※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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魔人招集

 

 ──GL6XX年。大陸東部。

 

 現在の世界の中心である魔王城。

 普段は物静かで、聞こえる音と言えば人間の悲鳴やうめき声。警備の魔物兵が行き交う音ばかりなその城は、現在にわかにざわついていた。

 

「おい、聞いたか……あの話」

 

「ああ……聞いたけどよ、あの話ってマジなのか……?」

 

「少なくとも大広間の辺りはめちゃくちゃになってたからなぁ……ついこの間まで修繕してたくらいだしよ……それに西の山もちょっと削れてるだろ」

 

「ああ。それが?」

 

「あれも戦闘の余波で削れたって話だ……」

 

「うげぇ……ま、マジかよ……」

 

「城に残ってた奴が見たんだってよ……レオンハルト様も、相当酷い怪我を負ってたらしいぜ……」

 

「そ、そうなのか……ひえぇ……おっかねぇ~」

 

「今は魔人になってんだから当然だろうけど、俺達なんて一瞬で消し炭だろうな……」

 

 魔物払いが解かれて1週間後の魔王城で、再び警備についた魔物兵がひそひそと小声で噂話をする。

 その光景が城の至るところで行われていた。

 それどころか大陸中でその話を口にしている者が見られるだろう。

 現在の魔物界は、新しく魔人となった人間の男と魔人レオンハルトが……戦い、引き分けたというその話題で持ち切りだった。

 特別な事件も殆ど起こり得ない現在の魔物界で起きた、その大ニュースは瞬く間に魔物達の耳に入ることとなった。

 何しろ魔人レオンハルトと言えば、魔人筆頭にして魔軍参謀を拝命している魔人達の頂点。魔王様の腹心にして右腕だ。

 一般の魔物から見れば雲の上の存在である大陸の支配者層である魔人。その魔人の中で、四天王よりも上位に立つ、かの魔物界の英雄が人間と戦い、引き分けたという話は多くの魔物達に衝撃と畏怖を与えていた。

 

 そしてそれは──魔人達にとっても例外ではない。

 

「…………」

 

 玉座の間に続く大広間。

 そこに足を踏み入れた魔人レイは、己と同じ濃密な魔の気配を感じ、そのもととなる大勢の魔人達に軽く目を向けた。

 魔王ジルによる招集を受けて、既に多くの魔人達がそこに集っている。

 普段は大陸中に散らばって好き勝手過ごしている彼らだが、魔王の招集を受ければそこに選択権はない。

 普段は傍若無人に過ごしている魔人達も、比較的大人しく魔王の登場を待っていた。殆どの魔人は個々で少し距離を取って思い思いに待っているが、一部の親交のある魔人同士は集まって立ち話に興じていたりする。

 そしてその話題は、魔物兵達が話しているものと相違なかった。レイもまた憚ることのない歩みで近寄り、親交のある2体の魔人に声を掛けた。

 

「ふん……もう揃ってンのか」

 

「おや……遅かったですね、レイ」

 

「ええ。貴方で最後です。四天王以上の方々は先にお着きのようですので」

 

 魔人アイゼルと魔人ジーク。

 どちらもレイと同じく現魔王ジルによって作られた魔人である。

 その2体はどちらも物越しが柔らかく、荒っぽく誰ともつるまないレイでも会えば会話をするくらいの関係ではあった。

 

「つってもケイブリスの野郎以外は姿が見えねェが」

 

「それならレオンハルト様に呼ばれていきました」

 

「……レオンハルト、か」

 

 大広間を見渡し、魔人四天王に名を連ねる魔人がほぼ見当たらないことに疑問するレイに、ジークが簡潔に答える。

 それを聞いてレイは少し意味深にその名を口にした。何かを考えているのだろうが、その何かは誰であっても容易に推察出来るもの。アイゼルがそれを見て口を開く。

 

「やはり、既に聞いていますか」

 

「……ああ。ってこたァ……ガセじゃねェのか?」

 

