その日、紅魔城ではとある話題で持ち切りになっていた。
「ねえ聞いた? レオンハルト様が新しく使徒を作るって話」
「うん、聞いた聞いた! それで今は候補を募ってるらしいね!」
城で勤務するメイド達は休憩時間や仕事の合間にその話をしていた。人間でありながらレオンハルトに救われ、下級使徒となった彼女達にとって使徒というのはよりレオンハルトに近いところでお仕え出来る憧れの立場である。
ゆえに使徒を探してると聞いて多くのメイドが色めき立っていたが、彼女達が候補に選ばれることはなかった。その理由もまた、彼女達には届いている。
「えー、それじゃ私も立候補しちゃおうかなー」
「無理無理。選ばれっこないって。使徒候補になるには、使徒の方々から推薦を受ける必要があるって話だし」
「え、そうなの?」
「うん。だからキャロル様にハンティ様。ペール様にリー様。使徒候補になれるのは4人だけだって話」
事情通のメイドは同僚のメイドに続けて説明した。
「だから枠はもうほぼ埋まってるって話だよ。私の予想だと、やっぱメイド長とか料理長……後インデックスさんとかお町さんで決まりかな」
「うわぁ……そうそうたる面子……それは確かに厳しいかも……」
「でしょ? 後は大穴でガウガウさんとか……噂だと親衛隊の子とかも立候補しようとしてるって噂が……」
「…………」
──そしてそのメイド達の噂話を、城内の警備を行いながら聞いている1人の少女がいた。
ウェーブのかかった桃色のセミロング。2つのお団子を作った可愛らしいヘアースタイルを持つその少女はその小柄な体格もあって見目も麗しく可愛らしい。
だがその表情は硬く、そして勇ましかった。腰に差した剣は飾りではないのだろう。堂に入っていて、その手の甲には下級使徒であることを示す紋様が描かれている。
(遂に……この時が来た……!)
少女はその話を耳にすると見回りを行いながら内心で静かに沸き上がった。
レオンハルトの使徒。それは、この世で最も栄誉ある騎士の証である。
レオンハルトシティの選ばれた優秀な人間だけが住むことの許される人間街で生まれ育った彼女はそのことを知っていた。誰もが言っていた。
一流料理人の祖父と祖母。コロシアムでチャンピオンだった父とA級闘士だった母。優秀な少女の家族ですら届かなかった高みである下級使徒に、僅か16才で上り詰めた少女は己の立場に誇りを持っていた。
300人近くいる紅魔城のメイド。30人程度いる料理人。2名の魔法研究者と人間の下級使徒は数多くいるが、その中でも人間で唯一女の子モンスターで構成されるレオンハルト親衛隊に入る栄誉を許され下級使徒となった少女は、たった3年でその親衛隊の副隊長にまで上り詰めていた。隊長が使徒であるキャロルであるため、実質的な下級使徒のトップに位置すると少女は自信を持っている。この立場を好ましくも思っている。
(だけど、まだ足りない)
しかし下級使徒であるというだけで満足することは出来ない。
少女の目標は、更に狭き門である魔人レオンハルトの正式な使徒になること。
そうして彼の剣となり、この鍛え上げた力で彼の助けになることだ。そのチャンスを、彼女はこの3年でずっと窺っていた。
(このチャンスを逃す訳にはいきません)
少女は早足で城内にある訓練場へと向かう。普段は親衛隊に所属する女の子モンスターがたむろし、時に訓練を行っているその場所に、少女の目標である立場の上司がいた。その相手が、少女の名を口にする。
「あら、ミシェーラさん。どうかしましたの?」
「……キャロル隊長。折り入って頼みがあります」
レオンハルトの使徒──キャロル。
訓練場にいたその上司に対し、少女は告げた。強い意志と覚悟を秘めた瞳で。
「──このミシェーラを、使徒候補に推薦してください」
その若くして親衛隊の副隊長を務める少女の名は──ミシェーラ・姫原。
レオンハルトの使徒を目指す将来有望な女剣士である。
──大陸南部。
地下深くまで掘られたその大穴の前に、この大陸の支配者層たる魔人の一行はいた。
「ついたぞ。この迷宮が、人間の隠れ里だ」
「ふん……遂に穴蔵に住むようになったのか、人間は……」
魔人レオンハルトと、魔人カミーラ。
集団の先頭に立つ2人の魔人は、その迷宮の入り口を見て言葉を交わし合う。背後に立つ者達は口を開くことはしない。魔人の中でも最強のレオンハルトと上位に位置するカミーラの会話は、その場に居合わせた殆どの者に緊張感を与えていた。
そんな中、レオンハルトはカミーラに言葉を返す。
