──魔王ジルの部屋。
部屋の中に、淫靡な音が響いていた。
「くく……どうした……? ん、もう終わりか……?」
「ぐ、ぬ、ぬぉぉ……っ!」
ベッドの上に仰向けに寝かされ、魔人ガイは呻いていた。
その原因はガイの上に跨がり、緩やかに腰をくねらせる魔王ジル。
部屋に呼び出されるなり、一方的に貪られるように犯された。そのことをガイは思う。最初こそ悦んだし、今も気持ちいいが──
(き、気持ち良すぎる……頭がおかしくなりそうだ……!)
そう。問題は、気持ち良すぎること。
ジルに触れられた箇所が酷く熱い。その肌の感触。中の感触はこの世のものとは思えない程に極上だった。
もう1人のガイのせいもあって、それほど経験のないガイは一瞬で達してしまった。その後、男の意地で何度も攻めているが、ジルを攻め落とすには至っていない。
それでも快感は得ているのだろう。あるいは、ガイを屈服させて悦に入っているだけか──ジルの口元は釣り上がっていた。
「回復力とモノはそれなりだが……腕前の方は素人同然か。レオンハルトに比べればかなり劣るが、慰み者としては悪くない……」
「れ、レオンハルトだと……そりゃ、つまり……っ、うっ……!」
ジルのそれが、ガイの魔剣を強く包み込む。
その感触にガイは再び放出してしまっていた。その無様な姿を見下ろし、ジルは舌舐めずりをする。
「くく……精々私の下僕として、あいつの代わりに励むことだ……気に入れば頻度も増やしてやるぞ……? ふ、くくく……!」
「あ、あへあへ……ぐ、こ、こなくそ……!」
ジルの言葉に屈辱を感じ、ガイは己を奮い立たせる。あのレオンハルトに負けてたまるかと。
そしてこのジルをぎゃふんと言わせてやると。そうしてガイが意気込むと、再び淫靡な音が響き渡る。
──魔人になったガイは自分の役目を理解し、一方は苛立ちながら励み、一方はそれをただ受け入れた。
──ガイがジルの部屋に向かい、その役目に励んでいる頃。
「愛人、だと……?」
「ああ。ジル様はガイを慰み者として気に入ったようでな。魔人四天王に指名したのもそれによるところが大きいだろう」
「っ……!」
魔王城の別の部屋でレオンハルトはカミーラの治療と共にガイの役割について説明したところだった。
ベッドに腰掛け、多少は回復したカミーラだが、その言葉を耳にすると再びその顔が怒りに染まる。レオンハルトはすかさずフォローのための言葉を作った。
「もっとも、実力があるのは確かだがな……とはいえそういう訳だ。奴は魔人四天王だが、四天王に任せているような仕事を振り分けることはない。ジル様から魔王城に詰めておくように命令されているからな。よって、カミーラ。お前は城を引き渡す必要はない。役割については今まで通り──」
「変わらないから大丈夫……だとでも言うつもりか……?」
レオンハルトの言葉を遮るようにしてカミーラが目を見開き、苛立ちを見せる。そうしてその感情をそのまま言葉にして吐き出した。
「あのノスや、ケッセルリンク……! ケイブリスが四天王であるのに、この私がそこから落ちるなど……恥辱にも程がある……っ!」
「…………」
「そしてガイめ……! よもや私を犯そうとするなど……!」
その恨み節を、レオンハルトは部屋に備え付けのソファーに腰掛けながら聞いた。そして静かに問いを投げた。
「……どうするつもりだ?」
「決まっている……あのガイに、私を傷つけた報いを受けさせてやる……!」
「……そうか。殺さなければ多少やり返すのは好きにすればいいが……」
レオンハルトはそこで、気づかれない程度に言葉を迷わせる。
プライドの高いカミーラを傷つけないようにするには、それなりに気を使う必要があった。間違っても──今のお前ではガイに勝てない、などということは言わない。
だがその思いはあるのは確かなものだ。現在のカミーラは以前より実力が落ちてしまっている。この状態でガイに何度挑もうが勝てはしないだろうし、自分の見ていないところで挑めば今度こそ犯されかねない。