「どうでしょうね。私としても気になってはいます。まさかあのレオンハルト様が、戦いで人間と引き分けるなど……正直に言わせてもらうと信じられませんね」

 

 やはり話題はそれになる。アイゼルは普段から浮かべている優雅な笑みを崩し、真面目な顔で自らの所見を口にする。続く形でジークもまた。

 

「私も同感ですが……勝負事において、レオンハルト様が嘘を言うとは思えない。もしそれが嘘であれば、訂正が入れられる筈です。決闘の結果が誤って伝わることを、レオンハルト様は良しとしないでしょうから」

 

「ンなもんわかんねェだろうが」

 

「では、本当は違うと?」

 

「嘘をつくこともあんだろって言ってるだけだ」

 

 考えたところでその真偽はわからない。結論としてはそういったところで、レイは苛立ちを感じているように舌を打ち、アイゼルとジークは思案顔となった。

 そうして無言が生まれた3人の中に、軽い女の声が割って入ってくる。

 

「ちょっと何の話してるのー? せっかくだから混ぜてくれない?」

 

「! メディウサ……」

 

 恥丘から生えた白い大蛇を身に纏わせた女の魔人──メディウサが話しかけてくる。

 彼女もまた魔王ジルに作られた魔人。だが、その生活は自堕落で退廃的。自分の管轄する人間牧場から出てくることは殆どないため、顔を合わせたのは2度目といったところだった。それも100年以上は会っていない。

 ゆえにアイゼルは話しかけてくると思わなかったのか、純粋に驚きその名を口にした。そして代わりではないが、答えたのはレイだ。顔を合わせることすら珍しい相手にレイは不遜に応じる。

 

「あ? なんの用だ蛇女」

 

「何よー。暇だし、ちょっとお喋りしようと思っただけなんだけど? 私が話しかけちゃいけないわけ?」

 

「ケイブリスの相手に飽きたのか?」

 

 メディウサが魔人ケイブリスとつるんでいるのは魔人の中では知られた話だ。それを揶揄され、しかしメディウサは特に気にした様子もなく答える。

 

「いやーそれがケーちゃんってば、どれだけ話しかけても反応ないのよね。何かまた考え込んでるみたいでさー。それで暇過ぎるから混ざりに来ちゃった」

 

「ハッ……どうせ怯えてんだろ。レオンハルトの野郎と引き分けたって話がマジなら、これから来る奴はあの野郎より上だからな」

 

 魔人四天王の一角にして異形の魔人であるケイブリス。その異常なまでの強者への恭順ぶり。強者に媚びへつらい、弱者に横暴振る舞うケイブリスの器の低さもまたよく知られている。

 大広間の隅でそのデカい異形の身体を丸めているケイブリスの背中を見て、レイは鼻で笑った。それに対し、アイゼルは何も言わない。アイゼルもまた醜さの権化とも言えるケイブリスのことがあまり好ましいとは思っていなかった。

 だが魔人一の紳士とも言われるジークは違うようで。

 

「レイ。陰口は感心しませんよ」

 

「……チッ」

 

 陰口を叩いているという事実を指摘され、気に入らなかったのか再びレイが舌打ちを零す。そんなレイとジークのやり取りを見て、メディウサが口を挟んだ。

 

「別にちょっとくらい良いじゃないの。今話題のあの話だって聞きようによっては陰口のようなものだし?」

 

「……そうですね。真偽のわからない話を邪推するのは好ましいとは言えません。よろしい。ではこの話はこれで終わりとしましょう」

 

「え~。せっかくその話をしようと思ったのにー」

 

「……ですがメディウサ。貴女も分かっているでしょう。ここで我々が話したところで、事の真偽はわかりようがない」

 

 ジークに言われ、頬を膨らませて抗議するメディウサに、アイゼルが横から口を挟む。気になる話題であることは確かだが、だからと言って話して何が分かる訳でもない。

 ジークはもうその話をしないと決めたようで無言を貫き始めたが、メディウサは話す気満々と言ったところで、アイゼルのその言葉に対しても淀みなく返す。

 