「迷宮には魔物が潜むもの。その盲点を突いたものだ。存外悪いものではない。生き残るための知恵としては十分なものだろう」
「ふん……浅知恵だな。それより……情報は、確かだろうな?」
カミーラの眼光が鋭くレオンハルトを貫く。人間であれば、そうして視線を向けられただけで怯え、酷く狼狽することになるだろう。
だがレオンハルトは当然、それに平然として頷いてみせる。
「ああ。この隠れ里に潜む人間の奴隷商人は……大量の美少年を抱え込んでいるという」
「…………」
「そしてその中にはお前が好む者もいるだろう。隠れ里を潰すついでの戦利品としては悪くないと思うが……不満だったか?」
レオンハルトはカミーラからの反応が薄いことを気にして、そう問いかける。この人狩りに誘ったレオンハルトとしては、出来ればカミーラにはもう少しやる気を出してもらいたいところだった。
だがやはり、先日のガイとの一件を未だ引きずっているのかもしれない。そう思いながらもカミーラからの返答を待つ。カミーラの視線が、レオンハルトから外された。
「……不満ではない」
「……そうか。それならよかったが……」
カミーラの言葉にレオンハルトは安堵する。約束を取り付けたこと。きちんとここまで来てくれたとはいえ、カミーラなら些細なことで苛立ちを募らせる可能性もあった。
だから問題ないなら良いと、そう思ったところで──カミーラは視線をレオンハルトからその背後の者へ移す。
「ない、が……今日は随分と人が多いな?」
レオンハルトの背後にいる、使徒ではない見慣れない相手に、カミーラは目を細める。その視線に、人間である者は畏怖を覗かせた。
しかしレオンハルトにとってはその質問も想定の範囲内である。何も言わなくても紹介はするつもりであったため、レオンハルトはそのまま彼女達を紹介した。
「ああ。俺の下級使徒だ。──お町、ガウガウ、ミシェーラ。挨拶しろ」
そうして3人が一歩だけ前に進み出てくる。
カミーラはつゆ知らぬことだが、その3人はレオンハルトの使徒候補である3人であった。新しく使徒を見繕うにあたって、希望者が多いことを見越したレオンハルトは己の使徒に推薦権を与えて候補を絞った。
そうしてこの場にいる3人が、レオンハルトの使徒の推薦をそれぞれ受けたその候補である。
「…………」
1人は2代目妖怪王であるお町。
ペールの推薦を受けたお町は、カミーラに向けて無言で軽く会釈することで挨拶とする。言葉は発しない。弁えているというべきか、興味がないと言うべきか。カミーラ相手でも臆することはないが、逆に必要以上に畏まることもしないようだった。
「ふっふっふ、では次は私だな! 私の名はガウガウ・ケスチナ! 天才美少女──」
「…………」
「び、美少女……あ、すみません。何でもないです。普通の下級使徒です。魔法研究者です。以上でーす……」
そしてお町の次に進み出た2人目は、ガウガウ・ケスチナ。
リーの推薦を受けた彼女は、身に纏った白衣を翻し、堂々と調子に乗った挨拶をかまそうとしたが、カミーラの冷たい視線を受けると身を縮こまらせ、小声かつ早口で挨拶を終える。目上の相手でも自らのペースを崩さず、調子に乗ることが多いガウガウだが、初対面のカミーラの圧にはさすがにビビって腰が引けていた。
そしてガウガウが終わると次は3人目だ。その少女が、堂々と前に出る。
「ご紹介に預かりました。レオンハルト様の下級使徒。ミシェーラ・姫原と申します。本日はレオンハルト様の供回りを務めますので、麗しきカミーラ様の視界に入ることをどうかお許しください」
「…………ふん」
そして3人目は、ミシェーラ・姫原。
城内の警備を行う親衛隊の副隊長を務めている。上司でもあるキャロルの推薦を受けて使徒候補に名乗り出た若き才女は、礼儀の方でも優秀らしい。騎士らしく、短く、おべっかを使いすぎず、目を伏せ真剣な様子で頭を下げていた。
だがカミーラは鼻を鳴らすだけで興味を示さない。美少女であるというだけで基本は気に入らないカミーラにとって、3人の好感度はマイナスからスタートする。
「……そいつらも連れていくのか」
「ああ。今回は魔軍は包囲させるだけで迷宮内には進ませない。少数精鋭で行くつもりだ。俺とお前とこいつらだけで進む」
「……いつもの使徒はどうした」
「別の仕事だ」
「……そうか。ならさっさと行くぞ」
「ああ。──お前らもついて来い」
「……わかった」
「りょ、りょうかーい……」
「はっ!」
