それでも用心しろ。気を緩めるなよ。この上にいる魔人……その気配には覚えがある。おそらく上にいるのは最強の魔人だ』
「……最強の魔人か」
カオスの注意を受け、ガイもまたその脅威を認識する。
最強の魔人の存在を知らない人類もまた存在しない。
もはや御伽噺にも近い伝説の存在ではあるが、それが実在することは確かなこととして語られている。
魔王と同じく、相対することがあれば生存することは叶わない。畏れを持って語られるその魔人もまた上にいる。
それもまた理解し──ガイは階段に足を掛ける。
「誰が相手でも……やるべきことは変わらない。障害になるなら倒すだけだ」
『……ああ。そうだな』
そしてカオスもガイの言葉に頷く。そう。魔王を倒すなら最強の魔人であっても倒せなければ話にならない。
だからガイは進んだ。一歩一歩。確かな歩みを以て。
徐々に、更に濃くなっていく魔の気配を感じ取りながらも進んでいく。
その目は据わりきっていた。やがて辿り着いた、大きな扉を前にしても。
『……ここだ。この扉を開けたらいるぞ』
カオスが気配を正しく察知する。それに頷き、ガイは扉を開けた。
「……ここは」
ガイが辿り着いたそこは巨大な大広間だ。
玉座の間に続く道の道中。王へ謁見する者は必ず通る回廊の先にあるその場所。その扉の前。
「──来たか」
「!」
そこに1人の男が立っていた。
「魔剣カオス……それとその所有者ガイ」
『やっぱりお前か……魔人──レオンハルト』
その赤く鋭い双眸が、ガイとカオスを捉える。
そしてカオスもまた懐かしい相手との再会に短い言葉で答えた。人間の時に出会って以来、約100年振りの再会ではあるが、その圧倒的な強さと存在感は今でも昨日のことのように覚えている。
「話には聞いていたがそれがお前の願いの結果か」
『おお。これで文句はないわい。この姿なら人間の時には叶わなかったお前を殺すことすら出来るんだからな』
「なるほど。願いが果たせるならどんな形でも問題はないか。確かにその力なら無敵結界を持つ魔人だけでなく魔王様にすら届くだろうな」
魔人レオンハルトは懐かしいその人間が得た力を認めてみせる。
魔剣カオスが持つ力は無敵結界を貫き、魔人と魔王を殺すことの出来る力であると。
「この扉の先にジル様が居られる。お前達の目的は魔王の討伐に相違ないな?」
「……ああ。死にたくなければどいて貰おう」
レオンハルトの確認の言葉に、ここで初めてガイがレオンハルトに向けて言葉を放つ。
ガイという人間とレオンハルトという魔人。その初めての会話だった。
レオンハルトとガイの視線が合わさる。魔王であるジルがこの先にいることを敢えて教えたレオンハルトは、その上でガイの不遜な言葉に冷たく反応した。
「面白い事を言う。この俺を前にして大口を叩けるその度胸は認めざるをえないな」
「邪魔をするなら殺すだけだ」
「……なるほどな。その意思は硬いと。ならまずは言葉で、その意思を確かめさせて貰おうか」
と、レオンハルトは取り付く島もないガイの様子に目を鋭くさせながらも言うべきことを口にする。
「人間ガイ──魔人になる気はないか?」
「……何?」
冷静な声で勧誘するレオンハルトと、それを聞いて眉を潜めるガイ。その2人のやり取りが、これから始まる2人の戦いの序章であった。
こっそり書いたのを投稿しておきます。レオンハルトとガイの戦いはとりあえず書けそうかなって