「そりゃレオンハルトと親しくない魔人なら知らないだろうけどー……だったら知ってる魔人に聞いてみれば良いんじゃない?」

 

「親しい、魔人……ですか」

 

「そう。例えば──」

 

 メディウサがその親しい魔人とやらに目を向けようとした時──ドカッと荒々しい音が鳴り、その直後にデカい声が大広間に響いた。

 

「はぁ──……暇すぎる! おい! そこのお前ら! 暇じゃし、儂とセックスでもするか!」

 

「は、はぁ!? な、何言ってんのよ」

 

 その突拍子もない下品なことを口にしたのは、広間で胡座をかいて酒を呑んでいた鬼の魔人──レキシントンだ。

 彼は己の膝を叩き、どこまで本気かわからないそんな提案を、2人の女魔人──ラ・サイゼルとラ・ハウゼルに口にする。

 

「何って……セックスじゃセックス! 意味くらいは知っとるだろう。儂とセックスせんか?」

 

「す……する訳ないでしょーが! バカじゃないのあんた!」

 

「……レキシントンさん。そういう冗談は如何なものかと思います」

 

 再度、口にしたレキシントンに冷気を纏わせるサイゼルは声を大にして怒り、熱気を纏わせるハウゼルは冷ややかな反応を返す。

 それを聞いたレキシントンは顎を撫で摩りながら渋い顔をする。

 

「冗談じゃないんだがのう。なんなら儂と喧嘩でもするか? それで儂が勝ったらセックスだ」

 

「や、やる訳ないでしょ!」

 

「……こちらにメリットないですね」

 

「ハハハ! そういう反応をされると更にやりたくなるわい!」

 

「っ……や、やるっていうの?」

 

「まさか……本気ですか?」

 

 レキシントンが豪快に笑い、金棒を手にして立ち上がったところでサイゼルとハウゼルもそれに警戒して腰を僅かに低くした。その姉妹の反応に、レキシントンは沸き立つ。

 

「ほぉ……2対1か。面白い! 儂は3Pも好きだぞ!」

 

「……!」

 

 レキシントンが戦う意思を見せたことで、サイゼルとハウゼルもまた否応なくその手に武器を出現させる。サイゼルの手に氷結の女神。ハウゼルの手に燃える塔。氷のレーザー銃と火炎放射器。

 それを見せたところで、他の魔人達も反応した。まさか本当にやる気か? と。

 だがそこで、最も速く反応を見せた者がいた。

 

「………………」

 

「! あなたは……」

 

「……誰よあんた。まさかあんたまでやる気?」

 

 サイゼルとハウゼル。そしてレキシントンの間に、割って入って来たのはホルスの魔人──メガラスだった。

 姉妹が警戒する中、メガラスは白い外骨格の身体をレキシントンの方へ向ける。

 

「……あぁん? 何じゃメガラス。邪魔する気か」

 

「…………」

 

「邪魔するなら容赦せんぞ」

 

「…………」

 

 メガラスは言葉を発することなく、無言でレキシントンに意思を発し続ける。その場に立ちはだかり、外骨格の身体を軽く鳴らした。

 ──やるなら容赦はしない。そんな言葉が聞こえてくるようだった。

 

「……相変わらず無口じゃのう。何を考えておるかさーっぱりわからんが……やるなら相手になるってことで合っとるか?」

 

「………………ああ」

 

 たった一言。頷き。肯定だけを返し、メガラスは自身の立場を明確にする。同じ仲間の魔人として、この場で争い合うのは看過出来ないことだと。

 だが滅多に顔を合わせず、強いのに喧嘩にも応じないメガラスが立ち塞がったことで、レキシントンはよりやる気を見せた。

 

「ほう。それならそれで面白い。退屈凌ぎにはちょうど──」

 

「そろそろおやめになってはどうです? レキシントン」

 

「げっ……ジーク」

 

 そしてその喧嘩の仲裁に、アイゼル達のところにいたジークが近寄って割って入る。

 その口うるさい相手の登場に、レキシントンは露骨に嫌な顔を浮かべた。そして彼の予想通り、ジークはレキシントンに向けて注意を促す。

 

