禁呪の攻撃は容赦なく最強の魔人を圧倒する。
九色破壊光線という戦略級の魔法を魔人レオンハルトに直撃させ、ガイは自らの力が最強の魔人相手にも十分通用することを改めて理解した。
無論、余裕という訳ではない。レオンハルトとの戦闘は、油断すれば一瞬にして斬り捨てられる危険性を孕んでいる。幾ら禁呪を扱えるとはいえ、ガイは人間なのだ。肉体の強度は魔人と比べるべくもない。
それに、幾ら魔法において比類なき才能を持つガイであっても禁呪を使うのにノーリスクという訳にはいかない。禁呪を1つ使う度に、常人であれば発狂するか、死に至る程の精神的な負担がガイに伸し掛かるが、それをガイは己の内にある2つの人格によって分散し、強引に踏み倒している。
(ぐおおおっ!? おい! いい加減にしろ! さっきから痛いぞ!)
そしてその心の内から聞こえる抗議の声を完全に無視をして、ガイは目の前の魔人との戦闘だけに集中していた。
先程の黒色破壊光線とは違い、今度の魔法はさすがに効いただろう。弱体化の禁呪も効いている筈。体力だけでなく能力も削り、確実にこちらが有利だ。
「このまま押し切る……!」
『おう! やったれガイ!』
魔人に対し強い効果を持つカオスを手に、煙が晴れた先。口から血を流していたレオンハルトとの距離を詰めるために駆け出す。どうやらそれなりのダメージを与えられた様子だ。こうして怯んでいる内に更なる追撃を与える。休ませはしないと、その思いで進んだガイの突撃に対し、レオンハルトは苦悶から笑みに表情を変化させながら呟いた。
「っ……さすがに効くな……! まさかこうも押されるとは……!」
『おら、死に晒せ! レオンハルト!』
「ッ! 休ませても貰えないか……! 容赦ないじゃねぇか……!」
ガイはカオスの剣撃をレオンハルトに向けて振るう。それは防がれ、反撃も返ってくるが余裕はある。先程までより確かに弱まったものだ。
これならこのまま倒せる。魔王を前に体力や魔力を削られる訳にはいかない。余裕を持って倒すという目標を完遂出来る。
禁呪の力込みとはいえ──ガイの実力は確かにレオンハルトを上回っていた。
「報いを受ける時だ……このまま倒れろ……!」
「ぐ、お……!」
魔法球から放たれる幾つもの魔法。カオスの剣。禁呪。それらを含めた怒涛の攻撃がレオンハルトを追い詰めていく。
苦悶に喘ぐレオンハルト。その様をガイは一切の緩みを見せずに視界に収めながら叩く。
──そしてその目が全く死んでいないことにも気づいていた。情報が送られ、その攻撃を予知する。
「奥義──」
「禁呪──」
ゆえに技を放つのは同時だった。こちらが攻撃に傾倒した僅かな隙を見て力を放出するレオンハルトに対し、ガイもまた己の禁呪の力をカオスに付与した。
そうして放たれるのは全てを滅する破壊の禁呪。それを剣に付与した複合奥義。全ての魔族を殺すためにガイが編み出した必殺の魔法剣技だ。
それが、レオンハルトの最高の剣技と激突する。
「“魔仭王剣”!!」
「“ラグナロク”!!」
互いに殺意を込めた──相手を必ず殺そうとする技が放たれる。
それによって生じる破壊は空間に悲鳴を上げさせた。魔王の攻撃にすら耐える結界が軋む。轟音と極光を発生させながら、大広間は破壊の嵐に巻き込まれた。
「ぐうっ……!」
「っ……!」
『なんつうデタラメな……! じゃが耐えろガイ! 奴も苦しんどるぞ!』
その激突は、互いに痛み分けに終わる。
だが魔法効果がある分、ガイが押していた。レオンハルトの必殺剣を防いだガイは、肺の空気が押し出され、身体全体が軋むのを感じながらも何とかその場に留まることに成功する。さすがにすぐに攻めることは出来ない。
だがレオンハルトの方はその攻撃に耐えるべく片膝と片手を地面に突いていた。未だ魔剣を構え、戦闘継続の意思を見せている。まだまだ体力は残っている。この後すぐに立ち上がるだろう。その光景は、あくまで戦闘の中で生じた1つの場面を切り取ったものに過ぎない。