いつもの使徒がいないことが気にかかった様子のカミーラだが、揺るぎないレオンハルトの答えに嫌々ながら納得する。警戒することもなく堂々と迷宮に足を進めたカミーラに、レオンハルトは頷きその背中に続くと、使徒候補の3人にも声を掛ける。
それもまた三者三様の返事だった。レオンハルトはそれらの反応も注意深く観察する。
何しろ今回のカミーラとの人狩りは、カミーラの機嫌取りやその強さを高めるための布石を打つのが目的だが……新たな使徒を決めるための試験的な意味も持たせてある。
ゆえにレオンハルトは3人の振る舞い。魔人の中でもやりにくい相手であるカミーラへの対応や反応。人間を相手にした時の反応やその実力。それらを含めて見るつもりであり、3人にもこれが試験であることは伝えてあった。ゆえに真剣にこの人狩りに臨むだろう。
そして心配もあまりしていなかった。3人とも優秀で高い実力を持っているのは知っている。
「……レオンハルト様」
「どうした。ミシェーラ」
だからこそ、ミシェーラが小声で話しかけてきても全く不安もなく応じる。牧場の人間街出身のエリート一家の出である少女は、まだ20年と生きていないにも関わらず確かな強さと意志を持っている。かなりの有望株であり、レオンハルト自身も頭の中で使徒の候補として考えていたほどの人物であるが──
「……ミシェーラは理解しております」
「……? どういう意味だ?」
その言葉に、特に思い当たるものがなかったため、レオンハルトは素直にミシェーラに聞き返す。
だが、ミシェーラはその揺るぎない表情を崩すことなく、答えはしない。
「いえ、何でもありません。ただ伝えておきたかっただけです。このミシェーラ・姫原は、レオンハルト様の意志を完璧に遂行してみせますわ」
「……そうか。期待しているぞ」
「はい!」
レオンハルトはミシェーラの試験に意気込んでいるであろうその言葉をそのままに解釈し、期待していると告げる。
すると良い返事が返ってきたため、レオンハルトは満足した。前へ行き、カミーラに近い位置で歩き始めたミシェーラを見て、レオンハルトはその臆することのない度胸に感心する。
「……俺も行くとしよう」
そうして自分もまた迷宮に足を踏み入れる。あまりにも軽いものだが、リハビリにはなるだろうとそう思って。
──紅魔城に備え付けられた会議室。
そこで今期の牧場の選別結果についての報告と誘導。それらの仕事を終えたレオンハルトの使徒の4人は、話題を今行われているそれについて転換させたところだった。
「皆さんは誰が使徒になると思います?」
「さあ、誰でもいいけどね。……ガウガウ以外なら」
ペールのその質問に、少し投げやり気味に答えたのはハンティ。その表情には、己の親しい相手であるガウガウがその試験に参加した解せなさがまだ残っている様子だった。それゆえか、その推薦者である相手に水を向ける。
「リー。あんた、なんでガウガウを推薦したのさ。ガウガウがアレなのはあんただって知ってるでしょ」
「は……しかしながらハンティ様。そのアレさを差し引いても、ガウガウ殿は優秀です。彼女が作った数多くの魔導具による魔軍への貢献度は計り知れません」
「ん……それはそうだけどさ」
「それに戦闘力という面で見ても、あのブラックアイという魔導具を開発してからはかなりのものがあります。あの発明力と強さをより魔軍のために……ひいてはレオンハルト様のために使って下さるというなら使徒としても魔軍の将としても歓迎しない理由は御座いません。ですので、推薦させて頂きました」
「……あのサボり魔が使徒に立候補ねぇ……一体何を考えているのか」
ハンティは椅子に深く腰掛け、頭の後ろに手をやりながら考え込む。ガウガウが使徒になるというその心変わりとも言うべき結論に至った経緯が分からない。
だが止めようにも下らない理由であればともかく、もし下らない理由でないなら安易に止めることも出来ないため、ハンティはそれを見極めるためにも静観を貫いていた。今回の使徒試験にも、推薦権を貰いながら誰も推薦していない。そのことをペールが口にする。
「というか始祖様は誰も推薦しなかったんですねえ。どうしてです?」
「使徒なんか軽々しくなるもんじゃないからね。メイドや女の子モンスターからお願いされたけど全部蹴ったよ。実力不足だって」
「はぁ。でもメイド長さんやインデックスさんとかは立候補しなかったんですか? 彼女達なら実力も十分だと思いますけど」
「来なかったからね。確かに、来たら推薦してたかもだけど……来なかったんだからしょうがない」