「お嬢さん方の言う通り、そろそろ冗談はおやめになるべきです」

 

「けっ! 別にこれくらいええだろうが! ちょっと口説いてからかってやっただけだ!」

 

「口説くにしてはあまり良いやり方ではないのは置いておくとして……ええ。確かにそれくらいなら自由でしょう。ですが、魔人同士の喧嘩にまで発展させるつもりなら見過ごす訳にはいきません。今我々は魔王様に召喚され、待機している状態。そこで諍いを起こすなど、貴方の忠誠心まで疑われかねませんよ?」

 

「言われんでもやるつもりはなかったわい! ふん!」

 

 ジークの注意を受け、金棒を床に乱雑に置き、再び胡座をかいて酒を飲み始めるレキシントン。忠誠心を持っているかは微妙にしても、そう言われてしまってはレキシントンとしても従わざるを得ない。元よりそこまで本気ではなかったが、喧嘩の火種を潰されて苛立ちは感じているようだった。

 そしてレキシントンが姉妹やメガラスから興味を失わせたことで、サイゼルとハウゼルも自らの武器を消す。そしてハウゼルが一歩進み出た。

 

「……ありがとうございます。ジークさん。それに……えっと、メガラスさんも」

 

「気にすることはありません。人として当然の行いです」

 

「人……?」

 

「………………」

 

 ハウゼルが2人に礼を言うと、ジークは人として当然だと告げ、サイゼルはそれに聞こえない程度の音量でツッコミを口にした。メガラスは無言で背を向け、再びその場から少し離れていく。ジークもまた姉妹を気遣ったのだろう。それだけを口にして距離を取っていった。

 その2人の対応を見て、ようやくサイゼルが声を少し大きくする。

 

「……何よあいつら。どいつもこいつも良い子ぶっちゃってさ」

 

「良い子ぶってって……駄目よ姉さん。助けてもらったんだからそんなこと言ったら。それに、メガラスさんはまだちょっと分からないけどジークさんは本当に良い人よ」

 

「何よ。というか……あの変なのと知り合いなの?」

 

「前に話したじゃない。ケッセルリンクさんに招待されたお茶会でお会いしたんです」

 

「はぁ? 何よそれ。聞いてないんだけど」

 

「話しましたよ。姉さんも誘ったのに興味がないからって言って断って……大体姉さんは閉じこもり過ぎです。少しは他の方とも仲良くしてください」

 

「閉じこもってるって……そんなのハウゼルだって同じでしょ。いっつも本読んでるし。外に出てるって言うなら私の方が出てると思うけど」

 

「そういう意味じゃありませんっ! 大体いつも姉さんは──」

 

「ハウゼルだって──」

 

 サイゼルとハウゼル。姉妹の軽い口喧嘩が始まる。

 さすがにこの場で武器を取り出してやり合うようなことにはならないが、周囲としては鬱陶しいことこの上ないだろう。その中で、1人の少年が白い目を向けた。

 

「……うるさいなぁ。まったく……新しい魔人だか何だか知らないけどやっぱり招集は面倒だ……こっちは研究で忙しいってのに……」

 

 不健康そうな青白い肌の少年──魔人パイアールは小さくぼやく。

 魔人の中でも戦闘力は下位。しかし、それを補って余りある圧倒的な科学技術を持つ彼は、他の魔人達の争いにも興味を示さず、その諍いを低レベルなものだとして見下していた。

 

 そして、パイアールのようにただじっとしている魔人は他にもいた。

 

「ん~~……」

 

 広間の隅で、虚空を見つめている巨大な魔物──ではない。

 その生物に寄生し、自由自在に操っているその赤い目玉──魔人レッドアイ。

 数いる魔人の中でも残虐非道で知られるその魔人は、意味ある言葉を口にすることなく、思考していた。そうして見るのは、この大広間にある色濃い魔法の残滓。

 

(このデンジャラスなマジックパワー……このミーでも不可能なほどのマジックね。どうにかしてミーのパワーアップに利用出来れば皆ハッピーハッピーよ! クケケケケ!)