だがそれでもレオンハルトに血を流させ、片膝を突かせるというこの現状は──まさしく快挙に他ならない。
過去2000年を振り返ってもそこまで魔人レオンハルトの体力を削ることが出来た者は未だかつて存在しない。
藤原石丸は死の間際の奥義を持って一撃を。勇者クエタプノは刹那モードの一撃で。レオンハルトの体力を削って血を流させた。
後者は横やりが入らなければそのままレオンハルトを圧倒することさえ出来ただろう。その再来──勇者と同じく、レオンハルトを倒せるだけの力を持ち、実際に倒せるチャンスが巡ってきている。
魔法の禁呪と魔剣カオスの力を持つガイは、魔族に対して相性が良かった。他の生物の追随を許さない圧倒的スペックを誇る魔人との力の差を禁呪のブーストで埋め、無敵結界を含めたその強靭な力、体力はカオスで削ることが出来る。
そしてガイの小細工も含めたその強さは、おそらく魔王にすら通じるだろう。ガイ自身もそれを自覚している。どれだけ魔王が強かろうと、禁呪とカオスの力。策を弄して戦えば魔王を倒すことは不可能ではないと。この最強の魔人との戦いで確信に至っていた。
油断は勿論出来ない。そして今しばらく、倒すには何手か必要とはいえ……ガイにとってのレオンハルトは通過点に過ぎないもの。
魔王に挑むための最後の障害。その練習台であった。その悍ましい魔の気配を断ち切る──その意思にも揺らぎはない。半ば勝利を確信しつつある。
「──どうやら……手段を選べる相手じゃないようだな……!」
「っ!」
──その禍々しい魔の気配が、更に一段上昇するまではそう思っていた。
本能から危険だと思わせる魔人の気配。
頭から血を流し、激痛に苦しみ、弱まっている筈の魔人の悍ましい気配が、この土壇場において更に強くなっている。
その事実をガイは重く受け止めた。戦士としての本能が身体に命令を下す。この魔人を今すぐ瞬殺しろと。
「認めてやる……ガイ。お前は確かに、この俺よりも強い。魔王を倒すと吠えるだけはある……これほど規格外の存在は初めて見たぞ……純粋な人間として、お前以上の存在は人類史に於いて存在しない……!」
「お喋りに興じる余裕はまだあるようだな……だが、それももう終わりだ……!」
「そう……お前は俺より格上だ……! このままじゃ、この程度じゃ、俺は負けるかもしれない。死ぬかもしれない。この程度の研鑽じゃ、まだお前には届かない」
『死ね! 魔人レオンハルト!!』
視界の中で、魔人レオンハルトが獰猛な瞳でこちらを見つめながら呟く。高速で肉薄し、カオスを振り被る。禁呪を再び発動しようとする。
そうして2000年を生きた最強の魔人に引導を渡そうとした。
そうして──
「だから……俺も
「──ッ!?」
──と。魔人レオンハルトが呟いたその言葉を耳にした瞬間。
魔人の気配が膨れ上がった。
『ぬおおっ!? 何じゃ!?』
「っ、これは……!」
迎撃として振るわれたレオンハルトの剣をガードし、そのまま濃くなった気配から逃れるように少し下がる。カオスが動揺し、ガイもまた額に汗をかき、険しい顔つきでそれを見た。
「オオオオオオオオオッ!!」
魔人レオンハルトが、変化していくのを。
獣のような雄叫びを上げ。
周囲の空間を歪ませて。
古代の魔法文字が現れては消え。
魔の気配が色濃くなり。
その魔人の灼けつくような紅い瞳は変わらないまま。輝くような金髪が──真っ白に変わっていく。
「……ククク……ハハハ……ハーハッハッハッ!!」
──彼を魔人へと作り変えた……その魔王に酷似するように。
「ククク……身内以外に……この姿を見せるのは初めてだが……意外と悪くないものだな……! 何より……俺を殺しうる格上の強者が相手だ……そんなお前にこれから挑戦出来ると思うと……気が昂ぶってしょうがない……! だが……こうなってくると楽しむだけじゃいられねえんだからままならないな……! 何せ俺は……負ける訳にはいかない……!」
「く……! まさか、まだ力を隠し持っていたか……!」
