※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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人生の終焉

 ──ルドラサウム大陸東部、魔王城。

 

 そこは世界を支配する魔族の王、魔王が住まう禍々しい悪の居城。

 人類を家畜に落とし、魔物の黄金時代を作り上げたその女性。

 人どころか魔も魅了する美しさと全ての生物に恐れられる程の冷淡で残酷な最恐最悪の魔王──ジルが、魔王城の玉座に腰掛けていた。

 

「…………」

 

 そのジルに言葉はない。

 普段は自身の側に控えている2人の魔人がいないこともあるが、その一方である魔人ノスがいたところでジルは言葉を弾ませることは少ない。

 それでもこの場にいれば声を掛けてきて、それに気が乗れば返すくらいはするかもしれないが……ノスに構ってやるくらいならもう一方の魔人にジルは声を掛けるだろう。

 

「!」

 

 そして、玉座の間が──否、魔王城が振動する。

 ジルはその現象に反応し、口元に薄い笑みを浮かばせる。そのお気に入りの魔人の気配が、より色濃くなったからだ。

 

「──レオンハルト……随分と楽しんでいるようだな……」

 

 魔王ジルがその名を口にする。

 そう。そのお気に入りの魔人。全ての魔人の頂点に立つ魔人筆頭であり魔軍の全権を取り仕切るその魔人──レオンハルトが戦っているのだ。

 ジルはその事を思う。そも、とある人間が魔王の命を狙いに来ることは少し前から聞いていた。

 そして数時間前にはこれからその人間が来るため、その撃退を行う旨の報告を閨の中で聞いた。

 加えて、その撃退は自分に任せてほしい事と、その人間を撃退した後で魔人にしてほしいというお願いをしてきた。ジルはその事を思う。

 

「最初はどういうつもりかと思ったが……なるほど。人間でありながらレオンハルトがこれほど手こずる相手か……」

 

 ……レオンハルトの言った通りだな。

 確かに興味深い。ジルは、その人間をそう評する。

 他者に興味はないジルではあるが、配下の魔人がどの程度の強さを持つかは把握している。自身のお気に入りであり、最強の魔人であるレオンハルトであれば尚更だ。

 その強さはそこらの魔人はおろか、四天王級の魔人を遥かに上回るもの。どちらかと言えば魔王である己に近い実力者だ。

 魔王に備わった絶対命令権の存在で魔人は魔王に逆らえない。だが、それを仮に無視して考えるならば、レオンハルトの強さは魔王と戦っても戦闘を成立させるだけの強さはある。

 他の魔人であれば絶対命令権の有無に関係なく戦闘にはならない。容易く一蹴出来るだろうとジルは己の強さをそう分析している。その強さに唯一、抗うことが出来るとすればこの地上においてはレオンハルトだけ。戦ったところでほぼ100%ジルが勝つ。力の差は歴然とはいえ……己にそう思わせるだけでもレオンハルトという魔人は規格外なのだと。

 つまるところレオンハルトに敵う存在はこの地上において自身しかいない。ましてや並の魔人を遥かに下回る人間など、レオンハルトが本気で戦えば抗うことすら出来ないだろう。一瞬で片が付く。

 そう思っていたが……現実は、レオンハルトが苦戦している。

 

「ふん……取るに足らない不快なだけの人間であれば、レオンハルトたっての願いであっても蹴るつもりだったが……」

 

 その人間を倒した後で魔人にしてほしいとレオンハルトから聞いた時、ジルは当然その理由を聞いたが、レオンハルトからは『見どころのある強い人間であるから』というどこまで本気かどうかわからない返答が返ってきた。

 だがその理由はどうでもいい。レオンハルトがどんな理由でその人間を魔人にしたがっていたとしても、さして重要ではない。仮にどれだけ愉快で愚かな人間であったとしても、人間である以上はどれだけ興味深い相手でも手駒以上にはなりえない。精々、退屈を紛らわすための玩具が良いところだろう。その戯れとして、その人間を魔人にしてやるのも吝かではない。他の魔人であればともかく、レオンハルトの頼みだ。少しくらいは聞いてやってもいい。魔人の枠は貴重だが、いらなくなれば消してしまえばいいだけだし、さほど考慮する必要はない。

 重要なことがあるとすれば人間を苦しめること。そしてレオンハルトを如何に楽しむかだ。

 頼みは聞いてやってもいいが、タダで聞いてやるのは勿体ないため、ジルは試しに嘯いてやった──『頼みを聞いてほしければ精々私の機嫌を取ってみろ。そしたら私も考えが変わるかもしれんぞ……?』と。

 するとレオンハルトはその意図を察して、いつも以上に激しくジルを抱いた。

 獣のように本能を解放させ、しかしその上で女を悦ばせる理性を携えたレオンハルトとのまぐわい。

 しかもその中に相手を欲する愛すらも覗かせた上で──何度も。何度も。何度もまぐわって、そして奥に精を注がれた。

 

「くく……あれが今後も続くと考えれば安いものだな……」

 

 ジルは軽く自らの下腹を手で撫でる。先程、何度も触れられたことを思い出しながら触れると軽く身震いした。

 しかも今後は更に続く。レオンハルトの心も、徐々にではあるが傾いている。

 この分なら後は何かの切っ掛け次第でこちら側に転ばすことも考えられる。人心掌握術について書かれていると思われる古代の文献にも、レオンハルトのような強い意思を持つ相手は生半可な手では堕ちない。時には強い1手。奇想天外な1手を打つ必要があると……そう書かれていた。やはり鵜呑みにはしないが、一理はある。レオンハルトを堕とすためには、これも良い機会であると。