 

 魔人最狂で最強の魔法使いは、自らの不利益になる存在を排除し、自らの魔力を高めることだけを考える。そういった生物だ。

 ゆえに他の魔人と馴れ合うこともせず微かに残った魔法の残滓を解析しようと試み、更にはこれからやってくる新たな魔人のことを思い、不気味な笑いを内側に忍ばせていた。

 

 ──だが、この場にいる魔人の中で、最もこの問題を深刻に捉えている者。深く考え込んでいる者は他にいた。

 

 それはこの場にいる強大な魔人達の、誰よりも大きな身体と、誰よりも強大な力を持つ魔人。

 魔人四天王の一角にして、その中で最も強い力を持つと噂される魔人──ケイブリスだった。

 

(ど、どうするどうするどうする!? く、くそ! 何で俺だけ呼ばれなかったんだ!? レオンハルトと引き分けた魔人とか、本当なら絶対に俺様より強いじゃねーか! まさか俺だけ落とされるのか!?)

 

 ケイブリスは、焦っていた。恐怖していた。その巨体を広間の隅で丸め、必死に考えていた。この話が、本当か嘘か。そして、それがどちらだとしても上手く生き残るために必死になって模索していた。

 

(い、いや待て……まだ本当だと決まったワケじゃねェ……で、でも話が嘘だとしてもそれはそれで不気味だぜ……レオンハルトに何か考えがあるってことだからな……何が目的だ? またザビエルの時みたいに油断させて襲ってきた奴を殺すつもりか? それともその新しい魔人に何かあんのか? なんか魔人を貫ける魔剣とかの噂もあるし、それに関係してくんのか? チクショウ! 考えたところでわかるワケね──!)

 

 ケイブリスは強いストレスを感じ、頭を抱える。──だが、結果としてはいつもと変わらない対応となる。

 強ければ媚びへつらう。自分と同じくらいなら念のため怪しんで敵対は決してしない。そして自分より弱いように見えたら……でもやっぱり引き分けたとか魔剣持ってるとか怪しいんで様子を見る。

 魔人随一の小心者。長い物には徹底的に巻かれろが信条のケイブリスは、環境の変化と強者の気配に敏感だった。

 

 そしてそんなケイブリスに話しかける者はいない。魔人の中でも彼は嫌われ者である。唯一話しかけるメディウサも、今は反応を返さないケイブリスから離れ、また別の者に話しかけていた。その相手は、

 

「は──ぁ──い。ちょっといーい?」

 

「あ? おお、んぐ、はぐ……別にいいぜ。どうした?」

 

 手に持った骨付き肉を口に運び続けているムシ使いという特殊な人間出身の魔人──ガルティア。

 魔人の中でも古株であり、レオンハルトの友人としても知られる彼は、メディウサからの声掛けを食事をしながら対応した。メディウサも、そのことは知っているため驚きもしない。ただ会話のジャブとしてその事を指摘しはする。

 

「また随分と食べてるわねー」

 

「そうでもねぇさ。これは……んぐ、もぐ……ちょっとしたツマミだからな。謁見中は当然、何も食えねぇだろ? だから今のうちに食いだめしてんのよ。はぐ、はぐ……謁見中に腹を空かさねぇようにな」

 

「……ちょっとしたツマミ程度には見えないけど」

 

 その食事量。魔物兵に持ってこさせているその食事の量に、メディウサは呆れる。自身が一日に食べる食事の量を遥かに超えているからだ。

 あるいはこの場にいる全魔人を合わせてもガルティアの食事の量には届かないだろう。魔人一のグルメであり大食いだと聞いているが、メディウサとしては後者はともかく、そんなに食べて味が分かるのかと疑ってしまう気持ちだった。

 しかし、そんなことよりもとメディウサは早速本題に入る。

 

「ま、そんなことよりあんた、何も聞いてない訳?」

 