『気をつけろ、ガイ! ありゃおかしい……! レオンハルトだけじゃなくて、あの剣も……!!』
──レオンハルトは魔人としての真の姿を解放する。その手に持つ……魔剣と共に。
「──おい、オル=フェイル。久し振りにお前も起きろ。俺を殺しうる強敵だ。手段は選んじゃいられねぇ。お前の力も発揮するぞ」
『──了承シタ』
『なッ……!?』
「魔剣から、声が……!?」
──そして更に魔剣からの声を耳にし……ガイ達は驚愕した。
だがその驚愕はすぐに……命の危険を感じるものへと変わる。
「──!」
「!? ──ッ!!?」
『うおおっ!? 何が起こった!?』
カオスが知覚出来ない程の速度。ガイが見たレオンハルトの一瞬の剣を動かす動作。力が強まった瞬間──レオンハルトがガイの背後へ移動しており、その魔剣が間近に迫っていた。
「ククク、ハハハ……! これも防ぐか……! さすがだ、ガイ……!」
「っ……貴様……!」
その攻撃をギリギリのところで防ぎ、ガイは己の油断。敵への評価を改める。
魔人最強はやはり──そう簡単に倒せる相手ではないと。
「クク、この状態でもお前はまだ俺の上を行くらしいな──だが俺は勝つ!! お前がどれだけ強かろうがな──!!」
「──!」
更に魔人の力が強まる中──第2ラウンドが始まった。
その力に気づいたのは今より1500年以上昔──
曰く……俺には魔人化に際した特殊能力を備えていると。
生物が魔人と化した時、その身に備わった力は著しく強化される。
俺の剣の腕前が人間の頃と比べて次元の違うものとなったように。ケッセルリンクが様々な能力を獲得したように。他の魔人が特異な能力を発現させたように。俺もまた、1つの力を得ていた。
それは──限界を超える力。
世界の理を超え、あらゆるルールを踏み倒すことの出来る力。壁を取り除くだけの力。
それが俺の魔人としての能力であり、俺が魔人として力を最大限発揮した時にのみ外れる枷である。
故に……その能力は単体では意味を為さない。
曰く、その力はただ限界を超える権利を与えるだけのものであると。枷を外したところで力が著しく上昇する訳ではない。劇的な強化が行われる訳ではない。
神の定めた理に歯向かう力はある。才能限界。勇者の理不尽な特異性。魔王の絶対命令権。神の扱う、力を減少させる祝福。そういったものを、
だがそれでも、己自身の力が無ければ何の意味もない力だと。
圧倒的な格上に対して反逆する権利はあっても、その力と意思が脆弱であればその可能性は無に帰するだろうと。
つまりは努力次第の力だと──あいつは言った。
だから俺は、その言葉に従った。
この力がなくてもやることは変わらなかっただろうが、それでもあるのとないのとでは雲泥の差だ。
この力があれば、俺の目的を達成する大きな一助となる。周囲の大切な者を理不尽から守れる可能性を強くすることが出来る。あいつの願いも叶えることが出来るかもしれない。
だから俺は進み続けるのだ。どれほどの理不尽。どれほどの困難が立ち塞がったとしても。
必ず全てを乗り越え、そこに到達してみせる。
魔人としての強い破壊衝動を解放しても、それだけは忘れはしない。俺の命は安くはない。俺が死ねば多くの大切な者が犠牲になる。苦しむことになる。それを看過することなど、到底出来やしない。
だからこそ、俺は俺の目的のために目の前の人間を叩き潰す。欲望と衝動。そして絶対に歪むことのない目的のために。
「この程度で俺が負けると思うなッ!! ガイ!! 俺はお前に挑戦する!! そして乗り越える!! この手で最強の人間であるお前を叩き潰し!! 魔王様に献上し──永劫に続く地獄の戦列に加えてやる!! 俺自身の欲望のためにな!!」
「ッ……!」
『何を勝手なことを……!』
そう、勝手だ。
目の前のガイという人間。その男の未来など考慮に値しない。
最優先で考慮するのは己の目的。己の欲望。大切な者のため。
それ以外のあらゆる者は己の都合の良いように動いていればいい。
