「……今何と言った?」
その言葉にガイは耳を疑った。こうして、つい聞き返してしまう程に。
だがその返答は変わらない。レオンハルトは再度、視線を外すことなくガイに向かって告げる。
「魔人になる気はないかと──そう聞いている」
「……馬鹿な。ありえないことを。魔人になるなど……」
『そうじゃ! バカも休み休み言え! 魔人になんざなる訳ないだろう!』
ガイはそれを否定し、カオスもまた強い言葉でそれを拒絶する。
それは人類のために戦う戦士にとって──いや、多くの人間にとって起こりうる忌避反応に違いなかった。
だがその反応を見越していたのだろう。さほど動じることなくレオンハルトは続ける。ガイの思うところを予想し、見抜いたように。
「お前達がそうやって拒否するのは人類のためだろう。ならば、尚更魔人になった方がその目的は達せられる」
『フザけたことを抜かすな……! 魔人になれば人類のためになるだと……!? ありえないにも程がある……!』
「そう思うのはお前達がこの世を知らないからだ」
『ケッ……また説教か。前と変わらないなレオンハルト。また人間じゃ魔人は倒せないと能書きを垂れるつもりか?』
魔人になれば人間のためになると言われたガイは怒りを見せ、カオスはそのレオンハルトの口ぶりにかつて自分達が言われた言葉を思い出して忌々しく言い返す。
そしてまた同じ説教をするつもりかとカオスは予想したが……その予想に反して、レオンハルトはそれを否定した。
「いや、無駄とは言わない。お前達なら魔人を倒すことも魔王様を倒すことも決して夢物語ではないだろう。可能性は低いだろうが、それでも0ではない。可能性を感じられるのは確かだ」
だからそれを否定はしない。
その言葉に意外を思ったガイとカオスは続くレオンハルトの言葉も聞いた。その上で、レオンハルトはガイ達の目的を否定する。
「だが魔人や魔王様を倒したところで人を救えはしない」
「……その根拠は何だ? 人間を苦しめているのは紛れもなく魔の者達だろう」
「それは否定しない。だが、魔物を滅ぼし尽くすことなど出来はしない。魔王や魔人を殺すことが出来たとしてもそれは一時的な対症療法に過ぎない」
「何をバカな……」
レオンハルトの言葉を思ったより冷静に聞くガイ。
それは心のどこかで、このレオンハルトという魔人が自分と親交のある相手の父親だという情報を置いているからだろう。
そしてガイもまた、人を救う方法と聞いてそれを無視することが出来ないからこそだ。
魔人の言う事は信用出来ない。それは分かっている。
だがそれでも、あるいは──という思いはある。
もしそれが本当に人を救う方法であるならば。1%でもその可能性があるならば無視することはしない。
考えこそ変わってはいないが、ガイは人間を救うために手段を選ばないことを決めている。であればこそ人ならざる力を手に入れたのだ。
だからガイはレオンハルトの言葉に耳を傾けた。一切の油断なく、いつでも戦闘に入れるようにしながらも──
「ここまで来た褒美に教えてやる。魔王は──殺したところで復活する。何度でもな」
「なっ……!?」
『──っ!?』
そしてその絶望的な真実を聞いた。カオスもガイも、同様にそれを聞いて絶句する。
魔王が復活するというありえない、考えたくもない現実。
それを聞いて即座にありえないと言葉を返すのも必然だった。
「そんなバカな……!」
「本当の話だ。もっとも今の魔王……ジル様が復活するという意味ではないがな」
「何……?」
レオンハルトの言葉は聞き逃がせない事だった。
何しろそれが事実ならガイの考える人間を救うための方法が無意味と化すかもしれない。
だからそれを聞いた。正しい情報を得ようとした。現魔王は復活しないが魔王は復活する。その言葉の意味を。
「魔王は
レオンハルトはその真実を告げて、目を見開くガイの姿を正面に見た。
魔王が代替わりすることを知る人間は意外と少ない。
それだけに多くの人間は魔王を殺すことが出来れば人を救うことが出来ると勘違いをする。夢を抱く。
甘い夢だ。意味が全くないとまでは言わないが、それでは根本的な解決にはならない。
「……魔王を倒しても……また新たな魔王が生まれると……そう言うのか?」
眼前。ガイが改めて確認するように問うてくる。
レオンハルトはそれを聞いて頷いた。その上で、更に厳しい真実を隠しながらガイに現実を突きつけてやる。