「あ? 何がだ?」

 

「わかってんでしょ。レオンハルトが新しい魔人と引き分けたって噂よ。あんた、レオンハルトと仲良いんでしょ? 何か聞いてない訳?」

 

「ん、あ──……その話か。その話なら生憎と、俺は何も聞いてないぜ」

 

 メディウサの質問に、ガルティアは何かを思うように声を間延びさせたが、返ってきたのは他と同じ「わからない」という答え。

 だが何か含みのある反応に、メディウサは話を続ける。もしかしたら、何か面白いことが聞けるかもしれないと。

 

「ふぅん。なら、あんたはどう思うのよ」

 

「どう思う?」

 

「レオンハルトが引き分けたって嘘だと思う? それとも……本当のことなのかしらね?」

 

「ん、まあ、そうだな……」

 

 答えてくれないかと思ったが、意外にもガルティアは食事の手を一旦止め、答える素振りを見せた。

 それを見てメディウサはほんの少しだが期待するが……しかし、返ってきた答えは、メディウサの期待に沿うものではなかった。

 

「そりゃ、ありえるんじゃねぇか?」

 

「……へぇ。ありえるんだ。そう思う根拠は?」

 

「戦いに絶対はないからな。そういうこともあんだろ」

 

 ガルティアの戦いに関する価値観から出た答え。それはガルティアの感想でしかなく、レオンハルトを少しからかう話の種を求めていたメディウサにとって、それは満足行く回答ではない。

 すぐに興味をなくしたように息を吐く。

 

「……あっそ。もういいわ。それじゃ」

 

「おう。なんなら肉1つ持ってくか? 中々美味いぜ、これ」

 

「いらないわよ。あんたが食ってるの見てるだけで胸焼けするわ」

 

 ガルティアの言葉を素っ気なく突っぱね、メディウサは距離を取っていく。

 その背中を見て、ガルティアは再び食事を再開しながら呟いた。

 

「美味いのに勿体ねぇなぁ……んぐ……それにしても、引き分けくらいでそんな騒ぐもんかね……」

 

 レオンハルトが戦いで引き分けた。それが本当なら確かに意外と言えば意外だが、騒ぐほどのことでもないとガルティアは純粋な感想を口にする。

 気になるとしても勝負がどうこうより新しい魔人の方だろう。そちらについても、ガルティアは食事以上の興味を持ってはいないが、全く興味がないと言えば嘘になる。

 何しろ新しい魔人のお披露目というだけでは、魔人に招集をかけることなどありえない。

 なのに招集をかけたということは……魔人達に、何かを大々的に告知するためだからだ。

 だからこそ、この場には魔人四天王がいない。ケイブリスが何故か残っているが……それはともかくとして、いない理由は十中八九、レオンハルトがその件で意見を聞くために呼んだからだろう。

 そして魔人を全招集してもうしばらく経つ。若干1名、奈落にいる魔人がいないが、それはいつものことなので特に誰も気にしない。

 ゆえに次にやってきたのは、この場にいない魔人四天王の1人だった。

 

「──全員揃っているようだね」

 

「!」

 

 大広間の先。謁見の間の方からやってきたその気品溢れる女魔人の声に、誰もが反応を見せた。この場にいなかった魔人四天王の1人──魔人ケッセルリンク。

 彼女は広間にいる魔人達を見渡して、集まっていることを確認すると簡潔に口にする。

 

「時間だ。全員、謁見の間へ」

 

 そうしてケッセルリンクが先導するように踵を返せば、他の魔人達もそれに追従する。その命令に歯向かうような者や、文句を言う者も存在しない。

 何故ならそれはケッセルリンクの命令ではなく、実質魔王ジルの命令だからだ。先程までは思い思いに待機していた魔人達も、その全員が従順になって動く。

 酒を呑むことも食事をすることも誰かと諍いを起こすこともない。魔王の命令は絶対。それは魔人達でも変わることのない絶対の掟であり、その血に定められた本能だ。

 ゆえに誰もが従った。謁見の間に足を踏み入れた魔人達は、膝を突いて臣下の礼を取る。

 何しろ既にその玉座には、魔人達が仰ぎ見るべき存在が腰掛けていたからだ。

 