だからせめて勝てないまでも、簡単に決着がつかない程度に強くならなければ、また必ず敗北して屈辱を覚えるだろう。出来ればそれは避けたいという思いがレオンハルトにはあった。カミーラがガイに恨みを募らせたり、災いの種を残しておくことはあまり好ましくなかった。
しかし、だからといって素直に修行しろと言っても言うことを聞くとは思えない。ならどうすればいいか……レオンハルトは思考を回し、そして結論を出した。
「……そうだな。だが何をするにしてもすぐに実行するのはやめた方がいい。今はまだガイはジル様のお気に入りだ。あまり傷つけて不興を買うようなことをするのは良くないだろう」
「ならあいつが偉ぶるところを指を咥えて待っていろと? ふん、そもそもジルがそんなことを気にするとは思えんがな……」
「俺が見る限り、危険には違いない。だから時期を窺え。もしジル様のお気に入りから外れるようなことがあればすぐに教えてやる」
「…………ふん」
カミーラが鼻を鳴らす。さすがのカミーラもジルの機嫌を損ねるようなことは出来ない。長い間を取った後、渋々と口を開く。
「……気に食わないが、いいだろう」
「そうしてくれ」
そう言ってレオンハルトは立ち上がり、そのまま帰る姿勢を見せる。
だが、カミーラに背中を向け、2歩程足を進めたところで思い出したかのように声を上げた。本当に、今ちょうど思い出したといったように。
「──ああ。そういえばお前に良い話があるのを忘れていた」
「良い話だと……? なんだ?」
レオンハルトは自然に、そして何気なく言う。カミーラの興味を引いて彼女を外へ引きずり出すために。
「──ちょっと美少年を狩りに、
魔人達を招集した謁見を終え、カミーラとの約束を取り付けると俺はようやく城へ帰ることが出来た。
「──お帰りなさいませ、ご主人様」
「ああ」
城に一歩足を踏み入れると目の前にメイド長さんがいて優雅に一礼してくれる。ずっとここで待っていた訳でなく、主の到着を察して駆けつけたのだろう。そのメイドの鑑とも言うべき心遣いに内心で感謝しつつ、連れ立って部屋まで歩く。
「何か変わったことは?」
「はい。白兎様がご主人様にお願いがあると」
「白兎が……なるほどな」
「今は牧場の方へ出ていますが、お連れ致しますか?」
「いや、構わない。戻ってきた時にでも聞く」
白兎のお願いと聞いて、思い浮かんだものといえば、白兎の友人の事だ。それを察する。おそらくだが、白兎はその友人と会わせてくれとお願いするつもりだろう。
……まあ、少々危ないが、それも良いか……。
白兎と会わせることでどうなるかは少し未知数ではあるが、悪いことにはならないと思いたい。
それに、出来れば娘が友人のために動こうとしているのを止めたくはないものだ。メリットもあるし、その件についてもセッティングする必要があるな。そのことを頭の片隅に置いていると──
「あ……レオンハルトさんっ」
「ハウゼルとサイゼルか」
廊下を歩いているこちらを見つけたハウゼルが華やぐような笑顔でこっちに近寄ってくる。その隣のサイゼルと一緒に。
「お帰りなさい」
「レオンハルト、戻ってきてたんだ」
「ああ。ただいま。ついさっきな──ん」
「んっ……」
自然に距離を詰めて、求めるような雰囲気を出してきたのでハウゼルと軽く唇を合わせる。少し熱いハウゼルの柔らかい唇の感触が来た。触れ合うだけのそれを行い、唇を離せば次はサイゼルとも。今度は少しひんやりとした柔らかい感触が来る。
「んっ……ちょ、ちょっと……廊下でこういうのは……」
「してほしそうに見えたが……違ったか?」
「……………………違く、ないけど」
するとサイゼルは顔を赤らめ、目を反らしながら小声で言う。もはや人に見せつけることすら厭わないハウゼルと違って、サイゼルの方は人目があるところだと恥ずかしがる。