「そうだ。だからこそ、魔王様を倒すだけでは人は救われない」
そして言う。人類を救いたいのならば、その先を見るべきだと。
「お前は今、こう考えているな? 『ならば何度でも倒すだけだ』と。確かに、それが出来れば解決するかもしれないな。現実的ではないが」
生み出される魔王をひたすら倒し続ける。そんな方法をまず思い浮かべることを予想してレオンハルトは思考を先回りする。
そしてレオンハルトはそれを絶対に実行出来ない理由を知っている。
だからこそそれは無駄だとはっきりと言う事が出来るが、その理由を口にすることはない。魔王を倒した者が魔王をまた倒せない理由を隠しながらも、別の部分でそれを否定する。
「人間には寿命がある。限界がある。お前が魔王様を倒せる力を持っていたとしても、それが通用するのは精々100年足らずだろう」
「それは……」
「それにお前は1人だ。どれだけ強くとも個では限界がある。1人では世界中で苦しむ人間を救い切ることは出来ない」
「…………」
ガイの反論を封じながらレオンハルトは現実を口にした。
そして別の手段を提案する。
「だからこそお前は魔人になるべきだ」
それは最初にガイが否定した提案だ。
魔人になることが長期的に見て人を救うことになるのだと、レオンハルトは心からそう思っている。
「魔人になれば寿命は存在しない。老いや病で死ぬことはなくなる。人間以上の力を得ることが出来る。この大陸で絶対の地位を得ることが出来る」
無言になったガイに力説してやる。
方法はこれしかないのだと。
「そうなればその力と地位で人間を救うことが出来るだろう。この俺のように、大勢の人間を長きに渡り保護することが出来る」
そうしてあえて嘯く。
その言葉は真実ではある。確かにレオンハルトはそうすることで多くの人間を救っている。人間牧場で、あるいは個人として人を保護している。
その数は人類全体として見れば微々たるものだが、何百年とそれを行っていることから総数としてはそれなりの数になるものだ。
「人間を救いたいと言うならお前は魔人になるべきだ。そうすればお前が選んだ人間は必ず救われる」
使徒や下級使徒にでも任命すれば魔物に害されることもなくなる。
ジルもその部分にまで踏み込んではこない。そもそもジルは大多数の魔人には興味がないし、人類を苦しめることが出来ればそれでいいという思考の持ち主だ。
人類全体が苦しむ世の中を維持し、目に入った人間を苦しめることが出来るなら、視界に入らない人間が多少救われていたところで目をこぼしもする。
どうせその人間達が得た救いも、絶望に繋がるのだと確信して。
「なんなら俺がやり方を教えてやる。魔人としての生き方。人間牧場の運営方法。そして少なくない人を救う方法をな」
あるいはその先で更なる真実を伝えることもありえるだろう。
……いや、十中八九ガイは気づくことになるだろう。
だからこそその言葉は真実だ。嘯きながらも嘘は言っていない。伝えていない情報があるだけ。
だからこそ、レオンハルトは目的のため、心からガイの勧誘を行うことが出来た。だからこそ──
「──もういい」
「!」
──その言葉はガイに、届く筈がない。
ガイはその言葉を途中で差し止めた。
もうこれ以上、聞いても意味はないとそう判断して。
「何を言うかと思えば……貴様の言う事は全て欺瞞に過ぎない」
ガイは言う。レオンハルトの言葉は全て、人間にとって受け入れられる筈がないフザけた言葉だと。
「その力と地位で人間を救う? 長きに渡り人間を保護するだと? ふざけるな……! 貴様はそのために大勢の人間を見殺しにしろと、そう言うのか……!」
そう。魔人になって人を救うということは、ある程度の犠牲を許容するということ。
確かにレオンハルトの周囲。そのごく一部は救われているのかもしれない。その者達はレオンハルトに感謝しているのだろう。それを丸々否定する気はない。
だが一方でレオンハルトもまた魔人として、救った人間以上の人間を苦しめ、死に至らせていることに違いはない。
そのことは勿論、レオンハルト自身も理解していた。だからこそ、眉根を僅かに寄せながらも淀みなく返す。
「……全ての人間を救うことなど出来はしない。ある程度の犠牲は許容しなければならない」