 

「戯れにもなり得る……どんな人間かは知らないが、私とレオンハルトのために、精々踊ってもらうとしよう……ふふ、くくく……!」

 

 魔王の悪意に満ちた含み笑いが玉座の間に響き渡る。

 そうしてジルは玉座から立ち上がった。ひたひたと、歩いて行く。

 その行き先は──己の欲の赴くままに。

 

 

 

 

 

 目の前の強敵。ガイの変化を、レオンハルトは見逃さなかった。

 

「次は俺様の番だ!」

 

「……ッ!」

 

 ガイのその表情が、先程の堅く真剣なそれから荒々しいものへと変わる。

 一人称。口調。動き。剣の振り方。それらにまで差異が起こる。その現象を、レオンハルトは正確に把握していた。

 ……入れ替わったか! 

 そう。ガイの特異体質。2つの精神を持つというガイの強さの源。それらを当然把握していたレオンハルトは、初見であるにも関わらずその現象を理解して素早く対応した。

 身体は同じでも精神が違うのであれば、戦い方は変わってくる。好むやり方、戦闘における癖、思考──それらを改めて理解し、読み取らなければならない。

 ある種、2人目と戦うようなものだ。それも、取るに足らない人間であればともかく、相手は規格外の力を持つ男。

 

「──お前の番などないッ!! 誰が相手だろうと勝つのは俺だ!!」

 

 だからこそ油断はしない。楽しみこそすれど、余裕もない。

 相手は依然として格上。ならばやはり、追いかけるだけだと。

 

「──なんてな」

 

「…………あ?」

 

 ──そう思った直後、ガイは反転した。

 大広間の扉。それを高速で開けて、外へと飛び出していくガイを、レオンハルトは虚を突かれて一瞬ではあるが動きを止める。

 

「ぐははは! ばーか! 俺様はお前らなんぞに興味はない! 好き勝手に女でも探してエロエロなことをして過ごすんじゃ────!!」

 

『ちょっ!? 何を言っとるんじゃガイ!?』

 

「っ……!」

 

 ──しまった、と。

 ガイのもう1つの人格。そのおおよそを把握しているのに──いや、把握しているからこそ、それもありえると思いレオンハルトは急ぎガイを追いかける。

 自分を倒す。魔王を倒す。その覚悟していた使命から逃げる──逃走。

 そんなことをされればレオンハルトの計画は水の泡だ。何としても阻止しなければならない。

 ゆえにレオンハルトは、カオスの制止の声も無視してバカ笑いをしながら逃げるガイを追いかけた。

 

「逃がすか……! オル=フェイルッ!」

 

 オル=フェイルの能力を用いた次元移動。それによって、ガイを追いかけるように廊下へと飛び出す。

 

「禁呪──」

 

「なッ……!?」

 

 そしてその瞬間。こちらに反転していたガイが、その魔法球の照準を一斉にこちらに向けており……禁呪を発動させた。

 

「“九色破壊光線”!!」

 

「ぐ、オオオッ!?」

 

 あまりにも唐突な、こちらの虚を突いた一撃だった。

 レオンハルトはそれを食らい、防御をしつつもダメージを食らいながら大広間へと吹き飛ばされる。

 

「ぐはは! かかったなバカめ! 誰が手負いの奴を残して逃げるか! 魔王とやらはともかくお前はここで死ね──ッ!」

 

「っ……ぐ……!」

 

 そしてガイもまた大広間に戻ってきて吹き飛んだこちらに対し、追撃を行ってくる。

 それを見てレオンハルトは、感嘆した。この土壇場でそんな小細工を、悪知恵を利かしてくるその度胸。戦術眼に。

 

「く、ククク……やるな……まんまと騙されたぞ……!」

 

『全くじゃ。儂まで騙されたぞ……』

 

「騙される方が悪いだろうが! 卑怯でも何でも使って勝つのが戦いだからな!」

 

 カオスを振り被って襲いかかってくるガイに、その躊躇はない。

 先程までのガイよりも悪知恵に近いその戦法に、レオンハルトはやはり舌を巻くしかなかった。

 数え切れない戦歴を持つレオンハルトの経験の中に、小細工や悪知恵、卑怯な戦法を取ろうとしてきた相手は大勢いた。魔人を相手に正々堂々と戦って勝利を収めようとする相手の方が少ない。その程度の差はあれど、誰もが策を弄してこちらにぶつかってきた。

 だが、その尽くを真正面から粉砕してきた。その策を小細工だとあざ笑うかのように。己の剣で全てを斬り捨ててきた。

 だがその小細工も、これほどの戦士がより効果的な場面で使うなら立派な戦法に。それもこちらに大打撃を与えるものに昇華される。

 ゆえにレオンハルトは称賛した。

 

「そうだな……ああ、その通りだ……! 卑怯などと言うつもりはない……! むしろ褒め称えてやる! それも立派な戦術だ……!」

 

「男に褒められたところで嬉しくないわ! いいからさっさと死んどけ!」

 

「だが俺は死なんッ! それでも勝つッ! 全てを受け止めて勝利してやる……ッ!!」

 

