※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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魔人ガイ

 ガイは己の置かれた新たな境遇を、ただ受け入れていた。

 魔王ジルによって魔人に変えられた己の運命を、ただただ呪い、それを諦めるようにして受け入れたのだ。

 

「ガイ。お前には魔人四天王になってもらう」

 

「…………」

 

「ジル様の命令だ。否応はない」

 

 魔人になった次の日には、自身と死闘を行った魔人レオンハルトにそう告げられた。

 ガイはそれを無言で首肯した。抵抗しても無駄だと思ったからだ。

 魔人になってしまった自分は、既に魔王の手先だ。

 もはや魔王を倒すことは叶わない。人間を救うことは叶わない。

 魔人になったことで、己の肉体が人間の時よりも遥かに強化されたのは感じている。

 だが一方で、何故か今まで使えていた魔法が使えなくなった。

 それは自身が魔王を倒すために得た筈の力──禁呪だ。

 不思議なことだった。魔力は飛躍的に向上しているのに、その禁呪がどうにも使えない。その理論も、やり方も頭に入っていた筈なのに。

 ゆえにわかる。自身はもう、魔王は倒せない。

 それどころかレオンハルトも倒せないだろう。あそこまで戦い抜けた理由は、禁呪を自由自在に扱えたからこそだとガイは理解している。

 幾ら肉体の力が、その身に秘めた魔力が向上したからといって──禁呪が使えないなら己の強さは魔王に届き得ない。

 だから無駄なのだ。魔人になって理解した。魔王ジルの力は、遥か高みにある。己の手に余る存在だと。

 ゆえにガイは、諦めた。そして──気力を失わせた。

 魔人になって自分の教育を任されたというレオンハルトの言葉に従い、多くの魔人達の前で顔見せを行った。

 その中には、かつて自分を身請けした女主人を殺した魔人もいた。

 だがそれもどうでもいい。今更その魔人を殺したところで何になるのか。どうにもならないからだ。

 今のガイには全てを受け入れることしか出来ない。

 

「これからお前に、幾つかのやるべきことを教えるが俺はジル様に呼ばれている。割り当てられた部屋で待機しておけ」

 

「……わかった」

 

「ではな」

 

 教育役のレオンハルトにそう命じられる。魔人筆頭にして魔軍参謀。魔人の最高位であり、魔軍も取り仕切る役目に就いているレオンハルトの命令もまた、魔人にとって優先すべきもの。

 上位者の命令には従った方が利口であるとレオンハルトからは魔人になってすぐに教えられた。魔物の世界は力が絶対であり、強い者が上に立つ弱肉強食の世界だと。

 

「……レオンハルトと引き分けたそうだな?」

 

「……運が……良かっただけだ。それが何か……?」

 

 そして強者と言えば──このノスもまた。

 魔人四天王の1人であり、魔王ジルの側近であるその巨漢の岩肌を持つ男はレオンハルトが去った後にこちらを見下ろし、そのようなことを聞いてくる。

 そしてその視線にはこちらを見定めるものと、どこか気に入らないという悪感情が見てとれた。悪感情に敏感なガイにはそれが分かった。

 その証拠に、ノスは不満そうに鼻を鳴らす。

 

「ふん……何……レオンハルトと引き分けたと聞いたからどれほどの強者かと思ったが……蓋を開けてみれば強さを感じないのでな。疑問に思っただけのこと」

 

「…………」

 

「そして……自身の力を侮られても怒りの1つも見せぬか……思ったよりもつまらぬな。ジル様も、何故このような男が気に入ったのか……」

 

 ガイは答えない。そんなこと、こっちが聞きたいからだ。好きで気に入られた訳じゃない。

 それに気に入られたといっても下僕としてだ。レオンハルトには劣る。

 それを理解しながらもレオンハルトにではなくこちらにだけ不満を覗かせたのは、やはり信頼の差か。あるいは新入りがという思いがあるのか。

 それともジルを殺しに来たという目的のことを知っているからか──ノスは去り際に低い声で警告してくる。

 