「はー。さすがですねぇ。あえてこのチャンスを見逃すなんて……まああの2人は使徒でなくとも特別な立場に居ますから納得といえば納得ですけど」
「そうだね。後は……料理長とか、立候補してきたら推薦してたかな」
「もう殆ど化け物ですもんね」
「同感です」
「生物学上は人間なだけで人間はやめてますわね」
魔軍の台所を預かるミシュラン一族の総代である料理長のことを全員が思い浮かべ、満場一致で人間をやめてるということで意見がまとまる。
もっとも、ハンティとしてはどうせ使徒になるならそれくらいの化け物の方が慮る必要もあまりないので助かるといえば助かるが、立候補しないというなら仕方ない。他の候補について、話を持ち出したペールにも尋ねた。
「そういう意味じゃペールの推薦者も悪くないけどさ」
「始祖様もやっぱりそう思います? 使徒になるならやっぱりお町さんですよう。妖怪王って言うだけあって強いですし、レオンハルト様への愛情もかなり強いです。それにおっぱいもめちゃくちゃでかいですし」
「…………最後の、いる?」
「いりますよう! なんなら1番重要なところといっても過言じゃないです! レオンハルト様の夜のお世話だって使徒の役目! 使徒になれば遠征先でも出来ますし、機会も多いです! それだけにレオンハルト様の好みに沿った相手が使徒になってくれるに越したことはないですよう!」
「……使徒である必要ないでしょ」
「お町殿ですか……確かに実力は申し分ありませんな。レオンハルト様の好みというのも重要かと」
「ですよねー。だからやっぱお町さんで決まりですよう」
ペールは自身の推薦者が使徒になるものだと自信を持っている様子だった。それにハンティは呆れてため息をつく。夜伽云々はハンティには縁のない話だった。興味もない。
同じく男性であるリーにも縁はないが、主人が満足するのであればそれもありだと思う。大前提ではあるが、大事なのは主人であるレオンハルトが納得すること。それが成されるのであれば、誰が使徒になろうと問題ではない。今こうして話しているのも、ちょっとした戯れの会話でしかないのだ。
とはいえハンティ以外の3人は自分の推薦者がレオンハルトの使徒になるのに最も相応しいと確信している。そうでなければ推薦などしない。推薦権を与えられた以上、それは自分自身も納得出来る得難き人材でなければならないと理解していた。
ゆえにレオンハルトの使徒として最も古株のキャロルは意気揚々と立ち上がって宣言した。
「確かに、お町さんもガウガウさんも悪くはありませんわ。──ですが! レオンハルト様の第一使徒にしてレオンハルト様を最も深く理解しているわたくしの推薦した可愛い部下にして後輩こそ使徒になるのに最も相応しいとわたくしは確信しておりますの!」
「あー姫原さんね」
「姫原殿ですか」
「姫原さんですよう」
ミシェーラ・姫原というそのキャロルの候補を、誰もが思い浮かべる。この城ではかなりの新参者ではあるが、その顔と名前も誰もが当然知っていた。この場に彼女がいれば「ミシェーラ! ミシェーラとお呼びくださいっ!」とツッコミを入れてくるだろう。それがお決まりであった。姫原と呼ばれるのは苦手らしいが、その反応が面白いのでからかう時にそう呼ぶのはお約束になっている。
そしてそんなイジられキャラなミシェーラだが、真面目に考えるとその優秀さはキャロル以外の3人でも認めざるを得ないものだ。それをハンティは口にする。
「あの子かー……ま、確かに優秀だね。まだ20年も生きてないのにあの強さはかなり見どころあるよ」
「代々人間街で生まれ育つエリート一家出身ですな。近年の牧場の最高傑作で特A級のコロシアムチャンピオン。同じ特A級のイヴ殿を強さで凌ぎ、素性を隠して戦った白兎様にも食い下がった。レオンハルト様が認めるほどの剣の才能と高レベルの神魔法を使いこなす才女で、一昨年には女の子モンスターだけで構成されるはずのレオンハルト様親衛隊の副隊長に就任。……確かに、才能という意味では彼女ほどの者はおりませんな」
「見た目も可愛らしいですしね。まあおっぱいは小さいですけど……あ、それと祖父と祖母の影響で料理が得意なんでしたっけ。地味にポイント高いですねえ」
「ふふん。それにわたくしが隊長を務める親衛隊の副隊長なだけあって、レオンハルト様の素晴らしさもよく理解していますわ!」
4人の使徒がそれぞれミシェーラのことを評価する。下級使徒となってまだたった数年ではあるが、ミシェーラが優秀であることは既に知れ渡っていた。