とはいえハウゼルとしたのにサイゼルとはしないとなるとややこしいことになる可能性があるため、する時は基本2人一緒か、交互にやって平等にする。2人の仲は改善しているとはいえ、それでもまだ些細なことで喧嘩しがちだからな。一応気をつけてはいた。
「そ、それより……大丈夫だったの?」
「ガイのことか?」
「そうよ。あの新しい暗そうな魔人なんでしょ? その……レオンハルトに怪我負わせたのってさ」
そして話題は今日の謁見のこと。正確には、新しく魔人となったガイのことに移る。
当然だが、俺がガイと戦い引き分けたことは身内の者全員が知っていた。魔物界中に噂が広まってるので当然といえば当然だが……何よりも、この怪我を負った身体を見ているからというのもある。
その怪我を負った部分を、ハウゼルが心配そうに見た。
「……怪我の方は、もう大丈夫なんですか?」
「傷はある程度塞がったな。もう後数日もすれば完治するだろう。……とはいえ、まさかここまで治りが遅いとは思わなかったが」
そう。カオスに負わせられた俺の左肩の傷は、未だ完治していない。
戦いの後にジルの神魔法で回復してもらったが、それでもまだ治りはしなかった。その後、城に帰ってからも開いた傷を処置し、包帯を巻いて止血し、しばらく安静することになったのだ。
魔人の再生力からすればありえない話だ。さすがは魔人を殺せる武器といったところで、その怪我を見た者達に酷く心配を掛けてしまった。キャロルなんかは大慌てしていたし、ハウゼルとサイゼルも心配で頻繁に見舞いに部屋を訪れに来てくれていた。子供の問題で忙しいのに悪いことをしてしまったな。
「……カイゼルとルイゼルはどうしてる? また暴れたり脱走したりしてないか?」
「あ、はい。それは大丈夫です。ミコトちゃんに見張ってもらってますし……使徒と仲良くなるって意気込んではいますけど」
「……そうか。使徒のことはともかく、ミコトが見張ってるなら逃げ出す心配はないか」
どうやら問題児2人は優秀な妹に見張られているらしい。俺の子の中じゃあいつが1番強いからな。何でもありなら特に。
──などと噂をしていると。
「助かるけど……あの子、ちょっと苦手なのよね……気づいたら後ろに立ってるし……」
「──んぐ、んぐ……呼びました……?」
「ぴっ!?」
「み、ミコトちゃん!?」
突如、サイゼルの真後ろから聞こえてきた声に、サイゼルが短い声を上げて飛び跳ねる。
そこには執事服に身を包んだ短い黒髪の、眠そうな顔をした、サイゼルとハウゼルと同じくらいの身長の少女──ミコトが姿勢良く立っていた。
「……あまり驚かせてやるなよ、ミコト」
「ん、ふぁーい……」
「び、びっくりしました……姉さん。大丈夫?」
「だ、だから……驚かせるなっていつも言ってるでしょーが!」
「すみませんでしたー……」
全く悪いと思っていない眠そうな半目の表情のまま、ミコトが謝る。……相変わらずだな。腕は上げたようだが、この気の抜ける感じは変わらない。メイド長さんの子供で執事としての技能も高いのになぜこんなに気の抜ける性格をしているのかは常々不思議に思う。セラクロラスの子供というならまだしも、そっちはそっちでエロニートモンスターだからな……。
「……まあいい。それより……その手に持ってるのは何だ?」
「ん……お菓子」
「またお菓子か。あまり食べ過ぎるなよ。それと、見張りの方は──」
「──見つけた! ちょっとミコト! あたしのおやつ、盗んだの返しなさい!」
「ひゃっ!?」
──などと注意をして見張りのことに話題を移そうとしたところで、突如瞬間移動で目の前にハンティが現れる。どうやらハンティのおやつを盗んだらしい。地味にサイゼルがまだ驚いて声を上げていたが、ハンティはそれを無視してミコトに手を伸ばすが……ミコトはそれをするりと躱した。
「あ、バレた……それじゃ退散しますねー……」
「バレた、じゃない! 待てこら!」
「じゃあね……父上。見張り頑張るからまたお菓子お願いね……」