「……まあよい。精々ジル様のために務めを果たすことだ」

 

「……理解している」

 

「……魔人は血の気が多い。新たな四天王の誕生に浮足立つ者も多いだろう。用心することだな……」

 

 それだけ言うと、ノスはゆったりとした足取りでその場を去った。

 

『……ケッ。何が用心しろじゃ。殺気立っとる奴の言う事じゃないわい』

 

「…………」

 

『……おい、ガイ。お前……どうするつもりなんだ』

 

 ガイの持つ魔剣カオスが、ガイに尋ねる。

 その声音は真剣で低いものだった。

 

「……どうする、とは?」

 

『決まっとるだろう。今からでも魔人や、魔王を倒すのは……』

 

「……もう、それは出来ない。やりたくてもな。お前も分かってるだろうカオス」

 

『…………』

 

 ガイの答えにカオスは言葉を返せない。

 理解していた。魔人は魔王に絶対服従であると。

 加えてガイの強さは以前に比べて劣っている。だからこそ、もはやそれを成すことは出来ないのだと。

 

「……部屋に戻る」

 

『ガイ……』

 

 魔人を憎むべき悪と捉えているカオスだが、今の魔人になったガイへの憎しみはない。

 好きで魔人になった訳ではない。魔人に変えられてしまったのだ。そうして目的を失ったガイに、カオスは掛ける言葉が見つからない。

 

 ──そうして重い足取りで、ガイは割り当てられた部屋へと戻る。

 魔王城は巨大だ。巨躯を持つ魔人や魔物でも通れるように設計されており、その廊下も長く広い。

 だがそれに反して生き物の数は少ない。

 時折警備につく魔物兵を見るくらいで、だだっ広いその廊下にはガイともう1人の足音だけが響いている。

 

『! あいつは……』

 

「──よお」

 

「…………お前は?」

 

 だから近づいてくる相手にはすぐに気づいた。カオスもまた見覚えがあると声を漏らす。

 正面から歩いてきたその男は、ガイの行く手を阻むように廊下の中心で立ち止まると声を掛けてくる。一見して人にしか見えない相手だが、その姿にガイは見覚えがあった。先程謁見の間にいた──魔人の1人だと。

 

「魔人レイだ。さっき振りだな」

 

「……何の用だ?」

 

「大したことじゃねェ。ちょいと歓迎してやろうと思ってよ」

 

「……歓迎?」

 

「ああ。魔人流の歓迎だ──」

 

 魔人レイ。そう名乗った男が、ポケットから手を出し、バックルで髪をかきあげる。

 ──それと同時に、稲光が走った。

 

「!」

 

「ッ──!?」

 

 そしてその放たれた拳と電撃を、ガイは咄嗟に下がることで躱す。

 不意打ちにも関わらずそれを躱せたのは、ガイの身体能力や反応速度が魔人になって向上しているため。そして、レイが小手調べとして本気を出していないからだった。

 

「ほぉ……反応は悪くねェな」

 

「……どういうつもりだ?」

 

 突然襲いかかってきたレイに、ガイは疑問する。帯電し、バチバチと身体から電気の音を鳴らすレイのその特異な能力を見て驚きながら。

 

「魔人同士で争うことはあまり推奨されていないと聞いていたが……」

 

「何だそりゃ。レオンハルトから聞いたのか? だとしたらそんな考えは今すぐ捨てるんだな」

 

「何?」

 

 ガイは訝しむが、レイは戦意を下さない。拳を構え、その上で魔人の先輩として正しいことを教えてやる。

 

「あの野郎は秩序がどうとかつまんねェことを気にするからやってほしくなくてそう言ってるだけだ。──だが俺達魔人にとっちゃ、こんなもんはただの挨拶でしかねェんだよ」

 

「…………その、レオンハルトの意向に逆らうと?」

 