大切なものを守るためならあらゆる犠牲を飲み込もう。
──だが安心しろ。
配慮をしよう。悲しみもしよう。怒りもしよう。少しでも気を紛らわせ、あるいは幸せであれるように気を使ってやる。その果てに絆を育むことになるなら、お前もまた俺の大切な者として扱い、その未来が明るいものになるようにしよう。
だがそれらは全て、俺の支配下に置いてこそだ。
──だから一旦、不幸に落ちろ。
お前が魔人になり、ジルに続く魔王の後継者となるならば……その隣で俺はお前を支えてやる。
そしてその果てをやれる限り、幸福にしてやる。俺の目的から外れない範囲で。
どれだけの悩みと罪悪感を抱えても関係ない。どれほどの偽善を行おうと、その偽善が偽善に見えないようにしてやろう。
その犠牲は全て、俺と周りの者。そして未来の幸福のために。
「ガイ!! この俺の正義のために、お前を潰してやる──ッ!!」
そう。それがかつて、己の正義を成した魔王から学び、得た答え。
多くの英雄が生きた戦乱の時代。様々な正義を持つ英雄の時代を乗り越えた俺が得た正義だ。
お前の正義と俺の正義は相容れない。だから、俺の正義に屈しろ。
「オル=フェイル!!」
『──ハイ』
目の前の人間を己の正義に屈服させる。そのために、レオンハルトは己の得物の名を呼んで飛来した。
魔剣オル=フェイル。あいつから貰ったこの魔剣は、俺との相性がこの上なく良く、そして強力だ。
斬れ味はどの刃よりも鋭く、その力は俺と同じく成長し続ける。
次元を割き、異空間1つを丸ごと鞘とするオル=フェイルを完全に解放する。意思を持ち始めたことはどうでもいい。純粋な剣士として戦うことを好む俺としては邪道の技。
それを以って相手の背後へ移動する。
『またか……! どうなっとるんじゃ!?』
「これは……まさか、瞬間移動か!?」
「結果的にそうなるな! だがそうじゃねえ! これは次元移動だ!!」
相手の疑問に、せめてもの矜持でネタバラシをする。知ったところでどうにもならないものだと知りながら。
オル=フェイルが空間に収納されるのと一緒に、俺自身もまた1度別の次元に移動し、そして再び別の空間から現れている。それが瞬間移動のようになるだけだ。
もっともハンティの瞬間移動のようにどこまでも移動出来るという便利なものではない。精々、数十メートルが限度のもの。
だがその範囲であれば1度別の次元に移動し、そして同時に別の位置にオル=フェイルの鞘の出口を移動させて現れることが出来る。
これらを一瞬で行うことが瞬間移動の正体。ハンティの時が止まった空間を経由する瞬間移動に比べれば、ただ速く現れる場所が読めなくなるだけの劣化技だ。
その技を用い、俺はガイの周囲を飛来する。一閃に次ぐ一閃。その場に留まらず、あらゆる方向から斬撃を繰り出す。
ガイの禁呪による弱体化。激痛。反撃。その尽く一切を無視して駆け巡る。
そしてその速度が最高速に達した時──
「神滅剣来!! この身は邪悪を斬り裂くため、彼方より飛来する剣と化す!!」
「!」
オル=フェイルの剣気が最大まで膨れ上がり、光となってその持ち手をも包み込む。
そして行うのは愚直な突撃だ。ただ最大最速で、全てを滅するオル=フェイルの剣を、己の持てる全力を注ぎ込んで突きこむだけの破壊の剣。
だが、その愚直さ。シンプルさが何よりも強い。
「──“ディザスターソード”!!」
「ッ!!」
そしてその一撃が──魔王城の結界を貫いた。
だが……標的は健在のままだ。
その事実を認識し、その違和感を思考し……そしてあることに気づく。ガイの隠された右目の光に。
「……! そうか……そういうことかよ……!」
ガイを貫くことのなかったその結果。直前で読まれて躱された結果に、驚きと共に怒りを覚える。
ガイに対してではない。それは気づけなかった己に対し、そして、その戦いに横槍を入れてきていた邪魔者に対し。
「その予知染みた予測……お前のものじゃないな……クハハ……!! やってくれるじゃねぇか、未来視の魔女……!!」