そしてミコトが一瞬でその場から消えるように移動すると、ハンティもそれを追いかける。その光景に少し呆れるが……同時に感心もする。ハンティからあれだけ逃げられるのはさすがだ。忍者としてもまた成長してるみたいだな。執事としてはどうかと思うが。俺は軽く息をつく。
「……とりあえず、ミコトに任せていれば2人も逃げ出すことはないだろう。それと、後で俺も注意しにいく。それまで待っていてくれ」
「あ、はい。それは良いですけど……レオンハルトさんはこれから何か用事が?」
「少しだけやることがあるが……どうかしたか?」
「ならそれが終わってからでいいんですけど……一緒にお部屋で過ごしませんか? その、姉さんと3人で……」
ハウゼルが穏やかな笑みでそう提案してくる。サイゼルの方もまた。
「今日は……その、また2人で癒やしてあげようかなって……」
熱っぽい視線を向けてその言葉を伝えてくる。素直に嬉しい誘いだった。その意味が分からないほど鈍感ではない。
「……そうか。ならやることが終わったら連絡する。それまで待っててくれ」
「……はい。待ってます」
「……あんまり待たせたらダメだからね……?」
直接的な言葉は必要ない。何だかんだで2人とも長いからな。意思疎通を問題なく行うと、期待を込めた表情をした2人と別れる。
気がつけば空気を読んでいたのか、メイド長さんがいなくなっていたが、2人が去ったところで再び姿を現す。そうして告げてきた。
「部屋の掃除は既に終わっておりますので、いつでもお使いください」
「……いつもながら完璧だな」
「恐れ入ります」
メイド長さんが頭を下げる。そうして執務室までやってきたところでメイド長さんとも別れた。
──そうしてやるべきこと……カミーラとの約束のために仕込みをキャロルに命じたところで……今度はまた別の人物の応対をする。
「…………お町」
「ん……何だ……?」
──ぎゅう~~~~。
「……いや、別に構わないんだが……少し引っ付きすぎじゃないか?」
執務室に入ってくるなり、ずっと抱きつき続けている二代目妖怪王──お町にそう疑問する。
だがお町は、そう聞くと更に抱きつく力を強めた上でそれを否定してきた。
「そんなことはない……もう2週間も、我はレオンハルトに抱かれておらぬからな……むしろ足りぬ……」
「……それは悪かったな。2週間の空きでは、物足りないか」
「ああ、足りぬ……毎日でも足りぬくらいだ……ずっとこうしていたい……」
そう言ってお町は俺の胸に頬をくっつけ擦りつける。
ガイとの戦いのために修行して1週間。戦いの後の負傷で更に1週間。その間に1度も相手していなかったこともあって、いつも以上に情熱的なお町の抱擁を受け続ける。
このままでは仕事にならないな……そう思っていると、お町は更に告げてくる。
「……レオンハルト……我を使徒にするという話、考えてくれたか?」
「……その話か。前にも言ったが、それは茨の道となることを理解しているか?」
それは以前にお町から願われていて保留にしていた──使徒にしてほしいという話だ。
随分と俺に惚れ込んでいるお町が、それを言い出してくることは何ら不思議ではない。それを聞いた時も驚きはなかった。
だがその願いに応えて安易に使徒にする……という訳にはいかない。使徒化によってほんの僅かに低下する力などはさして問題ではない。その気になれば10体程度は作れると見ている。
しかし問題は、使徒にするに値するかという部分だ。それを思い、俺はお町にこう問いかけたのだ。
「俺の使徒になるということは、人間の敵になり続ける宿命を背負い続けることになる。妖怪として人間の敵になる宿命を呪い、ようやくそこから解放されたお前が、もう1度その宿命を背負うことになるんだ。それでもいいのか?」
「……確かに、以前の我はその宿命を呪っておった。だが、今度のは違う。我が自ら選び取った定めだ。我を宿命から解放してくれたそなたの助けになりたい……それが人を害することであるというなら、我はそれを為す……」
「…………」