「禁止はされてねェ。それに、俺達が絶対に従わなきゃならねェのは魔王。ジルの姉御だけだ。レオンハルトの野郎が何を言おうと関係ねェな」

 

「…………」

 

 どうやら本気らしいことをガイは感じ取る。

 謁見の間ではどの魔人も魔王の手前、弁えてはいたが、一歩外に出れば魔人を縛るものは何もない──そういうことだった。

 魔王に逆らうこと以外であれば、あらゆる自由が約束される大陸の支配者──魔人はその誰もが自分勝手なエゴの塊だ。

 

「つまんねー能書き垂れてねェでレオンハルトと引き分けたって噂の実力を見せてみろよ……!」

 

 レイの戦意を見て、ガイは魔人の習性とその社会の在り方を正しく理解する。

 力が絶対。つまりそれは、魔王以外に憚ることのない暴君の集まりであることを意味していた。

 レオンハルトも確かにレイの言うように、推奨はしないとは言ったが禁止まではしていない。

 ならばここでガイがやり返したところで問題にはならない可能性が高いだろう。ここでレイを殺すようなことをすれば別かもしれないが、小競り合い程度で罰則のような何かが与えられる可能性は低いとガイも理解した。

 だが、その上で──ガイは、戦わないことを選んだ。

 

「……悪いが期待には応えられないな」

 

「……あ?」

 

 レイの立ちふさがる廊下の中心からズレて、端の方を通って先へ行こうとする。道を譲った。

 魔人四天王であるガイがそれを行うことに、レイは面食らったようだった。プライドの高い魔人であれば絶対にやらないような行為。それに呆気に取られたレイは、去っていこうとするガイに背中から声と共に警告を放つ。

 

「ッ……! 待ちやがれ!」

 

「──ッ!」

 

 レイの放電能力から放たれる雷撃。それを、ガイは防ぐこともなく無防備に受けた。人間であれば、その一発ですら黒焦げになって絶命する威力。それを受け、魔人であるからかそこまでのダメージは受けない。

 とはいえ痛そうにはしていた。そのガイは、電撃の痛みから再び気を取り直すと、レイに向けて暗い声を放つ。

 

「……気は済んだか……?」

 

「…………チッ」

 

 その無気力。陰鬱とした気配と声に、レイは舌打ちを零した。そしてその苛立ちを、ガイにぶつけることなく収める。電撃も収まった。

 

「──白けたぜ。てめぇ……とんだ腰抜け野郎だな」

 

「…………どうとでも言ってくれ」

 

「ッ……クソ……ムカつくぜ。ペテン野郎が……レオンハルトと引き分けたって聞いたからどんな奴かと思ったが、なんてことはねェ……ジルの姉御に気に入られただけの詐欺師かよ」

 

「…………」

 

「消えろ。叩き潰してェところだがジルの姉御のお気に入りを消すこたァ出来ねェ……それにやる気のねェ奴を倒してもつまらねェからな。今回は見逃してやる」

 

「……そうか。では失礼する」

 

「チッ……」

 

 レイの言葉に従い、さっさとその場を後にするガイに、レイは苛立ちが募っているようだったが、それを見逃して廊下の反対側へと荒い足取りで歩いて行く。

 ガイは戦意を全く見せない。何を言われても怒りは覚えない。もはや、そんな気力はない。

 それを示すような、そんなやり取りだった。これから先も、噂を聞いてちょっかいをかけに来る魔人が現れるだろうが、そのどれであってもガイは相手をすることはないだろう。部屋へと戻る道中で、ガイは何も湧き立つもののない自分の心を自覚してなおそれを受け入れた。

 

 ──その筈……だったのだ。ガイの部屋の前で待っていた、その魔人を見てもなお。

 

「──遅かったな」

 

「……! お前、は……?」

 

 ガイに割り当てられた部屋の前。そこに、凄まじく美しい女が立っていた。角と翼を持ち、魔性の美しさと高貴な雰囲気。そして、力強く濃い魔の気配を感じ取り、ガイは人目で理解する。この女も魔人だと。