「…………何の話だ?」
しらばっくれるガイを無視し、俺はこの場にいない女に向かって言葉を送ってやった。
──とある里の地下。その場所で、未来視の魔女は水晶越しにその戦いを眺めていた。
「おやおや……まさか気づかれるとは……」
そしてその届いた言葉に対し、感心の言葉を返す。声は届かないが、それでも向こうはこちらの意図を察しているだろう。これは仕方のないことなのだと。
「だが悪く思わないでくれよ。ガイが負ける訳にはいかないのだ。その全力の解放……その詳細までは読み取れなかったが……奥の手があること自体は気づいていたとも」
そう。かの魔人の強さは、ガイを倒しうる可能性を持つのだ。
仮に勝っても負けてもその世界の結果は大して変わらないのだとしても、その過程にガイの敗北という結果が起こることは、ガイという存在に於いてあまり良い未来を示していなかった。
だからこそ未来視の魔女Cは、ガイへの助力を行った。レオンハルトの情報を教え、己の持つ予知の力の一端を、一時的にガイへと譲り渡すことで。
「閣下。悪いが私はあなたよりガイの方が気に入っていてね。だから贔屓させてもらうよ」
そうして未来視の魔女はこの先、己が仕えることになる人間を遠方から見続けた。その先の運命が、より良いものとなることを願って。
ガイは目の前の魔人の戦闘力に警戒を強めた。
「ククク……後で覚えてろよ。だが今は……目の前の強敵から目を離す訳にはいかないからな……!!」
「あまり目の敵にされては困るのだがな……!」
「悪いがそれは無理だな。俺より強い人間を捨て置くことは出来ねえ。魔王様の忠実なる下僕として──お前を叩き潰す!!」
『ッ……また来るぞ!』
わかっている──と、カオスの言葉に内心で答えた。その直後に、レオンハルトは更に速くこちらに肉薄してくる。今度は次元移動を使わずに距離を詰めてきた。
禁呪で弱まっているとはいえ、近接戦において不利なのは変わらない。それゆえその攻撃を予知して下がるが──
「逃がすかッ!」
「く……!」
──その直後にはレオンハルトが背後に移動してきた。
元よりレオンハルトの剣の間合いはとてつもなく広いとはいえ、その距離が近い方が力が発揮出来るのは言うまでもない。
魔法使いと剣士の戦いは、距離を詰めさせずに魔法を撃って迎撃する魔法使いと、それを耐えて近づき、剣撃を浴びせる剣士の構図となる。
それはこの極限の戦いにおいても変わらない。逃げながら戦うこちらと追いながら戦うレオンハルト。
そして先程よりも変わったことは、その追ってくるレオンハルトがより獰猛で凄まじく、そして手段を更に増やしたことだ。
「離れろッ──」
「離れんッ! 絶対にお前に追いついて剣を突き立ててやるッ!!」
禁呪を含めた魔法の連続。それを以ってしてレオンハルトを迎撃しようとする。
だがそれらを、レオンハルトは斬り捨てて、次元移動で躱し、あるいはただ耐えて直進してくる。
あるいは魔法をも使って。
「禁呪“ハルマゲドン”!!」
「また魔法か!! ならこっちも魔法で返してやる!!」
レオンハルトが左手から魔法光を、獄炎の塊を発生させる。
並の魔法使いでは難しい独自の魔法。並の魔力では大した威力の出ないであろうそれを、レオンハルトは魔法の才と非凡な魔力でこちらに迫ってくる。
「“ソーラープロミネンス”!!」
「!」
『ぐっ……魔法まで使えるんか……!』
禁呪の爆発とレオンハルトの放った獄炎の爆発が激突する。
生じた凄まじい破壊の光に腕を覆う。そうして見えたのは、背後に移動してくる訳ではなく、その爆発の中をあえて直進して斬りかかってきたレオンハルトの姿だった。
「オオオオッ!!」
「っ……“バリア”ッ!」
予知が僅かに遅れ、カオスで防御しながらも同時に魔法のバリアを張って不利な体勢をカバーする。バリアが一瞬で壊れるが、僅かに威力を減衰させカオスでの防御が行えた。