 レオンハルトは人間の努力を、可能性を、その意外性を認める。

 どんな形であれ己の予想を超えてくる人間をレオンハルトは好んでいる。その強い意思を持つ人間を、その輝きこそが、人間の素晴らしい部分であると正しく理解している。

 それが愚かさに映るか輝きに映るかは人それぞれだろうが、少なくともレオンハルトは嫌いではない。醜いことではない。己の私欲があまりに、どこまでも他者の足を引っ張り、その上自らを高めようとせず、現実逃避や言い訳ばかりを口にする──そんな豚共とは違う。

 その強い力と強い欲。強い意思は魔人にも通じるところがあるものだ。

 それを歓迎しない理由がレオンハルトにはない。

 

「ふん! そんなに死にたいなら殺してやる! 食らえ! 禁呪!」

 

「!」

 

 故に、レオンハルトは疾走した。踏み込んだ。

 眼前のガイが、新たな禁呪を発動させる。巨大な邪竜を思わせる形の黒い炎。あらゆるものを焼却し、汚染する。その悪意の塊。

 それをカオスに纏わせて、ガイは振るった。

 

「“アジダハーカ”!!」

 

「ッ!」

 

 間近で、レオンハルトはそれを見る。ガイの剣の振り。迫り来る邪竜。

 それらに対し、あえて距離を詰めていく。

 その強大な力。自身を上回る圧倒的な力。

 それを前にして、出来ることは己を弱者だと定義すること。まずは認めること。最終的には勝つ思いを強く持ちながらも、まずは力の大小を見極める。その上で対処法を模索する。

 そうして使うべきは挑戦者の剣だ。相手と相手の力を動かし、後の先を取って勝つ剣。誇り高き、弱者の剣。

 

 ──使わせてもらうぜ……ッ! 

 

 己の内にある、その記憶を思い出す。そして放つ。目の前の、強者に対し。

 

「──“円廻”ッ!!」

 

「ぬおっ!? な、何!?」

 

 相手の力を受け流し、そのまま相手に跳ね返す。

 間近に迫っていた邪竜を、その剣と共にガイの方へ跳ね返した。

 

「オオオオオオオッ!!」

 

「っ、ぐっ!?」

 

 そうして出来た隙に、全力で剣を打ち込む。ガイの身体に、刀身が触れた。

 だがそれは僅かにガイの右腕を切り裂いたところで、ガイがその場から消えることで防がれた。

 後ほんの僅かでも遅れていれば右腕を斬り落とせたが、相手もさすがと言う他ないだろう。並の格上であれば今ので決着していた。

 だがそうはならない。再び距離を取っていたガイが、右腕から流れる血を見て鬱陶しそうにしながらこちらを睨む。そして声を放ってきた。

 

「ぐぬ……お前、何だ今の技はっ!?」

 

「既に失伝した技だ。今より約1000年前……この俺に剣で迫った人間の技」

 

 そう。その技は、今ではもう己しか使えない懐かしき技。

 己と共に剣の頂きに上がってきた英雄の絶技。

 最強に挑まんとして構築されたこの剣で、かつて己は大きな傷を負わされた。

 もっとも、格下を相手に態々選ぶべき技ではない。

 己は魔人。そして世界最強の剣士。その己が、態々防御や回避、カウンターに寄った技の数々を敢えて見せる意味は薄い。

 ゆえにこれまで、この技を見せる機会はなかった。あの強敵の技を失わせるには惜しいと習得したのはいいが、そうして分かったのは己には向いていない剣であるということだった。

 相手より強い力を。速さを。技を。あらゆる部分で相手に勝る己に、この剣は必要ではない。格上を、少なくとも同等の相手でなければ使う意味もない。

 ──だがその格上がもし現れたならば……この剣は相手に届き得る無上の剣と化す。

 

「これはお前を認めた証拠だ……! 挑戦者には、手段を選べる余裕なんてありはしない……! ありとあらゆる技を以って勝利する……! たとえ人間の開発した技であろうと、それが意味を成すなら使わない理由は存在しない……!」

 

 弱者の剣は強者にこそ意味を成す。

 それを己に教えた強敵──藤原石丸の剣すらも用いて、レオンハルトは挑んだ。

 

「かつて俺が食らった挑戦者の剣を味わえ──ガイッ!!」

 

「はあっ!?」

 

『な、なななな何じゃ──ッ!?』

 

 叫び、そして技を放つ。

 使うは幻惑。己の身体をその気迫と剣気によって、まるで本物のように見せる奥義。

 そこに更に、本物の分身を交えた上で、肉薄させた。

 

「“幽玄”」

 

「っ!!」

 

 自分の幻が、ガイに向かって斬りかかる。

 その間に自分はガイの背後に一瞬で移動した。その小細工。ともすれば卑怯にもズルにも思える技と戦法の数々。

 最強を自負するものとして使ってこなかったそれらも、今はあえて使わない理由はない。そして、使った以上は──

 

「俺が勝つッ!!」

 

「ぐおおっ!?」

 

 ──何が何でも勝利する。

 

 そうしてレオンハルトは、ガイに全てを用いた。勝利だけを望んで。

 

 

 

 

 

 ガイは目の前で増えたレオンハルトに、素直に間の抜けた表情を見せた。

 だがそうしていられるのも一瞬。影が2つ。それに気づいて背後へ移動してきた本物に対処しようとして気づく一瞬。その一瞬あとに2つの影の内の1つは実体を持つ分身であることに気づく一瞬。