 雰囲気としてはジルに少し似ている。そんなことをガイが思ったその女魔人──カミーラはその瞳を鋭く細め、そして強い敵意と殺意をガイにぶつけてきた。

 

「私が誰かなどどうでもよい……私がお前に会いに来た理由は唯一つ──貴様を狩るためだ……!!」

 

「──ッ、あ……!」

 

 カミーラが、憎しみすら込めた一撃をガイに向けて放つ。

 それは闇のブレス。先程のレイの攻撃が可愛く見えるほどの破壊力を秘めた一撃だった。

 さすがに命の危機を感じたガイは、それを咄嗟にガードする。が、それでも吹き飛ばされてダメージを負わされた。しかも、カミーラの敵意は止むことはない。

 

「貴様が魔人四天王で、この私が四天王を剥奪だと……!? そんなこと、認められぬ……! 貴様をこの場で倒し、力を証明してくれる……!」

 

「ぐ……やめ、ろ……!」

 

「ふん……! 恨むなら、貴様を四天王に推薦した者を恨むのだな……! 殺すことこそ出来ないが、精々痛めつけてやる……!」

 

 吹き飛んだガイの下へゆっくりと歩みを進めながら追撃を仕掛けようとするカミーラ。その怒りは、自分の代わりに魔人四天王の座に座ったガイへと向けられている。

 ガイの命乞いの声すらも無視して。

 ──だが、ガイのその声はカミーラに向けられたものではなかった。

 ガイは、己の内に向けて制止の声を送るが、それを受けてももう1人のガイは止まることはない。意識が反転し、気づけばガイはもう1人のガイになっていた。

 

「ぐ……いきなり攻撃しやがって……!」

 

『! おい……やるつもりか……!?』

 

 そのガイが、カオスを抜いて立ち上がる。そのやる気にカオスは戸惑ったが、入れ替わったガイは止まらない。魔人としての本性を存分に発揮し、カミーラに敵意を向ける。

 

「やるに決まってんだろ! おい、そこのアマ! 俺様に攻撃しやがってどうなるか分かってんだろうな!? レイプされても文句は言えねぇぞ!」

 

「ッ……! 更に侮辱を……! 許さぬ……! 死なない程度に皮を剥ぎ……身体を燃やし……串刺しにしてくれる……ッ!」

 

「おーおーやってみろ! ぶち犯してやらぁ──!」

 

 ガイがカオスを手に魔法を詠唱し、カミーラは伸縮自在の爪を伸ばして戦う姿勢を取る──新たに魔人四天王に任命された魔人と剥奪された魔人。その2人の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 プライドが高いカミーラにとって、自分の地位が降格することは耐え難い恥辱であった。

 それは、それを伝えに来たレオンハルトに激してしまうほどだ。魔王ジルの命令でガイを魔人四天王に置き、側近にする。そのためカミーラから魔人四天王の座を剥奪すると聞かされた。

 それは酷くプライドが傷つけられる出来事だった。何しろ、他の魔人四天王よりもカミーラが劣っていると突きつけられたようなもの。あの忌々しいノスより。気に入らないケッセルリンクより。醜きことこの上ないケイブリスより。自身が劣っていると大々的に侮辱されたようなもの。

 それを受けたカミーラを、レオンハルトがせめてもの配慮として気遣ったが、それでカミーラの怒りが収まる筈もない。レオンハルトからの「部屋で待っていてくれ」という待機命令を無視し、カミーラは自身のために用意された部屋からは最も遠い場所にあるガイの部屋の前で待ち受けることにした。

 そこでガイを倒し、力を証明する。あのジルが贔屓にする男を降格させるかどうかは疑問だが、それでもはっきりと他の魔人に負けるようなことがあれば再考させることは出来るだろう。魔人を取り仕切るレオンハルトとしても進言せざるを得ない筈。