「それに、そなたが仕事に忙殺されておるのを我は知っている……そのために、使徒を増やすことを検討しているのだろう……?」
「……ああ、そうだな。今は、そのための候補を検討している」
お町の想いを間近で耳にしながら、使徒を作ろうとしていることは認める。
その理由としてはやはり、自分の手足のように動ける存在が、もう少し欲しいと思ったからだ。
今の使徒、キャロル、ハンティ、ペール、リー。その4人は頑張ってくれているし、能力も高い。俺には勿体ないほどの使徒だと思う。
だが如何せん、俺がジルに拘束される時間も長く……仕事が少しだけ忙しい。その補助に加えて、今後のために外部で好きに動かせる手駒を俺は欲していた。下級使徒は多い俺だが、その殆どは城の中から動かせないし、外に出すには危険ということもある。不用意に動かすことは出来ない。
だから正式な使徒を増やせれば増やす腹積もりでいた。もっとも、無理に作るつもりもない。使徒は魔人にとって永久の時間を共にする相手。それだけに、使徒にする相手は慎重に厳選して選ぶ必要がある。乞われたからといって安易に使徒にする訳にはいかない。お町を信頼していない訳ではないし、むしろ信頼はあるが……先に挙げたことのような不安要素もあった。
それだけに安易に返事は返せない。かといっていつまでも保留にし続けることも出来ない。だから俺は、不安を抱えるお町にこう告げた。
「お前のことも、前向きに考えている。近い内に答えは出るだろう。だからそれまで待っていてくれ」
「……我は必ず力になる。永久を共に生きる覚悟も出来ておる」
「知っている。だから安心してくれ。たとえ俺が、使徒にしないという選択を選んだとしても、お前が側にいることを拒みはしない──絶対にな」
強い意志を込めてそう言えば、少し力が緩んだ。……やはりお町も不安になったのだろう。
俺がガイと引き分けて重傷を負って戻ってきた時、多くの者がそれを目撃した。お町もそこにいた。そして他の皆と一緒に、不安を与えてしまった。
俺が消えていなくなるかもしれないという不安。あれだけ傷ついた俺を助けたいという想い。それもあって、また今日も強くそれを希望してきたのだろう。それを察して理解する。
そうして強い言葉を送れば、お町もまた理解した。
「……わかった。それならば、我は信じて待とう」
すっとお町が身体から離れる。そうして立ち上がり、部屋の出口へ向かった。そうして去り際に、こちらに振り返る。
「ではな。……今夜は待っておるぞ……」
「ああ」
その言葉に返事をしてお町を見送る。その意味もまた先程のハウゼルとサイゼルと同じであった。
「……さて。どうするか……」
お町がいなくなり、1人になった執務室で呟く。
使徒の話もそうだが、ガイのことやジルのこと。カミーラのこと。女のことや子供のこと。他の魔人や魔軍を差配する普段の仕事もある。
一先ず考えなければならないのはカミーラにガイか。ジルのことは常に考えているから優先も何もない。魔王の命令が来るならそれがどんなに突発的なものでも最優先事項になるからな。
「……次は白兎を呼び出しておくか。それから……」
思考を回し、ハンティかメイド長さんを呼ぼうかと思い立つ。そうして自身も椅子から立ち上がった──そんな時だ。部屋がノックされた。
「……あー、もしも~し。入っていいかな?」
「……ああ、構わない。入ってくれ」
聞き覚えのある女の声に、少し訝しく思いながらも許可を与える。すると部屋の中に、予想通りであり意外な人物が入ってきた。
「ガウガウか。珍しいな。お前から俺を尋ねてくるとは」
「そうだっけ? ……まあそれは置いといて……あー、参謀閣下は如何お過ごしで? 今は何をしてらしたんですかい?」
部屋に入ってきた、白衣を纏った小柄な少女……うちの魔法研究室の室長にして付与師であるガウガウ・ケスチナが、似合わないおべっかを使ってくる。俺は少し目を細めた。
「……何か危険な失敗でもして物を壊したか? それとも人に迷惑をかけたのか? もしくはハンティを怒らせたか? なら俺がおすすめするのは今すぐ謝りに行くことだ。俺に出来ることはないぞ」