それだけにキャロルが使徒として強く推すのも納得するが、キャロルが強く推す最大の理由はそこではない。
「それに何より、わたくしは以前聞きましたのよ。新たに作る使徒としてレオンハルト様が候補として考えている相手……それがミシェーラさんであることを!」
「む……それは真ですかキャロル様」
その言葉にリーが驚く。確かにそれなら、高い可能性で使徒になることは否めない。
いや、レオンハルトが考えていたならほぼ確定だと言ってもいい。それがキャロルが強くミシェーラを推す理由だった。リーの問いに改めて強く頷く。
「勿論ですわ! 確かに聞きましたし、それにレオンハルト様は以前からまた使徒を作るなら次は剣士がいいと言っていましたの!」
「えー! それならそうともっと早く言ってくださいよう!」
「ふむ……使徒の役割を考えている……ということですか。確かにレオンハルト様は剣士であるのに我らは……まあハンティ様くらいですか。それ以外は誰も剣を使えません。残念な……そう、本当に残念なことに……」
「こらこら。そんなことで落ち込むなっての」
世界最強の剣士であるレオンハルトの使徒なのに剣を使えないことに落ち込むリーに呆れながら慰めの言葉を一応かけるハンティ。その上で、ハンティもまたそのことを考えた。街の警備担当であるハンティは、牧場の選別においてA級を主に担当している。ゆえに人間街も担当していてよく行き来しているため、街の住人とは会話することも多い。
それどころか、幼少期のミシェーラやその家族とも、確か少しだけ会話したことがあった。この城に来てからも何度かやり取りを行っている。その体験から察するに──ハンティはちょっとだけ不安ではあった。
「んー……ミシェーラかぁ……」
「おや、ハンティさん。何か思うところでもありますの?」
キャロルに問われたハンティは、その懸念を口にする。気の所為かもしれないが、以前ちょっと変なやり取りがあったのを思い出した。
──それは少し前のこと。
『ハンティ様』
『ん? ああ、ミシェーラ。何か用?』
それは紅魔城内でレオンハルトと二言、三言話して別れた後のことだ。
レオンハルトと別れてすぐにミシェーラが話しかけてきた。何かを理解した。察したというような真剣な眼差しで。
『ハンティ様……ミシェーラは
『え? 何が?』
何を理解したのか。主語を話さないミシェーラに問い返すと、ミシェーラは首を振る。口にするのも憚られると言うように。
『いえ、大丈夫です。ここでは誰が聞いているか分かりません。このことは……ミシェーラの胸の内にだけ仕舞っておきます』
『……えっと……だから何が?』
『いえいえいえ! 大丈夫です! 全てわかりました! なので安心してください! このことは決して他言致しません!』
『いや、あの』
『ではミシェーラは訓練があるのでこれで! 今度模擬戦に付き合ってください! それでは失礼いたします!』
『あ、ちょっと!』
ハンティが声を掛けるのも虚しく、ミシェーラはそこから逃げるように去っていった──そのことを思い出す。
あの時のミシェーラは不可解だった。追いかけて問い詰めることも考えたが、その当時は長年続いているガイの監視任務の最中。それで忙しかったため、また今度にしようと後回しにしていた。
それからしばらく経ち、ガイの監視任務が終わったのでそろそろあの時のことを尋ねてみようかと思っていた矢先の使徒試験である。なのでその真意は分からないが……どうも気になってしょうがなかった。
「……いやまあ……良い子だと思うけどね」
「……? なら問題ないということですわね!」
「まあ……そうかな」
ハンティは結局、その不安を言語化出来ずに自身を納得させる。そして今行われているであろう試験に思いを馳せた。ガウガウでなければ誰でもいいが……他の2人も曲者であるし、どうなるかは読みきれないと。
(よし……悪くない面子ですね)
初めての外界。レオンハルトシティの外に出て、人の隠れ里があるという迷宮に足を踏み入れても、ミシェーラ・姫原は全く緊張も不安も抱いていなかった。
頭の中はこの使徒を見定めるという試験のことだけ。そのためにライバルとなる面々を見て、まずはその評価を下した。
(ガウガウさんは付与師……普段は自堕落ですが魔導具の開発においては右に出る者はいないほどの天才。魔法使いとしても高レベルで、戦闘も魔導具を使ったもので不得手ではない)