「腐りきった正論だな。確かに、全ての人間を救うことは出来ない。だが貴様の言うことはどこまでも人間を下に見た傲慢な言葉だ……! 他の魔人や魔物と何も変わらない。結局、そこに人間の自由はない……!!」
「…………」
ガイの強い意思の宿った言葉に、今度はレオンハルトが押し黙る番だった。
それは否定は出来ないこと。ガイや、多くの人類を救おうとした戦士が願っているのは、人間の救済であり、魔物の支配からの解放でもある。
魔物の支配を受け、魔物に左右される救いになど価値はない。
「貴様は少なからず人を救っていると言ったが、貴様の言うその方法では人間を真に救えてはいない……! それは怯えているだけだ、従わざるを得ないだけだ、騙されているだけだ……! 何せ貴様の気分1つで命を奪われるかもしれないのだからな……!」
ガイは自身の経験を、今まで生きてきた人生を思い出しながら口にする。
ガイの人生は常に悪意と隣合わせであり、恐怖と閉塞感に苛まれ、何かに奪われ続けた人生であった。
人間牧場で生まれ、少年奴隷として育ち、居場所は常に奪われ続ける。
魔物に苦しめられるだけでなく、人にも疎まれた。そして、多くの嘆きと苦しみ。そして地獄を見てきた。
「人間を救うために魔人になれだと……!? この、今の世界を許容しろと本気で言うのか……!」
そう。ありえない。
魔物が支配する世界。人間が苦しむ世界。
大勢の、何億という人間が魔物に虐げられ、その恐怖に怯え、明日の朝日を拝めることに感謝を捧げ、それでも満足に生きることは出来ず、血を流し続けるこの大地。
それを許容することなど、到底ありえない。ありえる筈がない。それが許せるのは、もはや人間ではない。目の前の、人をやめた男のような。
「魔人レオンハルト……それを許せるのは、人ではない……! 人の運命を差配しようとする貴様は正しく魔人だ……! その魔人が、人の守護者を騙ろうとするなど片腹痛い……! ふざけている……!」
許せる訳がないとガイは強くレオンハルトを睨みながら絞り出すように声を吐く。
「はっきり言ってやろう。貴様の言う事は信用ならない。貴様は人に害をなす魔人だ……それ以上でも以下でもない……!」
「……ならどうするつもりだ?」
「貴様に教える必要はない。私は、私のやり方で人間を解放する」
そして揺るぎない覚悟を決めた瞳でレオンハルトに敵意をぶつける。
いつでも応じることの出来るように。
先手を取らないのは対話をまず選んだレオンハルトへの最低限の礼儀として。レオンハルトが戦闘態勢を取るのを待つ。
そしてそのレオンハルトは、ガイのその取り付く島もない態度を見て、難しい表情のままゆっくりと口を開いた。
「……俺は、人間を正しく評価しているつもりだ。舐めているつもりもない。さりとて傲慢であることも否定はしない。お前の言う事は一部正しいだろう」
レオンハルトはそれを自覚している。自分の精神状態は、確かに魔人然としていることを。
今の自分は、ガイのように人間が苦しめられているのを見て激しく憤慨出来る程の精神を有していないのだと。
身近な人間であれば、情が移った人間であれば心を傷ませることもある。怒りや悲しみに暮れることもあるが、何の関係もない人間が嘆き苦しんだところで、もはやレオンハルトは何かを感じることは難しい。
2000年近い時を魔人として生きてきたレオンハルトは、その魔人としての職務を真っ当する中で人の苦しみに慣れすぎている。
多少不快には感じられたとしても、それがどうしても許せないことかといえば正直なところ、それをはっきりと肯定することは難しいのだ。
かといって面白いとは思わない。その趣味と趣向自体は変わっていない。人間の醜さも輝きもよく理解している。そのどちらでも心は動くこともある。
今のガイの姿を、そしてその言葉を聞いた時のように。
「だが……あえて俺はこう言おう」
レオンハルトは人間を正しく評価している。
ガイのことも正しく評価している。
人間の意外性は、魔を打ち倒す可能性を秘めていることを知っている。
しかし……このガイが言うような、根拠のない人を救うという言葉。
そして魔の者では人を救うことは出来ないというその言葉。
その2つは到底看過出来ないことだ。前者は、それが難しいことを知りながらも長年そのために動いてきた身として。