 その目まぐるしい気付きと仕掛けの連続に、ガイは苦慮した。はっきり言って、こんなのはズルだ。反則だという思いを抱く。

 

「くそ……この卑怯者が! 正々堂々と戦え!」

 

「悪いがその余裕はないんでなッ! やらせてもらう!」

 

 苦し紛れに挑発。だがそれも効果は薄い。今の相手はそれこそ何でも使うのだろう。戦いにおいては当たり前ではあるが、それでも魔人がそんなことをしてくるのに理不尽を感じた。──自分は棚に上げた上で。

 

「ええいっ! ならこっちも反則技を連発してやる!」

 

 幸いにもこっちには腐るほど禁呪がある。先程、自分が内側に沈んでいる時はウザさの極みだったが、表に出ている時なら躊躇する余裕はない。精神的負担を半減──いや、6:4か7:3程度は受け持ってもらおうと禁呪を発動させる。

 

「禁呪“ディエス・イレ”!!」

 

「っ……! 召喚魔法か!」

 

「その通りだ! 死神に殺されろッ!」

 

 禁呪を発動させれば、頭上から髑髏の天使が──大鎌を振り被り、対象に指定した相手をあの世に連れて行こうと戦い始める。使用した瞬間、相手は殺せるが使用者も発狂して死ぬという恐ろしい魔法ではあるが、分散出来ればそのリスクはほぼ無いに等しい。

 

「死神か……ならその死神すら潰すだけだッ!!」

 

「!?」

 

 だがその死神が上段から振りかぶった大鎌は、レオンハルトの剣に受け止められる。普通は耐えうる道理はない技なだけに、召喚された死神ですら驚いているようだった。

 だがこっちはそんなことは予想済みだ。その程度でやれるなら今までに何度も殺している。だからこそ、ガイは手を緩めなかった。

 

「禁呪“ディエス・イレ”!!」

 

「!」

 

 連続で、もう一体死神を召喚する。

 一体で足りないなら二体召喚すればいいだけだ。精神的負担? 魔力の消費? ──そんなことは知らん。余裕がなくなったらすぐ逃げればいいだけだ。

 だが今はまだ余裕がある。だから目の前の魔人は殺しておく。何となく邪魔だから。

 

「そら行け死神! あいつを殺せ!」

 

「──!」

 

 召喚された瞬間、もう一体の死神を見て「あれ? なんか俺がもう1人いるくね?」みたいな感じで戸惑っていた死神だが、すぐに召喚者の命令に従って魔人へと向かっていく。

 その間に邪魔な分身を別の魔法とカオスで殺しておく。それが終われば、次は本体だ。禁呪を用意し、そしてカオスを強く握り込む。

 

「奥義──」

 

「?」

 

「??」

 

 だがその時にはレオンハルトもまた動いていた。レオンハルトの身体が、ブレる。

 その瞬間、死神はレオンハルトを見失った──刹那。剣を振り終えたレオンハルトが目の前に現れる。

 

「──“晨星剣落”!!」

 

「うおおッ!?」

 

 2体の死神を一瞬で斬り捨て、目の前で剣を振りかぶっていたレオンハルトの一撃を回避する──受けたら駄目だという予知に従って。

 何しろその技の正体は、先程と同じ幻。

 剣を振り、相手を斬るという行程だけを誤認させ、その瞬間に対応してきた相手の剣を本物の一振りで受け流して斬るという絶技。先程の幻を作った技の更に上位──いや、まさしく奥義と言える技だ。

 しかしガイとしての感想は、「どこが弱者の技だ!?」というものだ。禁呪で召喚した2体の死神を瞬殺し、こちらに肉薄するようなズルすぎる技に転げながら思う。近寄ってくるレオンハルトに、新たな仕掛けと対応を行いながら。

 

「チッ……いい加減にしろ! 禁呪! “九色破壊光線”!!」

 

「──!」

 

 距離を詰めていたレオンハルトの身体を吹き飛ばすようにして魔法を放つ。

 そうしてレオンハルトとの距離が離れ、相手が対応している間がチャンスだ。相手が惑わしてくるならこっちも惑わすだけ。

 そしてそれで──決着だ! 

 

「禁呪! “無間地獄”!!」

 

「ッ!? これは……!?」

 

 破壊光線を受けきった、あるいは躱したであろうレオンハルトが戸惑ったように周囲に視線を送る。

 だがそれもそうだろう。その禁呪は、相手の五感を一時的にではあるが、消失させる技。

 もっとも、高いレベルの神魔法の類やアイテムを使えば解呪も可能だが、それをするにしても隙は出来る。当てるのも難しいが、当たってしまいさえすれば必ず隙は出来る。

 

「今だ! “黒色破壊光線”!」

 

「ッ──!? オオオオッ!!」

 

 魔法球を四方八方に飛ばし、それぞれから破壊光線を撃たせる。ダメージを与えつつ、方向感覚を狂わせ、混乱させるために。

 魔人が吠えた。弱体化の毒も効いている。強がってはいるが、相当の体力は削れている筈だ。

 そしてこっちも、いい加減禁呪の使いすぎで精神的にも魔力的にも辛くなってきた。力を込め、魔法を食らってそれでも耐える魔人に、真っ直ぐに駆けていく。

 

「これで終わりだ! 死ねェ────ッ!!」

 

 魔人に特効を持つ魔剣カオスを突きの形で構え、突撃する。

 これで心臓などの急所を刺せば終わりだ。相手は未だ闇の中。これを防ぐ術は存在しない。

 ……これで俺様の勝ちだ……! 