「そ、そんなんじゃないわい! くっ、信用なさすぎだろ……この私……!」
狼狽えながらツッコミを入れた後、自身の信用のなさを拳を握り込んで嘆くガウガウに胡乱な目を向ける。ガウガウは魔法研究者としてこの上ないほどに優秀だが、色々と問題児だからな。そう予測したのだが……どうやら違ったらしい。改めて問いかける。
「なら用件はなんだ」
「用件がなかったら会いに来たらダメかな? 私は天才美少女魔法研究者のガウガウ・ケスチナ。あなた様の下級使徒ですよ? たまにはこうして親交を深めたく──」
「用件はないのか。なら俺は行くぞ。暇なら明かりの点検をしといてくれ」
「ちょ、ちょっと待って! 待ってください! なんか冷たくない!?」
部屋を出ていこうとした俺の腰にしがみついてくるガウガウ。それを聞いて、俺は足を止めた。その上で一応向き直る。
「俺が冷たく見えるか。なら心当たりはないか? 数年前の新年会に何かあったような気がするが」
「うっ……あ、あれはほら、ちょっとした失敗作って奴で……」
「そのせいで、俺はとんでもない黒歴史を作った訳だが」
「仕方ないだろーっ!? というかアレはお前の酒癖が悪いから悪いんだろーっ! おかげでこっちもめちゃくちゃヤラれたんだからおあいこだおあいこ!」
「あれは……いや、やっぱりいい。過ぎたことだ。それより用件があるなら早く話せ。こうして言い争ってる暇も惜しい」
ガウガウの言葉に反論をしかけて、しかしすぐにやめる。時間は有限だと気づいたからだ。
そして額を軽く押さえた俺に、ガウガウはその顔を下から覗き込むようにしてニヤリと笑みを浮かべてきた。
「へぇー……忙しそうだねー。ふふん、ならその悩みをこの天才が解決してあげようかな!」
「…………一応聞こう。どうやって解決してくれるんだ?」
「簡単なことだ。忙しいならそれを代わりにこなしてくれる部下を作ればいい! 魔人なら使徒でも可! そしてそのために私が出来ることがある!」
……何を言うかと思えば、こいつもそのことを知っていたか。
どうやらちょっぴり広まっているらしい。あるいはハンティ辺りから聞いたか。
しかしそれを知ってここまで来たということは、何か解決策が一応はあるのかもしれないと俺は僅かに期待する。ガウガウは本物の天才。あまりにも天才すぎて、レッドアイみたいな人に迷惑をかける代物すら作り上げてしまう困った奴だが、それでも魔道具作りにおいてガウガウの右に出る者は存在しないと断言出来る。ゆえに期待した。
「……今度はどんな魔導具なんだ? 使徒になった時の変化でも予想してくれればありがたいんだが」
「魔導具か……そうだな。ある意味で、これまでの最高傑作と言っても過言ではないかもしれない」
「お前がそこまで言うか……ならよっぽどのものなんだろう。聞かせてくれ」
ガウガウが言う最高傑作と聞いて、更に期待が高まる。そこまで言われるならさすがに気になってしまうものだ。
そして俺が教えてくれと乞えば、ガウガウもまた得意気な笑みを浮かべてみせる。
「ふふふ……レオンハルト。お前の悩みを解決する方法はここにある」
ガウガウが、自身を親指で指して言う。表情は歯を見せて笑う得意気なまま。
しかし俺には分からない。一体どこに魔導具があるのかと訝しげにガウガウを見て尋ねる。
「……よくわからないな。どこにあるんだ?」
「──私を使徒にしてみないか?」
「……………………は」
思考が硬直する。
それは戦闘の最中であれば致命的な隙になりえるものだ。もし以前のガイとの戦いの最中でこれほどの隙を晒してしまえば、俺は死んでいただろうと確信出来るほどの間を、自ら生み出してしまう。
数百年振りにここまで困惑したかもしれない──が、さすがに10秒近く経ってもガウガウの表情が得意気なままで、むしろ目を細めてドヤ顔が更に加速したため、それが本気であることを理解する。理解、した上で……俺はゆっくりと口にした。