そして後者は、レオンハルトが何よりも大切に思っている存在を否定する言葉であるからこそ──レオンハルトは怒りを見せて右手を伸ばし、その剣を引き抜く。
「──人間風情が、図に乗るな」
「──ッ……!」
空間から引き抜かれる赤黒い魔剣──オル=フェイル。
その瞬間に放たれるのはレオンハルトの今まで抑えていた濃密過ぎる魔の気配。殺気。覇気。物理的な圧力すら感じる程の目に見えない力の奔流。
魔王城の大広間が小刻みに揺れている。それを感じながら、ガイは己もまた魔剣カオスを構えて戦闘態勢を取る。
「やはりお前とは相容れないか……なら後は雌雄を決するだけだ。俺は俺の目的のために。お前はお前の目的のためにな」
『っ……気をつけろよガイ……! 魔物大将軍やあの地下で戦ったドラゴンとは桁違いじゃ……!』
「理解している。こちらも最初から全力だ……!」
ガイがカオスを持たない右手で血の色にも似た魔法の光を集める。
その禍々しさ。形容し難い魔法の光はレオンハルトもまた興味が湧くものである。
「魔王様を倒すと豪語する人間の実力がどれほどのものか……精々見定めてやろう──行くぞ」
魔人筆頭にして魔軍参謀。
最強の魔人であるレオンハルト。その最初の一撃は、最速の一撃でもあった。
「──“瞬光”」
それは今までに、誰1人として受けることの叶わなかった光の如き居合の剣。
1000年以上昔の英雄。かの藤原石丸でさえこの剣には事前に察知して幻惑で躱すことを選ぶしかなかった。
常人では何が起こったかも分からずに断ち切られて絶命する。
その剣の通り道である空間でさえ、斬られたことに気づくのは一瞬後だ。
それほどの一撃。剣の王と呼ばれ、世界最強の剣士としても名高いレオンハルトの奥義の1つは、同じ魔人であっても防ぐことは難しい必殺剣だ。
そしてそれを、レオンハルト自身も理解している。これを防ぐならば最低限でも魔人四天王級。あるいは自身と同程度の力がなければ為す術もないだろうと。そう思っている。だからこそ──
「──禁呪“アポカリプス”」
「──何ッ……!?」
ガイが魔法の詠唱を一瞬で終えた直後、ガイがレオンハルトの剣を真正面から受け止めたことに、レオンハルトは純粋に驚愕することになった。
それは何が起こったのか、誰にも理解が出来ない正体不明の現象。
『今じゃ──!』
「ッ!」
「ぐ──!?」
そしてレオンハルトがその意味を理解するまで。冷静さを取り戻すまでに生じる一瞬しかない隙も、今のガイにとっては確かな隙として突くことが出来る。
カオスが叫ぶ中、レオンハルトと同程度に近い速さを持ったガイの剣が、レオンハルトの身に僅かに当たる。
そしてバキンと生じた音は──魔人が持つ無敵結界を、カオスが破壊した音であった。
だがそれ以上の結果は起こらない。
「っ……!」
『ぬおっ!?』
次の瞬間にはレオンハルトの剣撃がカオスを強く弾き返し、ガイの身体ごと後方に下がらせる。
カオスがたまらず声を上げ、ガイもまた口の中で舌打ちを起こす中、事実を正しく認識し終えたレオンハルトは剣を自然に下ろした状態で、耐えきれずに口端に笑みを覗かせていた。
「まさかこれほど早く俺の無敵結界に触れてくるとは……いや、それより今の身体能力は何だ……? 禁呪と言っていたな。その効果か? だとしたら……なるほど。中々どうして面白い……!」
『チッ……傷の1つでも負わせられれば良かったんじゃが……でもこれなら通用するぞ! 向こうが対応してくる前に一気に行け! ガイ!』
「ああ……分かっている」
ガイが再び詠唱を開始する。
魔法の力。その発動もまた一瞬で終わり、レオンハルトが反応する中、ガイの周囲には9つの魔法球が浮かび上がる。
「禁呪“ヌメロロジー”」
「!」
その魔法球はガイの周囲を回るように移動しながら光り輝く。
しかもその輝き。魔法の収束はレオンハルトも見覚えがあるものだった。
攻撃魔法の中でも最強の攻撃力を誇るその魔法が、ガイの生み出した9つの魔法球から、合図と共に同時に放たれる。
「“黒色破壊光線”!」
「──!」
通常の黒色破壊光線の──10倍。
ガイの放つそれを含めた破壊の奔流が、レオンハルトに向かって一斉に放たれた。
魔人レオンハルトVS人間ガイ開幕
禁呪とかガイがどんな風に強かったかとかの詳細が不明すぎるので改めて言っておきますが独自設定です。そこはご容赦を。
良ければ感想よろしくお願いしますー。