 こんな面倒な相手はさっさと殺すに限る。そうして後は適当に。一旦帰って女でも襲おう。人格が戻ればまた魔王を倒そうとするかもしれないが、この魔人を殺しておけばもしそうなっても少しは楽になるだろう。

 そう思い、勝利を確信した。カオスの刃が、レオンハルトの胸に迫る。数十メートルの距離は禁呪の肉体能力の強化もあって一瞬で埋まる。

 そしてレオンハルトはじっとしていた。諦めたのか? あるいは無駄なことに気配でも読んでいるのか。仮に読めたとしても、こちらが剣を突き立てる方が速い。

 だからガイは、迷わずカオスを突き刺した。残り1メートル。50センチ。10センチ。そして──その距離が埋まる。

 

「…………」

 

「ッ!?」

 

 だがその瞬間──ガイはレオンハルトが、笑みを浮かべたのを見た。

 諦めたような、受け入れたかのような真顔から一転。口端が吊り上がる。

 しかしそれがどうしたと言うのかと、カオスを突き立てたその刹那──バキン、という何かに一瞬遮られたその音と抵抗がガイに伝わってきた。

 

「──ッ! ここだッ!!」

 

「──は……?」

 

『な……ッ!? 今のは……無敵結界か!?』

 

 その瞬間、肉を突き刺す感触が伝わった。レオンハルトが動いたのが分かる。その現象に、自分もカオスも驚いたのが遠く聞こえる。

 目の前にいるレオンハルトが、僅かに動いたことで、急所からズレた。左の肩口に突き刺さり、驚く。

 その理由は、2つある。そして……こうなった理由も一瞬後で理解出来た。

 

「普段は敢えてやることはないが、無敵結界は張りなおせる……すぐに張りなおしてやってもよかったが……こうして隙を作れたとこを見るに、勿体ぶって正解だったな……!」

 

「な、なっ……!?」

 

 レオンハルトの声が、時間の流れに反して正確に、長く聞こえる。

 それはこの結果を生じさせた理由だった。その無敵結界を張り直したことが。

 

「五感を奪われたのはさすがに驚いたが、不思議なことに無敵結界が壊されたことはまた別の感覚でわかる。壊された瞬間に動くことで致命傷さえ避ければ……勝ちを確信して隙を晒すと思ったぞ」

 

 そう。この魔人が行ったのは、言うなればそれだけ。

 カオスで確実に壊されるであろう無敵結界を、触覚として使ったのだ。

 もう少しでも早く張り直していれば、魔法の攻撃は全て防ぐことが出来る。そうなれば戦いをまた有利に進めることが出来るのに──あえてそうしなかった。

 その理由はレオンハルトが言うように、隙を作るためだろう。魔法でも剣でも何でも、無敵結界がもう無いものと思い、とどめを刺してきた瞬間に無敵結界を張れば、その攻撃を防ぐことで動揺と隙を作れる。

 カオスであれば無敵結界が張り直されたその気配に気づくことも可能であっただろうが、あまりにも速い高速戦闘。その応酬の中で、決着がつくその時にまで気づくことは叶わなかった──あるいは、遅れた。

 それがまんまと、自分が罠に引っかかってしまった理由だ。

 

「強かったぞ、ガイ。お前の強さは、俺を上回る。それは間違いない。禁呪込みだからと悲観することもない。お前の強さは、きっと魔王様にすら通じる」

 

「──!」

 

『いかん! 避けろガイ──ッ!!』

 

 そしてそれが──自分が、魔人の剣を食らう理由だ。

 

「だがそれでも──勝つのは俺だ」

 

「っ──おおおおっ!!」

 

「遅い」

 

 レオンハルトの剣が、振り下ろされた。

 そこには特別な技も何ひとつ存在しない。

 ただただこちらより一瞬だけ早く、その魔剣はガイの身に届いた。

 

 

 

 

 

 レオンハルトはその一太刀によって勝利を確信する。

 負ける訳にはいかない。勝たなければならない。

 そのためには自分の矜持は二の次だ。

 かつての強敵の剣を解放し、罠を張って仕留めることも厭わない。

 そして、ちょうどよいとも思う。

 何しろこの剣は、この剣を振るったのは──大切な者のためだった。

 あの時の石丸の剣は、その一心が籠もっていた。

 己を超えようとする強い意思だけではない。大切な者の期待に応え、そしてその生き様を見せんがために。

 ならばこの剣を振るうのにこれほど適している時はないだろう。

 勝手ながら石丸から受け継ぎ、自らの物としたこの技は、強敵を前にして何かを守るのに適した技だ。

 ゆえに、1000年の時を超えてその絶技はこの世に蘇る。

 そしてその剣は、強い勝利の思いを乗せて届く。あの時もそうだった。

 

 ──勝つのは俺だと、そう信じて剣を振るった。

 

 ゆえに、その剣は届く。届いた。

 

「か、はっ……!」

 

「!」

 

 ──だが、生憎と。

 その結末までも同じとは、限らなかった。

 

 

 

 

 

「う、おお……っ!」

 

 それはレオンハルトが踏み込む一瞬のことだ。ガイは、レオンハルトに踏み込むのではなく、命だけは助かる選択をした。

 手に持っていたカオスから手を離し、ほんの少しでも距離を取る。致命傷を避け、少しでも、ほんの僅かでも傷を浅くするために。

 そうして少しでも戦う力が、あるいは逃げる力が残れば御の字だ。そう判断して。

 そしてその判断は──正解であった。

 