「…………」

 

 ──魔王ジル。

 大陸で最も強く、最も恐ろしい魔族の王が、その冷淡な目で眼下の魔人達を見下ろしていた。

 全く興味を感じていない。魔人達がどれだけ忠誠心を示そうとも、それに応えることもない。魔人達を呼び寄せたのも、配下の進言を許したに過ぎないのだろう。

 そしてその配下とは、ジルの座る玉座の側に控える魔人のことだと誰もが知っていた。

 だがそこには今、3体の魔人がいる。1体は魔人四天王の一角。地竜の魔人であるノスであり、彼は言葉を発しない。

 口を開いたのはその中の1体。魔人達もよく知る魔人──レオンハルトだった。

 

「……ジル様」

 

 金髪灼眼。魔人筆頭にして魔軍参謀。そして何より、ジルのお気に入りであるレオンハルトはジルに声を掛け、その意思を代弁する。配下に興味を向けないジルは、お気に入りの魔人の呼び掛けを聞いてようやく声を発した。

 

「────面を上げることを許す」

 

 たった一言。魔人達はその言葉を聞いて、ようやく魔人達は顔を上げてジルの尊顔を仰いだ。その圧倒的美貌。それが霞むほどの、恐ろしい目。

 他に憚る者など何もない。恐れるものは何もない魔人達でさえ、ジルを目の前にすれば畏怖や恐怖を覚える。

 だが今の魔人達はそれよりも気にかかるものがあった。

 それはジルの側にいるもう1体の、見覚えのない魔人。その姿を誰もが目にした。

 

「ジル様に代わり、皆を労わせてもらう。ご苦労だったな」

 

 レオンハルトのその上からの言葉に、文句を言う者は誰もいない。ジルのいない場。関係のない場であればレイなどは突っかかるだろうが、そのレイであってもこの場では大人しくする。ジルのいる場で不用意に発言するようなことはしない。

 

「さて……今日来てもらったのは他でもない。こちらにいる新たな魔人の紹介と、それに伴う辞令を皆に伝えるためだ」

 

 レオンハルトはジルの代わりにそれを口にする。隣にいるその男の魔人に目を向けずに。

 

「この隣にいる男がジル様が新たに作られた魔人──ガイだ」

 

「…………」

 

 その名を口にし、皆に紹介する──その言葉を聞いて、魔人達はその視線を魔人ガイに向けた。

 見た目は黒い髪の、黒を基調にした騎士のような衣服に身を包んだ、何の変哲もない人間の男。顔の右半分を前髪で隠し、軽く目礼をするガイに対する魔人達の印象は……それぞれ細かな表現の違いはあるが、概ね同じであった。

 

 ──陰気。

 

 その表情も雰囲気も暗い。その身から感じる力は魔人なだけあってそれなりの力は感じるが、覇気を感じない。

 顔立ちはそれなりに整っているのに、その陰鬱な気配がそれを台無しにしている。

 その隣に威厳と覇気の塊とも言えるレオンハルトが立っているのもあって、よりその陰気さが目立っている。

 ゆえに多くの魔人は疑問に思った。──本当にこの男が、レオンハルトと引き分けたのか? と。

 だがレオンハルトの続く言葉はその実力を示すものであり、魔人達を驚かせることになる。

 

「そして辞令だが、ジル様はこのガイを……()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……!」

 

「……!?」

 

 魔人達が言葉を発さないままに驚きを内心に浮かばせる。

 魔人四天王。それは魔人の中で上位の強さを持つ4人の魔人にのみ与えられる地位にして名誉ある称号。

 その地位は当然、通常の魔人達より上位に位置づけられ、立場は明確に分けられる。

 四天王の地位より上は最高位である魔人筆頭と魔軍参謀。つまり、レオンハルトしかいない。

 つまり魔人達の中でも更に上位の支配者となる権利であるが……その四天王に、新たな魔人であるガイが任命されたことは驚愕を持って受け止められる。

 それは力ある者の証明であるからだ。しかもそれは、また1つの事実を示していた。殆どの魔人はすぐに気づく。ガイが魔人四天王に任命されるということは──誰かが降格することと同義であり──。