そうして体勢を立て直せば、再び距離を取って魔法を放ち続ける追いかけっこの再開だ。この状況を維持していれば、少なくとも負けはしない。相手は毒で体力を減らし続けている。時間を消費するだけで、長期戦に持ち込むだけでもこちらは勝てるのだ。
その考えは変わらない──筈だった。
「“黒色破壊光線”!」
「邪魔だッ!!」
9つの魔法球から連続して、様々な角度から放たれる破壊の光を、レオンハルトはその手に持つ赤く輝く魔剣で斬り捨てながら進んでくる。
その灼けつくような赤い目は、常にこちらを捉えて離すことはない。
そしてこちらもまたレオンハルトから目を逸らす訳にはいかず、結果その強靭な意思を秘める瞳と視線を交わし合うが……そこで分かるのはこの魔人の鮮烈かつ輝かしい生き様だ。
魔人レオンハルトの情報を得た際、レオンハルトの呼び名は幾つかあったが、主に魔物達から呼ばれている渾名がある。
それが“魔物界の英雄”というもの。
曰く魔王ジルの下で、この魔物が支配する黄金時代を作り上げた魔人レオンハルトを指す呼び名だ。
それこそ人類史が始まった開闢期の頃から──レオンハルトという男は常に争いの中に身を置き、民の生きる道を切り拓く“剣の王”として名を馳せていたらしい。
魔人に身を落としてからも魔軍参謀として戦闘を取り仕切り、魔軍の最強の将として常に人類の敵として戦争に勝ち続けた。
そうして魔族に繁栄を与え続ける最強の魔人に、多くの魔物は畏敬の念を持っているらしいのだと、そう言っていた。
そしておそらく、それは魔族だけではない。その魔人の周囲にいる人間も含めた全ての生物に恩恵を与えるものなのだろう。
レオンハルトの情報を集める過程で、他にも聞いたものがある。レオンハルトという魔人は人間にも救いを与えるのだと。
多くの人間を下級使徒として側に置き、人間牧場においても救いの糸を垂らしているレオンハルトは、その恩恵を受ける人間にとっても、間違いなく英雄なのだと。
魔物に支配された人間が、真に幸せな筈がない。そう考え、懐疑的に見ていた。
だがレオンハルトのその強い意思を秘めた瞳とその戦いぶりを見て思う──果たして、本当にそうなのか? と。
多くの人間を苦しめる算盤を弾いている魔人が、人間にとって正義の筈がない。それは理解している。この魔人を倒し、魔王を倒し、人間を解放することが最上なのだと信じている。
だが一方で、間違いなくこの魔人に救われてきた人間もいるのではないか。この魔人が倒れることで、苦しむ人間もいるのだろうと。
それを理解しつつありながら、こちらの意思に陰りが差すことは勿論ない。この魔人を倒すことに迷いはない。
だが──
「手数ではやはり劣るかッ! ならこっちはそれを補える程速く動かないとなァ!」
「っ……!」
その必死の形相で。追い詰められた楽しみだけでなく、使命を感じさせる表情を浮かべるレオンハルトを見て、どうしようもなく押される。
その必死になる意味を、戦う意味を理解し始めてしまったからだ。
この魔人は間違いなく人類にとっての邪悪だ。それは理解している。
だがこの魔人の戦う理由は──周囲の大切な者を守るためなのだろう。
それも1人や2人ではない。数多くの命を背負って戦っている。そんな瞳で、こちらを見ている。
それに対してこちらは、人類全てという大きな物のために戦っている。
名前も顔も知らない大勢の救われない人間のために、ガイは命を賭けて戦う覚悟を決めている。そこに揺らぎはない筈だ。
だがそれでも押されてしまうのは……やはり、その思いがそれほど強いのだろう。
戦況は常にこちらの有利。このまま維持しているだけで勝てるとはいえ、魔人レオンハルトの攻撃が1つでも。その一刀が当たるだけで人間であるこちらは致命傷を負いかねない。
多くの魔法を当てて、体力を削り、血を流し、劣勢に至りながらもこちらを倒そうと突撃を繰り返し、徐々に迫りつつあるレオンハルトに、その精神性と戦いぶりに、ガイは重圧を感じ始めていた。
このまま時間を稼いでいれば勝てる──本当にそうか?