「……っ……驚いたな……まさかカオスを捨てるとは……」

 

「ぐ、ぐぐ……っ、はぁ……はぁ……くそっ……たれ……!」

 

『ガイ……っ!』

 

 魔人の肩に、カオスが突き刺さったままガイは距離を何とか取る。身体の前面に大きな傷を、斬撃の傷を負って血を流しながらも、辛うじて2本の足で身体を維持する。

 そうしてレオンハルトに悪態をつき、その姿を視界に収め続けていた。気づけば禁呪の目眩ましも解けている。レオンハルトの鋭く紅い双眸が、しっかりとこちらを捉えていた。

 だがその様子に、さすがに余裕はない。

 

「元より……殺すつもりはなかった、が……立てる力を残されるとは、予想外だな……! はぁ……ぐ……っ!」

 

「黙、れ……化け物、が……! 刺された、なら……死んどけ……! うっ……っ、はぁ……はぁ……」

 

 魔人に特効を持つ魔剣カオスが刺さった状態で、体力も大きく削れている。そのおかげか、こちらの思っているより余裕はなく、苦しそうな表情を浮かべているレオンハルトに、ガイは忌々しく言葉を吐き捨てた。

 カオスを取り返すような余裕はない。何とか戦えなくもないだろうが、それでもカオス無しで戦えば、仮に倒せたとしてもこちらも死ぬだろう。

 

『逃げろガイ! こいつは儂に刺されて弱っとる! 今ならまだ逃げられる!』

 

「ぐ……そんな、こと……わかっとるわ……! チッ……はぁ……はぁ……」

 

 カオスもまた焦っている。そして悩んだのだろう。魔人を倒せる己を置いていくことに。

 だがガイの力を思い、カオスは逃げろと叫んだ。今ならまだ逃げられる。その言葉に間違いはない。

 

「逃がす、か……!」

 

「っ……! まだ、動けるのか……!」

 

 レオンハルトは足を一歩、前に動かしてみせる。

 その化け物っぷりに険しい表情を浮かべながら、ガイは後退った。そして力を振り絞り、走ることを決める。レオンハルトもまた、すぐに追いかけてくるだろうが、禁呪の効果は未だ続いている。今ならまだ逃げられる。

 

「くそっ……覚えてろよ……次は絶対に──」

 

 と、捨て台詞を口にしようとした。それを最後に、ガイはこの場を脱しようとした。レオンハルトが背後から、一歩。また一歩と血を流しながらも確かに近づいてくる。その魔人から、逃げるために。

 そうして足を後方へと踏み出した瞬間。そう、その瞬間だ。ガイは、この世に生まれてから最も大きい衝撃を受けた。

 

「──どこへ行くつもりだ……?」

 

「────あ……?」

 

 目の前に──女が立っていた。

 

 

 

 

 

 その女は、異質だった。

 長く美しい水色の髪。女体の極致ともいえる、その美貌。美しすぎる、整いすぎた顔立ち。

 手足が黒いことも些細な問題だと思えるほどの、極上の女。

 ──だがその存在を認識すると、同時に凄まじい圧迫感を感じる。

 魔人が可愛く見えてくるほどのその濃密な気配に、女好きのガイでさえ只者ではないものを感じて背筋が寒くなるのを感じる。

 一体この女は誰なのか。その疑問に薄々感づきつつも、その答えは後方の魔人から返ってきた。

 

「ジル、様……」

 

「レオンハルト──良い姿だな。似合っているぞ。その髪色。気配。そしてその傷つきよう……全てが新鮮だな……くく。中々に唆る姿だ」

 

 レオンハルトが『様』と敬称をつける相手。

 それはおそらくこの世に1人しかいない。それを、ガイも理解した。レオンハルトに刺さったままのカオスもまた。

 

『くそ……! このタイミングで、魔王じゃと……!』

 

「……そして、それが魔剣か。中々に興味深い代物であるが……そちらは後回しだ。今は──」

 

 そしてその──魔王の視線が、ガイを真っ直ぐに捉える。

 

「──お前の相手が先だ」

 

「──ッ!?」

 

 魔王の手が、ガイを撫でるように動かされる。

 それだけで弱まったガイの身体が、万力に押し潰されたように地面に仰向けに引き倒された。

 その苦しみに、ガイは声も出せない。魔法の発動も難しかった。

 

「くく……惜しかったな、人間……お前が万全であれば、あるいは私ともそれなりに遊べたかもな……だがこうなってしまえば他の人間と変わらん……幾らでも料理できる」

 

「っ……ぐ……!」

 

 魔王ジル──その存在が屈み、その黒い手でガイの顎を、首元を撫でる。

 その肌の感触は極上のもので、触れられただけであるいは絶頂してしまいかねないものではあるが……魔王の発する圧倒的な暴威の前には、性欲など霞んでしまうだろう。

 その指を少し動かしただけで、人間の命は容易に奪われる。それを思えば、欲情などしていられない。

 ガイもまた、この状況では為す術がなかった。何とか、ゆっくりと右手をジルの方に伸ばしていくも、その腕に力はない。

 

「……く、くくく……まだ抵抗するつもりか……?」

 

 それを知ってか、ジルもそれを嘲笑った。

 無駄な抵抗だと。そんなことをしても無意味だと。ガイの感情を、読み取って。

 