 だが、それらが為されなくても構わない。このやり場のない怒りを収めるには、目の前のガイという魔人を痛めつけなければ気が済まないのだ。

 そうしてカミーラは、ガイに戦いを挑んだ。陰鬱なその男が、突如としてやる気を見せたのには驚いたがやることは変わらない。むしろやる気を見せてくれた方が好都合。その上で叩き潰してこそ己の力を証明出来る。

 

 ──そのカミーラの考えは、早々に覆されることとなった。

 

「おらくたばれ! 黒色破壊光線!」

 

「っ……!」

 

 凄まじい魔力。それを源泉に放たれる魔法の威力に、カミーラは顔をしかめた。

 

(この男……強い……ッ! レオンハルトと引き分けたという噂は嘘ではなかったのか……!?)

 

 戦闘が始まり、すぐにカミーラはガイの戦闘力が高いことには気づいた。

 剣も魔法も使える。身体能力も高く、戦闘におけるセンスもある。

 カミーラはレオンハルトが実際のところどれくらい強いのか知らないが、己に対し劣勢を強いるこの強さであれば、あるいはそれも可能なのかと思う。

 

「おらおら! そろそろ……終わりだ──ッ!」

 

「ぐ、う……う、あぁ……ッ!」

 

 ガイの魔法が、カミーラの身体を容赦なく貫く。

 レオンハルトは謁見に向かう前、「ガイには手を出すな」と一言だけ忠告してきたが、それを無視してカミーラはガイに戦いを挑んだ。

 

 ──その結果が、床の上に無様に這いつくばる己の姿だ。

 

「ぜぇ……ぜぇ……さすがに疲れたな……禁呪を使えないとこうも苦戦するか……」

 

「く、っ……う……」

 

「だが俺様の勝ちだ……! ぐふふ、よくもやってくれたな……!」

 

 己に勝利したガイが、呼吸を荒くしながらも下卑た笑みで近寄ってくるのをカミーラは見た。声を振り絞って抵抗する。

 

「やめ、ろ……! きさ、ま……!」

 

「誰がやめるか! 勝者は敗者から全てをいただく! それがこの世の摂理だ!」

 

「っ……!」

 

 ガイの手が、カミーラの衣服を乱暴に破り捨てる。

 カミーラは殺意を込めた視線をガイに向けることしか出来なかった。

 

「うっひょー。良い身体だ。これは楽しめそうだな」

 

「ッ、触れるな……っ!」

 

「おっと」

 

 苦し紛れに放った攻撃も、あっさりと躱される。

 そうしてガイはカミーラの両手を片手で押さえつけ、そのまま覆いかぶさった。

 

「危ない危ない。まだ力が残ってたか。だが……もう力は残ってないようだな」

 

「く……!」

 

「ぐふふ、安心しろ。大人しくしていれば殺しはしない。ただ犯しまくってやるだけだ」

 

 そうしてガイは己のズボンから、ソレを取り出そうとする。

 これから行われる出来事を予測し、カミーラの内に耐え難い屈辱が襲いかかった。

 

(こんな男に……! この私が……!)

 

 魔人に成り立ての人間の男に敗北し、このまま犯される。

 かつての王冠だった時のように。勝者の当然の権利だとして、乱暴に尊厳を踏み躙られる。

 アベルから解放され、ドラゴンの世が終わり、その役目を終えた時から二度とこうはなるまいと思っていたが、まさかこの屈辱を再び味わうことになろうとは思いもしなかった。

 

(許さぬ……許さぬぞ……ガイ……貴様は、いずれ必ず……!)