先程からレオンハルトの動きに衰えを感じられなくなっている。むしろその剣の一振りは鋭さを増し、重みを増し、速さを増している。
それに呼応するように魔人の持つ魔剣の輝きも増し、もはやその刀身は赫焉によって輪郭しか見えない。眩しく鮮烈な輝きを放ち続けていた。
「そこをどけッ!! 倒れろッ!! その勝利は俺のものだッ!!」
「っ!」
──気圧される。
魔人の気配というだけではない。その確かな力から来る剣気というだけではない。
その意思の力。精神力に気圧される。
全てを斬り裂く赫焉の刃を振りまきながら、徐々にこちらに追いついてくる魔人の姿は──恐怖でありながら、どこか魅せられるものだった。
「俺の刃を、お前に突き立てさせろォおおおお!!」
『っ、押されとるぞガイ! 何とかせい!』
「ぐ……わかっている……!」
吠えながら突進し、剣を振るう魔人の対処に追われ続ける。
もはやその剣は防ぐので手一杯だ。元より剣技において渡り合うことは難しかったが、今はもう剣での反撃すら難しい。
遠距離から放たれる斬撃。赤い剣気の放出。魔力で形作った魔法の剣までも時折飛ばされ、そしてその余波でさえ、威力が増している。禁呪の効果で身体能力は常にこちらが上の筈なのに、何故か力で押されている。
魔人の全力で以って圧倒する。ただそれだけの戦闘方法が──こちらが対応に容易いと思っていたその戦法が──何よりも辛いものとなる矛盾を、ガイは感じていた。
こうなれば焦らされる。時間経過を待つ訳にはいかない。手をこまねいている余裕はない。これ以上体力と魔力を消費すれば、この後に待ち受ける魔王との戦いに支障をきたす。
ゆえにここでガイは迷った。どうするべきか。どう対応するべきか。レオンハルトのその強さに怯みながらも、禁呪を発動しようとした。
しかしそこで、己の内側からの声が届く。
『──あーっ! ウザってぇ! 何をグズグズしてんだ! もう代われ!!』
『何だと……!? おい、やめろ──』
その精神の揺らぎに乗じて、ガイは意識を反転させた。
「! ……何だ!?」
「おっ、剣を止めてくれて助かるぜ。──だが死ね──っ!!」
「っ……!」
そしてレオンハルトが、ガイの身体ががくんと揺れたのを見て様子がおかしいと動きを止める。魔人にすると言っていたからか、殺すつもりまではないのかもしれないが、その様子見はガイにとって入れ替わる絶好の機会となった。ガイはそれを、己の内側から歯がゆい思いで見ることとなる。
「今度は……荒っぽくなったな……!」
「ははは! こっちが本当の俺だ! 今までと同じだと思うなよ! お前みたいなムカつく魔人はさっさとぶっ殺してやる!!」
「……クク、そうか。なら面白い。やれるもんなら……やってみるんだなッ!!」
そうして今度は、もう1人のガイとレオンハルトの戦いが始まる。
第3ラウンドの開幕だった。
レオンハルト体質:HPが一定以下まで減少するとシステムの枷を外して覚醒する。
スラル「ゲーム設定的に説明するとこんな感じね。こうなったレオンハルトは才能限界が無くなったり、勇者の見切る能力や死なない力を無視したり出来るわ。魔王の絶対命令権が効かなかったりするのもこれのおかげね。いわゆる第二形態って奴だけど、解放したからって劇的に強くなるとかじゃないわ。これはただ可能性を与える力ってだけね。それでも強く見えるのは……まあレオンハルトの気の持ちようというか、魔剣の解放を始めとして手段を選ばなくなるからとか、色々な理由があるけど……一言で言うなら努力の賜物かな。
……でも一番重要なのは髪色が私と同じになることだったり……コホン。そんな訳で次回は悪ガイとレオンハルトの戦いが始まるからよろしくね!」
ラウネア「……(よければ感想待ってます。よろしくねー)」