「よっぽど死にたくないようだな……だが、安心していい。本来ならば拷問でもして生き地獄を堪能してもらうが……レオンハルトたっての願いだ。お前には──魔人になってもらう」

 

「ぐ……お、お……」

 

「嫌、か? くく……嫌だろうな。魔王を殺して人間を救おうと考える程だ……魔に身を落とすのは耐え難い屈辱だろう。だが……だからこそ、そうなった方が面白い……!」

 

『くそ……ガイ……!』

 

 ジルの、ガイを魔人にするという宣告。

 それはジルにとって、相手に絶望と苦しみを与える手段だった。

 元より人間を魔人にすることは、その人間をより苦しませるため。あるいは戯れとして、その愚かな行いを見物するために行っているに過ぎないことだ。

 そして人類を救おうとここまでやってきてここまで戦ってきたガイのこともまた、その身を魔に堕とすことで苦しめる。

 そのことは予想出来ることだった。何しろガイの手が、ジルの方へ未だ伸びてきている。よっぽど、死にたくなるほど嫌なことなのだろう。

 その心情を思い、ジルは笑った。人間の苦しみこそ、ジルの喜び。これほどまでに嫌悪する魔に、その身を落とした時。この男はどんな反応をするのかと──

 

 ──ふにょん。

 

「…………?」

 

 ──そうジルが思った時……そんな効果音が聞こえるような現象が起きた。

 

 ジルは一瞬、何が起きたか分からなかった。というか、意味がわからなかった。

 この人間は何をしているのか。身体を押そうとしているのか。心臓にでも狙いをつけているのか。そこから魔法でも放つつもりか。そんなことをしても無駄だと、この人間なら理解している筈。

 なのになぜ──この人間は自分の胸に触れているのか。

 それがわからず、ジルは僅かに時を止めて困惑した。ガイの表情を、ゆっくりと動く口元を見る。そして、その感情と言葉を読み取った。

 

「……おっ、……ぱ……い……」

 

「……………………」

 

 そして読み取れたのは……ただの性欲だった。

 この死ぬ間際。どうされるか分からない極限の死地において、求めるものがまさかの胸。しかも魔王のそれ。

 そのふざけているとしか言いようのないその言動に、ジルはじっとガイを見下ろした。そしてしばらく観察した上で──

 

「……くく、くくく……ははははは……!」

 

 ゆっくりと、そして徐々に大きく──笑い声を響かせた。

 その声は、音の消えた大広間に響き渡る。カオスが何が起こったか分からずに困惑し、レオンハルトはその様子をじっと鋭い視線で見つめている。

 だがジルは声を止めなかった。面白い珍獣でも見つけたかのように、笑って思ったことを口にする。

 

「く、くくく……! 何を、言っているんだこの人間は……聞いたか、レオンハルト……この人間はお前の言うように面白いぞ……! 底抜けに愚かだ……! まさか、お前と渡り合う程の人間が、これほどにバカだとは……」

 

「……お気に……召しましたか?」

 

「くく……ああ。悪くはないな……戯れとしては十分だ。この男なら、下僕にしてやるのも悪くはない……! お前の次に気に入ったぞ……レオンハルト……!」

 

 ジルは機嫌良く、レオンハルトに向けて話しかける。レオンハルトはそれに対し、口を挟まない。挟める状況にない。ジルが現れ、こうなった以上はもう結果は決まっている。

 ゆえにレオンハルトはその衝動を飲み込んだ。決着は不完全であるが、自分の求めた結果になるのなら悪くはないと。

 

「……それは重畳。では……ジル様……」

 

「ああ。お前の希望通り……さっさと始めるとしよう。その傷を放置しすぎて死んでしまっては困るからな」

 

「……ご配慮、痛み入ります」

 

「気にするな──」

 

 魔王ジルが、レオンハルトに促されてガイの口元に指を──その指先に、一滴の血を垂らす。

 それは魔王の血。ジルの力の源である破壊衝動の塊。

 それを、ガイの身体に与える。

 

「確か、ガイ、と言ったな……ガイよ。その身と心を魔に堕とし、この私を興じさせる下僕となるがいい……!」

 

「っ────!!」

 

 その一滴の血が、ガイの口の中に滴り落ちる。

 そうしてジルは立ち上がった。ガイの身体が、光に包まれる。

 ──新たな魔人の誕生。

 その光はこの地上に住む全ての人間を苦しめる、新たな魔王の尖兵が生まれた祝福の光。滅びの光だ。

 

「──っ……私、は……」

 

 そうして光が収まる頃には、ガイは変貌していた。

 その身も、心も、魂でさえも。もはや人ではない。魔のものに。

 

「新たな魔人──ガイの誕生だ」

 

「……ええ」

 

 ガイが呆然と立ち尽くす中、ジルは愉悦を顔に浮かべ、レオンハルトはその双眸を細めて事が成ったことを受け止めていた。

 そうして2人は、動き出す。

 

「では行くぞ……ガイはここで待っていろ」

 

「はっ……」

 

「っ……」

 

 レオンハルトに負わせられた傷が全て完治し、そして魔人になったことを受け止めきれずに顔と頭を抱えているガイを一旦放置し、ジルとレオンハルトは玉座の間へと戻っていく。

 その際に、レオンハルトは自らの左肩に刺さった魔剣カオスに手を掛けた。それを、一気に抜いて。

 

「──返しておく」

 