 

 もはや抵抗は出来ない。

 ならばこの恥辱は、必ずその血で贖ってやるとカミーラは誓うことにした。

 ガイの身体が近づいてくる。せめてもの抵抗としてその顔を睨みつけ、歯噛みしながら──

 

「──何をやっている」

 

「…………ん? ──ッ、うごおぉ!?」

 

 ──だが、その時は訪れることはなかった。

 廊下に響いた2人以外の声。聞き覚えのある男のもの。その直後に、ガイの身体が蹴り飛ばされ、後方へ吹き飛ぶ。

 そうしてカミーラの前に現れ、ガイの前に立ち塞がったのは……やはり魔人の頂点に立つその男だった。

 

「……レオン、ハルト……」

 

「大丈夫か? カミーラ」

 

 己を気遣うその声音に、カミーラは己の身が安全となったことを理解した。

 

 

 

 

 

 まさかとは思ったが、こうも手が早いとはな……。

 レオンハルトは、傷を負い、服を脱がされ、無様な姿となっているカミーラを見て、心の中で嘆息する。

 ガイが魔人になり、魔人四天王の座に就けることを告知してまだ2時間も経っていないのにこうなるとは……カミーラのプライドの高さを低く見積もり過ぎていた。

 念のため早めに切り上げて様子を見に来て正解だったと、己の判断を軽く称える。もう少し遅ければガイはカミーラを凌辱していただろう。そうなればカミーラに消えない傷を残すことになる──いや、この時点で既にそうなっているやもしれないが、それでも犯されていないというだけでマシだろう。

 そしてそれを行おうとしたガイ──魔人になって無気力となったと思っていたが、やはりと言うべきか、もう1人のガイの方はあまり変わっていないようだった。

 

「ぐ……レオンハルト……邪魔をしおって……!」

 

「……ガイ。俺は部屋で待機していろと命じた筈だ。それなのに、なぜカミーラを襲っている?」

 

「襲いかかってきたのはそいつからだ! だから返り討ちにして頂くもんを頂こうとしただけだぞ!」

 

 距離を無理やり取らせたガイの言い分を聞く。下半身を露出していて見苦しいことこの上ないが、その言い分には一理あった。

 

「……なるほど。確かに、それならカミーラにも落ち度はある」

 

「なら邪魔するな!」

 

「そうはいかないな。悪いが邪魔させてもらう。俺の目の前で狼藉を働くことは許さん」

 

「ええい、納得いかん! お前、魔人は自由だって言っとっただろうが!」

 

 ……やはり相当な女好き……いや、エロ好きなのだろう。記憶にある過去の……いや、未来の人物を思い起こさせる言い分だった。

 そしてその言葉もまた正しい。魔人は自由。魔王の命令以外に従う必要は本来ない。魔人筆頭や魔軍参謀。魔人四天王といった地位に就いているからといって、強制力が働く訳じゃない。無条件で権力が機能する訳じゃない。

 だが、多くの魔人や魔物達はその命令を聞く。その正しい理由を、ガイに教えてやる。

 

「俺はこうも言わなかったか? 命令に従わないのも自由。だが、その後どうなるかは自己責任だと」

 

「何だと? どういう意味だ?」

 

「分からないか? ──お前に罰を与えるのも、俺の自由だってことだ」

 

 空間に手を伸ばし、己の相棒である魔剣オル=フェイルを抜き放つ。

 それを見たガイの表情が引き攣ったのを見ながら警告する。

 

「俺が怖くないと言うなら俺の言う事に一々従う必要もない。反抗してみせるがいい」

 

「ぐ、ぬぅ……」

 

「こっちはまだカオスの傷が癒えていないが、それもちょうどいいハンデだ。ここでつけられなかった決着をつけるのも悪くはない」

 

 もっとも、圧倒的に不利なのはガイの方だろうということには当然気づいている。ゆえに、今のガイは相手にならない。多少は戦れるだろうが、それだけだ。俺に勝ち得る力は持たないと判断している。その上で、威圧してやった。

 

「分かったか? 俺がやめろと、そう言ってるんだ。それを無視するというなら、相応の痛手を負う覚悟をしろ」

 

「…………」

 

 ガイの表情が、苛立ちと焦りがないまぜとなったものになる。ガイもまた、今の自分ではこちらに勝てないことを理解しているのだろう。

 その無言を肯定と受け取り、俺は剣を下ろした。

 