まず見たのは自身よりも更に小柄な少女に見えるガウガウ。
その本体の強さはそれほどでもないが、魔導具を使うと一気に厄介な存在となる。
(それにお町さん……妖怪については正直よく分かっていませんが、少し変わった魔法を使うことは知っています。雷の扱いではハンティさんに迫る程だとも)
そして女性にしては大きい。いろんなところも大きい。まさに妖しい魅力を持つお町も見る。
陰陽術。妖怪の戦闘には詳しくないが、お町が強いことは理解していた。ガウガウもそうだが、一対一の戦闘では少しばかし不利だろう。お町の方はまだ可能性はあるが、1度見たあの魔導具の対処はどうすればいいのか未だ分かってはいない。
もしこの試験が直接対決によって決まるのであればミシェーラは厳しかった。それを思い、幸運に感謝する。
(それにメイド長さんに料理長……後は司書の悪魔、インデックスさんもいない)
そして面子もたった3人で、ライバルになりえると予想していた面々も参加していない。
特にメイド長さんがいないことはありがたかった。純粋な戦闘能力としても高いが、メイド長さんの優秀さは戦いだけではない多岐にわたるもの。それを思えば、まだ料理長の方がいい。ミシェーラはそう判断する。
(人狩り……魔人の方々の庇護から離れて外で暮らす人間を狩ること)
そして次に、この試験で行われるこの人狩りというものについても思考する。
知能の方も優秀であるミシェーラにはその意義についてもきちんと理解していた。
(人を狩った数はさして重要ではないでしょう。これはおそらく、心を見る試験……! 人を想うミシェーラ達が、人を殺すような指示にもきちんと従えるかというもの……!)
そう。お町は妖怪だが、ミシェーラにガウガウは人間。人を傷つけることを、普通は好まない。
だが使徒になるということは、好きでなかろうとそれを行わなければならない時があるということでもある。全ての魔族、魔人ですら魔王様の命令に従わざるを得ないというように、使徒も上位者の命令には逆らえない。
レオンハルトという人間を守護する魔人でさえ、牧場というシステムを守り、こうして人を狩ることもあるのだ。それを好む好まざるに関わらず……そうせざるを得ないというなら強い意志を持ってそれを完遂する必要があるのだと。
(しかしそれは問題ありません。レオンハルト様がそれを行えと仰るなら、ミシェーラはそれを実行するのみ……!)
だが問題ないと断ずる。別に人間を傷つけることが好きという訳でもないが、この世が弱肉強食であることは理解しているし、レオンハルトが意味のないことはしないことも理解している。
人を守り、同時に人を害する立場となることは正しく理解している。そんな覚悟は、ずっと前に済ませている。
だからこそ、それだけなら問題なかった。そう、それだけなら。
ミシェーラには不可解があったのだ。それを頭の中でミシェーラは思考する。
(ですが……カミーラ様と共に行う意味はないはず)
そう。それは……この試験に魔人であるカミーラがいること。
これがレオンハルトとより親交のあるケッセルリンクやガルティア。ラ・サイゼルやラ・ハウゼルといった城内の事情にも詳しい魔人であればともかく、魔人の中でも気難しいと噂のカミーラを同道させる意味はない。
他の魔人相手の対応を見るためだとしても、それはまた別の機会にやればいいだけだ。同時に行う必要はないし、一石二鳥だからといってもまだ意味は薄いように感じられる。
だからこそミシェーラは思った──違う。そうじゃない、と。
(カミーラ様がここにいることには必ず意味がある……そしてそれは、ミシェーラの考えだとこうだ……)
ミシェーラは考察した。深く考えれば必ずその意味を導き出せる。そして、実際に導き出した。
(キャロル隊長に聞いたところ、レオンハルト様は以前からカミーラ様を気にしておられた。そして、カミーラ様の方もレオンハルト様には気を許しておられると)
レオンハルトとカミーラの関係を考える。
だがそれだけでは意味を導き出すことは出来ないだろうが、ミシェーラは違った。優秀な頭脳からその答えを朧げに浮かび上がらせる。
(レオンハルト様は、自ら女性を口説くことはしない……そして、カミーラ様もプライドが高く、自らアプローチを掛けるようなことはしない……そう、つまりこれは──)
ミシェーラはそこで確信する。この試験の、本当の内容は。つまるところ──
(レオンハルト様とカミーラ様のデートのサポート! これしかないっ!)