「!」

 

『ぐ……!』

 

 レオンハルトの肩から血が吹き出るが、その傷はすぐに和らいでいく。見れば、ジルが指先から魔法の光を発していた──おそらくは、神魔法。ヒーリングの一種。

 そうして再び、問題なく歩けるようにまでは回復したレオンハルトは、ガイに背を向ける。床に投げ落とされたカオスがその背を睨み、ガイもまたそれに気づいてどうしていいか分からずに視線を向けた。

 そんなガイに対し、レオンハルトはそのまま去ることはしなかった。ただ、少しの間立ち止まって──

 

「……勝負にはケチがついたか。ともあれ、歓迎させてもらう。お前程の男が魔人になったのは喜ばしいことだ」

 

「…………」

 

 そんなことを、レオンハルトは告げてきた。

 ガイは、ただその言葉を受け止める。自分が魔人になった。その事実を、ガイは髪で隠れていない方の表情を歪ませることで反応した。

 

「……なぜ……私を……」

 

「……何故、か」

 

 そして、自然とそんな疑問が口から出る。

 なぜ自分を魔人にしようと思ったのか。最初に聞いた人間のためとは、とても信じられない。

 未だガイは魔人レオンハルトの言葉を信じてはいない。それだけに、何故だと強く訴えかけたい思い気持ちでいっぱいだった。

 だが、レオンハルトから返ってきた言葉は──

 

「お前は……魔人になるべきだからだ」

 

「っ……」

 

 ──意味が、わからない答えだった。

 それを口にして、レオンハルトはそのままジルの後を追って去っていく。

 ガイはその答えに言葉を返せない。ただ、ゆっくりと両膝を突いて項垂れた。

 

「──っ、~~~~!」

 

 そして声にならない声を上げて、呻いた。

 涙は流れない。どういう訳か、涙を流せるほどの悲しみは浮かばなかった。

 ガイの心にあるのは、ただただ失意。絶望。またしても──自由を奪われたという暗い気持ちだけだった。

 

 

 

 

 

 レオンハルトは、ジルの背を追いながらその結果に半分は満足していた。

 満足したのは、ガイを魔人にすることが出来たことによるもの。

 そして満足出来なかったのは、ガイと決着をつけられなかったことだ。

 勝敗という意味では、引き分けというのに近い。ガイが逃走を図った時、レオンハルトは逃してはならないとそれを追いかける意思を見せたが、実際にはかなりギリギリの状態だった。

 あと少し戦闘が長引いていれば、どうなっていたか分からない。ガイも満身創痍であったが、レオンハルトもまた体力を大きく削っていた。

 それでもあの時点で有利だったのは自分。だから勝っていたのは自分だと言い張ることは出来るが、それは恥の上塗りにしかならない。ただの悔し紛れに過ぎない。ジルの横槍が入らなければ勝ってたなど、現実で仕留めきれていないことを考えれば言い訳にしかならない。

 実際に、レオンハルトは悔しさを感じていた。

 ガイに勝利するつもりで全開を出して挑んだこの勝負だったが、それが引き分けに終わったという事実は中々に認め難いものだった。

 何しろそれは、まだ自分が弱いということと同義。

 しかも、もう二度とあのガイと死合って決着をつけることが出来ないのだ。

 魔人になったガイの力を感じて、何となく察した。おそらくだが、ガイの強さは魔人になることで、また少し変わっていると。

 そしてそれは、自分にとって酷く相性の良い変化になっていることを──直前まで殺し合いをしていた鋭敏な気配で、察していた。

 だからこそ、苦々しい思いが残る。ガイと、決着をつけられなかったことが。

 

 ……だが……これでまた1つ進んだ。

 

 だが一方で、それに拘ってばかりもいられないことも理解している。

 ガイとの勝負を求めたのは、あくまで個人的な欲求。衝動に過ぎない。より大きな目的とは比べられるものではないことだ。

 だからこそ、1つ壁を乗り越えたことに僅かばかりの安堵を得る。

 そして思う。ガイが魔人になったこと。そして、この俺と引き分けたことは、すぐに多くの魔物に──魔人に伝わるだろうと。

 魔物払いをしたとはいえ、魔王城にいる魔物も0ではない。そして、先程までの戦いの気配を感じている者もいる。

 あるいは覗き見している者もいたかもしれない。それを探るために割くような余裕はなかったため、勘でしかないものだが。

 

「……だがそれもいい、か」

 

 その影響は至るところに出るだろうが、それも致し方ない。なるべきようになるし、なるべきようにする。悪影響は与えない。そんなことはどうにでもすればいいことだ。

 問題があるとすればガイ。そしてジルだろう。そう思い、レオンハルトはジルの部屋に足を踏み入れて、その治療を一先ずは受けることにした。

 背後で項垂れているガイを1人残して。

 

 ──そうして人間ガイは、魔人となることでその人生に幕を閉じた。

 

 ──だがガイの受難はまだ終わらない。

 

 ──レオンハルトとガイが引き分けたことは、すぐに魔人たちに知れ渡ることとなり、そのことが彼のこれからの魔人生において多くの影響を及ぼすことになる。




これにてVS人間ガイ戦は終了。及び長かった人間ガイの物語は終了です。とはいえガイの話はまだまだ続きます。
次回からは魔人ガイ誕生による魔人たちの話のあれやこれやが始まります。GL期の日常です。お楽しみに。

良ければ感想よろしくー。
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