「理解したようだな」

 

「ぐぬぬ……この変態剣野郎め……」

 

「変態禁呪野郎に言われたくないな。さて……ガイ。今日ここで起きたことは他言するなよ」

 

「あ? なぜだ」

 

「一々理由を言わなきゃ言う事が聞けないのか? 黙って言う事を聞け。これはお前の為でもある」

 

 カミーラの名誉の為に、ガイに他言しないようにと釘を差しておく。信用は出来ないが、口約束でもないよりはマシだ。

 それを理解したのかは分からないが、ガイは不機嫌そうに下半身を元に戻しながら言葉で頷いた。

 

「……けっ。わかったわかった。言わなきゃいいんだな」

 

「ああ。そうしろ。ならさっさと向かえ」

 

「? 向かえってどこにだ?」

 

「ジル様がお呼びだ。精々身を清めてから行くんだな」

 

 ジルからの命令を伝えると、ガイは何とも言えない顔になった。

 

「……ジル、か。楽しみなような怖いような……」

 

「ふん……どうせならそのまま行ったらどうだ? ジル様もお喜びになるぞ」

 

「うるせー。……しょうがない。逆らえる気がしねぇし、行くか。こうなったら開き直って楽しむまでだ」

 

 ガイはどこか諦めたような、自然な様子でズボンを履いて、廊下を歩いて行く。ジルの部屋に向かうのだろうが、やはり魔人としての絶対命令権は効いているようだ。それを確認し、小さな満足を得たところでガイが立ち去るのを見送る。

 そしてそこでようやく、カミーラに向き直った。……とりあえず、目の毒を解消しておくべきだとコートを脱いで、カミーラの身体に被せるとカミーラが小さくこちらを見て呻いた。

 

「っ……」

 

「傷はそれなりだな……仕方ない」

 

 このままここで治療を行うのは宜しくない。幸いにも今は誰の目もないが、呑気にしていると誰かが通りがかる可能性がある。

 なので人目につかない部屋にでも運ぼうと、俺はカミーラの身体の下に手を伸ばし、その身体を持ち上げた。

 

「悪いが少しの間我慢してくれ。人目を避けるためだ」

 

「…………ああ……」

 

「よし。では行くぞ」

 

 カミーラから許しを得たところで、俺はカミーラを抱えたまま近くの部屋まで移動を開始する。……カミーラには色々と言いたいこともあるが、まあ、今はいいだろう。とりあえず今は治療が優先だ。

 俺は近場の部屋のベッドにカミーラを寝かせると、部屋の外で魔物兵にハンティと神魔法の使い手を呼んでこいと言伝を頼んだ。

 

 

 

 

 

 ──レオンハルトがカミーラを介抱しているその頃。

 

「……戻ってこねぇなあ……」

 

 ガイに割り当てられた部屋とは真反対にあるカミーラの部屋の前で待ち続けるケイブリスは、廊下をきょろきょろと見渡しながら独り言を呟く。

 

「まさかもう帰っちまったか……? ならやっぱ城まで直接出向くか……? お土産とかも用意した方がいいだろうしな……つーか何て声掛けるかもまだ決まってねぇし、それを考えるためにも時間を置いた方が……」

 

 カミーラがいつまで待っても戻ってこないことに焦れた腰が引けたケイブリスは、一旦帰って仕切り直すことを決める。

 

「……よし。そうと決まればこうしちゃいられねぇ……!」

 

 ケイブリスはそうして帰路についた。カミーラが未だ、城に留まり続けていることにもまた気づけなかった。




今回はこんなところで。魔人ガイくんは禁呪使えません。魔法レベル3と2では使える魔法が全然変わってくるみたいなのでしゃーない。でも強さとしてはそれなりです。カカカさんくらいは普通に倒せるんじゃないかなって。
次回もまた日常です。お楽しみに

よければ感想よろしくねー。
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