「…………冗談か?」
「いやーレオンハルト……いやレオンハルト様は幸運だな! なにせこの私を使徒に出来るんだ。私を手中に収めたなら世界を手中に収めたも同然だぞ。しかも見た目も可愛い! 本物の合法ロリだからな! おまけに色気もある。頭も当然良い。その上……」
「…………そうか。魔導具の研究のしすぎで気が狂ったか。痛ましい……待ってろ。今すぐ治癒術師を……」
「失礼! さすがに失礼すぎだろっ! 狂ってないわっ!」
表情を崩し、勢いよくツッコミを入れてくるガウガウを見て、俺はようやく事態を理解する。ソファーまで移動し、思い切り背中を預けて息を入れた。
「冗談じゃなかったか……」
「いつも冗談みたいな発明をしてるからそう思ったか? だが生憎と冗談じゃないぞ!」
「そうだな。確かにそうかもしれない」
まさか冗談みたいな物を生み出す冗談みたいな奴から冗談みたいな話が飛んでくるとは思わなかった。しかも内容が先程のお町と一緒。雰囲気が真逆すぎて風邪を引きかねない。
「……どういう風の吹き回しだ? お前は確か……使徒になる気はなかったように思えるが……」
「そんなこと言ったか? ……まあ言ったかもしれないな。でもそれも昔の話だ。忘れていい」
「……なら理由は?」
「それは勿論、永遠の命と若さ! しかも生物として強くなれる! しかも最強のイケメン魔人レオンハルト様の下で! こんなのなりたくなり理由が浮かばないだろう!」
意気揚々と、高らかに理由を口にするガウガウ。
その目を注視する。その瞳。表情。身体の揺らぎ。それらを見て、ガウガウの人となりから真偽を判断する──いや、判断するまでもないか。俺は口を開いた。
「嘘をつくな」
「嘘? いやいやいや、紛れもない本当の話。真実。トゥルーだって。私はレオンハルト様の下で永遠の命を得たいんだ」
「惚けるな。確かに嘘をついているようには感じないが、かといって本当の理由は話してないな?」
「本当の理由? さて、なんのことか──」
「本当の理由を話せ。それを口にしない限り、俺がお前を使徒にすることはない」
「……!」
俺がそう口にすると、ガウガウの得意気な表情が少し崩れた。
そこに俺は追い打ちをかける。
「口にすれば検討してやる。お前が……そこまでやるくらいだ。それなりの理由があるんだろう。それを聞かせてくれ」
「…………ふふ、くくく。やっぱり騙せない、か。そりゃそうだよね」
意外にも、ガウガウはすぐにそれを嘘と認めた。笑い、自嘲した上で。
「じゃあ言うけどさ……その前に1個お願いなんだけど……」
「なんだ?」
「本当の理由、誰にも言わないこと。ハンティとか特にダメだね。皆、私がシリアスなこと言うと調子狂っちゃいそうだしさ」
「……いいだろう。俺が他言することはない。誓ってやる」
「オッケー。それじゃ話すけどさ。本当のところは──」
──そうして俺は、ガウガウから使徒になりたいという本当の理由を聞いた。
使徒になることが必要だということを。その決意を。覚悟を、聞き届ける。
それが真実であることは、すぐに分かった。何しろ1000年以上、同じ城で過ごしているのだ。
……だがそれでも安易に使徒にすることは出来ない。
その真実の言葉。本物の覚悟を見て納得するのも良い。改めて何かを見せてもらう必要はない。信頼関係は構築されているのだ。今更証拠は必要ない。
だがそれでも──その覚悟は見たいと思う。
だから俺は使徒に立候補してくる相手に、軽く試験を与えることにした。
ちょうど良く、人を狩る用事もある。それに同道させ、本当に俺と共にあらゆる物を犠牲にして、それでもなお目的の為に歩めるかどうかを試させてもらおう──そう俺は口にした。
そろそろGL期のプロフィール設定メモをお出ししたいので整理中です。そのうち活動報告に出すので良ければ見てね。
次回はパーティを組んで、人狩り行きます。第5回使徒ダービーも始まるよ。
良ければ感想よろしくねー。