──そうして、そんな訳ない答えをミシェーラは導き出した。
(どちらも口にはしないものの惹かれ合っている焦れったい関係……人狩りを口実に逢引に誘うレオンハルト様……それを理解しながらもやっぱり素直になれないカミーラ様……)
──ミシェーラの妄想は止まらない。
(この御二方を如何にサポートするか……! 最も上手く2人を近づけることが出来た者こそが、この試験の勝者ッ!)
──やめろバカ。止まれ。レオンハルトや他の者が聞いていたら、慌てて止めるような思考をミシェーラは展開する。
だがミシェーラはその思考を口にしない。
(おじいちゃんは幼い私に教えてくれた。一を聞いて十を知る……このミシェーラ・姫原。今回もこの難問を解き明かし、理解することが出来ました……!)
一を聞いて十を知る──それはミシェーラが幼い頃に祖父から教えられたことわざであり、ミシェーラが強く気に入ったことで自ら定めた座右の銘だった。
(そしておじいちゃんはこうも言ってました。沈黙は金……優れた者は多くを語らないもの……この答えはまだ口にしない方が賢明ですね)
──ミシェーラはおじいちゃんっ子だった。おじいちゃんは余計なことをしていた。
「倒せずともせめて1人は道連れに──ッ」
「邪魔です」
「ふぎゃっ!?」
「…………ほう?」
魔物が襲ってきたことに気づいたのだろう。迷宮の陰から現れ、襲ってきた人間の首を一瞬で両断する。
その腕前は凄まじいものだった。その強さを初めて見たカミーラですら、レオンハルトが下級使徒にするだけあって良い腕をしていると少なからず認めてしまうほど。
「露払いはこのミシェーラにお任せを! この……レオンハルト様に憧れて始めましたがレオンハルト様に全然及ばない剣術をご照覧あれ!」
「…………」
「あいつ……何を言ってるんだ? 強いのに卑屈だな……」
「分からぬ……」
──だがその言動は明らかにおかしかった。というか、サポートが下手くそだった。カミーラは無言で、それを見ていたガウガウやお町もその意図が分からずに困惑してしまうほど。
だが本人は至って大真面目だった。
「さあ来い人間! ミシェーラの必殺技……ええと、レオンハルト様は女性に優しいしかっこいい甲斐性があるアタックを食らえ!」
「おい……ミシェーラ?」
「何でしょうお優しいレオンハルト様! ミシェーラの剣に何か思うところがありましたか!?」
「いや……剣の方は悪くない。良い腕だが……何だ。そのよく分からない言動はやめてくれないか?」
「ッッッ!!? わ……分かりました……では、この方向性はやめておきますね……」
「ああ。そうしてくれ(この方向性とはどういう意味だ……?)」
レオンハルトがやめろと言うと酷く衝撃を受けた表情を浮かべた後に、少し気落ちして命令を聞く。レオンハルトもまたその言動に困惑しながらも、己を慕ってくれているがためだと流した。
(……おかしいなぁ。これじゃ駄目なんて……ということは、もっと気の利いたやり方をしろということ? …………なるほど。それはつまり──)
だがミシェーラの勘違いは止まりそうになかった。
そうしてレオンハルト一行による愉快な人狩りが始まった。
ということで新キャラのミシェーラ・姫原です。元ネタはランス10没キャラ、織音氏ラフ画の勇者バーバラ。名前の由来は分かる人には分かるやつ。
この子も含めたプロフィールを活動報告に載せておきますので良ければご確認ください→https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=294722&uid=206423
よければ感想よろしくねー。