 

「……それに伴い、残念なことであるが……カミーラから()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!!!?」

 

 そしてその告知は、ともすればガイの四天王就任よりも衝撃を与える──特に、約1名には。

 誰もがこの場にカミーラがいない理由を察した。プラチナドラゴンの魔人であるカミーラは、長いこと魔人四天王の地位に就いていた上位魔人である。

 実力も高いが気位が高いことも有名なカミーラが、四天王を剥奪され、多くの魔人達に姿を晒すことは耐え難い恥辱だろう。それを慮り、レオンハルトが特例でこの場に姿を現さないことを許した──勘の良い魔人はそれを察する。ジルはそんなことは気にしないだろうと。

 

「今日の招集はそれを伝え、ガイの顔見せを行う為のものだ。──ではジル様……」

 

「…………」

 

「はっ。では解散とする」

 

 伝えるべきことを伝えたレオンハルトが伺いを立てると、ジルはそれに立ち上がってひたひたと歩くことで答えた。その意を汲んでレオンハルトが解散を言い渡すとレオンハルトとノス、そしてガイは付いていった。魔人達は頭を垂れてそれを見送る。

 

「……チッ……」

 

 そして残された魔人達は、ジル達が完全に去った後にようやく姿勢を起こし、謁見の間を去っていく。

 その中で不満を露わにするように舌打ちをしたレイは少しその場に立ち尽くした後、何かを決めたような足取りで他の魔人に続いて謁見の間を出ていく──それにアイゼルが声を掛けた。

 

「レイ。まさかとは思いますが……仕掛けるのですか?」

 

「……ちょっと歓迎してやるだけだ」

 

 そう言ってレイはアイゼルの言葉を否定せずに城から出ていく道とは別の方向へ向かっていった。それを見送り、アイゼルは言葉を零す。

 

「止めても無駄、ですか……さて、何か大きな問題にならなければよいですが……」

 

 そうしてアイゼルもまた謁見の間を後にする。

 続々と魔人達が去っていく中、残っていたのは──

 

(……え、えええ~~~~!!? か、カカカ、カミーラさんが四天王じゃなくなる!? おいおい、それはやべぇぜ……カカ、カミーラさん、メチャクチャ怒ってんじゃねぇか……?)

 

 四天王を剥奪されたカミーラに想いを寄せるケイブリスは、その対応に悩んだ。

 

(……もしかして、これはチャンスか? カミーラさんの代わりにあのガイってやつを俺様がボコボコにすれば……)

 

 ケイブリスはその可能性を考える。カミーラがガイに怒りを抱いていることは明白。もしかしたら戦いを仕掛ける可能性もある。

 そのガイを、自分が代わりにボコボコにする。そうしてガイを四天王から降ろし、もう1度カミーラを四天王に戻してやれば、カミーラも自身に感謝すると、そう考えはしたが……。

 

(いや、ダメだ! レオンハルトと引き分けたかもしれねー奴に勝負を挑むなんて危険な行為、出来るワケがねぇ!)

 

 すぐにその企みを捨てる。その考えは、ケイブリスにとってあまりにも危険すぎた。思いつきはしたものの、到底実行出来る企みではないと。

 

(……ここは大人しく、カミーラさんを慰めに行くか……と、そう決まればこうしちゃいられねぇ! カミーラさんを慰めて評価を上げるチャンスだぜ!)

 

 そしてケイブリスもまた、城の中にまだいる筈のカミーラを探しに行った。──そのカミーラが、今まさにその企みを実行しているとも知らずに。




そういう訳でまた一波乱あります。今回は顔見せで魔人ガイくんと他の魔人の絡みは次回から。

良ければ感想よろしくねー。
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